民法ゼロから民法#87

意思主義と所有権の移転時期

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第2章 物権 #87/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

もう俺のギターなんだ

帰り道の関係図。買主Aと売主Bが向き合っている。①契約=Bの中古ギターを20万円でAが買う約束。②代金と受取りは来月の給料日。まだ代金は動いていない。 図:帰り道の関係図

  • 買主Aと売主Bが向き合っている
  • ①契約=Bの中古ギターを20万円でAが買う約束
  • ②代金と受取りは来月の給料日
  • まだ代金は動いていない

Aは、知人Bが長年弾いてきた手作りの中古ギターを、20万円で買う約束をしました。世界に1本しかないギターです。代金は来月の給料日に払い、その日にギターも受け取ります。代金はまだ払っていません。ですが帰り道、Aは友人にこう言いました。「もう俺のギターなんだ」。友人は笑って言います。「お金も払っていないのに?」今日の問いは1つです。このギターは、今、AとBのどちらの物でしょうか。先に答えを言っておきます。特別な約束が無ければ、約束がまとまったその瞬間に、ギターはもうAの物です。ただ、同じギターの売買でも、移る時期がずれる場面があります。今日は、そのずれがどこから来るのかを、1本の線から説明できるようにします。

前回までの橋——物権が動くとは

今日の地図。物権変動とは何か・176条の意思主義・物権行為の独自性・移転時期の原則・ずれる場面の3つ(不特定物・他人物・特約)・まとめの比較板。 図:今日の地図

民法の最初の回で、土地は、売ります買いますの時点で移る、と見ました。前回までの3回で、物権とは何か、どんな請求ができるかを見ました。今日から、物権が「動く」場面に入ります。物権が生まれたり、内容が変わったり、消えたりすることを、まとめて物権変動と呼びます。例えば、更地に家を建てれば所有権が発生します。人の土地に建物を持つための地上権の期間を、延ばす約束をすれば、権利の中身が変わります。建物が燃えてしまえば、所有権は消滅します。大きく2つに分かれます。1つは、当事者が意思で起こすもの。売買や贈与、抵当権の設定です。もう1つは、当事者の意思と関係なく起こるもの。相続や、建物の新築、建物の滅失などです。

今日扱うのは、当事者の意思で起こすもの、それも契約で所有権が移る場面だけです。意思と関係なく起こる方と、物権の消滅そのものは、別の回に回します。ここで1つ、思い出してみてください。最初の回の終わりに、宿題が2つ残っていました。覚えていますか?お金を払っていない買主が持ち主なら、売主はどうやって代金を確保するのか。それと、売主が別の人にもう一度売ってしまうのでは、という心配でした。1つめには、今日答えます。2つめは、もう少し先の回の話です。まずは、その出発点の条文を、もう一度見ましょう。

176条——意思表示だけで足りる

176条の板。所有権が移るのに要るもの=意思表示のみ。要らないもの=代金の支払い・物の引渡し・登記。ギターに当てはめると、AとBが約束した瞬間に移る。 図:176条の板

  • 所有権が移るのに要るもの=意思表示のみ
  • 要らないもの=代金の支払い・物の引渡し・登記
  • ギターに当てはめると、AとBが約束した瞬間に移る

ここで、根拠になる条文を見ましょう。

条文民法176条

民法 第176条(物権の設定及び移転) 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

最初の回で、土地を例に見た条文です。代金も、登記も、契約書も要らない、という結論でした。意思表示だけで物権が移る仕組みを、意思主義と呼びます。ギターの場面に当てはめると、AとBが約束した瞬間に、もう移っています。

意思主義と形式主義の比較板。意思主義=移るのに要るもの「意思表示のみ」・ギターは約束の時に移る。形式主義=移るのに要るもの「登記や引渡しという形」・ギターは受け取った時に移る。 図:意思主義と形式主義の比較板

  • 意思主義=移るのに要るもの「意思表示のみ」・ギターは約束の時に移る
  • 形式主義=移るのに要るもの「登記や引渡しという形」・ギターは受け取った時に移る

逆の仕組みも、あるんですか。あります。登記や引渡しという形が無いと物権が移らない仕組みを、形式主義と呼びます。ドイツなどが採っています。日本は、フランスなどと同じ、意思主義です。もし日本が形式主義だったら、ギターは受け取った日に移ることになります。たしかに、形がある方が誰の物か外から分かりやすい面はあります。ただ、その役目は、日本では別の条文に回しています。所有権が移るかどうかは意思表示だけで決め、ほかの人に主張できるかどうかは、登記や引渡しで決める、という分け方です。1つだけ、注意しておきたい言葉があります。以前、意思表示の回で「意思主義と表示主義」という言葉を見ました。

今日の「意思主義」は、それとは別の話です。あちらは、心の中と表示がずれたとき、どちらを重く見るかという話でした。こちらは、物権が動くのに、意思表示のほかに形が要るかという話です。比べている相手が違います。あちらの相手は表示主義、こちらの相手は形式主義です。

「所有権を移します」という約束は要るか

独自性の問い。176条の意思表示とは、売買の「売ります・買います」で足りるのか、それとは別に「所有権を移します」という物権のための合意が要るのか。 図:独自性の問い

ここで、1つ問いを立てます。176条の言う「意思表示」とは、何を指すんでしょうか。売買の「売ります」「買います」という意思表示で足りるのか、それとも、それとは別に「所有権を移します」という物権のための合意が要るのか、争いがあります。別の合意が要る、という考え方もあるんですか。あります。独自性肯定説と呼ばれる少数説です。売買の合意とは別に、物権的な意思表示が必要だと考えます。ギターで言えば、「売ります」「買います」の約束は、Bがギターを渡す義務と、Aが代金を払う義務を生む約束です。肯定説は、それとは別に、「このギターの所有権を、Aに移します」という物権のための合意があって、初めて所有権が動くと考えます。

同じギターについて、約束を2回する、ということですか。そういうイメージです。ただ、2回目をわざわざ口に出すとは限りません。ギターを手渡すときや、土地なら登記の手続きをするときに、その合意が込められている、と見るのがこの説です。この考え方の出どころは、形式主義の国の発想です。売買の合意と、所有権を移す合意を、そもそも分けて考えるわけです。もう一方は、どう考えるんですか。独自性否定説です。判例・通説の立場で、売買の意思表示だけで足りると考えます。理由ははっきりしています。176条は「意思表示のみ」と言っているだけで、特別な種類の意思表示を求めていません。素直に条文を読めば、それで足ります。

日本の176条は、意思主義の国の条文をそのまま受け継いでいます。分けて考える理由が、そもそも無いというのが否定説の中身です。だから肯定説に立つと、引渡しや登記の時に初めて移る、という考え方に結びつきやすくなります。否定説なら、約束がまとまった瞬間にAの物です。答えが変わるから、争う意味があるわけです。この論点は、論文で論点になりうる問題です。今日は、対立の中身まで押さえておいてください。

原則は、契約をした瞬間

移転時期の原則の板。特定物の売買で売主が所有者・特約が無いとき=契約をした時に移る。理由=176条から素直。反対説=登記・代金支払・引渡しのいずれかの時に移る。 図:移転時期の原則の板

  • 特定物の売買で売主が所有者・特約が無いとき=契約をした時に移る
  • 理由=176条から素直
  • 反対説=登記・代金支払・引渡しのいずれかの時に移る

ここから、いよいよ移転時期の話です。特定物の売買で、売主が所有者、特約も無いときが原則の場面です。特定物というのは、以前見た言葉です。当事者が個性に着目した物を、特定物と呼びます。世界に1本のギターは、まさに、特定物の例です。この原則の場面では、契約をした時に、所有権が移ります。意思表示だけで足りるのですから、契約が成立した瞬間に、もう移っています。ここで、今日の線を1本引いておきます。意思表示で所有権が移るには、3つがそろっている必要があります。「この物を」、つまり、どの物かが決まっていること。「今」、つまり、当事者が今移すつもりでいること。そして「移す」、つまり、売主がその所有権を持っていることです。

だから契約の瞬間に移ります。代金も、引渡しも、登記も、この3つには入っていません。反対の考え方も、あるんですか。あります。登記や、代金の支払いや、引渡しのどれかの時に移るという考え方です。2つの理由があります。1つは、独自性肯定説に立って、その時に初めて物権のための合意があったと見る理由です。もう1つは、独自性否定説に立ちながら、売買の意思表示に「登記や引渡しをしたら」という条件が黙って付いていると読む理由です。以前見た停止条件と、同じ考え方です。どちらの理由も、176条そのものを否定しているわけではありません。そこが大事な点です。意思主義そのものは認めていて、形式主義を採っているわけではありません。ただ、意思表示の中身の読み方をずらしているだけです。

戻りましょう。「お金を払っていないのに移るのは、売主が損では」という疑問です。この疑問への答えは2つあります。1つは、売主は、代金と引換えでなければ物を渡さないと言えることです。以前、契約の種類の回で見た、同時履行の抗弁権です。詳しい要件は別の回で扱いますが、今日は「渡さずにいられる」という中身だけ押さえてください。もう1つは、だからこそ実際の取引では、代金を払った時に移すという特約を付けておくことが多いという点です。これは、後で詳しく見ます。所有権が移ることと、物が手元に来ることは別だという、この区別は、今日の最後まで使います。

ほかの人に主張できるかという話は、登記や引渡しの役目にあたる話で、これは別の回で扱います。今日は、所有権そのものがいつ移るかだけを追いかけます。

ずれる場面1——まだ「この物」が決まっていない

楽器店の関係図。買主Aと楽器店Cが向き合っている。①Aが量産モデルのギターを1本注文。②店の倉庫には同じモデルが何十本もあり、どの1本かまだ決まっていない。 図:楽器店の関係図

  • 買主Aと楽器店Cが向き合っている
  • ①Aが量産モデルのギターを1本注文
  • ②店の倉庫には同じモデルが何十本もあり、どの1本かまだ決まっていない

ここから、移る時期がずれる場面を見ていきます。1つめは、不特定物の場合です。今度は、別の場面を考えます。Aが楽器店Cで、量産モデルのギターを1本注文しました。店の倉庫には、同じモデルが何十本もあります。この場合、契約の時には移りません。3つのうち「この物を」がまだそろっていません。所有権を移そうにも、どの物かが決まっていなければ、移しようがありません。物権の最初の回で見た、特定性を思い出してください。在庫が50台あるプリンターに「1台ください」と注文しても、どの1台か決まるまでは、所有権を乗せようがない、という話でした。

以前の回の終わりで、不特定物の売買は「特定」が起きたタイミングが鍵になる、と予告していました。その続きが、この場面です。3つのうちの「この物を」は、あの特定性のことです。

条文民法401条2項

民法 第401条第2項 前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする

種類だけ決めて注文した場合でも、店が渡すのに必要なことをやり終えるか、Aの同意を得て「この1本」と決めれば、それ以後はその1本が渡すべき物になります。これが特定です。判例も、特定した時に所有権が移ると考えています。店側が発送の準備を終えたときなど、どの1本かが決まる場面がいくつかあります。ただ、その細かい要件は、別の回でじっくり扱います。今日は、「この物」が決まった時に移る、という結論だけ押さえてください。

ずれる場面2——渡す物をまだ持っていない

借り物の関係図。売主Bと友人Dが向き合っている。①BはDから中古ギターを借りていた。②BはそのギターをAに売ってしまった。所有者はまだDのまま。 図:借り物の関係図

  • 売主Bと友人Dが向き合っている
  • ①BはDから中古ギターを借りていた
  • ②BはそのギターをAに売ってしまった
  • 所有者はまだDのまま

2つめの場面は、他人物です。今度は、こんな設定を考えます。BがAに売ったギターは、実はBが友人Dから借りていた物でした。この場合も、契約の時には移りません。Bが持っていない所有権を、Aに移せるはずがないからです。いつ移るかというと、Bがそのギターを、Dから買い取った時です。その時、AとBはもう一度契約を結び直すんですか。そこが面白いところです。判例は、結び直さなくても、Bが所有権を手に入れた瞬間に、そのままAへ移ると考えています。意思主義の線の上にある結論です。契約は最初から有効に成り立っていて、あとは「移す」がそろうのを待つだけになっていたわけです。

他人物を売る契約そのものの効力については、別の回で詳しく見ます。今日は、契約は有効に成り立つ、という1点だけで十分です。

ずれる場面3——「今」を自分たちで決め直す

特約の板。同じA・B・同じギター。Bが「代金を全部払ってもらうまでは私の物」と言い、Aも了解する。結論=特約に従い、代金を払った時に移る。条件付きの場合は、条件が成就した時に移る。 図:特約の板

  • 同じA・B・同じギター
  • Bが「代金を全部払ってもらうまでは私の物」と言い、Aも了解する
  • 結論=特約に従い、代金を払った時に移る
  • 条件付きの場合は、条件が成就した時に移る

3つめの場面は、特約や条件です。冒頭と同じAとBが、同じギターで、こんな約束をしたとします。Bが「代金を全部払ってもらうまでは、私の物ということで」と言い、Aも了解しました。さっきの原則とは、違う結論になりますか。なります。この場合は、特約に従って、代金を払った時に移ります。意思表示だけで移るのが176条です。だとすれば、意思表示で「いつ移すか」を決めることも、当然できます。これも意思主義そのものです。もう1つ、短く見ておきます。「Aが音大に合格したら売る」という約束だったらどうでしょうか。前に見た、条件の話に近いですね。停止条件付きの売買にあたります。条件が成就した時、つまり合格した時に、所有権が移ります。

3つがそろう瞬間——1枚の板で並べる

まとめの比較板。原則(特定物・自己物)=何も欠けていない、契約の時に移る。不特定物=「この物を」が欠ける、特定した時に移る。他人物=「移す」ための所有権が欠ける、売主が所有権を手に入れた時に移る。特約=「今」を当事者が外す、特約の定める時に移る。停止条件=「今」を条件成就まで外す、条件が成就した時に移る。 図:まとめの比較板

  • 原則(特定物・自己物)=何も欠けていない、契約の時に移る
  • 不特定物=「この物を」が欠ける、特定した時に移る
  • 他人物=「移す」ための所有権が欠ける、売主が所有権を手に入れた時に移る
  • 特約=「今」を当事者が外す、特約の定める時に移る
  • 停止条件=「今」を条件成就まで外す、条件が成就した時に移る

ここで、今日見てきた場面を、1枚の板に並べてみます。原則は、何も欠けていないので、契約の時に移ります。不特定物は「この物を」が欠けていて、特定した時に移ります。他人物は「移す」ための所有権が欠けていて、売主が所有権を手に入れた時に移ります。特約と停止条件は、どちらも「今」を当事者が外していて、特約や条件が定める時に移ります。今日、口で言いたいのは、この1点だけです。どの場面も、176条の「意思表示だけで移る」から外れていません。欠けていたものがそろった瞬間に、移っているだけです。

今日の背骨、もう一度

今日の背骨の板。所有権は「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移る。176条が求めるのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要らない。原則は契約の瞬間、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけ。 図:今日の背骨の板

  • 所有権は「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移る
  • 176条が求めるのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要らない
  • 原則は契約の瞬間、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけ

今日の背骨を、もう一度お願いします。所有権は、「この物を」「今」「移す」がそろった瞬間に移ります。176条が求めているのは意思表示だけで、売買の合意とは別の合意は要りません。だから原則は契約の瞬間で、ずれる場面は3つのどれかが欠けているだけです。冒頭のAに戻りましょう。ギターは、もうAの物です。ただし、Bは代金と引換えでなければ渡さないと言えますし、特約があれば話は別です。最後に、1つだけ問いを残しておきます。では、Bがこのギターを、Eにも売ってしまったら、どうなるでしょうか。この問いは、また別の回で扱います。

参照条文

  • 民法176条
  • 民法401条2項

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