違法収集証拠の排除(重大な違法と排除相当性の当てはめ)
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第5章 証拠法 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:最高裁は警察官の検査を違法だと言った
- それなのに、見つかった覚醒剤は証拠に使ってよいと結論した
- 違法なのに使える
- その分かれ目はどこにあったのか
最高裁は、警察官の検査を、違法だと言いました。それなのに、見つかった覚醒剤は、証拠に使ってよい、と結論しました。違法なのに、使える。その分かれ目は、どこにあったのでしょうか。前回の最後の問いですね。上着のポケットの事件で、承諾なくポケットに手を入れたのは違法だった。でも、覚醒剤は排除されなかった。違法と、排除は、別のハードルです。前編で見たとおり、排除の要件は2つでした。1つ目は、令状主義の精神を没却するような、重大な違法があること。2つ目は、排除相当性、つまり、その証拠を使うことが、将来の違法な捜査を抑える見地から、相当でないこと。違法があるだけでは、証拠は排除されません。今日は、そのハードルの高さを、判決の言葉で測ります。何を見て、重大な違法と言うのか。そして、排除相当性は、実際にどう扱われているのか。先に、軸を1本渡します。重大な違法は、いくつもの事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義をかいくぐる意図があったか、の2つです。この軸を、判決と、自前の設例で、確かめていきます。
上着のポケットの事件:事実と、争われた場所
図:上着のポケットの事件の流れ
- 深夜、覚醒剤や売春の摘発が多い地区
- パトカー警ら中の警察官が不審な動きの車を停止させ職務質問
- 被告人は所持品の提示を拒む
- 左側内ポケットに堅い物
- 承諾を得ないまま手を入れてちり紙の包みを取り出すと覚醒剤
- 第一審と控訴審は証拠能力を否定、検察官が上告、最高裁は破棄して差戻し
事案から、確かめます。深夜の、覚醒剤や売春の摘発が多い地区です。パトカーで警ら中の警察官が、不審な動きをした被告人の車を停めて、職務質問をしました。車内には賭博に使う札が見え、顔色や態度からは、覚醒剤の中毒も疑われました。警察官が、所持品を見せてほしいと言うと、被告人は、見せる必要はない、と断ります。そこへ柄の悪い男が罵声を浴びせたので、応援を呼びました。応援のあと、右側の内ポケットの物は、被告人が自分で出しました。ところが、外から触った左側の内ポケットには、堅い物が入っている感じがします。見せるよう求めても、被告人は黙ったままです。そこで警察官は、それなら出してみるぞ、と言って、承諾を得ないまま、左側の内ポケットに手を入れ、ちり紙の包みを取り出しました。開けると、覚醒剤でした。この検査が、所持品検査として許される限度を超えて違法だったことは、所持品検査の回で確かめたとおりです。ここでは、結論だけ置きます。
第一審も控訴審も、この覚醒剤の証拠能力を否定しました。それに対して上告したのは、検察官です。最高裁は、所持品検査の違法は認めつつ、証拠能力の否定は誤りだとして、破棄しました。ですから、今日の中心は、証拠能力を否定した判断が、なぜ誤りとされたのか、です。いま話したのは、事実です。ここから先が、最高裁の判断の言葉です。
判決の当てはめ:3つの事情を、順に拾う
図:判決の当てはめの流れ
- 違法な所持品検査から、重大な違法か
- 拾った事情は、許容限度をわずかに超えたにとどまる、令状主義を潜脱しようとの意図はない、強制等のされた事跡も認められない
- 結論は、違法は必ずしも重大とはいえない
- 排除相当性は一文で触れるだけ
- 証拠能力は肯定、破棄差戻し
当てはめの部分を、全文に近い形で読みます。途中を省くところは、点々で示します。
判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁
上着のポケットに手を入れた事件——当てはめ ……所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、……令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、……また、他に、……強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても、相当でないとは認めがたい……証拠能力はこれを肯定すべきである。
判決が拾った事情は、3つです。1つ目。必要性と緊急性がある状況で、承諾するか拒むか、つまり諾否の態度が、はっきりしない被告人に対して、許される限度を、わずかに超えただけだ、という点。2つ目。令状主義の規定をかいくぐろうとする意図はなかった、という点。3つ目。ほかに、強制を加えたような形跡もない、という点です。かいくぐる、すり抜ける、という意味です。令状が必要な場面なのに、令状を避けるために、わざと別の形をとることです。入場券の検札にたとえると、係員が券の確認を忘れたのと、確認を避けるために、脇の通用口から入れたのとでは、同じ確認なしでも、重さが違います。令状による審査が、券の確認にあたります。結論は、こうです。この押収手続の違法は、必ずしも重大であるとはいえない。1つ目の要件の、重大な違法が、ここで否定されたわけです。そして、排除相当性については、違法な捜査の抑制の見地に立ってみても、相当でないとは認めがたい、と一文で述べるだけです。そのうえで、証拠能力を肯定しました。注意が1つあります。判決は、この3つの事情に、番号を振ったり、重大な違法を決める要素だと名づけたりは、していません。判決が書いたのは、3つの事情と、そこから重大とはいえない、という結論までです。これを、どう整理するかは、ここからの、学説の整理です。
重大な違法を決める要素:強制に至ったかと、潜脱の意図
図:重大な違法の要素の地図
- 総合評価
- 特に重みを持ちやすい2つ、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
- ほかに、違反の程度、状況の緊急性もあわせて考慮
- 令状主義が働くのは強制処分
- 判決の3つの事情の読み替え、強制の事跡がないは強制に至っていないに、潜脱の意図の否定は意図の軸に、許容限度をわずかに超えたは違反の程度の確認に
- 排除相当性の側で語られることが多い事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性
- 重大な違法の評価の中で併せて考慮する整理もある
3つの事情を、整理し直します。出発点は、令状主義が、そもそも何に働くのか、です。令状主義は、強制処分に働きます。強制処分とは、相手の意思を制圧して、重要な権利利益を実質的に制約する処分で、令状が必要でした。ですから、令状主義の精神を没却するような違法かどうかを見るなら、まず、その処分が強制に至っていたかが、大事になります。3つ目の、強制のされた事跡がない、は、そのまま、強制に至っていない、という確認です。2つ目の、潜脱の意図は、令状主義との関係を、直接問う事情です。そして1つ目の、わずかに超えた、は、任意の限界、つまり、任意処分として許される範囲を、どれだけ超えたか、の確認です。わずかに、と程度を量れるのは、任意処分の中での違法だからです。
つながります。所持品検査の回では、捜索に至るか、強制にわたれば、1階で強制処分と判定され、程度を量るまでもなく、直ちに違法でした。上着のポケットの行為は、捜索に類する、とはされましたが、捜索そのものには至らず、任意処分のまま、2階の相当性を欠いた違法でした。1階で落ちた違法か、2階で落ちた違法か。その差が、ここでは、違法の重さの差として効きます。ですから、重大かどうかを考えるとき、特に重みを持ちやすいのは、まず1つ目の軸、強制処分に至っていたか。2つ目の軸、令状主義を潜脱する意図があったか。この2つだと整理できます。手続違反の程度や、状況の緊急性も、あわせて考慮される事情です。ただし、これらは1つずつ点数をつけて足し合わせるものではありません。事情を総合して考慮し、重大かどうかを評価します。あとで見る大津の判決も、経緯全体にあらわれた態度を、総合的に考慮しています。
任意の限界をわずかに超えた違法はあるが、強制には至っていない。そして、潜脱の意図はない。だから、重大とはいえない。そう言い直せます。ここでは、この2つに特に目を向けつつ、程度と緊急性もあわせて考える、という地図で持ち帰ってください。もう1つ、地図に載せておきます。事件が重大か、その証拠が重要か、同じ違法が繰り返されそうか。こうした事情は、排除相当性の側で語られることが多い、学説上の要素です。重大な違法の評価の中で、併せて考慮する整理もあります。上着のポケットの判決が、重大な違法の判断に使った事情には、入っていません。
自前の設例:どの要素が動くと、結論が動くか
図:設例カ
- 路上で職務質問中、嫌疑が濃厚で緊急性もある
- 被告人は拒否の態度を明確にしないまま
- 警察官Vがバッグの中に手を入れて物を取り出した
- 粗暴な様子はなく、令状を避ける狙いもない
- 強制に至らず、潜脱の意図もない
軸を、設例で動かします。判決の事案ではなく、自前の設例です。結論は断定せず、どの要素が動いたかを確かめます。設例カです。路上で職務質問をしている警察官のVが、被告人Yのバッグの中に、手を入れて、物を取り出しました。嫌疑は濃く、緊急性もあります。被告人は、拒否の態度を、はっきりとは示していません。粗暴な様子はなく、Vに、令状を避けようという狙いもありません。任意の限界を超えた違法はあります。ただし、強制には至らず、潜脱の意図もない。上着のポケットの判決と、同じ型です。重大とは言いにくい、という方向になります。
図:設例キ
- 行為の外形も違反の程度も設例カと同じ
- ただし警察官Wは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と令状審査を避ける狙いで同じことをした
- 違いは意図だけ
設例キです。行為の外形も、違反の程度も、設例カと同じです。ただし、警察官のWは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と考えて、令状の審査を避ける狙いで、同じことをしました。少し考えてください。同じ行為で、同じ違反の程度で、違うのは意図だけです。重大な違法の判断は、どちらに傾くでしょうか?意図があるほう、設例キが、重大に傾くと思います。令状主義をすり抜ける意図は、重大な違法の判断要素になります。令状の審査を、あえて避けた分、令状主義の精神を無にしている度合いが大きいからです。意図が判断要素だ、という点を、持ち帰ってください。
図:設例ク
- 警察官Xは、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て押さえつけ、口の中から取り出した
- 緊急性は高い
- 強制に至っている
- 令状主義の問題として正面から出てくるが、結論は事実の設計次第で断定しない
設例クです。警察官のXが、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て、押さえつけて、口の中から取り出しました。緊急性は高いです。この場合は、1つ目の軸、強制に至っているか、に当たります。令状主義の問題が、正面から出てきます。強制に至った点は、重大に傾く事情です。反対に、飲み込まれれば証拠が失われる、という緊急性は、逆の向きに効きます。2つが逆向きに引き合うので、結論は、事実の設計しだいです。ここでは断定しません。
排除相当性は、実際にはどう扱われているか
図:排除相当性の扱い
- 上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性を具体的な事実を挙げず一文で処理
- 少なくとも重大な違法と別個に機能させられてはいない
- 前編の整理、重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない、実質は重大違法が重要、と一致
- 学説上の考慮事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性
ここで、前編を思い出してください。2つの要件の関係には、2つの考え方がありました。重畳説は、重大な違法と排除相当性の両方がそろって、初めて排除する。競合説は、どちらか一方があれば排除する。では、最高裁は、どちらに立つと明言していましたか?明言はしていませんでした。必ずしも明らかではない、でした。では、最高裁は、実際にどう扱ったか。上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性は、相当でないとは認めがたい、と一文で触れるだけでした。具体的な事実は、挙げていません。排除相当性を独立の決め手として使うなら、具体的な事実を挙げて検討するのが自然です。それがありません。ですから、この判決では、少なくとも、排除相当性が、重大な違法とは別個に、独立の決め手として機能させられてはいません。前編で、実質的には重大違法が重要だ、と言いました。それと矛盾しません。
学説や実務の整理として、同じ違法が繰り返されるおそれ、事件の重大性、その証拠の重要性などが挙げられます。前編の設例アの、日常的に繰り返されている、という線です。ただし、これは学説上の考慮事情で、上着のポケットの判決が、当てはめで使った、という話ではありません。もう1つ。排除は、絞られています。判決も、違法があるというだけで直ちに否定するのは相当でない、と述べました。違法を認めながら、証拠は使えた。上着のポケットの事件の結論そのものが、この絞りの表れです。
自動車の中を調べた事件:同じ型を確かめる
図:自動車の中を調べた事件
- 深夜、停止を求めたが車は走り去り、3キロ近く追跡して停止
- 免許証不携帯、覚醒剤の前歴を含む前歴多数
- 約20分説得したが応じない
- 応援の警察官が駆けつけ、承諾がないまま、4人で車内を丹念に調べ、運転席下から白い結晶状の粉末を発見
- 被告人は様子を眺めて異議を述べなかった
- 任意同行、現行犯逮捕、同日午前、署で尿を任意提出
- 争われた証拠は、尿の鑑定書
同じ型が、別の事件でも出てくるか。自動車の中を調べた事件で、確かめます。深夜、パトカーが、青信号でも発進しない車を見つけて、停止を求めました。すると車は走り去り、警察官は、3キロ近く追跡して、停止させました。職務質問で、免許証を持っていないこと、覚醒剤の前歴を含む、前歴が多数あることが分かります。所持品や車内を調べたい、と、約20分説得しますが、被告人は応じません。応援の警察官が駆けつけ、車内に白い粉状の物が見えたので、その場で簡単に成分を確かめる予試験をしましたが、覚醒剤は検出されませんでした。それでも警察官は、相手は承諾しているから、車の中をもう一度よく見ろ、と指示し、4人で、座席の背もたれを倒したり、シートを動かしたりして、車内を丹念に調べました。そして、運転席の下から、ビニール袋に入った、白い結晶状の粉末を見つけます。被告人は、その様子を眺めていて、異議は述べませんでした。そのあと、任意同行、現行犯逮捕を経て、その日の午前中、警察署で、尿を任意に提出しました。ここで、1つ、確認です。証拠能力が争われたのは、車内で見つかった覚醒剤そのものではなく、尿の鑑定書です。
承諾がない限り、許される限度を超え、違法であることは否定しがたい。この結論は、所持品検査の回で確認したので、今日は、排除の当てはめだけを読みます。決定の判断は、2層に分かれます。車内の検査の違法の程度と、そのあとの採尿の違法と排除です。
判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁
自動車の中を調べた事件——車内検査の違法の程度 警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人……覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない。
判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁
自動車の中を調べた事件——採尿手続と排除 本件採尿手続も、……いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり
図:車内の検査の違法の程度
- 停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない
- 違法の程度は大きいとはいえない
- 捜索かどうかは言わないまま、程度を量った判断
まず、車内の検査です。停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない。これらの事情から、違法の程度は大きいとはいえない、と言います。所持品検査の回では、車内を丹念に調べる行為は、捜索のメルクマールに近づく、と見ました。一つ前の裁判所は、捜索に等しい、とまで評価していました。それでも最高裁は、捜索という言葉を使わず、違法の程度は大きいとはいえない、と評価しました。捜索に当たると認めたうえで軽いとしたのではなく、捜索かどうかを言わないまま、程度を量った判断です。
図:採尿手続と排除
- 違法な車内の検査で見つけた粉末から続いた現行犯逮捕と採尿
- 任意に警察署へ同行し、採尿も強制なく自分の意思で応じた
- 採尿の違法はいまだ重大とはいえない
- 排除相当性も相当でないとは認められないと一言
- 尿の鑑定書の証拠能力を肯定
次に、現行犯逮捕と採尿です。これらは、違法な車内の検査で見つけた粉末から、そのまま続いた手続です。最初の違法が作った状態を、直接利用して行われたので、違法性を帯びます。ただし、被告人は、任意に警察署へ同行し、採尿も、強制なく、自分の意思で応じています。だから、採尿の違法は、いまだ重大とはいえない。排除相当性も、相当でないとは認められない、と一言です。結論は、尿の鑑定書の証拠能力を肯定です。型は、上着のポケットの判決と同じです。重大な違法を否定して、排除相当性は、具体的な事実を挙げずに一言で触れ、証拠能力を肯定します。
強制には至っていない、と決定は言っているのですか。言っていません。ここが大事です。決定の言葉は、違法の程度は大きいとはいえない、です。強制に至っていない、任意の限界を超えた違法にとどまる、という言い方は、学説の整理です。決定は、車内の検査について、強制に至っていないとも、令状主義を潜脱する意図がなかったとも書いていません。強制という言葉が出てくるのは、採尿について、何らの強制も加えられることなく、と述べる箇所だけです。決定がこう言った、と、整理するとこう読める、とは、分けて持ち帰ってください。
潜脱の意図を重く見て排除した例と、下級審の幅
図:排除した例
- 大津の事件と呼ばれる最高裁の判決
- 逮捕状を携行せず呈示もしないで逮捕
- その後、取り繕うために逮捕状に虚偽の事項を記入、内容虚偽の捜査報告書、公判で事実に反する証言
- 経緯全体の警察官の態度を総合し、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ないとし、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を否定
- 最判平15・2・14
- 下級審の排除例の類型、取調べ、長期の撮影、なりすまし捜査、おとり捜査の再審
ここまでは、排除しなかった判決でした。では、最高裁が、潜脱の意図を重く見て、排除した例は、あるのでしょうか。大津の事件と呼ばれる判決です。警察官は、逮捕状を携行せず、呈示もしないで逮捕しました。さらに、その事実を取り繕うために、逮捕状に虚偽の事項を記入し、内容の虚偽の捜査報告書を作り、公判でも、事実に反する証言をしました。最高裁は、こうした経緯全体にあらわれた態度を総合して、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものと評価されてもやむを得ない、として、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を、否定しました。判決は、意図があった、とは書かず、評価されてもやむを得ない、と書いています。潜脱の意図を、重く見た判断として説明される、と受け取ってください。この判決の本格的な扱いは、次の回です。
下級審には、あります。任意の取調べとして許される範囲を踏み越えた、宿泊を重ねる取調べを違法とし、そこで得た自白調書を証拠から外した高裁の例があります。自白の回で見た内容の呼び戻しです。形は任意のままの違法です。ただ、9泊10日の宿泊と監視は、身柄の拘束にかなり近い状態で、裁判所は、違法は重大だ、としました。長期間にわたるビデオ撮影を違法とし、得られた証拠を排除した地裁の例もあります。そのほかに、鹿児島の地裁支部の裁判例は、なりすまし捜査、つまり、捜査機関などが、相手が犯罪をしやすい状況をひそかに作り、実行したところを検挙する捜査を、おとり捜査に近い枠組みで違法としました。重大かについては、司法審査を潜脱しようとする意図が見られる、と述べています。今日の2つ目の軸です。そして、排除相当性を、同様の違法捜査が繰り返し行われることは大いにあり得る、という具体的な事情で認定して、排除しています。この裁判例は、おとり捜査の回でも見ました。札幌の地裁は、再審請求の審理で、おとり捜査の違法を、令状主義の精神を潜脱し、没却するのと同等ともいえるほど重大な違法、とし、証拠を排除しました。こちらは、今回はじめて出てくる例です。最後の2つは、捜査機関が犯罪を作り出した、という評価を伴いうる事案です。札幌の決定は、将来の違法捜査の抑止に加えて、司法の廉潔性、つまり、裁判所が違法な捜査に手を貸さないという観点からも、証拠能力を認めるのは相当でない、としています。その特殊性から、排除に至った可能性がある、という指摘があります。最高裁の型は、強制に至らない任意の限界超えでは、重大とは言いにくい、というものです。ただ、下級審には、具体的な事情を積んで、排除した例がある、という幅を、地図として持っておいてください。
答案での当てはめの順序
図:答案の当てはめの順序
- まず手続の違法、所持品検査や任意捜査の限界を先に認定
- 次に重大な違法か、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図、あわせて違反の程度と緊急性
- 次に排除相当性、重大な違法と別個に論じるなら何を拾うか、具体的な事実で
- 結論
- 違法だから排除とは書かない
ここは、論文で論点になりうる部分です。答案での、当てはめの順序だけ、置きます。最初に、手続の違法を認定します。所持品検査や、任意捜査の限界を超えたか、です。次に、重大な違法かを、検討します。強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図はあったか。あわせて、違反の程度と、緊急性も見ます。最後に、排除相当性です。重大な違法とは別に論じるなら、同じ違法が繰り返されるおそれや、事件と証拠の重要性など、何を拾うかを、具体的な事実で書きます。そして、結論です。違法と排除は、別のハードルです。判決は、排除相当性を一言で済ませています。ですから、答案では、事実を挙げて具体的に論じる、と書きます。
短答の落とし穴
図:短答の落とし穴
- 上着のポケットの判決は違法を認めたので覚醒剤を排除したは誤り
- 排除相当性を具体的な事実で詳しく検討したは誤り、一言
- 潜脱の意図がないことを重大とはいえない事情の1つに挙げたは正しい
- 証拠能力の否定を争って上告したのは被告人側は誤り、検察官
短答の確認です。上着のポケットの判決は、違法を認めたので、覚醒剤を排除した。×です。証拠能力を肯定して、破棄差戻しです。この判決は、排除相当性を、具体的な事実を挙げて、詳しく検討した。×です。一文で触れただけです。この判決は、潜脱の意図がないことを、重大とはいえない事情の1つに挙げた。○です。この事件で、証拠能力の否定を不服として上告したのは、被告人側だ。×です。検察官です。
図:短答の落とし穴の続き
- 自動車の中を調べた決定は違法としつつ尿の鑑定書の証拠能力を肯定は正しい、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定は誤り
- 決定は車内検査を強制処分に至ったと判断は誤り
- 大津の判決は警察官の事後の態度を含めて総合し重大と評価して尿の鑑定書を排除は正しい
- 強制に至らない違法では排除されないは誤り、下級審に排除例
- 重畳説の採用を明言は誤り
自動車の中を調べた決定は、車内の検査を違法としつつ、尿の鑑定書の証拠能力を肯定した。○です。ただし、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定した、と言い換えると、×です。争われたのは、尿の鑑定書です。この決定は、車内の検査を、強制処分に至ったと判断している。×です。決定は、車内の検査を、強制に至ったかどうかでは整理していません。大津の判決は、警察官の事後の態度を含めて総合し、逮捕手続の違法を重大と評価して、尿の鑑定書を排除した。○です。強制に至らない任意の限界超えの違法では、証拠は排除されない。×です。下級審に、排除例があります。最高裁は、重畳説を採用したと明言した。×です。必ずしも明らかではありません。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図、保存版
- 違法と排除は別のハードル
- 上着のポケットの判決の3つの事情から、重大な違法は総合評価
- 特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
- 違反の程度と緊急性もあわせて考慮
- 排除相当性は最高裁では一言で処理され独立の決め手になっていない
- 自動車の中を調べた決定も同じ型で争われたのは尿の鑑定書
- 大津の判決は取り繕いまで含めて重大と評価
- 下級審は具体的な事情で排除した例がある
まとめます。違法と、排除は、別のハードルです。上着のポケットの判決は、許容限度をわずかに超えただけ、潜脱の意図はない、強制の形跡もない、と拾って、重大とはいえない、と結論しました。重大な違法は、事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、の2つです。違反の程度と緊急性も、あわせて考慮されます。排除相当性は、最高裁では、一言で処理されていて、独立の決め手にはなっていません。自動車の中を調べた決定も、同じ型でした。大津の判決は、事後の取り繕いまで含めて、重大と評価して排除しました。下級審には、具体的な事情を積んで排除した例があります。次は、違法な捜査で得た証拠を手がかりに、さらに見つかった証拠です。最初の違法は、その先の証拠にまで及ぶのか。毒樹の果実と呼ばれる問題を見ます。