特定物債権と種類債権
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第4章 債権総論 #152/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
倉庫が焼けたら、AさんとCさんは
図:冒頭の板
- 中古カメラ店Bの倉庫が全焼
- 中古の1台を買ったAと、新品を型番で注文したCが、Bに対して何を言えるかという問いだけを残す板
中古カメラ店を営むBさんのところへ、客が2人来ました。Aさんは、棚に並んでいた中古の1台を買う契約をしました。製造番号まで確かめて、この1台をください、と言った買い物です。もう1人のCさんは、新品を注文しました。こちらは、この型番のカメラを1台、という頼み方だけです。ところが引渡しの前日、Bさんの倉庫が火事になりました。Aさんの中古の1台も、新品の在庫も、すべて焼けてしまいました。全部焼けても、結論は分かれます。Aさんは、もうそのカメラを渡せとは言えません。Cさんは、Bさんに別の1台を用意して届けろと言えます。
分かれ目は1本だけです。約束のとき、その物の個性に着目していたかどうか。今日はこの一本で、特定物と種類物の違いを最後まで通します。
特定物と不特定物、個性に着目したか
図:区別の板
- 物の引渡しを目的とする債権は、約束のとき個性に着目したかで分かれる
- 着目した=特定物(特定物債権)
- 着目しない=不特定物・種類物(不特定物債権=種類債権)
まず言葉を決めます。カメラを引き渡す債権のように、物の引渡しを目的とする債権は、その物をどう約束したかで2つに分かれます。当事者が、その物の個性に着目して取引の目的とした物が、特定物にあたります。それを目的とする債権が、特定物債権です。Aさんにとっては、同じ型のほかの中古では意味がありません。傷の位置もシャッターの使用回数も含めて、その1台を買ったからです。これに対して、個性に着目せず、種類と数量だけで指定した物が、不特定物にあたります。種類物とも呼びます。それを目的とする債権が、不特定物債権、つまり種類債権です。
Cさんは、どの個体が届いても、その型番の新品であれば構いません。約束したのは、型番と1台という種類と数量だけです。所有権が移る時期の話でも、特定物という言葉は出てきました。あちらで鍵になったのは、注文のあとで渡す1台が決まる、特定という出来事でした。今日の特定物は、約束のときに個性に着目したかという区別です。似た言葉ですが、別の問いです。特定という出来事は、今日は扱いません。
新品でも特定物になる、代替物とは別の軸
図:2つの軸の板
- 特定物・不特定物=当事者が約束のときその物をどう見たか(当事者の意思)
- 代替物・不代替物=物そのものが取引上置き換えられるか(物の性質)
- 新品の量産カメラも「これ」と決めれば特定物
ここで一問です。新品のカメラでも、売り場に並んだ1台を指して、これをください、と買ったとします。特定物でしょうか、不特定物でしょうか。新品かどうかは、軸ではありません。軸は、当事者がその物の個性に着目したかどうかです。売り場の1台を指して、これ、と決めたなら、その1台が約束の対象になります。逆に、中古でも、この型の中古を1台、と頼んだだけなら、種類物になりえます。個性を問わず、種類と数量で頼んだ約束だからです。新旧や外見で決まるのではありません。決め手は、当事者が何を約束したのか、という一点です。
代替物は、取引上、個性が重視されず、同じ種類の別の物で置き換えられる物です。そうでない物が、不代替物です。新品の量産カメラは、代替物の典型です。特定物と不特定物は、それとは軸が違います。当事者が、その物をどう見て約束したかという区別で、決めるのは当事者です。両者は一致しやすいのですが、片方は物の性質、もう片方は約束の仕方を見ています。混ぜないでください。
特定物債権の特徴、引渡しまで保存する義務
図:関係図
- A(中古の客)がB(カメラ店)に引渡しを請求
- Bは引渡しまで、カメラを標準的な人が払う注意で保存する義務を負う
ここから、特定物債権の3つの特徴です。1つめは、引渡しまで大事に保管する義務です。Aさんが買った中古の1台は、契約から引渡しまでの間、Bさんの倉庫にあります。そのあいだBさんが雑に扱ってよいなら、Aさんは安心して代金を払えません。そこで法律は、保存する義務を当然に課しています。
条文民法400条
民法第400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
善良な管理者の注意、略して善管注意とは、その立場にいる標準的な人が払うべき注意のことです。特別に慎重な人の注意ではなく、その立場の普通の人の注意です。その水準は、契約その他の発生原因と、取引上の社会通念で決まります。中古の精密機器を預かる店なら、湿気の対策まで含むのが標準でしょう。この規定は、当事者の合意で内容を変えられます。合意が無いときに働く基準を置いている、と考えてください。法律が軽くしている場面もあります。報酬をもらわずに物を預かる人は、659条で、自分の物と同じ程度の注意で足りるとされています。善管注意は、それより重い基準です。具体例です。Bさんが、引渡しまで湿った倉庫に放置して、Aさんのカメラにカビが生えたとします。標準的な店なら、防湿ケースに入れるはずです。それを怠ったのですから、善管注意義務に違反します。
防湿ケースに入れていたのに雷で火事になった場合でも、標準的な管理をしていたのですから、保存の義務を怠ったとは言えません。ただ、カメラが渡せなくなったこと自体の扱いは、また別の問題です。あとで見ます。
特定物債権の特徴、何を渡せば履行か
図:読む順序の板
- ①契約等から引渡しをすべき時の品質を定められるか
- 定められる→その品質の物を渡す(原則)
- 定められない→引渡しをすべき時の現状で渡す(483条だけの例外)
2つめの特徴は、何を渡せば約束を果たしたことになるか、です。現状のまま渡せば足りるように見えます。ただ、Aさんが、シャッターが正常に動く中古のつもりで買ったとします。傷は写真どおりでも、シャッターが動かない1台を、そのままの状態で渡して、約束を果たしたことになるでしょうか。品質も約束の中身になります。契約その他から、引渡しをすべき時の品質を定められるなら、その品質の物を渡す義務があります。これが原則です。
条文民法483条
民法第483条 債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。
483条が働くのは、契約や取引の社会通念に照らしても、品質を定められない、そのときだけです。その場合に限って、引渡しをすべき時の現状、つまりその時の状態のままで渡せば足ります。品質を定められないのは、たとえばこんな場面です。店の奥にあった古いカメラを、動くかどうかも確かめず、状態の話を何もしないまま、この1台を、とだけ言って買った。契約からも取引の社会通念からも、どんな状態で渡すべきかが出てきません。実際には、まれな場面です。その時の状態のままで足りるのは、約束の中身が、その1台そのものしか無いからです。ほかの物に取り替える余地はなく、品質の約束もありません。ですから、引渡しの時点のその物を渡す以外に、求められることが残らないのです。ただし、引渡しまでは400条の善管注意で保存しておく必要があります。放置してカビを生やしたなら、現状のまま渡しても、保存の義務に違反した責任は残ります。
特定物という言葉だけで結論を決めるのは危険です。特定物なら現状のままでよい、という一般則ではありません。まず約束した品質があり、それを定められないときだけ、現状で渡します。
図:特定物ドグマの板
- かつての考え方=性質は約束の中身にならず、その物をそのまま渡せば履行
- 現在=性質も約束の中身になり、契約に適合した物を渡す義務がある
- 合わない物は契約不適合責任の問題
かつては、特定物は個性に着目した物なので、その物をそのまま渡せば履行になる、性質は約束の内容にならない、という考え方がありました。特定物ドグマと呼ばれます。現在は、特定物ドグマをとりません。決め手は、買主が約束したのは、性質も含めたその物だという点です。動くカメラを買ったのに動かない物を渡されて、約束どおりとは言えません。性質も約束の中身になります。契約に合わない物を渡したときの責任は、契約不適合責任と呼ばれます。これは別の回で扱います。
特定物債権の特徴、焼けたら履行不能
図:関係図
- A(中古の客)からB(カメラ店)へ「この1台を渡せ」
- その1台が焼ければ、代わりの物では約束を果たせない=履行不能
3つめは、焼けてしまったときです。冒頭に戻ります。Aさんの約束は、その1台を渡すことでした。その1台が火事で焼けたなら、Bさんが同じ型の別の中古を用意しても、約束を果たしたことにはなりません。Aさんが納得して受け取るなら別の話ですが、Bさんにその義務はありません。Aさんが買ったのは、傷の位置も製造番号も含めた、その1台だからです。代わりの物は、別の物です。このように、その物でしか約束を果たせないのに、その物が滅失して渡せなくなることを、履行不能と言います。特定物が滅失すれば、直ちに履行不能です。民法412条の2第1項は、履行が不能のときは、債権者はその債務の履行を請求できない、と定めています。果たしようのないことを求める権利を残しても、実現のしようが無いからです。Aさんは、もうそのカメラを渡せとは言えません。
履行の請求はできなくなります。ただ、損害賠償は415条、契約の解除は542条、代金を払う義務がどうなるかは536条の問題として残ります。誰がどこまで負担するかは、別の回で扱います。ここは、論文で論点になりうる入口です。もう1つ、特定物と種類物とで違いが出る場面があります。前回の本の話を思い出してください。ネットで買った本は、何も決めていなければ、どこで渡すのが原則でしたか?債務者が、債権者の住所まで持っていく。これが484条1項の原則です。同じ484条1項は、もう1つ書いています。特定物の引渡しは、債権が発生した時に、その物があった場所でする、という部分です。Aさんの中古の1台は、契約のときに店にありました。その1台がどこにあるかは、約束のときに双方が分かっています。何も決めていなければ、その場所で受け渡すつもりだった、と見るのが自然です。ですから、Aさんが店まで受け取りに行く形です。Cさんの新品は、特定物の引渡しではないので、前回の原則どおり、Cさんの住所まで持っていく形です。
種類債権の特徴、調達義務
図:関係図
- C(新品の客)がB(カメラ店)に「この型番で1台」
- Bの手元の物が焼けても、B は仕入先Dから別の1台を仕入れて届ける=調達義務
種類債権の側に移ります。Cさんの約束は、この型番で1台、でした。倉庫の新品が、全部焼けたとします。Cさんは、何を言えるでしょうか。渡せる物が手元に無くなっても、種類物は特定物と事情が違います。Cさんと約束したのは、どの個体か、という話ではなく、この型番の新品を1台、という種類と数量でした。同じ型番の新品が世の中にあるなら、Bさんは、仕入先のDさんから別の1台を仕入れて、Cさんに届けられます。この、別の物を調達して届ける義務を、調達義務と言います。前回は、在庫が無くても約束は消えない、という入口でした。今日は理由まで言えます。種類と数量を約束しただけだから、どの個体でも果たせるのです。結論です。種類債権は、同じ種類の物が市場にある限り、原則として履行不能になりません。履行不能になるのは、同じ種類の物が世の中から無くなったような、例外的な場合だけです。たとえば、Cさんの型番がとうに製造を終えていて、メーカーにも、どの店にも新品が1台も残っていないなら、Bさんがいくら探しても仕入れられません。こちらが例外の側です。
400条は、特定物の引渡しの条文です。Cさんとの約束は、型番と1台だけで、手元のどの1台を渡すかまでは決めていません。手元のある1台を保存すると約束したわけではないので、渡す1台が決まる前は、特定物債権のような保存の義務は出てきません。その代わり、手元の物が傷んだり焼けたりしても、別の物で埋め合わせる義務が残ります。調達義務は、それだけ重い義務です。手元の物が何度焼けても、そのたびに調達し直さなければなりません。Aさんとの分かれ目は、ここでも、約束のとき個性に着目したかどうかでした。ここで、今日は答えを出さない問いを2つ残します。1つめは、Cさんの注文が、Bさんの店にある在庫の中から1台、というものだったら、倉庫が焼けたときどうなるか。2つめは、Bさんがある1台をCさんに渡す物と決めたあとで、その1台が焼けたら、Bさんはまだ別の1台を調達しなければならないのか、という問いです。
どちらも別の回で扱います。
種類債権の特徴、品質は中等
図:読む順序の板
- ①法律行為の性質・当事者の意思から品質を定められるか
- 定められる→その品質の物(原則)
- 定められない→中等の品質(401条1項)
- 483条と同じ形
もう1つ、種類債権の品質です。たとえば、りんごを10個、とだけ注文して、品質の取り決めが何も無かったとします。上等なりんごでも、傷みかけのりんごでも、よいのでしょうか。
条文民法401条1項
民法第401条第1項 債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。
条文の、種類のみで指定した、というのが種類債権のことです。そして、中等の品質の物を給付せよ、と答えています。ただ、読む順序は483条と同じです。まず、法律行為の性質や当事者の意思から品質を定められるなら、その品質の物を渡す義務があります。贈答用の上等なりんご、と決まっていれば、それです。中等の品質になるのは、それでも品質を定められないときだけです。中等とは、上でも下でもない、平均的な品質という意味です。実際に品質を定められない場面は、まれです。決め手は、当事者の約束を第一に尊重し、決まらないときだけ、どちらにも極端に有利にならない基準を置く点です。上等な物を求められる債権者も、傷んだ物を渡される債権者も、出ないようにしています。
冒頭の答え、一本の軸から出る5つの違い
図:比較の板
- 特定物債権と種類債権
- 個性に着目したか/目的物が焼けたら(履行不能か調達か)/保存の注意(400条か手元の1台の保存は約束していない)/品質が定まらないとき(483条か401条1項)/引渡場所(物のあった場所か債権者の住所)
冒頭に戻ります。Aさんの中古の1台は、その物でしか約束を果たせません。ですから、焼ければ履行不能で、もうそのカメラを渡せとは言えません。Cさんの新品は、型番と1台という種類と数量の約束です。ですから、Bさんが別の1台を調達して届けます。表で見ると、5つの違いが、すべてその一本から出ています。特定物債権は、その1個を約束したので、引渡しまで善管注意で保存し、品質が定まらなければ現状で渡し、焼ければ履行不能です。引渡場所は、その物があった場所でした。種類債権は、種類と数量を約束したので、別の物を調達でき、品質が定まらなければ中等の品質です。引渡場所は、債権者の住所でした。
残した2つの問い、在庫だけが約束の対象だったらどうなるか、渡す1台を決めたあとに焼けたらどうなるか、は別の回で扱います。
参照条文
- 民法400条
- 民法483条
- 民法401条1項