遺産分割と登記
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第2章 物権 #96/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
さかのぼるはずなのに、負けることがある
図:冒頭の場面
- Xが死んで子のAとBが相続人になった
- 二人は話し合って「甲土地は全部Bのもの」と決めた
- 遺産分割には相続開始の時にさかのぼる効力があるので、この土地は最初からBの物だったことになる
- それなのに、Aの持分を買ったYに、Bが負けることがある
Xが亡くなりました。相続人は、子のAとBの二人です。二人は話し合って、「甲土地は、全部Bのものにしよう」と決めました。遺産分割には相続開始の時までさかのぼる効力がありますから、この土地は、Xが死んだその瞬間から、ずっとBの物だったことになります。だったら、Aは最初から自分の持分しか持っていなかった、ということですよね。それなのに、何か問題が起きるんですか。実は、起きます。Aの持分を買ったYに、Bが負けることがあるんです。先に答えを言います。決め手は、Yが現れたのが、話し合いの前か、後かです。前なら、条文が遡及効を曲げてYを守ります。あとなら、登記の早い者勝ちになります。ただし、どちらの場合も、Bが登記なしで守れるのは、もともとの自分の持分だけです。今日は、この境目を確かめます。
909条——さかのぼる効力と、その例外
図:909条の構造図
- Xの死亡でA・Bの共有になり、遺産分割でBの単独所有に決まる
- 矢印を相続開始の時点まで戻し「さかのぼって効力を生ずる」と付す
まず、遺産分割そのものを最短で確認します。遺産分割とは、相続人全員の話し合いで、遺産の分け方を決めることです。話し合いで決める方法のほかにもやり方はありますが、今日はそこには踏み込みません。ここで、909条を見ます。
条文民法909条
民法 第909条(遺産の分割の効力) 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
本文が、原則です。遺産分割には、相続が始まった時までさかのぼる効力があります。冒頭の土地でいえば、Bの単独所有という結果は、Xが死んだその瞬間から、ずっとそうだったことになります。遺産分割でどのように分けても、各相続人は亡くなった人から直接受け継いだという形になります。いったん共有になったものを、相続人どうしで持分を移し合った形にはしません。ただし書は、例外です。第三者の権利を害することはできません。つまり、遡及効を貫くと、ある第三者の足元をすくってしまう場合には、遡及効のほうが曲げられます。遡及効を無制限に貫くと、話し合いより前に、Aの持分を信じて動いた人まで、最初から無かったことにされてしまいます。それでは、その人があまりに気の毒です。今日は、この本文とただし書の緊張関係を、時系列で場合分けしながら確かめていきます。
分割より前に現れた第三者——ただし書で守られる
図:分割前の第三者の関係図
- AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記も済ませる
- その後にAB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる
- 909条ただし書がYを保護し、遡及効がYには及ばないことを矢印の分岐で示す
- 結論はYとBの共有
一つ目の場合です。Aが、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記を済ませたうえで、自分の持分をYに譲渡し、登記も済ませました。そのあとで、AB間の話し合いがまとまり、甲土地はBの単独所有と決まりました。ここで909条本文の遡及効をそのまま貫くとどうなるか、考えてください。Bの単独所有が相続開始の時からずっとそうだったことになるなら、Aは最初から自分の持分しか持っていなかったことになります。だとすると、AからYへの持分の譲渡が、遡及的に、他人のものを売ったのと同じ扱いになってしまいます。Yは、いったん手に入れたはずの持分を、後から丸ごと失うことになります。
だからこそ、909条ただし書の出番です。ただし書が、Yとの関係で遡及効を制限します。Yは、話し合いより前にAから持分を譲り受け、しかも登記も済ませていました。この二つがそろっていることが、Yがただし書の「第三者」として守られる決め手になります。結論として、遡及効はYには及びません。甲土地は、Aの持分についてはYが取得したまま、Bの持分についてはBが持ったまま、YとBの共有になります。
分割より後に現れた第三者——ただし書は及ばない
図:分割後の第三者の関係図
- AB間で遺産分割が成立し、甲土地はBの単独所有に決まる
- Bが登記を備える前に、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記をAが済ませ、Aの持分をYに譲渡して登記を済ませる
- 909条ただし書の枠の外にYが位置することを示す
二つ目の場合です。時系列が、さっきと逆になります。先にAB間の話し合いがまとまり、甲土地はBの単独所有と決まりました。ところが、Bがまだ登記を備えないうちに、Aが、AとBが2分の1ずつの共有とする相続登記を済ませて、自分の持分をYに譲渡し、登記も済ませてしまいました。909条ただし書の「第三者」に、このYはあたるでしょうか。さっきの理屈だと、話し合いより前に動いた人が守られる、という話でしたよね。今度は逆で、話し合いより後にYが動いています。ここは、以前、総則で見た95条4項や96条3項の「第三者」と、同じ発想です。取消し前の第三者だけが守られて、取消し後の第三者には別の理屈が及ぶ、という話を思い出してください。それと同じで、909条ただし書の「第三者」は、話し合いより前に現れた人に限られます。だから、このYには、ただし書は及びません。
そうとは限りません。ここから先は、177条の対抗問題という、別の土俵に乗ります。かつて、この場面をどう扱うかは、重要な論点でした。それを決着させたのが、最高裁の判例です。
判例最判昭46・1・26民集25巻1号90頁
遺産分割と登記——分割後の第三者との関係 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいつたん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。……なお、民法九〇九条但書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については同法一七七条が適用されるべきことは、右に説示したとおりであり、……
判例の考え方は、こうです。遺産分割には、確かに遡及効があります。ですが、第三者との関係で見ると、相続人がいったん手に入れた権利について、分割の時に新たな変更が生じたのと、実質は変わりません。だから、不動産の共有持分について、遺産分割によって得たり失ったりする場合にも、177条が適用されます。分割によって、法定相続分とは違う権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割の後に権利を取得した第三者に対抗できません。話し合いの中身は、外からは見えません。Yから見えるのは、Xが亡くなってAとBが共同で相続した、という外側の姿だけです。いっぽうBは、話し合いがまとまれば、自分で登記を備えることができました。登記を備えられたのに備えなかったBよりも、見えている姿を信じて動いたYを優先する。これが、分割を新しい物権変動と同じに扱う決め手です。前回、Bの持分を勝手に売った場面では、Aは最初から無権利者でした。今回Aが譲ったのは、もともとAの持分です。それが分割で後からBに移った、だから二重譲渡と同じ形になり、登記の先後で決まります。
甲土地の全部が、Bにとって法定相続分を超える取得になるわけではありません。Bのもともとの持分と、Aから来た持分とは、分けて考える必要があります。次の節で、899条の2に立ち戻って確認します。なお、この判例の事案は、分割の後にAの持分を仮差押えした債権者が第三者になったものです。仮差押えとは、裁判で決着がつく前に、相手が財産を処分してしまわないよう、仮に押さえておく手続のことです。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く定義・規範】遺産分割後の第三者との関係 909条ただし書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については民法177条が適用される。遺産分割は、第三者との関係においては、相続人が相続によりいったん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないから、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に権利を取得した第三者に対抗することができない。 (規範(最判昭46・1・26))
899条の2に立ち戻る——「分割によるものかどうかにかかわらず」
図:899条の2の物差し図
- 前回と同じ横棒に法定相続分の線を引く
- 線の内側はBのもともとの持分で対抗要件不要
- 線の外側はAから来た持分で対抗要件が必要
- 「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」の文言を強調する
ここで、前回の物差しを思い出してください。法定相続分を超える部分の取得を、第三者に対抗するには、何が必要でしたか?登記などの対抗要件でした。899条の2第1項に、そう書いてありました。あの条文には、実は「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という言葉が入っていました。今日は、この文言に光を当てます。ここでいう相続分は、法律が決めている各相続人の取り分、法定相続分のことです。Bの法定相続分は、もともと2分の1です。ところが、遺産分割によって、甲土地の全部がBのものと決まりました。Bのもともとの持分は、登記が無くてもYに対抗できます。ですが、Aから来た持分、つまり法定相続分を超えて取得した部分については、登記が無ければYに対抗できません。さっきの判例が言っていた「登記を経なければ対抗できない」とは、この部分のことです。
Bが登記を備える前にYが登記を済ませてしまったので、今日の場面では、Bは、Aから来た持分についてYに対抗できません。結果として、甲土地は、Aの持分をYが、Bのもともとの持分をBが持ったまま、YとBの共有になります。分割の前でも後でも、Bが登記なしで守れるのは、自分のもともとの持分だけ。行き着く先は同じです。ただ、通る道が違います。前なら909条ただし書、後なら899条の2という物差しです。この文言があることで、分割によって法定相続分を超える取り分を得た場合も、それ以外の原因で超えて取得した場合も、区別なく同じ扱いになります。超えた部分は、登記などの対抗要件が無ければ第三者に対抗できない、と条文がはっきり書き込んだわけです。
この一言があるからこそ、遺産分割で取り分が動いた場面にも、登記などの対抗要件という物差しが、はっきりと及ぶことになります。
差押えの場合も、同じ構造
図:差押えの図
- 分割前の第三者・分割後の第三者の図のYを、Aの債権者(差押債権者)に置き換えた同型の図
- 分割前の差押えは909条ただし書で有効なまま残る
- 分割後の差押えは、Bが登記を備える前なら有効になる
もう一つ、場面を加えます。今度は、Aが持分を売るのではありません。Aにお金を貸していたYが、Aの持分を差し押さえた場合です。考え方は、今までとまったく同じです。まず、差押えが、話し合いより前だった場合。Yの差押えの後に遺産分割が成立しても、909条ただし書がYを保護します。Yの差押えは、遡及的に他人の持分に対する差押えになったりはせず、有効なまま残ります。話し合いが先にまとまり、Bがまだ登記を備えないうちに、Aの債権者Yが持分を差し押さえて登記まで済ませたとします。この場合、909条ただし書はYには及びません。Bはもともとの自分の持分は登記なしで対抗できますが、Aから来た持分については、登記が無ければ対抗できません。ですから、Bが登記を備えるより先に、Yが差押えの登記まで済ませていれば、Yの差押えは効力を失いません。
決め手は、いつも同じです。第三者が現れたのが、話し合いより前か、後か。それだけです。
相続放棄とは、扱いが分かれる
図:相続放棄との対比の一覧板
- 遺産分割は第三者保護規定があり分割前後で場合分けされる
- 相続放棄は第三者保護規定が無く、遡及効が絶対的に働く
- 2列で最小限の対比を示す
遺産分割とよく似た場面に、相続放棄があります。相続放棄をすると、その人は、初めから相続人でなかったことになります。ここにも遡及効があるのですが、今日見てきた遺産分割とは、扱いが分かれます。相続放棄には、909条ただし書のような、第三者を保護する規定がありません。だから、放棄の遡及効は、絶対的に働きます。今日見てきたような、話し合いより前か後かという場合分けは、放棄の場面では出てきません。さっきの判例自身が、理由を三つ挙げています。一つ目、分割の遡及効はただし書で制限されますが、放棄の遡及効は制限されません。二つ目、909条ただし書は、相続が始まってから分割が終わるまでの間に、第三者が利害関係を持つに至ることが少なくないために置かれています。ですが、放棄は短い期間のうちにしかできず、しかも財産を処分する行為があれば、放棄そのものが許されなくなります。だから、放棄の場面では、第三者の出現をそこまで考慮する必要が乏しいんです。三つ目は、分割の後に現れる第三者は、分割の前の共同相続という見た目を信頼して権利を取得することが、放棄の場合より多く見込まれます。
放棄は、さっきのとおり、短い期間のうちに決着します。いっぽう遺産分割そのものには、放棄のような短い期限がありません。もっとも今は、相続開始から十年を過ぎると、生前の贈与や介護などの貢献を考えた取り分の調整が原則できなくなるなど、長く放置しないよう促す仕組みも入っています。話し合いが何年も続くことがありますし、まとまった後も、Bが自分の登記を備えるまでは、外から見えるのは、さっきの場面と同じく共同相続の姿のままです。その姿を信じて取引する人が、それだけ現れやすいんです。この三点から、判例は、分割と放棄を同一には論じられないとしています。
今日の物差し、もう一度
図:まとめの板
- 909条本文は遡及効、ただし書は第三者保護
- 分割前の第三者はただし書で保護されYとBの共有になる
- 分割後の第三者はただし書の対象外で、177条・899条の2の物差しが効き、結論は同じくYとBの共有になる
- 差押えも同じ構造
- 相続放棄は第三者保護規定が無く扱いが分かれる
今日の話を、一枚にまとめます。909条本文には、遺産分割は相続開始の時にさかのぼるという遡及効があります。ただし書は、それを第三者との関係で制限します。分割より後に現れた第三者には、ただし書は及びません。代わりに、さっきの判例が示したとおり177条の問題になり、899条の2の「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という文言がその物差しを支えます。Bのもともとの持分は登記なしで対抗できますが、Aから来た持分は登記が無ければ対抗できません。結論は、やはりYとBの共有です。差押えの場合も、まったく同じ構造でした。そして、相続放棄は、第三者保護の規定が無いために、扱いが分かれます。この論点は、論文でも問われうるところです。
参照条文
- 民法909条