占有権の成立と承継
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第2章 物権 #103/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
露店で犯人を見つけたAは、その場で奪い返してよいか
図:冒頭の場面
- Aは自分のカメラを盗まれた
- 数日後、街の露店で、盗んだ犯人がそのカメラを売っているのを見つけた
- Aはその場で犯人からカメラを奪い返してよいか
Aは、自分のカメラを盗まれました。数日後、街の露店で、盗んだ犯人がそのカメラを売っているのを見つけました。先に答えを言うと、Aはその場で奪い返してはいけません。意外に思うかもしれませんが、盗んだ犯人にも、法律上は占有権という権利が認められているからです。なぜ泥棒にまで権利が認められるのか、そして、その権利はどうやって生まれ、どうやって引き継がれるのか。今日から4回に分けて占有権を学びますが、今日はその最初の入口です。
180条——占有権はどうすれば成立するか
図:180条要件分解板
- 占有権は所持+自己のためにする意思の2要件で成立する
- 所持=物に対する事実上の支配で、社会通念で判断する
- 自己のためにする意思=占有取得の原因から客観的・外形的に判断し、内心は見ない
占有権が何によって成立するか、まず条文を見ましょう。
条文民法180条
民法第百八十条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
要件は2つです。所持と、自己のためにする意思。所持はなんとなく分かりますけど、自己のためにする意思って何ですか。まず所持から。所持とは、物に対する事実上の支配をいいます。権利があるかどうかは関係なく、実際にその物を自分の支配下に置いているかどうかで決まる。社会通念、つまり普通の感覚で見て、その人が支配していると言えるかどうかで判断されます。こちらは、自分の利益のために物を支配する意思のことです。ここで注意してほしいのは、この意思は、占有している人の内心の気持ちを見て判断するのではないということです。
取得時効の所有の意思と同じで、自己のためにする意思の有無も、内心ではなく、占有を取得した原因から、客観的・外形的に判断されます。例えば、親権者が子の財産を管理している場合を考えてください。親権者は、子のために財産を管理していますが、それと同時に、自分自身の利益のために支配する意思も併存していると扱われます。子のためにする意思があるからといって、自己のためにする意思が打ち消されるわけではない、という考え方です。判例も、この考え方をとっています。
占有・本権・準占有——泥棒にあって、泥棒にないもの
図:占有・本権の対比板
- 占有=所持+自己のためにする意思により成立する事実
- 本権=占有を正当化する権利で、占有権原とも呼ぶ
- 所有権・地上権・賃借権など
- 泥棒は占有はあるが本権はない
- 準占有=物以外の財産権の事実上の支配
厳密には区別します。占有とは、所持と自己のためにする意思によって成立する事実そのものです。この占有という事実が認められると、占有権という権利が発生する、という関係です。占有権があれば、その物を持っていていい正当な理由もあるってことですか。そこが今日いちばんの急所です。占有権があることと、その物を持っていてよい正当な理由があることは、別問題です。この正当な理由は、物権的請求権の回で占有権原と呼んだものです。占有の話では、これを本権とも呼びます。所有権が典型ですが、地上権や、債権である賃借権も本権にあたります。物権の全体像の回では、占有権以外の物権をまとめて本権と呼びましたが、持つことを正当化する権利という意味では、債権の賃借権も入ります。
例えば、教室で、AさんがBさんの消しゴムを勝手に使っているとします。今、消しゴムを実際に握っているのはAさんです。これが占有です。でも、消しゴムを買ったのはBさんで、本当の持ち主として扱われるべきなのもBさんです。これが本権です。「今それを使っているのは誰か」と聞かれれば答えはA、「本当は誰の物か」と聞かれれば答えはBです。泥棒は、盗品に対する本権を持ちません。でも、事実として支配し、自己のためにする意思を持って所持している以上、占有は認められるので、占有権は持っています。占有権が「きわめて特殊な物権」と呼ばれるのは、この点にあります。では、なぜ法は、泥棒の占有まで守るのでしょうか。物権の全体像を見た回や、物権的請求権の回で、理由を出しました。思い出せますか?
たしか……本当の持ち主でも、力ずくで取り返すのは駄目、という話でした。自力救済の禁止です。「これは自分の物だ」と信じる人がみな実力で取り返し始めたら、社会は収拾がつきません。だから法は、今持っているという事実をいったんそのまま守り、本当は誰の物かは裁判で決めさせます。占有権は、正しさを判定する権利ではなく、今持っているという事実を守るための権利なんです。Aが取り戻したいなら、力ずくではなく、物権的請求権の回で見た返還請求を、裁判で求めます。これが今日の答えの1段目です。もう1つだけ。準占有という言葉は、所有権以外の権利を時効で取る回で、一言だけ出てきました。物ではなく権利を、自分のために事実上使っている状態のことです。物以外の財産権、たとえば債権についてこの状態があれば、占有の規定が準用されます。
181条——直接持っていなくても占有はできる
図:代理占有の関係図
- 賃貸人Aは間接占有、賃借人Bは代理人として直接占有、その間に目的物
- Aは自分で物に触れていなくても、Bを通じて目的物を占有している
所持というと、自分の手で直接持っていることを思い浮かべるかもしれませんが、そうとは限りません。
条文民法181条
民法第百八十一条 占有権は、代理人によって取得することができる。
自分で直接物を支配していなくても、占有権は認められます。これを代理占有、あるいは間接占有と呼びます。条文の「代理人」は、動産の対抗要件の回で、占有改定や指図による占有移転の条文に出てきたのと同じ意味です。本人に代わって契約を結ぶ人ではなく、本人のために物を手元で持っている人のことでした。賃貸人が典型です。賃貸人が本人、賃借人がこの意味の代理人にあたり、賃貸人は、賃借人を通じて目的物を占有しているとして扱われます。賃借人自身の占有は自己占有・直接占有、賃貸人の占有は代理占有・間接占有と呼ばれます。
占有は、かなり抽象化された概念だということが、ここからも分かります。この自己占有と代理占有の区別を詳しく使う場面は後の回で扱います。今日は、直接支配していなくても占有権が成立しうる、という点だけ押さえてください。
占有補助者——手足として持っているだけでは足りない
図:占有補助者の関係図
- 店主や会社がA、店員や代表者個人がBで占有補助者、第三者がC
- 物権的請求権の相手方はAであってBではない
- 占有補助者には独自の占有が認められず、占有訴権の主体にもなれない
物を支配しているように見えても、それが他人の手足として、補助的に支配しているにとどまる場合には、独自の占有は認められません。これを占有補助者、または占有機関と呼びます。店舗の店員が典型です。店員は、店主の指示どおりに商品を扱っているだけで、自分の利益のために商品を支配しているとは評価されません。もう1つ、会社の代表者個人も、多くの場合、占有補助者にあたるとされます。ここに、実際の判例があります。
判例最判昭32・2・15
会社代表者は独自の占有者ではない 本件土地の占有者は右訴外会社であつて上告人は訴外会社の機関としてこれを所持するに止まり、したがつてこの関係においては本件土地の直接占有者は訴外会社であつて上告人は直接占有者ではないものといわなければならない。
この事件では、会社の代表取締役が、会社のために土地を占有していました。最高裁は、占有者は会社であって、代表者個人は直接占有者ではないと判断しました。代表者は、会社の機関として土地を所持しているにすぎず、自分個人のために所持しているわけではない、という理由です。占有補助者には、独自の占有が認められないことから、2つの特徴が導かれます。1つ目、占有の訴えを行使する権限を持ちません。占有の訴えとは、占有を奪われたり邪魔されたりしたときに、占有していたという事実を根拠に、取り戻しや排除を求める訴えです。細かい要件は別の回で扱いますが、占有補助者はそもそも訴権の主体になれない、とだけ押さえてください。2つ目、物権的請求権の相手方にもなりません。これは以前、物権的請求権の相手方の回で確認した結論です。相手方になるのは、実際に自ら物を占有している者、この場合は店主や会社であって、その手足にすぎない店員や代表者個人ではありません。
所持はしていても、自己のためにする意思が外形的に認められない——占有補助者は、180条の要件そのものでふるい落とされている、という位置づけです。賃借人は違います。賃借人は、自分が住む、自分が使う、という自分の利益のために物を持っています。店主の指示どおりに扱うだけの店員とは、ここが違います。だから自己のためにする意思があり、占有権を持ちます。取得時効の回で見た所有の意思、つまり自分の物として持つ意思は、借りていると分かって持っている賃借人にはありません。でも180条が求めているのは所有の意思ではなく、自分の利益のために持つ意思です。この2つは別の物差しです。
占有の承継——特定承継と包括承継
図:承継の分類一覧板
- 特定承継=個々の占有の譲渡に伴う承継で、売買の引渡しが典型
- 包括承継=占有者の地位の承継に伴う移転で、相続が典型
ここから後半です。占有権は、成立するだけでなく、承継されることもあります。承継の仕方には、2種類があります。1つは特定承継です。個々の占有の譲渡に伴って承継される場合で、物の売買に伴う引渡しが典型です。引渡しの具体的な方法自体は、以前、動産の対抗要件の回で扱いました。もう1つが包括承継です。占有者の地位そのものの承継に伴って、占有が移転する場合です。相続が典型です。相続は、まさに人の生活や財産の状態を丸ごと引き継ぐという意味で、包括承継にあたります。
相続による占有の承継
図:相続による占有承継の板
- 占有も相続の対象となる
- 相続人の知・不知を問わない
- 最判昭44・10・30
今日は、その承継のしくみをもう少し体系的に見ていきます。占有も、財産権と同じように相続の対象になります。判例でも、はっきり認められています。
判例最判昭44・10・30
占有権も相続によって承継される 被相続人の事実的支配の中にあつた物は、原則として、当然に、相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権も承継され、被相続人が死亡して相続が開始するときは、特別の事情のないかぎり、従前その占有に属したものは、当然相続人の占有に移ると解すべきである。
被相続人が事実上支配していた物は、原則として当然に相続人の支配の中に承継され、占有権も承継される、としています。気づいていなくても、占有は承継されます。理由は以前も触れたとおり、相続が起きるたびに時効の進行が振り出しに戻ってしまうと、権利関係がいつまでも安定しないからです。
相続でも187条1項は使えるのか
図:187条の再確認と、相続への適用の板
- 187条1項=承継人は自己の占有のみ、または前の占有者の占有を併せて主張できる
- 2項=併せる場合は瑕疵も承継
- 対立点=相続という包括承継でも1項の分離主張ができるか
- A説は否定、B説は肯定で判例通説
ここで、以前に確認した条文をもう一度出します。
条文民法187条
民法第百八十七条 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。
1項は、承継人が自己の占有だけを主張するか、前の占有者の占有を併せて主張するかを選べる、というルールでした。2項は、併せる場合は瑕疵も一緒に引き継ぐ、というルールです。ここまでは、以前に確認済みです。相続でも前の占有者の占有を併せて主張できる、という結論はそのとおりです。今日は、その結論の裏にある対立を見ます。187条1項は、個々の物を選んで引き継ぐ特定承継を念頭に置いた規定に見えます。では、地位そのものを丸ごと引き継ぐ包括承継、つまり相続の場合にも、この「分離して主張できる」というルールはそのまま使えるのでしょうか。
自分の占有だけを切り離すのは変だ、という感覚が、A説の理屈です。A説(否定説)は、相続人は被相続人の占有を包括承継するのだから、そこから自分の占有だけを切り離して選ぶ余地がない、と考えます。B説(肯定説)は違う理屈を立てます。187条1項の文言をもう一度見てください。「占有者の承継人」としか書いていません。特定承継か包括承継かを区別する言葉は、条文のどこにもないんです。そして、判例・通説はB説に立ちます。最高裁も、187条1項の分離主張のルールは相続にも及び、相続人は自己の占有のみを主張することも認められる、と判断しています。
例えば、先代が、他人の土地だと知りながら、自分の物として5年間使っていたとします。先代が亡くなり、相続人は、親の土地だと信じて、落ち度もなく、11年間使い続けました。しかも併せれば、先代の悪意という瑕疵も引き継ぎます。A説なら、相続人は先代の占有を切り離せないので、20年がたつのを待つしかありません。B説なら、相続人は自分の占有だけを選べます。善意無過失で11年、10年の取得時効に届きます。どちらに立つかで結論が変わるんです。そして、選べるようになっても、併せるなら瑕疵も引き継ぐという2項のルールは、相続でもそのままです。
今日の地図(保存版)
図:まとめ板
- 180条は所持+自己のためにする意思→占有と本権の区別、泥棒は占有はあるが本権はない→181条の代理占有→占有補助者は独自の占有を持たず、占有訴権もなく物権的請求権の相手方にもならない→占有の承継は特定承継と包括承継、相続は包括承継→相続にも187条1項が及ぶのが判例通説
- 続きは占有の種類と推定
今日の話をまとめます。占有権は、所持と自己のためにする意思という2つの要件で成立します。この意思は内心ではなく、外形的・客観的に判断されます。占有権があっても本権があるとは限りません。そして、直接支配していなくても、代理人を通じた代理占有が認められます。そして、占有は承継されます。個々の譲渡による特定承継と、地位の承継による包括承継、その典型が相続です。占有も相続の対象になり、相続人の知・不知は問いません。冒頭のAも、これで説明がつきます。犯人にも占有権があるので、Aはその場で実力行使をしてはいけません。取り戻すなら、裁判で返還を求める道を使います。この続きでは、占有の種類と推定——自主占有・他主占有の区別や、186条の推定のしくみに話を進めます。
参照条文
- 民法180条
- 民法181条
- 民法187条