告訴の不可分と追完
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第3章 公訴 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
1つの告訴は、どこまで効くか

前回は、告訴が得られない親告罪について、手段になった別の罪だけで起訴してよいかという話を見ました。今日は逆向きです。親告罪の枠の中で、1つの告訴がどこまで効くのかを見ていきます。甲だけを名指ししたから乙と丙は処罰されない、というのはいい設例です。今日はまさにその問いに答えます。では、1つの告訴は、誰に、どこまで効くんでしょうか?名指しされた甲だけが処罰されるのか、そこが今日の核心です。先に結論だけ言っておくと、甲への告訴は、乙・丙にも及びます。名指しは関係ありません。
主観的不可分の原則
図:甲乙丙の共犯関係で甲だけへの告訴が乙丙にも及ぶことを示す関係図
まず、今日ずっと使う問いを1つ置きます。告訴は、「この人を」処罰してほしいという意思表示なのか。それとも、「この出来事について」処罰してほしいという意思表示なのか。どちらと見るかで、効く範囲が変わります。条文は、答えをこう決めています。
条文刑事訴訟法第238条第1項
刑事訴訟法第238条第1項——告訴の主観的不可分 親告罪について共犯の一人又は数人に対してした告訴又はその取消は、他の共犯に対しても、その効力を生ずる。
さっきの車の例で確認しましょう。器物損壊は親告罪です。被害者が、甲だけを名指しして告訴しました。違います。この告訴の効力は、乙・丙にも及びます。検察官は、乙・丙も起訴できます。逆に取消しの場合も、告訴と同じ扱いです。被害者が甲への告訴を取り消せば、乙・丙に対する分も、一緒に取り消したことになります。もう起訴できなくなります。名指しの相手が誰であっても、効力の範囲は変わりません。ここが、直感と一番ずれるところです。
なぜ、名指しが効かないのか
図:告訴は犯人ではなく犯罪事実に向けられた意思表示であることを示す板
告訴という行為が、何に向けられているかを考え直す必要があります。告訴は、「甲を処罰してほしい」という、人に向けた意思表示のように見えます。法律上は、「この犯罪事実について処罰を求めます」という、事実に向けた意思表示です。その証拠に、告訴は、犯人が誰か分からなくてもできます。朝起きたら車が壊されていた、犯人は分からない。それでも被害者は、この出来事について処罰を求めます、と告訴できます。犯人が誰かという特定は、告訴の本質的な要素ではないんです。被害者が処罰を求めているのは、「甲・乙・丙が関わった、あの器物損壊という出来事」そのものです。だから、効力は、その出来事に関わった共犯者全員に及びます。
被害者が、共犯者を選り好みできてしまいます。「甲は許せないが乙は許す」という判断を、被害者の意思だけで作り出せてしまう。3人で同じことをしたのに、処罰される人とされない人が被害者の好き嫌いで決まってしまう、その事態を防ぐのが、主観的不可分の趣旨です。共犯者どうしの処罰の公平を、被害者の意思だけに委ねさせない。ここで、1つ止まって考えてください。もし、共犯者のうち1人だけが、被害者の親族だったとしたら、どうなるでしょうか?
例外——親族相盗例が絡む場合

条文を見ましょう。
条文刑法第244条第1項・第2項・第3項
刑法第244条——親族間の犯罪に関する特例 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。 2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。 3 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。
1項は、配偶者・直系血族・同居の親族との間の窃盗などは、刑そのものが免除されます。2項は、それ以外の親族、たとえば同居していない親族との間の窃盗は、刑は免除されないが、親告罪になる、という規定です。独自の設例で考えましょう。非親族の甲と、被害者と同居していない親族の乙が、共謀して窃盗を行ったとします。244条2項によって、乙については、告訴が無ければ起訴できません。甲については、そのような制限はありません。甲だけを名指しした告訴でも、乙には及びません。ここが例外です。甲への告訴は、乙には当然には及びません。乙については、改めて告訴が要ります。
さっきの原則がここで通用しないのは、主観的不可分の原則をそのまま乙にまで適用してしまうと、244条2項の趣旨そのものが壊れてしまうからです。244条2項は、親族間の処罰を被害者の意思に委ねる制度です。ところが甲への告訴で乙にも効力が及ぶとしたら、乙は、自分については何も意思表示されていないのに処罰されることになります。ここでは分かれていいんです。さっき防いだのは、法律が何も言っていないのに、被害者が共犯者を選り好みすることでした。親族相盗例は、法律自身が「身内をどうするかは被害者が決めてよい」と、選ぶ権限を渡している場面です。被害者の本音が「友人の甲は処罰してほしい、でも別居しているおじさんの乙は、家の中でかたを付けたい」だったとします。甲への告訴が乙にまで及ぶなら、被害者は、おじさんまで処罰される覚悟をしないと、甲を告訴できなくなります。法律が渡した選択を、不可分の原則で取り上げることはできないんです。
3項が、その手がかりです。244条1項・2項の規定は、親族でない共犯には適用しない、と定めています。身分の有無によって、告訴が要る・要らないが分かれる場面では、主観的不可分の原則はそのままでは通用しません。
客観的不可分の原則

ここまでは、「人」の面での不可分でした。次は、「事実」の面での不可分です。ある人が、同じ機会に、被害者の家から現金と宝石を盗んだとします。これは、罪数論、つまり犯罪をいくつと数えるかを決めるルールの上では、1個の犯罪事実、包括一罪として扱われます。効力は、宝石の窃盗にも及びます。1個の犯罪事実の一部だけを選んで告訴する、ということはできません。この客観的不可分は、条文には書いてありません。ここは、主観的不可分の238条1項のような明文が無い、解釈上のルールです。理由は、主観的不可分とまったく同じです。告訴が向けられているのは、犯罪事実そのものです。犯罪事実が1個である以上、その一部だけに告訴の効力を限定する理由がありません。
1個の犯罪事実かどうかは、刑法の罪数論で判断します。単純一罪でも、包括一罪でも、原則はこの客観的不可分が適用されます。もう1つ、本来は2つ以上の罪なのに、刑を決めるときだけ1つにまとめて扱う、科刑上一罪というまとまりもあります。手段と結果の関係にある牽連犯と、1つの行為が2つ以上の罪にあたる観念的競合です。ここでも、原則は同じです。
客観的不可分の3つの例外

客観的不可分にも、例外はあります。3つあります。1つずつ見ましょう。
図:牽連犯で被害者が住居侵入部分だけに限定して告訴した場合の効力の及ぶ範囲を示す板
1つ目、牽連犯です。何者かが、他人の家に侵入して、現金を盗んだとします。住居侵入と窃盗は、手段と結果の関係にあるので、牽連犯として科刑上一罪です。窃盗が非親族間なら両方とも親告罪ではなくなるので、そこは設定を変えましょう。さっきの親族相盗例を使います。別居している兄の家に忍び込んで、現金を盗んだとします。住居侵入は親告罪ではありません。でも、別居している親族からの窃盗は、244条2項で親告罪です。兄が、「勝手に家に入られたことは処罰してほしい。でもお金のことは兄弟の間でかたを付けたい」と、住居侵入の部分だけに限定して告訴した、としたらどうなるでしょうか。
原則はそうです。ただし、被害者がことさら一部に限定する意思を示していた場合は、その限定どおりの効力しか生じません。限定の意図が無ければ、原則どおり全体に及びます。ここでは効きます。違いは、線を引いた先です。牽連犯は、住居侵入と窃盗という、本来は別々の2つの罪です。1つにまとめるのは、刑を決めるときだけでした。だから、2つの罪のどちらに処罰を求めるかという線は、事実に向けた意思表示として、そのまま意味を持ちます。共犯の名指しが効かなかったのは、1個の出来事の中で人を選ぼうとしたからです。

2つ目、被害者が異なる包括一罪です。ここも親族相盗例を使います。ある人が、別居している兄と姉が2人で暮らす家を訪ねたとき、すきを見て、兄の時計と姉の指輪を、同じ機会に盗んだとします。どちらも別居の親族からの窃盗なので、244条2項で親告罪です。罪数の整理には議論がありますが、ここでは1個の包括一罪と考えるとしましょう。それでも、告訴は、被害者が自分の被害について処罰を求める意思表示です。兄の告訴は、姉の被害には及びません。

3つ目、観念的競合です。1つの行為が、2つ以上の罪にあたる場合でした。1本のネット投稿で、同じ職場の2人をまとめて中傷したとします。1つの行為で、2人の名誉を毀損しています。その1人目だけが告訴すれば、2人目への名誉毀損の部分には、告訴の効力は及びません。被害者ごとに、告訴・取消しの効力が分かれます。3つとも、共通する考え方があります。共通するのは、「誰の意思か」という軸です。告訴は犯罪事実に向けた意思表示でした。ただ、その事実とは、告訴する被害者自身の被害です。だから、被害者が2人いれば、告訴も2人分に分かれます。これが2つ目と3つ目です。被害者が1人でも、本来は2つの罪のうち1つだけに線を引けば、その線が意思表示の中身になります。これが1つ目です。罪数の枠と、告訴の効力の枠は、いつも一致するわけではありません。
告訴の追完

ここまでは、1つの告訴がどこまで及ぶか、という話でした。最後に、時間の軸の問題を見ます。さっきの車の例に戻ります。検察官が、被害者の告訴を待たずに、甲を器物損壊で起訴してしまった。裁判が始まってから、被害者が告訴状を出した。これで足りるでしょうか。足りません。これが、告訴の追完の問題です。告訴は、起訴という手続を始めてよいかどうかを判定する、訴訟条件です。訴訟条件が欠けると、中身に入らないまま手続が終わる。その出口が、この条文です。
条文刑事訴訟法第338条4号
刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。…四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
手続を始めてよいかどうかは、始める時点で判定します。起訴した瞬間には無かった告訴を、後から足しても、起訴した瞬間まで遡って有効にすることはできません。告訴が出たことと、起訴の時点で足りていたことは別問題です。そこが落とし穴です。親告罪は、事件を公の法廷に出すかどうかを、先に被害者に決めさせる制度でした。起訴してから告訴を求めると、被害者は、事件がもう、おもてに出てしまった後で選ばされることになります。先に決めさせるという順番そのものが、親告罪の中身なんです。後から告訴が出たら、例外的に認める余地はないんですか。そこは考え方が分かれます。訴訟経済を重視して追完を認めるべきだという考え方もあれば、検察官のミスを安易に治癒させるべきではないという考え方もあります。
出発点は、さっきのとおり、起訴の時点で足りなければ公訴棄却です。そのうえで、被告人の同意が得られるなら追完を認めてよいが、被告人が同意しないなら公訴棄却の判決を言い渡すべきだ、と整理することができます。なぜ同意で分かれるのか。告訴を欠いた起訴を公訴棄却で打ち切ってもらえるのは、被告人の側の利益です。その被告人自身が、このまま審理してほしいと言うなら、いったん打ち切って起訴し直す手間をかける意味が乏しい、という考え方です。起訴の時点で足りなければ、後から取っても原則として足りない、というのが基本の考え方です。そのうえで、被告人の同意という事情が、結論を分ける軸になります。
当初は親告罪ではなかった事件が審理の途中で親告罪だと分かった場合は、訴因が変わる場合の問題で、今日の追完とは別の論点です。別の回で扱います。
今日のまとめ
図:主観的不可分と客観的不可分をそれぞれ原則と例外で並べ告訴の追完を最後に置く一覧板
今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。主観的不可分の原則。共犯の一人への告訴・取消しは、他の共犯全員に効力が及びます。理由は、告訴が「犯人」ではなく「犯罪事実」に向けた意思表示だからです。2つ目。例外は親族相盗例。共犯者の一部だけが身分によって告訴が要る立場にある場合、身分の無い者への告訴は、身分のある者には及びません。3つ目。客観的不可分の原則。一罪の一部への告訴は、一罪全体に効力が及びます。同じ「犯罪事実に向けた意思表示」という理由からです。4つ目。例外は3つ。被害者がことさら一部に限定した牽連犯、被害者が異なる包括一罪、観念的競合です。共通する軸は「誰の意思か」でした。5つ目。告訴の追完。起訴の時点で告訴が備わっていなければ、後から取っても原則として足りません。被告人の同意が、結論を分ける軸になります。
「人」でも「事実」でも、告訴が向いている先は同じ、というのが、今日ずっと効いていた考え方でしたね。そして、その原則をそのまま押し通すと別の制度趣旨が壊れる場面でだけ、例外が立てられている。起訴状の記載と、起訴状一本主義を扱います。
参照条文
- 刑事訴訟法第238条第1項
- 刑法第244条第1項・第2項・第3項
- 刑事訴訟法第338条4号