占有の種類と推定
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 物権 #104/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
父から引き継いだ土地、Aは自分の物にできるか
図:冒頭の場面
- Aは、亡くなった父からずっと住んできた家と土地を引き継いだ
- 実は父はその土地をBから借りていただけで、所有者ではなかった
- Aはこのまま住み続ければ、いつか自分の物にできるか
Aは、亡くなった父から、ずっと住んできた家と土地を引き継ぎました。ところが実は、父はその土地を、Bという人から借りていただけで、所有者ではありませんでした。先に答えを言うと、借りていた父は、何年住んでも、そのままでは自分の物にできませんでした。でも、Aの代になると、話が変わることがあります。ただし条件つきです。しかもその条件は、A自身が証明しなければなりません。同じ土地なのに、なぜ親の代ではだめで、子の代になると可能性が出てくるのか。今日は、占有に隠れている複数の分類と、相続のときだけ働く特別なルールを見ていきます。
占有にはこんなに分類がある
図:占有の分類一覧板
占有は、一つの事実です。でも、見る角度を変えるたびに、違う名前がつきます。「誰が実際に支配しているか」で見れば、自己占有と代理占有。これは前回、賃貸人と賃借人の関係で見ましたね。「何のために占有を始めたか」で見れば、自主占有と他主占有。こちらは、取得時効の回で見ました。ここに、今日新しく2つの軸を足します。「本権があると思っているか」で見れば、善意占有と悪意占有。「その思い込みに、うっかりミスがあるか」で見れば、過失の有無です。あと2つだけ。占有を始めた経緯が平和的かどうかで、平穏・公然と強暴・隠秘。一人で持っているか複数人で持っているかで、単独占有と共同占有です。強暴・隠秘は、暴力ずくで奪ったり、こっそり隠れて占有したりする場合を指します。
たとえるなら、同じ占有という事実を、身長・利き手・視力のように、別々の物差しで測っていると思ってください。今日はこのうち、善意と悪意の物差しと、自主占有と他主占有の物差しを中心に掘り下げます。
自主占有と他主占有、もう一度
図:自主占有・他主占有の実益の板
- 所有の意思の有無は占有取得原因から客観的に判断
- 賃借人・使用借人・受寄者は他主占有
- 他人物売買の買主・不法占拠者・窃盗犯人は所有の意思のある自主占有
- 実益は取得時効
ここで一度、思い出してください。取得時効の要件の中に、所有の意思というものがありましたよね?この中の「所有の意思」があるかどうかが、自主占有と他主占有の分かれ目です。判断は、占有している人の内心ではなく、占有を取得した原因から客観的に決まります。賃借人、ただで借りている使用借人、物を預かっている受寄者は、契約の性質上、所有の意思がないとされます。逆に、他人のものだと知らずに買ってしまった買主や、不法占拠者、窃盗犯人は、所有の意思のある自主占有です。内心で「自分の物だ」と信じているかは関係ありません。どういう原因で占有を始めたのか、その性質を外形的に見るだけです。そして、この区別の実益はただ一つ。他主占有では、いくら長く占有しても時効取得できない。これが今日の土台になります。
善意占有と悪意占有——知らなかっただけでは決まらない
図:善意占有・悪意占有の定義板
- 善意占有=本権がないのに本権があると確信して占有すること
- 悪意占有=本権がないと知り、または疑いながら(半信半疑を含む)占有すること
- 通常の善意・悪意(単なる知・不知)とは意味が異なる
ここから新しい分類です。善意占有と悪意占有。実は、占有の善意・悪意は、単なる知・不知とは意味が違うんです。10年の取得時効で見た、線のズレです。一言でいえば、疑いの余地なく思い込んでいるかどうか、です。本権が無いにもかかわらず、自分には本権があると疑わずに占有している状態、これが善意占有です。悪意占有とは、本権がないことを知っている場合、または本権があるかどうか疑いながら占有している場合です。半信半疑の状態も、悪意占有に含まれます。例えば、他人の土地を、自分が買った土地だと勘違いして住んでいる人は、善意占有。一方、本当は他人のものかもしれないと薄々気づきながら住み続けている人は、確信がないので悪意占有です。単なる不知では足りない、という点を押さえてください。
185条——他主占有から自主占有への転換
図:185条要件分解板
- 他主占有はそのままでは自主占有に変わらない
- 転換の要件は2つ、
- ①所有の意思の表示、
- ②新たな権原による占有開始
- どちらかを満たせば占有の性質が変わる
他主占有では時効取得できない、と言いましたが、他主占有のまま一生変わらないわけではありません。取得時効の要件の回で見たカードを、もう一度出します。
条文民法185条
民法第百八十五条 権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
他主占有を自主占有に変える方法は2つです。1つ目は表示。賃借人が賃貸人に対して、これからは自分が所有者のつもりで持ち続ける、と意思を示す場合です。2つ目は、新たな権原により、あらためて所有の意思をもって占有を始める場合です。例えば、賃借人が、借りていた物を賃貸人から買い受ける場合ですね。この2つのどちらかがなければ、占有の性質は変わりません。ここまでが土台です。ここから、今日いちばんの急所に入ります。
相続は「新たな権原」にあたるか
図:相続と新権原の事案図
- 所有者は他人に土地建物の管理を任せていた
- 管理していた人が死亡し、相続人が管理を引き継ぐと同時に、新たに自分の力で土地建物を支配し始めた場面
185条の「新たな権原」に、相続はあたるのでしょうか。相続は、地位をまるごと引き継ぐだけですよね。前回、包括承継と呼んでいました。前回の187条1項が使えます。相続人は、父の占有を併せて主張することも、自分の占有だけを主張することもできます。併せれば、父の「借りている」という性質、つまり他主占有の性質も、そのままついてきます。では、自分の占有だけならどうか。その占有を始めた原因は、相続、つまり父の地位の引き継ぎです。占有の性質は、始めた原因から客観的に決まるのでしたね。地位を引き継いだだけなら、性質も借りている立場のままです。ですから、どちらを選んでも、相続しただけでは他主占有のままです。
原則として、相続だけでは新たな権原になりません。でも、取得時効の回で結論だけ触れたとおり、ある事情が加われば話は変わります。判例の答えは二段です。どんな事情があれば変わるか。そして、その事情を誰が示すか。まず一段目です。ある事案を見てください。所有者から、土地建物の管理を任されていた人がいました。この人が亡くなり、相続人が管理を引き継ぎます。管理を引き継いだだけなら、他主占有のままです。話が変わるのはここからです。相続人は、管理を引き継いだだけでなく、自分の力で新たに土地建物を支配し始めたんです。
判例最判昭46・11・30
相続でも新たな権原になりうる 上告人らは、右訴外人の死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく、したがつて、かりに上告人らに所有の意思があるとみられる場合においては、上告人らは、右訴外人の死亡後民法一八五条にいう「新権原ニ因リ」本件土地建物の自主占有をするに至つたものと解するのを相当とする。
判決の言う訴外人は、亡くなった管理人のことです。最高裁の規範はこうです。相続人が①新たに事実上の支配を開始し、②所有の意思があるとみられる事情があれば、被相続人が他主占有でも、相続人は185条の新権原により自主占有に至る、としました。決め手は、父の占有を引き継いだだけでなく、相続人自身の占有が新しく始まった点です。新しく始まった占有だから、その性質を改めて見直せる、というわけです。ただし、この事案では、相続人が建物の一部について所有者に家賃を払っていたことなどから、所有の意思があったとはいえないとされ、時効取得は認められませんでした。冒頭の、父がBから借りていた土地をAが引き継いだ話は、この判例の事案とは別の例です。
規範は分かりましたが、その2つの事情は、誰が示すんですか。そこが今日いちばんの急所です。186条1項を思い出してください。占有者は所有の意思があると推定されるので、普通は、時効取得を争う相手のほうが、他主占有だったことを証明しなければなりません。ところが、相続人が独自の自主占有を主張するこの場面だけは、逆転します。別の最高裁判決が、こう判示しています。相続人のほうが、その事情を自ら証明しなければならない、と。
図:立証責任逆転の板
- 通常は186条1項により占有者は所有の意思ありと推定され、争う相手が他主占有であることの立証責任を負う
- 相続人が独自の自主占有を主張する場面だけは逆転し、相続人自身が新たな支配の開始と所有の意思の事情を証明する
- 最判平8・11・12
理由は2つ示されています。新たな支配の開始で占有の性質が変わったのだから、その変更は主張する側が立証すべきこと。そして、相続という取得原因だけからは、所有の意思の有無を決められないことです。この判決の事案では、相続人が権利証を手元に持ち、固定資産税を払い続け、借りている人たちから賃料を取り立てていました。こうした事情を相続人の側が示せたので、時効取得が認められました。規範を立てたのはさっきの判決、立証責任の所在を示したのはこの判決です。この2つの判例を混同しないでください。これが、冒頭のAへの答えの核心です。
186条——占有には強い味方がある
図:186条全体像の板
- 1項は所有の意思・善意・平穏・公然の推定
- 2項は前後2時点の占有の証拠があれば継続を推定
- 取得時効の証明負担を大きく減らす条文
ここで、今出てきた条文を、もう一度全文で見ておきましょう。
条文民法186条
民法第百八十六条 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。 2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
1項は、所有の意思・善意・平穏・公然という4つを、まとめて推定します。2項は、前後2つの時点で占有していた証拠さえあれば、その間ずっと占有し続けていたと推定します。取得時効を主張する側の証明負担を、大きく減らしてくれる条文です。ただし、さっき見たとおり、相続人が独自の自主占有を主張する場面だけは、この1項の推定の外に置かれます。原則と例外を、セットで覚えておいてください。
188条——本権の推定と登記との対比
図:188条と登記の推定力の対比板
- 即時取得では186条1項に188条が加わり無過失まで推定される
- 取得時効では無過失は推定されない
- 登記名義人は所有者と推定される事実上の推定で、公信力ではない
もう一つ、推定の条文があります。
条文民法188条
民法第百八十八条 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
占有者には、その物について本権があるものと推定される、という条文です。占有者に権利がないと主張する側が、証明責任を負います。動産の即時取得では、186条1項に188条が加わり、無過失まで推定される、という理屈でしたね。取得時効でも、同じように無過失まで推定されるんですか。そこは違います。取得時効の回で見たとおり、無過失は推定されません。前主を信頼して取引した、という土台がいつもあるとは限らないからでした。即時取得と取得時効とで、推定の強さが違うんです。登記には、登記の制度の回で見た推定力があります。登記名義人は所有者だろう、と一応扱ってもらえます。ただし、これは事実上の推定であって、権利があるように見せかけた人を信じた第三者を守る公信力とは別物でした。188条の本権の推定は占有という事実から、登記の推定力は登記という事実から、それぞれ推定を働かせるもので、推定の出どころが違います。ですが、どちらも「今ある事実状態から権利をひとまず推定する」という発想は共通しています。
占有権ブロック、ここまでの地図
図:まとめ板 占有の見方と転換要件
今日の話をまとめます。占有には、自己占有と代理占有、自主占有と他主占有、善意占有と悪意占有、過失の有無、平穏・公然と強暴・隠秘、単独占有と共同占有という、いくつもの分類の軸がありました。185条は、他主占有を自主占有に変える条文でしたね。表示か新たな権原のどちらかが必要でした。
図:まとめ板 相続の証明と推定
186条は、所有の意思・善意・平穏・公然と占有の継続を推定してくれる条文でした。188条は、占有者に本権があると推定してくれる条文でしたね。この続きでは、占有が生み出す果実や、占有にかかった費用の扱いを見ていきます。
参照条文
- 民法185条
- 民法186条
- 民法188条