177条と登記制度の仕組み
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 物権 #90/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
売買もしていないのに
図:冒頭の場面
- 兄弟で遺産分割をして、Aが実家の土地を1人で受け継いだ(誰かから買ったのではなく、遺産分割による取得)
- 登記をしないでいるうちに、兄が「自分の法定相続分だ」と言って、その持分を第三者に売ってしまう
Aは、兄と2人で、実家の土地を相続しました。遺産分割の話し合いで、Aが土地を1人で受け継ぐことになりました。誰にも売っていませんし、誰かから買ったわけでもありません。ところが、登記をしないでいるうちに、兄が「自分の法定相続分だ」と言って、その持分を第三者に売ってしまいました。売買をしていなくても、登記は関係してきます。これが今日の1問です。先に答えを言います。今日見る177条は、売買のような取引で権利が動く場合だけの条文ではありません。相続については、899条の2という条文が別にあり、考え方は177条と同じです。Aは、自分の法定相続分を超える部分について、登記が無いと、その第三者に主張できないんです。詳しい要件は、相続と登記の回で扱います。
今日はもう1つ、登記簿に名前が載っていれば、その人が本当の持ち主だと言い切れるか、も考えます。先に答えると、ひとまずそう扱ってよいけれど、言い切れはしません。その理由まで、1本の線で説明できるようにします。
前回までの橋
図:今日の地図
以前、同じ土地が二重に売られたときの決着は、先に登記を備えたほうだと見ました。そして前回、不動産の登記には公信力が無い、という結論も見ました。そこで使った「登記」という道具自体が、どんな仕組みでできているのかは、まだ見ていませんでした。今日はそこに入ります。
177条の届く範囲
図:適用範囲の板
- 原因=契約に限らない(相続・取得時効・取消し・解除)
- 対象=所有権・抵当権・地上権など、ほとんどの物権
- 登記できない権利=留置権・占有権(占有そのもので発生・消滅するため)
- 例外=不動産の一般先取特権(336条、詳細は担保物権の回)
- 第三者に対抗できないだけで、第三者の側から登記のない物権変動を認めることは差し支えない
条文民法177条
民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
もう一度、文言だけ確認します。「不動産に関する物権の得喪及び変更は」とあって、原因を契約に限定していません。実際、取得時効や取消し、解除といった、契約以外の原因で物権が動く場面にも、177条は及びます。相続の場面にも、同じ考え方が及びます。当てはまります。冒頭のAのように、相続で法定相続分を超える部分を取得した場合、登記をしないままだと、第三者に対抗できません。そのことは899条の2という条文が定めていて、考え方は177条と同じです。売買のような取引でなくても、同じ考え方が関係する、という一点だけ、今日は押さえてください。
ほとんどの物権が対象です。所有権はもちろん、抵当権や地上権のような権利も含まれます。ただし、例外が2つあります。1つめ、留置権と占有権です。この2つは占有そのものによって発生し、消滅する権利なので、登記になじみません。2つめ、不動産の一般先取特権には、177条の例外規定があります。登記が無くても、抵当権などを持たない普通の債権者には主張できる、という特別扱いです。詳しい中身は、担保物権の回で扱います。もう1つだけ。177条は「対抗できない」としか言っていません。登記の無い側から、自分の権利を主張できないだけで、第三者の側から、登記の無い物権変動を認めてやることはできます。
無効になるわけではなく、主張できない方向が決まっているだけ、という点を押さえてください。
登記簿には何が書いてあるのか
図:登記簿の構造の板
- 表題部=不動産の物理的状況(所在・地番・地目・地積)
- 権利部・甲区=所有権に関する事項
- 権利部・乙区=所有権以外(抵当権・地上権など)に関する事項
- 共同担保目録=1つの債権を担保する複数の不動産の一覧
Aが実際に相続の登記をすると、登記簿には何が記録されるのか、見てみましょう。想像がつかなくて大丈夫です。まず表題部です。土地の所在や地番、地目、つまり宅地や畑といった土地の使い道、地積、つまり面積といった、物理的な状況が書かれます。次が権利部で、こちらは2つに分かれます。甲区には所有権に関する事項、つまりAの名前が載るのはここです。乙区には、所有権以外の権利、たとえば抵当権や地上権が書かれます。もう1つ、共同担保目録というものもあります。1つの債権を、複数の不動産でまとめて担保しているときに、その一覧を示すものです。
誰でも法務局で確認できるので、これが登記の公示という役割を果たしています。
どこまで信じてよいのか——対抗力・推定力・公信力なし
図:登記簿に名前が載っている人は、本当に所有者だと言い切れるでしょうか
ここで1つ、立ち止まって考えてみてください。登記簿に名前が載っている人は、本当に所有者だと言い切れるでしょうか。では、言い切れないなら、その名前には何の意味があるんでしょうか。
図:比較板。推定力と公信力の違い。行=推定力/公信力。列=①中身(反証がない限り、名義人を所有者として扱う/真実と違っても、登記を信じて取引した人を守る)②反証が出たら(覆る=事実上の推定/信じた人は守られたまま)③不動産の登記(ある/無い)。下段=本登記(対抗力を生む終局的な登記)・仮登記(順位を保全する予備的な登記)。
登記は、まず効力の強さで2つに分かれます。本登記は、対抗力を発生・変更・消滅させる、終局的な登記です。仮登記は、将来の本登記の順位をあらかじめ保全する、予備的な登記です。仮登記は、あとで詳しく見ます。今日の核心は、本登記のほうです。不動産の登記には、公信力が無いという結論を、前回見ました。ですが、まったく何も保証しないわけではありません。推定力という効力が認められています。登記簿に所有者として載っている人は、本当に所有者なのだろう、と一応扱ってもらえるんです。
判例最高裁判決(登記の推定力)
登記の推定力 登記簿に所有者として名前が載っている人は、それを覆す証拠が出ない限り、その不動産の所有者として扱われる。
そこが公信力との違いです。具体例で確かめましょう。Aが相続の登記を済ませたとします。反証が出てこない限り、Aは所有者として扱われます。ところが、もし別の人が「実は自分が本当の所有者だ」という証拠を出してきたら、その推定は覆ります。推定力は、事実上の推定にすぎません。これに対して公信力は、前回見たとおり、真実と違う登記を信じて取引した人に、登記どおりの権利があったのと同じ保護を与える効力です。名前が載っているというのは、有力な手がかりであって、確定した証明書ではありません。ちなみに、仮登記には、この推定力すらありません。判例も、そう扱っています。仮登記は、まだ本登記ではないので、順位以外の何も保証しないんです。
この主張の強さと限界は、論文でも論点になりえます。今日はその前提として、推定力と公信力の違いを押さえてください。なぜ推定どまりで、公信力までは届かないんですか。一言で言うと、登記を受け付ける登記官が、書類の形しか確かめていないからです。中身まで確かめていない記載を、覆らないものとして扱うわけにはいきません。誰がどう登記を作り、誰が何を確かめているのかを、この先で順に見ます。
誰が、どうやって登記を作るのか
図:手続の板
- 登記権利者=登記により利益を受ける者(買主が典型)
- 登記義務者=登記により不利益を受ける者(売主が典型)
- 当事者共同申請主義=原則、両者が共同して申請する
- 実務では司法書士による双方代理が広く用いられている
ここまでで、登記の中身と、信じてよい強さを見ました。次は、その記載が実際にどう作られるかです。まず名前を整理します。登記権利者は、登記によって利益を受ける人です。買主が典型です。登記義務者は、登記によって不利益を受ける人です。売主が典型です。
条文不動産登記法60条
不動産登記法 第60条 権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。
登記権利者と登記義務者、両方がそろうのが原則です。これを当事者共同申請主義と呼びます。売主が「登記させたくない」と言っても、勝手には進みません。なぜ、両方そろわないといけないんですか。登記で損をする売主が、自分から申請に加わるからです。損をする側が認めている以上、嘘の登記は入りにくくなります。だから、登記簿の名前は、ひとまず信じてよい、と言えるわけです。よく知っていますね。実務では、司法書士が売主と買主の両方の代理人を務める、双方代理が広く認められています。以前、108条の回で見たとおり、登記の申請は、すでに決まった権利関係を書き写すだけで、新しく利害を動かさないからです。実際の取引の多くは、この形で進みます。
法務局は中身の真実性まで調べるのか
図:審査権限の板
- 形式的審査権限=申請書の形式が整っているかだけを審査する
- 実質的審査権限=契約の有効性や本当の権利関係まで審査する権限=無い
- 例=必要書類が足りない申請は断れるが、「契約は無効だ」という理由では断れない
ここで、さっきの問いに戻ります。なぜ登記には、公信力までは無いんでしょうか。登記官が書類の形しか確かめていないことが、そのまま答えに効いてきます。答えは、登記を作る側の権限にあります。登記官が持っているのは、形式的審査権限だけです。申請書の形式が整っているかどうかを審査する権限です。契約の中身までは、見てくれないんですか。見てくれません。実質的審査権限、つまり契約が本当に有効か、申請してきた人が本当に権利者かという中身の審査は、登記官には無いんです。申請書に添えるべき書類が欠けていれば、受け付けを断れます。ですが、「売主に本当は売る権限が無かったのではないか」という中身の疑いでは、受け付けを断れません。中身の真実性は、審査の対象外なんです。
登記官は、中身の真実性を確かめていません。前回見た、真実と違う登記が少なくない、という理由の根っこも、ここにあります。だから、反証が出てくれば覆る、というだけの保証にとどまります。ここが、今日いちばんの答えです。
名義が違っていたときの直し方
図:真正な登記名義の回復の関係図
- 無権利のBが、Aの土地に勝手に自分名義で登記をする
- さらにBからCへ、その登記が移転される
- Aは、B名義・C名義それぞれの抹消を求める代わりに、CからAへ直接、所有権移転登記を求めることができる
中身が審査されていない以上、事実と違う登記が生まれることもあります。それを直す方法も見ておきます。A所有の土地に、権利の無いBが、勝手に自分名義で登記をしてしまったとします。さらに、その登記がBからCへ移転されました。判例は、B名義とC名義、それぞれの登記を抹消するのではなく、CからAへ、直接、所有権移転登記をすることを認めています。これを真正な登記名義の回復と呼びます。登記の役目は、今の本当の持ち主が誰かを示すことです。BとCの登記を1つずつ抹消しても、CからAへ直接移しても、最後にAの名前が載るという結果は同じです。判例は、その理由を、登記簿に所有者として載っている人には、本当の所有者のために、正しい権利関係を登記簿に示すことに協力する義務がある、と説明しています。だから、CからAへ直接移すことを求められるんです。
原則として、Cは守られません。登記に公信力が無いからです。ただし、前回見たとおり、例外があります。本当の持ち主のAにも落ち度があって、嘘の登記ができあがるのに関わっていたような場合には、その登記を信じたCのほうを守る、という考え方です。94条2項類推と呼びました。
まだ本番ではない登記——仮登記の順位保全効
図:仮登記の順位の関係図
- ①Aは、条件が整う前の段階で、分割払いの条件付きで土地を買う契約を結び、代金を払い終える前に仮登記を入れる
- ②その後、売主は同じ土地を、別の買主Tにも売り、Tが先に本登記を済ませてしまう
- ③Aが条件を満たして本登記をすると、Aの本登記の順位は仮登記の時点まで戻り、Tより優先する
先ほど、仮登記は「まだ本番ではない」と言いました。ここで詳しく見ます。本登記の前に、将来されるべき登記の順位をあらかじめ確保しておく登記です。条件が整う前の段階で、順番だけ押さえておく、というイメージです。
条文不動産登記法106条
不動産登記法 第106条 仮登記に基づいて本登記(仮登記がされた後、これと同一の不動産についてされる同一の権利についての権利に関する登記であって、当該不動産に係る登記記録に当該仮登記に基づく登記であることが記録されているものをいう。以下同じ。)をした場合は、当該本登記の順位は、当該仮登記の順位による。
仮登記に基づいて本登記をした場合、その本登記の順位は、仮登記の順位どおりになる、ということです。これを順位保全効と呼びます。Aが、分割払いの条件付きで土地を買う契約を結んだとします。条件が整う前の段階で、Aは仮登記だけ入れておきます。ところが、その後、売主が同じ土地を、別の買主Tにも売ってしまい、Tが先に本登記を済ませてしまいました。Aは、負けてしまうんですか。違います。その後、Aが条件を満たして本登記をすると、Aの本登記の順位は、仮登記を入れた時点まで戻ります。結果として、Aの本登記が、Tより優先します。
仮登記で確保していた順位が、あとの本登記にそのまま引き継がれるからです。
仮登記でできること・できないこと
図:対抗力の板
- 仮登記でできること=順位を先取りする(順位保全効)
- 仮登記でできないこと=いま第三者に対抗すること(対抗力なし)
- 本登記をした後も、対抗力が仮登記の時点まで遡るわけではない(遡及しないのが判例・通説)
仮登記があるからといって、安心はできません。仮登記があっても、まだ対抗力は生まれていません。177条の「第三者」に対して、仮登記だけでは物権の取得を対抗できないんです。Aは仮登記の段階では、まだTに対抗できません。あくまで、本登記をして初めて対抗力が生まれます。仮登記が確保しているのは、順位だけです。なぜ、仮登記だけでは、対抗力が生まれないんですか。仮登記は、本登記に必要なものがまだそろっていない段階で入れる、予約の印にすぎないからです。権利が移ったことを、まだ登記簿が示していないんです。
本登記をしても、対抗力が仮登記の時点までさかのぼるわけではありません。順位はさかのぼりますが、対抗力そのものは、さかのぼりません。順位保全効は、あとで本登記をしたときの並び順を守る仕組みで、仮登記の時点で権利を示していたことにするものではないからです。判例も、そう扱っています。たとえば、仮登記のあと、本登記をするまでの間に、売主からその土地を借りて使い始めた人がいたとします。Aが本登記をすると、その人は、借りる権利をAに主張できなくなります。ですが、仮登記の時からAが所有者だったことになるわけではありません。Aが、土地を使われたことの損害の賠償を求められるのは、実際に所有権を手に入れた後の分だけです。
仮登記は、順位を先取りできるだけで、それ自体が信じてよい情報にはならない、と考えてください。
今日の背骨、もう一度
図:まとめの板
- ①177条の届く範囲=契約以外にも及ぶ、登記になじまない権利もある
- ②登記簿の中身=表題部・甲区・乙区・共同担保目録
- ③信じてよい強さ=対抗力・推定力はある、公信力は無い
- ④手続=共同申請、法務局は形式的審査のみ
- ⑤仮登記=順位保全効はある、それ自体に対抗力は無く、本登記をしても対抗力は遡らない
今日見てきた話を、1枚にまとめます。1つめ、177条の届く範囲は、契約以外にも及びます。ただし、登記になじまない権利もあります。2つめ、登記簿には、表題部・甲区・乙区・共同担保目録という区分があります。3つめ、信じてよい強さです。対抗力・推定力はありますが、公信力はありません。4つめ、登記は共同申請で作られるので、ひとまず信じてよい。でも、法務局は形式的審査しかしていないので、中身の真実性までは確かめていません。5つめ、仮登記です。仮登記には、順位保全効はありますが、それ自体に対抗力はありません。本登記をしても、対抗力はさかのぼりません。今日の話は、全部この1つの問いでつながっています。登記に書かれていることを、どこまで信じてよいか。
冒頭のAに戻りましょう。遺産分割で土地を受け継いだAも、登記をすれば、甲区にその名前が載り、推定力を持ちます。ただし、自分の法定相続分を超える部分は、登記をしていないと、第三者に主張できないままです。公信力までは無いので、反証が出てくれば推定が覆る余地も残ります。次は、177条の「第三者」に当たる人・当たらない人を、もう少し細かく見ていきます。
参照条文
- 民法177条
- 不動産登記法60条
- 不動産登記法106条