履行遅滞の要件 損害・因果関係・違法性
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第4章 債権総論 #157/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
渡さなかったのは、遅れなのか
図:冒頭の板
- AがB(中古カメラ店)で「この1台」を10万円で買った
- 約束の日、Aは代金を持たずに来店し「品物を渡せ」と言う
- Bは渡さない(1台は店にある)
- Aの言い分=「約束の日に渡さなかったBは遅れた。撮影の仕事に間に合わなかった損害を払え」
- 問い=Bは遅れたことになるのか
Aさんが、Bさんの中古カメラ店で、この1台を10万円で買いました。約束の日、Aさんは代金を持たずに店へ来て、品物を渡してください、と言います。Bさんは、渡しません。1台は、店にあります。するとAさんは、約束の日に渡さなかったBさんは遅れた、撮影の仕事に間に合わなかった損害を払え、と言い出しました。代金を払わない買主が、渡さない売主を責めるのはおかしい。その感覚は、方向として正しいです。ただ、なぜおかしいのかを、要件で言えないと、答案になりません。今日の問いは、Bさんは遅れたことになるのか、です。答えは最後に出します。手がかりは、Aさんが代金を払っていない、という一点です。
履行遅滞の要件と、今日の3つ
図:履行遅滞の要件6つの板
- ①履行期に履行が可能②履行期を経過した(①②で履行遅滞といえる)③損害が発生した④遅滞と損害に因果関係がある⑤遅滞が違法である(正当化する事由がない。弁済の提供・同時履行の抗弁権・留置権があれば違法でない)⑥債務者の責めに帰することができない事由によるのではない
- 今日の対象=③④⑤に印
要件を、もう一度並べます。1つめ、履行期に履行が可能なこと。2つめ、履行期を過ぎたこと。この2つで、履行遅滞と言えます。ここまでは、前の回の話です。3つめは、損害が発生したこと。4つめは、遅れと損害の間に、因果関係があること。5つめは、遅れが違法であること。遅れを正当にする事情、たとえば、同時履行の抗弁権があれば、この5つめを欠きます。今日は、この3つめから5つめです。6つめの、免れる事由を債務者が示せないこと、は別の回で扱います。遅れているだけでは、賠償請求権は生まれません。3つめ以降の要件がそろって、はじめて賠償の話になります。今日の3つは、その入口にあたります。
損害とは何か、差額説
図:差額説の数字板
- 条件を変える=Aが代金10万円を先に払っていた
- Bが1か月渡さなかった
- 約束の日に履行されていたなら=その1か月もカメラを使える+報酬5万円が入る
- 実際=1か月カメラなし(カメラは遅れて届くので差に入れない)・代用機の借り賃2万円が出ていき(積極的損害)・報酬5万円が入らず(消極的損害)
- 代金10万円はどちらでも払済みなので差に出ない
- 差額=7万円
- 差額説=債務不履行がなかったとしたら債権者が持っていたはずの財産と、いま持っている財産の差額
損害を、数字で見ます。冒頭の設例を、少し変えます。Aさんは、代金10万円を、先に払っていました。それなのに、Bさんが、1台を1か月渡さなかったとします。Aさんは、この1台を、撮影の仕事に使う予定でした。ある日の仕事は、代用のカメラを2万円で借りて、こなしました。別の日の仕事は、代用のカメラが手に入らず、断りました。その報酬は、5万円でした。判例、通説の考え方は、差額説です。債務不履行がなかったとしたら、債権者が持っていたはずの財産と、債務不履行の結果いま持っている財産を、比べます。その差額が、損害です。約束の日に履行されていたなら、Aさんは、その1か月も、カメラを使えて、5万円の報酬も入っていました。実際は、カメラは1か月遅れて届きます。カメラそのものは届くので、差には入れません。その1か月の間に、代用機の借り賃で2万円が出ていき、5万円は入ってきていません。代金の10万円は、どちらの場合でも払い済みなので、差には出ません。差額は、2万円と5万円で、7万円です。
損害事実説という、有力な説があります。損害を、個々の不利益な事実そのものと見ます。ただ、賠償はお金で行うので、事実を金額に直す作業は、結局必要です。両説の違いが出るのは、原告が何を主張し、立証するかです。Aさんで言えば、差額説なら、7万円という差額を示します。損害事実説なら、代用機を借りたこと、仕事を断ったこと、という事実を示すことになり、金額への換算は、それとは別に必要になります。まずは、判例、通説の差額説で整理してください。損害が生じたことの主張と立証は、原則として、債権者の側です。たとえばAさんなら、7万円の損害が出たことを示します。例外は、お金を払う債務の遅れです。金銭債務の遅滞は、損害の証明が要りません。前の回までに見た、419条2項です。
損害の種類、2本の軸
図:損害の分類板
- 軸①=財産的損害(金銭的な不利益。例=撮影料の返金・代用機の借り賃)/非財産的損害(精神的苦痛を金銭に換算したもの=慰謝料。例=撮り直せない結婚式の写真を失った苦痛)
- 分類は生じた損害の内容による
- 軸②=財産的損害の内訳
- 積極的損害(既存の利益の滅失・減少=出ていった金。例=代用機2万円)/消極的損害=逸失利益(得られたはずの利益を得られなかった=入ってこなくなった金。例=断った撮影の報酬5万円)
損害には、種類があります。分け方は、2本の軸です。1本目は、財産的損害と、非財産的損害です。結婚式で見ます。Aさんが、結婚式の出張撮影を、Bさんの店に頼みました。ところが、Bさんのミスで、写真が1枚も残りませんでした。撮影料の返金は、お金の不利益なので、財産的損害です。もう撮り直せない式の写真を失った苦痛は、精神的な損害です。これが非財産的損害で、金銭に換算したものが、慰謝料です。分類は、何に対して加えられたかではなく、生じた損害の内容で決まります。不法行為、710条では、認められやすいです。債務不履行では、認められないことが多いです。ただ、債務不履行と不法行為が競合する事案、たとえば、手術のミスで患者がけがをした、医療過誤が典型ですが、そこでは債務不履行でも認められうる、とされます。前の回で見た請求権競合が、ここにつながります。2本目の軸は、財産的損害の内訳です。積極的損害と、消極的損害です。積極的損害は、すでにあった利益が、なくなったり減ったりすること。出ていったお金です。代用機の2万円が、これです。消極的損害は、得られたはずの利益を、得られなかったこと。入ってこなくなったお金です。逸失利益とも言います。断った撮影の5万円が、これです。
出ていったお金と、入ってこなくなったお金、と覚えればいいですか。十分です。先ほどの差額7万円は、積極的損害2万円と、消極的損害5万円の合計でした。
因果関係、あれなければこれなし
図:因果関係の対比板
- 415条1項本文「これによって生じた損害」
- 第1の問い=事実的因果関係(その遅れがなければ、その損害は生じなかったか=あれなければこれなし)
- 代用機代2万円=遅れがなければ払わなかった→あり/病気で寝込み、どのみち断っていた撮影の5万円=遅れがなくても入らなかった→なし
- 第2の問い=どこまで賠償させるか(範囲・416条)=別の問い
4つめの要件、因果関係です。415条1項の本文に、これによって生じた損害、とありました。遅れと損害の間に、つながりが要ります。第一に問うのは、事実のつながりです。その遅れがなければ、その損害は生じなかったか。あれなければこれなし、という関係です。これを、事実的因果関係と言います。先ほどの例です。代用機の2万円は、Bさんが渡していれば、払わなくて済みました。つながりがあります。では、断った撮影の日に、Aさんが病気で寝込んでいて、どのみち行けなかったなら、どうでしょう。5万円は、Bさんの遅れがなくても入らなかった。あれなければこれなし、の関係がありません。この5万円は、遅れによる損害ではありません。
つながりがあれば、どんな損害でもBさんが払うんですか。そこが、もう1つの問いです。事実のつながりがある損害のうち、どこまでを債務者に賠償させるか。これは別の問いで、賠償の範囲の問題です。基準を定めるのは、416条です。範囲は、別の回で扱います。今日は、事実のつながりと、範囲は別の問い、という区別を持ち帰ってください。
違法であること、533条と295条1項
図:違法性の板
- 要件⑤=遅れが違法である(正当化する事由がない)
- 履行遅滞が違法でない場合は、損害賠償請求権は発生しない(従来の通説)
- 違法でない場合の典型=同時履行の抗弁権(533条)/留置権(295条1項)
- どちらも、弁済期にあることが要る(ただし書)
- 533条は相手方の債務、295条1項は自分の債権(被担保債権)
5つめの要件の前に、思い出してほしい問いが1問あります。留置権と同時履行の抗弁権に共通する働きは、何でしたか?相手が払うまで、自分の側の引渡しを拒める、ということです。趣旨は、当事者間の公平でした。今日は、その働きが、遅れの責任にどう効くかを見ます。5つめは、遅れが違法であることです。ほかの要件がそろっていても、遅れが違法でなければ、損害賠償請求権は発生しません。従来の通説、つまり、長く通説とされてきた考え方です。遅れても責められない事情がある、ということです。違法でない場合の典型が、同時履行の抗弁権と、留置権です。533条を、全文で見ます。
条文民法533条
民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。
双務契約、つまり第1章で見た、売買のようにお互いが債務を負う契約の当事者の一方は、相手方が履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める、という規定です。冒頭の設例で言えば、売主のBさんは、買主のAさんが代金を提供するまで、品物を渡すことを拒めます。もう1つ、留置権の295条1項です。
条文民法295条1項
民法第295条第1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
他人のものを持っている人は、その物について生じた債権の支払を受けるまで、その物を手元にとどめておける、という規定です。売主が、代金をまだ受け取っていない目的物を占有している場合には、留置権と同時履行の抗弁権の両方が成り立ちえます。どちらを使ってもかまいません。今日は、同時履行の抗弁権を中心に見ます。相手の債務、または債権が、弁済期にないときは、この限りでない、とあります。冒頭の設例では、Bさんの代金債権は、約束の日で弁済期にあります。だから、抗弁権が成り立ちます。もし、代金は来月払い、という約束だったなら、Bさんは、渡さないと言えません。
抗弁権の存在効果
図:存在効果の説明板
- 行使上の効果=実際に「代金と引換えでなければ渡さない」と主張して履行を拒む効果(訴訟では引換給付判決。同時履行の抗弁権の本体の話)/存在効果=行使しなくても、権利が付いているだけで生じる効果(例=履行遅滞の違法性がなくなる)
- 図=Bの引渡債務に「同時履行の抗弁権」が付いている
- 損害賠償・違約金の責任を負わない
抗弁権の効果は、2つに分けて考えます。1つは、行使上の効果です。実際に、代金と引換えでなければ渡さない、と主張して、履行を拒む効果です。裁判なら、留置権の回でも同じ形を見た、引換給付判決、つまり、代金と引換えに渡せ、と命じる判決になります。これは、同時履行の抗弁権の本体の話なので、別の章で扱います。もう1つが、存在効果です。行使しなくても、権利が付いているだけで生じる効果です。その1つが、履行遅滞の違法性をなくすことです。抗弁権を持つ債務者は、履行しなくても、抗弁権を口にしなくても、遅滞の責任を負いません。損害賠償も、違約金、つまり、約束を破ったときに払うと決めておいたお金も、生じません。解除の原因にもなりません。通説です。
口にしたかどうかで、遅れの責任が分かれるのは、不公平です。履行を拒める正当な立場にあること自体が、遅れを正当にします。遅れても責められない事情があれば、賠償の理由は無い、ということです。ここで、冒頭の問いに答えます。約束の日は過ぎていますから、1つめと2つめはそろっています。それでも、Bさんは、遅れの責任を負いません。Aさんから代金の提供が無い間、Bさんの引渡債務には、同時履行の抗弁権が付いています。Bさんが、引換えでなければ渡さない、と一度も言っていなくても、遅れは違法ではありません。5つめの要件を欠くので、Aさんの、損害を払え、は通りません。立ち止まって、考えてください。抗弁権を一度も口にしていないBさんでも、遅れの責任を負わないのですか?
負いません。抗弁権は、口にしなくても付いているだけで、遅れは違法でなくなるからです。では、Bさんの遅れを責めたいAさんは、どうすればよいでしょうか。Aさんが、自分の代金債務の履行を提供します。そうすれば、Bさんの抗弁権の、遅れを正当にする働き、つまり存在効果は効かなくなり、以後のBさんの遅れは、違法になります。この働きを止めるには、1度提供すれば足りる、というのが通説です。ここで問われているのは、遅れを責めて、賠償などの救済を与えてよいか、です。履行を無理にさせる場面とは、別の問題だからです。Bさんが履行を拒めるかどうか、つまり行使上の効果のほうは、また別の話で、提供の中身とあわせて、弁済の提供の回で扱います。ここでは、Aさんが代金を持って店に来て差し出せば、そこからBさんの遅れが責められる、と押さえてください。
同じ理屈が、Aさんの側にも及びます。Bさんが品物を提供していない間は、Aさんの代金債務にも、同時履行の抗弁権が付いています。ですから、Aさんも遅滞の責任を負わない、と考えられます。双方が互いに待っている間は、どちらも遅滞の責任を負わず、先に提供したほうが、相手の遅れを責められるようになる、という形です。存在効果には、ほかにも側面があります。抗弁権が付いた債権を、相殺に使えない、という効果です。これは、相殺の回で扱います。
取立債務の場合
図:取立債務の板
- 取立債務=債権者が債務者のところへ取りに来る債務
- 債権者が取りに来ないまま履行期が過ぎても、履行遅滞の損害賠償請求権は認められない(結論)
- 理由づけは、違法性が阻却される説/そもそも履行期を経過していない説に分かれる
- 試験ではどちらでもよい
もう1つ、遅れが責められない場面があります。取立債務です。債権の種類の回で見た、債権者が、債務者のところへ取りに行く債務です。債権者が取りに来ないまま、履行期が過ぎても、履行遅滞による損害賠償請求権は認められません。説明の仕方は、2つに分かれます。5つめの要件を欠く、つまり違法性が阻却される、違法でなくなる、と見る説と、2つめの要件を欠く、そもそも履行期を経過していない、と見る説です。試験では、どちらでもかまいません。たとえば、代金を先に払ったAさんが、約束の日に店までカメラを取りに行く約束だったとします。Bさんは、取りに来ればいつでも渡せるように、準備を済ませていました。Aさんが来ないまま、その日が過ぎても、Bさんに遅れの賠償は求められません。
冒頭の答えと、まとめ
図:まとめ板
- ①損害=差額説(あったはずの財産といまの財産の差額)・主張立証は債権者・金銭債務は例外(419条2項)②種類=財産的/非財産的(慰謝料)・積極的/消極的(逸失利益)③因果関係=事実的因果関係(あれなければこれなし)・範囲(416条)は別の問い④違法性=同時履行の抗弁権・留置権があれば存在効果で、行使しなくても遅滞の責任を負わない
- 冒頭の答え=Bは遅滞の責任を負わない
冒頭の答えを、もう一度言い切ります。Bさんは、遅滞の責任を負いません。Aさんが代金を払っていない間、Bさんの引渡債務には同時履行の抗弁権が付いていて、行使していなくても、遅れは違法ではありません。Bさんに責任を負わせたいなら、Aさんが、自分の代金債務の履行を提供する必要があります。整理します。損害は、差額説で、債務不履行がなかったら持っていたはずの財産と、いまの財産の差額です。発生の主張と立証は債権者の側で、金銭債務だけが例外です。種類は2本の軸です。財産的損害と非財産的損害で、慰謝料は後者です。財産的損害の内訳が、積極的損害と、消極的損害、つまり逸失利益です。因果関係は、あれなければこれなし、の事実的因果関係です。どこまで払わせるかの範囲は、別の問いで、416条です。
違法性は、抗弁権が付いているだけで、遅れが違法にならない、でしたね。同時履行の抗弁権と留置権があれば、行使しなくても、遅滞は違法ではありません。存在効果です。論文では、履行遅滞に基づく損害賠償の請求に対して、被告が、同時履行の抗弁権の存在を挙げて、違法性がないと反論する、という筋が、論点になりえます。
参照条文
- 民法533条
- 民法295条1項