地役権の意義と対抗
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 物権 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
私道は、買った人にも通れるか
図:冒頭設例の関係図
- AとBが20年前に「Aはこの私道を通ってよい」と約束した(登記なし)
- Aは毎日この道を通ってきた
- ある日BがこのB土地をCに売り、Cは「登記の無い権利なんて知らない」と通行を拒否する
- まだ答えの出ていない問い(点線「Aはこれからも通れるか」)
Aさんの家から駅へ出るには、隣のBさんの土地にある細い私道を通るのが、一番近い道です。AさんとBさんは、20年前に「この私道を通ってよい」と約束しました。Aさんは、毎日そこを通ってきました。いい話ですね。ただ、その約束、登記はしてあるんですか。していません。口約束と、実際に通い続けてきた事実だけです。ある日、BさんはこのB土地をCさんに売りました。Cさんはこう言います。「登記の無い権利なんて知らない。もう通らないでくれ」。先に答えを言っておきます。登記が無くても、通れることがあります。カギは2つです。その私道が、見れば通路だと分かる状態だったか。そして、Cさんがそれを知っていたか、知ることができたか。
今日は、Aさんが持っているこの権利、地役権がどんなものかを見たうえで、この問いを最高裁の判断で確かめます。
280条を読む——地役権とは何か
図:280条の全文カードの背景
- 地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する
- ただし所有権の限界の規定(公の秩序に関するもの)に違反してはならない
条文そのものを見てみましょう。280条です。
条文民法280条
民法第280条 地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。
地上権も永小作権も、権利を持つのは「人」でした。でも地役権は、便益を受けるのは「土地」です。この条文には、2つの土地が出てきます。便益を受ける土地と、便益を提供する土地です。それぞれに、名前がついています。
図:要役地・承役地の関係図
- A(要役地の所有者)とB(承役地の所有者)の間に、地役権という別個の物権を設定する
- 要役地=便益を受ける土地(冒頭の私道の場面のA土地)
- 承役地=便益を提供する土地(冒頭の私道の場面のB→C土地)
- 所有権の矢印と地役権の矢印を区別する
便益を受ける、Aさんの土地。これを要役地と呼びます。便益を提供する、Bさん、そして今はCさんの土地。これを承役地と呼びます。「要る」役目の土地か、「承る」役目の土地か、と覚えるといいでしょう。地役権は、要役地の所有者であるAさんが、承役地であるB土地を使わせてもらう権利です。Bさんの土地の所有権を奪うわけではありません。土地については、Bさんの所有権とAさんの地役権が、別々に存在します。ここは、地上権のときと同じ構造です。
「土地の便益」とは何か
図:一言板
- 地役権は要役地の使用価値を高めるものでなければならない
- 所有者個人の趣味・好みを満たすだけのものは地役権にならない(その場合は賃貸借・使用貸借になる)
- 地役権の種類=通行・引水・眺望・日照など
便益とは、要役地の使用価値を高めることです。ここが地役権になるかどうかの分かれ目です。例えば、Aさんの土地から、Bさんの土地越しに海が見えるとします。Aさんが「Bさんの土地に高い建物を建てないでほしい」とBさんと取り決めたとしましょう。この取り決めが、Aさんの土地の眺望や日照を確保し、要役地であるA土地そのものの使用価値を高めるものであれば、地役権になりえます。一方、こういう場合はどうでしょう。「Aさんが、個人的にBさんの土地の庭でバーベキューを楽しみたい」というだけの約束だったら。A土地自体の使用価値には関わらない、Aさん個人の趣味を満たすだけの取り決めは、地役権にはなりません。その場合は、Bさんの土地を借りる、賃貸借や使用貸借という別の契約になります。地役権になりうる種類としては、通行のほか、水を引く引水、景色を守る眺望、日当たりを守る日照などがあります。目的は、契約で自由に定められます。
囲繞地通行権との違い——なぜ地役権を結ぶ意味があるのか
図:一言板の問い
ここで、1つ疑問が浮かびます。前に、囲繞地通行権を学びました。公道に出られない土地の所有者が、周りの土地を通れる権利でしたね。実は、地役権と囲繞地通行権は、重なる場面もあります。だからこそ、違いを押さえておく必要があります。
図:囲繞地通行権との比較板
- 発生原因=地役権は契約または時効取得/囲繞地通行権は法律上当然に発生
- 性質=地役権は所有権とは別個の物権/囲繞地通行権は所有権の内容そのもの(相隣関係)
- 場所の決まり方=地役権は契約で自由に定める/囲繞地通行権は必要かつ損害が最も少ない場所に限られる
- 有償か=地役権は契約次第(無償も可)/囲繞地通行権は原則として償金の支払が必要
- 登記の要否=地役権は必要/囲繞地通行権は不要
1つめ、発生の原因です。地役権は、当事者の契約、または時効取得によって生まれます。囲繞地通行権は、法律上当然に発生します。合意が無くても、袋地であるという事実だけで認められます。2つめ、権利の性質です。地役権は、所有権とは別個の物権です。囲繞地通行権は、所有権の内容そのもの、相隣関係の一部でしたね。3つめ、通る場所の決まり方です。地役権は、契約で自由に定められます。庭のどこを通ってもいいですし、幅も自由です。囲繞地通行権は、公道に出るために必要で、かつ他の土地のために損害が最も少ない場所と方法に限られます。4つめ、有償かどうかです。地役権は契約次第で無償も可能です。囲繞地通行権は、原則として償金の支払が必要でしたね。5つめ、登記の要否です。地役権は、対抗要件として登記が必要です。囲繞地通行権は、所有権の内容そのものなので、登記は不要です。
囲繞地通行権は、緊急避難のような、必要最小限の通行しか認めません。Aさんが望むとおりの場所と幅で、安定して通り続けたいなら、内容を自由に定められる地役権を結ぶ意味があるんです。まず、冒頭のAさんは、駅へ出るのにこの私道が一番近いというだけで、遠回りをすれば公道には出られます。袋地ではない土地には、囲繞地通行権はそもそも生まれません。それに、囲繞地通行権で認められるのは、公道に出るために必要な範囲に限られた、狭い通路です。Aさんが20年間使ってきた道が、その最小限の範囲より広かったり、別の場所にあったりすれば、囲繞地通行権だけでは足りません。しかも、囲繞地通行権は原則として償金を払う必要がありますが、Aさんは20年前の約束で、無償で通ってきました。
囲繞地通行権は、あくまで最低限の保険です。Aさんが今日問題にしているのは、20年前に結んだ、地役権という約束のほうです。
地役権の性質——3つの「くっつき方」
図:地役権の性質の一覧板
- 随伴性(281条1項)=要役地の所有権が移ると地役権もついていく
- 付従性(281条2項)=地役権だけを切り離して譲渡できない
- 不可分性(282条)=共有者の1人だけが持分について地役権を消滅させることはできない
- 返還請求権なし=占有を伴わないため妨害排除・妨害予防だけ
ここからは、地役権の性質を見ます。地役権を、要役地にくっついた付箋だと考えてみてください。要役地という「本体」に貼られた付箋が、地役権です。まず条文を見ましょう。
条文民法281条
民法第281条 1 地役権は、要役地(地役権者の土地であって、他人の土地から便益を受けるものをいう。以下同じ。)の所有権に従たるものとして、その所有権とともに移転し、又は要役地について存する他の権利の目的となるものとする。ただし、設定行為に別段の定めがあるときは、この限りでない。 2 地役権は、要役地から分離して譲り渡し、又は他の権利の目的とすることができない。
1項が随伴性です。要役地の所有権が、誰かに移転すると、付箋である地役権も、本体と一緒に移っていきます。要役地の所有権移転登記があれば、原則として地役権も、承役地の所有者などに対抗できます。2項が付従性です。地役権だけを本体から剥がして、単独で売ったり、他の権利の目的にしたりすることはできません。次に、不可分性です。
条文民法282条
民法第282条 1 土地の共有者の一人は、その持分につき、その土地のために又はその土地について存する地役権を消滅させることができない。 2 土地の分割又はその一部の譲渡の場合には、地役権は、その各部のために又はその各部について存する。ただし、地役権がその性質により土地の一部のみに関するときは、この限りでない。
土地が共有だった場合、共有者の1人だけが、自分の持分について地役権を消滅させる、ということはできません。2項は、土地が分けられた場合です。例えば、Aさんが要役地を半分に分けて一方を売っても、通行地役権は、分かれた両方の土地のために残ります。今日は、1人だけでは消せない、土地を分けても残る、という2点を押さえてください。最後に、返還請求権が無い、という性質です。地役権は、承役地を「占有」する権利ではありません。だから、承役地を明け渡せと請求する権利、物権的返還請求権は認められません。認められるのは、妨害排除請求権と、妨害予防請求権だけです。通行を邪魔されたら、やめるよう求められますが、土地そのものを返してもらう話にはなりません。
地役権はどうやって成立するか
図:一言板
- 地役権は多くの場合、地役権設定契約(176条・意思表示のみで成立)によって生まれる
- 時効取得(283条)は、継続的に行使され、かつ外形上認識できるものに限られ、通路の開設は要役地所有者によることを要する(詳細は第1章・時効取得の回)
地役権は、多くの場合、要役地の所有者と承役地の所有者の間の、地役権設定契約で成立します。物権の変動は、意思表示だけで生じますから、契約が結ばれれば、それだけで地役権は発生します。もう1つ、時効によって取得できる場合もあります。283条ですね。「継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り」時効取得できるという要件と、通路については要役地の所有者自身が開設したことが要る、という判例の考え方は、第1章の、賃借権や地役権の時効取得の回でじっくり扱いました。今日は、この名前だけ思い出してください。冒頭のAさんの場合は、時効ではなく、20年前の契約によって、すでに地役権が成立していると考えていいでしょう。
対抗要件は登記——原則を一度立てる
図:一言板
- 地役権も物権である以上、対抗要件は登記(177条)
- 177条の趣旨は取引の安全と公示
- 第三者とは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者(前に学んだ定義)
- 原則どおりなら、登記の無いAは、承役地を買ったCに対して地役権を主張できないはず
さて、地役権も物権です。物権の対抗要件は、以前学んだとおり、登記でしたね。なぜ、登記が対抗要件になるのか、思い出してください。土地を買おうとする人は、登記を見て、その土地にどんな負担があるかを確認します。登記の無い権利まで、後から出てきて主張できてしまうと、誰も安心して土地を買えなくなってしまいます。取引の安全を守るための原則です。そして、177条の「第三者」とは、以前見たように、単に権利や利益を持つ人全員ではなく、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者のことでしたね。欠缺とは、欠けていることです。つまり、「あなたには登記が無い」と言って争える、正当な立場にある人だけが第三者です。登記を信じて取引に入ってきた人を守るための線引きです。
原則どおりに考えると、冒頭のAさんは地役権の登記をしていませんから、承役地を買ったCさんに対して、地役権を対抗できないはずです。原則だけを見れば、登記の無いAさんは、Cさんに負けることになります。でも、実際には、そう単純にはいきません。ここで、最高裁判所の判断を見てみましょう。
通行地役権と承役地の買主——原則が破られる場面
図:冒頭の私道の場面の回収図
事案は、冒頭のAさんと同じ構造です。通行地役権の登記が無いまま、承役地が第三者に譲渡されたとき、地役権者は、その譲受人に地役権を主張できるか、という問題です。
判例最判平成10年2月13日 民集52巻1号65頁
通行地役権と承役地の買主 承役地の譲渡の時に、承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることが、その位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。
条件は2つです。1つめ、承役地が通路として継続的に使われていることが、位置や形状、構造から見て客観的に明らかであること。2つめ、譲受人がそのことを認識していたか、認識することが可能であったこと。実際に知っていた場合だけでなく、知ろうと思えば知れた場合も含まれる。そこが、この判例の最大のポイントです。もう一度、判旨の言葉を見てください。「通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても」とあります。Cさんが本当に知らなかったとしても、この2つの条件がそろえば、譲受人は「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」にあたらない、とされます。
図:背信的悪意者論との違いの一言板
- この判決は「譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではない」と明言する
- 背信的悪意者排除論=知っていて、信義則に反する態度を理由に第三者性を否定する
- この判例=知らなかった場合でも、認識できたことを理由に第三者性を否定する
- 別の筋
ここで、以前学んだ背信的悪意者排除論を思い出してください。「第三者」とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者、という定義でしたね。背信的悪意者は、その正当な利益が無いから、177条の「第三者」にあたらない、というお話でした。では、この判例は、Cさんを背信的悪意者と認定したのでしょうか。ところが、判決はそう述べていません。「このように解するのは、譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではない」と、はっきり言っています。背信的悪意者排除論は、知っていて、なおかつ信義則、つまり誠実に振る舞うべきだという原則に反する態度を取ったことを理由に、第三者性を否定する理論です。悪意すら要ります。問われているのは、買った人の心と態度です。でもこの判例は、Cさんが本当に知らなかった場合、つまり悪意ですらない場合でも、認識できたはずだという一点だけで、第三者性を否定できる、と言っているんです。こちらで問われているのは、買った人の心ではなく、現地を見れば分かったかどうかです。
「第三者=登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」という定義そのものに、背信的悪意者論とは別の入り口から切り込んだ判例、として位置づけてください。なぜ、こんな結論になるのか。通路は、現地を見れば分かることが多いですよね。土地を買う人が、現地を確認するのは、通常のことです。一方で、地役権は登記されないことが多いのが実情です。だから、通路の存在が客観的に明らかなのに確認しなかった譲受人に、地役権の負担を認識していたと扱っても、酷ではない、という考え方です。「認識することが可能であった」とは、例えば、私道の入口に轍や、踏み固められた跡があって、見ればそこが通路だと分かる状態です。仲介業者に確認したり、現地を歩いてみれば気づけるような状況であれば、認識可能性があったと判断されやすくなります。
雑草に埋もれていて、見ても通路だと分からない私道なら、1つめの条件、通路としての使用が客観的に明らかという条件を満たしません。その場合、Cさんは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたり、登記の無いAさんが負けることになります。
図:一言板
- 付箋の喩えの回収
- 私道が机の表側にあって誰の目にも見える位置に貼ってあれば、新しい持ち主は「付箋は無かった」とは言えない
- 逆に机の裏側に隠れていて見つけられない位置にあれば、気づけとは言えない
さっきの付箋の喩えに戻ります。承役地という机に貼られた付箋が、誰の目にも見える場所に貼ってあったなら、机を買った人は「付箋は無かった」とは言えません。逆に、付箋が机の裏側に隠れていて、どんなに注意しても見つけられない位置にあったなら、買った人に「気づけ」とは言えません。その場合は、原則どおり、登記の無い地役権者が負けます。冒頭のAさんに戻りましょう。Aさんが20年間、毎日通ってきた私道が、位置や形状から見て、誰の目にも通路だと分かる状態だったとします。そして、Cさんが土地を買うときに、その私道に気づいていたか、気づけるはずだったなら、Cさんは「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」にはあたりません。
Cさんが「本当に知らなかった」と言っても、それだけでは結論は変わらないんです。
競売された承役地と通行地役権——基準になる人と時
図:平10と平25の比較板
- 基準時=承役地譲渡時/最先順位の抵当権設定時
- 基準となる人=譲受人/最先順位の抵当権者
- 効果=第三者にあたらない(地役権を対抗できる)/通行地役権は売却によっては消滅しない(買受人に対抗できる)
もう1つ、似た場面を見ておきましょう。承役地が、通常の売買ではなく、抵当権の実行によって競売にかけられた場合です。抵当権が実行されて、土地が競売で売られる、というお話です。登記の無い通行地役権が設定された土地が競売にかけられたとき、地役権者は、その土地を競り落とした買受人に、地役権を主張できるでしょうか。
判例最判平成25年2月26日 民集67巻2号297頁
競売された承役地と通行地役権 通行地役権の承役地が担保不動産競売により売却された場合において、最先順位の抵当権の設定時に、既に設定されている通行地役権に係る承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、上記抵当権の抵当権者がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、特段の事情がない限り、登記がなくとも、通行地役権は上記の売却によっては消滅せず、通行地役権者は、買受人に対し、当該通行地役権を主張することができる。
形はよく似ていますが、1か所、重要な違いがあります。基準になる「人」と「時点」です。先ほどの判例は、承役地の譲受人が、譲渡の時に認識していたか、認識できたかを見ました。この判例は、買受人ではなく、最先順位の抵当権者が、抵当権を設定した時に認識していたか、認識できたかを見ます。最先順位の抵当権者とは、その土地にいちばん先に抵当権を設定した人のことです。競売では、この人に対抗できない負担は、売却で消えるのが原則です。登記の無い地役権も、本来はここに入ります。だから、この人が通路に気づけたかどうかが、分かれ目になるんです。
抵当権を設定した後になって、通行地役権が新しく現れた場合でも、同じ話になるんですか。違います。そこは要件です。この判例が対象にしているのは、抵当権を設定した時点で、通行地役権がすでに設定されていた場合に限られます。地役権のほうが後から出てきたのなら、そもそもこの判断の話ではありません。抵当権者は、お金を貸す担保として土地を取るとき、その土地の価値を評価しますよね。そのときに、通行の負担があるかどうかを含めて、担保価値を把握しておくべき立場にあります。買受人ではなく、この抵当権者を基準にするんです。
具体的に考えてみましょう。抵当権者が3000万円を貸すとき、土地の担保価値を、更地として評価するか、通路の負担がある土地として評価するかで、貸せる金額が変わります。だから、抵当権を設定する、まさにその時点で、通路の存在を確認しておくべき立場にあるんです。逆に言えば、抵当権設定の時点で、通路の存在が客観的に明らかで、抵当権者がそれを認識していたか認識できたのなら、その抵当権者は、最初から通路の負担を織り込んで貸したはずだ、と扱われるんです。買受人が、競売で買うときに通路があると気づいていたら、地役権を主張されてしまうんですか。違います。そこが短答式の狙われどころです。買受人が売却の時点で通路に気づいていたとしても、それだけでは結論を左右しません。決め手は、あくまで最先順位の抵当権を設定した時点で、抵当権者が気づいていたか、気づけたかどうかです。この判例は、短答式でよく問われます。基準になる人と時点が、先ほどの判例とは違う、という点を押さえておいてください。
今日の骨格を、もう一度
図:まとめ板
- 地役権は要役地の使用価値を高めるために承役地を使う別個の物権
- 280条(要役地・承役地)、性質(付従性・随伴性・不可分性)、対抗要件は登記が原則
- 最判平10・2・13は、客観的に明らかな通路使用と認識可能性があれば、譲受人は知らなくても第三者にあたらない(背信的悪意者論とは別の筋)
- 最判平25・2・26は競売版で、基準は買受人ではなく最先順位の抵当権者
最後に、今日の骨格を振り返りましょう。冒頭のAさんに戻りましょう。Aさんが20年間通ってきた私道が、誰の目にも通路だと分かる状態で、Cさんがそれに気づいていたか、気づけるはずだったなら、Aさんは登記が無くても、この私道を通り続けられます。
参照条文
- 民法280条
- 民法281条
- 民法282条