即時取得の要件②善意無過失と占有改定
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第2章 物権 #101/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
同じカメラを2人に売った
図:冒頭の場面
- AはカメラをBに売り、しばらく使いたいのでBから借りる形でそのまま手元に置いた(占有改定)
- ところがAは同じカメラをCにも売り、Cも同じく「しばらくAに預けておく」ことにした(占有改定)
- カメラはBとC、どちらのものか
前回は、持ち主でなかった人からカメラを買った人が、所有者になれるかどうかを見ました。今日は、登場人物の役回りを変えます。Aは、自分のカメラをBに売りました。ただしAは、しばらく使いたかったので、Bから借りる形で、そのままカメラを手元に置いておきました。ところがAは、同じカメラを、Cにも売ってしまいました。Cは、Aが持ち主だと信じて疑う理由もなく、代金を払いました。そしてCも、やはり「しばらくAに預けておく」ことにしたんです。先に答えを言うと、カメラはBのものです。Cは、Aが持ち主だと信じていても、即時取得できません。Cが受けたのは占有改定で、外から見て何も変わっていないからです。今日は、即時取得の残りの2つの条件、何を信じればよいのか、そしてどうやって占有を始めればよいのか、を掘ります。
平穏・公然・善意・無過失とは
図:要件③の定義板
- 平穏=暴行強迫によらない
- 公然=隠さない
- 善意=前主が権利者だと信じたこと
- 無過失=そう信じたことに落ち度がないこと
③に入る前に、1つ思い出してください。以前、取得時効の回で、10年の取得時効の無過失は推定されるかどうかを見ました。どうでしたか?無過失だけは推定されなくて、占有者が自分で証明しなければならない、でした。今日は、その対比が効いてきます。まず、③の4つの言葉の意味を確認します。平穏は、暴行や強迫によらないこと。公然は、隠さないことです。善意は、前の持ち主が権利者だと信じたことです。無過失は、そう信じたことに、落ち度がないことです。ただし、同じ善意という言葉でも、取得時効の善意とは意味が違います。取得時効の善意は、自分が所有者だと積極的に信じていることでした。今日の善意は、前の持ち主が権利者だと信じたことです。誰について信じるかが違うんです。冒頭のカメラで言えば、CはAが持ち主だと信じていました。これが即時取得の善意です。
前の持ち主を信じたかどうかが問題になるのは、前回見たとおり、192条が埋めるのは、前の人が権利を持っていなかった、という一点だけだからです。だから信じる中身も、前の人に権利があるかどうか、になります。例えば、Aが毎日首から下げて使っていたカメラなら、Aの物だと信じるのは自然です。ところが、カメラの底に別の人の名前と「貸し出し用」というシールが貼ってあったのに、何も確かめずに買ったなら、信じたことに落ち度がある、つまり過失あり、となりえます。
推定の構造——証明するのはどちらか
図:推定の構造
- 186条1項→平穏・公然・善意を推定
- 188条→無過失も推定(判例)
- 取得したい側は何も証明しなくてよく、取り返したい側が悪意・過失を証明する
ここからが、今日いちばんの山場のひとつです。まず、平穏・公然・善意ですが、これは取得時効の回ですでに見た条文で、推定されます。
条文民法186条1項
民法 第186条 第一項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
186条1項です。占有者は、平穏・公然・善意で占有していると推定されます。問題は、残る無過失です。無過失は、186条1項には書かれていません。ところが、即時取得の場面に限って、判例は、無過失も推定されるとしています。根拠になるのが、この条文です。
条文民法188条
民法 第188条 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
188条は、占有者が物の上に持っている権利は、適法だと推定する、という条文です。この条文を根拠に、判例は、譲受人が前主に権利があると信じたことについて、無過失であることも推定されると導きます。
判例最高裁判決
無過失は188条を根拠に推定される 右法条にいう「過失なきとき」とは、物の譲渡人である占有者が権利者たる外観を有しているため、その譲受人が譲渡人にこの外観に対応する権利があるものと誤信し、かつこのように信ずるについて過失のないことを意味するものであるが、およそ占有者が占有物の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定される以上(民法一八八条)、譲受人たる占有取得者が右のように信ずるについては過失のないものと推定され、占有取得者自身において過失のないことを立証することを要しないものと解すべきである。
188条は、持っている人の権利を適法だと推定するだけの条文です。判例の理屈は、こうです。法律自身が、物を持っている人は権利を持っているものと見てよい、と言っています。そうであれば、持っている前の人を権利者だと信じた譲受人は、法律が推定するとおりのことを信じただけです。法律と同じ見方をした人に、落ち度があるとは言えません。だから、無過失も推定されるんです。カメラで言えば、Aが手元に置いて使っていれば、188条はAに権利があると推定します。それを信じたCは、法律と同じ見方をしたにすぎません。結論として、即時取得を主張する側は、善意無過失を自分で証明する必要がありません。取り返したい元の持ち主のほうが、悪意か過失があったことを証明しなければなりません。裁判の場面で言うと、こうなります。例えば、Aから現実にカメラを受け取ったCに対して、持ち主のBが「返せ」と訴えたとします。Cは、自分が善意無過失だったことを証明しなくてかまいません。Bのほうが、Cは知っていた、あるいは調べれば分かったはずだ、と示さなければならないんです。
10年の取得時効では、無過失は推定されず、占有者が自分で証明しなければなりませんでした。理由は、取得時効の回で確認したとおり、推定は、それを支える理由があるところにしか及ばないからです。取得時効には、取引という土台がありません。即時取得は、取引によって前主の占有を信じて物を受け取る場面なので、188条の推定を及ぼせます。取得時効は、取引による占有とは限らないので、及ぼせません。
推定は覆ることもある
図:推定が破れる具体例
推定は、相手方が具体的な事情を示せば覆ります。ある判例では、質屋と金融業を営む業者が、面識のない人から、新車同然の軽自動車を、持ち主かどうか確かめずに買い受けた事案がありました。自動車の販売では、代金を分割で払い終えるまで所有権を売主に残しておく取引が広く行われています。それを知っているはずの業者が、何も確かめずに買ったことが、過失ありと判断されました。推定は、取り返したい側が何も示さない限り、買った人を有利にするだけです。示せる事情があれば、当然に覆ります。
判断の基準時
図:基準時
- 平穏・公然・善意・無過失は、占有を始めた時点で備わっていればよい
- あとで悪意になっても、いったん成立した即時取得は崩れない
もう1つ、押さえておきたいのが、判断の基準時です。平穏・公然・善意・無過失は、占有を始めた時点で備わっていればよく、あとで悪意に変わっても構いません。192条は、「占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないとき」と書いています。見るのは、占有を始めたその時点なんです。例えば、Aから現実にカメラを受け取ったCが、その翌週に、実はBのカメラだったと知ったとしても、受け取ったときに善意無過失なら、Cの即時取得は崩れません。この基準時の考え方は、このあと④を掘るときの伏線になります。それでは、④の「占有を始めた」を見ていきます。
「占有を始めた」とは——問題は占有改定
図:「占有を始めた」の中身
- 現実の引渡し・簡易の引渡しは問題なく該当
- 問題になるのは占有改定と指図による占有移転
動産の引渡しには、前々回見たとおり4つの態様がありました。現実の引渡し、簡易の引渡し、占有改定、指図による占有移転です。現実の引渡しと簡易の引渡しは、誰が持っているかという事実が外から見て変わるので、問題なく「占有を始めた」にあたります。問題になるのは、残る占有改定と、指図による占有移転です。ここで、冒頭のカメラの話に戻ります。
占有改定では「占有を始めた」にあたらない
図:冒頭の設例の整理
- AがBに売却し占有改定→この時点で178条の引渡しがあり、Bが完全な権利者・Aは無権利者になる
- その後AがCにも売却し占有改定→Cは即時取得できるか
冒頭の場面を、順番に整理します。Aが、カメラをBに売り、占有改定を受けさせました。ここで、前々回確認したとおり、占有改定も178条の引渡しにあたります。ですから、この時点で、Bは完全な権利者になり、Aは完全な無権利者になります。その後、Aは、無権利者のまま、同じカメラをCにも売り、Cも占有改定を受けました。Cが、即時取得によってカメラの所有者になれるかどうかが、今日いちばんの問題です。
図:判例の結論
- 最判は占有改定による取得を否定
- 理由=占有改定は占有の外観に一切変化がなく、真の権利者Bの安全を害する
判例の答えは、否定です。
判例最高裁判決
占有改定による取得は「占有を始めた」にあたらない 無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法一九二条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得をもつては足らないものといわなければならない。
理由は、占有改定という方法には、外から見た占有の状態に、一切変化が無いからです。カメラは、ずっとAの手元にあり続けています。BもCも、Aから何かを持って帰ったわけではありません。すでに完全な権利者になっているBを、目に見える変化が何も無いまま、権利を奪うことになってしまいます。真の権利者を犠牲にしてまで、動産取引の安全を守るのが即時取得ですが、その犠牲があまりに大きすぎる、ということです。
178条ではあたるのに、192条ではあたらない
図:非対称の整理
- 占有改定=178条の引渡しにはあたる(前々回)が、192条の占有を始めたにはあたらない
- 178条は権利を持つ者どうしの優劣、192条は真の権利者から権利を奪う場面という場面の違いによる
占有改定は、178条の引渡しにはあたります。ところが、192条の「占有を始めた」にはあたりません。同じ占有改定なのに、条文によって扱いが違うんです。178条が決めるのは、すでにそれぞれ取引によって権利を取得しようとした者どうしの、優劣です。Bが先に占有改定を受けていれば、Bが勝つ。それだけの話で、誰かから権利を無理やり奪うわけではありません。ところが192条は違います。無権利者から、真の権利者を犠牲にして、権利を作り出す場面です。同じ占有改定という手段でも、必要とされる見た目の変化の強さが違うんです。
肯定説・折衷説——同じ設例で比べる
図:3説比較
- 設例=善意無過失で占有改定を受け、その後悪意になって現実の引渡しを受けた場合
- 否定説(判例)=不成立
- 肯定説=占有改定の時点で成立
- 折衷説=現実の引渡しの時点で成立
判例・通説はこの否定説ですが、少数説も紹介します。占有改定でも「占有を始めた」にあたるとする説と、あたるけれども、それだけでは足りず、その後の現実の引渡しが必要だとする説です。同じ設例で比べると分かりやすいです。Cが、Aから、善意無過失で占有改定を受け、その後、悪意になってから、Aから現実の引渡しを受けたとします。否定説、つまり判例の立場では、占有改定の時点は「占有を始めた」にあたらず、現実の引渡しの時点では「占有を始めた」にあたりますが、そのときにはもう悪意なので、即時取得は成立しません。
次に肯定説です。占有改定の時点ですでに「占有を始めた」にあたり、そのとき善意無過失でしたから、占有改定の時点で即時取得が成立します。肯定説は、取引の安全を重く見る立場です。Cは、Aが持ち主だと信じて代金を払っています。その信頼は、引渡しの方法が占有改定だったからといって、小さくなるわけではありません。否定説がBの犠牲を重く見るのに対して、肯定説は、信じて買ったCの側を重く見るんです。綱引きのどちら側を重く見るかの違いです。折衷説は、占有改定の時点で条文上の要件は満たすものの、それだけでは足りず、その後の現実の引渡しが必要だと考えます。ですから、現実の引渡しの時点で即時取得が成立します。理由は、二重譲渡でBもCも占有改定しか受けていないなら、2人は同じように扱うべきだ、という点にあります。占有改定だけでは決着させず、現実の引渡しを待つんです。
短答式では、この「いつ成立するか」の違いがよく問われます。そのうえで、判例・通説が否定説を採るのは、さきほど見たとおり、外から何も変わらない占有改定で真の権利者から権利を奪うのは、犠牲が大きすぎるからです。
指図による占有移転は「占有を始めた」にあたる
図:指図による占有移転の設例
- 倉庫に預けている物について、預け先の帳簿上の名義を書き換えることで占有移転を認めた判例
- 占有改定と違い、外部の記録に変化が残る
占有改定とは対照的に、指図による占有移転は、判例上、「占有を始めた」にあたるとされています。ある判例の事案では、倉庫に預けられていた物について、預け先の帳簿に記録されている預け主の名前を書き換えることで、占有の移転が認められました。
判例最高裁判決
指図による占有移転は「占有を始めた」にあたる 被上告人が右寄託者台帳上の寄託者名義の変更によりF商店から本件豚肉につき占有代理人をE水産とする指図による占有移転を受けることによつて民法一九二条にいう占有を取得したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
占有改定も指図による占有移転も、物の置き場所が動かない点は、同じです。違うのは、当事者以外の誰かの手元に、変化の跡が残るかどうかです。占有改定は、AとBの間の意思表示だけで完結します。カメラで言えば、Aが自分の日記に「今日からBのために持つ」と書き込むようなもので、周りの誰にも分かりません。ところが指図による占有移転には、預け先という第三者が関わります。例えば、Aがカメラを貸しロッカーの管理人に預けていて、「今後はCのために預かってくれ」と伝え、Cが承諾すると、管理人の名簿にCの名前が書き込まれます。カードにある「占有代理人」とは、本人のために物を預かって持っている人のことで、この事案では、豚肉を預かっていた冷蔵倉庫の会社、E水産がそれにあたります。そのE水産の帳簿で、名義が書き換えられました。判例が指図による占有移転を認めるのは、占有改定と比べて、外部から占有の移転を認識しやすいから、と説明されます。
二重譲渡の動産版を1枚に整理する
図:二重譲渡の動産版整理板
- ①双方が占有改定=先に占有改定を受けたBが178条で勝ち、Cは192条でも占有改定では即時取得できない
- ②Bが占有改定・Cが現実の引渡しまたは指図で善意無過失=Cが192条で即時取得
- ③Cが現実の引渡しを受けた時点で悪意=Bが勝つ
ここまでの内容を、二重譲渡の場面で1枚に整理します。1つめ、BもCも占有改定しか受けていない場合。先に占有改定を受けたBが、178条によって完全な権利者になっていて、Cは192条によっても、占有改定では即時取得できません。Bが勝ちます。Cの占有改定は、外から見て何も変わらないので、192条の「占有を始めた」にあたらないからです。2つめ、Bが占有改定を受け、Cが現実の引渡しか、指図による占有移転を受け、Cが善意無過失だった場合。例えば、Aが、Bに占有改定をしたあとで、カメラをCの家に届けて手渡した場合です。この場合は、Cが192条によって即時取得します。現実の引渡しや指図は、外から見える変化を伴うので、「占有を始めた」にあたるからです。Bは無権利者になってしまいます。
ただし3つめ、Cが現実の引渡しを受けた時点で、すでに悪意だった場合は、Cは即時取得できず、Bが勝ちます。基準時は占有を始めた時点、という話が、ここでも効いてきます。占有改定どうしがぶつかるときは178条だけの問題で、片方が現実の引渡しや指図まで進んだときに初めて、192条の出番が来ます。
今日の地図(保存版)
図:まとめの板
- 192条4要件=①動産②取引行為(前回)③平穏公然善意無過失=186条1項・188条で推定・証明は取り返したい側④占有を始めた=占有改定は×(最判)・指図による占有移転は○(最判)
- 二重譲渡は占有改定どうしなら178条で先着、片方が現実の引渡し・指図まで進めば192条の出番
今日の話をまとめます。③平穏・公然・善意は186条1項で、無過失は188条を根拠に、いずれも推定されます。即時取得を主張する側は何も証明しなくてよく、取り返したい側が悪意・過失を証明しなければなりません。そして④占有を始めたことは、占有改定では足りず、指図による占有移転なら足ります。理由は、外から見た占有の変化が、あるかないかでした。これで、192条の4つの要件が、すべて埋まりました。
参照条文
- 民法186条1項
- 民法188条