債務不履行の3類型と履行遅滞の起算点
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第4章 債権総論 #156/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
約束の日を過ぎたら、遅れなのか
図:冒頭の板
- DがBに百万円を貸す3通りの約束
- ①「来月末に返す」②「Dの父が亡くなったら返す」③「返す日は決めなかった」
- 問い=それぞれ、いつから「遅れ」になるのか
中古カメラ店のBさんは、仕入先のDさんから百万円を借りました。今日は、その貸し借りを、3通りの約束で考えます。1つめは、来月末に返す、という約束。2つめは、Dさんのお父さんが亡くなったら返す、という約束。3つめは、返す日は決めなかった、という約束です。1つめは、そのとおりです。ただ、2つめは、お父さんが亡くなる日が、いつか分かりません。3つめは、そもそも返す日がありません。日付が無いのに、過ぎた、とは言えませんね。今日の問いは、この3つの借金が、それぞれ、いつから遅れになるのか、です。答えは最後に出します。手がかりは、遅れの始まりを決める条文は、たった1本、ということです。その前に、遅れも含めた債務不履行の全体を、地図にしておきます。
債務不履行と415条
図:415条1項の板
- 債務者が「債務の本旨に従った履行をしない」とき/「債務の履行が不能である」とき→債権者は損害賠償を請求できる
- ただし書=その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない
- 例=BがAに中古カメラの「この1台」を渡す約束(Bが債務者・Aが債権者)
まず、債務不履行とは何か。債務者が、約束した債務を、約束どおりに果たさないことです。条文は、415条1項です。
条文民法415条1項
民法第415条第1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
本旨は、約束の中身、という意味です。たとえば、Aさんが、Bさんの店で、製造番号まで確かめて、中古カメラのこの1台を買いました。本旨に従った履行とは、その1台を、約束の日に、傷や不具合が無い状態で、Aさんに渡すことです。遅れて渡す、渡せない、不具合のある物を渡す。どれも、本旨に従った履行ではありません。どれも、債務不履行です。債権者は、履行がされなかった、という事実を挙げれば、賠償請求の入口に立てます。ただし書が、その先の話です。債務者が、自分の責めに帰することができない事由によるものだった、と示せたときは、賠償責任を免れます。免れる主張と立証は、債務者の側に置かれています。この事由の中身は、別の回で扱います。なお、契約の債務が果たされないときは、損害賠償に加えて、契約を解除する権利も生じます。解除は、契約の章で扱います。
契約でも、事務管理でも、不当利得でも、債務があれば成り立ちます。発生原因は、問いません。
債務不履行の3つの類型
図:3類型の対比板
- 履行遅滞=履行が可能なのに履行期に履行しない(例=Aの「この1台」を期日になってもBが渡さない)/履行不能=履行が不可能(例=期日前にBの店の火事で1台が焼けた)/不完全履行=履行はしたが本旨に従っていない(例=渡されたカメラが不良品だった)
- 付随義務違反=信義則上の義務の違反
- 条文の入口は「本旨に従った履行をしないとき」と「履行が不能であるとき」の2つ(遅滞と不完全履行は前者、不能は後者)
債務不履行には、3つの類型があります。Aさんの、この1台で見ます。1つめは、履行遅滞です。期日になっても、Bさんが渡さない。1台は、まだ店にあります。履行は可能なのに、していない状態です。2つめは、履行不能です。期日の前に、店が火事になって、その1台が焼けてしまった。特定物、つまり、その1台にしかない物の引渡しは、もう履行できません。3つめは、不完全履行です。約束の日に、カメラは渡されました。ところが、シャッターが動かない不良品だった。履行はした、しかし本旨に従っていない、という形です。条文の入口は、たしかに2つです。遅滞と不完全履行は、どちらも前者から入ります。それでも3つに分けるのは、類型ごとに、何を問題にするかが変わるからです。遅滞は、まだ履行できるので、本来の履行を求めることと、遅れた分の損害の賠償を、両方考えます。本来の履行は、応じなければ、前の回の履行の強制で実現できます。しかも、いつから遅れたのか、という時点が問題になります。不能は、もう履行できないので、物の代わりに、その値打ちをお金で払う、履行に代わる賠償が中心です。不完全履行は、渡した物を直すのか、代わりを渡すのか、という話になります。不能と不完全履行の詳しい中身は、別の回で扱います。
契約の中心の約束とは別に、信義則から生じる、周辺の義務です。たとえば、取引に必要な説明をする義務や、相手の安全に配慮する義務です。これに違反することも、債務不履行になる、と考えます。2017年の民法改正で、履行不能の場合も、条文の文言が、履行が不能であるとき、に整えられ、免れる事由は、ただし書に置かれました。解釈上の3つの分け方は、今も維持されています。なお、近年は、類型に分けず、一元的に債務不履行を見る立場も有力です。ただ、まずは3類型で、頭を整理してください。
債務不履行と不法行為、両方成り立つとき
図:関係図の板
- B(債務者・加害者)→A(債権者・被害者)に2本の線=契約上の債務の不履行(415条)/不注意による権利侵害(709条)
- Aはどちらの請求権も選べる
次は、債務不履行と不法行為の関係です。設例を作ります。Bさんが、Aさんに、この1台を運ぶ途中で、うっかり落として、壊してしまいました。この壊れたカメラは、債務不履行と不法行為の両方に当たります。この1台を、無傷で渡す契約上の債務を果たしていないので、債務不履行です。同時に、不注意で、他人の持ち物を壊したので、不法行為にも当たります。
条文民法709条
民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
同じ事実が、415条の要件も、709条の要件も満たしています。このとき、Aさんは、どちらの請求権を使ってもよい、というのが、判例の立場です。請求権が競合している、と言います。請求権が競合するときこそ、ふたつの違いが効いてきます。ふたつの請求権は、要件も効果も違います。どちらを使ってもよいからこそ、有利なほうを選ぶ必要があります。両方使えると言える理由は、ふたつは別々の条文が定める別々の権利で、一方を使うと他方が使えなくなる、という規定が無いことです。それなら、有利なほうを選べます。
図:比較表の板
- 債務不履行(415条)と不法行為(709条)
- 立証責任=債権者は債務の本旨に従った履行が無かったことを言えばよく債務者が責めに帰することができない事由を立証して免れる/被害者が加害者の故意・過失を立証する
- 消滅時効=権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年(166条1項。人の生命・身体の侵害は行使できる時から20年=167条)/損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年(724条。人の生命・身体の侵害は3年が5年=724条の2)
- 遅延損害金の起算点=412条/不法行為の時(最判昭37・9・4)
- 前提=債務の存在が必要/債務の存在を要しない
比較の第1は、立証責任です。債務不履行は、Aさんが、本旨に従った履行が無かったと言えば足ります。Bさんのほうが、責めに帰することができない事由があった、と示さない限り、責任を負います。不法行為は逆で、Aさんが、Bさんに、故意か過失があったことを、立証しなければなりません。第2は、消滅時効です。債務不履行は、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年。不法行為は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。今回は、壊れたのはカメラで、人の生命や身体ではないので、この数字で比べます。第3は、遅延損害金の起算点です。前の回で、遅延損害金の利率は、遅滞の責任を負った最初の時点で決まる、と見ました。その時点を決めるのが、このあと見る412条です。不法行為は、不法行為の時からです。これも、後半で回収します。第4は、前提です。債務不履行は、債務の存在が前提です。不法行為は、誰に対しても成り立ちます。
立証は、債務不履行のほうが軽く済みます。時効も、5年と3年で、債務不履行が長い。この設例では、415条のほうが有利になりやすいです。論文では、この比較、立証責任と時効が、よく問われます。
履行遅滞の要件の地図
図:債務不履行の骨格の板
ここから、遅れの話に入ります。その前に、債務不履行全体の骨格です。債務があること。事実として、履行されていないこと。債務者に、免れる事由が無いこと。損害が生じたこと。そして、不履行と損害に因果関係があること。
図:履行遅滞の要件6つの板
履行遅滞に絞ると、賠償を請求できる要件は6つです。1つめ、履行期に、履行が可能であること。2つめ、履行期を過ぎたこと。この2つで、履行遅滞と言えます。今日の主役は、この2つです。3つめは、損害が出たこと。4つめは、遅れと損害の間の因果関係。賠償は、遅れで生じた損害を埋めるものなので、この2つが要ります。5つめは、遅れを正当にする事情が無いこと。6つめは、債務者の責めに帰することができない事由によるのではないこと、つまり、415条1項ただし書です。免れる事由を、債務者が示せないことです。さっきの骨格と比べます。履行されていないこと、が、遅滞では1つめと2つめの2つに分かれました。そして、5つめが、新しく足されています。債務があることは、前提のままです。
1つめの、履行が可能、というのは、どうして要るんですか。履行不能と、区別するためです。もう履行できないなら、遅れではなく、不能です。焼けた1台を、期日が過ぎたから遅れだ、とは言いません。たとえば、Aさんが代金を払わないまま、引渡しを求めているとします。Bさんは、代金と引換えでなければ渡さない、と言えます。同時履行の抗弁権です。この主張ができる間は、渡さなくても、遅れは違法になりません。遅れても責められない事情があれば、賠償の理由が無いからです。ここは、名前だけ覚えてください。遅滞という言葉は、履行期を過ぎた、という状態の名前です。では、履行期を過ぎたとは、いつからか。ここが、後半の主役です。
履行期の経過は、いつか
図:3つの借金の時間軸の板
- ①確定期限=来月末→期限の日の翌日から遅れ
- ②不確定期限=Dの父の死→死のあとに請求を受けた時か死を知った時の早い方から遅れ
- ③期限の定めなし=貸した日→Dの請求を受けた時から遅れ(消費貸借の返還債務は請求後に相当期間が経った時から)
遅れの始まりを決めるのは、412条です。1項から3項まで、3つの場合に分けています。
条文民法412条
民法第412条 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。 2 債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。 3 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。
1項は、確定期限です。来月末、というように、来る日が、はっきり決まっている期限です。期限が来た時から、遅滞の責任を負います。条文は、到来した時、と書きますが、期限の日の当日に履行すれば、遅れではありません。期限の日が過ぎた時、つまり翌日になった時から、遅滞です。期間の計算の回では、4月11日で満了なら、4月12日から遅滞、という考え方と同じです。決め手は、期限の日いっぱいまでは、履行してよい日だからです。冒頭の1つめは、来月末の翌日から遅れです。日付が決まっているので、債務者は、自分がいつ遅れるのか、分かります。2項は、不確定期限です。来ることは確実だが、いつ来るかは分からない期限です。人が亡くなること、が典型です。Dさんのお父さんが亡くなったら返す、という約束が、これです。遅滞になるのは、次の2つのうち、早いほうからです。1つは、期限が到来した後に、履行の請求を受けた時。もう1つは、期限が到来したことを、知った時です。
どうして、2つもあるんですか。不確定期限は、期限が来たことを、債務者が知っているとは限らないからです。Bさんは遠くにいて、Dさんのお父さんが亡くなったことを、知らないかもしれません。知らないうちは、いつ遅れているのか、分かりません。そこで、知った時、または、請求を受けた時の、早いほうにします。注意点が1つあります。2017年の改正で、請求を受けた時、が加わりました。改正の前は、条文には、知った時、しか書かれていませんでした。今は、条文の上でも、Bさんが知らなくても、期限が来たあとに請求を受ければ、その時から遅滞です。知った時だけ、という覚え方は、改めてください。また、請求は、期限が到来した後のものでなければなりません。お父さんが存命の間にした請求は、数えません。3項の前に、思い出してほしい問いが1問あります。消滅時効の回で見たとき、期限の定めのない債権の消滅時効は、いつから進み始めましたか?
債権が成立した時から、です。時効は、権利を使える時から数えます。期限が無ければ、成立した時から、いつでも請求できるからです。不確定期限でも、時効の10年のほうは、期限が来た時から、知らなくても進みました。ところが遅滞は、期限が無ければ、請求を受けた時から。不確定期限なら、請求を受けた時か、知った時の、早いほうからです。時効と遅滞は、測っているものが違います。3項は、期限の定めなし、です。債務者は、履行の請求を受けた時から、遅滞の責任を負います。期限が無いので、請求が、今すぐ払ってください、という合図になるのです。3つを並べると、軸が見えます。債務者が、もう遅れている、と知れる時点です。日付があれば、その日が過ぎた時。いつ来るか分からなければ、知った時か、請求された時。何も決めていなければ、請求された時です。冒頭の3つめは、原則なら、Dさんが請求した時から遅れ、となりそうです。ところが、この借金には、例外が効いてきます。
3項に効く2つの例外
図:2つの例外の板
1つめの例外は、消費貸借の返還債務です。お金や小麦粉のように、借りて、消費して、同じ種類、同じ量を返す契約です。借りた物は、消費してしまっています。請求されて、その場で、同じ種類、同じ量を返すのは、難しい。そこで条文は、返す側に、時間を与えています。
条文民法591条1項
民法第591条第1項 当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。
返還の時期を定めなかったとき、貸主は、相当の期間を定めて、返還の催告ができます。条文は、催告に、相当の期間を付けることを求めているのです。その期間が終わるまでは、借主は、返さなくても約束違反になりません。つまり、412条3項の、請求を受けた時、が、ここでは、請求から相当の期間が過ぎた時、に置き換わります。冒頭の3つめの答えは、これです。消滅時効の回でも、返済期限を決めなかったお金の貸し借りだけは、例外でした。契約の成立から、相当な期間が経った時が、起算点でした。時効でも遅滞でも、借りた側の猶予が、同じように見られています。2つめの例外は、不法行為による損害賠償債務です。709条の債務は、不法行為の時から、当然に遅滞になります。不法行為には、返す日の約束が、そもそもありません。請求を待つ理由が無いのです。もし請求を待つなら、壊された側が請求するまで、遅延損害金が付きません。被害を受けたほうが、損をします。判例も、不法行為の時から遅滞になる、としています。詳しい遅延損害金の話は、不法行為の章で扱います。さっきの競合の設例でいえば、Bさんがカメラを落とした時から、遅れが始まります。債務不履行なら、412条の3類型で始まる。ここが、遅延損害金の起算点の違いでした。
起算点まとめ表と、冒頭の答え
図:起算点まとめ表
- 確定期限(412条1項)=期限の到来した時(期限の日の翌日)から/不確定期限(2項)=期限到来後に請求を受けた時か到来を知った時の、いずれか早い時から/期限の定めなし(3項)=請求を受けた時から
- 例外=消費貸借の返還債務(591条1項)は請求後に相当の期間が経った時から/不法行為による損害賠償債務は不法行為の時から
立ち止まって、考えてください。Dさんのお父さんが亡くなりました。Bさんは、それを知りません。Dさんが、返してください、と言いました。Bさんは、いつから遅れでしょうか。Dさんの請求を受けた時、です。Bさんが知らなくても、期限の到来の後の請求を受けたら、遅滞になります。では、表で言い切ります。確定期限は、期限が過ぎた翌日から。不確定期限は、請求を受けた時か、知った時の、早いほう。期限の定めなしは、請求を受けた時から。例外が2つで、消費貸借の返還債務は、請求から相当の期間が経った時。不法行為は、不法行為の時、です。冒頭の問いに、答えます。1つめ、来月末に返す借金は、来月末の期限が過ぎた時、つまり翌日から遅れです。2つめ、お父さんが亡くなったら返す借金は、亡くなったあとに、Dさんの請求を受けた時か、Bさんがお父さんの死を知った時か、早いほうから遅れです。3つめ、返す日を決めなかった借金は、Dさんに請求されて、そこから、相当の期間が経った時から遅れです。請求を受けた時、ではありません。
軸は、債務者が、もう遅れていると知れる時点はいつか、でしたね。整理します。債務不履行は、本旨に従った履行をしない、または、履行が不能のとき、損害賠償の入口に立てる。免れる主張と立証は、債務者側です。類型は、遅滞、不能、不完全履行。同じ事実で、不法行為も成り立つとき、どちらも選べて、立証責任と時効が違います。履行遅滞の要件は6つで、履行が可能なことと、履行期を過ぎたことで、遅滞と言えます。過ぎたのはいつかは、412条の3つで、確定期限、不確定期限、期限の定めなし。例外は、消費貸借と、不法行為です。論文では、不確定期限の2項、請求を受けた時が加わった点と、消費貸借の例外が、論点になりえます。
参照条文
- 民法415条1項
- 民法709条
- 民法412条
- 民法591条1項