公訴の提起と国家訴追主義・起訴独占主義
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第3章 公訴 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
捜査が終わったら、事件はどこへ行くのか

前回、こんな一言で締めくくりました。今日はその最初の回です。捜査を終えた事件が次に置かれるのは、警察の机ではなく、検察官の机です。事件を裁判にかけるかどうかを最終的に決める権限は、検察官という1つの機関にしかありません。今日は、捜査を終えた警察が何をしなければならないか、そして、なぜ決めるのが検察官だけなのか、この2つを見ていきます。
捜査の終わり——全件送致主義

司法警察員、つまり警察の捜査を仕切る立場の人は、捜査を終えたら、事件をどう扱わなければならないでしょうか。犯人がほぼ分かっていて被害が軽くても、警察の判断で事件を終わらせることはできないんです。条文を見てみましょう。
条文刑事訴訟法246条
刑事訴訟法第246条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。
本文が言っているのは、捜査をしたら、原則として事件を全部、検察官に送らなければならない、ということです。これを全件送致主義と呼びます。軽い事件でも、原則としては必ず送ります。理由は、冒頭の答えにあります。事件を裁判にかけるかどうかを決める権限は、検察官にしかありません。だから、警察が「この事件はもう終わり」と自分の判断で打ち切ることはできず、必ず検察官の机まで書類を送らなければならない。これが全件送致主義の理由です。なぜ権限が検察官にだけあるのかは、後半で条文を確かめます。事件は、いくつもの窓口を経由して、最後に1つの決裁印にたどり着く回覧書類だとイメージしてください。警察は書類を作って次の窓口に回す係であって、決裁印を押す係ではありません。
送致の例外——特別の定めと微罪処分

246条には、2つの例外があります。1つ目が「この法律に特別の定のある場合」です。逮捕した被疑者は、身柄を拘束してから48時間以内に、書類・証拠物と一緒に検察官へ送致する、という決まりがありました。あれが特別の定めの1つです。ほかにも、告訴・告発があった事件は、速やかに書類を送付するという決まりがあります。送る中身や速さが変わるだけで、「検察官に送る」という結論は変わりません。ところが、2つ目の例外は違います。ただし書の「検察官が指定した事件」です。
⭐ 論文で書く規範:独自設例——送られない事件 成人のDは、スーパーで菓子1点を万引きしようとしたが、店員に気づかれてその場で断念した。被害は生じておらず、Dは深く反省してすぐに弁償を申し出た。Dは逮捕されておらず、店側からの告訴もない。 (独自設例)
この設例のDのような事件は、あらかじめ検察官が「この種類の事件は警察限りで処理してよい」と指定していれば、検察官に送らずに、警察官が訓戒、つまり厳しく注意することなどをしてその場で終えることができます。これを微罪処分と呼びます。対象になるのは、成人の、万引きのような軽い犯罪で、逮捕されておらず、告訴などもない事件です。Dが逮捕されておらず、告訴もないという点が効いています。もしDがその場で逮捕されていたら、同じ万引きでも微罪処分の対象から外れ、検察官に送らなければなりません。送らずに終わらせる微罪処分は、さっきの特別の定めとは種類が違います。そこが今日、区別してほしいところです。特別の定めは「送り方が変わる例外」、微罪処分は「送ること自体をしない例外」です。同じ「例外」でも、性質が違います。
警察が、自分の判断で「これは軽いから送らない」と決められるんですか。決められません。対象になる事件の範囲は、検察官があらかじめ一般的な基準として指定しています。現場の警察官が、その場の思いつきで対象を広げることはできません。先ほどの喩えで言えば、「これくらい軽い書類なら、現場の窓口で処理してよい」という指示を、決裁者があらかじめ出しているということです。指示の範囲を超えたら、やはり検察官の机まで送らなければなりません。
公訴の提起とは何か

ここまでが、捜査の終わりの話でした。ここからは、事件を受け取った検察官が何をするか、という話に移ります。検察官が事件を裁判にかけると決めたときの行為を、公訴の提起と呼びます。「訴え」と聞くと、民事の裁判で個人が個人を訴える場面を思い浮かべませんか。あれは私人の訴えです。公訴は、それと対になる言葉で、国家の立場でなされる刑事の訴えを指します。ふだんの言い方では「起訴」と呼ぶことのほうが多いですが、同じことです。起訴されると、何が変わるんですか。大きく2つ変わります。1つ目は、事件が裁判所に係属する、ということです。
事件が裁判所の手元に置かれた状態になる、という意味です。起訴状という書類を裁判所に提出することで、事件は検察官の手を離れ、裁判所の手元に移ります。2つ目は何ですか。呼び名です。起訴される前は被疑者、起訴された後は被告人と呼ばれます。同じ人を指しますが、この一点を境に呼び方が切り替わります。捜査の対象だった人が、法廷で争う当事者という立場に変わるからです。起訴状に何を書くかは、詳しく扱う回が別にあるので、今日は「起訴状を提出することで、事件が動き出す」という外形だけ押さえてください。
検察官が起訴を決めるまで——4段の地図

では、検察官は、証拠が揃った事件を、いつでも自由に起訴できるんでしょうか。証拠が揃っていても、それだけで起訴していいわけではありません。検察官は、起訴するかどうかを決めるまでに、順番に4つのことを確かめています。1段目、裁判ができるための前提条件が揃っているか。これを訴訟条件と呼びます。揃っていなければ、その先を検討するまでもなく起訴できません。2段目、そもそも犯罪が成立しているか。行為が法律上そもそも犯罪に当たらないなら、誰がやったかを証拠で詰めても意味がありません。だから先に確かめます。3段目、その犯罪をこの人がやったと言える嫌疑があるか。ここまでクリアして、初めて4段目に進みます。
起訴を猶予すべきかどうか、という判断です。嫌疑があっても、事情によっては起訴を見送るという選択があります。起訴しようと思えばできる事件について、あえて見送るかを考える段なので、前の3段を越えてからでないと考えようがありません。だから最後に来ます。この4段を全部クリアして、初めて起訴に至ります。さっき、証拠が揃っていても必ず起訴するわけではないと言っていたのは、この4段目のことです。訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、そして起訴を猶予すべきか。今日は、この4段の地図があるということだけ、覚えておいてください。
被害者は自分で起訴できるか——国家訴追主義

ここまで、起訴を決めるのは検察官だという前提で話してきました。では、なぜ被害者や警察官ではなく、検察官なのか。1つ設例を作ります。深夜の路上で、Eさんがひったくりに遭い、犯人が特定できたとします。どちらもできません。第1章で刑事手続の全体像を見た回に、247条という条文が出てきました。何が2つ書いてあったか、思い出せますか?たしか、短い条文でしたが、国家が訴えるということと、検察官だけが訴えるということの、2つだったと思います。もう一度、条文を確認しましょう。
条文刑事訴訟法247条
刑事訴訟法第247条 公訴は、検察官がこれを行う。
1つ目、訴えるのは国家であって、被害者個人ではないということ。これを国家訴追主義と呼びます。Eさんが、自分の意思だけで犯人を刑事裁判にかけることは、現行法上できません。私人が訴える制度、私人訴追主義と比較すると分かりやすくなります。海外には、市民自身が刑事の訴えを起こせる制度を持つ国もあります。市民感覚を反映しやすい、という長所がある一方で、訴える人の地域や個人によって判断がぶれやすい、という弱さもあります。Eさんで考えてみます。怒りの強いEさんなら、すぐにでも訴えるでしょう。でも、同じひったくりに遭った別の人が、仕返しを恐れて何もしなければ、犯人は裁判にかけられないまま終わります。
国家訴追主義は、感情や個人差から切り離して、全国どこでも同じ基準で判断できるようにする、という発想です。ただし、その分、判断が官僚的で形式的になってしまう危うさも抱えています。
なぜ検察官だけか——起訴独占主義とその弱点

247条の2つ目、検察官だけが公訴を提起できるということ。これを起訴独占主義と呼びます。できません。警察官が持っているのは捜査の権限であって、起訴するかどうかを決める権限ではありません。微罪処分のDを思い出してください。警察は、検察官があらかじめ指定した範囲なら、事件を送らずに終えることができました。けれども、起訴する側に回ることは、どんな事件でもできません。送らずに終えてよい範囲も、起訴するかどうかも、決めているのは検察官です。なぜ、法律の専門家である検察官に、起訴するかどうかの判断を絞っているんですか。法律の専門家である検察官が、全国どこでも同じ基準で判断することで、訴追の適正さと公平さを保つためです。結果として、警察から送られてきた事件を、法律の専門家が改めて見直すことにもなります。Eさんの事件なら、何日も聞き込みを重ねた警察官の判断を、検察官がもう一度、書類と証拠に基づいて確かめる、というかたちです。
実際、検察官だけに判断が集中する分、不当に起訴されない事件が出てくるおそれがあります。そこで、その独占に穴を空けている仕組みがあります。検察審査会や付審判という制度で、検察官の不起訴に対して不服を申し立てる道が用意されています。穴はあっても、出発点は変わりません。警察が事件を全部送らなければならないのも、Eさんや警察官が起訴できないのも、起訴するかどうかを決める権限が、検察官という1つの機関に絞られているからです。
今日のまとめ

今日の内容を振り返ります。1つ目。司法警察員は、捜査をしたら事件を全部、速やかに検察官に送致しなければなりません。全件送致主義です。理由は、起訴するかどうかを決める権限が検察官にしかないからです。2つ目。例外は2種類あります。特別の定めは、送り方が変わるだけの例外。微罪処分は、検察官があらかじめ指定した軽微な事件について、送致せずに警察限りで終える例外です。3つ目。公訴の提起によって、事件は裁判所に係属し、被疑者は被告人と呼ばれるようになります。4つ目。検察官は、訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、起訴を猶予すべきかという4段を順に確かめて、初めて起訴に至ります。5つ目。247条は、国家訴追主義と起訴独占主義という2つの原則を定めています。被害者本人も、捜査した警察官も、公訴を提起することはできません。
決める権限が、検察官という1つの機関に絞られている、というところが、今日ずっと貫かれていた話なんですね。
参照条文
- 刑事訴訟法246条
- 刑事訴訟法247条