民法ゼロから民法#165

受領遅滞と危険の移転・第三者による債権侵害

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第4章 債権総論 #165/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

受け取らない間に、ピアノが焼けた

冒頭の関係図。楽器店Yが、Zに、店の同型ピアノのうち「この1台」を取り分けて売った。約束の日にYがZの自宅へ運んだが、Zは「防音工事が終わっていない」と受け取らない。Yは店へ持ち帰った。翌日、落雷で倉庫ごと焼けた。誰も悪くない。問い=Yは代金を請求できるか。Zは「焼けたのだから払わない」と言えるか。 図:冒頭の関係図

  • 楽器店Yが、Zに、店の同型ピアノのうち「この1台」を取り分けて売った
  • 約束の日にYがZの自宅へ運んだが、Zは「防音工事が終わっていない」と受け取らない
  • Yは店へ持ち帰った
  • 翌日、落雷で倉庫ごと焼けた
  • 誰も悪くない
  • 問い=Yは代金を請求できるか
  • Zは「焼けたのだから払わない」と言えるか

楽器店のYさんが、Zさんに、ピアノを1台、売りました。店には同じ型のピアノが何台かあります。その中から、この1台、と取り分けて売る約束です。約束の日に、Yさんは、そのピアノを、Zさんの家まで運びました。ところが、Zさんは、防音工事がまだ終わっていないと言って、受け取りません。そして、その翌日の夜、落雷がありました。倉庫ごと火が出て、ピアノは焼けてしまいました。Yさんにも、Zさんにも、落ち度はありません。今日の問いです。Yさんは、Zさんに、代金を請求できるのか。Zさんは、焼けたのだから払わない、と言えるのか。答えは、最後に出します。前回までで、債務者の側の話と、受領遅滞の入口を見ました。今日は、その続きとして、受け取らない間に品物がだめになったらどうなるか、を見ます。そのあと、話を広げて、債権者と債務者以外の人が債権を害したときに何を言えるか、まで進みます。

前提。品物が焼けたとき、代金はどうなるか

整理図。不能が起きたとき、債権者は①引渡しを請求できない(412条の2第1項)②帰責事由がなければ損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③解除はできる(542条1項1号)④代金の支払を拒める(536条1項)。双方に責めがない不能=債権者は代金を拒める・解除できる。債権者に責めがある不能=代金を拒めない・解除できない。帰責の有無で結論が逆になる。 図:整理図

  • 不能が起きたとき、債権者は①引渡しを請求できない(412条の2第1項)②帰責事由がなければ損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③解除はできる(542条1項1号)④代金の支払を拒める(536条1項)
  • 双方に責めがない不能=債権者は代金を拒める・解除できる
  • 債権者に責めがある不能=代金を拒めない・解除できない
  • 帰責の有無で結論が逆になる

先に、道具を揃えます。品物が焼けて、引き渡せなくなったとします。これは、履行不能です。履行不能のときに、債権者ができること、できないことを、板に並べました。1つめ。債権者は、引渡しそのものは請求できません。履行不能だからです。2つめ。債務者に落ち度がなければ、損害賠償も請求できません。3つめ。解除は、できます。4つめ。代金の支払は、拒めます。今日の中心は、この4つめです。条文を見ます。

条文民法536条

民法第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

売買なら、品物を渡す債務に対する、代金を払う債務のことです。今回は、Zさんの代金債務が、反対給付です。1項です。双方に責めがない事由で、品物を渡せなくなったとき、買主は、代金の支払を拒めます。これを履行拒絶権と呼びます。代金を払わなくてよいと言える権利です。前に見た、債務者がはっきり渡さないと言う履行拒絶とは、向きが逆です。ここは、買主が代金を拒む側です。代金債務そのものが消える、とまでは条文に書いていません。条文の語は、拒むことができる、です。2項は逆です。債権者に責めがあって渡せなくなったなら、代金は拒めません。後段もあります。債務者が、自分の債務を免れたことで利益を得たなら、それを債権者に返します。たとえば、焼けたことで、設置の作業費を使わずに済んだ、といった分です。解除の側も見ます。解除の条文は、次です。

条文民法543条

民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

双方に責めがなければ、解除できます。542条1項1号は、債務の全部が履行できなくなったときは、催告をせずに、すぐ解除できる、という条文です。解除は、債務者を責めるための制度ではありません。もう果たされない契約から、債権者を解放するための制度です。だから、債務者に落ち度がなくても、解除できます。ところが、債権者に責めがあるなら、543条で、解除できません。自分で不能を招いた人が、契約から抜けて代金も払わない、というのは不公平だからです。板の左右を比べてください。債権者に責めがあるかどうかで、代金も解除も、結論が逆になります。そこで、問いです。受領遅滞の最中に焼けたのは、左でしょうか、右でしょうか。これが、次の山場です。危険負担の本体は、別の回で詳しく見ます。今日は、この2条があれば足ります。

受領遅滞中の不能は、債権者のせいとみなす

立ち止まる問いの板(前の回の復習)。契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になった。誰の責めに帰すべき事由とみなされるか。 図:立ち止まる問いの板

  • 前の回の復習
  • 契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になった。誰の責めに帰すべき事由とみなされるか。

入る前に、前に見た要点を1問、思い出しましょう。契約の後、債務者が遅れている間に、双方の責めに帰することができない事由で、履行が不能になりました。誰の責めに帰すべき事由とみなされるでしょうか?債務者です。413条の2の1項でした。遅れている間の不運は、遅れた債務者が負う。今日は、遅れた側が債権者のときを見ます。

条文民法413条の2第2項

民法第413条の2 2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

要件を、4つに読みます。1つめ、受領遅滞であること。債権者が受け取らない、または、受け取れないこと。2つめ、履行の提供があった時以後であること。3つめ、当事者双方の責めに帰することができない事由であること。4つめ、その結果、履行が不能になったこと。事実がどうであれ、そう扱う、ということです。Yさんにも、Zさんにも、本当は落ち度がありません。それでも、法は、Zさんの責めに帰すべき事由による不能だ、と扱います。

時間軸。ピアノの例。Yが提供(Zの家へ運ぶ)→Zが受領拒絶=受領遅滞→翌日、落雷で焼失=提供の後の不能。対比=引渡日の前日に焼けた場合=提供の前の不能=双方に責めがない。 図:時間軸

  • ピアノの例
  • Yが提供(Zの家へ運ぶ)→Zが受領拒絶=受領遅滞→翌日、落雷で焼失=提供の後の不能
  • 対比=引渡日の前日に焼けた場合=提供の前の不能=双方に責めがない

ピアノの例を、時間の順に並べます。Yさんが運んで、提供をした。Zさんが拒んだ。その翌日に焼けた。焼けたのは、提供の後です。だから、履行の提供があった時以後の不能で、413条の2の2項に当たります。効果は、2つです。不能は、Zさんの責めに帰すべき事由によるものとみなされます。だから、536条の2項で、Zさんは代金の支払を拒めません。そして、543条で、解除もできません。前回、名前だけ出した、危険の移転です。本来は債務者に降りかかるはずの不利益が、債権者に移る、という意味です。ここで、対比をします。同じ落雷でも、引渡日の前日に焼けていたら、どうでしょう。まだ、提供も受領拒絶もありません。双方に責めがない、ふつうの不能です。Zさんは、代金を拒めますし、解除もできます。問いです。前日に焼ければ、Zさんは代金を拒めた。翌日に焼けると拒めない。この違いを生んだのは、何でしょうか?

先に、受領遅滞になっていたかどうか、です。提供の後の不能は、債権者のせいとみなされるから。決め手は、受領遅滞が先にあったか、です。趣旨は、こうです。Zさんが受け取ってさえいれば、ピアノはZさんの家に入り、Yさんの引渡しは、そこで済んでいました。その後に焼けても、もうYさんが抱える話ではありません。Yさんがピアノを店へ持ち帰り、抱え続けることになったのは、Zさんが拒んだからです。受け取らなかった人に、その後の不運を負わせる、という公平の考え方です。損害賠償は、できるようになるんですか。違います。Zさんに責めがあるとみなされても、引渡しの請求や、履行不能による損害賠償の請求は、できないままです。変わるのは、代金の拒絶と、解除です。

時間軸2本の対比。上=履行遅滞中の不能(413条の2第1項)=債務者の責めに帰すべき事由とみなす。下=受領遅滞中の不能(同第2項)=債権者の責めに帰すべき事由とみなす。どちらも、遅れている側のせいとみなす。 図:時間軸2本の対比

  • 上=履行遅滞中の不能(413条の2第1項)=債務者の責めに帰すべき事由とみなす
  • 下=受領遅滞中の不能(同第2項)=債権者の責めに帰すべき事由とみなす
  • どちらも、遅れている側のせいとみなす

先ほど思い出した1項と、並べます。1項は、債務者が遅れている間の不能で、債務者のせいとみなす。2項は、債権者が受け取らない間の不能で、債権者のせいとみなす。時間の向きは逆ですが、発想は同じです。どちらも、遅れている側のせい、とみなします。なお、受領遅滞が義務違反かどうかは、前回の通りです。ここでは、遅れの責任を遅れた側に負わせる点だけで、並べています。

論証の型(受領遅滞後の履行不能)。①引渡債務が履行不能(412条の2第1項)②債務者に責めがない→債権者は損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③受領遅滞が成立している④提供の後に、双方に責めがない事由で不能→債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)⑤代金の支払を拒めない(536条2項)・解除できない(543条) 図:論証の型

  • 受領遅滞後の履行不能
  • ①引渡債務が履行不能(412条の2第1項)②債務者に責めがない→債権者は損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)③受領遅滞が成立している④提供の後に、双方に責めがない事由で不能→債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)⑤代金の支払を拒めない(536条2項)・解除できない(543条)

論文で、この論点が出たときの、書き方を板にしました。順に読みます。引渡債務が履行不能になった。債務者に責めはないので、債権者は損害賠償を請求できない。ここまでは、ふつうの不能です。次に、受領遅滞が成立していることを示す。その後の、双方に責めがない不能は、債権者の責めに帰すべき事由とみなされる。結論として、代金を拒めず、解除もできない。ここは、論文で論点になりうる部分です。

売買の条文。567条2項

567条の整理。1項=売主が、特定した目的物を引き渡した後に、双方に責めがない事由で滅失・損傷したとき、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができず、代金の支払を拒めない。2項=引渡しの前でも、売主が契約の内容に適合する物を提供したのに、買主が受け取らないとき、その後の滅失・損傷は、1項と同様。 図:567条の整理

  • 1項=売主が、特定した目的物を引き渡した後に、双方に責めがない事由で滅失・損傷したとき、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができず、代金の支払を拒めない
  • 2項=引渡しの前でも、売主が契約の内容に適合する物を提供したのに、買主が受け取らないとき、その後の滅失・損傷は、1項と同様

同じ話が、売買にも、書いてあります。567条です。1項は、引渡しの後の話です。売主が、特定した目的物を、買主に引き渡した後に、双方に責めがない事由で、滅失したり、損傷したりしたとき、買主は、追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求、解除をすることができません。代金の支払も、拒めません。引き渡した後なら、危険は買主が負う、ということです。2項は、その前倒しです。引渡しの前でも、一定の場合には、同じ扱いになります。

条文民法567条2項

民法第567条 2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

ここで、押さえるのは、2点です。1つめ。この条文が扱う目的物は、特定したものに限られます。1項に、売買の目的として特定したものに限る、という括弧書きがあります。限る理由は、こうです。特定の前なら、1台が焼けても、売主は、同じ型の別の1台を調達して渡す義務を負ったままです。焼けた損は、売主が負います。買主に危険が移る、という話になるのは、渡す1台が決まったあとだけです。冒頭のピアノは、YさんがZさんの家まで運んで、提供しています。前に見たとおり、持参の約束なら、債権者の住所で現実に提供した時に、特定が生じます。だから、特定済みです。2つめ。対象は、滅失だけでなく、損傷も含みます。全部焼けた場合だけでなく、一部が壊れた場合も、同じ扱いです。413条の2の2項との関係です。413条の2の2項は、債務の履行が不能になった場合の一般規定です。567条2項は、売買の目的物の、滅失や損傷の場合の規定です。冒頭のピアノは、どちらにも当てはまります。結論は、同じ方向です。売買の条文の詳しい中身は、別の回で見ます。今日は、位置づけだけです。

受領遅滞の効果、前回との一覧

受領遅滞の効果の一覧。前回=①413条1項 保存の注意が自己の財産と同一の注意に下がる②413条2項 増加費用は債権者の負担③受領遅滞だけでは、原則として損害賠償も解除もできない(信義則上の引取義務等があれば別)。今回=④413条の2第2項 不能は債権者の責めに帰すべき事由とみなす→代金を拒めず解除できない⑤567条2項 特定した物の滅失・損傷も同様。 図:受領遅滞の効果の一覧

  • 前回=①413条1項 保存の注意が自己の財産と同一の注意に下がる②413条2項 増加費用は債権者の負担③受領遅滞だけでは、原則として損害賠償も解除もできない(信義則上の引取義務等があれば別)
  • 今回=④413条の2第2項 不能は債権者の責めに帰すべき事由とみなす→代金を拒めず解除できない⑤567条2項 特定した物の滅失・損傷も同様

前回見た効果と、今回見た効果を、1枚に並べます。前回の分から。保存の注意が、自己の財産と同一の注意に下がること。増えた費用は債権者の負担になること。そして、受領遅滞だけを理由に、損害賠償や解除をすることは、原則としてできないこと。ここまでは、前回見たとおりです。今回の分です。受領遅滞の最中の不能は、債権者のせいとみなされ、代金を拒めず、解除もできないこと。売買で特定した物の滅失や損傷も、同じ扱いになること。この5つで、受領遅滞の効果は揃いました。区別は、誰が誰に言うか、です。前回の分は、債務者が、受け取らない債権者に、損害賠償や解除を言えるか、でした。今回の分は、債権者が、代金の拒絶や解除を言えるか、です。向きが逆です。

橋渡しと、第三者による債権侵害

債権侵害の構図。A=債権者、B=債務者、C=第三者。AとBは債権で結ばれている。CがBの債務の履行を妨げる(物を壊す・買い取る・引き抜く)。債権の相対性=AからBへの矢印は、Bにしか届かない。 図:債権侵害の構図

  • A=債権者、B=債務者、C=第三者
  • AとBは債権で結ばれている
  • CがBの債務の履行を妨げる(物を壊す・買い取る・引き抜く)
  • 債権の相対性=AからBへの矢印は、Bにしか届かない

ここまでは、債権者と債務者の間の話でした。受け取る、払う、という関係です。ここからは、関係のない第三者が登場します。第三者が、債権者の債権の実現を邪魔したら、債権者は、その第三者に、何が言えるのか。債権の、第三者に対する効力、と呼ばれる論点です。先に、問題の所在を押さえます。債権には、3つの性質があります。1つめは、相対性です。中身は、このあと1問で思い出します。2つめは、非排他性。同じ内容の債権が、複数あっても構いません。同じ絵を、2人に売る約束も、約束としては成り立ちます。3つめは、非公示性。登記も占有もなく、外から見えません。

問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。 図:問いの板(前の回の復習)。債権の相対性とは何か。

ここで、前に見た要点を、1問、思い出してみましょう。債権の相対性とは、何だったでしょうか?債権は、債務者にしか主張できない、ということです。ところが、外から見えない債権を、第三者が知らないことがあります。それに、取引の世界では、誰かの債権を結果的に害さないと、商売ができない場面もあります。自由競争です。この食い違いを、どう整理するかが、今日の後半です。

結論の見取り図。債権者が第三者に言えること=①妨害排除請求=原則としてできない(対抗力を備えた不動産賃借権は例外)②不法行為に基づく損害賠償請求=侵害の類型に応じて、成立要件を調整する。 図:結論の見取り図

結論の地図を、先に見せます。債権者が第三者に言えることは、2つです。1つめは、妨害をやめさせる請求。これは、原則として、できません。ただし、対抗力のある不動産の賃借権は、例外です。2つめは、不法行為による損害賠償です。債権も財産ですから、害されれば、請求できます。ただし、侵害の類型によって、成立の要件を調整します。

妨害排除請求は、原則としてできない

妨害排除の対比。物権=誰に対しても妨害排除を請求できる(物権的請求権)。債権=相対的な権利で、債務者に請求するのが本筋。例外=対抗力を備えた不動産の賃借権(605条の4)。 図:妨害排除の対比

  • 物権=誰に対しても妨害排除を請求できる(物権的請求権)
  • 債権=相対的な権利で、債務者に請求するのが本筋
  • 例外=対抗力を備えた不動産の賃借権(605条の4)

まず、妨害をやめさせる請求です。物権なら、誰に対しても、妨害の排除を請求できました。物権的請求権です。ところが、債権は、相対的な権利です。債務者に請求するのが本筋で、関係のない第三者に、やめろとまでは言えません。原則は、できない、です。ただし、例外があります。不動産の賃借権で、対抗力を備えたものです。条文です。

条文民法605条の4

民法第605条の4 不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。 一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求 二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

賃借権の登記や、借地借家法が定める対抗要件のことです。第三者に、自分の権利を主張できる状態にした、ということです。設例です。借りた土地の駐車場が、第三者の車で塞がれています。賃借権に登記があれば、第三者に、妨害の停止を求められます。登記も何もなければ、原則として、求められません。賃借権が、対抗力を備えると、物権に近い強さを持つ、ということです。登記などで、外から見える形になったからです。見えている権利なら、第三者に主張させても、酷ではありません。賃貸借の詳しい中身は、別の回で見ます。

不法行為による損害賠償。類型で要件を変える

不法行為の総論。債権も財産として保護される→原則、709条で損害賠償を請求できる。ただし、債権は外から見えず(非公示性)、取引は自由競争が原則→侵害の類型に応じて、要件を調整する。 図:不法行為の総論

  • 債権も財産として保護される→原則、709条で損害賠償を請求できる
  • ただし、債権は外から見えず(非公示性)、取引は自由競争が原則→侵害の類型に応じて、要件を調整する

次は、不法行為です。条文は、709条です。

条文民法709条

民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

債権も、他人の権利、または、法律上保護される利益に当たります。相対的な権利だから保護されない、とは考えません。大審院の判決にも、第三者が他人の債権を故意に害したときは、不法行為が成立しうる、としたものがあります。結論は、債権も、不法行為の保護の対象になる、ということです。

判例の名前と結論。大判大4・3・10(刑録21輯279頁)=第三者が他人の債権を故意に害したとき、不法行為が成立しうる。債権も不法行為の保護の対象になる。 図:判例の名前と結論

  • 大判大4・3・10(刑録21輯279頁)=第三者が他人の債権を故意に害したとき、不法行為が成立しうる
  • 債権も不法行為の保護の対象になる

ただし、債権は、外から見えません。第三者が、債権の存在を知らないこともあります。また、取引は、自由が原則です。そこで、通説は、侵害の類型に応じて、成立の要件を調整します。4つの類型を、順に見ます。

類型の設例4つ。①帰属侵害=画廊が客Aに絵を売った代金債権があるのに、画廊の店員になりすました別人が、客Aから代金を受け取った(支払は有効になり、画廊の代金債権が消える)。②給付侵害・債権が消滅=画廊が客Aに売る約束をした、その1枚の絵を、第三者が壊した。③給付侵害・債権が消滅しない・事実行為=木材業者が買った山林の木を、引渡しの前に、第三者が勝手に切って運び出した(土地は残り、売主は今でも引き渡せる)。④給付侵害・取引行為=同じ絵を別の客にも売り、別の客が先に引渡しを受けた/専属契約のあるピアニストを、別の楽団が引き抜いた。 図:類型の設例4つ

  • ①帰属侵害=画廊が客Aに絵を売った代金債権があるのに、画廊の店員になりすました別人が、客Aから代金を受け取った(支払は有効になり、画廊の代金債権が消える)
  • ③給付侵害・債権が消滅しない・事実行為=木材業者が買った山林の木を、引渡しの前に、第三者が勝手に切って運び出した(土地は残り、売主は今でも引き渡せる)
  • ④給付侵害・取引行為=同じ絵を別の客にも売り、別の客が先に引渡しを受けた/専属契約のあるピアニストを、別の楽団が引き抜いた

1つめは、帰属侵害です。債権そのものを、奪う類型です。画廊が、客Aに絵を売り、代金債権があります。そこへ、画廊の店員になりすました別人が、客Aのところへ来て、代金を受け取ってしまった。客Aが、本物の店員だと信じたことに落ち度がなければ、その支払は有効になり、画廊の代金債権は消えます。債権が、別人に横取りされたわけです。2つめと3つめは、給付侵害です。債務者の給付、つまり、約束した履行を、妨げる類型です。2つめは、債権が消滅する場合です。画廊が、客Aに売る約束をした、その1枚の絵を、第三者が壊した。特定の物が失われて、債務者の債務が、履行不能で消えます。3つめは、債権は消滅しない場合の、事実行為です。木材業者が、木の生えた山林を買ったのに、引渡しの前に、第三者が、勝手に木を切り倒して運び出した。山林という土地そのものは残っていて、売主は、今でも引き渡せます。だから、債務は不能にならず、債権は残ります。ただ、債権者が受けるはずの給付が、妨げられます。4つめは、給付侵害のうち、取引行為です。同じ絵を、別の客にも売り、別の客が、先に引渡しを受けた。あるいは、楽団と専属契約のあるピアニストを、別の楽団が、引き抜いた。これらは、第三者が、取引として動いた場面です。ここだけ、自由競争との線引きが出てきます。

類型表。帰属侵害(債権そのものを奪う)=一般の不法行為の要件(故意・過失)だけで成立。理由=債権そのものを奪う=他人のものを盗むのと同じ形。/給付侵害・債権が消滅(特定の絵を壊す)=一般の要件に加えて、債権の存在の認識が必要。理由=非公示性。/給付侵害・債権は消滅しない事実行為(山林の木の伐採)=同じく債権の存在の認識が必要。/給付侵害・取引行為(二重譲渡・引抜き)=自由競争の範囲を超える不当さが必要。理由=取引は自由で、先に取引した者が勝つのが原則。 図:類型表

  • 帰属侵害(債権そのものを奪う)=一般の不法行為の要件(故意・過失)だけで成立
  • 理由=債権そのものを奪う=他人のものを盗むのと同じ形
  • 理由=非公示性
  • 給付侵害・債権は消滅しない事実行為(山林の木の伐採)=同じく債権の存在の認識が必要
  • 給付侵害・取引行為(二重譲渡・引抜き)=自由競争の範囲を超える不当さが必要
  • 理由=取引は自由で、先に取引した者が勝つのが原則

板が、類型表です。要件を、類型ごとに見ます。帰属侵害は、ふつうの不法行為の要件だけです。故意か過失があれば足ります。債権そのものを奪う点で、他人のものを盗むのと同じ形だからです。なりすました人は、画廊の代金だと分かったうえで、それを受け取っています。知らずに害してしまった、という場面が、この類型では考えにくいのです。給付侵害では、一般の要件に、もう1つ加わります。債権があると知っていたこと、つまり、債権の存在の認識です。理由は、非公示性です。債権は、外から見えません。看板の出ていない約束のようなものです。存在を知らない人に、過失があったと言うのは、酷です。壊した絵が、誰かに売約済みだったと知らなければ、責任は問えません。山林の木の伐採も、同じです。取引行為は、さらに別です。債権があると知っているだけでは足りません。自由競争の範囲を超える不当さが、必要です。取引は、自由が原則で、先に取引した者が勝つ。これは、物権の二重譲渡で見た発想と同じです。土地の二重譲渡でも、先に売れていると知っているだけの買主は、先に登記を備えれば勝てました。知っているだけで負けにすると、より良い条件で買う、という競争そのものができなくなるからです。輪郭を、境界の対で見ます。二重譲渡で、後の客が、先に絵が売れていると知っていても、普通に買っただけなら、自由競争の範囲内です。不法行為になりません。ところが、先の客への嫌がらせが目的で、わざと買った、という場合は、範囲を超えます。不法行為になりえます。

引抜きも同じです。待遇を上げて、うちへ来ませんかと誘うのは、競争の範囲内です。ところが、ピアニストに、虚偽を告げて、元の楽団から引き離したなら、手段が不当です。範囲を超えます。決め手は、手段の不当さです。債権を知っていたこと自体ではありません。問いです。二重譲渡で、後の客が、先の売買を知っていただけで、不法行為になるでしょうか?ならないです。普通に取引しただけなら、自由競争の範囲内だから。嫌がらせなど、不当な手段があれば別です。この類型表は、論文で論点になりうる部分です。損害賠償の中身や、不法行為の要件の本体は、別の回で詳しく見ます。

冒頭の答えと、まとめ

冒頭の答え。Yは代金を請求できる。Zは代金の支払を拒めず、契約を解除することもできない(受領遅滞の後の不能)。ただし、Yが債務を免れて得た利益は、Zに償還する(536条2項後段)。 図:冒頭の答え

  • Yは代金を請求できる
  • Zは代金の支払を拒めず、契約を解除することもできない(受領遅滞の後の不能)
  • ただし、Yが債務を免れて得た利益は、Zに償還する(536条2項後段)

冒頭の答えを、言い切ります。Yさんは、Zさんに、代金を請求できます。Zさんは、焼けたのだから払わない、とは言えません。代金の支払を拒めず、契約を解除して逃げることも、できません。Yさんがピアノを運んで、Zさんが拒んだ後に焼けたので、不能は、Zさんの責めに帰すべき事由とみなされるからです。ただし、Yさんが、焼けたことで債務を免れて得た利益、たとえば、使わずに済んだ設置の作業費があれば、Zさんに返します。

まとめ板。①受領遅滞中に双方無責で不能=債権者の責めに帰すべき事由とみなす(413条の2第2項)→代金を拒めない(536条2項)・解除できない(543条)②売買で特定した物は567条2項でも同じ方向③第三者による債権侵害=妨害排除は原則できない(対抗力ある不動産賃借権は例外)・不法行為は類型で要件を調整(取引行為は自由競争の範囲を超えるときに成立) 図:まとめ板

整理します。1つめ。受領遅滞の最中に、双方に責めがない事由で履行が不能になると、債権者の責めに帰すべき事由とみなされます。413条の2の2項です。その結果、代金の支払を拒めず、解除もできません。2つめ。売買で、特定した物なら、567条2項でも、引渡しの前に、同じ方向の扱いになります。第三者が債権を害したとき、妨害排除は、原則できません。対抗力を備えた不動産の賃借権は、例外です。不法行為は、類型で要件が変わります。帰属侵害は、一般の要件だけ。給付侵害は、債権の存在の認識が要る。取引行為は、自由競争の範囲を超える不当さが要る。次の回からは、債権そのものが、人から人へ移る場面に入ります。

参照条文

  • 民法536条
  • 民法543条
  • 民法413条の2第2項
  • 民法567条2項
  • 民法605条の4
  • 民法709条

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