偽計・黙秘権不告知による自白と自白法則の守備範囲
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第5章 証拠法 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:取調べの場面
- 検察官が被疑者に、共犯者はもう全部話したぞ、と告げる
- 本当は、共犯者は何も話していない
- 被疑者はそれを信じて、やりました、と認める
- その自白は、裁判で使えるのか
前回の最後に、予告しました。だます、黙秘権を告げない、違法に身柄を拘束する。そういう取調べで得た自白を、今日から見ます。場面を置きます。取調べで、検察官が、こう言います。共犯者は、もう全部話したぞ。ところが、本当は、共犯者は、まだ何も話していません。被疑者は、それを信じて、わかりました、やりました、と認めました。だまし取った自白は使うべきでない、という感覚と、中身が本当なら使ってよい、という感覚。その引っ張り合いが、今日の問いです。しかも、問いは3つあります。1つ目。違法な身柄拘束の下で取った自白は、どの法則で見るのか。2つ目。だまして取った自白は、どう見るのか。3つ目。黙秘権を告げずに取った自白は、どう見るのか。
1つ目の、どの法則で見る、とは、どういう意味ですか。自白の法則は、319条1項だけではないのですか。そこが、1つ目の問いの中身です。自白を外す道は、319条1項の自白法則のほかに、もう1本、あります。その分担を整理します。ただし、違法な身柄拘束が、実際の自白にどこまで影響するか、という当てはめは、次の回に回します。今日は、どちらの法則の問題か、の見立てまでです。軸は、前回と同じ1本です。どの事情を拾うか。今日は、その事情を、どの法則で拾うか、まで一歩進めます。先に、答えの形だけ言います。違法な身柄拘束の下の自白は、319条1項より、排除法則の側で見る方向です。だます、告げない、も、それだけで、すぐに排除とはなりません。
呼び戻し:3つの理由と二元説
図:前回の道具の呼び戻し
- 虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか
- 人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、自白が真実でも排除
- 違法排除説は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない
- 虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説
- 二元説は、虚偽排除を基礎に、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で
呼び戻しです。前回読んだ、刑事訴訟法319条1項を、もう一度、置きます。
条文刑事訴訟法第319条第1項
刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
条文に直接書いてある、強制、拷問、脅迫による自白と、不当に長く抑留、拘禁された後の自白。これが、明文の事由です。そのほかに、広く拾う受け皿が、太字の、任意にされたものでない疑のある自白、です。この受け皿に当たるかを見る道具が、3つありました。虚偽排除説は、その状況で、やっていなくても認めそうか、を拾います。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、を拾います。自白が真実でも、排除します。違法排除説は、取調べの手続が違法か、を拾います。取り方を見て、中身は見ません。前回、多数とされる整理として、二元説を紹介しました。虚偽排除を基礎にして、黙秘権の侵害を伴う違法は、人権擁護で拾う。それ以外の違法は、違法収集証拠排除法則で扱う。この法則は、捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。令状主義とは、逮捕や捜索のような強制処分を、裁判官があらかじめ審査して出す令状によらなければ、してはならない、という原則です。精神を没却する、とは、その趣旨を丸ごと無にしてしまうほどの、という意味です。前回の二元説は、多数とされる整理でした。今日は、それを含めて、二元説の中に整理が2つあることまで、厚く見ます。道具は、これで全部です。
導入問題:違法な別件逮捕・勾留中の自白
図:設例Q
- 警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない
- そこで、自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留期間中は自転車の件にほとんど触れず、放火だけを連日取り調べる
- Dは脅されも約束もされず、落ち着いて放火を認め、調書が作られる
- 起訴後、Dは犯人性を争い、調書の任意性と証拠能力を争う
導入問題です。設例Qを置きます。警察官のKは、ある放火事件の犯人は、Dだと睨みました。ただ、証拠が足りません。そこで、Dが自転車を無断で持ち去った、という軽い窃盗の疑いで、Dを逮捕し、勾留しました。勾留の間、自転車の件には、ほとんど触れません。連日、放火についてだけ、取り調べました。Dは、脅されもせず、何かを約束されもしませんでした。落ち着いて、放火を認め、調書が作られました。起訴のあと、Dは、犯人性を争い、この調書の任意性と証拠能力を争います。別件逮捕、勾留の回で見ました。あの回の3段の検討でいえば、1段目の拘束そのものか、2段目の取調べの段が、違法と認められた場合です。ここでは、どの段であれ、違法だった、と前提に置きます。そこを、もう一度、争うことはしません。問いは、この自白を、どの法則で見るか、です。3つの道具で、見立てます。
図:設例Qの3つの見立て
- 虚偽排除、脅しも約束も無く落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい
- 人権擁護、違法な別件逮捕勾留が黙秘権侵害を伴うと評価できれば外す余地、評価できるかは分かれる
- 違法排除、違法な逮捕勾留の下で取った自白、取り方が違法なので外す方向、ただし違法の重大性は議論あり
虚偽排除の見方です。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。Dは、脅されも、約束もされず、落ち着いて話しています。嘘を誘う状況とは言いにくい。だから、319条1項で外すのは、難しそうです。人権擁護の見方です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。違法な別件逮捕、勾留が、黙秘権の侵害を伴うものだった、と評価できれば、319条1項で外す余地が出ます。ただ、そう評価できるかは、議論が分かれます。違法排除の見方です。拾う事情は、取り方が違法か、です。違法な逮捕、勾留の下で取った自白です。取り方が違法なので、外す方向になります。ただし、違法が重大であることを要件とするか、本件がそれに当たるか、は、議論があります。
だから、どの物差しで見るか、の前に、どの法則で見るか、を整理する必要が出てきます。次の節が、その整理です。先に、予告です。この違法な身柄拘束が、実際の自白に、どこまで影響したか。どの程度の違法なら外すか。そこは、次の回の当てはめです。今日は、どちらの法則の問題か、までです。
自白法則と排除法則の分担:どの事情をどちらで拾うか
図:分担の整理
- 1つ目の整理(多数とされる):319条1項は虚偽排除を基礎に、心理的強制を伴うなど黙秘権侵害の違法も拾う、それ以外の違法な取り方は違法収集証拠排除法則
- 2つ目の整理(近時有力):319条1項は虚偽排除に純化、違法は排除法則で、身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法や、任意捜査の限界を超え違法の程度が重大な取調べを拾う、弁護人選任権の侵害や真実供述義務があると誤信させた場合は基本権侵害として憲法違反
- 違法排除説(一元):自白法則と排除法則を同一視
- 3観点すべてを319条1項に組み込む理解
分担の整理です。ここは、名前の暗記ではなく、どの事情を、どちらの法則で拾うか、の表として読んでください。たとえ話で、入口を作ります。ある生徒が、カンニングを疑われ、事情を聴かれたとします。聞き方に、問題があった。それを、どの委員会が審査するか、という話です。嘘の答えを誘うような聞き方なら、生活指導の委員会が審査する。これが、自白法則です。聞き方が、校則そのものに反しているなら、風紀の委員会が審査する。これが、違法収集証拠排除法則です。どちらが、何を審査するかの線引きが、分担です。1通りではありません。主な整理を、順に見ます。分かれ目になるのは、黙っている自由を奪うような聞き方です。生活指導の委員会が見るのか、風紀の委員会が見るのか。そこが、整理ごとに違います。
図:分担の比較表
- 行は整理、列は319条1項で拾うものと排除法則か憲法で拾うもの
- 1つ目の整理(多数とされる)は、319条1項で嘘を誘う取り方と黙秘権侵害を伴う違法、排除法則でそれ以外の違法
- 2つ目の整理(近時有力)は、319条1項で嘘を誘う取り方だけ、排除法則で重大な違法や限界を超えた取調べ、憲法で弁護人選任権の侵害や供述義務の誤信
- 違法排除説は2本を同一視し違法な取り方を319条1項で拾う
- 3観点すべてを319条1項に組み込む理解
- 設例Qは1つ目でも2つ目でも排除法則の側
まず、違法排除説です。前回は、取調べの手続が違法か、という、拾う事情の1つとして見ました。その観点を、自白法則そのものの物差しにまで広げた立場が、ここでの違法排除説です。自白法則と、排除法則を、同じものと見ます。319条1項の中に、違法な取り方を、全部入れてしまいます。この立場は、一元です。二元説の二元とは、自白法則と、違法収集証拠排除法則の、2本立てです。ここは、短答で聞かれます。二元説は、この2本を、別物として並べる立場です。同じものとして扱うのは、違法排除説の方です。取り違えないでください。二元説の中にも、整理が2つあります。1つ目の整理は、多数とされるものです。前回、二元説として紹介したのは、この1つ目です。319条1項は、虚偽排除を基礎にします。そこに、心理的強制、つまり、話すかどうかを自由に決められない状態に追い込むような、黙秘権の侵害を伴う違法も、拾います。人権擁護の観点です。それ以外の、違法な取り方は、違法収集証拠排除法則に回します。2つ目の整理は、近時、有力なものです。319条1項は、虚偽排除に、純化します。嘘を誘う取り方だけを、拾います。違法は、排除法則に任せます。
図:2つ目の整理で排除法則が拾う違法
- 身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法、または任意捜査の限界を超え社会通念上不相当で違法の程度が重大な取調べ
- 例、令状なしに実質的に逮捕と同じ拘束をしてその間に取った自白は典型、令状はあり書面に軽い形式上のミスだけなら当たりにくい
- 憲法を直接使う見方、弁護人選任権の侵害(憲法34条)、供述義務の誤信(憲法38条1項)
排除法則が拾う違法は、2つに分かれます。1つは、身体を拘束された状態で、令状主義の精神を没却するような重大な違法があった場合。あるいは、取調べが、任意捜査の限界を超えて、社会通念上、不相当で、違法の程度が重大な場合です。具体例を、1つ置きます。裁判官の令状を得ないまま、実質的には逮捕と同じ身柄の拘束をして、その間に自白を取った。これは、令状主義の趣旨を無にする、重大な違法の典型です。他方で、令状は出ていて、書面の記載に、軽い形式上のミスがあっただけなら、趣旨を丸ごと無にするほどの違法とは、言いにくい。この線の内側か外側かで、排除法則に乗るかが決まります。もう1つは、憲法の保障を、直接侵した場合です。たとえば、弁護人を選任する権利を侵害した。あるいは、真実を供述する義務があると、誤信させた。これらは、憲法34条や、憲法38条1項の、基本権の侵害として扱う、という見方です。
憲法を直接使う理解は、有力な見方の1つ、という位置づけです。そういう整理もある、までを押さえてください。2つの整理で、答えが分かれるのは、黙っている自由を奪う取調べです。1つ目の整理なら、319条1項の中で見ます。2つ目の整理なら、排除法則か、憲法の側で見ます。もう1つ、別の整理があります。ここでは、全部入れの整理、と呼びます。自白法則、つまり319条1項の中に、虚偽排除、人権擁護、違法排除の3つの観点を、すべて組み込む理解です。違法排除も、排除法則に任せず、319条1項の内側で拾います。ですから、違法を排除法則に回す、二元説の2本立てには、当たりません。違法排除説との違いは、虚偽排除と人権擁護の観点も、捨てずに残す点です。違法排除説は、物差しを、違法排除の1本にそろえます。全部入れの整理は、3本を並べて持ちます。話を、1つ目の整理に戻します。その中でも、排除に必要な違法の程度は、分かれます。令状主義の精神を没却する重大な違法と、同じ程度が必要だ、という理解があります。他方で、自白は、捜査機関が違法な手段を使う誘因になりやすいので、もっと軽い違法でも、排除の余地がある、という理解もあります。
設例Qは、1つ目の整理では、自白法則というより、排除法則の問題です。虚偽排除では、外れにくいからです。2つ目の整理でも、身体拘束下の重大な違法に当たれば、排除法則の問題です。どちらの整理でも、排除法則で見る方向になります。結論の言い方です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけでは判断しません。違法収集証拠排除法則を適用して、排除を検討します。そこで、どれほどの違法なら外すのか、は、次の回で見ます。
図:虚偽排除説の読み直し
- 事実を誤らせないより、同じ方法の再発を抑える
- 見る事情は、その事件で実際に誤るかではなく、その種のやり方が、一般に嘘を引き出しやすいか
- 理由は、明確に違法とまで言えない不当な取調べの自白を外す余地、不任意自白から得た二次的証拠を排除する理屈
もう1つ、虚偽排除説の読み直しです。近時、有力な見解があります。虚偽排除説の意味を、事実を誤らせない、というより、同じ方法の再発を抑える、ところに置きます。再発を抑える、というと、違法排除説に近づきませんか。近づきます。ただ、見る事情が違います。その事件で、実際に事実を誤るおそれがあったか、ではなく、そういうやり方が、一般に、嘘を引き出しやすいか、を見ます。なぜ、そう読み直すのか。理由は2つです。1つ目。明確に違法とまでは言えないが、不当な取調べで取った自白を、外す余地を残したい。2つ目。不任意の自白から得た、二次的な証拠を排除する、理屈を持ち込みたい。二次的な証拠とは、たとえば、不任意の自白をきっかけに見つかった凶器のように、自白から派生して得られた別の証拠のことです。2つ目は、次の回と、後の回で見ます。予告だけです。結論として、判例を読むときの視点です。どの整理で読むかは、事案に応じて選びます。複数の読み方がありうる。名前の暗記にしないでください。
偽計による自白:最高裁大法廷の判決
図:偽計の最高裁大法廷判決の事案
- 夫と妻に拳銃等の不法所持の疑い
- 取調べでは2人とも共謀を否認
- 検察官は、妻が共謀を自供したと実際は自供していないのに夫に告げて説得、夫が認める
- 次に妻に、夫が認めたと告げて説得、妻も認める
- 再び夫に、妻も共謀を認めていると確認
- 翌日、警察の警部補が夫を取り調べ調書を作成
- 検察官は、奥さんは自供している、男らしく言ったらどうか、と説得したことも記録上うかがわれる
冒頭の場面に、戻ります。だまして取った自白です。最高裁の大法廷の判決を見ます。拳銃と実包の不法所持の事件でした。この判決の判断も、2つに分かれます。1つ目は、偽計による自白を、どう見るか。2つ目は、結論として、何をしたか、です。事案です。夫と、その妻に、拳銃と実包を不法に所持した疑いがかかりました。警察署の取調べでは、2人とも、共謀を否認しました。妻は、自分の一存で買って、隠していた、と言いました。夫は、妻が勝手に買ったので、返せと言っておいた、と言いました。事件は、検察庁に移ります。検察官は、実際には、妻は、そのような自供をしていないのに、妻が共謀を自供した、と夫に告げて、説得しました。夫は、共謀を認めました。
検察官は、次に、夫と妻を入れ替えました。妻には、夫が共謀を認めている、と告げて説得しました。妻も認めたので、すぐに調書を作りました。そして、もう一度、夫に、妻も共謀を認めているが、まちがいないか、と確認しました。検察官は、夫の勾留先の警察署の警部補に、再度の取調べを指示しました。翌日、警部補が夫を取り調べ、司法警察員に対する供述調書を作りました。記録を見ると、検察官が、こう説得したことも、うかがわれます。奥さんは自供している。誰がみても、奥さんが独断で買わん。参考人の供述もある。こんな事で、二人共処罰される事はない。男らしく、云うたらどうか。判旨です。
判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁
偽計による自白の判旨 捜査手続といえども、憲法の保障下にある刑事手続の一環である以上、刑訴法一条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ適正に行なわれるべきものであることにかんがみれば、捜査官が被疑者を取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項の規定に違反し、ひいては憲法三八条二項にも違反するものといわなければならない。
図:偽計の判旨は2段
- 前段は一般論、捜査も適正に、偽計で錯誤に陥れて自白を取る尋問は厳に避けるべき
- 後段は条件、偽計で心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に限り、任意性に疑い、証拠能力なし、319条1項違反、憲法38条2項にも違反
- 偽計だけではアウトにならない
判旨は、2段になっています。前段は、一般論です。捜査も、適正に行われるべきだ。だから、偽計で被疑者を錯誤に陥れて、自白を取るような尋問は、厳に避けるべきだ、と言います。ただ、これだけでは、自白は排除されません。次の条件です。偽計によって、被疑者が、心理的強制を受けた。その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれがある。この場合に限って、任意性に疑いがあり、証拠能力がない。319条1項に違反し、憲法38条2項にも違反する、と言います。偽計を使った。それだけではなく、心理的強制と、虚偽自白を誘発するおそれ、という条件が付きます。ここが、短答で狙われます。あてはめも、見ます。
判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁
偽計による自白のあてはめ 「もし被告人が共謀の点を認めれば被告人のみが処罰され妻は処罰を免れることがあるかも知れない旨を暗示した疑いがある」……「偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれのある疑いが濃厚であり、もしそうであるとするならば」……「任意性に疑いがある」
図:あてはめと結論
- 偽計に加え、認めれば妻は処罰を免れるかもしれない旨を暗示した疑い
- 結論は原判決破棄、差戻し
- 自白排除を確定したのではない
- 疑いが濃厚、もしそうなら、と述べ、虚偽自白を誘発するおそれの事情を十分検討しなかった点を審理不尽とした
注目してほしいのは、偽計に加えて、もう1つの事情を挙げている点です。自分が認めれば、妻は処罰を免れるかもしれない、という趣旨を、暗示した疑いがある。だます、だけではなく、妻に有利になる、とにおわせた。これが、虚偽の自白を誘発するおそれにつながった、と読めます。そして、結論です。最高裁は、原判決を、破棄して、差し戻しました。自白を排除して、無罪にした、のではないのですか。そこが、落とし穴です。最高裁は、自白を最終的に排除する、と言い切ったのではありません。疑いが濃厚である、もしそうであるとするなら、と述べました。そして、原審が、虚偽自白を誘発するおそれのある事情を、十分に検討せず、たやすく、認められないとした点を、審理が尽くされていない、として、事実を、原審で審理し直させたのです。前回の約束の判決との違いも、一言です。約束は、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、起訴猶予にする旨のことばを、信じ、期待して、した自白でした。今回は、嘘で、錯誤に陥れる点が違います。
図:偽計の判決はどの説か
- 虚偽排除説の読み、根拠は虚偽の自白が誘発されるおそれという説示、批判は虚偽を誘発しない偽計もある(録音していないのに録音していると言う)
- 方法の違法の読み(違法排除説・人権擁護説)、根拠は年齢・知能・精神状態を認定せず尋問方法を専ら見ている、批判は虚偽誘発の説示を説明できない
- 判例は説の名前を示していない
最後に、この判決は、どの説に立つのか。ここも、割れます。判旨は、虚偽の自白が誘発されるおそれ、と言っています。だから、多数の読みは、虚偽排除説の判断だ、とします。ただ、批判があります。偽計は、使い方によっては、虚偽の自白を誘発しません。たとえば、実は録音していないのに、録音している、と言って話させた場合です。虚偽排除説では、偽計の自白を、説明しきれない、というのです。他方で、判決は、被疑者の年齢、知能、精神状態を、認定していません。尋問の方法を、専ら見ています。だから、取調べの方法の違法を根拠にした、と読む見方も、有力です。違法排除説や、人権擁護説の読みです。ただ、これには、虚偽誘発に、はっきり触れている説示を、説明できない、という批判があります。
判例は、説の名前を、示していません。どれを基礎にしているか、必ずしも明確ではないのです。さきほどの、複数の読み方がありうる、という視点の、実例です。
偽計の当てはめ:3つの理由と考慮要素
図:偽計の考慮要素
- 偽計の内容は、虚偽の自白を誘発しかねない強力な誘引か
- 偽計の態様は、具体的明示的か、暗示的抽象的か
- 尋問方法として不当か
- 偽計と自白の因果関係
- 注意、これは判旨が列挙したものではなく、判旨の説示と認定から取り出した見方
道具を使います。その前に、見る事情の整理です。偽計を見るときの、考慮要素が、4つ整理されています。1つ目。偽計の内容。虚偽の自白を誘発しかねない、強力な誘引か。2つ目。偽計の態様。具体的で明示的か、暗示的で抽象的か。3つ目。尋問の方法として、不当か。4つ目。その偽計によって、自白した、という因果関係です。判決が、この4つを挙げているのですか。違います。判旨が列挙したのではありません。判旨の説示と、認定した事実から、取り出された見方です。そこを区別してください。偽計の意図や、手順、それまでの圧迫の程度も、不当性の事情になる、という一般論は言えます。ただ、判例の言葉ではありません。ついでに、前回の約束の考慮要素と並べます。約束は、どれほどの得か、誰が言ったか、どう伝えたか。偽計は、どんな嘘か、どう嘘をついたか、でした。
図:設例W
- ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが疑われた
- 検察官Cは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げ、Aが認めた
- 次にBに、Aが認めたと告げると、Bも認めた
- 公判でAの弁護人がAの調書の任意性を争う
設例Wです。ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが、疑われました。検察官のCは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げました。Aは、認めました。次に、Bに、Aが認めた、と告げると、Bも認めました。公判で、Aの弁護人が、Aの調書の任意性を争います。虚偽排除から、当てはめます。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。共犯者が認めた、と言われる圧力は、強いです。さらに、認めれば、Bは罪が軽くなる、と、においわせていたなら、誘引は強い。疑いがあります。人権擁護です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか。嘘で錯誤に陥れて、供述させたことが、意思決定の自由を侵した、といえるか、を見ます。違法排除です。拾う事情は、取り方が違法か。嘘で自白を取る取り方が、適正な手続に反して、違法か。判旨の、厳に避けるべき、という線です。結論です。嘘が強力で、しかも、共犯者に有利になる、という暗示まである場合は、3つの説とも、排除に傾きます。ただ、理由は違います。
軽い嘘なら、どうなりますか。変形します。設例W2です。取調官が、現場近くの防犯カメラに、あなたが写っている、と告げました。実際は、写っていませんでした。Aは、落ち着いて、自分でやった、と認めました。嘘の内容は、強いです。客観的な証拠がある、と誤信させるものです。ただ、虚偽自白を誘発するか、は、別です。落ち着いて認めたのなら、虚偽排除の見方では、排除に傾きにくい。違法排除の見方では、嘘を使った点が、問題になります。だから、偽計があれば常に排除される、は誤りです。因果関係、内容、態様を見て、事情次第で決まります。判旨の条件も、心理的強制と、虚偽誘発のおそれ、でした。
黙秘権の不告知:198条2項と最高裁の判断
図:黙秘権の不告知
- 刑訴198条2項は被疑者の取調べで告知を義務づける
- 憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない
- 問題は、告げなかった自白は、それだけで任意性を欠くのか
- 最高裁の判断は、旧法の下の判例で、憲法38条は告知義務を定めたものではなく、不告知で任意性を欠くと速断できない
3つ目の問いです。黙秘権を告げずに取った自白です。条文を、全文で読みます。まず、刑事訴訟法198条2項です。
条文刑事訴訟法第198条第2項
刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
次に、黙秘権の根拠の、憲法38条1項です。
条文憲法第38条第1項
憲法第38条第1項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
198条2項は、被疑者を取り調べるときに、あらかじめ、供述する必要がない旨を告げることを、義務づけています。黙秘権の中身は、前に見ました。今日の問いは、告げなかった場合です。告げなかった自白は、それだけで、任意性を欠くのか。告げる義務がある以上、告げなければ自白は使えない、と考えたくなります。ところが、最高裁は、そう言っていません。判旨です。
判例最判昭25・11・21 刑集4巻11号2359頁
黙秘権の不告知についての判旨 憲法第三八条は、裁判所が被告人を訊問するに当り予め被告人にいわゆる黙秘の権利あることを告知理解させなければならない手続上の義務を規定したものではなく、従つてかような手続をとらないで訊問したからとて、その手続は違憲とは言い得ず、刑訴応急措置法第一〇条に違反するものでない……この理は捜査官の聴取書作成についても異るところのないことは右判例の趣旨から窺われる……原審並びに検察事務官がその取調に際し被告人に黙秘権のあることを告知しなかつたからとて所論のような違法はなく、またこれらの取調に基く被告人の供述が任意性を欠くものと速断することもできない
判旨が答えているのは、2つです。憲法38条は、告知する義務を、定めたものではない。そして、告知しなかったからといって、任意性を欠く、と速断することもできない。なぜか。判旨の言葉ではありませんが、理由はこう考えられます。憲法38条1項が禁じているのは、供述を強要することです。告げる手続までは、書いていません。告げなかったことは、強要と同じではない。だから、それだけで任意性を欠く、とは言い切れないのです。ここで、射程に注意してください。この事案は、現在の刑事訴訟法が施行される前の、旧法の下の判例です。判旨が直接に答えているのは、憲法38条が告知義務を定めているか、と、告げなかっただけで、速断できるか、です。現在の198条2項の義務に、違反した場合の効果を、直接に判示したものではありません。
ただ、使える範囲は、任意性を欠くと速断することもできない、という言い方の範囲までです。それ以上に、不告知は問題にならない、と読んではいけません。学説との距離を、3つの道具で見ます。虚偽排除は、被疑者が、黙秘できると認識していたかなどから、心理的な圧迫が、解放されていたかを、実質的に見ます。人権擁護や、違法排除の見方では、黙秘権の不告知という違法を、重大な違法と位置づけるか、どの程度の違法で排除するか、が問題になります。ある裁判例を、1つだけ紹介します。黙秘権も弁護人選任権も告げず、調書を読み聞かせもせずに、署名押印を求め、母親への手紙を出すことを禁じるような発言もした事案です。裁判所は、黙秘権不告知の事実は、供述の任意性の判断に、重大な影響を及ぼす、として排除しました。ただし、この事案では、脅迫や偽計とみられる行為も、認定されています。不告知だけで、直ちに否定したわけではありません。つまり、判例は、不告知だけでは速断できない、と言います。ある裁判例は、不告知を、任意性判断の重い一事情と見ます。この距離は、不告知と、他の事情の総合で、埋まります。
不告知の当てはめ・参考人の取調べ
図:設例V
- 警察官Kが傷害事件の被疑者Dを取り調べる際、黙秘権を告げなかった
- Dは落ち着いて自分から経緯を話し、調書が作られた
- 脅しも約束もない
- 変形V2はKが告知せず、さらに、話さないと帰れないぞ、と言った
- 参考人E
- ひき逃げ現場で目撃者として事情を聴かれていたEが、話すうちに自分が運転者だと認める供述をした
- 警察官は参考人として扱い、告知していなかった
- 実際には被疑者として立件を視野に入れていた
設例Vです。警察官のKが、傷害事件の被疑者Dを取り調べるとき、黙秘権を告げませんでした。ただ、Dは、落ち着いて、自分から経緯を話し、調書が作られました。脅しも、約束もありません。虚偽排除から、見ます。不告知それ自体で、嘘を誘う状況でしょうか。Dは、落ち着いて、自分から話しています。排除に傾きにくいです。人権擁護と、違法排除の見方では、198条2項の違反という違法を、どう評価するか、が問題です。ただ、判例は、不告知だけで、直ちに任意性を否定しません。不告知が、問題にならない、とまでは言いません。変形です。設例V2です。Kは、告知をせず、さらに、話さないと、帰れないぞ、と言いました。不告知に加えて、黙秘権を現に侵す言動があります。供述の自由を侵した、と評価しやすくなります。不告知を、総合判断の中の、重い一事情として扱います。さきほど紹介した裁判例の、型です。だから、黙秘権を告げなければ、常に排除される、は誤りです。一方で、不告知に何も意味が無い、も、誤りです。他の事情と合わせて、総合して見ます。もう1つ、参考人の取調べです。設例を置きます。ひき逃げの現場で、目撃者として、事情を聴かれていたEが、話すうちに、自分が運転者だと認める趣旨の供述を、しました。警察官は、参考人として扱い、黙秘権は告げていませんでした。
参考人への告知は、義務ではありません。被疑者以外の者の取調べを定める223条2項は、198条2項を、準用していません。準用とは、ある条文の規定を、別の場面に、そのまま当てはめる、という法律の書き方です。前に見た、223条2項を、もう一度、読みます。
条文刑事訴訟法第223条第2項
刑事訴訟法第223条第2項 第百九十八条第一項但書及び第三項乃至第五項の規定は、前項の場合にこれを準用する。
準用されるのは、198条の1項但書と、3項から5項までです。黙秘権の告知を定める2項だけが、並んでいません。だから、参考人には、告知の義務が、ありません。ただし、話は、そこで終わりません。実際には、警察官が、Eを、被疑者として立件するつもりでいたなら、どうでしょう。告知しないまま、不利益な供述を録取したことが、黙秘権の実質的な侵害、つまり違法と、評価されることがあります。この型で、証拠能力を否定した下級審の裁判例もあります。ここでは、形式の、参考人か被疑者か、ではなく、実質を、見るのです。
今日の地図(保存版)
図:答案の順序
- 自白か
- 明文の事由に当たるか
- 当たらなければ、任意にされたものでない疑、類型ごとに、どの理由の視点で何の事情を拾うか
- その違法を319条1項でなく排除法則で見るべきか、分担
- 因果関係
- 効果
まとめます。答案の順序です。第1に、自白かどうか。第2に、明文の事由に当たるか。強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く抑留、拘禁された後の自白か、ということです。第3に、当たらなければ、任意にされたものでない疑のある自白に当たるか、です。偽計や不告知など、類型ごとに、どの理由の視点で、何の事情を拾うか、を言います。今日の新しい段が、第4です。その違法を、319条1項で見るべきか、それとも、違法収集証拠排除法則で見るべきか、という分担を、答案に入れます。そのあと、因果関係、そして、効果です。
図:短答の落とし穴、偽計
- 偽計があれば常に排除、は誤り
- 判例は偽計の自白を排除して無罪にした、は誤り
- 判例は偽計について虚偽排除説に立つと明言した、は誤り
短答の落とし穴を、○×で言います。偽計を用いて得た自白は、常に任意性を欠き、証拠能力がない。×です。偽計によって心理的強制を受け、その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合です。最高裁の大法廷は、偽計による自白を排除して、被告人を無罪とした。×です。原判決を破棄して、差し戻しました。審理が尽くされていなかったからです。偽計による自白について、判例は、虚偽排除説に立つと明言した。×です。説の名前は、示していません。読みが割れています。
図:短答の落とし穴、黙秘権と分担
- 黙秘権を告げなければ常に排除、は誤り
- 参考人の取調べにも告知は義務、は誤り
- 違法な別件逮捕勾留中の自白は319条1項だけで判断する、は誤り
- 二元説は自白法則と排除法則を同一視する立場、は誤り
黙秘権を告げずに取り調べて得た自白は、常に任意性がなく、排除される。×です。それだけで速断することはできない、と、最高裁は言っています。参考人として取り調べる場合にも、198条2項の告知は義務である。×です。223条2項は、準用していません。違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけで判断する。×です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、排除法則の側で見ます。二元説とは、自白法則と、排除法則を、同じものとして扱う立場である。×です。2本立てです。同一視するのは、違法排除説です。冒頭の問いの答えは、こうですね。共犯者は全部話した、と、だまして取った自白は、常に排除されるわけではない。偽計によって心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがあるかを見る。最高裁も、そう判断して、事実を審理し直させた。そして、黙秘権を告げなかった自白も、それだけで、すぐには排除されません。他の事情と合わせて、総合します。次は、後編です。宿泊や手錠という取調べの違法、そして、今日の入口で見た、違法な身柄拘束の下の自白を、実際に当てはめます。最初の自白が排除されたあと、もう一度認めた自白はどうなるか、も見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第319条第1項
- 刑事訴訟法第198条第2項
- 憲法第38条第1項
- 刑事訴訟法第223条第2項