一罪の一部起訴
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第3章 公訴 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
一部だけ起訴するということ

前回の最後に、1つの犯罪事実のうち一部だけを取り出して起訴できるかという話を見ていくと予告しました。今日がその回です。今日は大きく2つを見ていきます。まず、1つの犯罪として扱われる事実のうち一部だけを取り出して起訴すること、これを一罪の一部起訴と呼びますが、これが原則として許される理由。次に、告訴が要る罪で告訴が得られないとき、その手段になった別の罪の部分だけを起訴してよいかという限界です。先に結論を言っておくと、一部起訴は原則として許されます。ただし後者の場面だけは話が変わります。
一罪の一部起訴とは何か
図:全部起訴できる事実の中から一部だけを切り取る4つの類型を独自の数値例で示す板
難しく考えなくて大丈夫です。刑法上、1つの犯罪として扱われる事実のまとまりのことです。今日は罪数論そのものには立ち入りません。「本来はまとめて1つの犯罪として起訴できる事実」くらいの理解で十分です。一罪の一部起訴とは、その全体を起訴できるのに、検察官があえてその一部だけを切り取って起訴することを言います。たとえば、Aが3日間で8回にわたってBに暴行を加えていた事件があるとします。検察官が、そのうち最後の3回分だけを取り出して起訴する。これが一部起訴の一例です。ほかにも切り取り方はいくつかあります。強盗にあたる事実があるのに、軽い恐喝として起訴する。窃盗が既遂に達しているのに、未遂として起訴する。強盗致傷にあたる事実があるのに、傷害の部分を外して強盗だけで起訴する。共通するのは、全体についても、犯罪の疑いが十分にあって起訴できるのに、あえて狭く切る、という点です。
全く違います。残りの部分にそもそも犯罪の疑いが無いなら、一部起訴の問題にはなりません。今日扱うのは、全体を起訴することもできるのに、検察官が自分の判断であえて一部だけを選び取る場面です。残りの部分の立証に手間や不確かさがある、というのは、あとで見るとおり、選び取る理由の1つになります。
なぜ問題になるのか

なぜこれが問題になるか、考えてみましょう。刑事手続の目的の1つに、事案の真相を明らかにするという実体的真実主義があります。真相を明らかにするなら、分かっている事実は全部裁判に出すべきだ、そう感じるのが自然です。分かっている事実のうち一部だけを検察官が選んで、それ以外を裁判の外に置いてしまう。これは真相解明という目的とぶつかるように見えます。ここが今日の出発点です。
原則として許される理由①

結論から言うと、一部起訴は原則として許されます。理由は2つあります。1つ目を思い出してもらいます。起訴便宜主義の回で見た、検察官が事件を不起訴にできる根拠は何でしたか?
条文刑事訴訟法248条
刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
248条です。犯人の性格や年齢、境遇、犯罪の軽重や情状、犯罪後の情況によって、訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。起訴便宜主義でした。248条は、嫌疑が十分にあっても、検察官の判断で事件を丸ごと不起訴にすることを認めています。丸ごと無かったことにできる権限がある以上、その中間にあたる選択、つまり一部だけを取り出して起訴するという、より軽い選択ができないはずがありません。全部を諦められるなら、一部を残すことも当然できる、という引き算の論理です。引っ越しで考えてみます。家財を全部運んでもらう契約を、依頼主はまるごと取りやめることもできます。それなら「今回は本棚だけ運んでください」と頼めないはずがありません。まるごと取りやめるのが不起訴、本棚だけの発注が一部起訴にあたります。
原則として許される理由②
図:検察官が起訴状に書く具体的な犯罪事実である訴因が審判の対象を区切ることを示す板
2つ目の理由が、訴因という仕組みです。検察官は起訴状に、審判してほしい具体的な犯罪事実を書きます。これを訴因と呼びます。この訴因が、裁判所が審理する対象そのものを区切ります。訴因の詳しい仕組みは別の回で扱いますが、今日は「検察官が、ここまでを裁いてほしいと範囲を示す主張」というくらいの理解で進みます。たとえば先ほどの8回の暴行で、起訴状に最後の3回分だけを書けば、裁判所が審理するのもその3回分だけです。当事者である検察官が審判の対象を設定する以上、その対象を一罪の全部にするか一部にするかも、検察官の裁量に含まれることになります。起訴便宜主義と訴因制度、この二つの仕組みが組み合わさって、一罪の一部だけを切り取って起訴する自由が生まれるわけです。
最初に出た、真相を明らかにするという目的とぶつからないか、というとそうではありません。裁判所が明らかにするのは、検察官が訴因で示した範囲の中の真相で、その外まで探しに行くことは求められていない、ということです。
横領後の横領——訴因の外は審理しない

この自由を認めた代表的な判例を見ます。冒頭の問いに戻りましょう。ある不動産を預かって占有している人物Aが、まず勝手にその不動産に抵当権を設定してしまいます。その時点でAには、不動産の所有者Bに対する横領罪が成立しうる状態ができています。ところがAは、その後さらに、その不動産をほしいままに売却して、所有権の移転登記まで済ませてしまいました。検察官が起訴したのは、あとの売却の部分だけです。この判決の判断は、大きく二つに分かれます。後の売却について横領罪が成り立つのか。そして、起訴されなかった先の抵当権設定に、裁判所が立ち入るのか、です。
⭐ 論文で書く規範:関係図——横領後の横領の時系列 A(不動産の占有者・受託者)が先に抵当権を設定(訴因外・起訴されていない)→その後、Aが不動産を売却し所有権を移転(訴因・起訴された部分)。所有者はB。 (独自関係図)
被告人側もまさにその主張をしました。「先の抵当権設定行為で横領罪は既に成立していて、それ以降は不可罰的事後行為にすぎない」という主張です。後の売却は先の横領の後始末にすぎず、別に罰する対象にはならない、という意味です。かつての判例、昭和31年の最高裁判決は、この考え方に近い立場を取っていました。しかし、この平成15年の大法廷判決が、その立場を変更しました。
判例最大判平15・4・23(刑集57巻4号467頁)
横領後の横領——横領罪の成立 委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても、その不動産は他人の物であり、受託者がこれを占有していることに変わりはなく、受託者が、その後、その不動産につき、ほしいままに売却等による所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは、……売却等による所有権移転行為について、横領罪の成立自体は、これを肯定することができるというべきであり、先行の抵当権設定行為が存在することは、後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。……検察官は、事案の軽重、立証の難易等諸般の事情を考慮し、先行の抵当権設定行為ではなく、後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される。
抵当権を付けても、不動産はまだBの物で、Aがそれを預かっている状態も続いています。だから、あとの売却は、Bの物をもう一度勝手に処分したことになり、横領罪が成り立つ。そのうえで検察官は、事案の軽重や立証の難易を考えて、後の売却のほうだけを取り出して起訴できる、という理屈です。先の抵当権設定行為でも横領罪は成立しますから、検察官はそちらを選んで起訴することもできます。ただし、どちらか一方で処罰すれば足り、両方を別々の犯罪として処罰することはできません。この関係を共罰的事後行為と呼びます。たとえば、抵当権設定については証拠が乏しく、売却については登記まで残っていて証明しやすいという事情があれば、検察官は証明しやすい売却のほうを選んで起訴すればよいのです。刑法上の細かい理論はここでは深入りしません。二つ目の判断です。裁判所が、選ばれなかった先行行為にどう向き合うかです。
判例最大判平15・4・23(刑集57巻4号467頁)
横領後の横領——訴因外の事実への態度 そのような公訴の提起を受けた裁判所は、所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり、犯罪の成否を決するに当たり、売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。このような場合に、被告人に対し、訴因外の犯罪事実を主張立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは、訴因外の犯罪事実をめぐって、被告人が犯罪成立の証明を、検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず、訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである。
さっきの引っ越しの発注に戻ります。依頼主が「今回は本棚だけ運んでください」と発注しました。運送会社は本棚だけを運べばよく、「他の家具はどうしたんですか」と勝手に詮索して運び出したりはしません。もし裁判所が訴因の外の先行行為にまで立ち入ってよいことにすると、被告人のほうは先行行為があったことを積極的に主張・立証して「そちらで罪は終わっている」と争おうとし、検察官のほうは逆に先行行為が無かったことを立証しようとする、という奇妙な逆転が起きます。訴因という枠の外には立ち入らない、という態度がこの不自然さを避けています。ですから冒頭の問いへの答えは、被告人は『先の抵当権設定で罪は終わっている』と争うことはできない、になります。
一部起訴に必要な合理性

一部起訴は原則として許されますが、無制約ではありません。検察官がどれを選んでも自由、というわけではなく、選ぶことに合理的な理由が求められます。理由の型は主に3つあります。まず一つ目は、立証の難易。証明が難しい部分を外して、確実に立証できる部分だけで起訴する。二つ目、被告人への特別予防上の考慮。事実の全部で起訴すると刑が重くなりすぎると考えられる場合に、一部だけで起訴する。三つ目、迅速な審理を優先する必要がある場合です。先ほどの8回の暴行で言えば、8回すべてを1つずつ立証しようとすると、刑も審理も重くなりすぎる、というときに、確実な3回分に絞るイメージです。一つ目の型、立証の難易が問題になった判例を見ます。ある選挙にからむ事件で、AがBに金銭を渡し、BがさらにCへその一部を渡した疑いがありました。検察官は、AからBへの交付の部分だけをとらえて起訴しました。
判例最決昭59・1・27(刑集38巻1号136頁)
買収金の供与の疑い——交付罪のみの起訴 ……選挙運動者たる乙に対し、甲が公職選挙法二二一条一項一号所定の目的をもつて金銭等を交付したと認められるときは、たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許される……
BからCへ渡った部分は証明が難しかった、そう理解して構いません。AからBへの交付は証拠がそろっていても、BからCへ渡ったかどうかまで確実に立証するのは難しい、という事情があれば、検察官はより立証しやすい部分だけを選んで起訴できる、ということです。
検察官の合理的裁量という一般論

この「合理的な裁量に委ねられる」という考え方は、告発が問題になった別の事件でも、最高裁が同じ言い回しで確認しています。告発というのは、告訴の回で見たとおり、被害者でなくても誰でもできる、犯罪を申し出て処罰を求めることです。ふつうは訴訟条件になりませんが、この事件の罪は例外でした。
判例最判平4・9・18(刑集46巻6号355頁)
告発の効力が及ぶ範囲——検察官の合理的裁量 ……一罪を構成すべき事実のうちどの範囲の事実について公訴を提起するかは、検察官の合理的裁量に委ねられ……
これが親告罪の一部起訴を判断した判例かというと、そこは注意してください。この事件は、国会の証人尋問でうその証言をした罪、つまり議院の告発が無いと起訴できない特別な罪についてのものです。一罪にあたる複数の証言のうち一部だけに告発があった場合に、他の部分にも告発の効力が及ぶかという、告発の効力範囲が争われました。親告罪の一部起訴そのものを判断したものではありません。ここで押さえてほしいのは、告発が訴訟条件になる罪であっても、どの範囲を起訴するかを選ぶのは検察官の合理的裁量で、告発した側の意思はその判断の中で考慮されるものだ、とされた点だけです。
親告罪の一部起訴——問題の所在

ここまでは、一部起訴が原則として許され、必要なのは合理的な理由だけだ、という話でした。ところが1つだけ、単なる合理性の話では済まない場面があります。親告罪が絡む場面です。ではここで設例を考えます。Aが、当時16歳のBを、進学先を巡る対立から、腕をつかんで無理やり車に乗せて連れ去り、自分の管理下に置きました。これは未成年者略取にあたりえます。連れ去るとき、AはBに手荒く暴行を加えていました。ところがB本人も保護者も、事を大きくしたくないという事情から、未成年者略取について告訴をしないと決めました。
条文刑法224条
刑法第224条(未成年者略取及び誘拐) 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の拘禁刑に処する。
条文刑法229条
刑法第229条(親告罪) 第二百二十四条の罪及び同条の罪を幇助する目的で犯した第二百二十七条第一項の罪並びにこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
条文刑法208条
刑法第208条(暴行) 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
未成年者略取は229条によって親告罪です。告訴が無い以上、この罪では起訴できません。ところがAの行為の中には、略取の手段としておこなった暴行の部分もあります。暴行罪は親告罪ではありません。検察官は、告訴が得られない略取の部分を諦めて、手段として行われた暴行の部分だけを取り出して起訴できるでしょうか。
親告罪の一部起訴——2つの立場

立証の難易や合理的な理由があれば起訴できそうにも思えますが、そう単純にはいきません。ここで問題になっているのは、証明のしやすさではなく、告訴という制度そのものの意味です。親告罪は、その罪を処罰してほしいかどうかの判断を、被害者の意思に委ねる制度です。告訴が得られないのに、たまたま非親告罪にあたる部分だけを切り取って起訴できてしまうと、被害者の意思を素通りして、実質的に同じ事実を処罰できてしまいます。会員制の契約で、本人の同意書が無いと結べない高額な契約があるとして、同意が取れないからといって名目だけ同意不要な小口の契約に書き換えて、実質は同じ取引を進めてしまうようなものです。これは単なる立証上の工夫では済まされません。この問題に、学説は大きく2つの立場で応えています。
⭐ 論文で書く規範:違法・無効説(多数) 告訴が得られない親告罪の手段部分だけを非親告罪として起訴することは、その罪を親告罪とした趣旨(被害者の意思の尊重)を没却する。よって起訴の手続は違法・無効であり、公訴棄却(338条4号)で打ち切るべきである。ただし公訴棄却の当否を判断するために必要な限度で、裁判所は親告罪の罪が成立しうる事実を確認する必要があり、審判の範囲は手段罪だけに限定されない。 (学説(違法・無効説))
条文刑事訴訟法338条4号
刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
338条4号は、前回、公訴権濫用論の出口として見た条文です。中身に入らず手続だけで裁判を打ち切る、公訴棄却でした。ただ、ここで起訴が無効になる理由は、検察官の裁量の濫用ではありません。告訴という訴訟条件を、別の罪名で素通りした点にあります。ただし、これに対する有力な反論もあります。
⭐ 論文で書く規範:有効説(有力) 違法・無効説によると、被告人が公訴棄却を受けるためには、公判で自ら「実は親告罪の罪も成立していた」と主張・立証することになる。これは、かえって被害者の意思に反する結果を招き、不合理である。そこで、起訴そのものは有効と扱い、審判の対象を暴行の部分に絞り込む。被告人が略取の事実を持ち出して争う道は、はじめから開かない。 (学説(有効説))
違法・無効説の立場では、公訴棄却という結論を得るために、被告人自身が「本当は略取もしていました」と法廷で主張しなければならなくなります。これは被害者の側から見ても、望んでいなかったはずの事実が改めて公判で持ち出されることになり、皮肉な結果です。有効説は、この皮肉を避けるために、起訴自体は有効としたうえで、審判の範囲を暴行の部分だけに絞り込む、という立場を取ります。ここは論文でも問われうる論点で、どちらの立場を取るにせよ、この対立の構造そのものを説明できることが大切です。たとえば、さきほどのAとBの設例で言えば、違法・無効説なら公訴棄却、有効説なら暴行罪の限度で有効な起訴として審理が進む、ということになります。
今日のまとめ
図:一部起訴一般と親告罪の一部起訴を原則理由限界の3列で並べた比較表
今日の内容を振り返ります。1つ目。一罪の一部起訴とは、全部を起訴できる事実のうち一部だけを切り取って起訴することでした。残りの部分にそもそも犯罪の疑いが無い場合とは区別されます。2つ目。一部起訴が原則として許される理由は2つ。全部を不起訴にできる検察官が一部だけを起訴できないはずがない、という起訴便宜主義からの論理。そして、検察官が訴因という枠で審判の対象を区切れる、という訴因制度の理屈です。3つ目。横領後の横領の大法廷判決は、後行の売却行為だけを取り出して起訴でき、裁判所は先行の抵当権設定という訴因外の事実には立ち入らない、と示しました。4つ目。一部起訴には合理的な理由が要り、無制約ではありません。ただし親告罪が絡む場面だけは、単なる合理性を超えて、告訴制度の趣旨との衝突が問題になり、違法・無効説と有効説が対立します。
起訴便宜主義と、訴因制度。この二つの力から生まれた自由が、告訴という別の制度にぶつかったところで、初めて揺らぐ回でしたね。
参照条文
- 刑事訴訟法248条
- 刑法224条
- 刑法229条
- 刑法208条
- 刑事訴訟法338条4号