危険負担の債権者主義と利益の償還
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第5章 契約 #236/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
自分で壊した車の代金は、払うのか
図:冒頭の設例の関係図
- A(中古車販売店・売主)とB(買主)
- AとBの間にあるのは、車の引渡し(納車は後日)と、代金180万円
- 納車の前に、A立ち会いの試乗でBが運転を誤り、車は大破
- Aに落ち度はなく、Bの不注意だけ
先に、答えの方向を言います。Bは、払わなければなりません。車が無いのだから払わない、とは言えません。契約を解除して逃れることも、できません。そして、話はここで終わりません。納車前の整備が付いていて、整備をせずに済んでいたら、どうなるのか。買主が受け取らない間に焼けたら、どうなるのか。今日は、ここまで見ます。どの場面も、問いは同じです。代金は、どうなるのか。今日は、この代金の行方だけを見ます。
今日の位置と、3つの話
図:今日の地図
- 位置=前回は、当事者双方に落ち度がない場合(買主は代金を拒めた)
- 今日は、原因が債権者のほうにある場合
- 1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)
- 2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)
- 3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)
- そのあと、危険負担の全体を1枚にまとめる
位置づけです。前回は、売主にも買主にも落ち度がなく、家が焼けた場合を見ました。買主は、代金を拒めました。今日は、その続きです。焼けた原因が、債権者のほう、つまり買主のほうにある場合を見ます。話は3つです。1つめ、拒めない、そして解除もできない。536条2項の前段と、543条です。2つめ、買主が受け取らない間に焼けた場合も、同じ扱いになる。413条の2第2項と、567条2項です。前回、この場合は今日見る、と言いました。その回収です。3つめ、浮いた分は返す。536条2項の後段、利益の償還です。そのあと、危険負担の全体を、1枚にまとめます。
図:根拠の札
- 条文=法律に書いてあること
- 判例=最高裁の判決が実際に述べたこと
- 学説=学者が説明している考え方
- こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
- 改正の理由=法制審議会の資料に書かれた説明として紹介
今日も、根拠のふだを貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。判例は、最高裁の判決が実際に述べたことです。学説は、学者が説明している考え方です。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。もう1つ、改正の理由は、改正を審議した法制審議会の資料に書かれた説明として、紹介します。
判断のものさし
図:判断のものさし
- 向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか
- 札=こちらの説明
ものさしは、前回と同じです。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。こちらの説明のふだです。前回の答えは、双方に落ち度がないなら、不利益は売主が負う、でした。今日の答えは、逆の向きです。原因を作ったのが買主のほうなら、不利益は買主が負う。この向きの違いを、条文の言葉で言えるようにします。今日の3つの話は、このものさしの2か所に答えます。誰の負担で、が、1つめと2つめの話です。どこまで残すか、が、3つめの話です。
拒めない——536条2項の前段
図:前回の確認
まず、前回の復習を1つ。当事者双方に責めがなく焼けたとき、買主は、代金をどうできましたか?
図:536条2項の入口
- 要件=債権者の責めに帰すべき事由によって、債務を履行することができなくなった
- 効果=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
- 後段(利益の償還)は、3つめの話で読む
今日読むのは、同じ536条の2項です。1項は前回読みましたので、2項だけを読みます。前段と後段があります。前段は今日の1つめの話、後段は3つめの話です。
条文民法536条2項
民法第536条第2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
前段の要件は、2つです。1つめ、債権者の責めに帰すべき事由であること。2つめ、債務を履行することができなくなったこと、つまり不能です。効果は、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない、です。拒めない、とは、払わなければならない、ということです。条文の言葉は、拒むことができない、です。
図:読み方の図
- A(売主)とB(買主)
- 不能になったのは「車を渡す債務」
- この債務の債権者=B(買主)
- 債務者=A(売主)
- 反対給付=代金の支払
- BがAに対して、代金の支払を拒むことができない
前回と同じ読み方です。債権者と債務者は、不能になった債務を基準に読みます。不能になったのは、車を渡す債務です。その債権者は、車を受け取る権利を持つ人、つまり買主のBです。反対給付は、代金の支払です。読み替えます。債権者である買主の責めに帰すべき事由で、車を渡せなくなったときは、買主は、代金の支払を拒むことができない。冒頭の答えの方向と、つながりました。呼び名を1つ。危険を債権者、つまり買主が負うので、債権者主義と呼びます。学説の呼び名です。前回の、引渡しのあとは買主が負う、という向きと同じです。ただし、きっかけが違います。前回は、引渡しがあったこと。今日は、原因が買主にあることです。前回、旧534条の債権者主義は削除された、と言いました。削除されたのは、双方に落ち度がなくても、特定物なら、契約の時から買主が危険を負う、という形です。原因が買主にある場面の債権者主義は、今の民法にも残っています。
図:債権者の責めに帰すべき事由の例
- 1=債権者が、自分の不注意や故意で壊した(冒頭の試乗)
- 2=債権者の側の事情で、債務者が履行できなくなった(あとで見る判例)
- 3=債権者が受け取らない間の不能は、条文が債権者の責めに帰すべき事由と「みなす」(2つめの話)
債権者の責めに帰すべき事由、という言葉の定義は、条文には書かれていません。ですから、典型例で押さえます。1つめ、債権者が、自分の不注意や故意で壊した場合。冒頭の試乗が、これです。こちらの説明のふだです。2つめ、債権者の事情で、債務者が履行できなくなった場合。これは、3つめの話の判例で見ます。3つめ、受け取らない間の不能。これは、条文が、債権者の責めに帰すべき事由と、みなします。売主と買主の両方に落ち度がある場合は、条文は答えを書いていません。審議の資料も、解釈に委ねられる、と述べています。今日の設例は、Bだけに落ち度がある場面で通します。なお、前回の、責めに帰することができない事由は、売主が引き受けた範囲の外の出来事でした。今日は、その逆で、買主のほうの事情です。
図:なぜ、買主は拒めないのか
- 原因を作ったのは買主
- その不利益を売主に負わせて、買主だけが代金を免れるのは、公平でない
- だから、買主が代金を払う形で危険を負う
- 札=こちらの説明
- 審議の資料=債権者は反対給付の履行をしなければならない
- したがって、解除もできない
趣旨を、こちらの説明のふだで言います。車が使えなくなった原因を作ったのは、買主です。その不利益を売主に負わせて、買主だけが代金を免れるのは、公平ではありません。ですから、買主が代金を払う形で、買主が危険を負うのです。審議の資料には、こう整理されています。債権者に帰責事由がある場合には、債権者は反対給付の履行をしなければならない。したがって、契約の解除をすることはできない。この、したがって解除できない、という部分は、あとで543条で読みます。
旧法の言い方と、変わった理由
図:改正前の民法
- 2020年3月31日まで
- 旧536条2項前段=債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。
2項の文言は、改正で変わりました。2020年の3月31日までの民法を見ます。旧2項は、こう書いていました。債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。後段も、中身は今と同じ、利益の償還です。
図:現行の民法536条2項前段
- 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
- 旧法=債務者は、反対給付を受ける権利を失わない
- 現行=債権者は、反対給付の履行を拒むことができない
- 結論の向きは同じ
現行は、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない、です。主語が、債務者から債権者に変わりました。変えた理由は、審議の資料に、こう説明されています。1項を、債務が消える形から、履行を拒める形に改めた。それに合わせて、2項もその形に直した。1項を改めた理由は、前回見ました。債務者に落ち度がなくても解除できるようになったので、債務が自動で消える作りのままでは、解除と重なってしまう、という審議の資料の説明でした。2項は、その形にそろえたのです。結論の向きは、同じです。債権者は払わなければならず、債務者は代金を請求できます。こちらの説明のふだです。短答の罠は、旧法の言い方を、現行の条文として出すことです。債務者は、反対給付を受ける権利を失わない、という記述は、旧法のものです。
解除もできない——543条
図:前回との対比
- 前回=当事者双方に落ち度なし
- 解除できた(542条1項1号)
- 今日=債権者の責めに帰すべき事由
- 解除できない(543条)
- 誰に落ち度があるか、で解除の可否が逆になる
次は、解除です。前回は、売主に落ち度がなくても、買主は解除できました。542条1項1号でした。今日は、どうでしょうか。543条です。
条文民法543条
民法第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。
前二条とは、541条と542条です。催告をして解除する場合と、催告なしに直ちに解除する場合です。本体は、別の回で見ます。今日は、債務不履行を理由にした解除は、債権者の責めに帰すべき事由によるときはできない、というところまでです。
図:なぜ、解除できないのか
- 解除は、代金の債務を消す手段
- 原因を作った買主が解除できると、536条2項前段で拒めないと定めた意味がなくなる
- だから解除できない(543条)
- こちらの説明
前回との対比です。誰に落ち度があるか、で、解除の可否が逆になります。双方に落ち度がなければ、解除できる。債権者の責めに帰すべき事由なら、解除できない。理由は、536条2項とのつながりです。解除は、代金の債務を消す手段でした。原因を作った買主が解除できてしまうと、拒めないと定めた意味が、なくなります。こちらの説明のふだです。問いです。試乗で車を壊したBは、車が無いのだから払わない、と言うことと、契約を解除して代金を免れること、どちらかできますか?
図:買主Bの手段は4つとも塞がる
- 引渡しの請求=できない(不能・412条の2第1項)
- 損害賠償=できない(債務者に責めがない・415条1項ただし書)
- 解除=できない(543条)
- 代金を拒む=できない(536条2項前段)
どちらも、できないと思います。払わない、は536条2項前段で拒めません。解除は、543条でできません。手段を4つ並べます。引渡しの請求は、不能なのでできません。根拠は、412条の2第1項です。損害賠償も、売主に責めがないのでできません。415条1項ただし書です。解除と、代金を拒むことは、いま答えてもらったとおり、できません。拒めない、解除できない、損害賠償できない。この3点セットです。Bは、180万円を払わなければなりません。冒頭の答えの方向が、条文で言えました。
受け取らない間に焼けたら——413条の2第2項
図:前回の家の続き
- A(売主)とB(買主)
- 家は3,000万円
- 5月10日、Aは約束の場所で鍵と書類を差し出した
- Bは、やはり受け取れないと言って受け取らなかった
- その晩、隣家のもらい火で、家が全焼
- 家に契約不適合はなく、AにもBにも落ち度はない
2つめの話です。前回の家の続きで見ます。引渡しの日、5月10日に、Aは、約束の場所で鍵と書類を差し出しました。引渡しの準備を整えて、渡そうとしたのです。ところが、Bは、やはり今日は受け取れない、と言って、受け取りませんでした。その晩、隣の家のもらい火で、家が全焼しました。家に契約不適合はなく、AにもBにも、落ち度はありません。前回は、引渡しの前の晩に焼けて、Bは代金を拒めました。今回、Bが3,000万円を払わなければならないかは、前回の火事との違いで決まります。提供と、拒絶のあとかどうか、です。債権者が受け取らなかった、という事実です。条文から答えます。その前に、確認です。受領遅滞とは、債務者が履行の提供をしたのに、債権者がどうなっている状態でしたか?
図:413条の2第2項の入口
- 債権者が履行を受けることを拒む、または受けることができない
- 履行の提供があった時以後に、当事者双方の責めに帰することができない事由で不能になった
- →債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなす
受け取らない、または、受け取れない状態です。この場面を定める条文が、413条の2の2項です。受領遅滞の回で、一度読みました。今日は、536条2項への入口として、見ます。
条文民法413条の2第2項
民法第413条の2第2項 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。
受け取らない債権者がいて、提供のあとに、双方の落ち度によらずに不能になった。そのとき、その不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものと、みなします。みなす、とは、事実がどうであれ、そう扱う、ということです。反証を許しません。
図:3つの火事の時間軸
効果は、今日の1つめの話へ流れ込みます。債権者の責めに帰すべき事由と、みなされるので、536条2項前段が働いて、代金を拒めません。543条が働いて、解除もできません。設例の答えです。Bは、3,000万円を払わなければなりません。解除もできません。3つの火事を、時間の順に並べます。引渡しの前日の火事は、前回です。536条1項で、拒めました。引渡しの日に、提供と拒絶があって、その晩の火事は、今日です。拒めません。引渡しのあとの火事は、前回の最後で見ました。567条1項で、拒めません。
図:567条2項の入口
- 売主が契約の内容に適合する目的物で履行を提供したのに、買主が受け取らない
- 提供の時以後に、双方に責めのない事由で目的物が滅失・損傷した
- →前項と同様(追完・減額・損害賠償・解除ができず、代金の支払も拒めない)
売買には、同じ内容の特則があります。567条の2項です。前回、567条を読んだときに、引渡しの前でも、買主が受け取らない間に焼けたなら、引渡しのあとと同じ扱いになる、と言いました。この条文のことです。
条文民法567条2項
民法第567条第2項 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。
前項と同様、とは、前回の567条1項の効果です。買主は、追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求、解除ができません。そして、代金の支払も、拒めません。
図:2つの条文の関係
- 413条の2第2項=履行が不能になった場合の一般規定(債権者の責めに帰すべき事由と、みなす)
- 567条2項=売買の目的物の滅失・損傷の場合の規定(前項と同様)
- 家の設例は、どちらにも当たる
- 結論は、同じ方向
2つの条文の関係を見ます。413条の2の2項は、債務の履行が不能になった場合の一般規定です。567条2項は、売買の目的物の滅失や損傷の場合の規定です。家の設例は、どちらにも当てはまります。結論は、同じ方向で、買主は代金を拒めません。売買の条文の全体は、別の回で見ます。問いです。引渡しの前日に焼けた場合と、引渡しの日に買主が拒んだあとで焼けた場合。どちらも、売主にも買主にも落ち度がないのに、なぜ、結論が逆になるのでしょうか?後者は、提供のあとの、受領遅滞中の不能だからです。債権者の責めに帰すべき事由とみなされるので、536条2項が働きます。前日の火事は、ふつうの双方に落ち度のない不能で、536条1項です。決め手は、買主が受け取らなかった、という事実です。買主が受け取ってさえいれば、家は買主のものとして、引渡しが済んでいました。受け取らなかった人に、その後の不運を負わせる。公平の考え方です。こちらの説明のふだです。
浮いた分は返す——536条2項の後段
図:新しい問い
- 冒頭の車の売買に、納車前の整備が付いていた
- 整備費12万円はAが負担する約束
- 整備をする前に、Bが試乗で車を大破させた
- Aは、整備をせずに済んだ
3つめの話です。冒頭の車に、納車前の整備が付いていた、とします。整備費の12万円は、Aが負担する約束でした。ところが、整備をする前に、Bが車を大破させました。Aは、整備をせずに済みました。
図:536条2項の後段
- この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない
- 償還=返す
- 利益=債務を免れたことで浮いた費用など(整備せずに済んだ12万円)
整備の分まで丸ごと受け取らせるのは行き過ぎだ、という見方を、条文が受け止めています。536条2項の後段です。先ほど読んだ条文の、後半です。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。償還とは、返す、ということです。利益とは、債務を免れたことで浮いた費用などです。整備をせずに済んだ12万円が、これです。Aは、180万円を請求できます。そのうえで、浮いた12万円は、Bに返さなければなりません。
図:償還の関係図
- A(売主)とB(買主)
- 2辺=代金180万円(BからAへ)と、浮いた整備費12万円(AからBへ)
12万円は、代金から差し引くのですか。それとも、別に返すのですか。そこは、条文は書いていません。償還しなければならない、と書くだけで、代金から自動で減るのか、別に払うのかは、定めていません。次の判例を、手がかりにします。請負と雇用で、この後段が使われました。その前に、問いです。請負人が、注文者のせいで、仕事を完成できなくなったとき、請負人は、報酬のうち、どれだけを請求できるでしょうか?
図:請負の事案
- 冷暖房工事の請負
- 残りは、ボイラーとチラーの据付工事だけ
- 注文者の側の事情で据付けができず、完成が不能に
- 請求できるのは?
事案です。冷暖房工事の請負で、残りは、ボイラーとチラーの据付工事だけ、というところまで進んでいました。ところが、注文者の側の事情で、据付けができず、完成が不能になりました。最高裁は、この不能を、注文者の責に帰すべき事由によるものとしました。判旨を読みます。
判例最判昭52・2・22 民集31巻1号79頁
注文者の落ち度で完成できなくなった請負 ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法五三六条二項によつて、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎないものというべきである。
答えは、全額です。前段の、拒めない、と、後段の、償還が、一つの判旨に並んでいます。償還が、別の義務として述べられている点に、注目してください。この事案では、償還すべき利益についての主張や立証がなかったので、全額を請求できる、と判断されました。請負の本体は、別の回で見ます。
図:雇用の事案
- 使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者が、解雇されている間に、他の職に就いて収入を得た
- 判旨=その利益は、使用者に償還するのが相当(但書=当時の条文で、いまの後段にあたる償還の部分)
もう1つ、雇用の判例です。使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者が、解雇されている間に、他の職に就いて収入を得ていました。判旨は、その利益を償還すべきだ、としました。なお、判決が、但書、と呼んでいるのは、当時の条文で、いまの後段にあたる、償還の部分です。
判例最判昭37・7・20 民集16巻8号1656頁
解雇の間に他の職で得た利益 しかし、労働者は、労働日の全労働時間を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきものとするのを相当とする。
判旨が理由として述べているのは、労働者は、働くと約束した日の全労働時間、勤務に服する義務を負っている、という点です。ここからは、読み解きです。解雇されて、その義務を免れたから、他の職に就く時間が生まれた。その分が、債務を免れたことによって得た利益だ、という置き方です。こちらの説明のふだです。整備の例では、浮いたのは費用でした。こちらは、浮いた時間で得た収入です。ただし、副業のように、解雇がなくても当然得られた収入などは、別です。
図:差し引くのか、別に返すのか
- 条文=書いていない
- 請負の判例=全額を請求でき、償還は別の義務
- 雇用の判例=賃金を払う義務と償還の義務が並ぶとき、賃金額から差し引いてよい(平均賃金の4割まで)
- 売買=判例は述べていない
もう一点。この事案では、使用者が全額の賃金を払う義務と、労働者が利益を償還する義務が、並んでいました。同じ判決は、そのとき、決済を簡便にするため、償還する利益の額を、あらかじめ賃金額から差し引いてよい、と述べました。差し引ける限度は、休業手当に関する労働基準法の趣旨との関係で、特約がなければ、平均賃金の4割までとされました。4割という数字の出どころは、労働基準法の側の話です。今日は、差し引ける額に限度がある、というところまで押さえます。ここから、先ほどの、差し引くのか、別に返すのか、への手がかりが得られます。判例は、請負では、全額を請求できて、償還は別の義務だ、と述べました。雇用では、両方の義務が並ぶときに、差し引いて精算してよい、と述べました。ただし、これは賃金の事案についての言葉です。売買について、差し引いてよい、と述べた判決ではありません。
図:役務提供型への広がり
- 物の引渡しだけでなく、請負(仕事の完成)・雇用(労務の提供)でも同じ形
- 債権者(注文者・使用者)の責めに帰すべき事由で債務が果たせなくなれば、債務者(請負人・労働者)は報酬・賃金を請求でき、浮いた利益は償還
- 責めに帰することができない事由なら、割合に応じた報酬を定める別の条文がある
広がりを、まとめます。この形は、物の引渡しだけではありません。請負でも、雇用でも、同じです。債権者である注文者や使用者の責めに帰すべき事由で、債務が果たせなくなれば、債務者である請負人や労働者は、報酬や賃金を請求できます。そして、浮いた利益は、償還します。向きの違いに、注意してください。今日は、債権者に落ち度がある場合です。責めに帰することができない事由で、途中で果たせなくなった場合は、割合に応じた報酬を定める、別の条文があります。雇用は624条の2です。請負は634条、委任は648条3項です。本体は、別の回です。
危険負担のまとめ——誰のせいで不能になったか
図:まとめその1
- 双方に責めがない(引渡しの前)
- 引渡しの請求=できない(412条の2第1項)
- 損害賠償=できない(415条1項ただし書)
- 解除=できる(542条1項1号)
- 代金=拒める(536条1項)
- 引渡しのあとなら、拒めない(567条1項)
危険負担の全体を、まとめます。不能の原因を3つに分けて、4つの手段を並べます。手段は、引渡しの請求、損害賠償、解除、代金です。その1。双方に責めがない場合で、引渡しの前です。引渡しの請求は、できません。損害賠償も、できません。解除は、できます。そして、代金は、拒めます。536条1項です。引渡しのあとなら、567条1項で、拒めません。
図:まとめその2
- 債権者に責めがある(受領遅滞中を含む)
- 引渡しの請求=できない
- 損害賠償=できない
- 解除=できない(543条)
- 代金=拒めない(536条2項前段)
- 債務者は、浮いた利益を償還(後段)
その2。債権者に責めがある場合です。受け取らない間の不能も、ここに入ります。引渡しの請求は、できません。損害賠償も、できません。解除は、できません。543条です。代金は、拒めません。536条2項前段です。そのうえで、債務者は、浮いた利益を償還します。後段です。
図:まとめその3
- 債務者に責めがある
- 危険負担の問題ではなく、債務不履行
- 引渡しの請求=できない(412条の2第1項)
- 損害賠償=できる(履行に代わる損害賠償・415条)
- 解除=できる(542条1項1号)
- 代金=?
その3。債務者に責めがある場合です。これは、危険負担の問題ではなく、債務不履行です。引渡しの請求は、できません。損害賠償は、できます。債務の履行に代わる損害賠償です。415条です。解除も、できます。542条1項1号です。代金は、どうでしょうか。
図:債務者に責めがあるときの代金
- 条文=明文なし
- 結論の方向=拒める
- 学説=責めがなくても拒めるのだから、責めがあればなおさら(536条1項から導く)
- 審議の資料=危険負担は働かず、533条の同時履行の抗弁権
条文に、明文はありません。結論の方向は、拒める、とされています。根拠づけは、複数あります。学説には、債務者に責めがない場合でも拒めるのだから、まして債務者に責めがあるなら拒めて当然だ、と536条1項から導く見解が有力です。審議の資料は、この場合は危険負担の規律は働かず、拒む根拠は、533条の同時履行の抗弁権だ、と整理しました。結論の方向は同じで、根拠づけが分かれています。
図:総括
- 誰のせいで不能になったか、で代金の行方が分かれる
- 双方のせいでない=拒める(引渡しのあとは拒めない)
- 債権者のせい(受領遅滞中を含む)=拒めない
- 債務者のせい=危険負担ではなく債務不履行
総括です。誰のせいで不能になったか、で、代金の行方が分かれます。双方のせいでなければ、拒めます。引渡しのあとは、拒めません。債権者のせいなら、拒めません。受領遅滞中は、債権者のせいとみなします。債務者のせいなら、危険負担ではなく、債務不履行です。論文で論点になりうるのは、誰の責めに帰すべき事由か、という認定と、受領遅滞中の不能の一連の流れです。受領遅滞、413条の2第2項、536条2項、543条、という順です。
確かめる——原因だけを変えた4場面
図:4場面の前半
- 同じ車・同じ180万円
- 納車前
- 1=納車の前日の夜、店の駐車場に落ちた雷で、車が燃えた
- 2=Bが試乗で運転を誤って大破(冒頭の設例)
事例で確かめます。同じ車、同じ180万円、納車の前です。原因だけを変えます。1つめ。納車の前日の夜、店の駐車場に落ちた雷で、車が燃えました。Bは、代金を払わなければなりませんか?2つめ。Bが試乗で運転を誤って、大破させました。Bは、代金を払わなければなりませんか?
図:前半の答え
- 1=雷=双方に責めがない=拒める(536条1項・前回)
- 2=Bの運転ミス=債権者の責めに帰すべき事由=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)
2つめは、払わなければなりません。536条2項前段で拒めず、543条で解除もできません。まとめると、1つめは拒めます。2つめは、拒めず、解除もできません。分かれ目は、誰の責めに帰すべき事由か、です。
図:4場面の後半
- 3=納車前の整備で、Aの整備士が重大なミスをして、車が大破
- 4=納車日にAが、店で渡す準備を整えて引渡しを申し出たが、Bは受け取らず、その晩に落雷で燃えた
3つめ。納車前の整備で、Aの整備士が重大なミスをして、車が大破しました。Bは、代金を払わなければなりませんか?4つめ。納車日に、Aは、店で渡す準備を整えて、引渡しを申し出ました。ところが、Bは受け取らず、その晩に、落雷で車が燃えました。Bは、代金を払わなければなりませんか?
図:後半の答え
- 3=Aの整備士のミス=債務者の責め=危険負担ではなく債務不履行(填補賠償・解除。415条2項1号・542条1項1号)
- 代金は明文なし(学説・審議資料で根拠づけが分かれる)
- 4=提供のあとの受領遅滞中の不能=拒めない(413条の2第2項から536条2項。567条2項も当たる)
4つめは、払わなければなりません。提供のあとの受領遅滞中の不能なので、413条の2第2項から536条2項で、拒めません。売買なので、567条2項も当たります。3つめは、危険負担ではなく、債務不履行です。填補賠償も、解除もできます。415条2項1号と、542条1項1号です。代金は、先ほどの、明文なし、で、根拠づけが分かれる部分でした。4つめは、拒めません。413条の2第2項から、536条2項に流れ込みます。同じ落雷でも、提供と拒絶のあとかどうかで、結論が逆になります。
冒頭の問いに戻る——まとめ
図:今日のまとめ
- 1=拒めない・解除もできない(536条2項前段・543条)
- 2=受け取らない間の不能も同じ扱い(413条の2第2項・567条2項)
- 3=浮いた分は返す(536条2項後段=利益の償還)
- ものさし=向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか
3つの話で整理します。1つめ。債権者の責めに帰すべき事由で不能になったら、債権者は、反対給付を拒むことができません。解除も、できません。536条2項前段と、543条です。2つめ。債権者が受け取らない間の不能は、債権者の責めに帰すべき事由と、みなされます。413条の2第2項です。売買には、同じ結論になる567条2項があります。3つめ。債務者は、免れて浮いた利益を、償還します。536条2項後段です。ものさしに戻ります。向き合っていた2つの債務のうち、片方がもう果たせないとき、残る片方を、誰の負担で、どこまで残すか。原因が債権者のほうにあるなら、債権者の負担で、代金は全額残ります。ただし、浮いた分は、返します。
図:冒頭の答えの言い直し
- Bは180万円を払わなければならない(536条2項前段)
- 契約を解除して逃れることもできない(543条)
- 納車前の整備を約束していて、整備せずに済んだ12万円があれば、Aはその分をBに返す(536条2項後段)
冒頭の問いの答えです。Bは、180万円を払わなければなりません。536条2項前段です。契約を解除して逃れることも、できません。543条です。そして、納車前の整備を約束していて、整備をせずに済んだ12万円があれば、Aは、その分をBに返します。536条2項後段です。
参照条文
- 民法536条2項
- 民法543条
- 民法413条の2第2項
- 民法567条2項