刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#152

異なる罪の間の択一的認定と縮小認定

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第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った。置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった。生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄。判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか。できないなら無罪にするしかないのか 図:今日の問い

  • 被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った
  • 置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった
  • 生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄
  • 判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか
  • できないなら無罪にするしかないのか

前回は、同じ犯罪の中の話でした。今日は、違う犯罪のどちらかだと分かっているとき、判決はどう書けるのかを見ます。まず、この事件です。被告人は、自宅で介護している同居のCが、倒れて動かなくなっているのを見つけました。死んでいるものと思い込み、山の中に置いて立ち去りました。ところがあとになって、置いた時点でCが生きていたのか、すでに死んでいたのかが、鑑定を尽くしても決められませんでした。Cが生きていたなら、保護責任者遺棄です。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらかであることは確実です。判決に、保護責任者遺棄または死体遺棄、と書いて、有罪にできるのでしょうか。書けないなら、無罪にするしかないのでしょうか。

両方の引っかかりが、そのまま今日の論点です。答えは、山場で出します。

3つの物差し(前回と同じ)。①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか 図:3つの物差し

  • 前回と同じ
  • ①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか

物差しは、前回と同じ3つです。1つ目、罪となるべき事実として足りるか。2つ目、利益原則に反しないか。3つ目、法律に無い合成した犯罪を作っていないか。前回の同じ犯罪の中の話では、3つ目の物差しは問題になりませんでした。今日は違います。違う犯罪の間では、この物差しが正面から効いてきます。

大小の地図

異なる罪の間の地図。同じ構成要件の中=前回(原則OK)。違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる 図:異なる罪の間の地図

  • 同じ構成要件の中=前回(原則OK)
  • 違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる

地図を描きます。前回は、同じ構成要件の中の択一でした。日時でも実行行為者でも、原則として許されました。今日は、違う構成要件の間です。ここは、さらに2つに分かれます。分かれ目は、一方が他方を含むという大小の関係があるかどうかです。たとえば、殺人と傷害致死。殺人は、人を殺す意思で人を死なせる罪です。傷害致死は、殺意なく、傷害の結果として人を死なせる罪です。殺人の事実の中には、人を死なせたという、傷害致死と共通の部分が含まれています。殺人が大きく、傷害致死が小さい関係です。訴因変更の回の喩えで言えば、特上セットとまぐろです。まぐろは、特上セットの中にもともと入っています。ですから、特上セットを食べたかどうかは怪しくても、少なくともまぐろは食べた、と言えます。一方、保護責任者遺棄と死体遺棄はどうでしょう。生きている人を置き去りにするのか、死んだ人を置き去りにするのかで、前提がそもそも違います。一方が他方を含むという関係はありません。これが、大小のない罪です。今日の話は、この2つを順に見ます。まず、大小のある罪からです。

大小のある罪

大小のある罪(設例)。殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)/刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑) 図:大小のある罪

  • 設例
  • 殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)
  • 刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑)

ここで、1問だけ復習です。訴因変更の回で、強盗の訴因のまま、恐喝を認定してよい場合がありました。酒酔い運転の訴因のまま、酒気帯び運転を認定してよい場合もありました。訴因を変更しなくてよかったのは、なぜだったでしょうか?軽い事実は、訴因に書かれた事実の中に含まれていて、被告人に不意打ちにならないからです。含まれている軽い事実を認定することを、縮小認定と呼びました。訴因変更の要否は、その回で見ましたから、今日は、別の角度から見ます。証拠が足りなくて、大きい方を認定できないとき、判決はどう書くのか、です。設例です。殺人の訴因で起訴されました。被告人が、Cの胸をナイフで刺して、死亡させたことは、証明されました。ところが、被告人に殺意があったかどうかだけは、合理的な疑いが残りました。判決に、殺人または傷害致死、と書いてよいでしょうか。

冒頭の問いと似ていますが、決定的な違いがあります。結論から言うと、殺人または傷害致死、とは書けません。でも、傷害致死だけなら、認定できます。理由を見ます。殺意がある、という大きい方の事実には、合理的な疑いが残っています。挙証責任の回で見た利益原則のとおり、真偽不明の不利益は検察官が負います。殺意は認められません。殺人または、と書けば、殺意があった可能性を残したまま有罪にすることになります。これは、利益原則に反します。一方、傷害致死の事実、つまり、刺して死なせたことは、すでに証明されています。証明された小さい事実だけを認定するなら、3つの物差しは、すべて通ります。1つ目、傷害致死として足ります。2つ目、証明された事実だけを認めるので、利益原則に反しません。3つ目、刑法に書かれた1つの犯罪、傷害致死を認定しているだけで、合成した犯罪ではありません。

小さい方だけ認めるなら、訴因変更はしなくて済むのですか。済みます。傷害致死の事実は、殺人の訴因に含まれています。さきほど復習したとおり、含まれている軽い事実の認定は、審判の対象を変えませんし、防御にも不意打ちになりません。

縮小認定の限界。「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない。例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある 図:縮小認定の限界

  • 「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない
  • 例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき
  • 体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある

限界も、一言だけ押さえます。大は小を兼ねる、という言い方がありますが、いつも成り立つわけではありません。さきほどの復習に出てきた、酒酔いと酒気帯びです。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも、酔って正常に運転できなくなる人がいます。その場合、酒酔いの事実は、酒気帯びの事実を含みません。大きいと思った事実の中に、小さい事実が入っているとは限らない。含まれているかどうかは、事案ごとに確かめます。整理します。大小のある罪では、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。冒頭の事件との決定的な違いは、ここです。小さい方の事実が、それだけで証明されているかどうか。冒頭の事件では、どちらの事実を取っても、それだけで証明されたものはありません。小さい方だけを認定するこの処理は、今日の最後の山場の、伏線にもなります。

大小のない罪は「または」と書けない

大小のない罪①。「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない。理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する。理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する。起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い 図:大小のない罪①

  • 「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない
  • 理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する
  • 理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する
  • 起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い

冒頭の問いに戻ります。保護責任者遺棄と死体遺棄のどちらかであることは確実です。ここで予想してください。どちらにするかを決めずに、または、と書いて有罪にできるでしょうか? 理由は2つ挙げられます。1つ目。生きていた、という事実にも、死んでいた、という事実にも、合理的な疑いが残っています。生きていたとは証明されていないし、死んでいたとも証明されていません。どちらも認められないのに、または、でつなぐと、疑いの残る事実で有罪にすることになります。利益原則に反します。2つ目は、3つ目の物差しです。保護責任者遺棄または死体遺棄、という犯罪は、刑法のどこにもありません。この書き方で処罰すれば、法律に書かれた2つの犯罪を合成して、新しい犯罪を作って処罰したことになります。罪刑法定主義に反します。

前回見た256条5項は、起訴状の規定です。判決の理由に、択一的に書いてよいと定めた条文は、ありません。違う罪の間で、Aの罪またはBの罪、と書くことは許されない、というのが学説の通説です。それなら被告人は無罪になってしまいませんか。そこが、今日の山場です。無罪にするしかないのか。次で見ます。

軽い罪だけを認める

事案の流れ。除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない。一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定。札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた 図:事案の流れ

  • 除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない
  • 一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定
  • 札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた

実際の事件があります。札幌高裁の判決です。事案を確認します。除雪の作業中に、被告人が、除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまいました。掘り出しましたが、反応がありません。被告人は、妻が死んだと思い込み、交通事故に見せかけるため、妻を国道のわきに運んで捨てました。ところが、捨てた時点で妻が生きていたのかどうかは、決められませんでした。設例のCと、まったく同じ構造です。一審は、死体遺棄の故意で、保護責任者遺棄の行為をした、と見ました。故意と事実がずれる、錯誤の理論で、重なる軽い範囲の死体遺棄を認めたのです。札幌高裁は、この理屈を採りませんでした。事実認定の誤りだとして一審の判決を破棄し、自分で、遺棄の時点で妻は死亡していた、と認定しました。そのうえで、死体遺棄罪を認めました。

判決は、理由を3つ挙げています。1つ目。遺棄の時点の状況から、一般の人の目で見ても、死亡していたと考えるのが自然でした。2つ目。法医学の上でも、死亡していた可能性が極めて高いとされました。3つ目が、この判決の特徴的な理由です。生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはなく、重い罪に当たる生存の事実が確定できないのだから、軽い罪の成否を判断するときは、死亡の事実があるものとみてよい、という考え方です。3つ目の理由を読む前に、2つの条文で、どちらが重い罪なのかを確認しておきます。

条文刑法第190条

刑法第190条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。

条文刑法第218条

刑法第218条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

死体遺棄は、3年以下です。保護責任者遺棄は、3か月以上5年以下です。同じ拘禁刑どうしは、上限の長いほうが重い、と刑法10条が決めています。上限を比べると、5年と3年で、保護責任者遺棄のほうが重い罪です。では、判決の該当部分を読みます。判決文では、妻がAと書かれています。

判例札幌高判昭61・3・24 高刑集39巻1号8頁

死亡の事実を認定した部分 また、被告人の主観を離れて客観的側面からみると、Aが生存していたとすれば、被告人は保護責任者遺棄罪を犯したことになるが、同罪も死体遺棄罪より法定刑が重い罪である。本件では、Aは生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはないところ、重い罪に当たる生存事実が確定できないのであるから、軽い罪である死体遺棄罪の成否を判断するに際し死亡事実が存在するものとみることも合理的な事実認定として許されてよいものと思われる。

この処理の読み方。「Aの罪またはBの罪」とは書かない。重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する。択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる 図:この処理の読み方

  • 「Aの罪またはBの罪」とは書かない
  • 重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する
  • 択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる

この判決の処理を、整理します。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書いていません。重い罪の事実、つまり生存は確定できないから、その罪は認めない。そのうえで、軽い罪の死体遺棄だけを認定している。択一は判決に書かず、軽いほうだけを認める形です。縮小認定、つまり大小のある罪で小さい方だけを認定する処理とは、ここが違います。あちらは、刺して死なせた、という小さい事実が、それだけで証明されていました。こちらは、生きていた可能性が消えていません。死んでいた、という事実も、それだけでは証明しきれていないのです。死体遺棄は、保護責任者遺棄の中に含まれてもいません。それでも軽いほうを認めた足場は、生か死か、2つに1つしかない、という点です。択一を書かずに軽いほうだけを認めるこの形を、秘められた択一的認定と呼ぶことがあります。これで、冒頭の問いの答えが出ます。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかない、とも限りません。札幌高裁の判決は、軽い死体遺棄を認めました。

見解は、分かれています。軽い死体遺棄を認めてよいとする見解を肯定説、認められず無罪にするほかないとする見解を否定説と呼びます。

見解の対立。肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない。否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう 図:見解の対立

  • 肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない
  • 否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう

肯定説は、札幌高裁の判決の立場です。理由は、生きていたか死んでいたかは、論理的にどちらかしかない、という点にあります。重い罪の事実、生存は認定できません。そうである以上、軽い罪の事実を認めても、被告人にとって不利益にはなりません。生きていたなら、客観的には、もっと重い保護責任者遺棄に当たります。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらが本当でも、死体遺棄より軽く済むことはありません。2つのうち軽いほうを前提にするのは、疑いを被告人に有利に扱うことになる、というわけです。利益原則にも、罪刑法定主義にも反しません。それに、置き去りにしたことは確かなのに処罰しないのは、国民の法感情に合わない、という実質的な理由も挙げられます。否定説の理由は3つです。1つ目。利益原則が言っているのは、疑いが残る事実は認定できない、ということです。生存はなかった、と認定してよい、つまり、なかったことにしてよい、とまでは言っていません。2つ目。実質は、保護責任者遺棄かもしれないものを、死体遺棄として処罰している。法律にない合成した犯罪で処罰しているのと同じだ、という批判です。3つ目。順序の問題です。検察官が、死体遺棄を先に判断してもらい、認められなければ保護責任者遺棄を判断してもらう、と順番を付けて2つの訴因を並べたときを考えます。訴因変更の全体像の回で見た、本位的訴因、つまり先に判断してもらう訴因が軽い死体遺棄、という並べ方です。軽い死体遺棄から判断すると、死んでいたことは、検察官が証明すべき事実です。疑いが残る以上、利益原則のせいで、死んでいたとは認定できません。その疑いを被告人に有利に扱って、死んでいなかった、つまり生きていたものとして進めると、かえって重い保護責任者遺棄が認定されてしまう、という批判です。

ただ、これには、軽い罪が本位的訴因のときでも、利益原則に従って重い訴因から判断すべきだ、という反論があります。学説では、無罪にするほかないという否定説が、通説とされてきました。ただ、定まった理解があるわけではありません。札幌高裁の判決は、軽い罪を認める肯定説に立っています。答案では、どちらを採るのかを決めて、最後まで一貫させることが大事です。論文でも問われうる論点です。

論理的択一と事実上の択一。論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある。事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)。実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う 図:論理的択一と事実上の択一

  • 論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある
  • 事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)
  • 実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う

注意が1つあります。軽い罪だけを認める処理は、生か死かのように、論理的にどちらかしかない場合の話です。これと区別するのが、事実上の択一です。たとえば、盗品を持っていた人について、自分で盗んだ窃盗か、盗品と知って買い取った盗品の有償譲受けか、のどちらかまでは絞られた。でも、ほかにも可能性が残っています。無償でもらったかもしれない。拾ったかもしれない。第3の可能性が残る以上、軽いほうで有罪にできるかは、それ自体が問題になります。理解は1つではありません。利益原則から当然に軽いほうで有罪にできるという理解、第3の可能性が否定されない限り有罪にできないという理解、合成した犯罪になるので無罪にすべきだという理解の3つがあります。実体法の注記も、一言だけ。死体遺棄を認めるには、実体法の側でも、異なる構成要件の間の錯誤、つまり重なり合いの問題を解く必要があります。これは、刑法のシリーズで扱います。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例。(a)「殺人または傷害致死」と書ける→×/(b)殺意に疑い→傷害致死だけなら認定できる→○(訴因変更は不要)/(c)「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書ける→×/(d)札幌高裁の処理=軽い死体遺棄を認めた→○(札幌高裁の裁判例の立場。学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)/(e)窃盗か盗品の有償譲受けかに絞られただけで軽いほうの有罪→それ自体が問題(理解は3つに分かれる)/(f)判決に択一を書く明文がある(256条5項)→×(起訴状の規定) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。最初の2つ。殺人の訴因で、殺意に合理的な疑いが残ったとき、殺人または傷害致死、と書けますか。傷害致死だけなら、どうでしょう。殺人または傷害致死は、書けません。殺意に疑いがあるのに、殺人の可能性を残すことになるからです。傷害致死だけなら、証明された小さい事実なので、訴因変更なしで認定できます。次です。保護責任者遺棄または死体遺棄、と書けますか。札幌高裁は、どう処理したでしょうか。書けません。合成した犯罪を作ることになるし、利益原則にも反します。札幌高裁は、軽い死体遺棄だけを認めました。ただ、学説では無罪にするほかないという見解が通説とされていて、定まった理解はありません。次です。窃盗か盗品の有償譲受けか、までは絞られたけれど、どちらかは決まらない。軽いほうの罪で有罪にできますか。

一言では答えられません。第3の可能性が残るので、理解が3つに分かれます。最後は○×です。判決に、択一的に書けるのは、256条5項があるからである。×です。5項は起訴状の規定です。もう1つ。生死不明の遺棄で、無罪にするしかないと考える立場もある。○です。否定説です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)。大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義 図:まとめの地図

  • 大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)
  • 大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義

今日のまとめです。違う罪の間の択一は、一方が他方を含む大小関係があるかどうかで、答えが分かれます。大小のある罪は、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。殺意に疑いがあるなら、傷害致死だけです。小さい事実は証明されていますから、3つの物差しを通りますし、訴因変更も要りません。大小のない罪は、Aの罪またはBの罪、と書くことができません。どちらにも疑いが残るのに有罪にするのは利益原則に反し、法律にない合成した犯罪を作るのは罪刑法定主義に反するからです。冒頭の問いの答えです。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかないとは限りません。札幌高裁は、重い罪の事実が確定できないとして、軽い死体遺棄だけを認めました。学説では、無罪にするほかないとする否定説が通説とされますが、定まった理解はなく、札幌高裁の判決は肯定説です。答案では、立場を決めて、一貫させます。今日は、大小のある罪と、大小のない罪を見ました。最後は、単独犯なのか共同正犯なのか、そこで迷うときです。

参照条文

  • 刑法第190条
  • 刑法第218条

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