民法ゼロから民法#139

留置権と同時履行の抗弁権

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第3章 担保物権 #139/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

直した時計を、返さなくていいのか

冒頭の関係図。B(依頼主)がAの時計店に腕時計を持ち込み修理を依頼→Aが修理完了→Bが「代金は後で払うから時計を返して」と要求。矢印は債権(claim・->・青、修理代金3万円 A→B=AがBに請求)と占有(transfer・=>・金、時計 B→A、修理後もAが占有継続)の2本。吹き出しに「Aは突っぱねていいのか」。 図:冒頭の関係図

  • B(依頼主)がAの時計店に腕時計を持ち込み修理を依頼→Aが修理完了→Bが「代金は後で払うから時計を返して」と要求
  • 矢印は債権(claim・->・青、修理代金3万円 A→B=AがBに請求)と占有(transfer・=>・金、時計 B→A、修理後もAが占有継続)の2本

Bが、自分の腕時計をAの時計店に持ち込んで、修理を頼んだとします。修理代金は3万円。Aは無事に直しましたが、Bは「お金は後で払うから、先に時計を返してほしい」と言ってきました。Aは、代金を受け取るまで時計を渡さずにいることができるでしょうか。結論から言うと、Aは代金を受け取るまで時計を留めておくことができます。前回・前々回で見た質権は、最初にBとAが「質権を設定する」と合意して、実際に物を渡さないと成立しない担保でした。今日見る留置権は、そういう約束が一切なくても、要件さえ満たせば法律が勝手に認めてくれる担保です。この違いから始めます。

約束なしに発生する担保、留置権の意義

295条1項本文の全文カード背景。「他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。」の3つの要素(占有・その物に関して生じた債権・弁済を受けるまで)にそれぞれ下線。 図:295条1項本文の全文カード背景

まず条文を読みます。

条文民法295条

民法第295条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

時計の占有と修理代金の債権、この2つが揃うと、Aは代金の弁済を受けるまで時計を留置できます。ここで大事なのは、この権利が発生するのに、AB間の合意が一切要らないという点です。たとえば、AがBに別に5万円を貸していて、その返済が無い、というだけなら、修理で預かった時計を留めることはできません。5万円は、時計とは関係のないところで生まれた借りだからです。この線引きは、最後に牽連性という要件として見ます。質権は、当事者が約束して初めて成立する担保物権、約定担保物権でした。それに対して留置権は、当事者が何も約束していなくても、法律が定める要件さえ満たせば当然に発生する担保物権です。これを法定担保物権と呼びます。

Aは「代金を払ってもらうまで返さない」と思っただけで、法律用語すら知らなくてもかまいません。要件を満たした事実さえあれば、法律の力でこの権利が生まれます。この「約束なしに発生する」という発生原因の違いが、留置権を理解する最初の一歩です。趣旨は、当事者間の公平です。物を直したり、代金を立て替えたりした人が、相手にお金を払わせる手立てもないまま物を先に取り上げられてしまうのでは、あまりに不公平だからです。

留置権にあるもの・ないもの

通有性一覧板。付従性・随伴性・不可分性(296条)に丸、物上代位性に×。効力欄は留置的効力に丸、優先弁済的効力に×。前回までの担保物権比較表の該当行を再掲する形で示す。 図:通有性一覧板

  • 付従性・随伴性・不可分性(296条)に丸、物上代位性に×
  • 効力欄は留置的効力に丸、優先弁済的効力に×
  • 前回までの担保物権比較表の該当行を再掲する形で示す

留置権にあるものと無いものを整理します。担保物権に共通する性質のうち、付従性・随伴性・不可分性は留置権にもあります。ただし物上代位性だけは、留置権にはありません。物上代位性は、担保に取った物が燃えたり売られたりしてお金に形を変えたとき、そのお金にまで担保の力が追いかけていく性質でした。留置権だけそれが無い理由は、もう1つの軸、効力の種類から見えてきます。留置権が持っているのは留置的効力、つまり目的物を留めておいて相手にプレッシャーをかける力だけです。時計を返してほしいBは、結局3万円を払うしかなくなる、という力です。優先弁済的効力、つまり目的物を競売にかけて優先的にお金を回収する力は、留置権にはありません。

留置権の力は時計を留めておくところにあるので、留める時計が無くなれば、その先のお金に及ぶ力もありません。質権や抵当権のように、優先して回収する力を持つ担保だから、形を変えた先まで追いかけられるわけです。ただし、ここに面白い逆転があります。優先弁済的効力が無いはずなのに、結果としてお金を優先的に回収できてしまう場面があるんです。その前に、なぜ無いのかを確認しておきます。

質問です

想起確認の板。「留置権に優先弁済的効力が無いのは、なぜでしたか?」という一言板。 図:想起確認の板。「留置権に優先弁済的効力が無いのは、なぜでしたか?」という一言板。

担保物権の全体像を見た回で、担保物権を4つとも表に並べて、留置権にだけ優先弁済的効力が無い理由を確かめました。思い出してください。なぜ無いのでしたか?留置権は、物の価値を先取りする権利ではなく、物を留めて相手に圧力をかける権利だから、でした。同じように物を手元に置く担保でも、質権は価値を先取りし、留置権は留めて迫るだけです。この違いを頭に入れたまま、次の話を聞いてください。

無いはずの効力が、事実上生まれる場面

競売と留置権の関係図。工務店が留置する建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売を申し立てる(Gから建物へ向かう線・債権矢印ではない)→買受人Fが登場。Fの吹き出しに「留置権者に修繕代金を払わないと建物が受け取れない」。工務店が買受人Fに修繕代金の弁済を求める向き(claim・->・青、工務店→F)。 図:競売と留置権の関係図

  • 工務店が留置する建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売を申し立てる(Gから建物へ向かう線・債権矢印ではない)→買受人Fが登場
  • 工務店が買受人Fに修繕代金の弁済を求める向き(claim・->・青、工務店→F)

ここは時計ではなく、建物で考えます。担保物権の全体像を見た回で、修繕代金を払ってもらえない工務店が、直した建物を引き渡さずにいる話をしました。その建物を、所有者の他の債権者Gが差し押さえて競売にかけ、Fが買い受けたとしましょう。競売にかけられても、工務店が黙って建物を明け渡すことにはなりません。その回で見た条文をもう一度確認します。不動産の留置権については、買受人は、留置権者が持つ債権を弁済する責任を負います。買受人に弁済の責任を負わせるこの条文が、民事執行法59条4項です。この条文があるおかげで、Fは修繕代金を工務店に支払わない限り、建物の引渡しを受けることができません。留置権自体には、法律上、優先的にお金を取ってくる力はありません。それでも、留置権者に弁済しない限り物を渡してもらえないという結果になるので、実質的には優先弁済を受けたのと同じことが起きます。これを事実上の優先弁済的効力と呼びます。

なお、時計のような動産の場合は、そもそもAが差し出すことに応じない限り、他の債権者は時計を差し押さえられません。もう1つ、今日新しく押さえておきたい条文があります。留置権者には、自分から競売を申し立てる権利もあります。

条文民事執行法195条

民事執行法第195条 留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。

留置権者のAが、自分から時計の競売を申し立てることもできます。たとえばBが修理代を払わないまま、何年も時計を取りに来ないとします。Aは払ってもらうまで留め続けられますが、そのあいだ保管の手間はずっと続きます。そこでA自身が競売を申し立てて、時計をお金に換える道が用意されています。ただし、この競売で得たお金についても、Aが他の債権者より優先して取り分を確保できるわけではありません。あくまで、物を留め続けるだけでは決着がつかない場面に、換価の手段を与えているだけです。優先弁済的効力が無いという建前と、事実上お金が回収できるという実際の結果、この2つは矛盾していません。留置的効力を徹底することで、結果的に優先弁済に近い状態が生まれている、という理解で押さえてください。

似ているのに別物、同時履行の抗弁権との違い

留置権と同時履行の抗弁権の比較表(4行2列)。行=①法的性質(物権/債権に伴う権利)②不可分性(あり296条/なし)③代担保による消滅請求(あり301条/なし)④競売申立権(あり民執195条/なし)。表の上に共通点2つ(履行の拒絶・趣旨は公平)を注記。 図:留置権と同時履行の抗弁権の比較表

  • 4行2列
  • 行=①法的性質(物権/債権に伴う権利)②不可分性(あり296条/なし)③代担保による消滅請求(あり301条/なし)④競売申立権(あり民執195条/なし)。表の上に共通点2つ(履行の拒絶・趣旨は公平)を注記。

留置権とよく似た制度に、同時履行の抗弁権があります。以前扱った533条です。留置権も同時履行の抗弁権も、相手が払うまで自分の側の引渡しを拒めるという点は共通しています。趣旨も、当事者間の公平という点で同じです。ここまでは似ています。いちばん大きな違いは、法的性質です。留置権は物権なので、誰に対してでも主張できます。今日の例で言えば、Aは、Bに対してだけでなく、時計について権利を主張してくる第三者に対しても留置権を主張できます。同時履行の抗弁権は債権に伴う権利なので、契約の相手方に対してしか主張できません。ここが1つ目の違いです。ほかの3つは、留置権の側にだけ条文がある、という差です。時計の例で見ます。まず不可分性です。Bが3万円のうち2万円だけ払ってきても、Aは残り1万円の弁済を受けるまで、時計の全部を留め続けられます。296条です。同時履行の抗弁権では、相手が一部を履行すれば、拒める範囲もその割合に応じて小さくなるのが基本で、全部を拒み続ける仕組みはありません。

そこで2つ目が301条です。たとえば時計が50万円の品なら、Bは3万円に見合う別の担保を差し出して、留置権を消してほしいと請求できます。約束なしに発生し、しかも全部を留め続けられる強い権利なので、債務者の側に出口が用意されているわけです。同時履行の抗弁権には、これに当たる規定がありません。最後に、さっき見た競売申立権も、留置権にはあっても同時履行の抗弁権にはありません。共通点が2つ、相違点が4つですね。両方の要件を満たす場面もあるんですか。あります。たとえば売買契約の売主が、まだ代金を受け取っていない目的物を占有しているような場合です。この場合、留置権と同時履行の抗弁権の両方が成立しえます。両方が成立する場合は、どちらを行使してもかまわないと理解されています。物権としての強さを使いたいなら留置権、契約関係の中で処理したいなら同時履行の抗弁権、と場面に応じて使い分けられる、というイメージです。

成立要件①、他人の物の占有

302条の全文カード背景。「留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。」の下に、298条2項による例外(賃貸・質入れ)を注記の吹き出しで添える。上段に自己占有・代理占有どちらでもよいことを示す小さな図。 図:302条の全文カード背景

ここから、留置権が成立するための要件を見ていきます。要件は全部で4つありますが、今日はそのうち2つ、他人の物の占有と、牽連性を扱います。まず1つ目、他人の物の占有です。295条の「占有」には、自分で直接持っている自己占有だけでなく、代理占有も含まれます。以前、賃貸人が賃借人を通じて物を占有している場面を見ましたが、あれと同じ考え方です。Aが誰かに保管を頼んでいても、占有という要件は満たされます。占有は、最初に成立するときだけ要るんですか。それとも、ずっと持っていないといけないんですか。両方です。占有は成立要件であると同時に、存続要件でもあります。ここで条文を読みます。

条文民法302条

民法第302条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、この限りでない。

Aが時計をうっかりBに返してしまったら、それだけで留置権は消えてしまうんですか。消えます。占有を失った時点で、留置権そのものが消滅します。例外は、298条2項に基づいて留置物を賃貸したり質入れしたりした場合だけです。この場合はBの承諾のもとで占有の形が変わっているだけなので、留置権は消えません。298条は、留置している物の扱い方を定めた条文で、Bの承諾なしに使ったり貸したりしてはいけない、としています。質権のときに見た352条は、占有を失っても質権自体は消えず、対抗力だけが落ちるという話でしたよね。留置権は違うんですか。そこが対照的なところです。動産質は、占有を失っても権利自体は残り、対抗力だけを失いました。留置権は、占有を失うと権利そのものが消えてしまいます。占有の重みが、留置権のほうがより大きいと考えてください。

奪われた場合には、以前見た占有回収の訴えによって取り戻す道が残っています。訴えを起こして実際に取り戻せば、占有はずっと続いていたものとみなされるので、留置権も途中で消えたことにはなりません。203条ただし書の働きです。もう1つ、この占有には別の役割もあります。不動産を留置している場合、以前見たとおり、この占有そのものが第三者への対抗要件の役割を果たすので、登記が無くても第三者に留置権を主張できます。

成立要件②、その物に関して生じた債権であること

牽連性の3類型一覧板。①土地の売買代金債権(売主が土地を占有)②必要費・有益費の償還請求権(196条・占有者が費用を投じた物を占有)③修理代金債権(Aが時計を占有)。3つとも「物」と「債権」を結ぶ矢印を同じ図式で並べる。 図:牽連性の3類型一覧板

  • ①土地の売買代金債権(売主が土地を占有)②必要費・有益費の償還請求権(196条・占有者が費用を投じた物を占有)③修理代金債権(Aが時計を占有)
  • 3つとも「物」と「債権」を結ぶ矢印を同じ図式で並べる

もう1つの要件が、「その物に関して生じた債権」であること、これを牽連性と呼びます。留置権の要件の中でも、いちばん重要な要件です。「その物をめぐって生まれた借り」と言い換えてください。今日の設例で言えば、修理代金債権は、まさに時計そのものを直したことから生まれた債権です。時計と修理代金債権は、切っても切り離せない関係にあります。典型例が3つあります。1つ目は、土地の売主が持つ売買代金債権です。売主が土地を占有したまま代金を受け取っていない場合、その土地と代金債権には牽連性があります。2つ目は、以前見た必要費や有益費の償還請求権です。

占有者が物のために支出した費用と、その物自体に牽連性が認められます。3つ目が、今日の設例そのもの、修理契約に基づく修理代金債権です。売買代金債権、費用償還請求権、修理代金債権、この3つはいずれも「物からお金の話が生まれた」という一本の筋で説明できます。最初に見た、AがBに貸した5万円のように、時計とは関係のないところで生まれた借りを理由に、たまたま手元にある時計を留めておくことは、牽連性が無いのでできません。牽連性がある物にだけ、当事者の約束なしに留置権という強い権利が発生する。だからこそ、この要件は厳格に見られます。牽連性をめぐっては、第三者に転売された物を留置できるかといった、もう一段踏み込んだ論点もあります。今日はまず、この3つの典型例で牽連性のイメージを固めてください。

約束なしに生まれ、留めるだけで効く

今日のまとめ板。「法定担保物権(合意不要)」「優先弁済的効力なし・留置的効力のみ」「事実上の優先弁済(民執59条4項・195条)」「同時履行の抗弁権との違い(物権か債権に伴う権利か)」「成立要件(295条)=①他人の物の占有②その物に関して生じた債権(牽連性)」の5項目を1枚に並べる。 図:今日のまとめ板

今日の内容を振り返ります。留置権は、質権のような合意を経ずに、要件さえ満たせば当然に発生する法定担保物権でした。留置権にあるのは留置的効力だけで、優先弁済的効力そのものはありません。それでも、買受人が弁済しない限り物を受け取れないという規律のおかげで、事実上優先弁済を受けたのと同じ結果が生まれます。留置権者自身が競売を申し立てる道も用意されています。誰にでも主張できるか、契約の相手方にしか主張できないか、この根っこの違いに加えて、不可分性、代担保による消滅請求、競売申立権という3つの差がありました。そして成立要件のうち、他人の物の占有は自己占有でも代理占有でもよく、占有を失えば留置権そのものが消滅します。牽連性は、物とお金の話が同じ出来事から生まれているかどうかで判断される要件でした。

約束なしに生まれ、優先的にお金を取ることはできなくても、物を留めているだけで相手を動かす。これが留置権の骨格です。

参照条文

  • 民法295条
  • 民事執行法195条
  • 民法302条

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