犯罪被害者の保護③被告人から氏名等を隠す措置(証拠開示・起訴状)
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第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:名前と住所が被告人の手元へ届く道筋
- 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名などが、1 起訴状(Sさんの氏名など。検察官A→裁判所C→被告人R)、2 証拠開示(Tさんの氏名・住居。検察官A→弁護人B→被告人R)の2本の道を通って届く
- 3本目の公判の法廷(傍聴席)は前回扱った
- 今日の問い=証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいか
証人の名前は、被告人には知らされません。住所も知らされません。弁護人にも知らされません。知らされるのは、名前の代わりの呼び名と、連絡先だけです。憲法は、被告人に、証人を審問する権利を保障しています。それなのに、こういう形で証人を尋問することは、許されるのでしょうか。前回の終わりに、予告しました。今日は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。問いは1つです。証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいのか。答えは、最高裁の判断のところで出します。前回は、法廷で被害者の名前を読み上げない仕組みを見ました。隠す相手は傍聴人で、審理は公開されたままでした。今日は隠す相手が変わります。被告人です。設例は前回の続きです。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。
3本の道筋がありました。1本目は起訴状です。Sさんの氏名などは起訴状に書かれ、その謄本がRに送達されます。続く道筋は証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、相手方に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は公判の法廷で、これは前回見ました。今日は、起訴状と証拠開示を扱います。Rやその仲間に知られれば、仕返しを受けるかもしれません。証言を変えさせようとする人が出るかもしれません。一方で、被告人の側は、証人の氏名や住居が分からないと、反対尋問の準備ができません。守りたい事情と、被告人の防御が、正面からぶつかります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という地図を立てます。次に、証拠開示の段階で隠す4つの段を、強さの順に見ます。続いて、その歯止めと、最高裁の判断です。ここで冒頭の問いに答えます。そのあと、起訴状の段階を見て、地図を完成させます。最後に、設例と短答で確かめます。
誰から隠すか×どの段階か
図:前回の表の再掲と今日埋めるマス
- 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)、縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
- 前回埋めた=公判×傍聴人(290条の2・290条の3)
- 今日埋める=起訴状×被告人(271条の2〜271条の5)・証拠開示×被告人(299条の2〜299条の5)
- 傍聴人の2マス=書面が届かない/公判×被告人=被告人は法廷にいる当事者
- 下に言葉の定義=個人特定事項=氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項(201条の2第1項)
- 被害者(一号)と被害者以外の者(二号)
前回の表を、もう一度出します。横は、誰から隠すか。傍聴人か、被告人か。縦は、どの段階か。起訴状、証拠開示、公判の3つです。前回埋めたのは、公判と傍聴人が交わるマスでした。290条の2と290条の3です。今日埋めるのは、被告人の列の、起訴状と証拠開示の2マスです。起訴状の段階は271条の2から271条の5。証拠開示の段階は299条の2から299条の5です。傍聴人の列の、起訴状と証拠開示のマスは、隠す必要がありません。傍聴人のところには、起訴状や証拠の書面そのものが届かないからです。公判と被告人のマスは、被告人が法廷にいる当事者です。顔を見せない遮へいやビデオリンクは、前々回の仕組みでした。そして氏名の扱いは、起訴状と証拠開示の2つの段階で決まります。物差しは、前回と同じです。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則でした。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり憲法37条2項前段です。被告人の権利に触れる分だけ、段階を踏み、歯止めを置くことになります。もう1つ、前回、名前だけ予告した言葉があります。個人特定事項です。氏名及び住所その他の、個人を特定させることとなる事項をいいます。逮捕状、勾留状、起訴状の段階で、被疑者や被告人に対して使います。201条の2第1項に出てきます。
被害者特定事項は、氏名及び住所その他の、その事件の被害者を特定させることとなる事項でした。前回は、公判で傍聴人から隠す場面で使いました。ただ、同じ言葉が、今日の証拠開示の2段目、299条の3にも出てきます。こちらは、被告人に知られないようにする対象です。ですから、2つの言葉の違いは、隠す相手ではなく、誰の情報かです。被害者特定事項は、被害者の情報だけです。個人特定事項は、逮捕状や起訴状に載る情報で、書面には被害者でない人の名前も載るので、対象が2種類あります。一号が被害者、二号が被害者以外の者です。被害者等という言葉は、前々回の定義のまま使います。
証拠開示で隠す(1)4段の梯子と1段目
図:証拠開示の4段の梯子
- 強さの順
- 1段目 配慮の求め(299条の2)=弁護人は知る・被告人に知られないよう求める
- 2段目 被害者特定事項の秘匿の要請(299条の3)=弁護人は知る・求めのみ
- 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項ほか)=弁護人は知る・被告人に知らせない条件
- 4段目 代替開示措置(299条の4第3項ほか)=弁護人も知らない・呼称と連絡先だけ。1・2段目=防御などに必要がある場合を除く
- 3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない
ここからは、証拠開示の段階です。復習を1問です。証人を請求するとき、相手方に何を知らせなければなりませんか?氏名と住居を知る機会を与える、でした。299条1項です。では、なぜ、その機会を与えるのでしょうか。反対尋問の準備のためです。証人が被告人とどんな利害関係にあるのかを確かめ、供述の信用性、つまり証明力を調べるためです。氏名と住居が分からなければ、それができません。だから、氏名や住居を隠すことは、この原則への、正面からのぶつかりです。冒頭の問いの根っこは、ここにあります。それなら、いきなり弁護人にも知らせないのではなく、被告人にだけ知らせない方法はないのでしょうか?あります。条文は、このぶつかりを、強さの違う4つの段で折り合わせています。名前や住所を金庫にしまってあると考えてください。1段目と2段目は、金庫の鍵を弁護人に貸したうえで、被告人には見せないでほしいと、お願いするだけです。3段目は、鍵を貸すけれども、被告人には見せないという条件を付けます。4段目は、鍵そのものを渡さず、窓口の番号だけを渡します。順に挙げます。1段目は配慮の求めで、299条の2です。2段目は被害者特定事項の秘匿の要請で、299条の3です。3段目は条件付与等措置、4段目は代替開示措置で、どちらも299条の4です。
見る点は、被告人が知るのか、弁護人が知るのかです。1段目と2段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせないよう求めるだけです。3段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせない条件が付きます。4段目は、弁護人も知りません。代わりの呼び名と連絡先だけです。そして、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、被告人の防御などに必要がある場合を除く、という形です。3段目と4段目は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない、という形です。これは、あとで詳しく見ます。なお、公判前整理手続で請求証拠を開示する場面にも、同じ仕組みが準用されます。316条の23です。証拠開示の回で、299条の4を準用する条文として触れました。ここでは名前だけ触れておきます。
図:4段の梯子のうち1段目だけ
- 1段目 配慮の求め(299条の2)=検察官又は弁護人から相手方へ/弁護人は知っている・被告人を含む関係者に知られないよう配慮を求めるだけ/対象=住居・勤務先その他の所在場所が特定される事項(氏名そのものは対象外)/要件=身体・財産への加害や畏怖・困惑の行為のおそれ
- 2段目以降は灰色に伏せる
では、1段目です。条文を全文で見ます。
条文刑事訴訟法第299条の2
刑事訴訟法第299条の2 検察官又は弁護人は、前条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人若しくは証拠書類若しくは証拠物にその氏名が記載され若しくは記録されている者若しくはこれらの親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、相手方に対し、その旨を告げ、これらの者の住居、勤務先その他その通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明若しくは犯罪の捜査又は被告人の防御に関し必要がある場合を除き、関係者(被告人を含む。)に知られないようにすることその他これらの者の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる。
部品に分けます。誰が。検察官又は弁護人です。どちらからでも相手方に求められます。いつ。氏名と住居を知る機会を与えるときや、証拠書類や証拠物を閲覧する機会を与えるときです。要件は、その人やその親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときです。何を求めるのか。その人の住居、勤務先その他通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明、捜査、被告人の防御に必要な場合を除き、被告人を含む関係者に知られないようにすること。そして、安全が脅かされないよう配慮することです。
氏名も、知られないようにしてほしいと求められるのですか。ここが落とし穴です。条文が求めるのは、所在場所が特定される事項です。氏名そのものを知らせないことまでは、求めません。弁護人は知っています。しかも求めるだけで、条件を付けたり、知る機会を与えなかったりはしません。設例です。Tさんの氏名と住居を知らせるとき、検察官が弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRには知られないようにしてほしいと求めます。Rの仲間がTさんの店に来るおそれがあるときの手当てです。Bは知っています。これが1段目です。
証拠開示で隠す(2)2段目・被害者特定事項の秘匿の要請
図:2つの「求め」の比較
- 299条の2=検察官又は弁護人から相手方へ/住居・勤務先など所在場所が特定される事項/要件=加害等のおそれ
- 299条の3=検察官から弁護人へだけ/被害者特定事項(氏名も含む)/要件=名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ
- ただし書=被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る(起訴状抄本等を提出した場合を除く)
2段目は299条の3です。被害者に限った、秘匿の要請です。
条文刑事訴訟法第299条の3
刑事訴訟法第299条の3 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、被害者特定事項が明らかにされることにより、被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき、又は被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくはこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、その旨を告げ、被害者特定事項が、被告人の防御に関し必要がある場合を除き、被告人その他の者に知られないようにすることを求めることができる。ただし、第二百七十一条の二第二項の規定により起訴状抄本等を提出した場合を除き、被告人に知られないようにすることを求めることについては、被害者特定事項のうち起訴状に記載された事項以外のものに限る。
1段目との違いが4つあります。1つ目、対象が被害者特定事項です。氏名も含みます。2つ目、要件に、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが入ります。3つ目、求めるのは検察官から弁護人へだけです。弁護人から検察官へはありません。4つ目、被害者特定事項に限られます。被害者でない証人や鑑定人については使えません。性質は1段目と同じで、求めるだけです。弁護人は知っています。299条の3のただし書は、被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る、という意味です。理由は、起訴状に書かれた氏名などは、被告人が起訴状の謄本でもう見ているからです。隠せと求める意味がありません。ただし例外があります。起訴状抄本等を提出した場合です。この場合、被告人は起訴状抄本等しか受け取っていないので、起訴状に書かれた事項も対象になります。起訴状抄本等は、被害者の氏名などを除いた、起訴状の謄本の代わりの書面です。詳しくは、あとで見ます。設例です。不同意わいせつの被害者のUさんの氏名は、起訴状に書かれています。しかし勤務先は起訴状にありません。この場合、Uさんの勤務先をRに知られないようにと求められます。氏名は求められません。起訴状抄本等が出される事件なら、氏名も求められます。
証拠開示で隠す(3)3段目・条件付与等措置
図:条件付与等措置と代替開示措置の比較
- 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
- 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)
3段目は条件付与等措置です。ここから、お願いではなく、条件になります。
条文刑事訴訟法第299条の4第1項
刑事訴訟法第299条の4第1項 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、当該氏名及び住居を知る機会を与えた上で、当該氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。ただし、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。
仕組みは、こうです。検察官が弁護人に、氏名と住居を知る機会を与えます。そのうえで、その氏名や住居を被告人に知らせてはならないという条件を付けるか、被告人に知らせる時期や方法を指定します。1段目と2段目が求めるだけだったのと違い、これは条件です。弁護士である弁護人が条件に違反したときは、弁護士会などに通知して適当な処置を請求できる、という規定が299条の7にあります。対象は、299条1項で氏名や住居を知る機会を与えるべき、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人です。証拠書類や証拠物に氏名や住居が載っている人、つまり供述録取書等の供述者には、6項が同じ措置を用意しています。閲覧の機会を与えたうえで、条件を付けたり、時期や方法を指定したりします。
要件は、2段目と同じですか。ここが大事です。要件は、その者や親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると、検察官が認めるときです。名誉や社会生活の平穏だけでは使えません。2段目の299条の3との違いです。名誉や社会生活の平穏まで入るのは、被害者に限った2段目だけです。証人など誰にでも使える1段目と3段目は、身体や財産への害や、畏怖、困惑のおそれに絞られています。短答で、条件付与等措置は名誉が著しく害されるおそれがあるときにもとれる、と出れば×です。ただし書は、防御の歯止めです。供述の証明力の判断に資する、被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるとき、その他、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、使えません。
なぜ、利害関係の確認が、そこまで大事なのですか。証人が被告人や関係者と、恨みや金銭などの結びつきを持っていれば、供述の信用性の判断が変わるからです。ただ、弁護人が氏名と住居を知れば、その調査は弁護人にできます。弁護人が調べて、結果だけを被告人に伝える形で足りる場面なら、防御は害されません。3段目は、その場面のためにあります。時期や方法の指定の例です。住所はBには知らせるが、Rには公判期日の直前まで知らせない。あるいは、Rに伝えるのは口頭だけで、書面は渡さない。こういう指定ができます。もう1つ、薄く触れます。起訴状抄本等が提出された事件に、同じ措置を広げる項があります。2項と7項です。起訴状に書かれた氏名や住居を対象にするためのもので、あとの起訴状の節でつながります。設例で当てはめます。検察官がBに、Tさんの氏名と住居を知らせたうえで、Rに知らせてはならないと条件を付ける。これが3段目です。ところが、RがTさんと金銭の貸し借りをしていたとします。Rの側が、Tさんとの利害関係を確かめられなくなるなら、この措置は使えません。そして、Bが条件を破ってRに伝えたなら、弁護士会に処置の請求がなされえます。
証拠開示で隠す(4)4段目・代替開示措置
図:条件付与等措置と代替開示措置の比較
- 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
- 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)
4段目は代替開示措置です。いちばん強い措置で、弁護人も知らない段です。
条文刑事訴訟法第299条の4第3項
刑事訴訟法第299条の4第3項 検察官は、第一項本文の場合において、同項本文の規定による措置によつては同項本文に規定する行為を防止できないおそれがあると認めるとき(被告人に弁護人がないときを含む。)は、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなる場合その他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対し、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名又は住居を知る機会を与えないことができる。この場合において、被告人又は弁護人に対し、氏名にあつてはこれに代わる呼称を、住居にあつてはこれに代わる連絡先を知る機会を与えなければならない。
部品に分けます。要件の1つ目は、条件付与等措置によっては、加害等の行為を防止できないおそれがあると認めるときです。被告人に弁護人がないときも含みます。2つ目は、利害関係の確認ができなくなる場合など、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、ということです。条件付与等措置が先で、代替開示は2番手です。条件付与等で足りるなら、代替開示はとれません。効果は、被告人にも弁護人にも、氏名や住居を知る機会を与えないことです。その代わり、氏名に代わる呼称と、住居に代わる連絡先を知る機会を与えなければなりません。
弁護人は、代わりの連絡先を通じて証人に連絡をとります。証人に会いたい旨を、窓口に伝えられます。会うかどうかは証人しだいです。弁護人がいないときも含まれるのは、なぜですか。条件を付ける相手の弁護人がいないからです。弁護人を通じた条件付与等はできません。このときも、要件を満たせば、代替開示措置を検討できます。証拠書類や証拠物は、8項です。氏名や住居が記載、記録された部分について、閲覧の機会を与えません。この場合も、呼称と連絡先を知る機会は与えます。起訴状抄本等の場面で同じ措置を広げる項は、4項、5項、9項、10項です。名前だけ触れておきます。呼称と連絡先は、誰が知らせるのか。措置をとる検察官です。299条の4第3項の後段です。そのうえで、刑事訴訟規則178条の10により、裁判所も、必要があると認めるときは、呼称を定めることができ、定めたら、検察官、被告人、弁護人に通知します。連絡先は、この規則の対象ではありません。さらに、299条の4第11項で、検察官は、措置をとったとき、速やかに裁判所に通知しなければなりません。これで裁判所は、措置を把握でき、呼称を定めたり、このあと見る、被告人側からの取消しの請求に備えたりできます。使える場面の想定です。Rが暴力団の幹部で、仕返しの手段を組織として持っているとします。Tさんの住所をBに知らせても、Bの周辺から組織に漏れるおそれがあると、検察官が認めるとき。3段目では足りません。そこで4段目です。呼称は、たとえば証人T、とします。条文は暴力団の事件に限っていませんが、イメージはそういう場面です。
設例で弁別します。最初は、BがTさんの住所を知っても漏れるおそれはないと見込まれる事件。3段目で足りるので、代替開示は要件を欠きます。次は、Rにまだ弁護人がいない場合。3段目は使えません。4段目を、要件を満たせば検討します。最後は、TさんがRと同じ組織にいた元組員で、利害関係の確認が事件の核心という場合。防御に実質的な不利益のおそれがあるので、3段目も4段目も使えません。
歯止めと不服申立て
図:歯止めと不服申立ての5つ
- 1 防御の例外(1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない)/2 代替開示措置は条件付与等措置で足りないときだけ/3 検察官が措置をとったら裁判所に通知(299条の4)/4 裁定請求で取消し(299条の5)/5 即時抗告
- 裁定請求の取消事由=1号 加害等のおそれがない/2号 防御に実質的な不利益のおそれ/3号 代替開示措置の場合で条件付与等措置で防止できる
4段の梯子には、歯止めと、是正の道が用意されています。板に5つ並べました。1つ目、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、防御などに必要がある場合を除きます。3段目と4段目は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えません。2つ目、代替開示措置は、条件付与等措置で足りないときだけです。3つ目、検察官は、措置をとったら裁判所に通知します。4つ目、被告人や弁護人は、裁判所に、検察官の措置を取り消す決定を求められます。この請求を、裁定請求といいます。検察官が自分でとった措置を、裁判所に見直させる道です。5つ目、その決定に不服があれば、上の裁判所に即時抗告ができます。4つ目の条文を全文で見ます。
条文刑事訴訟法第299条の5第1項
刑事訴訟法第299条の5第1項 裁判所は、検察官が前条第一項、第三項、第六項又は第八項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該措置の全部又は一部を取り消さなければならない。 一 当該措置に係る者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがないとき。 二 当該措置により、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。 三 検察官のとつた措置が前条第三項又は第八項の規定によるものである場合において、同条第一項本文又は第六項本文の規定による措置によつて第一号に規定する行為を防止できるとき。
請求できるのは、被告人又は弁護人です。取消事由は3つです。1号は、加害等のおそれがないとき。そもそも措置の前提がなかった場合です。2号は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。3号は、代替開示措置がとられた場合で、条件付与等措置で防止できるとき。代替開示は2番手という先ほどの原則を、裁判所の側から確かめる号です。該当すれば、取り消さなければなりません。裁量ではなく義務です。裁判所は、決定をするとき、検察官の意見を聴かなければなりません。5項です。請求は書面でするのが原則で、公判期日では口頭もできます。刑事訴訟規則178条の9です。そして、裁判所の決定には、6項で、即時抗告ができます。もう1つ。2号や3号で措置を取り消す場合でも、加害等のおそれがあると認めるときは、裁判所が弁護人に条件を付けたり、時期や方法を指定したりできます。3項です。ただし、防御に実質的な不利益のあるときを除きます。取り消して終わり、ではありません。薄く2つ触れます。氏名や住居は、訴訟記録、裁判書、公判調書にも出てきます。299条の6は、裁判所が弁護人の閲覧や謄写の場面などで、同じように被告人に知らせない条件を付けられると定めます。299条の7は、検察官や裁判所が付けた条件に弁護士である弁護人が違反したとき、弁護士会などへ通知して適当な処置を請求できると定めます。混同に注意してください。裁定という言葉は、証拠開示の回にも出てきました。あちらは証拠開示に関する裁定で、たとえば316条の26は、裁判所が検察官に開示を命じる決定でした。ここでの裁定請求は299条の5で、検察官がとった氏名等の秘匿の措置の、取消しを求めるものです。名前は似ていますが、別の制度です。
設例です。Rが代替開示措置を不服として、Bが書面で裁定請求をします。検察官は意見で、条件付与等では防げないと説明します。裁判所は、2号の防御の不利益にも3号にも当たらないと判断し、請求を棄却しました。この棄却に対しても、Bは即時抗告ができます。
最高裁の判断
図:決定の条番号と現行の対応・事案
- 決定は改正前の条文番号で書かれている
- 決定の「299条の4第1項」=現行の第1項(条件付与等措置)/決定の「同条2項」=現行の第3項(代替開示措置)/決定の「299条の5第3項」=現行の第5項(検察官の意見聴取)/決定の「同条4項」=現行の第6項(即時抗告)/299条の5第1項は同じ番号
- 事案=検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件
- 出典=最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁
ここが、この回の山場です。冒頭の問いに答えます。その前に1問です。証人審問権は、何が確保されているかで見るのでしたか?反対尋問の機会が確保されているか、でした。供述を聞けて、自ら尋問できて、弁護人が観察できる、という見方でした。前々回の線ですね。今日もその線で読みます。最初に条番号です。この決定は、改正前の条文の番号で書かれています。現行との対応は、板に出しました。ここから先は、現行の番号で話します。対応表は決定文を自分で読むときのためのもので、答案や短答では、現行の番号だけで足ります。事件の経過です。検察官がとった氏名等の開示に関する措置について、被告人側が裁定請求をしました。裁定決定が出て、即時抗告も棄却され、最高裁への特別抗告、つまり憲法違反などを理由に最高裁へ不服を申し立てる手続になりました。申立人は、299条の4と299条の5が、憲法37条2項前段の証人審問権に違反すると主張しました。条文の仕組みそのものが、憲法に反しないかが判断されました。決定は、まず、この仕組みの趣旨を述べます。加害行為等を防止して、証人等の安全を確保し、証人等が公判で供述する負担を軽くして、より充実した公判審理を実現する。そのうえで、判旨の骨を3枚のカードで読みます。1枚目は、代替開示措置でも直ちに不利益ではない、という部分です。
判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁
代替開示措置と被告人の防御 このうち,代替開示措置については,検察官が,被告人及び弁護人に対し,証人等の氏名又は住居を知る機会を与えなかったとしても,それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく,被告人及び弁護人は,代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや,証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるということができる。
部品に分けます。氏名や住居を知る機会を与えなくても、直ちに防御に不利益が生ずるわけではない。なぜなら、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧の機会などによって、利害関係の有無を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合があるからです。つまり、名前そのものより、利害関係を確かめられるか、供述の信用性を検討できるかが決め手です。設例のTさんで言えば、Bに渡るのが、証人T、という呼称と窓口の連絡先だけでも、Tさんの供述録取書の中身を読めば、RとTさんの間に金銭の貸し借りのような関係があるかに、気づける場合があります。判旨が言うのは、そういう場面です。
図:最高裁の判旨の骨と問いの答え
- 趣旨=加害行為等の防止・証人等の安全確保・供述の負担の軽減・充実した公判審理
- 判旨の骨=歯止め4点(1 防御に実質的な不利益のおそれがあるときはどちらの措置もとれない/2 代替開示措置は条件付与等措置では防止できないおそれがあるときに限る/3 裁判所は裁定請求により措置を取り消さなければならない(検察官は意見聴取で各号に該当しないことを明らかにする)/4 即時抗告)→結論=証人審問権を侵害せず憲法37条2項前段に違反しない
- 冒頭の問いの答え=氏名・住所を知らされなくても侵害にならない4つの理由
次は、歯止めの前半、2点です。
判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁
歯止め(検察官の措置の限定) しかしながら,検察官は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには,条件付与等措置も代替開示措置もとることができない。さらに,検察官は,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる。
1点目、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは、どちらの措置もとれません。2点目、代替開示措置は、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限って、とれます。判旨は「限り」と言っています。代替開示は、条件付与等で足りないときだけ、と覚えてください。歯止めの後半と、結論です。
判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁
裁判所による取消しと結論 裁判所は,検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において,加害行為等のおそれがないとき,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき,又は検察官が代替開示措置をとった場合において,条件付与等措置によって加害行為等を防止できるときは,被告人又は弁護人の裁定請求により,決定で,検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならない。裁定請求があった場合には,検察官は,裁判所からの意見聴取において,刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず,裁判所は,必要なときには,更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができる。そして,裁判所の決定に対しては,即時抗告をすることができる。これらに鑑みれば,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく,憲法37条2項前段に違反しないというべきである。
3点目は、裁判所による取消しです。加害等のおそれがないとき、防御に実質的な不利益のおそれがあるとき、代替開示で条件付与等で防げるとき。この3つのいずれかなら、裁定請求により取り消さなければなりません。検察官は、意見聴取で、各号に該当しないことを明らかにしなければなりません。4点目は即時抗告です。この4つに鑑みて、299条の4と299条の5は、被告人の証人審問権を侵害せず、憲法37条2項前段に違反しない、という結論です。そのほか、決定は、証人審問権に関する大法廷の過去の判例の趣旨に照らしても明らかだと述べます。また、299条の5が憲法37条1項に違反するという主張は、同条が受訴裁判所に予断を抱かせるものではないから、前提を欠くとしました。
判旨を私たちの言葉で整理します。1枚目のカードと、歯止めの4点を、侵害にならない理由として並べ直すと、4つです。1つ目、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧などで、利害関係を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合がある。2つ目、防御に実質的な不利益のおそれがあれば、そもそも使えない。3つ目、条件付与等で防げないときに限られる。4つ目、裁判所の裁定で取り消せて、即時抗告もある。核心は、氏名や住所を知ること、そのものではありません。証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかです。それが、歯止めと是正で確保されているかどうか。前々回の、聞ける、尋問できる、弁護人が観察できる、と同じ線です。この決定が言っていないことも確認します。公判段階の秘匿は、前回の決定の話で、それも290条の2の秘匿決定についてでした。299条の2と299条の3、つまり求めの段は、この決定の対象ではありません。起訴状抄本等の仕組みも、対象ではありません。短答では、最高裁は起訴状抄本等の合憲性も判断した、と出れば×です。
起訴状の段階(1)なぜ要るか・起訴状抄本等
図:起訴状の段階の流れ
- 検察官A→裁判所C 起訴状+起訴状抄本等(個人特定事項の記載なし)/C→被告人R 起訴状抄本等を送達(氏名などなし)/C→弁護人B 起訴状の謄本+被告人に知らせてはならない条件/必要なら C→B 起訴状抄本等(弁護人にも氏名なし)
- 個人特定事項=氏名・住所など
もう1つの道筋、起訴状です。ここまでの証拠開示の仕組みでは、足りない場面があります。起訴状には、被害者の氏名などが書かれ、その謄本が被告人に送達されます。271条1項です。299条の3のただし書も、起訴状に記載された事項は、被告人に知られないようにする対象から外していました。つまり、起訴の瞬間に、被害者の氏名などは被告人の手元に届きます。そこで、令和5年の法改正で、起訴状の段階にも仕組みが置かれました。施行は2024年2月15日です。条文は長いので、号の境目で区切って全文で見ます。まず、柱書と一号のイです。
条文刑事訴訟法第271条の2第1項
刑事訴訟法第271条の2第1項(柱書・第1号イ) 検察官は、起訴状に記載された次に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、裁判所に対し、前条第一項の規定による起訴状の謄本の送達により当該個人特定事項が被告人に知られないようにするための措置をとることを求めることができる。 一 次に掲げる事件の被害者 イ 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下このイにおいて同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件
柱書は、検察官が、必要と認めるときに、起訴状の謄本の送達で被告人に知られないようにする措置を、裁判所に求められる、という内容です。一号のイは、前回の290条の2第1項1号と同じ、刑法の性犯罪などの列挙です。続けて、ロです。
条文刑事訴訟法第271条の2第1項
刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ロ) ロ 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件
ロは、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。罪名で類型的に拾われています。続けて、ハです。
条文刑事訴訟法第271条の2第1項
刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ハ) ハ イ及びロに掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる事件 (1)被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ (2)(1)に掲げるもののほか、被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ
ハは、イとロのほか、犯行の態様や被害の状況から、被告人に知られることで、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、または加害等のおそれがあると認められる事件です。ここは個別の認定です。続けて、二号です。
条文刑事訴訟法第271条の2第1項
刑事訴訟法第271条の2第1項(第2号) 二 前号に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる者 イ その者の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ ロ イに掲げるもののほか、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ
二号は、一号以外の者です。起訴状には、被害者でない人の名前が書かれることもあるので、その人も対象です。ここで、範囲の作りを確かめます。イとロは、前回の290条の2の1号と2号と同じで、性的な被害などを、罪名で類型的に拾います。名前が被告人に知られること自体で、名誉や生活の平穏が害されやすい罪だからです。それ以外の事件は、知られて困るかどうかが事件ごとに違うので、ハで個別に認定します。見るのは、名誉や平穏のおそれか、加害等のおそれです。二号の人も、同じ2つのおそれを、その人ごとに認定します。被害者は一号、被害者でない人は二号と分けるのは、前回、被害者の290条の2と、被害者に限らない290条の3を分けたのと同じ発想です。続けて、2項から4項です。
条文刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項
刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項 2 前項の規定による求めは、公訴の提起において、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、当該求めに係る個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の起訴状の謄本に代わるもの(以下「起訴状抄本等」という。)を提出して行わなければならない。 3 前項の場合には、起訴状抄本等については、その公訴事実を第二百五十六条第三項に規定する公訴事実とみなして、同項の規定を適用する。この場合において、同項中「できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実」とあるのは、「罪となるべき事実」とする。 4 裁判所は、第二項の規定による起訴状抄本等の提出があつたときは、前条第一項の規定にかかわらず、遅滞なく起訴状抄本等を被告人に送達しなければならない。この場合において、第二百五十五条及び前条第二項中「起訴状の謄本」とあるのは、「起訴状抄本等」とする。
求めは、起訴状とともに、起訴状抄本等を裁判所に提出して行います。起訴状抄本等とは、個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の、謄本に代わるものです。裁判所は、これを被告人に送達します。被告人が受け取るのは、被害者の氏名などが書かれていない書面です。3項が手当てしています。起訴状そのものには氏名が書かれ、裁判所は知っています。訴因は特定されています。256条3項は、起訴状に訴因を明示させる条文で、審判の対象の回で見ました。被告人に送る抄本等は、その公訴事実を256条3項の公訴事実とみなします。そして、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を、罪となるべき事実と読み替えます。日時、場所、方法の特定の程度が緩むわけです。被告人は、被害者の名前がなくても、何の罪で起訴されたかは知れます。設例です。RがSさんへの恐喝で起訴されます。仕返しのおそれがあるなら、ハのうち加害等のおそれがある類型として、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が、Rに送達されます。
起訴状の段階(2)弁護人の扱いと通知の決定
図:起訴状の段階の対象と歯止め
- 対象=一号(被害者:イ 刑法の列挙/ロ 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/ハ 名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ)/二号(被害者以外の者で、名誉・平穏のおそれ又は加害等のおそれがある者)
- 弁護人の扱い(271条の3・271条の4)=謄本+条件→必要なら弁護人にも抄本等
- 歯止め=271条の5(要件を欠く・防御に実質的な不利益のおそれ→請求により個人特定事項を通知する決定)/検察官の意見を聴く/即時抗告
被告人は抄本等を受け取ります。では、弁護人はどうなるのか。271条の3と271条の4です。要点を板で確かめます。弁護人がいるとき、検察官は、起訴状の謄本も提出します。裁判所は、抄本等にない個人特定事項を被告人に知らせてはならないという条件を付けて、謄本を弁護人に送達します。3段目と同じ作りです。条件では防げないおそれがあるときは、検察官は、弁護人にも抄本等を送達するものとして提出できます。4段目と同じ作りです。抄本等の提出後に弁護人が選任された場合も同じです。歯止めは271条の5です。
条文刑事訴訟法第271条の5第1項
刑事訴訟法第271条の5第1項 裁判所は、第二百七十一条の二第四項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、当該措置に係る個人特定事項の全部又は一部を被告人に通知する旨の決定をしなければならない。 一 イ又はロに掲げる個人特定事項の区分に応じ、当該イ又はロに定める場合であるとき。 イ 被害者の個人特定事項 当該措置に係る事件に係る罪が第二百七十一条の二第一項第一号イ及びロに規定するものに該当せず、かつ、当該措置に係る事件が同号ハに掲げるものに該当しないとき。 ロ 被害者以外の者の個人特定事項 当該措置に係る者が第二百七十一条の二第一項第二号に掲げる者に該当しないとき。 二 当該措置により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。
1号は、要件を欠く場合です。被害者の個人特定事項で、一号のイ、ロ、ハのいずれにも当たらないとき。被害者以外の者で、二号に当たらないときです。2号は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときです。いずれかに当たれば、被告人または弁護人の請求により、個人特定事項を被告人に通知する決定をしなければなりません。弁護人にだけ抄本等が送られた場合は、2項が、被告人に知らせてはならない条件を付けて、弁護人に通知する決定を用意します。どちらも、裁判所は検察官の意見を聴き、決定には即時抗告ができます。証拠開示の段階の、裁定請求と同じ形です。防げる場面だけ使えて、是正の道がある、という発想です。公判との接続も1つだけ。起訴状抄本等が送達された事件では、起訴状朗読のあとに被告人に起訴状を示す、という291条2項後段の扱いは、被告人に個人特定事項を通知する決定があったときに限られます。291条4項です。薄く、関連に触れます。訴因変更請求書面には、312条の2が同じ仕組みを置いています。逮捕状や勾留状の段階にも同じ仕組みがあり、201条の2、207条の2、207条の3です。被疑者に示す書面から、被害者などの個人特定事項を除きます。訴訟記録や裁判書は271条の6、条件違反は271条の7、被告事件の告知などは271条の8です。名前だけ触れておきます。設例を通しで見ます。Rが、Sさんへの恐喝で起訴されました。Rには、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が送達されます。弁護人のBには、起訴状の謄本と、Rに知らせてはならないという条件が付きます。Bから組織に漏れるおそれがあるなら、Bにも抄本等が送られます。そこでBが、Sさんの住所が防御に必要だと請求し、実質的な不利益があると認められれば、裁判所が決定で通知します。弁護人だけに、条件付きで通知する形もあります。
完成版の地図
図:完成版の地図
- 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人〔弁護人も〕)、縦=段階(起訴状/証拠開示/公判)
- 公判×傍聴人=290条の2・290条の3(前回・朗読・尋問陳述の制限・判決宣告)=公開原則=非公開ではない
- 証拠開示×被告人=299条の2〜299条の4の4段(求め→求め→条件→代替開示)=歯止め299条の5=審問権を侵害しない
- 起訴状×被告人(弁護人)=271条の2〜271条の5(抄本等→弁護人は謄本+条件→必要なら弁護人も抄本等)=歯止め271条の5(通知決定)
- 空白=傍聴人に書面は届かない/公判×被告人は法廷にいる当事者
最初に出した表を、埋めます。その前に、前回の確認を1問です。秘匿決定は、裁判を非公開にするものでしたか?非公開にするものではない、でした。法廷で名前を言わないだけで、傍聴席は開かれたままです。では、表です。公判と傍聴人のマスは、前回の290条の2と290条の3。朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告で氏名を明らかにしません。公開原則との関係は、290条の2の秘匿決定について、非公開にするものではない、という最高裁の判断で押さえました。証拠開示と被告人のマスは、299条の2から299条の4の4段です。求め、求め、条件、代替開示。歯止めは299条の5。審問権との関係は、侵害しない、という最高裁の判断でした。起訴状と被告人のマスは、271条の2から271条の5です。抄本等、弁護人には謄本と条件、必要なら弁護人にも抄本等。歯止めは271条の5の通知決定です。
3つの段階で条文は別々なのに、考え方は同じなのですか。同じです。前回と同じ物差しで読めます。傍聴人から隠すのは、公開原則との関係で、公判で氏名を言わないだけで審理は公開のままです。被告人から隠すのは、防御と証人審問権との関係で、弁護人だけが知る、弁護人も知らない、と段階を上げます。どの段にも、防御を害さないための例外があります。3段目からは、防御に実質的な不利益のおそれがあれば使えない、という歯止めが置かれ、4段目は、3段目で足りないときだけです。
節目のミニ事例と短答の落とし穴
図:節目のミニ事例
- どの段の措置か
- 1 Tさんの住居と勤務先をRに知られないようにしたい=299条の2/2 Uさんの勤務先(起訴状に書かれていない)をRに知られないようにしたい=299条の3/3 Tさんの住居をBに知らせても組織に漏れるおそれがある=299条の4第3項/4 起訴状にSさんの氏名などが書かれRに届いてしまう=271条の2
ここで、4つの事例です。どの条文の仕組みかを考えてください。1つ目。検察官が、弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRに知られないようにしてほしいと求めます。2つ目。不同意わいせつの被害者のUさんの勤務先を、Rに知られないようにしたい。勤務先は起訴状に書かれていません。起訴状に書かれていない事項なので、被告人に知られないよう求める対象になります。3つ目。Tさんの住所をBに知らせても、組織に漏れるおそれがあります。4つ目。起訴状にSさんの氏名などが書かれ、Rに届いてしまいます。
図:短答の○×一覧
短答で確認します。299条の2の配慮の求めは、弁護人にも証人の住居を知らせない措置である。×です。弁護人は知っています。被告人を含む関係者に知られないよう、配慮を求めるだけです。299条の2の配慮の求めは、検察官から弁護人に対してだけできる。×です。検察官又は弁護人から相手方にできます。299条の3の要請は、弁護人から検察官に対してもできる。×です。検察官から弁護人へです。条件付与等措置は、被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあるときにもとれる。×です。加害や畏怖、困惑のおそれが要件です。被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあっても、条件付与等措置はとれる。×です。ただし書があります。条件付与等措置で加害等を防止できる場合でも、検察官は代替開示措置をとれる。×です。防止できないおそれがあるときに限ります。代替開示措置では、弁護人も証人の氏名や住居を知る機会を与えられない。○です。代わりの呼称と連絡先は知らされます。被告人に弁護人がないときは、代替開示措置はとれない。×です。弁護人がないときを含みます。代替開示措置に不服があっても、争う方法はない。×です。299条の5の裁定請求と、決定への即時抗告があります。裁定請求は、検察官に証拠の開示を命じてもらう請求と、同じ制度である。×です。別の制度です。証拠開示の秘匿措置と裁定の規定、つまり299条の4と299条の5を、最高裁は憲法37条2項前段に違反しないとした。○です。
起訴状抄本等の仕組みは、被害者の個人特定事項に限られる。×です。二号で、被害者以外の者も対象です。起訴状抄本等が提出された事件では、弁護人には必ず抄本等が送達される。×です。原則は、謄本に条件を付けて送達します。条件では防止できないおそれがあるときに、抄本等です。
今日の地図(保存版)
図:まとめの地図
- 一本の軸=誰から隠すか×どの段階か
- 傍聴人から(290条の2・290条の3)=非公開ではない
- 被告人から(証拠開示 299条の2〜299条の5/起訴状 271条の2以下)=弁護人も知らない段まであるが、どの段にも防御のための例外があり(3・4段目は実質的な不利益のおそれで不可)、裁定・通知決定で是正できる
- 冒頭の問いの答え=要件が絞られ、歯止めと是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しない
今日のまとめです。軸は1本でした。誰から隠すのか、どの段階で隠すのか。傍聴人から隠すのは、前回の公判の仕組みです。290条の2と290条の3。氏名を明らかにしませんが、審理は公開のままで、裁判は非公開になりません。被告人から隠すのは、証拠開示と起訴状の仕組みです。証拠開示には4段の梯子がありました。配慮の求め、被害者特定事項の秘匿の要請、条件付与等措置、代替開示措置。弁護人も知らない段まであります。ただし、どの段にも防御を害さないための例外があり、3段目と4段目は、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは使えません。代替開示は、条件付与等で足りないときだけです。裁定請求と即時抗告で、取り消せます。起訴状では、起訴状抄本等で被告人に氏名などが届かないようにし、271条の5の通知決定が歯止めです。冒頭の問いの答えです。証人の氏名や住所を、被告人にも弁護人にも知らせないまま尋問することは、要件が絞られ、防御の歯止めと裁判所の是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しません。氏名や住所を知ること、そのものよりも、証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかが確保されているかどうかが、決め手です。次は、被害に遭った人が、裁判に自分から関わる仕組みです。法廷で気持ちを述べること、裁判に参加することを見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第299条の2
- 刑事訴訟法第299条の3
- 刑事訴訟法第299条の4第1項
- 刑事訴訟法第299条の4第3項
- 刑事訴訟法第299条の5第1項
- 刑事訴訟法第271条の2第1項
- 刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項
- 刑事訴訟法第271条の5第1項