公示の原則・公信の原則と原始取得
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第2章 物権 #89/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
見えている形を、どこまで信じていいのか
図:冒頭の関係図
- ①CはBから、ネットの個人売買で中古のカメラを買った
- 実はBは、友人Aから借りていたカメラを、自分の物のような顔をして売っていた
- ②同じ頃、DはBから土地を買った
- 登記簿の所有者の欄にはBの名前があったが、本当の持ち主はAで、Bが書類を勝手に作って名義を移していた
Cは、ネットの個人売買で、Bから中古のカメラを買いました。実は、Cが買ったカメラは、Bの友人Aから借りていた物でした。Bは、自分の物のような顔をして売っていたんです。同じ頃、Cの友人Dは、Bから土地を買いました。登記簿の所有者の欄には、Bの名前がありました。ところが、本当の持ち主はAで、Bが書類を勝手に作って、名義を自分に移していたんです。今日の問いは1つです。同じように見えている形を信じて買ったのに、2人とも手に入れられるのか。先に答えを言います。カメラのCは、手に入れられます。土地のDは、原則として、手に入れられません。
民法は、信じた人を守る段階を2つ用意していて、動産は2段階目まで、不動産は1段階目までしか守らないからです。今日は、その2段階を、1本の線で説明できるようにします。
物権の変動を、外からどう知るか
図:今日の地図
前回までの2本で、物権が移る場面と、消える場面を見ました。今日は、その変動を外の人がどう知り、どこまで信じてよいかを見ます。物権変動という大きな単元の、最後の1本です。
出発点、承継取得の原則
図:承継取得の板
- 買った人は、前の人の権利を引き継ぐ
- ①前の人が持っていない権利は受け取れない②前の人の権利に付いていた負担(抵当権など)も一緒に引き継ぐ
- 困りごと=所有権も抵当権も目に見えない
売買で物を買うと、買った人は、前の人が持っていた権利を、そのまま引き継ぎます。この原則には、2つの帰結があります。1つめ、前の人が持っていない権利は、受け取れません。2つめ、前の人の権利に付いていた負担、たとえば抵当権も、一緒に引き継いでしまいます。ここで、困りごとが出てきます。所有権も抵当権も、目に見えません。土地を見ても、家を見ても、誰の物か、抵当権が付いているかは分かりません。占有を伴わない担保だからです。中身は、また別の回で扱います。今日は、目に見えないという一点だけ押さえてください。前の人が本当に権利を持っているか、負担が付いていないか、確かめようがありません。この困りごとに、民法がどう答えるかが、今日の中身です。
1段階目、公示の原則
図:公示の原則の板
- 定義=物権の変動を外から見える形で示させる考え方
- 道具=不動産は登記、動産は引渡し
- 守る信頼=消極的信頼(見えない以上、その権利は無いと信じてよい)
- 機能=存在するものを、存在するものとして扱う
1段階目の答えが、公示の原則です。公示とは、外から見える形にすることでした。公示の原則は、物権の変動を、外から見える形で示させる考え方です。不動産は登記、動産は引渡しという形で示させます。
条文民法177条
民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
条文民法178条
民法 第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。
今日は、この2つの条文が、登記や引渡しを要求していることだけ見せます。条文の細かい中身は、それぞれ別の回で扱います。消極的信頼と呼びます。見えない以上、その権利は無いと信じてよい、という信頼です。登記簿に抵当権が載っていない土地を買った人がいるとします。あとから、実は抵当権が付いていたと言われても、その抵当権を主張されません。載っていない抵当権は、無いものとして扱われるからです。機能を一言で言うと、存在するものを、存在するものとして扱う、というだけです。見えている以上のものは出てこない、という保証にとどまります。
公示の原則と、対抗要件主義は別物
図:対抗要件主義と公示の原則の対比板
- 対抗要件主義=物権の変動を第三者に主張するには一定の要件を要するという考え方
- 公示の原則=外から見える形を求める考え方
- 理屈の上では別だが、日本では登記・引渡しが両方の役を兼ねる
- 176条=移ること自体には公示を要求せず、第三者に主張するときに求める
ここで、取り違えやすい2つの言葉を整理しておきます。対抗要件は、以前、第三者に主張するための印、と呼びました。一方、公示の原則は、外から見える形を求める考え方です。理屈の上では、別の話です。対抗要件は、目に見えないものを要件にすることも、立法としては可能です。当事者だけが持っている証書に押された日付を、対抗要件にする制度も、作ろうと思えば作れます。それでも、目に見える公示ではありません。日本では、登記も引渡しも、目に見える形です。だから、対抗要件が、そのまま公示の役も果たしています。177条と178条は、対抗要件主義と公示の原則を、両方定めた条文なんです。
ちなみに、意思表示だけで物権が移ること自体には、177条や178条は公示を要求しません。あくまで、第三者に主張するときに求める話でした。見える形のほう、公示の原則です。人が信じられるのは、見えているものだけだからです。では、見えている形が真実と違っていたら、どうなるのか。ここから先が2段階目です。
2段階目、公信の原則
図:比較板。行=公示の原則/公信の原則。列=①守る信頼(消極的信頼/積極的信頼)②一言で(見えない以上、無い/見えている以上、ある)③機能(存在するものを存在するものとして/存在しないものを存在するものとして)④日本での採用(不動産・動産とも/動産だけ、192条)。
それが、公信の原則です。以前、その形を信じた人を守ること、と呼びました。公信の原則は、真実と違う公示を信じて取引した人に、公示どおりの権利があったのと同じ保護を与える考え方です。守られる信頼は、積極的信頼です。見えている以上、その権利はあると信じてよい、という信頼です。機能を一言で言うと、存在しないものを、存在するものとして扱う、という踏み込んだ保護です。公示の原則は、見えている以上のものは出てこない、というところで止まります。公信の原則は、見えているものが、無くてもあることにする、というところまで踏み込みます。信じた人を守る度合いが強いぶん、本当の持ち主が失うものも大きくなります。
条文民法192条
民法 第192条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。
今日は、動産では、見えている形を信じた人が権利を取得する、ということだけ見せます。善意や無過失といった、細かい条件の中身は、また別の回で扱います。Cは、Bがカメラを持っているという、見えている形を信じて買いました。一定の条件を満たせば、この条文によって、Cはカメラの所有権を取得できます。
なぜ不動産には公信の原則がないのか
図:理由の板
- ①真実と違う登記が少なくない(認めると本当の持ち主が害される)②不動産の取引は動産ほど頻繁でない(買う側に慎重さを求めても酷でない)
- 代わりの道=94条2項類推(本当の持ち主の帰責性が不可欠)
- 公信の原則=本当の持ち主の帰責性を問わない
ここで、94条2項類推を見た回を、思い出してください。類推適用に絶対に必要だった本人側の事情は、何でしたか?えっと……本人の、帰責性だったと思います。それを踏まえて、不動産の話に入ります。不動産には、この2段階目がありません。冒頭のDが、原則として土地を手に入れられない理由です。以前、理由を2つ見ました。1つめ、真実と違う登記が、少なくないからです。これに公信力を認めると、本当の持ち主が害されてしまいます。不動産の取引は、動産ほど頻繁ではありません。だから、買う側に慎重さを求めても、酷ではないんです。
ただし、ここからが、今日の新しい中身です。不動産でも、見えている形を信じた人が救われる道が、別に用意されています。94条2項類推が当てはまると、本当の持ち主は、登記を信じて買った人に、自分の物だと主張できなくなります。その結果、買った人は土地を手に入れられます。その点で、公信の原則に近い働きをします。ですが、決定的な違いがあります。94条2項類推は、さっき思い出してもらったとおり、本当の持ち主に帰責性があることが不可欠です。本人が、その外観の発生にどう関わったかが問われます。公信の原則は、本当の持ち主の帰責性を、要件にしていません。ここが、動産と不動産の根本的な違いです。
Bが書類を勝手に作った場面で、Aに何の関わりもなければ、Dは94条2項類推でも救われません。もし、Aが名義の変更に気づいて放置していた、といった事情があれば、Aは、Dに、自分の土地だと主張できなくなる余地が出てきます。ただ、その場合分けの中身は、以前の回で扱いました。動産は、原則として、本当の持ち主の帰責性を問わず、信じた人を守ります。不動産は、本当の持ち主に帰責性がある場合だけ、守ります。これが、CとDで差がつく理由です。
2段階目まで行くと、もう引き継ぎではない
図:折り返しの板
- 承継取得の原則=前の人が持っていない権利は受け取れない
- ところがCは、持ち主でないBからカメラの所有権を得た
- Bから引き継いだとは説明できない
- Cの所有権は、Cのところで新しく生まれた
ここで、先ほど見た承継取得の原則を、思い出してください。前の人が持っていない権利は、受け取れない、というものでした。この原則からすると、Bから買ったCは、カメラの所有権を得られないはずです。でも、Cは取得できました。この矛盾、どう説明しますか?うーん……Bは、そもそも持ち主じゃなかったのに、Cは所有権を取得できる。たしかに、変ですね。Cは、持ち主でないBから、カメラの所有権を得ました。Bから引き継いだ、とは説明できません。Cの所有権は、Bから引き継いだのではなく、Cのところで新しく生まれたと考えるしかありません。これが、原始取得です。たとえるなら、承継取得は、受け取った手紙を、そのまま次の人へ渡す伝言です。手元に無い手紙は、渡せません。Bの手元には、渡せる所有権がありませんでした。それでもCが所有権を持てるのは、Cのところで、新しい証明書をその場で書き起こしたのと同じだからです。
承継取得と原始取得
図:原始取得の原因一覧板
- 承継取得=前の人の権利を引き継いで取得すること
- 特定承継(前の人の特定の権利だけ、売買が典型)/包括承継(前の人の権利も義務も丸ごと、相続が典型)
- 原始取得=前の人の権利とは関係なく新しく取得すること
- 原因=取得時効(長く持ち続けた人に所有権)/即時取得(今日のC)/無主物先占(持ち主のいない動産を自分の物にするつもりで持つ、239条1項)/遺失物拾得(落とし物を法律の手続を経て取得、240条)/埋蔵物発見(埋まっていた物を掘り当てた、241条)/添付(別の人の物がくっついて1つになる等、242条以下)
ここで、名前を整理しておきます。承継取得は、前の人の権利を引き継いで取得することです。承継取得は、2つに分かれます。特定承継は、前の人の特定の権利だけを引き継ぐことです。売買が典型です。包括承継は、前の人の権利も義務も、丸ごと引き継ぐことです。相続が典型です。義務まで引き継ぐのが、包括承継の特徴です。一方、原始取得は、前の人の権利とは関係なく、新しく権利を取得することです。前の所有者から移ってくるのではなく、占有者のところで、まったく新しい所有権が生まれる、というものでした。原始取得には、いくつかの原因があります。1つずつ、名前だけ確認します。1つめ、取得時効。長く持ち続けた人に、所有権が認められます。2つめ、即時取得。今日のCが、まさにこれです。3つめ、無主物先占。持ち主のいない動産を、自分の物にするつもりで持つと、所有権を得ます。
川で釣った魚のように、持ち主のいない動産なら、自分の物にするつもりで持てば、条文上、すぐ自分の物になります。ただし、落とし物には持ち主がいるので、ここには入りません。それが次です。4つめ、遺失物拾得。落とし物は、法律の手続きを経て、拾った人が所有権を取得します。5つめ、埋蔵物発見。埋まっていた物も、法律の手続きを経て持ち主が分からなければ、発見した人が所有権を取得します。最後、添付。別の人の物がくっついて、1つの物になる場合などです。今日は、この6つが原始取得の原因として並ぶ、ということだけ押さえてください。
違い①、負担を引き継ぐか
図:実益の板
- 承継取得=前の人の権利に付いていた負担(地上権・抵当権など)も原則として一緒に引き継ぐ
- 原始取得=負担の付いていないまっさらな権利を取得するのが原則
- 理由=原始取得の権利は、前の人の権利ではなく新しく生まれた権利だから
- 例=抵当権の付いた土地を買った場合(抵当権も付いてくる)と、同じ土地を時効で取得した場合(抵当権の付いていない所有権)の比較
ここに、承継取得と原始取得の、最大の違いがあります。承継取得は、前の人の権利に付いていた負担、たとえば地上権や抵当権も、原則として一緒に引き継ぎます。一方、原始取得は、負担の付いていない、まっさらな権利を取得するのが原則です。なぜ、そんなに違うんですか。原始取得の権利は、前の人の権利ではなく、新しく生まれた権利だからです。負担は前の人の権利に付いていたものなので、新しく生まれた権利には、そもそも乗っていません。具体例で確かめましょう。抵当権の付いた土地を、買った場合を考えます。では、同じ土地を、時効で取得した場合はどうでしょうか。
以前の回で見た、時効取得で抵当権が消える、という結論は、実は今日のこの性質の、一例だったんです。当てはまります。Cが取得するのは、即時取得という原始取得です。だから、Cの所有権は、Aの所有権を引き継いだものではなく、Cのところで新しく生まれた所有権です。細かい効果は、また別の回で扱います。
違い②、前の人の権利が消える理由
図:2段図
- 承継=Aの権利、矢印でCへ移る
- 原始=Aの権利は×で消える、Cに新しく○の権利が生まれる
もう1つ、違いがあります。どちらでも、前の人は、その物の権利を失います。ここは同じです。承継取得では、権利がそのまま移ったから、当然に、前の人の手元から無くなります。一方、原始取得では、新しい所有権が生まれます。時効取得の回で、前の持ち主の所有権は、新しい所有権の反射として消える、と見ました。その反射を生んでいるのが、以前見た、排他性です。同じ物の上に、同じ内容の物権をもう一つ成立させない性質でしたね。冒頭のカメラなら、Cのところに、新しい所有権が生まれます。すると、排他性によって、同じカメラの上にもう一つの所有権、つまりAの所有権は、成り立たなくなります。
承継取得は、権利が移動するから消える。原始取得は、新しい権利が生まれた反射として消える。同じ消えるでも、理由がまったく違います。
今日の背骨、もう一度
図:階段板
- ①承継取得の原則(前の人が持っていた分だけ・負担付き)②公示の原則(見えない負担は無いものとして扱ってよい=消極的信頼・不動産も動産も)③公信の原則(見えている権利はあるものとして扱ってよい=積極的信頼・動産だけ)④③まで行った権利は原始取得=負担を引き継がない
- 横に不動産の別ルート=94条2項類推(帰責性が要る)
今日見てきた話を、1枚の階段に並べます。出発点は、承継取得の原則です。前の人が持っていた分だけ、負担付きで引き継ぎます。1段のぼると、公示の原則です。見えない負担は、無いものとして扱ってよい。消極的信頼です。不動産も動産も、ここまでは共通です。もう1段のぼると、公信の原則です。見えている権利は、あるものとして扱ってよい。積極的信頼です。ここは、動産だけです。その先まで行った権利は、もう引き継ぎでは説明できず、原始取得になります。負担を引き継ぎません。不動産は1段目で止まります。その代わり、横に別のルートがあります。94条2項類推です。ただし、こちらは本当の持ち主の帰責性が要る、という条件付きです。今日の話は、全部この1つの問いでつながっています。信じた人を、どこまで守るか。
冒頭に戻りましょう。Cは動産の話でしたから、2段階目まで守られて、カメラを取得できます。ただし、Aに帰責性があれば、94条2項類推という別の道が開かれる余地があります。次は、今日の1段階目の道具、登記そのものの中身に入ります。
参照条文
- 民法177条
- 民法178条
- 民法192条