科学的証拠とDNA型鑑定
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第5章 証拠法 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入

具体的な場面で考えます。深夜のコンビニに強盗が入り、逃げた犯人が帽子を落としていきました。その帽子の内側の汗から、専門家がDNAの型を調べたところ、容疑者の型と一致しました。鑑定書には、この型を持つ人は1000人中3人、とあります。裁判官は、この一文を、どこまで信じてよいでしょうか。珍しい型が一致すれば犯人だ、と直感で結びつけたくなりますが、答案では2つの待ったがかかります。1つ目は、そもそもこの鑑定を証拠にしてよいのか、という入口の問いです。2つ目は、証拠にしたとして、どれだけ信じるのか、という中身の問いです。今日はこの2つを分けて考えます。範囲も先に言います。今日はDNA型鑑定を扱います。次の回では、犬の臭気選別のような、DNA以外の鑑定を扱います。今日作る物差しを、次の回でそのまま当てますので、今日は物差しを丁寧に作ります。
科学的証拠とは何か・なぜ危ないのか

入る前に、前回までの復習を1問。役に立たないのが自然的関連性でした。では、役に立つ気がするのに判断を誤らせるのは、何だったでしょうか?法律的関連性です。証明力はあるけれど、評価を誤らせるおそれがあるときでした。科学的証拠は、この2つの言葉の両方に関わります。まず定義です。科学的証拠とは、特定の学問や知識の領域の原理や技術を応用して集めた証拠で、検査や解析を専門家が行うものです。DNA型鑑定は、その代表です。ところが、科学的証拠には、専門家の検査だからこそ生じる、固有の危険が2つあります。まず1つ目は、中身を裁判所が自分では確かめにくいことです。レストランで、厨房を見せてもらえず、完成した皿だけを出される客を思い浮かべてください。皿は立派でも、どんな材料で、どんな手順で作られたのかは、客には分かりません。裁判官も同じで、検査の過程は、専門家の手の中にあります。2つ目は、専門家の判定だというだけで、過度に信頼されやすいことです。科学的に一致した、という言葉には強い響きがあります。中身を確かめられないまま、響きだけで信じてしまう。これが過大評価の危険です。
2つに分けて考えます。1つ目。科学的な原理の裏づけが、そもそもない場合です。たとえば、手相を見て、嘘をついているかどうかが分かる、という鑑定を、供述の信用性が争点の証拠にしたらどうでしょう。原理に裏づけがなく、推認する力は少しもありません。専門家らしい形をしていても中身が伴わないものを、ジャンク・サイエンスと呼びます。これは、そもそも役に立たない、自然的関連性がない場合です。2つ目。原理は確かでも、実際の検査の過程が不透明で、結果が過大に評価される弊害が大きい場合です。推認する力は多少あるのに、判断を誤らせるおそれが勝る。これは法律的関連性の問題です。
学説には幅があります。その分野で一般に承認されていることを求める見解と、科学的に有効な知識と信頼できる方法によるなら足りるとする見解があります。今日は、最高裁が実際に使った言葉を軸にして、物差しを作ります。
許容性の物差し——最高裁が挙げた2点と、答案で足す2点

4つの物差しで確かめます。この物差しが見るのは、鑑定を証拠として使ってよいか、つまり許容性です。第5章の初めに見た証拠能力、法廷で取り調べられるための資格のうち、関連性の関門にあたります。ただし、混ぜてはいけません。最高裁が言葉にして挙げたのは、前の2つです。後の2つは、答案で足す視点です。では、前の2つから見ます。
⭐ 論文で書く規範:許容性の物差し——最高裁が挙げた2点 科学的原理が理論的正確性を有する | 具体的な実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた (判例が示した基準(条文の要件ではない))
1つ目は、原理です。帽子の汗から型を読み取る、その原理が、科学として正しいか。ここが誤りなら、その先の検査がどれほど丁寧でも、全部崩れます。手相で嘘を見抜く鑑定が、これに落ちる例でした。2つ目は、実施の方法です。原理が正しくても、実際の検査が、技術を習得した人によって、科学的に信頼される方法で行われたか。正しいレシピがあっても、手順を守らない人が作った料理は、信じられませんよね。境界のペアで示します。訓練を受けた検査者が、決められた手順で検査し、その記録も残っているなら、該当します。一方、手順の記録がなく、結果を示す写真が不鮮明なのに、読める範囲で判定してしまったなら、信頼される方法で行われたとは言えず、疑いが出ます。決め手は、あとから見て、正しく行われたと確かめられる形が残っているかどうかです。続いて、答案で足す2つです。
⭐ 論文で書く規範:答案で足す2つの視点 資料の採取・保管・同一性が確かである | 結果を後から検証できる (解釈による整理(判例の文言ではない))
3つ目は、資料の採取、保管、同一性です。同一性とは、鑑定にかけた資料が、現場で採ったその物と同じ物である、ということです。あわせて、真正性という言葉もあります。これは、その資料や書面が、作ったとされる人が作ったとおりのものである、ということです。設例に戻ります。警察官が帽子を、別の事件の証拠と同じ袋に入れてしまい、他人の汗が混ざったかもしれません。この場合、型が正しく読めても、それは犯人の汗の型かどうか分かりません。見解が分かれます。同一性が失われれば関連性そのものが失われる、という理解も有力です。ただ、裁判例は、証明力の評価の中で考慮する傾向があります。ここでは、物差しの1つとして、確かめる点だと押さえてください。4つ目は、結果の検証可能性です。再検査できる資料が残っているか、検査の元のデータが提出されていて、他の専門家が確かめ直せるか。資料を使い切ってしまい、データも出ないのでは、厨房の見えない皿のままです。大切な点です。この2つは、最高裁の言葉ではなく、実施の方法が科学的に信頼される、ということを具体的に言い直した、答案上の整理です。答案でも、判例が言ったのは前の2つ、後の2つは自分で足す視点、と区別して書きます。ここで1問です。鑑定書に、型が一致した、とあります。使ってよいかを決める前に、最高裁が挙げた2点を思い出すとしたら、何と何でしょうか?
科学的原理が理論的に正確であることと、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと、です。
DNA型鑑定の仕組みと、型の一致の意味

DNAの中には、短い並びが繰り返されている場所がたくさんあります。その繰り返しの回数は、人によって違います。この場所を座位と呼び、座位ごとの繰り返しの回数を、型として表します。型は、生涯変わりません。注意してほしいのは、DNAの全部の並びを読んでいるわけではない、という点です。決まった場所の回数だけを見ています。だから、指紋のように、誰一人として同じ人がいない、万人不同の識別ではありません。一致しても、本人と言い切れるわけではないのです。座位ごとに、その型を持つ人の割合を調べ、それを掛け合わせて、何分の1、という出現頻度を出します。調べる座位が少なければ、頻度は大きくなって識別力は弱く、座位を増やすほど、識別力は強くなります。設例の、1000人中3人で計算します。人口100万人の都市があるとして、その型を持つ人は、およそ何人でしょうか?
1000人中3人という頻度は、同じ型の人が、この都市に3000人いる、という意味です。ここに落とし穴があります。出現頻度は、その型を持つ人の割合であって、犯人である確率ではありません。型が一致した、というだけでは、犯人と結びつきません。他の証拠と合わせて、初めて犯人性の推認に進めます。全体の流れを、3段で整理します。第1段は、資料から型を判定する。第2段は、その型の出現頻度を出す。第3段は、その頻度と他の事情から、犯人性を推認する。前の2段の強さを決めるのが、さっきの物差しです。原理が正しく、方法が信頼でき、資料が確かで、検証できるか。ここが揺らぐと、第3段に進む前に、土台が揺らぎます。
最高裁の決定——足利事件の判断

実際にDNA型鑑定を扱った、最高裁の決定を読みます。足利事件の上告審です。先に断ります。これから話す経過は、最高裁の判断ではなく、確定審、つまり再審より前に有罪を確定させた裁判と、のちの再審の判決が認定した内容です。幼い子どもが被害にあった事件で、被害者の下着に付いていた精液と、被告人が捨てたティッシュに付いていた精液が、科学警察研究所でMCT118型という方法で鑑定されました。どちらも同じ型で、その型の出現頻度は、日本人でおよそ1000人中8人でした。血液型も合わせると、およそ1000人中1人ちょっとです。
第一審は、この方法はまだ歴史が浅く、信頼性が社会一般に完全に承認されているとまでは評価できない、としながらも、証拠能力を認めました。ここまでは下級審の判断です。確定審は、この鑑定と自白を主な証拠として有罪とし、最高裁は上告を棄却しました。その際、上告理由には当たらないが、と職権で判断して、DNA型鑑定について述べたのが、次の部分です。決定の中身は、大きく2つに分かれます。前半は、この鑑定を証拠として用いてよい、とした理由です。後半は、どれだけ信じてよいかについての留保です。
判例最決平12・7・17 刑集54巻6号550頁
最高裁が示した判断 本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。
原理が理論的に正確であること、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと。この2つを理由に、証拠として用いることが許される、としました。なぜこの2点を見るのか。決定は理由を書いていませんが、こう整理できます。裁判官は、検査の中身を自分では確かめられません。原理が正しいことと、手順が正しく守られたことを入口で確かめれば、その確かめられない部分を、確かめられる形に置き換えられる、というわけです。決定文には、関連性や証拠能力という言葉は出てきますか。出てきません。使われているのは、証拠として用いることが許される、という言い方です。学説の理解では、この2点を、資料から型を出す推論の強さを決める要素と見て、関連性の枠組みが科学的証拠に即して示されたものと位置づけます。これは理解の1つで、決定文の言葉ではありません。もう1つ大事なのは、後半です。証拠価値、つまり証明力について、その後の科学技術の発展で新たに解明された事項も加味して、慎重に検討されるべきだ、と留保しています。なぜ閉じなかったのか。決定は理由を書いていませんが、第一審も指摘したとおり、当時のこの方法は歴史が浅く、技術が進めば、今は見えない誤りが見つかるかもしれなかったからだと考えられます。許されるかどうかと、どれだけ信じるかは、別に続く、ということです。
その後の再審と教訓——証拠能力と証明力を分ける意味

有罪が確定したあと、再審が請求されました。高等裁判所が、DNA型の再鑑定を命じ、より進んだSTR型という方法で、16の座位を検査しました。その結果、被告人と、被害者の下着から出た男性のDNA型は、一致しませんでした。再審が開始され、再審公判では、無罪となりました。再審の手続きそのものは、別の回で見ます。ここで、大事な点です。この再審の判決は、当時の鑑定を、どう扱ったのでしょうか。判決が示した判断を、読みます。
判例宇都宮地判平22・3・26 判時2084号157頁
再審公判の判断——当時の鑑定書を排除 本件DNA型鑑定が,前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって,本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(第一審甲72号証)は,現段階においては証拠能力を認めることができないから,これを証拠から排除することとする。
最高裁の決定が変わったのですか。変わっていません。この判決は、最高裁の決定が示した基準を前提にして、当時の鑑定にその基準を当てはめ直し、実施の方法に疑いが残ると判断したのです。理由を、判決の認定に沿って言います。鑑定書に付いた検査結果の写真が不鮮明でした。証人は、普通であればやり直す、と述べました。しかも、型の判定の元になったネガフィルムは証拠として出されず、計算のデータも一部しか出ていなかったため、正しく判定できたかどうか、確かめようがなかったのです。4つ目の、結果を検証できることです。実施方法の信頼性を、後から確かめられなかった。これが決め手でした。さらに判決は、自白についても、捜査官から鑑定の結果を告げられたことが最大の要因で、信用できないとしました。鑑定が一致したと告げられることで、自白まで歪む。科学の名による過大評価が、連鎖した例です。この事件から、4つの教訓が取り出せます。1つ目。最高裁が、証拠価値は慎重に、と留保していたとおり、許された後にも、証明力の吟味は別に続きます。2つ目。決め手は、検証できるかどうか、でした。3つ目。鑑定の結果は、自白のような他の証拠にも影響を与えます。4つ目。技術の水準は変わります。当時の方法で許された鑑定でも、進んだ方法で鑑定し直すと、誤りが見えることがあります。この事件でも、再鑑定のSTR型が不一致を示したことから、見直しが始まりました。現在の主流は、STR型で、MCT118型より座位が多く、識別の力が高いとされています。
資料を全部使い切って追試できない場合や、資料に別の人のDNAが混入する可能性が議論されます。どちらも、物差しの、保管と検証可能性に戻して考えます。
鑑定書という壁——321条4項

許容性の物差しをクリアすれば、鑑定は使えるのですか。まだです。鑑定の結果は、多くの場合、鑑定書という書面で出てきます。この書面は、伝聞証拠にあたります。伝聞証拠とは、法廷の外で語られたり書かれたりした供述を、その中身が正しいことの証明に使う証拠です。書いた人に、法廷でその場で問いただせないので、原則として証拠にできません。関連性の関門を通っても、別に伝聞の関門があります。ここは、地図だけ示します。核心の条文を、3項とあわせて読みます。
条文刑訴法321条3項・4項
刑事訴訟法第321条第3項・第4項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。
4項は、鑑定人が作成した鑑定書について、前項と同様、と言っています。つまり、3項の条件を使うのです。供述者、ここでは鑑定人が、公判期日に証人として尋問を受け、真正に作成されたものであることを供述すれば、証拠にできます。なぜこれで足りるのか。検査の経過と結果は、専門家が記憶で話すより、そのとき書いた書面のほうが正確です。そのうえで、作った本人が法廷に出て、問いただされる機会があるからです。捜査の章の、鑑定嘱託の回で見たとおり、鑑定人は裁判所が命じた専門家、鑑定受託者は捜査機関が直接頼んだ専門家でした。条文の文言は、鑑定人の作成したもの、です。それでも、鑑定受託者の書面にも、この4項を当てはめる、というのが判例です。理由は、専門家が知識を使って経過と結果を書く、という書面の性質が、鑑定人の鑑定書と変わらないから、と説明されます。ただ、その判例の詳しい中身と、真正に作成された、の意味は、別の回で見ます。今日は、関連性の次に、伝聞の関門がある、という位置関係を押さえてください。
答案を書く順番

答案で科学的証拠が出てきたら、何から書けばよいですか。4段です。1段目、その鑑定は、何の要証事実のための証拠かを言います。設例なら、犯人性です。2段目、許容性を、4つの物差しの順に当てはめます。原理、実施の方法、資料の採取と保管、結果の検証可能性です。事案の事実で書きます。帽子が別の袋に入っていた、検査の記録が残っていない、といった事実です。3段目、鑑定書は伝聞なので、321条4項を検討します。4段目が、意外と抜けます。許容されても、証明力は別に吟味します。出現頻度の意味は、犯人である確率ではありません。混入の可能性、他の証拠との整合も見ます。3段目までは入口の問い、4段目は中身の問い。冒頭に分けた、2つの問いに、そのまま対応します。
覚えるのは、最高裁が挙げた2点です。後の2つは、判例の文言ではなく、解される、と書く整理です。ここは、論文でも論点になりうるところです。
今日の地図(保存版)

今日のまとめです。1つ目。科学的証拠は、中身を確かめにくく、過大評価されやすい。原理の裏づけがなければ自然的関連性がなく、過程が不透明で弊害が大きければ法律的関連性の問題になります。2つ目。許容性の物差しは、最高裁が挙げた2点、原理の理論的正確性と、実施方法の科学的信頼性です。答案では、資料の採取と保管、結果の検証可能性を足します。ただし、後の2つは判例の言葉ではありません。3つ目。足利事件の決定は、この2点を理由に許容しつつ、証拠価値は慎重に、と留保しました。のちの再審では、同じ鑑定が、実施の方法を確かめられないとして排除されました。証拠にしてよいかと、どれだけ信じるかは、別に問います。鑑定書は伝聞なので、321条4項という別の関門もあります。
犬の臭気選別、ポリグラフ、筆跡、顔貌を、今日作った物差しで、順に見ていきます。
参照条文
- 刑訴法321条3項・4項