退去強制と検察官面前調書
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第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入

前回の最後に置いた予告が、この問いです。退去強制で国外にいる供述者の検察官調書を、どんな条件で使えるのか。今日は、321条1項2号の前段を、この場面に当てはめて見ます。答えを先に言います。国外にいることは、供述不能の事由として条文に書かれています。だから文言の上では、2号前段に当たります。ところが、国の側が供述できない状態を作った、という経緯によっては、条文に当たっていても使えないことがあります。線を引く言葉は、手続的正義の観点から公正さを欠くかどうか、です。下級審は、検察官、裁判所、入国管理当局の、それぞれに相応の尽力があったかを見ています。今日は、この見方を身につけます。
条文と、退去強制の何が問題なのか

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。
条文刑事訴訟法第321条第1項
刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
今日の主役は、2号の前段です。検察官の面前で作られた書面で、供述者が国外にいるなどの理由で、法廷で供述できないとき。この前段には、特信情況の要件が条文上ありません。ただし書は、後段にだけ付いています。供述不能を見た回で確認した点です。後段の相反供述は、前々回の話です。前段と後段は別のものなので、今日は前段だけを扱います。退去強制とは、入管法に基づいて、入国管理当局が、外国人を強制的に国外へ退去させる行政処分です。目的は、出入国の公正な管理です。たとえば、在留の資格がないまま日本にいる外国人が、収容されて、手続を経て、本国などへ送り返される。この送り返しが、強制送還です。大事なのは、誰がやるか、です。刑事裁判の手続ではありません。入国管理という、別の行政の手続です。

流れを見てください。外国人が、入管の手続で収容されている間に、検察官が、その人を取り調べて、調書を作ることができます。そのあと、本人が送還されると、日本にいません。国外にいることになり、供述不能の事由に当たります。そして、被告人は、その人に、一度も質問できていません。反対尋問で確かめたい相手の話が、確かめる前に、国の手で国外へ運ばれました。残ったのは、検察官が作った書面だけです。憲法37条2項を確かめます。
条文日本国憲法第37条第2項
憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
憲法37条2項は、被告人に、証人に審問する機会を与えています。供述不能の回で見たとおり、国外にいる証人の検察官調書の採用は、37条2項に違反しない、というのが判例でした。ただ、それは外国旅行中の証人の場合です。国の手続で国外に出した場合も、同じように言えるのでしょうか。もう1つ困ることがあります。刑訴法と入管法の間に、この場面を調整する規定が、ありません。検察官の取調べと入管の送還が、別々の法律で、別々に進みます。どちらが先かを決める定めが、ないのです。ここで、問いです。国外にいるから供述不能。条文どおり。これで終わりでしょうか。国が国外に出した、という経緯は、関係しないのでしょうか?
経緯を無視してよいのか、という疑問が、今日の判例の出発点です。その前に、ほかの手段を見ます。
ほかの手段では足りない理由
図:226条、227条、179条を並べた比較表
- 誰が請求するか、要件、この場面で使いにくい理由の3列
- 226条は拒んだ人、227条は供述が変わるおそれのある人、179条は被告人側の請求で弁護人が主尋問を担う
送還の前に尋問しておく制度は、2つあります。第1回公判期日の前に、裁判官が証人を尋問する制度です。検察官が請求するものと、被告人側が請求する証拠保全があります。1号の書面の例として、前に出しました。中身の全体像は、捜査の章で見ています。今日は、この場面で使いにくい理由だけを見ます。検察官の請求から行きます。226条です。
条文刑事訴訟法第226条
刑事訴訟法第226条 犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。
226条は、出頭や供述を、拒んだ人が対象です。検察官に素直に話した人には、使えません。収容中の外国人が、検察官の取調べに協力しているなら、そもそも当たりません。次に、227条です。
条文刑事訴訟法第227条第1項
刑事訴訟法第227条第1項 第二百二十三条第一項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して任意の供述をした者が、公判期日においては前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。
227条は、任意に供述した人でも使えます。ただし、法廷では供述を変えるおそれがあり、しかも犯罪の証明に欠くことができない、と認められる必要があります。素直に話している外国人について、供述が変わるおそれまで言える場面は、多くありません。立会いは、228条2項です。
条文刑事訴訟法第228条第2項
刑事訴訟法第228条第2項 裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる。
立会いは、捜査に支障を生ずるおそれがないと、裁判官が認めるときに限られます。裁判官の裁量です。被告人側が、必ず尋問に立ち会える、とは限りません。被告人側が自分で請求する手段が、179条の証拠保全です。
条文刑事訴訟法第179条第1項
刑事訴訟法第179条第1項(抜粋) 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収(……)、捜索、電磁的記録提供命令(……)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。
括弧の中の説明は省きました。押収や検証などの処分も並んでいますが、今日は証人の尋問だけを見ます。証拠保全の使いにくさは、2つあります。1つ目。相手は、検察側の証人です。請求した弁護人が、主尋問を担うことになります。自分にとって有利かどうか分からない人を、自分の側から尋問するのは、踏み切りにくい。2つ目。退去強制の時期を、弁護側が知らないことがあります。知らなければ、請求のしようがありません。だから、被告人に尋問の機会を保障しないまま、調書だけが使われる事態が残ります。ここに、最高裁の出番があります。近年は、弁護側が証拠保全の要否を早く判断しやすくなっています。ただ、立会いが確実とは限りません。公判前整理手続の中身は、別の回で扱います。
最高裁の判決、国の側の動きと証拠能力
図:判決の事案を整理した板
- 管理売春(売春防止法違反)で起訴された被告人らの下で就労していた、タイ国籍の女性13名が収容中に検察官に取り調べられて送還され、調書が2号前段で採用された
- 同時期の別の1名は証拠保全の尋問が行われ、13名のうち1名は請求時に送還済み、他の12名は請求がないまま送還された
最高裁の判決です。まず、判決が事案として述べている事実を、先に言います。判旨と、事実を混ぜると、判旨の読み違えが起きるからです。管理売春、つまり売春防止法違反の罪で、被告人らが起訴されました。その下で働いていたタイ国籍の女性13名は、退去強制の手続で、入国管理局に収容されました。その収容中に、検察官が13名を取り調べて、検察官面前調書を作りました。13名は、その後、タイへ強制送還されました。第一審では、この13名の調書が、2号前段の書面として請求され、採用されて、犯罪事実の認定に使われました。証拠保全をめぐる事実も、言っておきます。同じ時期に収容されていた別の1名については、弁護人の請求で、裁判官が証人尋問を決定して、尋問が行われています。13名のうち1名は、弁護人から証拠保全の請求がありましたが、請求した時には、すでに送還されていました。残りの12名は、証拠保全の請求がないまま、送還されました。上告した側は、2号前段は憲法37条2項に違反する、と主張しました。最高裁は、合憲とする先例により、この主張には理由がないと退けました。そのうえで、職権で、この調書の証拠能力を判断しました。職権とは、当事者が主張していなくても、裁判所が自分で取り上げることです。上告は棄却です。今日読む判旨は、すべて、この職権判断の部分です。3つに分けて読みます。1つ目が、出発点です。
判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁
2号前段に該当しても常に証拠能力があるとはいえない、とする判旨 しかし、右規定が同法三二〇条の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり、憲法三七条二項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある。
文頭の「しかし」は、2号前段に当たれば証拠能力が付与されるのが出発点だ、という前提を受けています。そのうえで、伝聞の例外、つまり反対尋問を経ない話を原則は締め出す伝聞法則の例外であり、審問権の趣旨にもかんがみると、作られた事情や、国外にいることになった事由によっては、常に証拠能力があるとは言えない、と述べています。冒頭の問いに、ここで答えが見え始めます。国外にいることになった事由、つまり経緯は、関係します。ただし、この時点では「疑問の余地がある」という書き方です。では、どんな場合に、使えなくなるのか。問いです。検察官が、この人はもうすぐ国外に出る、と知っていました。それだけで、調書は証拠にできなくなるでしょうか?
知っているだけなら、調書を作るのは検察官の仕事ですから、それだけでは足りない気がします。もう一歩、何かが要りそうです。2つ目の判旨を読みます。
判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁
退去強制の場合に、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときの判旨 本件の場合、供述者らが国外にいることになった事由は退去強制によるものであるところ、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的を達成するために、入国管理当局が出入国管理及び難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが、同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん、裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。
図:判旨の言葉の整理板
- 例示1は検察官が、いずれ国外に退去させられて供述できなくなると認識しながら、殊更その事態を利用しようとした場合で、意図的な利用
- 例示2は裁判所が証人尋問を決定したのに強制送還が行われた場合で、尋問決定の後
- どちらも国の側の動きが供述不能を作った型
- 上位の基準は手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき
分解します。まず、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的の処分です。そして、検察官も、同じく国家機関です。どちらも、国の側だという点が、出発点です。例示が2つあります。1つ目。検察官が、この人はいずれ国外に退去させられて供述できなくなる、と認識しながら、殊更そのような事態を利用しようとした場合。「殊更」は、わざと、という意味です。知っていた、だけではありません。利用しようとした、という意図が要ります。2つ目。裁判官や裁判所が、その外国人の証人尋問を決定しているのに、強制送還が行われた場合です。裁判所が、尋問すると決めた後の送還です。この2つは、どちらも、国の側の動きが、供述不能の状態を作った型です。そして、上位の基準が、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき。このときは、事実認定の証拠とすることが、許容されないこともあり得る、です。
法廷意見は、常に否定する、とは言っていません。余地を残した書き方です。暗記する言葉は、「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」です。ここは規範として、文言どおり覚えます。この基準は条文には書かれておらず、判例が立てたものです。
⭐ 論文で書く規範:退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書(2号前段) 2号前段に当たるときでも | 検察官が、供述者が退去強制されて供述できなくなることを認識しながら殊更その事態を利用しようとした場合や、裁判所が証人尋問の決定をしているのに強制送還が行われた場合など、その調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは | 事実認定の証拠とすることが許容されないこともある (規範(判例型・最高裁の判決)——条文の要件ではない)
図:境界の例を2列で並べた板
- 左は検察官が出国が近いと知りながら起訴を遅らせて送還を待った場合で殊更利用の方向、右は知らないまま通常どおり捜査を進めるうちに入管の手続が進んで送還された場合で境界のすぐ外
- 分ける問いは国の側が尋問の機会を塞いだか
輪郭を、境界の例で見ます。たとえば、検察官が、出国が近いと知りながら、わざと起訴を遅らせて、送還されるのを待った。これは、殊更利用の方向です。境界のすぐ外は、こうです。検察官は、出国が近いと知らないまま、通常どおり捜査を進めていました。その間に、入管の手続が進んで、本人が送還された。この場合は、検察官が、その事態を利用しようとしたとは言えません。意図と、もう1つあります。被告人に尋問の機会を残せたのに、その機会を、国の側がふさいだのか。それとも、国の側は塞いでおらず、結果として実現しなかっただけなのか。手続的正義は、この点を見ると分かりやすいです。国が自分の手続で本人を遠ざけておいて、その調書だけを使う。それが、審問権の趣旨や、公平な裁判の理念に反するからです。例示に当たりそうに見えても、自動で否定になるわけではありません。最後は、公正さを欠くかどうかで決めます。この点は、下級審で、もう一度見ます。3つ目です。この事案での当てはめです。
判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁
本件で公正さを欠くとは認められないとした判旨 検察官において供述者らが強制送還され将来公判準備又は公判期日に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認められず、……証拠保全の請求がないまま強制送還されたというのであるから、本件検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められないのであって、これを事実認定の証拠とすることが許容されないものとはいえない。
点々の部分は、先ほど言った、証拠保全をめぐる事情です。判旨が、結論の理由として挙げたのは、2つです。検察官が、殊更利用しようとしたとは認められないこと。そして、その証拠保全をめぐる事情です。だから、証拠請求は、手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められない。結論は、2号前段の書面として、証拠能力ありです。ここで、区別します。収容や送還、証拠保全の請求があったかどうかは、事案の事実です。判旨は、その事実を前提に、殊更利用も公正さを欠くところもない、と評価しました。13名全員が証拠保全できなかった、とは、判旨に書かれていません。結論を支えた事情を、読み取ります。判決は、検察官が殊更利用したとは認められない、としました。そして、弁護側が証拠保全で尋問する機会に関わる事情を、理由に挙げています。別の1名は、現に尋問できました。機会を国が塞いでいない、という事情が、結論を支えたと読めます。これは読みであって、判旨がそう書いているわけではありません。射程も押さえます。この判決は、証拠能力を肯定した事案です。例示の2つは、本件には当たらない場面として示されたもので、最高裁が、例示に当たる事案で実際に証拠能力を否定したわけではありません。否定した判断は、このあとの下級審で見ます。
図:例示1、例示2、当該事案の3列の比較表
- 誰が何をしたか、結論を並べる
- 例示1は検察官が殊更利用、許容されないこともある
- 例示2は裁判所が尋問を決定した後の送還、許容されないこともある
- 当該事案は殊更利用とは認められず、証拠保全の機会の事情から、証拠能力あり
補足意見を、要旨だけ言います。裁判官が1名付けたもので、法廷意見とは区別します。反対意見は、ありません。補足意見は、法廷意見を、出入国管理行政の必要と、刑事裁判の公正や真相究明の要請との、調整点を示したものと読みます。そのうえで、補足意見自身の理解として、検察官が殊更利用した場合や、尋問決定の後に送還された場合には、原則として、証拠能力を認めるべきでない、と述べます。ただ、被告人の審問権の保障からは、この調整は十分ではなく、証拠保全に頼ることも容易ではない、とも述べます。刑訴法と入管法に調整規定がないのは、法の不備で、基本的には立法で解決すべきだ、という指摘です。当面は、裁判所、検察官、弁護人の努力と協力で、尋問の機会をつくるべきだ、とします。この指摘が、次の下級審の流れの背景になります。
この説示は、条文のどの話なのか
図:前回の要点を1問で確認する導入板
ここで、前回を思い出します。前回、3号の要件を満たしたあとにも、条文とは別の関門がありました。それは何でしたか?許容性です。刑訴法全体の精神に照らして、その証拠を事実認定に使ってよいか、という関門でした。今日の「手続的正義の観点から公正さを欠く」も、同じ筋の問いです。条文の要件を満たしたあとに、別の角度から、使ってよいかを問います。違いは、2つです。前回は、供述の自由が害されていないか、刑事免責を与えたか、という証拠の得られ方を問いました。今日は、国が供述不能の状態を作った、という経緯を問います。そして、手続的正義は、今日の判決の言葉です。前回の大法廷判決の言葉ではありません。
図:判断の順を並べた板
- どの号かを見る、供述不能を見る、条文の要件を満たす、そのうえで国の側の動きに手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見る
- 位置づけの2つの見解として、供述不能の解釈と、条文とは別の証拠禁止や許容性の観点を並べる
見解が分かれます。1つ目は、2号前段の供述不能の解釈として示した、という見方です。「国外にいるため」の中身に、国外にいることになった事情まで入れる。あるいは、不文の要件を読み込む、ということです。2つ目は、条文の要件とは別に、証拠禁止や一般的な許容性の観点から示した、という見方です。憲法37条2項の趣旨から、条文を満たしても使えない場合がある、とします。判旨自身は、どちらとも言っていません。答案では、位置づけに深入りしなくて大丈夫です。どちらの見方でも、結論は同じだからです。321条1項2号に文言の上では当たるように見えても、証拠能力が否定される場合がある。答案には、この結論を書きます。判断の順は、こうです。どの号かを見る。供述不能、つまり国外にいることを見る。ここで条文の要件は満たします。そのうえで、国の側の動きに、手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見ます。ここは論文で論点になりうるところです。
その後の下級審、国家機関ごとの相応の尽力
図:東京高裁の判決の流れの板
最高裁のあと、下級審は、証人尋問の実現を重視した判断を示しています。まず、東京高裁の判決です。麻薬及び向精神薬取締法違反の事件でした。高裁は、先ほど読んだ最高裁の説示、つまり国の側の動きによっては証拠能力が否定されうる、という説示を受けて、その趣旨を、こうまとめました。画面の判旨の書き出しにある「上記判示」は、この最高裁の説示を指します。読みます。
判例東京高判平20・10・16 高刑集61巻4号1頁
退去強制と供述調書について、国家機関の側の公正さを欠く程度が著しい場合の判旨 上記判示の趣旨は、供述者が国外にいるため、刑訴法321条1項2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても、供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって、その程度が著しく、これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には、その供述調書を証拠として許容すべきではないという点にあるものと解される。
高裁が読み取ったのは、国の側の公正さを欠く程度が著しく、規定をそのまま適用すると、公平な裁判の理念に反する場合です。射程は、2号から3号までの調書です。この事案で問題になったのも、2号前段の調書です。共犯者の1人について、裁判所が、証人尋問、いわゆる所在尋問、つまり裁判所の外で、証人のいる場所に出向いて行う尋問の決定をしました。ところが、その後に、その人が退去強制で出国して、尋問は実現しませんでした。最高裁が挙げた例示の2つ目の型です。それでも、高裁は、証拠能力を認めました。理由は、国の側の各機関が、それぞれ相応の尽力をしていたからです。検察官は、入管のセンターに連絡して、収容の状況を把握しました。退去強制に進展があれば教えてほしい、と申し入れました。裁判所と協議したうえで、弁護人に、証拠保全の検討を促しました。尋問が決まった日には、その日のうちに入管へ連絡しています。のちに出国予定日を知らされたときは、延期できないかを確認しました。ただ、旅券が発給されれば尋問の予定があっても送還するほかない、との回答でした。入国管理当局も、検察官の要請に応じて、退去強制の実情を伝えていました。所在尋問にも、可能な限り協力する態勢を整えていました。尽力が実らなかった原因は、被告人側が証拠保全を請求しなかったこと、尋問の日程が関係者の都合で早くならなかったこと、退去強制の手続が急に進んだことでした。国の側が、機会をふさいだのではない、という評価です。
ほかの5名の供述者は、起訴の前に退去強制されていました。この5名については、検察官が起訴の時期をあえて遅らせた証跡がない、とされました。例示1の、殊更利用には当たりません。見る軸は、はっきりしています。裁判所、検察官、入国管理当局の、各国家機関について、個別具体的に、尋問実現のための相応の尽力があったかを認定している。この点が、重要です。もう1つ、否定した判断を見ます。東京地方裁判所の判決です。
図:最高裁、東京高裁、東京地裁の判断を比べる表
- 最高裁は殊更利用なしと証拠保全の請求がない事情で肯定、東京高裁は各機関が相応の尽力をしたとして肯定、東京地裁は検察官が手続の進行を告知せず最低限の配慮もないとして否定
- 軸は国家機関に相応の尽力があったか
被告人が薬物の輸入に関与していた、と供述する最も重要な証人が、退去強制の処分を受けた事案です。この判決は、まず、検察官だけでなく、裁判所や入国管理当局を含めた各国家機関が、尋問実現のために相応の尽力をすることが求められる、としました。そのうえで、起訴のあとに、検察官が、退去強制の手続の進行を、裁判所にも弁護人にも告げていなかったことを重く見ました。告げられていれば、弁護側は、証拠保全で、実効的な尋問ができた可能性が高い。検察官は、直接尋問する機会を与えることについて、最低限の配慮もしていない。こう判断して、2号前段による採用は許容できないとし、証拠能力を否定しました。3つの判断を、並べます。最高裁は、殊更利用がなく、証拠保全の機会の事情から肯定。高裁は、各機関が相応の尽力をしたとして肯定。地裁は、告知すらなく、最低限の配慮もないとして否定。見ている軸は、国家機関に、相応の尽力があったか、です。
結論を分けるのは、国の側の動きです。供述者が国外にいる、という同じ事実でも、国の側が尋問の機会を守ろうと動いたかで、証拠として使えるかどうかが変わります。
設例Sの当てはめ
図:設例Sの関係図
- 被告人Dが店内での傷害で起訴され、現場を見ていた外国人従業員Eが収容され、検察官が調書を作り、入国管理当局から出国予定日を知らされ、検察官が裁判所にも弁護人にも伝えないままEが出国する
- 検察官から裁判所と弁護人への告知に、伝えなかったことを示す印を付ける
設例Sで考えます。被告人のDは、飲食店の店内で、客に暴行して、傷害を負わせたとして起訴されました。Dは、暴行していない、と争っています。現場を見ていたのは、在留資格のない外国人の従業員、Eだけです。Eは、事件のあと入管に収容されて、退去強制令書が出ていました。検察官は、収容中のEから事情を聞いて、調書を作りました。起訴のあと、検察官は、入管から、Eの出国予定日を知らされました。ところが、そのことを、裁判所にも弁護人にも伝えないまま、Eは、第1回公判期日の前に出国しました。検察官は、Eの検察官面前調書を、2号前段で請求します。Dの弁護人は、不同意です。
図:設例Sの主張の対照表
- 検察官はEが国外にいて供述不能で特信情況は不要、出国を殊更利用したとは言えないので採用できると主張する
- 弁護人は検察官が出国日を知りながら告知せず、弁護側は証拠保全の機会を奪われ、国の側に相応の尽力も最低限の配慮もなく、手続的正義の観点から公正さを欠くので証拠能力を否定すべきと主張する
まず、双方の言い分を対照します。検察官は、こう主張します。Eは国外にいて、供述不能です。2号前段には、特信情況が要りません。また、出国させたのは入管の処分で、検察官ではありません。出国を殊更利用したとは言えない。だから、採用できる。弁護人は、こう反論します。退去強制は国の処分で、検察官は、その日程を知っていた。知りながら、裁判所にも弁護側にも告げなかったので、弁護側は、証拠保全を請求する機会を奪われた。国の側に、相応の尽力も、最低限の配慮もない。手続的正義の観点から公正さを欠く。だから、証拠能力を否定すべきだ。
4つのステップで当てはめます。1つ目。2号前段の文言です。Eは国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。そこで終わらず、国の側の動きを見ます。検察官は、出国予定日を知っていました。これは、例示1の、認識の要素です。ただ、殊更利用しようとした、と言えるかは、意図を示す事情があるかで決まります。たとえば、起訴の時期を遅らせた、告知を控えて証拠保全を避けた、などです。最高裁の事案は、殊更利用を認めませんでした。設例Sで、そうした事情が出ていなければ、例示1だけでは、苦しいところです。3つ目。最高裁が、結論を分けた事情を見ます。弁護側が、証拠保全できる機会が、現実にあったかです。最高裁の事案は、別の1名は現に尋問でき、ほかにも請求がないまま送還されていました。設例Sは、告知がなく、弁護側が請求を考える機会そのものがありません。この点で、最高裁の事案と違います。4つ目。下級審の軸、相応の尽力です。告知は、実施が容易な、最低限の配慮です。それすら無い。この点が重く、証拠能力を否定する方向になります。ただし、判例は事例判断です。1つの事情だけで、断定しないでください。
図:設例Sの場面の変形を比べる表
- 場面1は検察官が出国予定を知った時点で弁護人に知らせ、証拠保全の検討を促したが弁護側が請求しなかったため、採用の方向で最高裁の事案や高裁の型
- 場面2は告知がなく否定の方向で、設例Sと地裁の型
- 場面3は裁判所が証人尋問を決定した後に出国したが、検察官、裁判所、入国管理当局が尋問実現に尽力していたため、採用の方向で高裁の型
場面を変えて、結論の動きを見ます。場面1です。検察官が、出国予定を知った時点で、弁護人に知らせて、証拠保全の検討を促した。それでも、弁護側は請求しなかった。この場合は、国の側が機会を塞いでいません。採用の方向です。最高裁や高裁の型です。場面2は、設例Sです。告知がない。弁護側は、機会を奪われました。否定の方向です。地裁の型です。場面3です。裁判所が、尋問を決定したあとに、Eが出国しました。ただ、検察官も裁判所も入国管理当局も、尋問実現のために、尽力していました。これは、例示2に当たりそうに見えても、採用の方向です。高裁の型です。
ここまでを、答案の骨格にします。まず、条文の要件を当てはめます。供述不能、つまり国外にいることは、満たします。そのうえで、手続的正義の観点から公正さを欠くかを、国家機関ごとの尽力で検討する。この順番です。当てはめでは、検察官が出国を知っていたこと、告知をしなかったこと、弁護側が証拠保全の機会を奪われたこと、を具体的に拾います。検察官に殊更利用の意図を示す事情が弱い点は、事案の評価として、触れておきます。
2号が、1号と3号の間にある理由
図:321条1項の並びと2号の位置を示す板
- 話を聞いた人の中立性が下がるほど要件が厳しい軸の中で、2号の前段は当事者である検察官の面前なのに、1号と同じく供述不能だけで足りる
- 後段は特信情況を上乗せする
- 検察官は公益の代表者という支えがあるという伝聞例外の構造の回の答えを受けて、その支えが重く見られた理由として、検察官への信頼、予審判事の権限の引き継ぎ、捜査書面の極端な排除を避けるの3つと、2号は廃止すべきとの見解を並べる
伝聞例外の構造の回で見たとおり、軸は、話を聞いた人の中立性です。その回では、検察官は当事者でも公益の代表者なので支えがあり、だから前段は供述不能だけで足りる、と答えました。当事者だからこそ、後段では特信情況を上乗せします。今日は、その支えが、なぜ裁判官の面前と同じ緩さを許すほど重く見られたのかを足します。答えは、現行法が作られたときの事情です。理由として、3つが説明されます。現行法が作られたときの事情からの推測も含まれます。1つ目は、検察官への信頼です。司法警察職員と比べて、在野の法曹からも信頼を得ていた、と考えられています。2つ目は、予審の廃止です。旧刑訴法の予審制度をなくしたとき、検察官が予審判事の権限を実質的に引き継いだ側面があり、検察官面前調書は予審判事の作る書面に近いものと見られた、と説明されます。3つ目は、捜査の手続で作られた書面を、あまりに広く締め出すことを避けたかった、という事情です。
ただ、反対の見解もあります。憲法37条2項の審問権と、当事者主義を重視する現行法の体系の下では、2号は廃止すべきだ、という見解です。今日の話は、この緩さの裏面です。前段は、供述不能だけで、被告人が一度も質問できなかった人の話を、証拠にできます。条文の要件の中には、質問できなかったことを補うものがありません。だから、国自身が供述不能を作った退去強制の場面では、国の側の動きが、最後の歯止めとして問われるのです。軸そのものを、上書きする話ではありません。
今日の地図(保存版)
図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板
- 退去強制と2号前段の判断の型として、2号前段の供述不能、国の側の動きを見る、国家機関ごとの相応の尽力の順
- 短答の落とし穴の整理
まとめます。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、3ステップで考えます。1つ目。2号前段です。国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。それでも、国の側の動きを見ます。検察官が殊更利用した場合、裁判所が尋問を決定した後に送還された場合などで、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、許容されないこともあります。3つ目。国家機関ごとの、相応の尽力です。検察官、裁判所、入国管理当局が、それぞれ、尋問の機会を守ろうと動いたか。告知という最低限の配慮も無ければ、否定の方向です。短答の落とし穴を、○×で言います。退去強制で国外にいるので、常に2号前段で採用できる。これは×です。検察官が、出国を殊更利用した場合や、尋問決定後に送還された場合は、許容されないこともあります。手続的正義の基準は、2号前段の条文に書かれている。これも×です。判例が立てた説示です。条文に書かれている要件ではありません。
図:321条1項の5回の総まとめ
321条1項を、5回に分けて見てきました。全体を1枚にします。1回目は、3類型の地図。2回目は、供述不能。3回目は、相反供述と相対的特信情況、つまり2号後段。4回目は、国外の書面と3号、許容性の関門。5回目の今日は、退去強制と2号前段、手続的正義です。今日の1問の答えは、こうですね。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、国外にいることで、2号前段の供述不能は満たす。ただし、国の側が供述できない状態を作った経緯に、手続的正義の観点から公正さを欠くところがあれば、証拠にできないこともある。それは、検察官、裁判所、入国管理当局の、相応の尽力で見る。322条の中身です。
参照条文
- 刑事訴訟法第321条第1項
- 日本国憲法第37条第2項
- 刑事訴訟法第226条
- 刑事訴訟法第227条第1項
- 刑事訴訟法第228条第2項
- 刑事訴訟法第179条第1項