刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#87

検察官・弁護人の事前準備

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第4章 公判手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判官は白紙でも、当事者は白紙ではいられない

前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図 図:前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図

前回は、起訴されてから第1回公判期日までの間に、裁判所が必ずやる3つの仕事を見ました。今日は、同じ期間に、当事者である検察官と弁護人がそれぞれ何を準備しているかを見ていきます。起訴状一本主義のもとで白紙でいいのは、裁判官だけです。検察官と弁護人がお互いに白紙のまま法廷に立ったら、相手がどんな証拠を出してくるか分からないまま戦うことになってしまいます。今日は、この白紙の裁判官のまわりで、検察官と弁護人がどうやって準備を進め、裁判所がその準備にどこまで関わってよいかを見ていきます。先に答えを言っておくと、検察官と弁護人は証拠を見せ合って不意打ちを防ぎ、裁判所は準備の進行は手伝っても、事件の中身には立ち入りません。

検察官の準備——証拠を厳選する

捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板 図:捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板

起訴後、検察官がまずやるのは、捜査段階で集めた証拠を整理することです。実務ではこれを証拠分けと呼びます。集めた証拠を全部法廷に出せば有利になる、というわけではありません。証明すべき事実、つまり、起訴状一本主義の回で見た起訴状の2本目の柱である公訴事実や、量刑に関わる重要な事実を立証するために必要な証拠だけを厳選して請求するのが原則です。このことは刑事訴訟規則189条の2に書かれています。かつては幅広い証拠調べ請求が認められていて、それが裁判の遅延を招いていました。争いのない事実にまで大量の証拠を調べていては、審理がいつまでも終わりません。だから、必要十分な証拠に絞ることが求められています。

条文刑事訴訟規則第189条の2

刑事訴訟規則第189条の2 証拠調べの請求は、証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して、これをしなければならない。

条文でも、厳選という言葉がそのまま使われています。前回のAさんの万引き事件で言えば、店の防犯カメラの映像と店員の話で、Aさんが商品を持ち出したことが示せるなら、同じ場面を見ていた別の客の話まで何人分も重ねて調べる必要はありません。この厳選の結果、証拠は、取調べを請求する予定の証拠と、請求しない証拠に分かれます。そして請求予定証拠は、さらに2種類に分けられます。

甲号証・乙号証と301条——自白を後回しにする理由

請求予定証拠が甲号証と乙号証に分かれ乙号証である自白は甲号証の後でなければ取調べを請求できないという301条の図

請求予定証拠のうち、被告人の供述調書や身上前科に関する証拠を乙号証、それ以外の証拠を甲号証と呼びます。この2つに分けるのは、単なる整理番号の問題ではありません。自白の調書、つまり公判期日の外で捜査機関に対してした供述を記録した調書を先に調べてはいけないのは、なぜでしょう。少し考えてみてください。答えは、301条にあります。乙号証に含まれる被告人の自白は、犯罪事実に関する他の証拠、つまり甲号証が取り調べられた後でなければ、取調べを請求できません。

条文刑事訴訟法第301条

刑事訴訟法第301条 第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない。

理由は2つあります。1つは、起訴状一本主義の回で見た予断排除です。予断とは、証拠を調べる前に裁判官が抱いてしまう先入観のことでした。自白から先に見てしまうと、裁判官は、被告人が罪を認めているという印象を先に持ってしまい、その後の証拠を色眼鏡で見てしまいかねません。もう1つは、自白の補強法則です。自白だけで有罪にしてはいけない、という建前があります。自白より先に他の証拠で犯罪事実の骨格を固めておけば、自白は、先に調べた他の証拠によって裏付けられる側に置かれることになります。自白の補強法則そのものの中身は、また別の回で扱います。Aさんの事件なら、まず防犯カメラの映像や店員の話を調べ、Aさんが私が盗りましたと認めた調書は、その後に回されます。

証拠等関係カードと還付

証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板 図:証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板

実務では、証拠の取調べを請求するとき、証拠の標目や立証しようとする事実を一覧にした証拠等関係カードという書式を作成して提出します。証拠の内容や順序を、書面で正確に確認できるようにするためです。証拠等関係カードの書き方の中身までは、今日は踏み込みません。こういう書式があるという地図だけで十分です。もう1つ、証拠の整理と並行して、押収した物のうち、明らかに事件に不要だと分かったものについては、被告人側が訴訟の準備に使えるよう、なるべく早く還付などの処置を考えることが規則で定められています。押収と還付そのものの中身は、別の回で扱っています。

請求予定証拠の開示——弁護人が初めて証拠に触れる機会

検察官が請求予定証拠を弁護人に開示し人証は氏名住居物証は閲覧という二通りの開示方法を示す板

検察官は、請求予定証拠が固まったら、起訴後できるだけ早い段階で、弁護人がその証拠を閲覧できるようにしなければなりません。

条文刑事訴訟法第299条第1項

刑事訴訟法第299条第1項 検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し、相手方に異議のないときは、この限りでない。

開示の方法は、証拠の種類によって2通りに分かれます。証人など、人を尋問する場合は、氏名と住居を知らせるだけです。実際に会って話を聞くかどうかは弁護人の仕事です。これに対して、証拠書類や証拠物は、閲覧する機会を与えます。条文の文言は閲覧までですが、実務では謄写、つまり写しを取ることまで認められています。Aさんの事件で言えば、店員を証人として呼ぶなら、その氏名と住居を知らせます。防犯カメラの映像を請求するなら、弁護人に実際に見る機会を与えます。逆に、さっきの別の客の話のように、検察官が請求しないと決めた証拠は、この条文が見せる機会を求める対象には入りません。

請求予定の証拠を公判の前に相手に見せる仕組みの狙いは、不意打ちを防ぐことにあります。ここがこの回のいちばん大事なところです。もし法廷でいきなりお互いの証拠を出し合ったら、不意打ちだらけになってしまいます。準備していなかった証拠を突きつけられた側は、その場で有効な反論も防御もできません。あらかじめ手持ちの証拠を見せ合っておくことで、争点を絞り込み、法廷では準備した上で正々堂々と主張をぶつけ合えるようにする。これが証拠開示の趣旨です。弁護人にとっては、この開示こそが、起訴後はじめて捜査側の証拠に触れる機会になります。

弁護人の準備——閲覧謄写と事実確認

弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図 図:弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図

弁護人には、公訴の提起後、裁判所において訴訟に関する書類や証拠物を閲覧・謄写する権利があります。

条文刑事訴訟法第40条第1項

刑事訴訟法第40条第1項 弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(刑事確定訴訟記録法(昭和六十二年法律第六十四号)第二条第一項に規定する訴訟の記録(訴訟終結後のものに限る。)を含む。第四十七条を除き、以下同じ。)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。

ですが、捜査段階では、弁護人は捜査機関が集めた証拠そのものを見ることができません。だからこそ、検察官が開示する請求予定証拠を閲覧謄写することが、弁護人が最初に捜査側の証拠と向き合う場面になります。被告人本人やその他の関係者と面接するなどして、実際に何が起きたのかという事実関係を自分の目で確認します。検察官の証拠だけを鵜呑みにするのではなく、被告人の言い分と照らし合わせるわけです。

ケース・セオリーと公訴事実に対する意見

すべての証拠と矛盾しない被告人に最も有利な筋書きとしてのケースセオリーと公訴事実に対する意見決定の図

弁護人の最終的なゴールは、公判での弁論で裁判所を説得することです。そのために、事前準備の段階で、すべての証拠と矛盾なく説明できる範囲で、被告人にとっていちばん有利な結論に至る筋書きを組み立てます。これをケース・セオリーと呼びます。まず決めるのは、公訴事実を認めるかどうかという意見です。認める場合でも、それで終わりではありません。正当防衛のような違法性阻却事由、責任能力が争える事情のような責任阻却事由がないか、あるいは自首のように刑を軽くする事情がないかを検討します。例えば、Aさんの窃盗事件で考えてみましょう。Aさんが本当に商品を持ち去ったのは事実だとしても、弁護人は、それだけで結論を決めません。犯行時の状況、動機、反省の程度、被害弁償の可能性まで含めて、Aさんに最も有利な筋書きを組み立てます。この筋書きが、すべての証拠と矛盾しないかどうかを、繰り返し検証するのがケース・セオリーの作業です。

意見の通知と証拠意見

弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図 図:弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図

弁護方針が固まってくると、弁護人は、開示された証拠の一つひとつについて、同意するのか争うのかという証拠意見の見込みを、早めに検察官へ知らせなければなりません。これは第1回公判期日の前に弁護人がすべきこととして、規則が定めています。なぜ早めに知らせるのか。相手がどの証拠を争うつもりなのかが前もって分かれば、検察官もそれに備えた準備ができ、法廷での不意打ちを防げるからです。証拠意見とは、開示された証拠を法廷で使うことに同意するかしないか、という意見です。同意・不同意と呼ばれます。同意・不同意が持つ意味そのものは、証拠法の回で扱います。今日は、こうしたやり取りが起訴後の準備の中で行われる、という流れだけつかんでおいてください。なお、弁護人の側に請求予定証拠があれば、弁護人からも検察官へ閲覧などの機会をなるべく速やかに与えます。検察官からの開示と、対称の構造になっています。

開示証拠の目的外使用の禁止

弁護人が開示証拠を適正に管理し審理の準備以外の目的で第三者に交付提示提供することを禁じる281条の3から5の図

ここまでで、検察官の証拠が弁護人に渡りました。ですが、渡された証拠は、何にでも自由に使っていいわけではありません。

条文刑事訴訟法第281条の3

刑事訴訟法第281条の3 弁護人は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等(複製その他証拠の全部又は一部をそのまま記録した物及び書面をいう。以下同じ。)を適正に管理し、その保管をみだりに他人にゆだねてはならない。

さらに、使い道そのものにも制限があります。

条文刑事訴訟法第281条の4第1項柱書

刑事訴訟法第281条の4第1項柱書 被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供してはならない。

各号には、当該被告事件の審理そのもののほか、上訴権回復の請求や再審、刑事補償請求などの関連手続が列挙されています。要するに、この事件の裁判とその周辺の手続の準備以外の目的では、証拠のコピーを人に渡したり、見せたり、ネット経由で送ったりしてはいけない、ということです。罰則があります。

条文刑事訴訟法第281条の5第1項

刑事訴訟法第281条の5第1項 被告人又は被告人であつた者が、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、前条第一項各号に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供したときは、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

被告人や被告人であった者が目的外に使えば、この条文で処罰されます。弁護人や弁護人であった者については、同じ条文の第2項が、対価として財産上の利益その他の利益を得る目的で証拠のコピーを渡したり見せたりしたときに限って、同じ刑で処罰すると定めています。被告人とは処罰される場面が違う、というところを押さえてください。開示された証拠には、証人の住所や被害者の私生活に関わる情報が含まれていることがあります。それが自由に出回ってしまえば、関係者のプライバシーや名誉が害されます。それに、検察官が安心して証拠を見せられなくなれば、証拠開示という仕組み自体が機能しなくなってしまいます。だからこそ、渡した後の使い道にも歯止めをかけているんです。

打合せと裁判所の関与の限界

検察官と弁護人の打合せ義務と裁判所が進行を問い合わせ三者打合せを行える範囲予断を生じさせる事項には踏み込めない境界の図

ここまで見た証拠の整理・開示・弁護人の準備は、検察官と弁護人が2人だけで進めるわけではありません。まず、当事者どうしにも、第1回公判期日の前に相手方と連絡して行わなければならないことがあります。訴因や罰条をはっきりさせたり、争点を整理したりするために、相手方とできる限り打ち合わせておくこと、そして証拠調べなどにどれくらいの時間がかかりそうか、裁判所に申し出ることです。裁判所は、この準備に、まったく関われないんですか。違います。関われます。ただし、関われる範囲には線が引かれています。まず、裁判所は、裁判所書記官を通じて、準備がどれくらい進んでいるか問い合わせたり、準備を促す措置を取らせたりできます。

条文刑事訴訟規則第178条の15

刑事訴訟規則第178条の15 裁判所は、裁判所書記官に命じて、検察官又は弁護人に訴訟の準備の進行に関し問い合わせ又はその準備を促す処置をとらせることができる。

さらに、裁判所が適当だと認めれば、第1回公判期日の前に、検察官と弁護人を出頭させて、期日の指定など訴訟の進行に必要な事項について、三者で打合せをすることもできます。

条文刑事訴訟規則第178条の16

刑事訴訟規則第178条の16 裁判所は、適当と認めるときは、第一回の公判期日前に、検察官及び弁護人を出頭させた上、公判期日の指定その他訴訟の進行に関し必要な事項について打合せを行うことができる。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない。

三者打合せと予断排除の関係を決めているのは、規則の但書です。この打合せでは、事件について予断を生じさせるおそれのある事項に踏み込むことはできません。期日をいつにするか、争点をどう整理するかという進行管理の話はできても、被告人が本当に罪を犯したのかといった事件の中身に、裁判所が首を突っ込むことはできないんです。Aさんの事件で言えば、証人を何人呼び、調べるのに何時間かかりそうかを伝えるのは、進行の話なので構いません。でも、その店員がAさんが商品をかばんに入れるのを見たと話している、という中身まで伝えれば、予断を生じさせるおそれのある事項にあたり、許されません。

もし裁判所が事件の中身まで打合せで聞いてしまえば、証拠調べが始まる前から心証を固めてしまい、起訴状一本主義が形だけのものになってしまいます。進行は手伝うが、中身には立ち入らない。この線引きが、今日見てきた検察官と弁護人の準備を、裁判所が壊さないための歯止めになっています。

今日の地図(保存版)

証拠の厳選開示弁護人の準備目的外使用の禁止裁判所の関与の限界という今日見た仕組み全体を不意打ち防止と白紙の維持という一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。検察官は、集めた証拠を厳選し、甲号証と乙号証に分け、自白は後回しにして請求します。厳選した証拠は、起訴後なるべく速やかに弁護人へ開示します。弁護人は、開示された証拠を閲覧謄写し、被告人らと事実を確認しながら、ケース・セオリーを組み立て、証拠意見の見込みを検察官に通知します。開示された証拠は、審理の準備以外の目的で使うことを禁じられています。そして裁判所は、この準備の進行を問い合わせたり促したりはできますが、事件の中身に踏み込む打合せはできません。バラバラに見えるかもしれませんが、全部つながっています。白紙のままの裁判官の前で、検察官と弁護人がお互いの手持ち証拠を見せ合い、不意打ちを防ぎながら争点を絞る。裁判所はその準備を後押ししても、中身には立ち入らない。これが、今日見てきた事前準備という段階の一本の軸です。

参照条文

  • 刑事訴訟規則第189条の2
  • 刑事訴訟法第301条
  • 刑事訴訟法第299条第1項
  • 刑事訴訟法第40条第1項
  • 刑事訴訟法第281条の3
  • 刑事訴訟法第281条の4第1項柱書
  • 刑事訴訟法第281条の5第1項
  • 刑事訴訟規則第178条の15
  • 刑事訴訟規則第178条の16

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