伝聞例外と供述不能の意味
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第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入

前回の最後の予告が、この問いです。証言を拒んだり、記憶を失ったりしたとき、それは供述不能に当たるのか。前回、供述不能とは、条文にある、死亡、精神や身体の故障、所在不明、国外にいる、という理由で、公判準備や公判期日で供述できないことだと言いました。今日は、その続きです。条文の理由は、この4つで、ぴったり尽きるのか。条文にない理由でも、足りるのか。答えを先に言います。条文の4つは例示です。同じ程度か、それ以上の事情があれば、供述不能に当たります。証言拒絶も、記憶喪失も、入りえます。ただし、一時的なものでは足りません。供述を得られる見込みが少ないときに限ります。
供述不能が出てくる場所
図:321条1項の3類型のうち、供述不能が出てくる位置だけを取り出した比較表
まず、前回の確認を1問だけ。前回、2号の前段と後段は、要件がどう違ったでしょうか。供述不能だけで足りるのは、どちらだったでしょうか?前段は、供述不能だけで足りました。後段は、前の供述と相反する供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要りました。今日の主役の供述不能は、その前段に出てきます。整理します。供述不能は、1号の前段、2号の前段、3号に出てきます。つまり、今日決める供述不能の判断は、3つの号のすべてに効きます。号ごとに判断が変わるわけではありません。ここを、頭に置いてください。
書面は、反対尋問を経ていない証拠です。それでも使うのは、使うしかない事情があるからです。前回の言葉で言うと、必要性です。その必要性の土台が、供述不能です。本人が法廷で語れるのなら、法廷で聞けば足ります。書面を使う理由は、ありません。この考え方が、今日の全部の土台になります。覚えておいてください。必要性の土台は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないこと。
条文の4つは例示か限定か

まず、条文を確認します。321条1項の1号と2号を、もう一度出します。事由の書き方に注目してください。
条文刑事訴訟法第321条第1項
刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第1号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 一 裁判官の面前(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。次号において同じ。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なつた供述をしたとき。
条文刑事訴訟法第321条第1項
刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。
証言拒絶が条文の4つに入っていない点が問題です。もし、この4つだけが許される、限定列挙だとします。すると、証人が証言を拒んだ場合、検察官の調書は使えません。反対に、例示だと読めば、書かれていない事情でも、足りる余地があります。最高裁の大法廷は、この点を、例示だと判断しました。判決の事案を、先に言います。被告人の事件で、証人Bが、検察官の請求で、第一審に証人として呼ばれました。ところが、公訴事実の存否に関する重要な事項について、証言を拒絶しました。被告人は、Bに反対尋問できていません。それでも、第一審は、Bの検察官に対する供述調書を、有罪認定の証拠に使いました。弁護人は、反対尋問の機会を与えていない供述を証拠にするのは、憲法37条2項に反する、と主張しました。結論は、上告棄却です。調書の採用が是認されました。判旨は、4つの段階で読みます。1つ目が憲法の読み方、2つ目が条文の事由の読み方です。3つ目と4つ目は、証言拒絶そのものの話なので、次の節で読みます。憲法37条2項の条文を見ます。
条文日本国憲法第37条第2項
憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
判旨の1つ目の段階です。この憲法の規定は、審問の機会を与えない証人の供述には、絶対的に証拠能力を認めない、という意味を含むものではない、と述べました。

2つ目の段階が、この回の中心です。判旨を、そのまま読みます。
判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)
供述できないときの事由は例示であるとした判旨 ……そしてこの規定にいわゆる「供述者が……供述することができないとき」としてその事由を掲記しているのは、もとよりその供述者を裁判所において証人として尋問することを妨ぐべき障碍事由を示したものに外ならないのであるから、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において同条所定の書面に証拠能力を認めることを妨ぐるものではない。
供述者を、裁判所で証人として尋問することを、邪魔する事情、という意味です。死亡も、所在不明も、国外も、法廷で本人に聞けなくなる事情です。条文の4つは、その代表例を並べたものだ、というのが判旨の読みです。たとえで言います。対岸にいる証人に、話を聞きに行く橋があるとします。橋が落ちた。これが死亡です。遠すぎて渡れない。これが国外です。では、橋が封鎖されていて渡れないときは、どうでしょう。橋を渡れない、という点では、落ちた橋と変わりません。書面を使う理由は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られない、という必要性です。得られない原因が、4つに限られる理由は、ありません。だから、同様、または、それ以上の事情なら、足ります。
供述を得られない度合いが、同じか、より強い、という意味です。大事な点が、もう1つあります。例示にした以上、どこまで広げてよいのか、その線が必要になります。「同様またはそれ以上」が、その線です。今日の後半で、この線を細かく見ます。なお、この判決が扱ったのは、2号です。あとで、号の違う判例を並べます。
証言拒絶と供述不能
図:証人が公判期日に証言を拒んだ場合の判例を号ごとに並べた比較表
- 2号は大法廷判決、1号前段は昭和44年の決定、3号は記憶喪失を理由とする証言拒絶の昭和29年の決定
- どの号でも供述不能の判断は同じであることを示した板
結論から言います。証人が公判期日に証言を拒んだときは、供述不能に当たります。1号の前段でも、2号でも、同じ結論です。さきほどの大法廷は、こう述べました。判旨の3つ目です。
判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)
証言拒絶は供述者の死亡と選ぶところはないとした判旨 ……されば本件におけるが如く、Bが第一審裁判所に証人として喚問されながらその証言を拒絶した場合にあつては、検察官の面前における同人の供述につき被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは右規定にいわゆる供述者の死亡した場合と何等選ぶところはない
被告人から見ると、反対尋問で確かめられない、という点が同じです。本人が目の前にいても、黙られてしまえば、質問しても何も返ってきません。誤りを確かめる機会は、死亡の場合と同じように、ありません。ただし、この判決は、死亡と同じだ、と言い切って終わりにはしていません。判旨の4つ目です。続きを読みます。
判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)
証言拒絶は翻意の可能性があるが現に拒絶している限り供述を得られないとした判旨 尤も証言拒絶の場合においては、一旦証言を拒絶しても爾後その決意を翻して任意証言をする場合が絶無とはいい得ないのであつて、この点においては供述者死亡の場合とは必ずしも事情を同じくするものではないが、現にその証言を拒絶している限りにおいては被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは全く同様であり、むしろ同条項にいわゆる供述者の国外にある場合に比すれば一層強き意味において、その供述を得ることができないものといわなければならない。そして、本件においては、Bがその後証言拒絶の意思を翻したとの事実については当事者の主張は勿論これを窺い得べき証跡は記録上存在しない。
読みどころは3つです。1つ目。証言拒絶は、あとで考えを変えて話す場合が、絶無とは言えない。死亡とは違う点です。2つ目。それでも、現に拒んでいる間は、反対尋問ができない点は、全く同様です。国外にいる場合と比べても、一層強い意味で、供述を得られません。国外にいる証人なら連絡や出頭の余地がありうるのに対し、拒んでいる本人は、目の前にいても話さない、という対比だと考えられます。3つ目。この事件では、Bが考えを変えた、という事実も、それをうかがわせる証拠も、記録にありません。この3つ目を、覚えておいてください。あとで出てくる、一時的では足りない、という話の伏線です。
次に、号の違う判例です。証人が公判期日に証言を拒んだ場合を、1号前段で判断した決定があります。
判例最高裁判所決定・昭和44年12月4日(刑集23巻12号1546頁)
証言拒絶は1号前段の供述不能に当たるとした判旨 証人が公判期日に証言を拒んだときは、刑訴法三二一条一項一号前段にいう公判期日において供述することができないときにあたるものと解すべきである
2号の大法廷判決を参照して、1号前段でも同じ結論をとりました。板に、3つの号を並べます。2号は、この大法廷判決。1号前段は、この決定。3号は、次に見る、記憶喪失を理由とする証言拒絶の決定です。3つの号で、同じ考え方の判断が出ています。前に確かめたとおり、供述不能は、号を超えて共通の要件だからです。自分が刑事訴追を受けるおそれのある証言は、拒める。第4章で見た、証言拒絶権です。この権利を使って拒んだ場合も、正当な理由なく拒んだ場合も、法廷で供述を得られない点は同じ、というのが基本的な考え方で、判例は理由を区別していません。ただし、理由は、後で見る、翻意の見込みを判断する材料になります。ここで、質問です。証言拒絶は、死亡と同じく供述不能だと言われました。けれども、死亡とは、決定的に違う点が1つあります。何でしょうか?
あとから、考えを変えて話すかもしれない点です。死亡なら、戻りません。この差が、次の、一時的かどうかの問題になります。その前に、記憶喪失を見ます。
記憶喪失と供述不能

記憶喪失の場合です。最高裁の決定があります。
判例最高裁判所決定・昭和29年7月29日(刑集8巻7号1217頁)
記憶喪失を理由とする証言拒絶は3号の場合に当たるとした判旨 原審判示のように、証人が、記憶喪失を理由として証言を拒む場合が、刑訴三二一条一項三号の場合に該当することは、当裁判所の判例の趣旨とするところである
結論は、記憶喪失を理由として証言を拒む場合も、供述不能に当たる、です。この決定で問題になった書面は、麻薬取締官に対する供述調書です。麻薬取締官は、検察官でも裁判官でもない捜査官なので、3号の書面です。記憶喪失の程度や、尋問の経過は、判決に書かれているのですか。書かれていません。判断は、短い一文だけです。だから、どの程度の記憶喪失なら、供述不能なのかは、この決定からは分かりません。そこは、判例ではなく、通説と実務の整理として、話します。整理は3つあり、3つとも、今日の土台から出ます。法廷で、反対尋問を経た供述を、得られるかどうか、です。1つ目。全面的に思い出せない場合は、供述不能です。法廷で語れる中身が、無いからです。2つ目。「よく覚えていない」という、あいまいな程度は、直ちには供述不能ではありません。記憶が戻れば、法廷で供述を得られるからです。そこで実務は、第4章で見た記憶喚起で、回復を試みます。思い出す手がかりを与える誘導尋問や、書面や物を示すことです。ただし、供述を録取した書面、つまり調書は、示せません。それでも回復しないときに、供述不能と見ます。3つ目。一部だけ語れない場合は、ふつう、供述不能としては扱いません。語れた部分は、法廷で得られているからです。
記憶喪失の主張は、口で言うだけで通ってしまう危うさがあります。だから、記憶喪失は、安易には認められません。記憶の回復を試みたか、本当に語れないのか、を確かめます。この厳しさが、次に見る、供述不能の上限の線につながります。
一時的な拒絶と解消の見込み

問題です。証人が、今日は、拒んだ。ならば、直ちに供述不能なのでしょうか。今日は拒んでも、明日は話すかもしれません。この点を正面から判断したのが、高等裁判所の判決です。まず事案です。殺人と死体遺棄で、共犯者として別に起訴されたAがいました。Aは、被告人の公判に証人として出廷し、宣誓のうえ、ごく一部の尋問に答えただけで、証言を拒絶しました。理由は、自分の刑事裁判が続いているので、現時点では拒絶したい、というものでした。一方で、被害者の遺族に申し訳ない、話したい気持ちもある、とも述べました。弁護人と協議した結果、拒否する、とも述べています。検察官は、Aの検察官調書を、2号前段の書面として請求し、第一審は採用しました。被告人の側は控訴し、証言拒絶は一時的なもので、相当な期間内に翻意して証言する可能性があるから、供述不能ではない、と主張しました。高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。供述不能を認めて採用したのは、違法だ、という結論です。判旨は長いので、先に骨組みを言います。前半は、大法廷判決の確認です。後半が新しい部分で、一時的では足りないこと、証言拒絶のときの基準、迅速な裁判との天秤、の3つです。では、読みます。
判例東京高等裁判所判決・平成22年5月27日(高等裁判所刑事判例集63巻1号8頁)
供述不能の要件は一時的では足りず証言拒絶の場合は翻意の見通しが少ないときに満たすとした判旨 刑訴法321条1項2号前段に供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することのできないときとしてその事由を掲記しているのは、その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障害事由を示したもので、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において検察官調書に証拠能力を認めることを妨げるものではないから、証人が証言を拒絶した場合にも、同号前段によりその検察官調書を採用することができる……。しかし、同号前段の供述不能の要件は、証人尋問が不可能又は困難なため例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎付けるものであるから、一時的な供述不能では足りず、その状態が相当程度継続して存続しなければならないと解される。証人が証言を拒絶した場合についてみると、その証言拒絶の決意が固く、期日を改めたり、尋問場所や方法を配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないときに、供述不能の要件を満たすといえる。もちろん、期日を改め、期間を置けば証言が得られる見込みがあるとしても、他方で迅速な裁判の要請も考慮する必要があり、事案の内容、証人の重要性、審理計画に与える影響、証言拒絶の理由及び態度等を総合考慮して、供述不能といえるかを判断するべきである。
5つに分けます。板とカードでも確認します。
⭐ 論文で書く規範:供述不能の判断の枠組み 供述不能は例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づける要件である | 一時的な供述不能では足りず 状態が相当程度継続して存続しなければならない | 証言拒絶は 決意が固く 期日を改めたり尋問場所や方法に配慮したりしても翻意して証言する見通しが少ないときに供述不能といえる | 期間を置けば証言が得られる見込みがあっても 迅速な裁判の要請から 事案の内容 証人の重要性 審理計画への影響 拒絶の理由と態度を総合考慮する | 供述不能の立証責任は検察官にある (裁判例(東京高判平22・5・27))
1つ目。供述不能は、例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づけるものです。2つ目。だから、一時的では足りません。状態が、相当程度続く必要があります。3つ目。証言拒絶なら、決意が固く、期日を改めたり、尋問の場所や方法に配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないとき、供述不能と言えます。4つ目。ただし、期間を置けば証言が得られそうでも、迅速な裁判の要請があります。無限に待つことは、できません。そこで、事案の内容、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を、総合して判断します。5つ目は、判決が、この事件へのあてはめの中で述べた点です。供述不能の立証責任は、検察官にあります。供述不能だと示せなければ、書面は使えない、ということです。
先ほどの必要性の裏返しです。書面を使うのは、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないからです。見込みがあるなら、待てば、それが得られます。すると、例外の必要性が弱くなります。橋の封鎖が、明日解ける見込みなら、渡し船の代わりの書面に頼らず、待つほうが筋です。判決は、この事件で、証言拒絶の理由が、合理的な期間内に解消し、証言する見込みが高かった、と見ました。考慮された事情は、5つです。
図:東京高裁判決が供述不能を認めなかった5つの事情
1つ目。Aは、自分の刑事裁判が続いていて、弁護人と相談した結果、現時点では拒絶したい、としているにすぎません。2つ目。遺族の立場を考えると、証言したい気持ちがある、とまで述べています。3つ目。被告人の弁護人から、Aの弁護人に、Aの被告人質問が終わったあとは、証言を拒絶させないでほしい、と依頼があり、前向きな返答がありました。検察官は、これに反論も反証もしていません。4つ目。公判前整理手続の時点で、Aの証言拒絶は想定できたのに、拒絶の可能性が低い時期を見極めて対応できる審理予定を、定めていませんでした。5つ目。殺人と死体遺棄の重大事案で、被告人が犯行を全面的に否認し、Aは共犯者とされる、極めて重要な証人です。
重要な証人であるほど、反対尋問を経た供述の価値が大きいので、供述不能を、慎重に判断します。この判決では、重要な証人であることが、供述不能を認めない方向に働きました。誤解しないでください。この判決は、証言拒絶は供述不能に当たる、という結論を、否定したのではありません。先ほどの大法廷判決を引用して、同じ立場に立ったうえで、一時的なら足りない、という限定を付けました。さきほど、大法廷判決の「絶無とはいい得ない」を伏線にしました。あの留保と同じ方向を、規範の形で示したのが、この判決だと言えます。記憶喪失も、法廷で供述を得られない点は、証言拒絶と同じです。だから、同じ枠が及びます。回復の見込みがあるなら、待てば供述を得られるので、供述不能とは言えません。
設例Pで当てはめる
図:設例Pの関係図
- 被告人Kは傷害の罪で暴行はしていないと争い、目撃者Tは事件の数日後に検察官に詳しく話して検察官調書が作られ、弁護人は不同意とし、検察官がTを証人請求してTが法廷に来る
- TからKへの線とTから検察官への線、Tから法廷への線を示す
設例Pです。傷害の罪で起訴された被告人は、Kです。Kは、暴行はしていない、と争っています。現場を見ていたのは、Tです。Tは、事件の数日後に、検察官に、詳しく話しました。検察官は、それを書き取り、調書を作っています。Kの弁護人は、この調書に不同意です。そこで、検察官は、Tを証人として請求し、Tが法廷に来ました。書面は、検察官の面前の録取書なので、2号です。前回の順番のとおり、まず類型を決めました。次は、2号前段の供述不能を見ます。Tの法廷での態度を変えて、4つの場面を比べます。
図:設例Pの4場面を比較する表
場面1です。Tは、「理由は言えません」と黙り込みます。検察官、弁護人、裁判官、誰の問いにも、一切答えません。日を改めても、同じ態度が続きそうです。拒む理由は、翻意の見込みを測る材料だと言いました。理由を言わなければ、いつ解消するかの手がかりもありません。黙ったままの態度も含めて、決意が固いと見ます。2号前段で、検察官調書が使えます。場面2です。Tは、「自分も別の件で起訴されて、裁判中です。弁護人と相談してから。その裁判が終われば、話したい」と言って、拒みます。これは、東京高裁の事案とそっくりです。一時的な拒絶になりますか。なります。拒絶の理由が、自分の裁判の終了で解消する見込みがあります。供述不能とは言えません。この裁判例では、立証責任は検察官にありました。待てば法廷で供述を得られる見込みがある以上、まず、期日を改めるなどの措置が先です。場面3です。Tは、「全部忘れました」と言います。手がかりを与えて尋ねても、記憶は回復しません。
記憶を呼び戻す試みをしたうえで、なお回復しないのですから、供述不能です。書面が、警察官調書だったなら、3号の場面になります。その場合は、供述不能だけでは足りません。前回見たとおり、不可欠性と絶対的特信情況が、別に要ります。場面4です。Tは、事件の大半を語り、日時だけ、覚えていません、と言います。供述不能ではありません。法廷での供述と、前の供述の食い違いが出れば、相反供述の側で見ます。
図:供述不能の判断の型を流れで示した板
手順の型を、まとめます。1つ目、どの号の書面か。2つ目、証言拒絶や記憶喪失などが、同様またはそれ以上の事由か。3つ目、一時的でないか。決意の固さ、見込み、迅速な裁判の要請、証人の重要性、審理計画から判断します。4つ目、その先の要件は号ごとです。論文でも、この順番で書きます。
供述不能と特信情況、周辺の知識

最後に、短答で問われる周辺の知識です。1つ目。供述不能を理由とする2号前段には、特信情況の要件が、条文上ありません。さきほどの条文を、もう一度見てください。ただし書きは、後段にだけ付いています。相対的特信情況は、公判での供述と比べて、前の供述のほうが信用できるか、を見る基準でした。供述不能の場面は、公判での供述が存在しません。比べる相手がいないので、この基準は、立てられません。3号は別です。3号には、絶対的特信情況が、条文にあります。2つ目。学説には、供述不能でも特信情況を要求すべきだ、という見解があります。供述不能だけで検察官調書を使うのは、証人審問権の侵害で違憲だ、という見解もあります。判例は、合憲です。外国旅行中の証人の検察官調書を、証拠として採用しても、憲法37条2項に違反しない、と判断しました。判決は、大法廷判決の趣旨に徴して明らかだ、と述べただけです。趣旨は、さきほどの1つ目の段階と同じ方向で、憲法37条2項は、審問の機会の無い供述を、絶対に使えないとまでは言っていない、という読みです。これは、国外にいる場合の判例です。実務は、供述不能を理由とする検察官調書の採用では、特信情況の立証を要しません。疑わせる事情があれば、それは、証明力の評価で考えます。3つ目。供述不能を理由に書面の証拠調べをしたあとで、状態が解消しても、そのことで、書面の証拠能力が失われるわけではありません。証拠調べをした時点では、法廷で供述を得られない、という必要性が現にあり、その時点で要件を満たして採用したものだからです。
今日の地図(保存版)
図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板
まとめます。1つ目。条文の供述不能の事由は、例示です。これと同様、またはそれ以上の事由でも足ります。理由は、書面を使う必要性が、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないことにあるからです。2つ目。証言拒絶は、1号前段と2号で、供述不能に当たります。記憶喪失を理由とする証言拒絶も、3号で供述不能に当たります。号が違っても、供述不能の判断は、同じです。3つ目。ただし、一時的では足りません。決意が固く、期日を改めたり、方法に配慮したりしても、翻意の見通しが少ないときに限ります。迅速な裁判の要請、事案、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を総合して判断し、立証責任は検察官にあります。4つ目。供述不能の場合、2号前段に、特信情況の要件は、条文上ありません。
検察官調書を、どんな条件で使えるのか。相反供述と、相対的特信情況を見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第321条第1項
- 日本国憲法第37条第2項