民法ゼロから民法#199

相続放棄・遺産分割協議と詐害行為取消権

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第4章 債権総論 #199/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

親の遺産を受け取らないと決めた人

冒頭の関係図。亡くなった親の遺産は家1軒。子のBは、貸主Aから借金をしている。Bは、遺産の家を受け取らないと決めた。受け取らない方法は2つ=家庭裁判所で相続を放棄する/相続人どうしの話合いでBの取り分をゼロにする。問い=Aは、口を出せるか。呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人。 図:冒頭の関係図

  • 亡くなった親の遺産は家1軒
  • 子のBは、貸主Aから借金をしている
  • Bは、遺産の家を受け取らないと決めた
  • 受け取らない方法は2つ=家庭裁判所で相続を放棄する/相続人どうしの話合いでBの取り分をゼロにする
  • 問い=Aは、口を出せるか
  • 呼び名=A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人

今日のテーマは遺産ですよね。借金の話と、どうつながるんですか。設例から入ります。Bは、Aから借金をしています。そのBの親が亡くなって、遺産として、家が1軒残りました。ところが、Bは、その家を受け取らない、と決めました。貸主のAは、これに口を出せるでしょうか。口を出すとは、Bのその行為を、詐害行為として取り消すことです。受け取るかどうかは、Bが決めることに見えます。けれども、貸主のAにとっては、Bの財産が増える機会が消える、という不都合があります。しかも、受け取らない方法は、2つあります。1つは、家庭裁判所で、相続を放棄することです。もう1つは、相続人どうしの話合いで、Bの取り分をゼロにすることです。どちらの方法でも、Bは家を受け取らず、ほかの相続人が家を取得する、という結果は同じです。

実は、結論が分かれます。どちらの方法なら口を出せて、どちらなら出せないのか。そして、結果が同じなのに、なぜ分かれるのか。この理由を、最高裁の言葉で言えるようになるのが、今日の目標です。前の回で、要件の3つめ、どんな行為が詐害行為になるのかを見て、424条の全文も出しました。ただ、2項は、財産権を目的としない行為には1項を適用しない、という位置だけ押さえて、先に送りました。今日は、その続きです。

今日の地図(保存版)

今日の地図。要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で財産が動くもの。3つの柱=1 財産権を目的としない行為(424条2項)とその理由/2 相続放棄は取り消せない/3 遺産分割協議は取り消しうる(放棄との違い)。 図:今日の地図

  • 要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で財産が動くもの
  • 3つの柱=1 財産権を目的としない行為(424条2項)とその理由/2 相続放棄は取り消せない/3 遺産分割協議は取り消しうる(放棄との違い)

柱は3つです。1つめ、424条2項。財産権を目的としない行為は、取消しの対象にならない、という定めと、その理由です。続いて2つめ、相続放棄は、取り消せません。3つめ、遺産分割協議は、取り消しうる。そして、放棄とどこが違うのか、です。遺産分割協議とは、相続人が集まって、遺産をだれがどう取得するかを、話し合って決めることです。取り分をゼロにする、というのは、その話合いの結果の1つです。取り消せるかどうかを決めるのは、結果の見た目ではありません。それぞれの判決が述べた理由です。順に確認します。

柱1——家族に関わる行為は取り消せるか

424条の1項と2項の関係。1項=債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求できる。2項=前項の規定は、財産権を目的としない行為には、適用しない。2項は「前項の規定は」と書いて1項を受ける。根拠=条文。 図:424条の1項と2項の関係

  • 1項=債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求できる
  • 2項=前項の規定は、財産権を目的としない行為には、適用しない
  • 2項は「前項の規定は」と書いて1項を受ける
  • 根拠=条文

前の回で全文を出した424条から、1項と2項だけ、もう一度出します。

条文民法424条1項・2項

民法第424条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。 2 前項の規定は、財産権を目的としない行為については、適用しない。

1項は、前の回で読んだとおり、債権者が、債務者の行為の取消しを裁判所に請求できる、という基本のルールです。今日読むのは2項です。2項は「前項の規定は」と書き出して、1項を受けています。財産権を目的としない行為には、1項の取消しの規定を使わない、という意味です。典型は、婚姻、離婚、養子縁組です。結婚する、別れる、親子になる。これらは、お金や物のやりとりを目的にした行為ではなく、家族としての地位を決める行為だからです。こうした行為でBの家計が苦しくなり、貸主に不利になることはあります。それでも、取り消せません。結婚する、別れる、親子になる、は、本人が決めることだからです。債権者の都合で、他人が結婚を無かったことにしてよいものではありません。たとえば、Aが、Bの結婚で生活費が増えて回収が難しくなるから結婚を取り消してほしい、と求めても、認められない、ということです。根拠は、条文の2項と、その趣旨の整理です。

物差し。身分そのものを決める行為(婚姻・離婚・養子縁組)=2項で取消しの対象外。では、家族に関わる行為で、財産が動くものは?=相続放棄/遺産分割協議。見る点=1 取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか/2 財産の帰属を決めるだけの行為か。 図:物差し

  • 身分そのものを決める行為(婚姻・離婚・養子縁組)=2項で取消しの対象外
  • では、家族に関わる行為で、財産が動くものは?=相続放棄/遺産分割協議
  • 見る点=1 取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか/2 財産の帰属を決めるだけの行為か

家族に関わる行為なら、全部取り消せないんですか。そこが今日の山場です。家族に関わっていても、財産が動く行為があります。相続を放棄する。遺産の分け方を決める。これらを、2項の財産権を目的としない行為とみるのか、それとも取り消せる行為とみるのか。物差しを2つ、先に渡します。1つめ、取り消すと、本人に人生の選択を強制することにならないか。2つめ、財産の帰属を決めるだけの行為ではないか。これは、こちらの整理です。最高裁の言葉でいえば、相続放棄は「身分行為」で、遺産分割協議は「財産権を目的とする法律行為」です。この2つの言葉の中身を、これから確かめます。注意が1つあります。前に、債権者代位権の回で、債務者本人の意思だけに委ねるべき権利は、債権者が代わりに使えない、と見ました。今日の話は、本人の意思を尊重する、というその発想の延長にあります。ただ、あちらは、債務者の権利を代わりに使えるか。こちらは、債務者がした行為を取り消せるか。条文も問いも別ですから、混ぜないでください。

山場——相続放棄は取り消せない

相続放棄の最小限。相続人は、亡くなった人の財産と借金を受け継ぐ。選べる道=受け入れる(承認)/断る(放棄)。放棄の方式=家庭裁判所に申述する(938条)。放棄した人は、初めから相続人にならなかったものとみなされる(939条)。 図:相続放棄の最小限

  • 相続人は、亡くなった人の財産と借金を受け継ぐ
  • 選べる道=受け入れる(承認)/断る(放棄)
  • 放棄の方式=家庭裁判所に申述する(938条)
  • 放棄した人は、初めから相続人にならなかったものとみなされる(939条)

まず、相続放棄の最小限を確認します。亡くなった人の財産や借金は、相続人が受け継ぎます。ただし、相続人は、受け継ぐか、断るかを選べます。受け継ぐことを承認、断ることを放棄と言います。放棄の方式は、938条が定めています。

条文民法938条

民法第938条(相続の放棄の方式) 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

放棄をするには、家庭裁判所に申述する、つまり申し出る必要があります。放棄の効果は、939条です。

条文民法939条

民法第939条(相続の放棄の効力) 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

放棄した人は、初めから相続人でなかったことになります。前に遺産分割と並べて見たとおり、放棄は、その人がその相続に関して、最初から存在しなかった扱いになる、という点が大事です。

最初の判例の事案として知られる場面。A=亡くなった人に対して債権を持っていた債権者/B=相続を放棄した相続人。AはBの放棄を詐害行為として取り消そうとし、最高裁は取消しを認めなかった。冒頭の設例との違い=冒頭のAは相続人Bの貸主/この事案のAは亡くなった人の債権者。 図:最初の判例の事案として知られる場面

  • A=亡くなった人に対して債権を持っていた債権者/B=相続を放棄した相続人
  • AはBの放棄を詐害行為として取り消そうとし、最高裁は取消しを認めなかった
  • 冒頭の設例との違い=冒頭のAは相続人Bの貸主/この事案のAは亡くなった人の債権者

最初の判例の事案です。ここでは、Aは、亡くなった人に対して債権を持っていた債権者です。亡くなった人の相続人であるBが、相続を放棄しました。Aは、Bの放棄を、詐害行為として取り消そうとした。そういう事案として知られています。ここで、冒頭の設例と比べておきます。冒頭のAは、相続人Bの貸主でした。この事案のAは、亡くなった人の債権者です。同じAでも、だれに対する債権者かが違いますから、混ぜないでください。Bは、Aに債務を負った本人ではありません。ただ、Bが相続を受け入れれば、亡くなった人の債務も受け継いで、Aに支払う立場になります。Aにとって、Bが放棄するかどうかが問題になるのは、そのためです。最高裁は、取消しを認めませんでした。理由は、2つ述べられています。2つあると思って、聞いてください。そのまま読みます。

判例最判昭49・9・20 民集28巻6号1202頁

相続の放棄と詐害行為取消権 相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。

2つの理由を、順に言い直します。1つめは、取消しの対象になるのは、財産を積極的に減らす行為に限られる、という理由。2つめは、身分行為は他人の意思で強制すべきでなく、取り消せば承認を強制するのと同じ結果になる、という理由です。

理由1。取消しの対象は、積極的に財産を減少させる行為に限られる。数値例。Bの預金300万円。贈与で友人に渡す=300万円から0へ(積極的に減る)。親の遺産1000万円を放棄=300万円のまま(増えるはずだったものが増えなかった)。判決の言葉=「既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為」。根拠=判例。 図:理由1

  • 取消しの対象は、積極的に財産を減少させる行為に限られる
  • 数値例
  • Bの預金300万円
  • 贈与で友人に渡す=300万円から0へ(積極的に減る)
  • 親の遺産1000万円を放棄=300万円のまま(増えるはずだったものが増えなかった)
  • 判決の言葉=「既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為」
  • 根拠=判例

1つめの理由から見ます。取消しの対象になる行為は、「積極的に債務者の財産を減少させる行為」に限られる。放棄は、これに当たらず、「消極的にその増加を妨げる行為にすぎない」、と述べています。判決の見方では、財産を減らすことと、増えるのを妨げることは、別物です。数字で見ます。Bの預金が、300万円あります。Bが、その300万円を友人に贈与すれば、Bの財産は、300万円から0になります。もとから持っていた財産、判決の言葉でいう既得財産が、減りました。これが、財産を積極的に減少させる行為です。一方、親の遺産が1000万円あって、Bがそれを放棄したとします。Bの預金は、300万円のままです。減っていません。受け取れば増えたはずのものが、増えなかっただけです。これが、増加を妨げるにすぎない、ということです。判決は、この見方を、相続人の意思からいっても、法律上の効果からいっても、と述べています。ここから先は、判決の理由ではなく、こちらの補足です。939条で、放棄した人は初めから相続人でなかったことになります。そうだとすると、Bの手元にあった財産が減った、とは言いにくくなります。前に見たとおり、取消権は、債務者の財産を減らした行為を取り消して、財産を元の状態に戻す制度です。贈与なら、戻すべき300万円があります。放棄では、Bの手元から出ていったものが、ありません。

理由2。身分行為は、他人の意思で強制すべきでない。放棄を詐害行為として取り消す=相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果。流れ=Bが放棄→取り消される→放棄がなかったことになる→Bは相続を受け入れたのと同じ立場に置かれる。根拠=判例。 図:理由2

  • 身分行為は、他人の意思で強制すべきでない
  • 放棄を詐害行為として取り消す=相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果
  • 流れ=Bが放棄→取り消される→放棄がなかったことになる→Bは相続を受け入れたのと同じ立場に置かれる
  • 根拠=判例

2つめの理由です。相続の放棄のような身分行為は、他人の意思によって強制すべきではない。もし放棄を詐害行為として取り消せるなら、相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果になる、と述べています。身分行為とは、結婚や養子縁組のように、家族としての地位に関わる行為です。判決は、相続放棄を、その仲間に数えています。相続を受け入れるか断るかは、その人が自分で決めること、という見方です。判決はここまで細かく述べていませんが、前に見たとおり、取消権は、行為を、あとから無かったことにします。放棄が取り消されると、放棄は、無かったことになります。放棄が無かったことになれば、Bは、放棄しなかった人、つまり相続を受け入れた人と同じ立場に置かれます。自分では断ると決めたのに、他人の求めで、相続を受け入れたことにされるわけです。ここから先は、こちらの補足ですが、親の遺産には、財産だけでなく、借金が含まれることもあります。それを、他人の都合で背負わされかねない、ということです。この結論に対して、学説には、相続放棄にも取消しの余地を認める見解もあります。争いのある点です。ただ、判例は、今見たとおりです。ここは、論文で論点になりうる部分です。

山場——遺産分割協議は取り消しうる

遺産分割協議の最小限。相続人が数人のとき、相続財産は相続人全員の共有(898条1項)。例=家1軒をBとCが共有。協議で、だれの単独所有にするかを決める(907条1項)。 図:遺産分割協議の最小限

  • 相続人が数人のとき、相続財産は相続人全員の共有(898条1項)
  • 例=家1軒をBとCが共有
  • 協議で、だれの単独所有にするかを決める(907条1項)

次は、遺産分割協議です。前提を、最小限だけ押さえます。相続人が数人いるとき、亡くなった人の財産は、相続が始まった時から、相続人全員の共有になります。898条1項です。

条文民法898条1項

民法第898条(共同相続の効力) 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

たとえば、家が1軒あって、相続人がBとCの2人なら、家は2人の共有です。共有とは、1つの物を、複数の人が持分に応じて持ち合う状態です。ただし、共有のままでは、家全体を2人で持ち合っているだけで、だれのものかが決まっていません。これを決めるのが、遺産分割です。907条1項です。

条文民法907条1項

民法第907条第1項 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。

共同相続人は、協議で、遺産の全部または一部を分割できます。この家はCの単独所有にする、と決めるのが、典型です。今日は、この協議が、詐害行為取消権の対象になるかを見ます。

2つめの判例の事案の流れ。A=貸主(取消しを求めた)、B=保証人である妻(相続人の1人)、C=子2人(どちらもC)。流れ=夫が死亡し、夫名義の建物にBが住む→Aがほかの2人に300万円を貸し、Bが連帯保証人になる→借りた2人が払えず、AがBに保証債務の履行を求める→Bと子2人が遺産分割協議(Bは持分を取得せず、子が2分の1ずつ取得。同じ日に子らへ登記)→Bが自己破産を申し立てる。Aは協議の取消しを求め、原審が認め、最高裁も是認。 図:2つめの判例の事案の流れ

  • A=貸主(取消しを求めた)、B=保証人である妻(相続人の1人)、C=子2人(どちらもC)
  • 流れ=夫が死亡し、夫名義の建物にBが住む→Aがほかの2人に300万円を貸し、Bが連帯保証人になる→借りた2人が払えず、AがBに保証債務の履行を求める→Bと子2人が遺産分割協議(Bは持分を取得せず、子が2分の1ずつ取得。同じ日に子らへ登記)→Bが自己破産を申し立てる
  • Aは協議の取消しを求め、原審が認め、最高裁も是認

2つめの判例の事案です。亡くなったのはBの夫で、建物は夫名義のまま、妻のBが住んでいました。相続人は、妻のBと、子2人です。子2人は、どちらもCと呼びます。夫の死亡から長い年月がたってから、Bは、貸主であるAが、ほかの2人に貸した300万円について、連帯保証人になりました。借りた2人が払えなくなったので、Aは、保証人のBに、払うよう求めました。そのあとで、Bと子のCたちが、遺産分割協議をしました。内容は、Bは建物の持分を取得せず、子2人が建物を2分の1ずつ取得する、というものです。同じ日に、子らへの登記も済ませています。続いて、Bは、自己破産を申し立てました。Aは、この遺産分割協議を、詐害行為として取り消すよう求めました。原審は、Aの請求を認めました。協議は、詐害行為として取り消せる、という判断です。子らが上告しましたが、最高裁も、原審の判断を是認しました。前の事案との違いは、ここです。取消しを求めたAは、遺産分割をしたBの貸主です。放棄の事案では、亡くなった人の債権者でした。それから、Bの保証債務は、協議より前に生じています。前の回で見た、行為の前の原因に基づく債権、という点は満たしています。判決の理由を読みます。

判例最判平11・6・11 民集53巻5号898頁

遺産分割協議と詐害行為取消権 共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。

判決が述べた理由は、「けだし」、つまり、なぜなら、で始まる1文だけです。分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させるもので、その性質上、財産権を目的とする法律行為だ、という理由です。

帰属を確定させるとは。協議の前=建物はBと子2人の共有で、Bにも共有持分がある(まだ、だれのものか決まっていない)。協議=建物を子2人が2分の1ずつ取得すると決める。協議のあと=Bの持分は無く、建物は子2人のもの(帰属が確定)。だから、協議は財産のやりとりを決める行為=財産権を目的とする法律行為。2項が外す「財産権を目的としない行為」には当たらない。 図:帰属を確定させるとは

  • 協議の前=建物はBと子2人の共有で、Bにも共有持分がある(まだ、だれのものか決まっていない)
  • 協議=建物を子2人が2分の1ずつ取得すると決める
  • 協議のあと=Bの持分は無く、建物は子2人のもの(帰属が確定)
  • だから、協議は財産のやりとりを決める行為=財産権を目的とする法律行為
  • 2項が外す「財産権を目的としない行為」には当たらない

相続が始まると、財産は相続人全員の共有です。共有の段階では、だれが何を取得するのか、まだ決まっていません。協議で、この建物は子2人が2分の1ずつ、と決めると、決めたとおりに、建物の帰属が定まります。判決の言葉では、全部または一部を、各相続人の単独所有にしたり、新たな共有関係に移したりして、帰属を確定させる、ということです。判決の事案でいえば、協議の前は、建物は、Bと子2人の共有でした。Bにも共有持分があったわけです。協議のあとは、Bの持分が無くなり、建物は子2人のものになりました。財産の行き先を決めるのが、協議の中身です。ですから、財産権を目的とする法律行為です。

判決は2項の条文を引いていませんが、協議は、財産権を目的とする法律行為ですから、2項が外す、財産権を目的としない行為には当たらない、と読めます。そのため、取消しの対象になりえます。なりうる、というのは、対象から外れない、という意味です。実際に取り消せるかは、無資力など、ほかの要件がそろうかで決まります。ここも、論文で論点になりうる部分です。

放棄と分割——結果が同じなのに結論が分かれる理由

遡及効の復習。遺産分割=いったん共有になったものを、話合いで決め直す(909条)。相続放棄=その人は、その相続に関して、初めから相続人でなかったことになる(939条)。 図:遡及効の復習

  • 遺産分割=いったん共有になったものを、話合いで決め直す(909条)
  • 相続放棄=その人は、その相続に関して、初めから相続人でなかったことになる(939条)

結論が分かれる理由に入る前に、遺産分割と登記、相続放棄と登記の回の復習です。遺産分割と相続放棄で、遡及効の扱いはどう違うのでしたか?遺産分割は、いったん共有になったものを、話合いで決め直す形で、相続開始までさかのぼります。放棄は、その人が、初めから相続人でなかったことになります。遺産分割のほうは、909条でした。条文をもう一度出します。

条文民法909条

民法第909条(遺産の分割の効力) 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

遡及効は、決めた結果が、相続の始まった時からそうだった、という扱いになる効力でした。ただし書は、第三者の権利は害せない、という限定です。この2つの姿を頭に置いて、今日の2つの判決の言葉と重ねます。

ミニ事例。亡くなった人が2000万円の家を遺した。相続人=きょうだいのBとC(相続分は2分の1ずつ)。BにはAへの借金1500万円があり、ほかに財産がない。方法1=Bが相続を放棄し、家はCが取得する。方法2=BとCが協議して、家は全部Cのものにする。どちらも結果は同じ=Bの手元に、1000万円分の持分が残らない。取消しの対象になるかだけを見る。 図:ミニ事例

  • 亡くなった人が2000万円の家を遺した
  • 相続人=きょうだいのBとC(相続分は2分の1ずつ)
  • BにはAへの借金1500万円があり、ほかに財産がない
  • 方法1=Bが相続を放棄し、家はCが取得する
  • 方法2=BとCが協議して、家は全部Cのものにする
  • どちらも結果は同じ=Bの手元に、1000万円分の持分が残らない
  • 取消しの対象になるかだけを見る

ミニ事例で比べます。亡くなった人が、2000万円の家を遺しました。相続人は、きょうだいのBとCの2人で、相続分は2分の1ずつです。Bは、Aに1500万円の借金があり、ほかに財産はありません。ここで、Bが家を受け取らず、Cが家を取得する方法が、2つあります。1つめは、Bが相続を放棄して、家はCが取得する方法。2つめは、BとCが協議して、家は全部Cのものにする方法です。どちらでも、Bの相続分にあたる、1000万円分の持分が、Bの手元に残りません。ほかの要件はそろっているものとして、取消しの対象になるか、だけを見ます。

結果が同じなら、どちらも取り消せそうに見えます。ところが、Aが取り消せるのは、2つめの協議だけです。そこで、問いです。放棄も分割も、結果は同じです。なぜ、結論が分かれるのでしょうか?結果ではなく、行為の中身に目を向ける、という方向は合っています。判決の言葉で、きちんと言い分けます。

放棄と分割の対比。放棄=身分行為/既得財産を積極的に減少させるのではなく、消極的に増加を妨げるにすぎない/取り消せば承認を強制することと同じ結果→取り消せない。分割協議=共有となった相続財産の帰属を確定させる/その性質上、財産権を目的とする法律行為→取り消しうる。根拠=判例(それぞれの判決の理由)。 図:放棄と分割の対比

  • 放棄=身分行為/既得財産を積極的に減少させるのではなく、消極的に増加を妨げるにすぎない/取り消せば承認を強制することと同じ結果→取り消せない
  • 分割協議=共有となった相続財産の帰属を確定させる/その性質上、財産権を目的とする法律行為→取り消しうる
  • 根拠=判例(それぞれの判決の理由)

放棄は、身分行為です。しかも、既得財産を減らすのではなく、増加を妨げるにすぎません。取り消せば、承認を強制するのと同じ結果になります。だから、取り消せません。分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させる行為で、その性質上、財産権を目的とする法律行為です。だから、取り消しえます。ここで見るべきは、結果ではなく、行為の性質です。同じ、Bの取り分がゼロになる、という結果でも、断る行為か、財産の行き先を決める行為かで、扱いが分かれます。最初に渡した2つの物差しに戻すと、放棄は、取り消すと人生の選択を強制することになる行為で、分割協議は、財産の帰属を決めるだけの行為です。

区別が要る点です。最初の判決が判断したのは、亡くなった人の債権者が、相続人の放棄の取消しを求めた事案です。ただ、判決の2つの理由、増加を妨げるにすぎないことと、承認の強制になることは、どちらも、放棄という行為がどういうものかを述べた理由です。判決の言い方は、取消しを求めるのが、亡くなった人の債権者か、相続人の債権者かに、よらない書き方になっています。そのため、相続人の貸主の場合にも、判決の言葉がそのまま当てはまる、と整理されます。ここは、判決そのものではなく、整理です。もう1つ、条文を使ったこちらの整理を添えます。放棄は、初めから相続人でなかったことになります。ミニ事例でいえば、Bには、1000万円分の持分が、一度も生じなかったことになります。分割協議にも、さかのぼる効力はあります。ただ、さかのぼるのは、協議で決めた結果の扱いです。協議そのものは、相続の開始で共有になった財産について、相続人どうしが、実際にする話合いです。2つめの判決は、さかのぼる効力には触れていません。述べたのは、「相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産」の帰属を確定させるものだ、という点でした。ミニ事例でいえば、協議の前、Bには、共有の持分がありました。協議は、その持分の行き先を、Cに決めています。放棄では、939条により、Bは初めから相続人でなかったものとみなされますから、共有の持分をいったん持ってから動かす、という形になりません。分割協議には、その形があります。そこが違う、と見ることもできます。ここも、判決の理由そのものではありません。

もう1点、覚え方の注意です。この2つの判決は、互いを名指しして区別しているわけではありません。それぞれが、自分の言葉で理由を述べています。ですから、覚えるのは、それぞれの判決の理由です。「放棄は取り消せず、分割は取り消せる」という結論だけを暗記すると、理由を問われたときに答えられなくなります。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

一覧板。家族に関わる行為の3行。婚姻・離婚・養子縁組=取り消せない=本人が決める、財産権を目的としない行為=条文(424条2項)と趣旨の整理。相続放棄=取り消せない=身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認を強制する結果=判例。遺産分割協議=取り消しうる=共有の相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為=判例。 図:一覧板

  • 家族に関わる行為の3行
  • 婚姻・離婚・養子縁組=取り消せない=本人が決める、財産権を目的としない行為=条文(424条2項)と趣旨の整理
  • 相続放棄=取り消せない=身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認を強制する結果=判例
  • 遺産分割協議=取り消しうる=共有の相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為=判例

冒頭の問いに戻ります。借金を抱えたBの親が亡くなって、Bが遺産を受け取らないと決めたとき、貸主のAは口を出せるか、でした。答えは、受け取らない方法で分かれます。家庭裁判所で放棄するなら、取り消せません。相続人どうしの話合いで取り分をゼロにする、遺産分割協議なら、取り消しえます。

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 財産権を目的としない行為は、取消しの対象外(424条2項)=条文。理由は本人が決めること=趣旨の整理。2 相続放棄は取り消せない=判例(身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認の強制)。3 遺産分割協議は取り消しうる=判例(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 財産権を目的としない行為は、取消しの対象外(424条2項)=条文
  • 理由は本人が決めること=趣旨の整理
  • 2 相続放棄は取り消せない=判例(身分行為/増加を妨げるにすぎない/承認の強制)
  • 3 遺産分割協議は取り消しうる=判例(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為)

3つの柱を整理します。1つめ、424条2項。財産権を目的としない行為は、取消しの対象になりません。婚姻、離婚、養子縁組は、本人が決めることだからです。根拠は、条文と、その趣旨の整理です。2つめ、相続放棄は、取り消せません。身分行為であり、財産を積極的に減らすのではなく、増加を妨げるにすぎない。取り消せば、承認を強制するのと同じ結果になる。この2つが、判決の理由です。根拠は、判例です。3つめ、遺産分割協議は、取り消しえます。共有になった相続財産の帰属を確定させるもので、その性質上、財産権を目的とする法律行為だからです。根拠は、判例です。結果が同じでも、行為の性質で結論が分かれる、というのが、今日の一番の弁別でした。家族に関わる行為で、財産が動く場面は、ほかにもあります。離婚の財産分与は、次の回で見ます。

参照条文

  • 民法424条1項・2項
  • 民法938条
  • 民法939条
  • 民法898条1項
  • 民法907条1項
  • 民法909条

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