犯罪被害者の保護②被害者特定事項の秘匿(290条の2・証人等特定事項)
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第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:名前と住所が流れる3本の道筋
- 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名・住所が、1 起訴状(検察官A→裁判所C→被告人D)、2 証拠開示(検察官A→弁護人B→被告人D)、3 公判の法廷(傍聴席)の3本の道を通って流れる
- 今日は3本目=法廷の道筋
- 被告人Rの仲間が傍聴席にいるかもしれない
法廷で、起訴状が朗読されています。被告人の名前は、はっきりと読まれます。ところが、被害者の名前は、最後まで一度も出てきません。検察官は、被害者、と呼ぶだけです。傍聴席には、何人もの人が座っています。憲法は、被告人に、公開の裁判を受ける権利を保障しています。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、憲法のいう公開の裁判といえるのでしょうか。公開への疑いにも、名前を守りたいという事情にも、それぞれ理由があります。前回は、付添い、遮へい、ビデオリンクという、法廷で証言するときの負担を軽くする話でした。保護には、もう1つ、名前や住所そのものを知られないようにする仕組みがあります。今日は、その仕組みのうち、法廷で名前を読み上げない仕組みを見ます。答えは、最高裁の判断のところで出します。設例を置きます。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。SさんもTさんも、住所をRやその仲間に知られたら、仕返しが怖い、と望んでいます。
名前や住所は、事件の中で、3本の道筋を通って流れます。1本目は、起訴状です。Sさんの氏名は、起訴状に書かれます。2本目は、証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、被告人の側に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は、公判の法廷です。傍聴席には、Rの仲間が座っているかもしれません。今日扱うのは、3本目、法廷の道筋です。公開の法廷で、被害者や証人の名前を、どこまで出さずにいられるのか。出さないことが、公開の裁判と両立するのか。この2つを確かめます。起訴状と証拠開示の道筋は、被告人の手元に届く道筋で、守る相手も、ぶつかる物差しも違います。今日は法廷に絞ります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という2つの軸を立てます。次に、被害者の氏名や住所を、傍聴人から隠す決定。その効果と、最高裁の判断。続いて、被害者でない証人にも広げた決定を読みます。最後に、設例で当てはめて、短答の落とし穴を確かめます。
2つの軸と3つの言葉
図:2つの軸の表
- 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)
- 縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
- 今日埋めるのは「公判×傍聴人」のマスだけ
- 下に3つの言葉=被害者特定事項(290条の2・公判で傍聴人に対して)/証人等特定事項(290条の3・公判で傍聴人に対して)/個人特定事項(被告人や被疑者に対して使う言葉)
ここから、整理の軸を立てます。軸は2つです。1つ目は、誰から隠すのか。傍聴人のような、法廷の外の人から隠すのか、被告人から隠すのか。2つ目は、どの段階で隠すのか。起訴状、証拠開示、公判の3つです。板の表のうち、今日埋めるのは、公判と傍聴人が交わるマスだけです。被告人から隠すマスは、次の回で埋めます。誰から隠すかで、なぜ分けるのですか。隠す相手によって、ぶつかる物差しが違うからです。前回の物差しを思い出してください。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則、つまり、裁判は誰でも見に来られる法廷で行う、という原則です。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり、被告人が証人に尋問する機会を持つ権利です。傍聴人は、証人に尋問する立場にありません。ですから、傍聴人から隠すときに正面から問われるのは、公開のほうです。被告人は、証人に尋問する本人です。被告人から隠すと、尋問の準備そのものに響きます。ぶつかる相手が違えば、許される範囲も、置かれる歯止めも違います。先に、言葉を整理します。条文には、氏名や住所を指す言葉が、3つあります。今日使うのは、そのうちの2つです。1つ目は、被害者特定事項です。氏名及び住所その他の、当該事件の被害者を特定させることとなる事項で、290条の2に出てきます。公判で、傍聴人に対して使う言葉です。2つ目は、証人等特定事項です。氏名及び住所その他の、当該証人等を特定させることとなる事項で、290条の3に出てきます。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、それに供述録取書等の供述者が、対象です。被害者に限りません。
3つ目の個人特定事項は、被告人や被疑者に対して使う言葉です。今日は名前だけ覚えておいてください。使うのは、次の回です。条文は、氏名及び住所その他の、その人を特定させることとなる事項、と書いています。ですから、勤務先など、その人にたどり着ける情報が、広く対象になります。もう1つ。被害者等という言葉は、前回の201条の2の括弧書きの定義のままです。被害者本人と、被害者が亡くなった場合などの、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。今日は、この定義を、そのまま使います。最後に、隠す、の意味を先に言っておきます。起訴状には、被害者の氏名が書かれます。裁判所と検察官は、知っています。今日の仕組みで隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。
傍聴人から隠す(1)被害者特定事項の秘匿決定
図:290条の2の構造
- 申出(被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に(意見を付して通知)→被告人又は弁護人の意見を聴く→相当と認めるとき決定
- 対象=1号 刑法の性犯罪等の列挙/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/3号 前二号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ
- 3項=加害等のおそれ(申出は要件でない)
- 4項=取消し
まず、傍聴人から隠す仕組みです。被害者の氏名や住所が、公開の法廷で明らかにされると、被害者が傷つくかもしれません。仕返しを受けるかもしれません。そこで、法廷では、被害者の氏名や住所を、言わない、読まない方法をとります。条文は長いので、号の境目で区切って、全文で見ます。まず、柱書と1号です。
条文刑事訴訟法第290条の2第1項
刑事訴訟法第290条の2第1項(柱書・第1号) 裁判所は、次に掲げる事件を取り扱う場合において、当該事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件
柱書は、誰が、何をして、裁判所が何をするかを定めています。申出があるとき、意見を聴き、相当と認めるときに、公開の法廷で明らかにしない旨の決定ができる。1号は、刑法の性犯罪などの列挙です。不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、それらの致死傷、わいせつや結婚の目的の略取誘拐、強盗・不同意性交等などが並びます。続けて、2号と3号です。
条文刑事訴訟法第290条の2第1項
刑事訴訟法第290条の2第1項(第2号・第3号) 二 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件 三 前二号に掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件
2号は、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。3号は、前の2つの号のほか、犯行の態様や被害の状況などから、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件です。認定の仕方が違います。1号と2号は、罪名で、類型的に対象になります。個別に、おそれがあるかを認定する必要は、条文上ありません。性的な被害は、罪名で類型的に拾われている、という条文の作りです。ただし、相当と認めるときという要件は、1号でも2号でも要ります。3号は違います。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれを、事件ごとに、個別に認定します。この作りは、前回の構内ビデオリンクの条文と同じです。1号と2号の罪の並びも同じです。違うのは、3号で見るものです。ビデオリンクの3号は、法廷で話すときに、圧迫を受けるおそれでした。こちらの3号は、名前が法廷で出ることで、名誉や社会生活の平穏が害されるおそれです。続けて、2項と3項です。
条文刑事訴訟法第290条の2第2項
刑事訴訟法第290条の2第2項 2 前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。
2項は、申出の宛先です。裁判所に直接ではなく、あらかじめ、検察官にします。これで、1項の手続がつながります。被害者等の申出は、検察官の意見が付いて、裁判所に届きます。検察官の意見はもう届いているので、裁判所が改めて聴くのは、被告人又は弁護人の意見です。そのうえで、相当と認めるときに、決定をします。意見は聴かなければなりませんが、被告人の同意は要りません。決定は、できる、という書き方で、裁判所の裁量です。
条文刑事訴訟法第290条の2第3項
刑事訴訟法第290条の2第3項 3 裁判所は、第一項に定めるもののほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件を取り扱う場合において、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。
図:1項3号と3項の違い
- 1項3号=名前を知られること自体で名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ/被害者等の申出から始まる/申出はあらかじめ検察官に
- 3項=知られた先で加害・畏怖・困惑の行為がなされるおそれ/裁判所の認定から始まる(申出は要件にない)/検察官と被告人又は弁護人の意見を聴く/守る相手に親族も入る
3項は、3号と似ていますが、見ているものが違います。3号は、名前を知られること自体で、名誉や平穏が害される場合です。3項は、名前を知られた先で、誰かに害を加えられたり、怖がらされたりする場合です。被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることで、被害者やその親族に、害を加えたり、畏怖させたり、困惑させたりする行為がなされるおそれがある事件です。手続も、1項と違います。1項は、被害者のほうが、名前を出さないでほしい、と申し出るところから始まりました。3項は、裁判所が、犯行の態様や被害の状況から、このおそれがあると認めるところから始まります。守る相手には、被害者だけでなく、その親族も入っています。申出は、条文の要件にありません。3項には、申出を検察官にする定めがありません。検察官の意見は、裁判所が直接聴きます。聴く相手は、検察官と、被告人又は弁護人です。そのうえで、決定できます。1項は申出が要る、3項は要らない。ここが、短答で聞かれます。4項は、板で要点だけ確認します。公開の法廷で明らかにしないことが相当でないと認めるに至ったときなどは、裁判所は、決定で、この決定を取り消さなければなりません。
傍聴人から隠す(2)効果の4場面と最高裁の判断
図:効果の4場面
- 1 起訴状の朗読(291条2項)=被害者特定事項を明らかにしない方法で
- 決定そのものは被告人に対するものではない/通常は検察官が被告人に起訴状を示す/2 証拠書類の朗読(305条3項)/3 尋問・陳述の制限(295条3項)=犯罪の証明に重大な支障・被告人の防御に実質的な不利益のおそれがある場合を除く/4 判決の宣告(規則35条3項)
- 決定=290条の2第1項又は第3項
復習を1問です。前回、傍聴人との間に遮へいを置いた法廷について、最高裁は、公開との関係を、どう言いましたか?審理が公開されていることに変わりはない、でした。今回の秘匿決定も、同じ線で読みます。まず、決定が出たら、法廷の何が変わるのか。4つの場面があります。1つ目は、起訴状の朗読です。冒頭手続の回で、起訴状は全文を朗読するのが原則だが、秘匿決定があるときは別だ、と一言だけ触れました。今日は、その条文です。291条2項です。決定があったときは、起訴状の朗読は、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。たとえば、Sさんの名前は読まずに、被害者、と読んだり、仮の呼び名を使ったりします。冒頭の法廷の場面は、この中身です。
朗読しないのなら、被告人は、被害者が誰か分からないまま、裁判を受けるのですか。そこは、条文が手当てしています。291条2項の後段です。この場合、検察官は、被告人に起訴状を示さなければなりません。起訴状抄本等という別の仕組みがとられていない、通常の場合は、被告人は、書面で、被害者の氏名を知ります。つまり、290条の2の決定そのものは、被告人に隠すものではなく、隠す相手は傍聴人です。2つ目は、証拠書類の朗読です。305条3項で、同じように、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。3つ目は、尋問や陳述の制限です。295条3項です。295条は、訴訟指揮の回で、重複する尋問などを裁判長が止める1項を見ました。3項は、同じ条文の中の、別の制限です。裁判長は、尋問や陳述が被害者特定事項にわたるとき、制限できます。4つ目は、判決の宣告です。刑事訴訟規則35条3項で、同じ扱いです。どの場面も、決定は、290条の2の第1項か、第3項のものです。3つ目には、歯止めがあります。295条3項は、犯罪の証明に重大な支障を生ずるおそれがある場合、または被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、と定めます。つまり、秘匿のために、犯罪の証明や被告人の防御を犠牲にはしません。たとえば、被害者の勤務先が、事件の動機に直結しているなら、その部分の尋問まで制限すると、立証にも防御にも支障が出ます。そのときは、制限できません。
図:最高裁の判断の整理
ここで、冒頭の問いに答える最高裁の判断を見ます。事件は、殺人などの被告事件です。被害者等から申出があった被害者については1項の決定、そのほかの被害者については3項の決定がされました。弁護人は、この決定が、憲法37条1項の公開裁判を受ける権利を侵害する、と主張しました。
判例最決平20・3・5
被害者特定事項の秘匿決定と公開裁判を受ける権利 弁護人は,本件につき,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることが,憲法37条1項の定める公開裁判を受ける権利を侵害し,ひいては,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあると主張するが,同決定が,裁判を非公開で行う旨のものではないことは明らかであって,公開裁判を受ける権利を侵害するものとはいえないから,所論は前提を欠くというべきである。
部品に分けます。弁護人の主張は、秘匿決定が、公開裁判を受ける権利を侵害する、というものです。最高裁の答えは、この決定は、裁判を非公開で行う旨のものではないことが明らかだ、というものです。非公開ではないのだから、公開裁判を受ける権利を侵害したとは言えず、弁護人の主張は、前提を欠きます。非公開の裁判とは、傍聴人を入れずに審理することです。秘匿決定では、傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、被害者の氏名や住所、という情報だけです。冒頭の問いの答えは、これです。被害者の名前を一度も読み上げなくても、審理が公開されていることに変わりはなく、公開裁判を受ける権利の侵害にはなりません。前回の、傍聴人との間の遮へいと、同じ線です。ただし、この決定が言っていないことがあります。1つ目は、秘匿決定が公開原則の例外にあたる、という言い方です。決定は、非公開ではない、と言って、そこで話を終えています。例外かどうかには、踏み込んでいません。弁護人の主張は前提を欠く、という結びが、それです。2つ目は、被告人の審問権との関係です。それは、この決定の守備範囲の外です。短答では、秘匿決定があると裁判は非公開になる、と出れば、×です。
傍聴人から隠す(3)証人等特定事項の秘匿決定
図:290条の2と290条の3の対比表
- 行=対象者/申出をする人/罪名による類型的な対象/要件/効果の場面
- 290条の2=被害者(等)/被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士(3項は申出不要)/あり(1号・2号)+3号・3項は個別/名誉・平穏、加害等のおそれ/朗読・書証朗読・尋問陳述の制限・判決宣告
- 290条の3=証人・鑑定人・通訳人・翻訳人・供述録取書等の供述者/証人等本人/なし/加害等のおそれ、名誉・平穏/同じ4場面
290条の2は、被害者の特定事項だけです。設例の目撃者のTさんは、被害者ではありません。それでも、名前が法廷で出れば、仕返しが怖い。そこで、同じ仕組みを、被害者でない証人にも広げたのが、290条の3です。
条文刑事訴訟法第290条の3第1項
刑事訴訟法第290条の3第1項 裁判所は、次に掲げる場合において、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人又は供述録取書等(供述書、供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であつて供述を記録したものをいう。以下同じ。)の供述者(以下この項において「証人等」という。)から申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、証人等特定事項(氏名及び住所その他の当該証人等を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。 二 前号に掲げる場合のほか、証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき。
対象は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、そして、供述録取書等の供述者です。供述録取書等とは、供述書、署名か押印のある供述録取書、供述を記録した記録媒体のことです。法廷に証人として出てこない人でも、調書の供述者なら、対象になります。書証を朗読する場面で効きます。要件は2つです。1号は、証人等やその親族への、加害や畏怖、困惑の行為のおそれ。2号は、前号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれです。290条の2と違って、罪名の列挙は、ありません。個別の認定だけです。申出をするのは、証人等の本人です。290条の2のように、あらかじめ検察官にする、という条文は、ありません。検察官は、ここでも、意見を聴かれる側に入っています。裁判所は、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴いて、相当と認めるときに、決定できます。取消しは2項で、相当でないと認めるに至ったときです。効果は、290条の2と同じ4場面です。起訴状の朗読は291条3項、証拠書類の朗読は305条4項、尋問や陳述の制限は295条4項、判決の宣告は規則35条4項です。「被害者特定事項」を「証人等特定事項」に読み替える形になっています。板で、2つの条文を並べました。対象者、申出する人、類型的な対象、要件、効果の場面です。短答では、証人等特定事項の秘匿は、被害者である証人に限られる、と出れば、×です。もう1つ、決定がなくても使える仕組みがあります。秘匿決定がなくても、裁判長は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人の住居や勤務先など、通常所在する場所が特定される事項についての尋問を、制限できます。295条2項です。加害のおそれがあって、証人が十分な供述をできないと認めるときです。ただし、3項と同じ歯止めがあります。決定とは別の、尋問の場面だけの仕組みです。
節目のミニ事例
図:設例の当てはめ表
- Sさん(恐喝の被害者)=1号・2号に載っていない→3号(名誉・平穏の個別認定)か3項(加害等のおそれ・申出は不要)
- Tさん(目撃者)=被害者ではない→290条の3
- Tさんの供述録取書を朗読する場面=供述者として対象
- 性犯罪の被害者Uさん=1号・類型的・申出と相当性は要る
設例で、3問確かめます。1問目。恐喝の被害者のSさんは、290条の2の1項1号か2号に、載っているでしょうか?恐喝罪は、1号と2号の列挙にありません。では、Sさんは決定を受けられないのか。受けられます。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが、個別に認められれば、1項3号です。Rの仲間による仕返しのおそれがあるなら、3項で、申出がなくても決定ができます。2問目。目撃者のTさんの名前を、法廷で出したくありません。どの条文でしょうか?被害者でない証人は、290条の3の対象です。Tさんが警察で話した供述録取書を、証拠として朗読する場面でも、Tさんは供述者として、証人等特定事項の対象になります。Tさんが法廷に出なくても、同じです。3問目。不同意わいせつの被害者のUさんは、1号で、類型的に対象です。罪名だけで足りるので、個別の認定は要りません。それでは、Uさんが申出をしなくても、決定は出るでしょうか?
1号に当たる事件でも、申出がなければ、1項の決定は出ません。1項は、申出と、相当と認めること、の両方が要ります。申出が要らないのは、3項だけです。
短答の落とし穴
図:短答の○×一覧
短答で確認します。被害者特定事項の秘匿決定は、性犯罪の被害者に限られる。×です。3号と3項があり、恐喝のような事件の被害者も対象になりえます。290条の2第1項の申出は、あらかじめ検察官にする。○です。2項が、あらかじめ検察官に、と定めています。秘匿決定には、被告人の同意が必要である。×です。意見を聴けば足り、同意は要りません。290条の2の3項の決定には、被害者等の申出が必要である。×です。3項は、申出が要件にありません。1号や2号の事件なら、相当と認めるときという要件は要らない。×です。1号でも2号でも、要ります。
通常は示されます。290条の2の決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。291条2項の後段で、検察官は被告人に起訴状を示します。起訴状には氏名が書かれています。短答では、290条の2の決定があると、決定そのものによって、被告人にも被害者の氏名が分からなくなる、と出れば、×です。証人等特定事項の秘匿決定は、被害者である証人に限られる。×です。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。290条の3の申出は、あらかじめ検察官にしなければならない。×です。そのような条文は、ありません。最高裁です。被害者特定事項の秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものである。×です。最高裁は、非公開で行う旨のものではない、と言いました。最高裁は、秘匿決定が公開原則の例外にあたると述べた。×です。そう言ってはいません。尋問や陳述の制限は、犯罪の証明に重大な支障が出るおそれがあっても、必ずできる。×です。歯止めがあります。
今日の地図(保存版)
図:まとめの地図
- 冒頭の問いの答え=名前を読み上げなくても、審理は公開されたまま・公開裁判を受ける権利の侵害にならない(最高裁)
- 隠す相手は傍聴人で、決定そのものは被告人に対するものではなく、通常は起訴状で名前を知る
- 290条の2=被害者特定事項(1号・2号は類型的、3号と3項は個別、3項は申出不要)/290条の3=証人等特定事項(被害者に限らない)/効果は4場面
今日のまとめです。冒頭の問いに、もう一度答えます。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、公開の裁判といえるのか。いえます。最高裁は、秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものではなく、公開裁判を受ける権利を侵害しない、としました。傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、名前や住所という情報だけです。隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではなく、通常は、起訴状が示され、被害者の氏名は書面で分かります。被告人に氏名を知らせない別の仕組みは、次に見ます。290条の2は、被害者特定事項の秘匿決定です。1号と2号は罪名で類型的に、3号は個別の認定で、対象になります。申出はあらかじめ検察官にします。3項は、加害等のおそれがあるとき、申出がなくても決定できます。290条の3は、被害者に限らず、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。効果は、起訴状の朗読、証拠書類の朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告の4場面です。次は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。証人の名前を、弁護人にも知らせないまま尋問してよいのかを見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第290条の2第1項
- 刑事訴訟法第290条の2第2項
- 刑事訴訟法第290条の2第3項
- 刑事訴訟法第290条の3第1項