共同相続と登記
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第2章 物権 #95/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
何もしていないBは、持分を失うのか
図:冒頭の場面
- Xが死んで子のAとBが相続人になった
- 遺産分割はまだ
- Aが勝手に「土地は全部自分のものだ」という単独登記をして、Yに売ってしまった
- Bは登記を持っていない
Xが亡くなりました。相続人は、子のAとBの二人です。遺産分割は、まだ済んでいません。そんな中、Aが、甲土地について「これは全部自分のものだ」という単独名義の登記をして、Yに売ってしまいました。Bは、何もしていません。登記も持っていません。先に答えを言います。Bは、登記が無くても、自分の持分をYに対抗できます。理由は単純です。Aが売れるのは、Aの持分だけだからです。Bの持分について、Aは最初から無権利者です。今日は、この「無権利」という一点から、相続と登記のルール、そして899条の2という条文の読み方を確認します。
相続の基本を最短で
図:前提知識の板
- 相続は死亡で開始する(882条)
- 相続人は単純承認(プラスもマイナスも全部承継)か相続放棄(939条・初めから相続人でなかったことになる)を選べる
- 相続人が複数いれば共同相続となり、遺産の不動産はいったん共有になる(898条)
- 遺産分割には遡及効があるが(909条本文)、第三者を害する場合は制限される(909条ただし書)
まず、相続そのものの基本を、最短で揃えます。相続は、人が死亡した時に開始します。相続人は、大きく分けて二つの対応を選べます。一つは単純承認、プラスの財産もマイナスの財産も、全部そのまま受け継ぐやり方です。もう一つは相続放棄で、これを選ぶと、初めから相続人でなかったことになります。今日は、この二つを押さえておけば十分です。要件や期間の細かい話は、また別の回で扱います。次に、相続人が複数いる場合、これを共同相続と呼びます。遺産に不動産があれば、遺産分割が済むまでの間、その不動産は、いったん共同相続人全員の共有になります。冒頭の場面なら、甲土地は、AとBの共有です。
あの回で、共有は、持分の境目に実線が引かれた形だと見ました。共有者は、自分の持分を自由に処分できます。この一般論は、今日、そのまま使います。そして、遺産分割が済むと、権利関係が確定します。遺産分割には、相続が始まった時までさかのぼる効力がありますが、これによって第三者が害される場合には、その効力が制限されます。今日の場面は、あくまで「遺産分割の前」です。Xが生前にすでに第三者へ土地を売っていた場合、相続人は、Xの地位をそのまま引き継ぎます。だから、その買主との関係では、相続人は登記なくして対抗されます。以前見た「当事者類似」の、もう一つの具体例です。
今日の場面は、これとは違います。Xが死んだ後、相続人の一人であるAが、自分で勝手なことをした場面です。
899条の2第1項——法定相続分がボーダーライン
図:899条の2の物差し図
- 横棒に法定相続分の線を引く
- 線の内側=対抗要件不要、線の外側(法定相続分を超える部分)=対抗要件必要
実は、平成30年より前は、この場面をどう扱うかについて、条文に直接の定めがありませんでした。相続による権利の承継にも、177条がそのまま適用されると解されていたんです。平成30年の改正で、この議論を相続の場面向けに明文化した条文が新設されました。それが899条の2です。177条と違う新しい発想を持ち込んだわけではなく、それまでの議論を条文の形にしたものです。
条文民法899条の2第1項
民法 第899条の2(共同相続における権利の承継の対抗要件)第1項 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
ポイントは「相続分を超える部分については」というところです。ここで言う相続分は、法定相続分、つまり法律が決めている各相続人の取り分のことです。遺言で取り分が決められていても、この物差しは変わりません。子のAとBの二人が相続人なら、2分の1ずつです。つまり、法定相続分を超える部分の取得だけが、登記などの対抗要件を要求されます。ここから、今日の物差しが立ちます。法定相続分までは、登記が無くても対抗できる。それを超える部分だけが、対抗問題になる。この一本の線を、頭に入れておいてください。法定相続分は、法律が決めている取り分なので、誰が相続人かが分かれば、外からでも見当がつきます。ところが、それを超える部分は、遺産分割や遺言といった、外からは見えない事情で動きます。見えない動きで取引の相手が不意打ちを受けないように、超える部分についてだけ登記を求めているんです。
例えば、遺産分割で、Bが甲土地を全部取得することになったとします。Bの法定相続分は2分の1ですから、残りの2分の1は、それを超える部分です。この部分は、Bが登記をしないと、第三者に対抗できません。
Aの持分と、Bの持分は別々に考える
図:本回の背骨図
- Xの死亡で甲土地はA・Bの共有になる
- Aが単独名義で登記し、Yに売却・登記移転
- Aの持分はYへ移転するが、Bの持分はAが無権利のためYへ移転せず、Bのもとに残る
ここから、冒頭の場面に戻ります。甲土地は、A・Bの共有です。法定相続分どおりなら、AとBの持分は、2分の1ずつです。Aは、この共有状態で、勝手に単独名義の登記をして、Yに売ってしまいました。まず、Aの持分です。さっき確認したとおり、共有者は自分の持分を自由に処分できます。だから、AY間の売買によって、Aの持分は、当然にYへ移転します。ここまでは問題ありません。ここが今日の核心です。Bの持分について、Aは何も持っていません。最初から、まったくの無権利者です。持ち主でない人が、他人のものを売る形になります。これを、他人物売買と呼びます。他人物売買の契約自体は、有効に成立します。ただし、契約が有効でも、権利そのものが自動的に移るわけではありません。権利を移すには、権利を持っている人からでなければならないからです。
そして、ここでもう一つ、大事な原則が効いてきます。登記には公信力がありません。登記に公信力があるなら、「登記を信じて買った人は、実際の権利者が誰であれ、その権利を取得できる」ということになります。でも、日本の不動産登記には、そういう効力がありません。Yが、Aの単独登記をどれだけ信じて買ったとしても、その事実だけでは、Bの持分を取得することはできないんです。買ったYが気の毒に見えるのは確かです。そのYの保護は、別の制度、以前見た94条2項の類推適用という枠組みで図られる余地があります。ただし、それには別の要件が要ります。詳しくは、また別の回で扱います。
だから、Bは登記なくして対抗できる
図:更正登記の図
- Yの単独名義登記のうち、Aの持分に対応する部分はそのまま有効
- Bが請求できるのは登記の全部抹消ではなく、自分の持分についての一部抹消(更正)登記に限られる
ここまでで、Bの持分は、そもそもYへ一度も移転していないことが分かりました。ここで、さっきの899条の2第1項を思い出してください。Bの持分は、Bの法定相続分そのものであって、それを超える部分ではありません。だから、Bは、登記が無くても、自分の持分をYに対抗できます。そもそも、Bの持分をめぐる勝負自体が、起きていないんです。177条が働くのは、両立しない権利がぶつかり合う場面だけです。Bの持分について、Yは何も取得していない以上、BとYの間に、奪い合いは発生していません。
判例最判昭38・2・22
共同相続と登記——無権利の法理 相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人からの譲受人に対し、他の共同相続人は、自己の持分を登記なくして対抗することができる。その登記は、他の共同相続人の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力が無い以上、譲受人もその持分については権利を取得できないからである。ただし、他の共同相続人が請求できるのは、登記の全部抹消登記手続ではなく、自己の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続に限られる。
判例も、この結論をはっきり示しています。判例の結論は、二つの部分に分かれます。一つは、登記なくして対抗できるかどうか。もう一つは、何を請求できるか、です。まず一つ目。他の共同相続人は、登記なくして自分の持分を対抗できる。理由は、その登記が、持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力が無いから。今日、ここまで一緒に組み立ててきた理屈と、まったく同じです。ここも大事なところです。Bが請求できるのは、登記を丸ごと消すことではありません。あくまで、自分の持分の限度で、記載を正す一部抹消、更正登記の請求にとどまります。
Aの持分については、Yの取得は有効だからです。Bが持っているのは、自分の持分を守るための請求権にすぎません。自分のものではないAの持分まで、Bが取り戻す権利はありません。だから、Bの請求は、自分の取り分に対応する部分だけに限られるんです。なお、この判例が扱ったのは、遺産分割の前の場面です。分割によって取り分が法定相続分から動いた後は、その動いた部分について、さっきの物差しの外側、登記が要る側の話になります。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】共同相続と登記の規範 共有不動産につき単独名義の登記をした共同相続人からの譲受人に対し、他の共同相続人は、自己の持分については登記なくして対抗することができる。ただし、請求できるのは、登記の全部抹消登記手続ではなく、自己の持分についての一部抹消(更正)登記手続に限られる。 (規範(最判昭38・2・22))
差押えでも、同じ結論になる
図:差押えの図
- 本回の背骨図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図
- Aの持分への差押えは有効
- Bの持分への差押えは他人物差押えであり無効
- Bは登記なくして対抗できる
最後に、もう一つ場面を加えます。今度は、AがYに売ったのではなく、Aの債権者であるYが、Aの持分を超えて、甲土地全体を差し押さえた、という場面です。考え方は、さっきとまったく同じです。Aの持分については、Yの差押えは有効です。ですが、Bの持分については、Aは無権利者ですから、Yの差押えは他人物差押えであり、無効です。Bは、自分の持分を、Yにも、差押えの後の競売で買い受けた人にも、登記なくして対抗できます。売買であっても、差押えであっても、Aが持っていないものは、Aから先へは進めない。この一点は、変わりません。
今日の物差し、もう一度
図:まとめの板
- 共有者は自分の持分を自由に処分できる
- 持分を超える処分は他人物処分にあたり、登記に公信力が無い以上、譲受人は取得できない
- 法定相続分までは登記不要、超える部分だけ対抗要件が要る(899条の2第1項)
- 共同相続と登記の判例は、無権利の法理に基づき、請求は一部抹消(更正)登記に限られる
- 差押えでも同じ結論
今日の話を、一枚にまとめます。Aは、自分の持分だけをYに渡せました。Bの持分については、Aは最初から無権利者です。登記に公信力が無い以上、Yは、Bの持分を取得できません。899条の2第1項に即して言えば、法定相続分までは登記が不要で、それを超える部分だけが対抗問題になる。この物差しは、Aが持っていないものはAから先へは渡せない、という今日の一点を、条文の形にしたものです。この論点は、論文でも問われうるところです。
参照条文
- 民法899条の2第1項