物権的請求権の費用負担と消滅時効
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第2章 物権 #86/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
台風の翌朝、庭に倒れ込んだ物置
図:台風の翌朝の関係図
- 庭の持ち主Aと物置の持ち主Bが向き合っている
- ①Aから物置の持ち主Bへ「どけて」(妨害排除請求権)
- ②物置の持ち主BからAへ「返して」(返還請求権)
- 同じ1つの場面に、向きの違う2つの請求権が立つ
大きな台風の翌朝、Aが自宅の庭に出ました。隣に住むBの物置が、フェンスを越えて、Aの庭に倒れ込んでいました。物置は、Aの芝生をふさいでいます。Aは言いました。「どけてください」。「台風のせいで、私は悪くない。どけたいなら、あなたの費用でどうぞ」。業者に頼むと、撤去には数万円かかります。今日の問いは1つです。この撤去費用は、AとBのどちらが払うのか。先に、答えの方向だけ言っておきます。判例は、原則として、どけさせられる側の負担と考えます。ただ、この台風の場面は、どの考え方にとっても、いちばんの難所です。AにもBにも、責められる点が無いからです。
今日は、4つの考え方を、この1つの場面に全部当てはめて、結論がどこで分かれるのかを見ます。後半は、この請求権が時間の経過で消えるのか、そして契約や不当利得の請求権とどう並ぶのかまで進みます。
前回からの橋——費用は誰が払うのか
図:今日の地図
前回の最後に、こう問いかけました。物権的請求権を使って、誰かに「どけろ」と言ったとき、その費用は誰が払うのでしょうか。その問いに、今日は答えてもらえるんですね。その前に、前回の復習です。物権的請求権には、どんな類型がありましたか?返還請求権・妨害排除請求権・妨害予防請求権の3つでした。侵害のされ方によって、名前が分かれるんでした。冒頭の場面に、このうち2つを当てはめてみましょう。Aの側から見れば、倒れた物置が芝生をふさいでいます。これは妨害排除請求権です。Bの側から見れば、自分の物置がAの庭にあります。これは物置の返還請求権です。
ここが、後で効いてきます。今日は、3つの話をします。値段、寿命、居場所です。値段は、費用の負担。寿命は、消滅時効。居場所は、他の請求権との関係です。
「どけて」の中身——2通りの読み方
図:「どけて」の中身の板
- やってもらう権利=相手に撤去という行為を求める、費用は相手方
- 我慢してもらう権利=自分で片づけるのを邪魔しないよう求める、費用は請求者
物権的請求権で「どけて」と言うとき、その中身には、2通りの読み方があります。1つは、相手に撤去という行為を、やってもらう権利という読み方です。もう1つは、こちらが片づけるのを、邪魔しないで我慢してもらう権利という読み方です。違いは、費用の行き先に出ます。やってもらう権利なら、実際にやる人が費用を持ちます。つまり相手方です。我慢してもらう権利なら、実際にやるのは請求した側です。つまり請求者が費用を持ちます。これが議論の出発点です。ここから、4つの考え方に分かれていきます。
忍容請求権説——我慢してもらう説
図:忍容請求権説の板
- 中身=「片づけるので、邪魔しないでください」と言える権利にとどまる
- 結論=費用は請求した側
- 理由=相手に故意・過失が無くても行使できるから、落ち度の無い相手に費用まで負わせるのは酷
- 台風にあてはめると、先に請求した側がその費用を持つ(Aが先に「どけて」と言えばAの費用、Bが先に「返して」と言えばBの費用)
1つめの考え方です。板に、忍容請求権説と書きます。にんよう、と読みます。中身は、我慢してもらう説だと思ってください。この説は、物権的請求権を、相手に我慢してもらう権利にとどまると見ます。つまり「片づけるので、邪魔しないでください」と言える権利です。だから、結論として、費用は請求した側が持ちます。理由がはっきりしています。物権的請求権は、相手に故意や過失が無くても行使できます。だとすれば、落ち度の無い相手に、費用まで負わせるのは酷だ、という発想です。よくまとめましたね。台風の場面にあてはめると、どうなるでしょうか。
そうです、Aが請求した場合はそうなります。今度は、Bの費用で片づけることになります。この説では、先に請求した側が損をします。順番しだいで結論が変わる、という点を覚えておいてください。
行為請求権説——やってもらう説(判例の基本形)
図:行為請求権説の板
- 中身=相手に行為を求める権利
- 結論=費用は行為をすべき相手方
- 台風にあてはめると、AがBに「どけて」と請求すれば、Bの費用で撤去
2つめの考え方です。行為請求権説といいます。この説は、物権的請求権を、相手に行為を求める権利だと見ます。だから、費用は、行為をすべき相手方が持ちます。物権は、物を思いどおりに使える権利です。ですから、その邪魔になっている状態を今支配している相手には、元に戻す行為まで求められる、と読むわけです。冒頭で言った「判例は、原則として、どけさせられる側の負担」というのは、この考え方に近い立場です。ここに、大きな弱点があります。
図:早い者勝ちの板
- Aが先に「どけて」と請求すれば、Bが行為すべき相手方となり、Bの費用
- Bが先に「返して」と請求すれば、Aが行為すべき相手方となり、Aの費用
- 同じ台風・同じ物置なのに、先に言い出した方が得をする
覚えていますか。冒頭で見たとおり、この場面には、2つの請求権が立っています。Aから見れば妨害排除請求権、Bから見れば返還請求権、でした。もし、Bが先に「物置を返してください」と請求したら、どうなるでしょうか。Bが請求する側になって、Aが行為すべき相手方になります。今度は、Aの費用で、物置をBに返すことになります。同じ台風、同じ物置なのに、先に言い出した方が得をするんですか。これが、行為請求権説の弱点です。早い者勝ちになってしまいます。さっきの忍容請求権説では、先に言った方が損でした。向きは逆でも、順番で結論が変わる点は同じです。
図:判例の立場の板
- 原則=相手方の故意・過失を問わず、行為を求められる
- 限定=危険や侵害の原因が不可抗力であるときは、それとは別に考えるべきだとする判例もある
- 台風にあてはめると、台風は不可抗力の典型で、機械的に「Bの費用」とは言い切れない領域
もう1つ、この説について補っておきます。判例は、相手方に故意・過失が無くても、行為を求められるという立場を、基本的に取っています。ただし、危険や侵害の原因が不可抗力であるときは、それとは別に考えるべきだとする判例もあります。台風は、その典型です。ですから、この台風の場面は、判例の立場でも、機械的に「Bの費用」とは言い切れない領域に入ってしまいます。不可抗力というのは、台風や地震のように、外から来て誰にも防げない出来事のことです。判例は、故意・過失があるかどうかは問わないけれど、そこまで外的で防ぎようのない原因になると話は別だ、と一線を引いているわけです。
だからこそ、次の考え方が出てきます。
修正行為請求権説——早い者勝ちを消す説
図:修正行為請求権説の板
- 中身=原則は行為請求権説、ただし返還請求権では相手方に支配を解いてもらい所有者が自分で持ち去るのを我慢してもらえば足りる場面がある(例=敷地に飛び込んだ物)
- 台風にあてはめると、Bの「返して」はAが自分で持ち込んだ物ではないのでAは我慢するだけでよくBの費用、Aの「どけて」も原則どおりBの費用
- どちらが先に言い出しても結論が同じになる
3つめの考え方です。修正行為請求権説といいます。従来の通説とされてきた考え方です。原則は、さっきの行為請求権説と同じです。相手に行為させる権利、と見ます。ただし、返還請求権については、1つだけ例外を認めます。返還を求められた相手方、台風の場面でいえばAが、目的物への自分の支配を解いてくれれば、あとは所有者のBが自分で持ち去るのを、Aは我慢するだけで足りる場面がある、という例外です。相手方の行為によらずに、物が相手方の支配下に入ってしまった場面です。例えば、敷地に飛び込んだ物、などです。当てはめてみましょう。Bの「物置を返してください」という請求は、どういう請求ですか。
Aが自分で持ち込んだ物ではない物の、返還請求です。だから、Aは、Bが持ち出すのを我慢するだけでよい、ということになります。Bの費用になります。一方、Aの「どけてください」という請求は、原則どおり行為請求です。ここで、気づいてほしいことがあります。早い者勝ちの不公平が、この説では消えています。よくまとめましたね。相手に責められる点があるかどうかを、性質論の中に、こっそり持ち込んでいるとも言えます。
不法行為説——費用を709条の「損害」として処理する
図:不法行為説の板
- 費用の問題を請求権の性質論から切り離し、物権を侵害されたことによる損害として709条で処理する
- 台風にあてはめると、Bに故意・過失なしなので709条の責任は生じず、それぞれが自分でかぶる
- 対照として、資材が崩れる場面ではBに過失があるので709条の要件を満たし、最終的にBが持つ(忍容請求権説に立ってもAが一旦払いBに求償できる)
4つめの考え方です。不法行為説といいます。有力に主張されている考え方です。この説は、そもそも性質論から離れます。物権的請求権を行使するためにかかった費用は、物権を侵害されたことによる損害ではないか、と考えるんです。費用の問題を、請求権の性質から切り離して、不法行為として処理すれば足りる、という発想です。ここで、条文そのものを見てみましょう。
条文民法709条
民法 第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
不法行為には、相手に故意か過失があることが要ります。要件の中身は、別の回でじっくり扱います。今日は、この1点だけ押さえてください。709条は、帰責性、つまり相手に責められる点があることを、正面から要件にしています。Bに、故意も過失もありません。ですから、709条の責任は生じません。Aが業者に頼んだ費用も、Bには請求できません。逆に、BがAの請求に応じて自分で片づけた場合も、Bは誰にも請求できません。それぞれが、自分でかかった分をかぶる、という結論になります。ここで、対照になる場面を1つ見ておきましょう。
今度は、Bが境界ぎりぎりに積んだ資材が崩れて、Aの庭をふさいでしまった場面です。今度は、Bに過失があります。境界ぎりぎりに積んだこと自体が、落ち度です。この場面では、最終的にBが費用を持ちます。忍容請求権説に立っても、いったんAが払ったうえで、709条を使ってBに求償できます。求償というのは、立て替えた分を後から払ってもらうことです。
4つの説を、同じ場面に当てはめる
図:4説の比較板
- 忍容請求権説=我慢してもらう権利、台風は請求した側の費用(先に言った方が損)、資材崩落はAが払いBに求償できる
- 行為請求権説=行為させる権利、台風は早い者勝ち(不可抗力なら別扱いの余地)、資材崩落はBの費用
- 修正行為請求権説=原則は行為・返還は例外的に忍容、台風はBの費用でどちらが先でも同じ、資材崩落もBの費用
- 不法行為説=費用は709条の損害、台風は各自が自分の分をかぶる、資材崩落はBの費用
ここで、4つの説を、板の上に並べてみます。2つの場面、台風と、資材の崩落を、4つの説すべてに当てはめてあります。資材崩落のように、落ち度がある場面では、どの説もほぼ同じ結論に落ち着きます。そこが、今日いちばん言いたいことです。つまり、4つの説を分けている軸は、たった1つです。答案でこの論点が出たときも、使い方は同じです。どの説に立っても構いません。落ち度の無い相手に費用を負わせる不都合を、どう処理するかを書ければ、論証として成立します。どれか1つを正解として勧めるものではありません。今日、見てきた4つの考え方は、それぞれ理由があります。
物権的請求権は、時間で消えるか
図:消滅時効の板
- 結論=根拠となる物権そのものが時効で消えない限り物権的請求権も時効で消えない
- 166条2項は「所有権以外」の財産権が対象で、所有権はこの条文の対象から外れている
- 理由=物権的請求権は物権から切り離して独立に存在する権利ではなく、物権の効力が外に現れたもの
- 所有権以外の物権(地上権など)は物権そのものが時効消滅しうるので、そのときは請求権も一緒に消える
- 時効で「消えない」ことと相手が取得時効(162条)で所有権を「取る」ことは別
ここからは、後半です。値段の話が終わったので、次は寿命の話に移ります。物権的請求権は、時間の経過で消えてしまうのでしょうか。前に、所有権は消滅時効にかからない、と聞いた気がします。所有権に基づく物権的請求権も、消滅時効にはかかりません。ここは前に確認したとおりです。今日は、別の角度から、その理由を見ます。まず、条文を確認しましょう。
条文民法166条2項
民法 第166条第2項 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。
所有権を、この条文はわざわざ除外しています。ここで、今日加える理由づけです。物権的請求権は、物権から切り離して独立に存在する権利ではありません。物権の効力が、外に現れたもの、と考えてください。物権と、運命をともにするんです。物権が消えなければ、請求権も消えない、ということです。では、所有権そのものは消えるのか。消滅時効を学んだときに見たとおり、所有権は、使っていない期間があっても中身が減っていかない、恒久性のある権利です。だから166条2項の対象から外れていて、消えません。その所有権と運命をともにするので、請求権も消えないわけです。
所有権に基づく返還請求権は、何年放っておいても、時効では消えないんです。一方で、地上権など、所有権以外の物権はどうでしょうか。166条2項の対象に、入ってしまいますね。その物権自体が、時効で消えることがあります。そのときは、請求権も一緒に消えます。最後に、1つだけ誤解を防いでおきます。消滅時効では、所有権は消えません。ただし、他人がその物を自分の物として長く占有し続け、取得時効が成立すれば、元の持ち主は、その結果として所有権を失います。この2つを混ぜないでください。取得時効の中身は、前に別の回で確認済みなので、今日は繰り返しません。
他の請求権との関係——請求権競合
図:賃貸借終了後の関係図
- 貸主Aと借主Bが向き合っている
- ①貸主から借主へ所有権に基づく返還請求権
- ②貸主から借主へ契約終了に基づく返還請求権
- 同じ場面に、物権的請求権と契約上の請求権が並んで立つ
最後に、居場所の話です。物権的請求権は、単独で立っているわけではありません。契約や不当利得といった、債権としての請求権と、同じ場面に重なって立つことがあるんです。例えば、こんな場面を考えてみます。Aが、月極めで貸していた駐車場の契約が終わりました。それなのに、Bが車を置き続けています。このとき、Aにはどんな請求権が立つでしょうか。所有権に基づく返還請求権が、まず思いつきます。それだけではありません。賃貸借契約の終了に基づく返還請求権、つまり契約上の債権も持っています。どちらを使ってもよいことになっています。請求権競合と呼ばれる考え方です。
図:不法占拠の関係図
- 土地の持ち主Aと資材置き場を作ったCが向き合っている
- ①土地の持ち主から資材置き場を作ったCへ所有権に基づく返還請求権
- ②同じくCへ不当利得に基づく返還請求権
- 契約関係が無くても、物権的請求権と不当利得の請求権が並んで立つ
もう1つ、別の場面を見てみましょう。契約関係の無いCが、Aの空き地に、勝手に資材置き場を作ってしまいました。この場合、Aには、所有権に基づく返還請求権があります。それに加えて、不当利得に基づく返還請求権も持ちます。不当利得の要件や効果は、別の回でじっくり扱います。今日は、名前と、契約が無くても別に立つことだけを押さえてください。
図:請求権競合の板
- なぜ両方持たせるのか=それぞれ要件と効果が違うので使い分けに意味がある
- 物権的請求権の強み=相手の落ち度も契約も要らず所有権があれば言える、時効でも消えない
- 契約上の請求権の強み=所有権の証明が要らない(貸主が所有者でなくても言える)
- 費用の話で見た不法行為説も、この並んで立つ請求権の1つを使う考え方だった
なぜ、わざわざ2つも請求権を持たせるんですか。それぞれ、要件と効果が違うからです。だから、使い分けに意味があります。物権的請求権は、相手の落ち度も契約も要りません。所有権さえあれば言えますし、時効でも消えません。契約上の請求権は、所有権の証明が要りません。貸主が本当の所有者でなくても、契約を根拠に言えます。ここで、今日の前半を思い出してください。不法行為説は、まさにこの「並んで立つ請求権」の1つを使って、費用の問題を片づける考え方でした。
今日の背骨、もう一度
図:今日の背骨の板
- 物権的請求権は物権から生まれた強い権利
- 費用は性質だけで決めると不公平が出るのでどの説も最後は相手方に責められる点(帰責性)があるかで動く
- 寿命は物権と同じで所有権なら時効で消えない
- 居場所は契約・不当利得・不法行為の請求権と並んで立ちどれを使ってもよい
今日の背骨を、もう一度お願いします。値段の面では、どの説も、最後は相手方に責められる点、つまり帰責性があるかどうかで結論を動かしていました。寿命の面では、物権と運命をともにする。居場所の面では、他の請求権と並び立つ。冒頭のAとBに、戻りましょう。台風は、AにもBにも、落ち度が無い場面でした。だからこそ、ここが説の分かれ目になります。判例も、不可抗力、つまり、そとから来て誰にも防げない出来事については、別に考える余地を残していました。最後に、1つだけ問いを残しておきます。今日は「AがBに『どけて』と言えるか」を前提に進めてきました。では、そもそも誰に「どけて」と言えばよいのか。登記の名義人か、実際にそこに住んでいる人か。
この問いは、登記を学んだあとで扱います。
参照条文
- 民法709条
- 民法166条2項