売買の成立と手付
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第5章 契約 #246/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
手付を渡した翌週に
図:冒頭の設例の関係図
- 左が売主A、右が買主B
- Aは相続した中古住宅を3000万円でBに売る契約をした
- Bは契約の日に手付100万円をAに渡した
- 残代金の支払い・引渡し・登記は1か月後
図:冒頭の問いの答えの方向
- 手付の100万円をあきらめれば、やめられる
- ただし、売主の側がもう履行に取りかかっていたら、やめられない
先に、答えの方向を言います。手付の100万円をあきらめれば、やめられます。ただし、売主のほうが、もう履行に取りかかっていたら、やめられません。前回は、タダで財産をあげる贈与を見ました。今日は、お金を払って財産を手に入れる、有償契約の代表の売買を開けます。軸になるのは、いったん成立した契約から、お金を払って抜けられる仕組み、つまり手付です。
売買とは何か
図:1つめの柱の入口。売買の条文は何を決めているか。
1つめの柱です。売買の最初の条文を出します。
条文民法555条
民法第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
図:555条の文言から読む3つの性格
- 諾成=約することによって効力を生ずる(物や代金を渡さなくても成立)
- 双務=売主の財産権移転義務と買主の代金支払義務が対価の関係に立つ
- 有償=代金という対価を伴う
契約の分け方の回で使った物差しを、そのまま当てます。1つめ、諾成です。約することによって、効力を生ずる、とあります。合意だけで成立し、物や代金を渡すことは成立の条件ではありません。2つめ、双務です。売主は財産権を移す債務を負い、買主は代金を払う債務を負います。この2つは、対価の関係で向き合っています。3つめ、有償です。代金という対価を伴います。方式も要りません。口約束でも成立します。成立はしています。渡す、移す、というのは、成立した後に果たす債務のほうです。成立の条件は、約束だけです。もう1点、条文は、ある財産権と書いています。所有権に限りません。他人のものを売る約束が有効かどうかは、別の回で見ます。次に、売買の節の最後に置かれた条文を出します。
条文民法559条
民法第559条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
図:559条
- 売買の規定は、売買以外の有償契約にも準用される
- 性質が許さないものは除く
- 売買=有償契約の総則の役割
準用とは、似た場面に、同じ規定を当てはめて使うことです。この節とは、売買の節のことです。売買の規定が、売買以外の有償契約にも使われます。たとえば、賃貸借や請負のような、対価を取る契約です。ただし、その契約の性質に合わない規定は、使いません。ですから、売買は、有償契約の基本形の役割を持ちます。売買の規定を学ぶことは、有償契約全体の土台を学ぶことになります。どの規定が実際に使われるかは、別の回で見ます。
売買の予約と予約完結権
図:復習の問い
2つめの柱に入る前に、1つ思い出してください。以前の回で、一方的な意思表示だけで、権利関係を変えられる権利が出てきました。取消権や解除権です。何と呼びましたか?形成権です。今日、もう1つ、新しい形成権が出てきます。売買の予約から生まれる、予約完結権です。
図:2つめの柱の入口
- いずれ売るという約束を、いま結んでおく
- それは何のためで、いつ売買が成立するのか
売買の予約とは、将来、売買契約を結ぶ、という契約のことです。2つの型があります。1つめは、予約の後で、一方が売買の申込みをすると、相手方が承諾する義務を負う型です。相手方が承諾して、はじめて売買が成立します。2つめは、予約によって、完結権という形成権が生まれる型です。完結権をもつ人が、買います、売ります、と意思表示をしたら、相手方の承諾を待たずに、その時点で売買が成立します。民法の条文が決めているのは、完結権が一方だけにある、一方の予約です。
条文民法556条
民法第556条 売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。 2 前項の意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約は、その効力を失う。
図:設例の関係図
- 左が土地の所有者C、右が買いたい人D
- Cは「あなたが買うと言えば、この土地を3000万円で売る」とDに約束した
- 完結権をもつのはDだけ
設例です。土地の所有者のCが、買いたい人のDに、あなたが買うと言えば、この土地を3000万円で売る、と約束しました。完結権をもつのは、Dだけです。これが、一方の予約です。Dが、買います、と意思表示をした時に、Cの承諾がなくても、売買が成立します。条文の1項は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる、と書いています。
図:予約の流れ
- Dが完結の意思表示をすると、Cの承諾を待たずに売買が成立する
- 期間を定めていなければ、Cは相当の期間を定めて確答を催告できる
- 確答がなければ予約は効力を失う
予約者が待たされ続けないように、2項があります。期間を決めていなければ、予約者のCは、1か月以内に買うかどうか返事をください、というふうに、相当の期間を定めて、催告ができます。その期間内にDが確答しなければ、予約は効力を失います。Cは、いつまでも待たされずに済みます。何のために使うのか。売買を先に約束しておけば、将来の取引を確保できます。とくに、お金を貸すときの担保として使われることが多いです。以前の回で、売渡担保の中に出てきた、再売買の予約が、その例でした。お金を借りたい人が、自分の土地を、貸す人にいったん売って、代金としてお金を受け取ります。同時に、その土地をもう一度買う予約をしておきます。お金を用意できたら、完結の意思表示をして、土地を取り戻せます。用意できなければ、土地は貸した人のものに残ります。これで、貸した人の回収が守られます。担保としての実体は、別の回で見ます。
手付の3種類と、解約手付の推定
図:3つめの柱の入口
- 手付とは何か
- 渡した手付は、契約書に何も書いてなくても、解除に使えるのか
3つめの柱です。手付とは、売買契約の際に、買主から売主に交付される金銭のことです。手付の交付は、売買とは別の契約で、交付してはじめて成立する、要物契約です。以前、法律行為の回で、合意だけで成立する、という原則の例外、つまり渡して初めて成立する契約の例として、手付が出てきました。交付したとき、という言葉が、条文にあります。手付の使い道は、1つではありません。性質の違う手付が、3種類あります。表にします。
図:手付の3種類。行=証約手付・解約手付・違約手付。列=意味・どういう場合にそうなるか。証約=契約が成立した証拠。すべての手付がもつ性質。解約=解除権を発生させる趣旨の手付。特別の意思表示がなければこれと推定される。違約=債務不履行の場合に没収される手付。違約手付とする特約がある場合に限る。
1つめ、証約手付です。契約が成立した証拠としての手付です。どの手付も、この性質は持っています。2つめ、解約手付です。解除権を発生させる趣旨の手付で、買主は手付を捨て、売主は倍額を出して、契約から抜けます。3つめ、違約手付です。債務不履行があったときに、没収される手付です。違約手付になるのは、そういう特約がある場合に限ります。違約手付には、2つのやり方があります。1つめは、違約罰です。損害賠償とは別に、制裁として手付を没収します。2つめは、損害賠償額の予定です。債務不履行のときの賠償の額を、前もって手付の額に決めておくものです。
何も書いていなければ、解約手付になります。判例があります。
判例最判昭29・1・21
手付の推定 売買の当事者間に手附が授受された場合において、特別の意思表示がない限り、民法五五七条に定めている効力、すなわちいわゆる解約手附としての効力を有するものと認むべきである。これと異る効力を有する手附であることを主張せんとする者は、前記特別の意思表示の存することを主張・立証すべき責任があると解するのが相当である。
読み方です。手付が授受されたら、特別の意思表示がない限り、解約手付としての効力があります。つまり、解約手付と推定されます。そして、違う種類の手付だと言いたいほうが、特別の意思表示があったことを、示さなければなりません。なぜ、何も書いていなければ解約手付なのか。条文の全文は4つめの柱で出しますが、557条1項は、買主が手付を交付したときは、買主は手付を捨て、売主は倍額を出して、解除できる、と書いています。特約があれば、という条件は付いていません。交付したことだけで、解除を認めているのです。民法は、手付を渡すことを、お金を払えば抜けてよい、という権利を、双方が契約に残しておくことだと見ています。契約は守るものですが、この抜け道は、当事者が自分で用意したものです。すると、冒頭のBの100万円は、特約が何もない、と先に決めていたので、解約手付と見られます。
違約の定めがあっても、解約手付になります。違約手付と解約手付は、両立します。判例があります。
判例最判昭24・10・4
解約手付と違約手付の併存 違約の場合手附の没収又は倍返しをするという約束は民法の規定による解除の留保を少しも妨げるものではない。解除権留保と併せて違約の場合の損害賠償額の予定を為し其額を手附の額によるものと定めることは少しも差支なく、十分考へ得べき処である。
読み方です。違約の場合に没収する、倍返しをする、という約束があっても、解除権の留保は妨げられません。解除権を残したまま、違約のときの賠償額も手付の額で決める、ということも、差し支えありません。両立するのは、使う場面が違うからです。解約手付は、違反をしていない側が、自分から抜けるときの代価です。違約の定めは、どちらかが債務不履行をしたときの、賠償の決め方です。ここで、判例の役割を取り違えないでください。何も書いていないと解約手付と推定される、というのが、さきほどの判例です。違約手付の定めがあっても、解約手付を兼ねうる、というのが、この判例です。
図:手付と内金の比較。行=手付・内金。列=何か・代金債務。手付=代金の前払いではない。代金債務は全額残り、清算のときに手付と相殺して残額を払う。内金=代金の一部前払い。その分の代金債務が消える。名目ではなく当事者の合理的な意思で判断。
もう1つ、似た言葉を区別します。内金です。内金は、代金の一部を前払いしたものです。その分の代金債務が消えて、残りだけ払えば足ります。手付は、代金の前払いではありません。代金債務は全額残ります。名前ではなく、当事者の合理的な意思で決まります。目安として、代金の1割程度なら手付、半分なら内金と見られやすいです。半分も払ってしまうと、捨てて抜けるという話に、そぐわないからです。冒頭のBの100万円は、代金の30分の1ほどですから、手付と見られます。
図:柱3の最後の問い
- 手付を渡したが、契約書に何の定めもない
- この手付はどの種類と見られるか
- 別の種類だと言うには、誰が何を示すのか
ここで、考えてみてください。手付を渡しましたが、契約書に何の定めもありません。この手付は、どの種類と見られますか。また、別の種類だと言いたいときは、誰が何を示す必要がありますか?
図:答え
- 解約手付と推定される
- 異なる種類だと主張する側が、特別の意思表示を主張・立証する
解約手付と見られます。別の種類だと言いたいほうが、特別の意思表示があったことを示す必要があります。ここまでが、手付の種類です。
手付解除はいつまでできるか
図:復習の問い
4つめの柱に入る前に、前回の復習を1問だけ出します。前回の贈与で、書面によらない贈与の解除ができなくなるのは、何が終わったときでしたか?履行の終わった部分です。条文の言葉でいうと、550条のただし書でした。履行を済ませたら、抜けられなくなる。この発想が、今日の中心の条文でも出てきます。ただし、線の引き方は違います。贈与は、履行が終わったときでした。手付は、相手が履行に取りかかったときです。
図:4つめの柱の入口
- 冒頭のBは、どうやって契約から抜けるのか
- 売主のAは、どうやって抜けるのか
- いつまでできるのか
4つめの柱です。中心の条文は、557条です。以前、解除の回で、約定解除の代表例として名前だけ出しました。その中身を、今日、見ます。
条文民法557条1項
民法第557条第1項 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。
読み方を、3つの問いに分けます。1つめは、誰が何をすれば解除できるか。2つめは、いつまでできるか。3つめ、解除したら損害賠償はどうなるか。
図:買主と売主の抜け方
- 左=売主A:手付の倍額200万円を現実に提供して解除(手付倍返し)
- 右=買主B:手付100万円を放棄して解除(手付流し)
- どちらも一方的な意思表示で足りる
1つめです。買主は、渡した手付を放棄して、解除します。手付流しと呼びます。売主は、手付の倍額を現実に提供して、解除します。手付倍返しと呼びます。冒頭の設例なら、Bは100万円をあきらめます。Aは、200万円を差し出します。どちらも、相手の承諾は要りません。こちらから一方的に解除できる、形成権です。売主は、言うだけでは解除できません。条文に、現実に提供して、とあります。弁済の提供の回で見た、相手が受け取るだけの状態にする、あの現実の提供です。2017年の改正で、判例の考えが、条文に書かれました。判例を読みます。
判例最判平6・3・22
倍額の現実の提供 単に口頭により手付けの倍額を償還する旨を告げその受領を催告するのみでは足りず、買主に現実の提供をすることを要するものというべきである。
読み方です。償還とは、返すことです。口で、倍額を返します、受け取ってください、と告げるだけでは足りません。買主に、実際に差し出す必要があります。決め手は2つです。1つは、当時の条文が、倍額を償還して、と書いていたことです。返す、と書いてある以上、口で告げるだけでは足りない、と判例は読みました。今の条文は、倍額を現実に提供して、と書いて、この判例をそのまま取り込んでいます。もう1つは、買主が手付を放棄して解除するときとの均衡です。買主は、現に渡した手付を手放すことになります。ですから、売主の側も、倍額を現実に差し出す形に、そろえるのです。買主が手付を放棄するときは、手付をすでに渡しているので、現実の提供という問題は出ません。
図:2つめの問いの入口
- ただし書の「その相手方が契約の履行に着手した後」
- 誰が着手したら、抜けられなくなるのか
- 映画館の貸切の喩え
2つめです。いつまでできるか。ただし書は、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない、と書いています。映画館の貸切で考えると分かりやすいです。前金を払って貸切を頼んだ客が、前金を捨てて、やっぱりやめます、と言えるのは、劇場が、その客のための準備に入る前までです。客が買主、劇場が相手方の売主に当たります。準備に入った後は、もう通りません。相手が動き出した後に抜けられないのは、相手が、契約を信じて動いた分の出費が、無駄になってしまうからです。判例は、その趣旨をはっきり言っています。
判例最大判昭40・11・24
履行に着手した当事者の保護 かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けられたものと解するのが相当である。
読み方です。履行に着手した当事者が、不測の損害を受けないようにするために、557条1項があります。手付を捨てる、または倍額を出す、という出費は、解除する側が自分で負います。相手がまだ動いていなければ、相手は何もお金を使っていないので、手付か倍額を受け取って、損は残りません。相手が、たとえば売る物件を仕入れるために代金を払ったあとだと、その出費は、手付だけでは埋まらないことがあります。ここで、条文の言葉を正確に見ます。止めるのは、その相手方が着手したときです。自分が着手していても、相手が着手していなければ、解除できます。この点は、判例にもあります。
判例最大判昭40・11・24
着手した本人も解除できる 同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。
読み方です。解除が禁じられるのは、履行に着手した相手に対してです。まだ着手していない相手に対しては、自由に解除できます。解除する本人が、自分で履行に着手していても同じです。着手した本人は、手付を捨てたり倍額を出したりして、自分の出費も犠牲にして抜けるので、相手に不測の損害は生じません。では、履行に着手とは、何をすることか。同じ判例が、定式を示しています。
判例最大判昭40・11・24
履行の着手の意義 民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべき
読み方です。ポイントは、客観的に外部から認識し得る、という点です。2つの型があります。1つめ、履行行為の一部をすること。2つめ、履行の提供をするために欠かせない前提行為をすることです。心の中で準備していても、外から見えなければ、着手ではありません。事案です。売主が、買主に譲る物件を、第三者から代金を払って取得して、自分の名義に登記しました。買主は、手付を払っただけです。その後、売主が手付倍返しで解除しました。判例は、こう言いました。
判例最大判昭40・11・24
売主の調達行為 被上告人が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを上告人に譲渡する前提として被上告人名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまらず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。
読み方です。売る物を調達する行為は、履行の着手に当たる、と言っています。2つの型のうち、2つめの、前提行為の例です。まだ自分の物になっていない物件を売る約束なら、まずそれを手に入れなければ、引き渡しようがないからです。ただし、この事案では、解除したのは売主自身でした。履行に着手していたのは売主で、買主は何もしていなかったので、解除は有効でした。履行期の前でも、着手は生じえます。次の判例です。
判例最判昭41・1・21
履行期前の着手 債務に履行期の約定がある場合であつても、当事者が、債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している場合等格別の事情のない限り、ただちに、右履行期前には、民法五五七条一項にいう履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない。
読み方です。履行期の約束があっても、履行期前には着手しない、と合意しているような特別の事情がなければ、履行期の前に着手が生じることもあります。冒頭の設例は、履行期が1か月後ですが、その前でも、着手になりえます。以上を冒頭の設例で確かめます。売主はA、買主はBです。代金は3000万円です。手付は100万円です。履行期は1か月後で、特約はありません。
図:当てはめ板その1。行=場面。列=解除する者、すること、相手方の着手、結論。1=Aは何もしていない。Bが手付を放棄。結論=できる。2=AがBに鍵を持参し、引渡しを現実に提供した後、Bが手付を放棄。結論=できない。
1つめの場面です。Aは何もしていません。Bが、手付を放棄すると伝えて、解除します。Aは未着手なので、解除できます。Aの承諾も、損害賠償も要りません。2つめの場面です。AがBに鍵を持参して、この家を引き渡します、と現実に提供しました。その後、Bが、手付を放棄して解除しようとします。引渡しの現実の提供は、履行行為の一部ですから、Aは着手済みです。ですから、Bはもう解除できません。冒頭の答えの、ただし書の部分です。
図:当てはめ板その2
- 3=Bが貯金から2900万円を引き出して自宅に置いただけ
- Aが倍額200万円を現実に提供して解除
- Bは未着手
- 結論=できる
- 4=Bが残代金2900万円を持参して現実に提供した
- その後Aが200万円を現実に提供して解除
- Bは着手済み
- 結論=できない
3つめの場面です。今度は、売主のAが解除する側です。Bが貯金から2900万円を引き出して、自宅に置いただけです。そこで、Aが、倍額の200万円を現実に提供して、解除しました。お金を下ろして置いておくだけでは、外から認識できる形の履行ではありません。準備行為にとどまります。Bは未着手なので、Aは解除できます。4つめの場面です。Bが、残代金の2900万円を、Aのところへ持参して、現実に提供しました。その後で、Aが200万円を出して解除しようとします。代金の支払いは、履行行為の一部です。Bは着手済みですから、Aはもう解除できません。3つめと4つめは、お金を下ろしただけか、実際に差し出したか、という境目のペアです。
図:当てはめ板その3
- 5=Aが電話で「200万円を払いますから解除します」と告げただけ
- Bは何もしていない
- 結論=できない
- 倍額の現実の提供が欠ける
5つめの場面です。Aが、電話で、200万円を払いますから解除します、と告げただけです。Bは何もしていません。Bが未着手でも、解除できません。倍額を現実に提供する、という要件が欠けているからです。要件のどこで崩れるかは、場面ごとに違います。解除する本人が着手していても、解除できます。Aが引渡しを現実に提供していても、Bがまだ何もしていなければ、Aは200万円を現実に提供して解除できます。着手したのが解除する本人だからです。買主のBが、残代金のうち1000万円をすでに払っていても、Aが未着手なら、Bは手付を放棄して解除できます。この場合、払った1000万円は返ってきます。手付の100万円は失います。最後に、3つめの問いです。解除したら、損害賠償はどうなるでしょうか。557条の2項を出します。
条文民法557条2項
民法第557条第2項 第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。
条文民法545条4項
民法第545条第4項 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。
545条4項は、解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない、という規定でした。相手の債務不履行で解除する場合は、損害賠償も請求できます。557条2項は、手付解除には、これを適用しないと言っています。手付解除では、損害賠償を請求できません。手付を失うこと、倍額を払うことが、清算のすべてです。相手に落ち度があって解除するわけではないからです。払い済みの代金を返すといった、解除の効果の回で見た、原状回復の仕組みは、そのまま働きます。これで、冒頭のBの問いに、557条の3つの部分がそろいました。Bは、100万円を捨てれば抜けられます。ただし、Aが履行に着手した後は、抜けられません。抜けても、損害賠償は求められません。
売買契約の費用
図:558条
- 売買契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担する
- 契約の締結に要する費用
売買の費用の条文です。
条文民法558条
民法第558条 売買契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担する。
売買契約に関する費用とは、契約の締結にかかる費用です。たとえば、目的物の測量の費用や、売買契約書の印紙代です。これは、双方が半分ずつ負担します。契約書を作るのも、目的物を測るのも、売る側と買う側の両方が、取引を確かなものにするためです。どちらか一方だけの得になる費用ではないので、半分ずつにしています。弁済にかかる費用は、前に見たとおり、原則として債務者の負担でした。自分の債務を果たすための費用だからです。それとは別の話です。
確かめる
図:確かめるその1
- 契約のあと、Bがしたのは手付100万円をAに渡したことだけ
- Aは翌日、200万円を現実に提供して解除した
- Aの解除は有効か
事例で確かめます。設例の続きです。1つめ。契約のあと、Bがしたのは、手付の100万円をAに渡したことだけです。残代金の準備も、引渡しの要求も、していません。Aが翌日、倍額の200万円を現実に提供して、解除しました。Aの解除は有効ですか?
図:答えその1
- 有効
- 手付の交付は契約成立時の行為で、履行行為の一部でも前提行為でもない
- Bは未着手
- 売主は倍額の現実の提供で解除できる(557条1項・最大判昭40・11・24)
手付を渡しただけなら、Bは履行に着手していないので、有効だと思います。手付を渡すことは、契約を結んだときの行為です。履行行為の一部にも、前提行為にも、当たりません。Bが着手していないあいだは、Aは倍額の現実の提供で解除できます。
図:確かめるその2
- 履行期は1か月後
- 契約の翌週、Bが残代金2900万円を持参して現実に提供したが、Aは受け取りを断った
- Aは「履行期の前だからBは着手していない」と考え、翌日200万円を現実に提供して解除した
- 契約に履行期前は着手しない旨の合意はない
- 履行期前だから着手していないと言えるか
- Aの解除は有効か
2つめ。履行期は、契約の1か月後です。契約の翌週、Bが、残代金の2900万円を持参して、Aに現実に提供しました。Aは受け取りを断りました。そして、履行期の前だから、Bはまだ着手していない、と考えて、翌日、200万円を現実に提供して、解除しました。契約に、履行期前には着手しない、という合意は何もありません。履行期の前だから着手していない、と言えますか? Aの解除は有効ですか?
図:答えその2
- 言えない
- 解除は無効
- 履行期前には着手しない旨の合意などの格別の事情がなければ、履行期前の着手は生じうる
- Bの代金の現実の提供は履行行為の一部で、Bは着手済み(557条1項ただし書・最判昭41・1・21)
履行期の前でも着手になりえると習いました。Bの代金の提供は履行行為の一部なので、Aの解除は無効だと思います。履行期の約束があっても、履行期前には着手しない、と合意しているような格別の事情がなければ、履行期の前に着手は生じえます。Bの代金の現実の提供は、履行行為の一部です。相手方のBが着手した後なので、Aはもう解除できません。
図:確かめるその3
- 契約書に「違約したら手付没収、売主が違約したら倍額賠償」とだけ書いてある
- Aは未着手
- Bは手付を放棄して解除できるか
3つめ。契約書に、違約したら手付を没収する、売主が違約したら倍額を賠償する、とだけ書いてあります。Aは未着手です。Bは、手付を放棄して解除できますか?
図:答えその3
- できる
- 違約手付の定めがあっても、解約手付と併存する(最判昭24・10・4)
違約手付の定めがあるだけなら、解約手付と両立するので、解除できると思います。違約の定めがあるだけでは、557条の適用は排除されません。
4つの柱のまとめと、冒頭の問い
図:今日の4つの柱
- 1=555条(諾成・双務・有償)・559条(有償契約に準用=総則)
- 2=556条(一方の予約・完結の意思表示で成立・催告で失効)
- 3=手付3種類(証約はすべて・解約は推定・違約は特約・併存)
- 4=557条(買主は放棄・売主は倍額の現実の提供・相手方が履行に着手するまで・着手した本人も可・損害賠償は問題にならない)
今日の話を整理します。1つめ、売買は、諾成、双務、有償です。売買の規定は、559条で、他の有償契約にも準用されます。2つめ、売買の一方の予約は、完結の意思表示で、売買が成立します。期間を定めていなければ、催告をして、確答がなければ失効します。3つめ、手付は、証約はすべての手付がもち、解約は特別の意思表示がなければ推定され、違約は特約が必要です。解約手付と違約手付は、両立します。4つめ、買主は手付を放棄し、売主は倍額を現実に提供して、解除します。相手方が履行に着手するまで、できます。着手した本人も、相手が未着手なら解除できます。手付解除では、損害賠償は問題になりません。
図:冒頭の答え合わせ
- Bは手付100万円を捨てれば、Aが履行に着手するまではやめられる
- Aが引渡しの提供などを始めていたら、もうやめられない
冒頭の問いの答えです。Bは、手付の100万円を捨てれば、Aが履行に着手するまでは、やめられます。Aが、引渡しの提供などを始めていたら、もうやめられません。履行に着手の意義は、論文で論点になりうるところです。客観的に外部から認識し得る形で、という定式を、覚えておいてください。
参照条文
- 民法555条
- 民法559条
- 民法556条
- 民法557条1項
- 民法557条2項
- 民法545条4項
- 民法558条