177条の「第三者」の範囲
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 物権 #91/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
空き家に住み着いた男の開き直り
図:冒頭の場面
- 空き家だと思って勝手に住み着いていた男に、正式な所有者Aが「出て行ってくれ」と告げる
- 男は「あなたはまだ登記をしていない。登記が無いなら私に対抗できないはずだ」と開き直る
Aは、しばらく空き家になっていた土地付きの家を持っています。ある日、様子を見に行くと、見知らぬ男が勝手に住み着いていました。Aが「出て行ってください」と告げると、男はこう言い返します。「あなたは、まだこの家の登記をしていないでしょう。登記が無いなら、私に対抗できないはずだ」と。先に答えを言います。この理屈は通りません。理由は、この男がそもそも、登記の有無を持ち出せる立場に無いからです。177条の「第三者」にあたらない人だからです。今日は、この「第三者」にあたる人と、あたらない人を、同じ一つの物差しで見分けられるようにします。
前回までの橋と、今日の物差し
図:審判のホイッスルにたとえた判定軸のボード
- 177条は早い者勝ちレースの審判
- ホイッスルを吹いて「まだゴールしていない」と言えるのは、そのレースに実際に参加している選手だけ
前回までで、177条の「第三者」とは、当事者・包括承継人以外であって、登記が無いことを主張する正当な利益を持つ者、という二段階のフィルターだと確認しました。ここで、177条をもう一度出します。
条文民法177条
民法 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
今日見ていくのは、この条文の中の「第三者」という一語です。今日は、その先です。具体的に、誰が正当な利益を持つ側で、誰が持たない側なのか。冒頭の男は、持たない側だった、ということですね。今日はまず、一つの物差しを渡します。177条は、いわば早い者勝ちレースの審判です。審判がホイッスルを吹いて「まだゴールしていない、無効だ」と言えるのは、そのレースに実際に参加している選手だけです。観客や、レースに関係の無い人が、横からホイッスルを吹くことはできません。ここでいう選手とは、その土地をめぐって、実際に権利を争う立場にある人のことです。これが、フィルターの2つめ、定義にある「登記が無いことを主張する正当な利益」の中身です。今日は、あたらない人を4つのグループ、あたる人を3つの代表例、この順で見ていきます。どちらも、同じ物差しで判定できます。
あたらない①——反則で相手を妨害した人、案内を怠った係員
図:不動産登記法5条の関係図
- Aが先に土地を買い、Bが不正な手段でAの登記を妨害する場面
- もう一つは、Cが他人(A)のために登記を申請する義務を負いながら怠り、勝手に自分の名義で登記する場面
- ただし、Cが自分自身の権利をAより先に取得していた場合は例外
まず1つめのグループです。不動産登記法という、登記の手続きを定めた法律に、こんな条文があります。
条文不動産登記法5条
不動産登記法 第5条 詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は、その登記がないことを主張することができない。 2 他人のために登記を申請する義務を負う第三者は、その登記がないことを主張することができない。ただし、その登記の登記原因(登記の原因となる事実又は法律行為をいう。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の後に生じたときは、この限りでない。
2つのパターンがあります。1つめは、詐欺や強迫で、他人の登記の申請を妨げた人です。売主が、同じ土地をAとBの両方に売ったとします。先に買ったのはAです。Aが登記を申請しようとしたとき、Bが嘘をついたり脅したりして、その申請を止めさせ、その間に自分が先に登記してしまったとします。この場合、Bは、Aに対して「あなたは登記が無い」とは主張できません。反則をして相手をゴールさせなかった選手が、「まだゴールしてないからセーフだ」と言うようなものだからです。2つめのパターンは、他人のために登記を申請する義務を負っている人です。
たとえば、Aが土地を買って、その登記の手続きをCに頼んだとします。ところがCは、頼まれた手続きを放っておいて、同じ売主から自分もその土地を買い、先に自分の名義で登記してしまいました。登記の申請をする義務を負っている人が、自分の手でその申請を止めて得をするのは筋が通りません。この人も、「Aには登記が無い」とは主張できません。ただし、ただし書があります。もしCが、Aより先に、自分自身でその土地を買っていたなら、話は別です。Aの権利の原因のほうが、Cの権利の原因より後に生じた場合です。このときのCは、頼まれた係員である前に、先にレースに出ていた選手です。だから例外的に、「Aには登記が無い」と主張できます。
どちらのパターンも、共通しているのは、自分から反則やサボりを働いておいて、その結果を使おうとしている点です。審判のホイッスルを、汚れた手で吹くことは許されません。
あたらない②——ゼッケンを持たない人
図:無権利の登記名義人の板
- 所有者は登記なくして無権利の名義人に対し妨害排除請求ができる
- 無権利の名義人からさらに買った人が守られるかは、94条2項の類推適用の問題
2つめのグループです。登記簿に名前が載っているだけで、実際には何の権利も持たない人がいます。たとえば、Aの家から実印と書類を盗み出した人が、書類を偽造して、登記簿の名義を勝手に自分に書き換えた場合です。この人を、無権利の登記名義人と呼びます。この人は、そもそもレースに参加していません。本当の所有者は、この無権利の名義人に対して、登記が無くても、所有権に基づいて、その名義の抹消を求められます。ちなみに、この無権利の名義人から、さらに土地を買った人が出てくる場面は、以前見た94条2項の類推適用の出番でした。本人の帰責性が重ければ、名義を信じて買った人が守られることがあります。今日は、その一言だけ思い出しておいてください。
あたらない③——コースの外にいる人、そして冒頭の男
図:不法行為者・不法占有者の板
- 放火などで物を壊した不法行為者、無権原で住み着いた不法占有者は、いずれも177条の「第三者」にあたらない
- 所有者は登記なくして損害賠償・返還請求ができる
3つめのグループです。冒頭の男が、ここに入ります。一つは、他人のものを壊したり焼いたりする不法行為者です。もう一つが、権原なく住み着く不法占有者です。貸してもらう契約でも、譲ってもらう契約でも、何でもいいので、そこに居座ってよいという根拠のことです。冒頭の男には、それが一切ありません。判例も、無権原の占有者は177条の「第三者」にあたらない、としています。
判例最判昭和25年12月19日
不法占有者は「第三者」にあたらない 権原なく不動産を占有する者は、177条にいう「第三者」にあたらない。所有者は、登記が無くても、その占有者に対し、所有権に基づく返還請求をすることができる。
所有者は、登記が無くても、その人に「出て行ってください」と、所有権に基づいて請求できます。男は、レースに参加していない人です。だから、ホイッスルを吹く資格がありません。「登記が無いなら対抗できないはずだ」という言い分は、そもそも成り立ちません。
あたらない④——バトンを渡し終えた元走者
図:前主・後主の関係図
- AからBへ、BからCへと順に土地が譲渡される
- CからみたAは、AからみたBの、さらに前の持主にあたる
- Aはすでに権利を手放しており、Cとの間で権利を争う立場に無い
4つめのグループです。少し変わった場面を作ります。Aが土地をBに売り、Bがその土地をさらにCに売った、という場面です。ここで聞きます。CからみたAは、177条の「第三者」にあたるでしょうか。Cと直接の契約をしていないので、一見、Aは他人のように見えます。ですが、Aはこの時点で、土地に関する権利をすでに手放しています。Bに売った時点で、Aの取り分は無くなっているからです。バトンをBに渡し終えた、元走者だと考えてください。バトンを渡し終えた走者が、あとからバトンを受け取ったCに向かって、「まだ受け取った証拠が無い」と文句を言うのは、おかしな話です。
Aは、Cとの関係では、当事者に準じる立場として扱われます。だから、Cに対して「登記が無い」と主張する正当な利益がありません。ここまでの4つが、「第三者」にあたらないグループです。反則をした人と案内を怠った係員、ゼッケンの無い人、コースの外の人、そしてバトンを渡し終えた元走者。共通しているのは、いずれもレースに参加していない、という点です。
あたる①——同じゴールを目指す選手、二重譲受人
図:二重譲渡の呼び戻し板
- Aが同じ土地をBとCの両方に売った
- BとCは、お互いに177条の「第三者」にあたる
- 先に登記を備えたほうが勝つ
ここからは、逆に「第三者」にあたる人を見ていきます。1つめは、二重譲渡の譲受人です。ここで、二重譲渡の回を思い出してください。あの回で、BさんとCさんは、お互いに「第三者」だと確認しましたね。この二人が「第三者」にあたる理由は、何だったでしょうか?BとCは、お互いに、同じ土地を争う立場にあります。だから、お互いに「第三者」にあたる対抗関係になり、先に登記を備えたほうが勝つ、という結論でした。ここまでのグループと違って、二重譲受人は、正真正銘、そのレースに参加している選手です。
あたる②——差し押さえに来た選手、差押債権者
図:差押債権者の関係図
- Aが所有する土地に、Bが金銭債権を持っていて、その土地を差し押さえる
- Aから別にCが土地を譲り受けていた場合、BとCはお互いに177条の「第三者」にあたる
2つめの代表例です。ある人が、Aに対してお金を貸していて、その土地を差し押さえたとします。裁判所を通じて、その財産を強制的に処分できるようにする手続きです。この差押債権者は、177条の「第三者」にあたります。差し押さえが空振りに終わるかどうかは、その土地がまだAのものかどうかで決まります。つまり差押債権者は、土地の持ち主が誰かによって、お金を回収できるかどうかが左右される立場です。だから、その土地が実はすでに別の人へ譲渡されていても、譲り受けた人が登記を備えていなければ、差押債権者はその譲渡を無視して、登記簿上の名義人であるAの財産として差し押さえることができます。
同じ土地の上で、実際に競り合っている選手です。実は、「第三者」の定義を立てた判例は、定義のすぐ後で、あたる人の例として、この差押債権者を挙げています。
判例大連判明治41年12月15日
「第三者」の定義を立てた判例 177条にいう「第三者」とは、物権変動の当事者もしくはその包括承継人以外の者であって、不動産に関する物権の得喪及び変更の登記が無いことを主張するについて正当な利益を有する者をいう。同一の不動産を差し押さえた債権者は、この「第三者」にあたる。
定義を立てたその判決自身が、差押債権者を、あたる人の代表例として挙げています。定義と一緒に示された、いわば公式の具体例です。
あたる③——自分の借りている土地を守る選手、賃借人
図:賃借人の関係図
- 元の所有者が土地を賃借人に貸している
- 賃借人は、借りている土地の上に、登記した建物を持っている
- その後、元の所有者が土地を別の人に売却する
- 新しい所有者が賃借人に明渡しや賃料を求めるには、登記を備えることが要る
3つめの代表例です。ある土地の所有者が、その土地を人に貸していたとします。ところが、その所有者が、貸している最中に、土地を別の人に売ってしまいました。所有者が変われば、賃借人から見た大家さんも、新しい所有者に代わります。ここで、新しい所有者が、賃借人に「出て行ってください」とか、「これからの家賃は私に払ってください」と求めたとします。ここで前提が一つあります。この賃借人は、借りている土地の上に、登記した建物を持っていました。判例は、この場面で、賃借人を177条の「第三者」にあたる、としています。
判例最判昭和49年3月19日
賃借人は「第三者」にあたる 土地の賃借人として、その土地の上に登記ある建物を所有する者は、土地の所有権の得喪について利害関係を有する第三者にあたる。だから、土地を譲り受けた人は、所有権移転の登記をしなければ、賃貸人の地位を賃借人に主張できない。
判決が述べているのは、賃借人は、土地の持ち主が誰になるかについて、利害関係を持つ、ということです。そこから考えると、理由は2つ思い浮かびます。1つめ、大家としての立場は、土地の所有権と一緒に移るので、賃借人にとって、誰が本当の大家なのかは重要な問題です。2つめ、もし登記が無くても新しい所有者を大家として認めなければならないなら、賃借人は、家賃を二重に払わされる危険にさらされます。賃借人は、自分の借りている権利を守るために、実際にその土地の上で利害を争う立場にあります。同じレースに参加している選手です。冒頭の男と比べてください。どちらも、その土地を使っている人です。違いは、使ってよい根拠、つまり権原があるかどうかだけです。権原の無い男はコースの外、賃借権を持つ賃借人はレースの選手です。現行法では、この考え方が、605条の2という条文の中に、そのまま書き込まれています。詳しい要件は、また別の回で扱います。今日は、賃借人も「第三者」にあたる、という結論だけ持ち帰ってください。
今日の地図(保存版)
図:まとめの対比板
- 左列にあたらない4類型(不登5条の第三者・無権利の登記名義人・不法行為者/不法占有者・前主後主)、右列にあたる代表例(二重譲受人・差押債権者・賃借人)を並べる
- 中央に「登記が無いことを主張する正当な利益」の物差し
今日見てきたことを、1枚にまとめます。あたらない4つのグループは、1つめが反則をした人と案内を怠った係員、2つめがゼッケンの無い人、3つめがコースの外の人、4つめがバトンを渡し終えた元走者でした。あたる代表例は、二重譲受人、差押債権者、賃借人でした。今日、冒頭の男の開き直りが通らない理由も、はっきりしたと思います。今日は、当てはめの練習でしたが、判定の軸そのものは、いつも一つです。その人が、実際にそのレースに参加しているかどうか。短答でも、この物差しさえあれば、初めて見る人物でも判定できそうです。ここまでは、誰が客観的に「第三者」にあたるかという話でした。次は、その人が事情を知っていたかどうかで結論が変わる場合を見ていきます。
参照条文
- 民法177条
- 不動産登記法5条