相反供述と相対的特信情況
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第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入

- 捜査段階の調書では「Hが台車で運び出すのを見た」と断定した証人Jが、法廷では「人影を見ただけで、Hだとは言い切れない」と話す場面
- 法廷の言葉と調書の言葉が食い違うとき、検察官調書をどんな条件で証拠にできるのかを問う導入板
前回の最後に置いた予告が、この問いです。証人が法廷で前と違うことを話したとき、検察官調書を、どんな条件で使えるのか。前回は、証人が法廷で話せない場合、つまり供述不能を見ました。今日は逆です。話せるのに、話が変わった場合です。321条1項の全体を見た回で先送りにした、相反かどうかの判断と、特別の情況の判断の中身を、今日は正面から見ます。答えを先に言います。条件は3つです。1つ目は、法廷で、前の供述と相反する、または実質的に異なる供述をしたこと。2つ目は、その調書の供述が、法廷の供述より前であること。3つ目は、法廷の供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況、相対的特信情況があることです。
条文と3つの要件

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。検察官調書の規定です。
条文刑事訴訟法第321条第1項
刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
2号は、前段と後段の2本立てです。前段が供述不能で、前回の話でした。今日は、「又は」から始まる後段です。後段を、条文の言葉で割ります。1つ目。「前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき」。これが、相反性です。2つ目。「前の供述」という言葉。供述の時間の順番を決めています。3つ目。ただし書きの「前の供述を信用すべき特別の情況」。これが、相対的特信情況です。ただし書きは、前段にも掛かるのですか。掛かりません。ただし書きは「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述」と書いています。比べる公判供述がある場面、つまり後段だけの話です。
図:1号後段と2号後段の比較表
- 1号後段は前の供述と異なつた供述で足り特信情況の要件はない
- 2号後段は相反するか実質的に異なつた供述に加えて、ただし書きの相対的特信情況が要る
- 理由は、裁判官面前は中立で宣誓のうえの供述であるのに対し、検察官は一方の当事者であること
板に並べます。1号は、裁判官の面前での供述を書いた調書の規定です。その後段は、「前の供述と異なつた供述」で足ります。特信情況の要件もありません。2号後段は、「相反するか実質的に異なつた供述」と、相対的特信情況の両方が要ります。理由は、321条1項の全体を見たときの軸、つまり、話を聞いた人の中立性です。裁判官は中立ですが、検察官は一方の当事者です。だから、翻されたときは、前の供述のほうが信用できるという上乗せを求める。それが、相対的特信情況です。もう一歩、意味づけをします。伝聞の例外は、必要性と、信用性の情況的保障で認められるのでした。2号後段では、相反性が、必要性にあたります。前回の供述不能は、法廷で供述そのものが得られない場面でした。相反は、法廷に来ても、前の供述の内容が得られない場面です。どちらも、法廷では得られない内容を、前の書面で補う必要がある、という点で同じです。特信情況が、情況的保障にあたります。反対尋問を経ていなくても、前の供述を信用してよい事情がある、という要件です。この意味づけは、最高裁の判決にも書かれています。あとで、特信情況のところで読みます。証人が検察官調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる。そう述べています。
相反性、実質的に異なる供述
図:設例Qの関係図
- 被告人Hは営業課長
- 証人Jは同じ課の部下で倉庫の鍵の管理を任されていた
- Jは事件の3日後に検察官に詳しく話して調書に署名押印し、約1年後の公判で検察官が主尋問をする
- JからHへ、上司と部下の線
設例Qで考えます。Hは会社の営業課長です。会社の倉庫から高額の商品を持ち出したとして、窃盗の罪で起訴され、持ち出していないと争っています。同じ課の部下のJは、倉庫の鍵の管理も任されていました。Jは、事件の3日後、検察庁で検察官に、「夜、Hが台車に段ボールを積んで、倉庫の裏口から出て行くのを見た」と詳しく話しました。その内容を書いた調書に、署名押印しています。公判は、約1年後です。Hの弁護人は、調書に不同意です。検察官は、Jを証人として請求し、Jは法廷に来ました。
図:実質的に異なる供述の規範板
まず、規範です。「実質的に異なつた供述」とは、その書面の内容が、公判供述とは異なる事実認定を導く程度に、違うことです。言葉の細かいずれでは、足りません。条文は、2つの言葉を並べています。「相反する」は、表現の上で、はっきり矛盾する場合です。「見た」と「見ていない」。「実質的に異なる」は、表現の上では矛盾しなくても、趣旨に照らして、異なる結論を導く場合です。判断の仕方は、何を証明するための証拠かという要証事実との関係で、供述の全体の趣旨を比べます。言葉尻の一部ではなく、重要な点で異なるかを見ます。1号後段の「異なつた供述」は、単に異なっていれば足りました。2号後段は、それより絞られています。理由は、さきほどの軸です。検察官は一方の当事者だからです。
図:証人Jの法廷での答え方を変えた4場面の表
では、Jの法廷での答えを、4通りに変えて見ます。場面1。Jが、「Hは見ていません」と言った場合です。調書は「Hを見た」です。場面3を、先に言います。Jが、「見たのは午後9時ごろです」と言った場合です。調書では、午後8時50分ごろでした。相反性はありません。食い違えば、何でも2号後段、ではありません。細かい違いでは、足りないのです。場面2に入る前に、問いです。Jが、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言ったとします。調書は「Hを見た」と断定していました。表現は、矛盾していません。それでも、2号後段の相反供述に当たるでしょうか?
矛盾はしていません。でも、調書はHだと断定していて、法廷はHだと言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、いちばん大事な点で、結論が変わります。実質的に異なる供述に当たると思います。これが、冒頭の場面です。実質的に異なる供述です。前回の記憶喪失の話と、つなげます。「よく覚えていません」と言っても、一部でも証言があれば、供述不能ではなく、相反供述の側で見ます。要証事実にかかわる点で、調書と異なる供述をしたなら、今の場面2と、同じように扱います。場面4です。Jが、「Hが台車で運ぶのを見ました」と言います。結論は、調書と同じです。ただ、調書には、段ボールの数や服装まで、詳しく書かれていました。詳細さの差だけです。これを、実質的に異なるというのか。最高裁の決定があります。事案から言います。船舶を焼失沈没させて、保険金を騙し取ったとされる、放火と詐欺の事件です。相被告人、つまり同じ裁判で一緒に審理されている別の被告人の、検察官調書が、公判廷での供述と、大綱、つまり大筋では一致していましたが、調書の方が詳細でした。この調書は証拠として使われており、最高裁は、刑事訴訟法の違反はないと判断しました。判旨です。
判例最高裁判所決定・昭和32年9月30日(刑集11巻9号2403頁)
詳細さの差で足りるとした判旨 その他相被告人の供述調書は、公判廷における夫々の供述と大綱においては一致しているが、供述調書の方が詳細であつて、全く実質的に異らないものとはいえないのであるから、同三二一条一項二号の要件をも満たしているということができる
この決定は、そうした事例で、要件を満たすと述べました。ただし、大綱が一致していて調書が詳細なら、常に実質的に異なる、と一般化した決定ではありません。事例についての判断です。学説は、限定して読むのが有力です。詳細さの差だけで相反性を認めると、1号との差が薄れてしまうからです。答案では、こう書く余地があります。詳細さの差にとどまる場合は、法廷の供述だけでは要証事実の認定に足りない、簡略すぎて心証が取れない、という事情があるときに、実質的に異なると見る、という程度です。相反性を、書面を使う必要性の要件として見る整理から出てくる絞り方です。
前の供述、作られた時期で決まる
図:公判供述と調書作成の順番による3ケースの時系列図
- ケース1は調書作成のあとに法廷で相反供述で前の供述に当たる
- ケース2は法廷で証言したあとに調書を作成で当たらない
- ケース3は証言、調書作成、再度の証言で、2度目の証言との関係では当たるが特信情況は慎重に吟味される
2つ目の要件、「前の供述」です。調書の供述は、法廷の供述より前でなければなりません。時間の順番で、3つのケースに分けます。ケース1。調書を作ったあとに、法廷で相反する供述が出ました。設例Qの、もともとの形です。前の供述に当たります。ケース2。法廷でJの証言が先にあり、そのあとに、検察官が同じ事項でJを取り調べ、調書を作った場合です。この調書は、その証言との関係では、前の供述に当たりません。高等裁判所の判決があります。事案は、検察官調書3通が、供述者が証人として供述した後に作られたものでした。原審が2号の書面として取り調べ、有罪認定の資料にしていた事件です。
判例東京高等裁判所判決・昭和31年12月15日(高等裁判所刑事判例集9巻11号1242頁)
証人尋問のあとに作られた調書は2号の書面にならないとした判旨 右三通の供述調書は、いずれも前示のとおり、その各供述者が既に公判期日において証人として供述した後に作成されたものであつて、同条第一項第二号所定のいずれの場合にも該当しないものであることが明らかであるから、同条による証拠能力を有しないものというべく、従つて、原審においては、これにつき同条第一項第二号の書面として証拠調をすることも、これを有罪事実認定の資料とすることも共に許されないものといわなければならない。
この判決は、原判決を破棄して、差し戻しました。採用したのは違法だ、という結論です。判決は結論を示しただけで、理由は詳しく書いていません。説明としては、こうです。証言のあとに作った調書まで前の供述になるなら、法廷で思いどおりの証言が出なかったとき、いつでも調書を作り直して差し替えられてしまいます。法廷で証言させる意味が、失われます。設例Qで確認します。Jが法廷で「見ていません」と言ったので、検察官が慌ててJを取り調べ、新しい調書を作ったとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述ではありません。ここで、問いです。ケース2のあとに、もう一度、Jの証人尋問が行われました。そこでJが、新しい調書と食い違う供述をしたとします。この調書は、2度目の尋問の供述に対して、前の供述に当たるでしょうか?
最初の証言より後で、2度目の証言より前に作られた調書。これがケース3です。証言、調書作成、もう一度の証言、の順です。最高裁の決定があります。事案は、業務上横領と詐欺の事件です。詐欺の被害事実について、証人Aの尋問が行われた後に、検察官が同じ事実でAを取り調べて調書を作りました。その後、Aは再び証人として尋問され、調書と異なる供述をしました。検察官が2号の書面として調書を請求し、原審は採用しました。判旨です。
判例最高裁判所決定・昭和58年6月30日(刑集37巻5号592頁)
尋問後の調書も再度の尋問で相反供述が出れば前の供述にあたるとした判旨 このように、すでに公判期日において証人として尋問された者に対し、捜査機関が、その作成する供述調書をのちの公判期日に提出することを予定して、同一事項につき取調を行うことは、現行刑訴法の趣旨とする公判中心主義の見地から好ましいことではなく、できるだけ避けるべきではあるが、右証人が、供述調書の作成されたのち、公判準備若しくは公判期日においてあらためて尋問を受け、供述調書の内容と相反するか実質的に異なつた供述をした以上、同人が右供述調書の作成される以前に同一事項について証言をしたことがあるからといつて、右供述調書が刑訴法三二一条一項二号にいう「前の供述」の要件を欠くことになるものではないと解するのが相当である(ただし、その作成の経過にかんがみ、同号所定のいわゆる特信情況について慎重な吟味が要請されることは、いうまでもない。)。
図:昭和58年6月30日の決定の判旨を3つの部分に割った板
判旨は3つの部分です。1つ目。尋問のあとに、その調書を次の期日に出すつもりで同じ事項を取り調べるのは、好ましくなく、できるだけ避けるべきです。公判中心主義の見地からです。2つ目。しかし、調書を作ったあとに、あらためて尋問を受け、調書と相反する供述をした以上、作成前に証言していても、調書は「前の供述」の要件を欠きません。なぜ、それでよいのか。2度目の尋問の供述と比べれば、調書は時間の上で確かに前です。条文の「前の供述」は、比べる相手の公判供述との順番を言っています。作り方の問題は、3つ目の特信情況の慎重な吟味で受け止める、という分担です。3つ目。ただし、作成の経過にかんがみて、特信情況について慎重な吟味が要請されます。
慎重な吟味とは、特信情況の判断で、作成の経過が見られる、ということです。誰の求めで、なぜ、もう一度取り調べたのか。ただ、この決定は、特段の事情がなければ証拠能力を認めない、とまでは述べていません。吟味が要請される、までです。

もう1つ、区別があります。「前の供述」かどうかは、調書に記録された供述が、された時期で決まります。調書の証拠調べが、証人を尋問した期日のあとの期日で行われることもあります。最高裁は、その事件で反対尋問が十分に行われていたことも挙げたうえで、証拠調べがあとの期日でも、憲法37条2項の反対尋問権を奪ったことにならない、と述べています。作られた時期と、証拠調べの時期を、混同しないでください。
相対的特信情況
図:相対的特信情況の規範の板
- 公判の供述と比べて前の供述の方を信用すべき特別の情況があること
- 比較の問題で、証拠能力の要件であり、その後の証明力の評価とは別の段階であること
- 判断資料は判例では内容自体も可、通説的整理では外部的付随事情が中心
前回、供述不能の2号前段に、特信情況の要件が条文上ないのはなぜだったでしょうか?比べる公判供述が、存在しないからです。今日の後段は、比べる相手があります。だから「相対的」です。3号の特信情況は、比べる相手がなく、絶対的でした。規範です。相対的特信情況とは、公判準備や公判期日の供述と比べて、前の供述の方を信用すべき特別の情況があることです。比較の問題です。検察官の面前というだけでは、足りません。検察官は一方の当事者です。密室で聞き取った内容が、宣誓のうえの証言より信用できる、と言える特別の事情が要ります。見る範囲は、両側です。前の供述の側の事情と、公判供述の側の事情。公判供述の側には、宣誓のうえ、裁判官の面前で述べた、という事情があります。一方で、被告人の面前では話しにくい、という事情もあります。両方を比べます。大事な区別を、1つ言います。特信情況は、証拠能力の要件です。その調書を、証拠として使える資格の話です。使ってよいとなったあとに、その内容をどこまで信用するかは、証明力の話で、別の判断です。特信情況があるから、内容が真実だと決まるわけではありません。
だから、特信情況の判断で、供述が本当かどうかまで、先に決めてしまってはいけないのです。では、何を見て判断するのか。最高裁の判決を読みます。事案は公職選挙法違反です。判旨を読みます。
判例最高裁判所判決・昭和30年1月11日(刑集9巻1号14頁)
伝聞例外の趣旨と特信情況の判断資料についての判旨 刑訴三二一条一項二号は、伝聞証拠排斥に関する同三二〇条の例外規定の一つであつて、このような供述調書を証拠とする必要性とその証拠について反対尋問を経ないでも充分の信用性ある情況の存在をその理由とするものである。そして証人が検察官の面前調書と異つた供述をしたことによりその必要性は充たされるし、また必ずしも外部的な特別の事情でなくても、その供述の内容自体によつてそれが信用性ある情況の存在を推知せしめる事由となると解すべきものである。
前半は、さきほどの意味づけです。必要性と、反対尋問を経なくても充分の信用性ある情況。証人が検察官の面前調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる、と言っています。後半が、判断資料です。必ずしも外部的な特別の事情でなくても、供述の内容自体によっても、信用性ある情況の存在を推知できる、つまり推し量れる、とします。供述の具体性だけで、特信情況ありとは書けません。通説的な整理を見てください。さきほど、特信情況は証拠能力の要件で、内容が本当かという証明力とは別の判断だ、と確認しました。供述の内容そのものが信用できるかで決めると、証明力の評価を、証拠能力の段階で先取りしてしまいます。だから、供述がされたときのまわりの事情、つまり供述に付随する外部的な情況を、主に見ます。供述の内容は、その外部的な情況を推知させる一資料として、参酌するにとどまります。判旨も、内容自体を、信用性ある情況の存在を推知させる事由と言っています。内容は、情況を推し量る材料という位置づけです。短答では、「特信情況は外部的な特別の事情によってのみ判断できる」は誤りです。判例は、内容自体によっても判断できるとしています。一方、答案では、内容だけで信用できるから特信情況あり、とは書かず、外部的な情況を主にして、内容を補助にします。
図:相対的特信情況を判断する典型的な事情の表
典型的な事情を、5つ並べます。1つ目。取調べ時の状況です。穏やかだったか、長時間でなかったか、誘導や圧力の疑いはないか、記録はあるか。2つ目。供述者と被告人との関係と、公判廷での心理的な圧力です。上司と部下、親族、仲間ではないか。被告人の前では話しにくい事情や、働きかけはないか。3つ目。時間の経過と記憶です。調書の時点の記憶と、公判の時点の記憶を比べます。4つ目。供述の具体性と、変遷の説明です。自分に不利益な事実も含めて具体的に話しているか。公判で変えた理由の説明は合理的か。これは、内容による推知の資料です。そして5つ目。他の証拠との整合です。客観的な記録と合うか。これも内容の参酌にあたります。実務の傾向も、一言だけ。特信情況は、比較的緩やかに認められる傾向があるとされ、法廷の証言より、捜査段階の調書で事実が決まってしまう、調書裁判だという批判もある、といわれます。
設例Qの当てはめ
図:設例Qの当てはめの板
設例Qに戻ります。Jは法廷で、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言いました。検察官は、Jの検察官調書を、2号後段の書面として請求します。Hの弁護人は、不同意です。検察官は、請求書で、相反性と特信情況を具体的に主張して、採用を求めます。順番は、相反性、前の供述、特信情況です。前の2つは、形式的な要件です。3つ目が本丸です。相反性。調書は、Hが台車で運び出すのを見た、と断定しています。法廷は、Hだとは言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、要証事実の核心で、結論が変わります。実質的に異なる供述です。前の供述。調書は事件の3日後で、公判証言より前です。ケース1で、満たします。特信情況。検察官と弁護人の主張を対照します。検察官は、こう主張します。調書は、事件から3日後で、記憶が鮮明です。公判は1年後で、記憶が薄れています。調書は、Jが落ち着いて自分から話し、倉庫の鍵の管理を任されていた自分に不利益になりうる事実も含めて、具体的です。法廷では、Jは被告人である課長Hの前に立ち、証言のあとも同じ課で働き続けます。心理的な圧力があります。変えた理由の説明もありません。調書の内容は、倉庫の記録簿の時刻とも合います。弁護人は、こう反論します。取調べで、課長が犯人だと決めつけられ、責任の追及をおそれて迎合したのではないか。法廷は、宣誓のうえ、裁判官の面前の証言で、こちらの方が慎重に話している。人影しか見ていないという証言は変わらず、記憶が薄れたのではなく、もともと曖昧だったのではないか。さらに、内容が具体的であることだけで特信情況を認めるのは、信用性の評価の先取りだ、と主張します。
外部的な情況を、両側から比べます。取調べの状況、課長との関係、時間の経過、変えた理由の説明です。記録簿との合致は、外部的な情況を推知させる資料としての範囲で参酌します。
図:設例Qの結論の板
結論の型は、こうです。相対的特信情況が認められれば、調書を採用して、Jの証言と併せて、証明力を評価します。認められなければ、2号後段の書面として採用できません。この設例では、どうか。弁護人の反論を、1つずつ見ます。迎合したのではないか、という点。調書は、Jが落ち着いて自分から話したもので、長時間の取調べや、決めつける誘導をうかがわせる事情は、記録から出ていません。疑いの指摘にとどまります。法廷は宣誓のうえだ、という点。それは、公判供述の側の一般的な事情です。Jには、証言のあとも課長と同じ課で働く、という具体的な圧力があり、こちらが重く見られます。内容だけで認めるのは先取りだ、という点。ここで主に見たのは、時間の経過、課長との関係、変えた理由の説明が無いこと、という外部的な情況で、内容の具体性や記録簿との合致は、補助にとどめています。だから、相対的特信情況は、認められる方向です。反論が勝つのは、裏づける外部的な事情が出たときです。次の境界の外側が、その例です。境界の外側も1つ置きます。Jの取調べが夜遅くまで何時間も続き、検察官が「ほかの社員も、課長だと言っている」と告げた直後に、Jが「Hを見た」と話し始めていた、と記録から分かったとします。前の供述の側の外部的な情況が崩れます。この場合、相対的特信情況は認めにくくなります。
もう一段、確認です。検察官が、Jが「人影」と言った直後に、慌ててJを再び取り調べ、新しい調書に「Hだと確信した」と書かせたとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述に当たりません。ケース2です。後日、もう一度尋問して同じ証言が出れば、前の供述になりえますが、特信情況は慎重に吟味されます。ケース3です。
反対尋問で出た相反供述と合憲判断

最後の論点です。Jを呼んだ検察官が先に行う主尋問では、Jは調書どおり「Hを見た」と証言したとします。ところが、相手方であるHの弁護人の反対尋問で、「本当は、人影しか見ていません」と言い直しました。この反対尋問での供述は、相反供述に当たるでしょうか。高等裁判所の判決があります。事案は覚醒剤取締法違反です。弁護人は、調書と食い違ったのは反対尋問によるものだから、調書を採用するのは2号に反し、憲法37条2項の証人審問権を有名無実にする、と主張しました。高裁は、この主張を退けました。判旨です。
判例東京高等裁判所判決・昭和30年6月8日(高等裁判所刑事判例集8巻4号623頁)
反対尋問に対する供述も相反供述に含まれるとした判旨 そして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたときとは必ずしも主尋問に対する供述のみに限らず、反対尋問に対する供述をも含むものと解するのが相当であり所論は独自の見解というべく到底採用することはできない。
相反供述は、主尋問に対する供述に限りません。反対尋問に対する供述も含まれます。反対尋問で証言を崩すほど、調書の方が証拠になりやすくなる。これは、実際に指摘されている問題です。伝聞法則の趣旨は、反対尋問で誤りを確かめる機会でした。それと緊張する場面です。ただ、この場面は、供述者が法廷に出て、被告人側が尋問できます。供述者が出てこない伝聞とは、違います。伝聞法則と重なるけれど同じではない、と前に見た、憲法37条2項との関係です。最高裁は、2号後段は憲法37条2項に反しないとしました。事案は、第一審が証人A、Bを尋問して反対尋問の機会を与えたうえで、その検察官調書を、被告人が証拠とすることに同意したので採用したものです。反対尋問で相反供述を引き出した事案そのものではありません。判旨の一般論です。
判例最高裁判所判決・昭和30年11月29日(刑集9巻12号2524頁)
公判期日に尋問する機会を与えれば供述録取書を証拠とできるとした判旨 憲法三七条二項が、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味をふくむものではなく、従つて、法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定したからといつて、憲法三七条二項に反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例が示すところであるから……、刑訴三二一条一項二号後段の規定が違憲でないことはおのずから明らかである。
筋は、こうです。憲法37条2項は、審問の機会を与えない証人の書類を、絶対に使えないとまでは言っていません。供述者を公判期日で尋問する機会を被告人に与えれば、証拠にできる、と法律が定めても、憲法に反しません。実際の歯止めは、要件にあります。反対尋問での言い直しでも、相反性と特信情況が無ければ、採用されません。運用の一言です。裁判員裁判の導入を契機に、直接主義が重視され、主尋問で証言がすでに法廷に出ているとして、裁判所が、取調べの必要性がないと、調書の請求を採用しないことが増えた、ともいわれます。これに対し、2号に沿って採用すべきだという意見もあります。公判前整理手続に付された事件には、もう1つあります。手続が終わったあとは、やむを得ない事由がなければ、新たに証拠調べを請求できません。ただ、証人が公判で調書と異なる供述をした場合は、やむを得ない事由に当たる、といわれます。手続の中身は、別の回で扱います。
今日の地図(保存版)
図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板
まとめます。2号後段の判断は、3ステップです。1つ目。相反する、または実質的に異なる供述があるか。異なる事実認定を導く程度かを、要証事実との関係で見ます。2つ目。「前の供述」か。公判供述より前に作られた調書かを見ます。証人尋問のあとに作られた調書は、その尋問の供述に対しては、前の供述ではありません。再度の尋問で相反供述が出れば、前の供述になりますが、特信情況は慎重に吟味されます。3つ目。相対的特信情況があるか。公判供述と比べて、前の供述を信用すべき情況を見ます。証拠能力の要件で、証明力とは別です。短答の落とし穴を、○×で言います。1号後段と2号後段の要件は同じ、は×です。2号は絞られます。詳細さの差だけなら常に相反性あり、は×です。事例判断です。証人尋問のあとに作られた調書が、その尋問に対して前の供述、は×です。再度の尋問で相反供述が出ても前の供述にならない、も×です。当たります。特信情況は外部的な特別の事情でのみ判断できる、は×です。判例は内容自体でも可とします。特信情況は証拠能力の要件で、証明力の評価と同じ、も×です。別です。相反供述は主尋問に対する供述に限る、は×で、反対尋問に対する供述も含みます。2号後段は憲法37条2項に違反する、も×です。違反しません。
今日の1問の答えは、こうですね。証人が法廷で前と違うことを言ったとき、検察官調書は、相反する、または実質的に異なる供述があり、その調書が前の供述で、相対的特信情況があるときに、証拠になる。
参照条文
- 刑事訴訟法第321条第1項