民法ゼロから民法#200

離婚の財産分与と詐害行為取消権

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第4章 債権総論 #200/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

離婚して財産を妻に渡した夫

冒頭の関係図。A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人(夫)、C=Bの妻。AはBに貸金2000万円を持つ。Bの財産は、1500万円の家1軒だけ。BはCと離婚し、その家を財産分与としてCに渡した。問い=Aは、この分与を取り消せるか。 図:冒頭の関係図

  • A=貸した人(取り消したい債権者)、B=借りた人(夫)、C=Bの妻
  • AはBに貸金2000万円を持つ
  • Bの財産は、1500万円の家1軒だけ
  • BはCと離婚し、その家を財産分与としてCに渡した
  • 問い=Aは、この分与を取り消せるか

設例から入ります。Aは、Bに2000万円を貸しています。Bの財産は、1500万円の家が1軒あるだけです。ところが、Bは、妻のCと離婚して、財産分与として、その家をCに渡してしまいました。Bには、ほかに財産がありません。貸主のAは、この分与を、取り消せるでしょうか。夫婦で築いた財産を分けるのは、夫婦の清算です。外から取り消すのは、行き過ぎにも見えます。一方で、離婚という形を借りれば、借金を抱えた人が、財産を身内に逃がせてしまいます。どちらの言い分にも、理由があります。勝ち負けは、線をどこに引くかで決まります。最高裁は、その線を、2つの判決で引きました。今日は、線がどこにあって、なぜそこにあるのかを、判決の言葉で言えるようにします。

今日の地図(保存版)

今日の地図。要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で、離婚の財産分与の場合。3つの柱=1 財産分与は原則として取り消せない、その理由/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情/3 取り消せるのは過大な部分だけ、慰謝料を払う合意も同じ。 図:今日の地図

  • 要件3つめ(どんな行為が詐害行為か)のうち、家族に関わる行為で、離婚の財産分与の場合
  • 3つの柱=1 財産分与は原則として取り消せない、その理由/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情/3 取り消せるのは過大な部分だけ、慰謝料を払う合意も同じ

要件の数え方を、思い出します。1つめ、被保全債権があること。2つめ、債務者が無資力であること。3つめ、債務者が、詐害行為をしたこと。4つめ、債務者が、害することを、知っていたこと。5つめ、受益者も、害することを知っていたこと、です。前の回までは、3つめの、どんな行為が詐害行為になるか、のうち、家族に関わる行為を見ました。今日はその続きで、離婚の財産分与です。4つめと、5つめは、次の回から見ます。柱は3つです。1つめ、財産分与は、原則として取り消せません。その理由を、判決の言葉で見ます。2つめ、例外です。不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる、特段の事情があるときだけ、取消しの対象になります。3つめ、取り消せるのは、過大な部分だけです。慰謝料を払う合意も、同じ考え方で扱われます。

仮託とは、あることにかこつけて、別のことをする、という意味です。ここでは財産分与にかこつけて、実際には財産を逃がすことです。2つめの柱で、詳しく見ます。中身に入る前に、前の回の確認です。相続放棄と遺産分割協議で、取り消せるかどうかを分けた物差しは、何でしたか?物差しは2つありました。放棄は、取り消せば相続の承認を強制する結果になるので取り消せず、分割協議は、財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為として、取り消しえました。この物差しは、今日も使います。

柱1——財産分与は原則として取り消せない

離婚と財産分与の区別。離婚そのもの=婚姻関係を終わらせる身分の行為、424条2項で取消しの対象外。財産分与=離婚に伴って財産が動く行為、今日の対象。分与に含まれるもの=1 夫婦で築いた財産の清算/2 離婚後の生活の支え/3 慰謝料にあたる分。 図:離婚と財産分与の区別

  • 離婚そのもの=婚姻関係を終わらせる身分の行為、424条2項で取消しの対象外
  • 財産分与=離婚に伴って財産が動く行為、今日の対象
  • 分与に含まれるもの=1 夫婦で築いた財産の清算/2 離婚後の生活の支え/3 慰謝料にあたる分

離婚そのものは、婚姻関係を終わらせる、身分に関わる行為です。424条2項の、財産権を目的としない行為にあたり、取り消せません。ただ、離婚に伴って財産を渡す財産分与は、財産が動く行為です。別に考える必要があります。前の回の物差しを当ててみます。分与を取り消しても、離婚そのものが元に戻るわけではありませんから、人生の選択を強制することにはなりません。財産の行き先を決める行為です。物差しだけで見れば、遺産分割協議と同じく、取消しの対象になりうる側に入ります。ところが、判決は、原則として取り消せない、としました。物差しとは別の理由があるからです。それを、この柱で見ます。物差しを当てたところは、こちらの整理です。もう1つ、混ぜないでほしい話があります。前に、代位権の回で、財産分与請求権を見ました。あれは、分与を求める権利を、債権者が代わりに使えるか、という話でした。今日は向きが逆で、夫が分与として財産を渡した行為を、夫の債権者が取り消せるか、です。権利を代わりに使う話と、行為を取り消す話ですから、別の問いです。財産分与の制度の中身は、家族法の回で扱います。ここでは、判決を読むのに要る分だけ、条文で確認します。768条の1項からです。

条文民法768条1項

民法第768条第1項(財産分与) 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

1項は、離婚した人の一方は、相手に、財産の分与を請求できる、という定めです。2項には、協議がまとまらないとき、家庭裁判所に処分を請求できる、とあります。その場合に、家庭裁判所が何を基準に決めるかが、3項です。

条文民法768条3項

民法第768条第3項(財産分与) 前項の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。

今日読むのは、3項です。分与をさせるかどうか、額や方法は、一切の事情を考慮して決まります。事情の例として、婚姻中に取得し維持した財産の額、寄与の程度、婚姻の期間、年齢、収入などが並んでいます。細かい算定は、家族法の回に譲ります。次に読む判決が引いているのは、判決当時の3項です。現行の3項は、考える事情が具体的に書き足されていますが、一切の事情を考慮して分与を定める、という骨格は同じです。判決は、分与に含まれるものを、3つ挙げています。1つめ、夫婦が婚姻中に持っていた、実質上の共同財産の清算分配です。名義が夫1人でも、2人で築いた財産なら、2人の財産として分ける、ということです。2つめ、離婚後の、相手方の生活の維持に役立てること。3つめ、離婚の原因を作ったほうが、離婚をやむなくされた相手に、精神的な損害の賠償、つまり慰謝料にあたる分を含めて分与することも、妨げられない、ということです。

最初の判決の事案。信用組合(債権者)、夫(債務者)、妻。信用組合は、夫と手形貸付や手形割引などの取引をしていた。夫が倒産した翌月に離婚。夫は、ほぼ唯一の不動産といえる土地2筆(価額は約989万円)を、慰謝料を含めた財産分与として妻に譲る。土地は夫名義、家業のクリーニング業の利益で取得。妻は、土地の1筆に付いていた根抵当権を消すため、約536万円を支払った。信用組合は譲渡の取消しを求め、最高裁は認めなかった。 図:最初の判決の事案

  • 信用組合(債権者)、夫(債務者)、妻
  • 信用組合は、夫と手形貸付や手形割引などの取引をしていた
  • 夫が倒産した翌月に離婚
  • 夫は、ほぼ唯一の不動産といえる土地2筆(価額は約989万円)を、慰謝料を含めた財産分与として妻に譲る
  • 土地は夫名義、家業のクリーニング業の利益で取得
  • 妻は、土地の1筆に付いていた根抵当権を消すため、約536万円を支払った
  • 信用組合は譲渡の取消しを求め、最高裁は認めなかった

ここからは判決の事案です。債権者は信用組合、債務者は夫、分与を受けたのは妻です。信用組合は、夫と、貸付や手形割引などの取引をしていました。ところが、夫は、不動産業などの事業に失敗して倒産します。夫には、別の女性との間に、子までいました。離婚の原因は、夫の不貞です。離婚は、夫が倒産した、その翌月でした。妻は、子どもたちと、家業のクリーニング業を続けていました。夫は、ほぼ唯一の不動産といえる2つの土地を、慰謝料を含めた財産分与として、妻に譲ります。土地の価額は約989万円で、登記は、代物弁済を原因として移されました。妻は、そのうち1つに付いていた根抵当権を消すために、約536万円を支払っています。

土地は、夫名義でした。ただ、家業のクリーニング業の利益で取得されたもので、夫の不動産業とは関係なく手に入れたものです。クリーニング業は、夫が始めて、のちに妻に任されました。ここまでは、原審が確定した事実です。信用組合は、この譲渡を、詐害行為として取り消そうとしました。原審は、この分与を相当と判断して、取消しを認めませんでした。上告人の信用組合の上告に対して、最高裁は、原審の判断を是認し、上告を棄却しました。つまり、取消しは認められませんでした。裁判官は全員一致です。理由を、2段に分けて読みます。1段目は、分与の趣旨です。

判例最判昭58・12・19 民集37巻10号1532頁

財産分与の趣旨 離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によつて離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきである……

さきほど3つ挙げた中身と、同じです。清算分配、生活の維持、慰謝料の要素、の3つを含めて分与してよい、と述べています。2段目は、結論に直結する部分です。債務超過という言葉が出ます。無資力の回で見た、債務の額が財産の額を上回る状態のことです。長いので、2文に分けて聞いてください。

判例最判昭58・12・19 民集37巻10号1532頁

債務超過と財産分与の取消し 分与者が債務超過であるという一事によつて、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であつてもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば、分与者が既に債務超過の状態にあつて当該財産分与によつて一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。

1文目から言い直します。分与する人が債務超過だという、その1点だけで、相手への財産分与を全部否定するのは、相当でない。相手は、そういう場合でも、相当な財産分与は受けられる、という文です。2文目です。分与する人がすでに債務超過で、分与によって、一般債権者の共同担保が減るとしても、768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分だと認めるに足りる、特段の事情がない限り、詐害行為として、取消しの対象にならない、という文です。共同担保とは、債権者みんなにとっての、引き当てになる財産のことです。前に出た、責任財産と同じ意味です。夫の財産が分与で減れば、債権者の引き当てが減る、という意味になります。

判決の筋道4段。1 分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む/2 額と方法は、一切の事情を考慮して決まる(768条3項)、分与者の債務もその事情の1つ/3 だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手方は債務超過でも相当な分与を受けられる/4 よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない。根拠=判例。 図:判決の筋道4段

  • 1 分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む/2 額と方法は、一切の事情を考慮して決まる(768条3項)、分与者の債務もその事情の1つ/3 だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手方は債務超過でも相当な分与を受けられる/4 よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない
  • 根拠=判例

判決の筋道を、4段で並べます。1段目、分与は、清算分配と生活の維持、それに慰謝料の要素を含む。2段目、分与の額と方法は、一切の事情を考慮して決まり、分与する人の債務の状況も、その事情の1つになる。3段目、だから、債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でなく、相手は、債務超過でも、相当な分与を受けられる。4段目、よって、不相当に過大で仮託と認める特段の事情がない限り、取消しの対象にならない。債権者にとっては、引き当てが減るのに手が出せない、厳しい結論です。ここから先は、判決が述べた言葉ではなく、こちらの説明です。分与の中には、夫婦で築いた財産の清算が入っています。たとえば、夫婦で築いた財産が1200万円分あって、2人の寄与が同じなら、妻の取り分は600万円です。この600万円は、もともと妻が受け取るべき取り分で、夫が自分の財産から恵んだものではありません。夫に借金があるという一事で、この取り分まで、債権者の引き当てにする理由は、見当たりません。生活の維持や、慰謝料にあたる分も、離婚によって、妻が受けるべき分です。ですから、債務超過という一事で、取り消せるものではありません。これが、原則が「取り消せない」の側に置かれる、決め手です。

柱2——例外は、不相当に過大で仮託と認める特段の事情

例外の3つの言葉。1 民法768条3項の趣旨に反して不相当に過大(一切の事情から説明がつく範囲を超えている)/2 財産分与に仮託してされた財産処分(分与の名を借りた財産逃がし)/3 そう認めるに足りる特段の事情。 図:例外の3つの言葉

原則に対する例外を見ます。判決の言葉を、3つに分けます。1つめ、768条3項の趣旨に反して、不相当に過大であること。2つめ、財産分与に仮託してされた財産処分だと認められること。3つめ、そう認めるに足りる、特段の事情があること、です。不相当に過大とは、768条3項の趣旨に照らして、つまり、一切の事情を考えたときに、説明がつく範囲を超えている、ということです。清算、生活の維持、慰謝料のどれで見ても、そこまで渡す理由が見当たらない状態です。具体的な金額の線は、判決は引いていません。事案ごとに見ます。境目を、こちらの設例で確かめます。冒頭の設例で、夫婦で築いた財産は、1500万円ほどの家だけだとします。1つめの例。妻が、子どもを育てながら、家業を支えてきました。離婚の原因は、夫の不貞です。この場合に、家を妻に渡すのは、清算と生活の維持と慰謝料で、説明がつく範囲でしょう。相当な分与で、取り消せません。2つめの例。家を手に入れる過程に、妻の寄与はほとんどありません。慰謝料を払うべき事情もなく、妻に生活の不安もありません。それなのに、借金を抱えた夫が、家を全部、妻に渡した。この場合は、清算、生活の維持、慰謝料のどれでも説明がつきません。不相当に過大で、分与の名を借りた財産逃がしと見られます。境目は、渡した額が、一切の事情から説明がつくかどうかです。3つめの特段の事情とは、原則どおりにはいかない、特別な事情のことです。ここでは、不相当に過大で、仮託と認められる事情が、これにあたります。規範を、カードにします。

⭐ 論文で書く規範:財産分与と詐害行為取消し(判例の規範) 分与者が債務超過であっても、それだけでは、財産分与は取消しの対象にならない。768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる特段の事情があるときに限り、詐害行為として取消しの対象になる。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、768条3項の趣旨として判例が立てたもの。論文で論点になりうる))

覚える言葉は、不相当に過大、仮託、特段の事情の3つです。条文には書かれていない基準を、判例が立てたものです。確認です。夫が債務超過なら、財産分与は、それだけで取り消せるでしょうか?夫が債務超過というだけでは、財産分与は取り消せません。債務超過は、分与の額を決める、一切の事情の1つにすぎません。取り消せるのは、不相当に過大で、仮託と認める特段の事情があるときです。

最初の判決の当てはめ。原審が相当とした分与を、最高裁は是認。理由に挙がった主な事情=1 土地は家業のクリーニング業の利益で取得され、取得への妻の寄与は夫より大きい/2 離婚の原因は夫の不貞/3 土地は妻と子らの生活の基盤/4 夫にとってほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として相当。結論=取消しの対象にならない。 図:最初の判決の当てはめ

  • 原審が相当とした分与を、最高裁は是認
  • 理由に挙がった主な事情=1 土地は家業のクリーニング業の利益で取得され、取得への妻の寄与は夫より大きい/2 離婚の原因は夫の不貞/3 土地は妻と子らの生活の基盤/4 夫にとってほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として相当
  • 結論=取消しの対象にならない

判決の事案に当てはめます。原審は、この分与を相当と判断し、最高裁は、その判断を是認しました。理由として挙がった主な事情は、4つです。1つめ、土地は、家業のクリーニング業の利益で取得されたもので、取得への妻の寄与は、夫より大きい。2つめ、離婚の原因は、夫の不貞である。3つめ、土地は、妻と子らの生活の基盤である。4つめ、夫にとって、ほぼ唯一の不動産であることを考えても、離婚に伴う慰謝料を含めた財産分与として、相当である。土地が夫名義でも、妻の寄与が大きいと評価されたのは、この事案の当てはめです。名義だけで見れば夫のものでも、実際の取得に、だれがどれだけ関わったかを見ている、ということです。一般論として、名義が夫の財産は、妻の取り分だ、とまでは言えません。この事案の評価だと、区別してください。

柱3——取り消せるのは過大な部分だけ

2つめの判決の事案。貸主(貸金の確定判決を持つ)、夫(債務者)、元妻。夫は、無資力になったあと協議離婚。離婚の届出のあと、元妻に対して、毎月10万円を再婚するまで払うこと(扶養的財産分与)と、慰謝料2000万円を払うことを約し、執行認諾文言付きの公正証書を作った。元妻も貸主も、夫の給料などの債権を差押え。貸主が配当表に異議。原審は合意全体を取り消せるとしたが、最高裁は破棄して差し戻した。 図:2つめの判決の事案

  • 貸主(貸金の確定判決を持つ)、夫(債務者)、元妻
  • 夫は、無資力になったあと協議離婚
  • 離婚の届出のあと、元妻に対して、毎月10万円を再婚するまで払うこと(扶養的財産分与)と、慰謝料2000万円を払うことを約し、執行認諾文言付きの公正証書を作った
  • 元妻も貸主も、夫の給料などの債権を差押え
  • 貸主が配当表に異議
  • 原審は合意全体を取り消せるとしたが、最高裁は破棄して差し戻した

3つめの柱です。例外にあたるとき、取り消せるのは全部か、一部か。もう1つの判決で見ます。ここも判決の事案です。貸金の確定判決を持つ債権者が貸主、債務者が夫、約束の相手が元妻です。この貸主は、冒頭の設例のAとは別の人です。夫は、多額の負債を抱えて、無資力になっていました。その後に、元妻と協議離婚します。離婚の届出のあと、夫は元妻に、2つのことを約束しました。1つは、生活費の補助として毎月10万円を、元妻が再婚するまで払うこと。扶養的財産分与と呼ばれるものです。分与の3つの中身のうち、2つめの、離婚後の生活の維持にあたります。もう1つは、離婚の慰謝料として2000万円を払うことです。この約束は、執行認諾文言付きの公正証書にされました。

執行認諾文言とは、払わなければ、すぐ強制執行を受けても構わない、と債務者が認める文言です。この文言のある公正証書は、判決と同じように、強制執行の根拠になります。元妻は、この公正証書を使って、夫の給料や役員報酬の債権を差し押さえました。貸主も、貸金の確定判決で、同じ債権を差し押さえます。裁判所が、差し押さえたお金をだれにいくら配るかを書いた、配当表を作ると、貸主は、これに異議を出しました。配当異議の事件です。貸主は、まず、この約束は見せかけだから無効だ、という通謀虚偽表示を主張しました。それが通らない場合に備えて、予備的に、詐害行為取消しも主張しました。第一審は虚偽表示と認めました。原審は、合意の全体を、詐害行為として取り消せる、としました。元妻が上告し、最高裁は、原判決のうち予備的請求の部分を破棄して、原審に差し戻しました。裁判官は全員一致です。ここで注意です。この判決が対象にしたのは、財産を渡した行為ではありません。お金を払う、という約束、つまり債務を負う合意です。冒頭の設例のように、家を渡す形とは違います。それでも、財産分与の合意として、最初の判決と同じ基準で判断されます。判示は2つに分かれます。1つめは、財産分与の合意です。

判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁

財産分与の合意と取消しの範囲 離婚に伴う財産分与は、民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為とはならない(中略)離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意がされた場合において、右特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきものと解するのが相当である。

前半は、最初の判決と同じ基準です。特段の事情がなければ、詐害行為にならない。後半が新しい部分です。金銭を給付する合意がされて、特段の事情がある場合には、不相当に過大な部分について、その限度で、取り消される。取り消されるのは、過大な部分で、合意の全部ではありません。この判決が答えたのは、お金を払う合意についてです。家のように分けにくい物を渡した場合に、過大な部分だけをどう取り消すかまでは、この判決は述べていません。

財産分与の合意の数値例。相当な分与=300万円、約束した額=1000万円。300万円の部分=取消しの対象にならない。超えた700万円の部分=取消しの対象。根拠=判例(不相当に過大な部分について、その限度で取り消される)。 図:財産分与の合意の数値例

  • 相当な分与=300万円、約束した額=1000万円
  • 300万円の部分=取消しの対象にならない
  • 超えた700万円の部分=取消しの対象
  • 根拠=判例(不相当に過大な部分について、その限度で取り消される)

数字で見ます。こちらの設例です。相当な分与の額が、300万円と見られるのに、夫が1000万円を払うと約束しました。このとき、300万円の部分は、取消しの対象になりません。相当な範囲だからです。取り消せるのは、超えた700万円の部分です。約束の全部、1000万円を取り消すのではありません。次に、判示の2つめ、慰謝料の合意です。

判例最判平12・3・9 民集54巻3号1013頁

慰謝料の合意と詐害行為 離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意は、配偶者の一方が、その有責行為及びこれによって離婚のやむなきに至ったことを理由として発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定してその支払を約する行為であって、新たに創設的に債務を負担するものとはいえないから、詐害行為とはならない。しかしながら、当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは、その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については、慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。

判決の理由は、慰謝料の合意は、有責行為によってすでに発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定して支払を約する行為だから、新たに創設的に債務を負担するものとはいえない、というものです。新しく借金が増えたのではなく、すでにあった賠償債務の額を決めただけ、ということです。ただし、賠償債務の額を超えた部分は別です。本来負う額を超えて約束した部分は、慰謝料支払の名を借りた贈与、あるいは、対価を欠いた新たな債務負担行為です。見返りなしに、新しく債務を背負った、ということです。そのため、詐害行為取消権の対象になりえます。

慰謝料の合意の数値例。本来負う賠償債務=200万円、約束した額=500万円。200万円の部分=すでにあった債務の確認、取消しの対象にならない。超えた300万円の部分=慰謝料支払の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担、取消しの対象。根拠=判例。 図:慰謝料の合意の数値例

  • 本来負う賠償債務=200万円、約束した額=500万円
  • 200万円の部分=すでにあった債務の確認、取消しの対象にならない
  • 超えた300万円の部分=慰謝料支払の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担、取消しの対象
  • 根拠=判例

数字で確かめます。夫が本来負う慰謝料の賠償債務は200万円なのに、500万円を払うと約束しました。取り消せるのは、どの部分でしょうか?取り消せるのは本来の200万円を超えた、300万円の部分です。200万円は、すでに負っていた賠償債務を確定させたものですから、対象になりません。超えた300万円は、慰謝料の名を借りた贈与ないし対価を欠いた債務負担ですから、対象になります。判決の結論に戻ります。最高裁は、額が不相当に過大だという原審の判断そのものは、正当としました。そのうえで、合意の全部を取り消せるとした点を、違法として、破棄して差し戻しました。取り消すべき範囲は、扶養的財産分与については、不相当に過大な額、慰謝料については、負担すべき額を超える額を、原審で算出して、その限度で取り消す、という形です。

貸主の取り分だけを考えれば、合意を丸ごと取り消すほうが有利です。ただ、取消権は、取消権の最初の回で見たとおり、相手がすでに手に入れた権利や取引に、踏み込む制度です。ここでは、元妻の権利です。介入が強い制度ですから、必要な範囲を超えて踏み込まない、という発想につながります。全部を取り消すと、何が起きるかを考えます。相当な範囲の分与や、本来負う賠償債務の部分は、元妻が、もともと受け取るべき取り分でした。全部を取り消せば、その取り分まで、元妻から取り上げることになります。それでは、最初の判決が述べた、債務超過でも相当な財産分与は受けられる、という原則と食い違います。貸主を害しているのは、取り分を超えた、過大な部分だけです。慰謝料については、判決自身が、本来の額までは、すでにあった債務の確認だから詐害行為にならない、と理由を述べていました。財産分与の側で、一部に限る理由を、判決は言葉にしていません。そこをつないだのは、こちらの整理です。冒頭の設例のように、家を渡した場合に、過大な部分だけをどういう形で取り消すかは、取消しの範囲を見る、後の回で扱います。

家族に関わる行為と取消し——一覧

家族に関わる行為と取消しの一覧。取消しの対象外=婚姻・離婚・養子縁組(財産権を目的としない行為、根拠は424条2項と趣旨の整理)/取消しの対象外=相続放棄(身分行為、増加を妨げるにすぎない、承認を強制する結果、根拠は判例)/取消しの対象になりうる=遺産分割協議(共有の相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為、根拠は判例)/過大な部分に限って対象=財産分与(768条3項の趣旨に反して不相当に過大、仮託と認める特段の事情、根拠は判例)/過大な部分に限って対象=慰謝料の合意(負担すべき賠償債務の額を超える部分、根拠は判例)。 図:家族に関わる行為と取消しの一覧

家族に関わる行為の締めとして、5つを並べます。上の3行は、前の回の一覧と同じです。そこに、今日の財産分与と、慰謝料の合意の2行を足します。前の回は、取り消せない、取り消しうる、の2つに分けました。今日の2行は、一部だけが対象になるので、分け方を1つ増やして、3つの帯にします。前の回の、取り消せない、が1つめの帯、取り消しうる、が2つめの帯です。1つめの帯は、対象外です。婚姻、離婚、養子縁組は、財産権を目的としない行為で、424条2項と、その趣旨の整理が根拠です。結婚するか、別れるかは、本人が決めることで、債権者が取り消して元に戻させるわけにはいかない、ということです。相続放棄は、身分行為で、財産の増加を妨げるにすぎず、取り消せば承認を強制する結果になる、という判例の理由です。もとからある財産を減らしたのではなく、入ってくるはずの財産を断っただけですし、放棄を取り消せば、相続を引き受けなさい、と本人に強いることになるからです。2つめの帯は、対象になりうるものです。遺産分割協議は、共有になった相続財産の帰属を確定させる、財産権を目的とする法律行為だからです。3つめの帯は、過大な部分に限って対象になるものです。財産分与は、不相当に過大で、仮託と認める特段の事情があるとき、その過大な部分です。慰謝料の合意は、負担すべき賠償債務の額を超える部分です。どちらも判例です。

5つは、理由で通して覚えられます。婚姻、離婚、養子縁組は、身分そのものを決める行為で、はじめから対象外でした。残りの4つは、家族に関わっていて、財産が動く行為です。ここに、前の回の物差し2つを当てて、今日の分を1つ足します。物差しの1つめ、取り消すと、本人に人生の選択を強制することになる行為は、対象外です。相続放棄が、これです。物差しの2つめ、財産の帰属を決めるだけの行為は、対象になりえます。遺産分割協議がこれです。今日足すのは、財産が動く行為のうち、相手が受け取るべき取り分が混ざっているものは、その取り分を超えた部分だけが対象、という見方です。財産分与と、慰謝料の合意がこれです。今日足した分は、こちらの整理です。

冒頭の問いに戻る——今日のまとめ

今日のまとめ。3つの柱と根拠の種類。1 財産分与は原則として取り消せない=判例(債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でない。768条3項の趣旨を引く)/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情=判例/3 取り消せるのは過大な部分だけ。慰謝料の合意も、賠償債務の額を超える部分=判例(一部だけ取り消す理由づけは解釈による整理)。 図:今日のまとめ

  • 3つの柱と根拠の種類
  • 1 財産分与は原則として取り消せない=判例(債務超過の一事で分与を全部否定するのは相当でない。768条3項の趣旨を引く)/2 例外=不相当に過大で、財産分与に仮託した財産処分と認める特段の事情=判例/3 取り消せるのは過大な部分だけ
  • 慰謝料の合意も、賠償債務の額を超える部分=判例(一部だけ取り消す理由づけは解釈による整理)

冒頭の問いに戻ります。Aは、Bに2000万円を貸していました。Bは、離婚して、1500万円の家を、Cに渡しました。Aは、これを取り消せるか、でした。答えは、渡した額が、説明がつく範囲かで決まります。家の分与が、清算と生活の維持と慰謝料で説明のつく、相当な範囲なら、取り消せません。Bが債務超過でも、同じです。不相当に過大で、分与の名を借りた財産逃がしと認められる特段の事情があれば、取消しの対象になります。取り消せるか、という問いへの答えは、ここまでです。そのうえで、家のどこまでを、どういう形で取り消すかは、今日の2つの判決が述べていない点で、取消しの範囲を見る、後の回で扱います。3つの柱を整理します。1つめ、財産分与は、原則として取り消せません。分与には、清算と生活の維持と慰謝料の要素が含まれるので、債務超過の一事で全否定するのは相当でない、という判決の理由です。根拠は、判例です。2つめ、例外です。768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与に仮託してされた財産処分と認めるに足りる、特段の事情があるときに、取消しの対象になります。根拠は、判例です。3つめ、取り消せるのは、過大な部分だけです。慰謝料の合意も、本来負う賠償債務の額を超えた部分が対象です。根拠は判例で、一部だけ取り消す理由づけは、解釈による整理です。今日で、3つめの要件、どんな行為が詐害行為になるか、のうち、家族に関わる行為が終わりました。4つめ、債務者が害することを知っていたこと、5つめ、受益者も知っていたことは、次の回から見ます。

参照条文

  • 民法768条1項
  • 民法768条3項

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