更新と敷金(622条の2)
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第5章 契約 #259/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
住んでいる間に大家が替わった
図:冒頭の設例の関係図
- 左が大家A、右が借り手B
- Bは入居のとき、Aに敷金20万円を預けた
- 住んでいる間に、Aは建物を新しい大家Cに売った
図:冒頭の問いの答えの方向
- 大家が替わる=返すのは今の大家
- 前の大家への未払い家賃を引いた残りが引き継がれる
- 借り手が替わる=逆
- 敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家が前の借り手に残りを返す
先に、答えの方向を言います。大家が替わったときは、返すのは今の大家のCです。ただし、前の大家のAに払っていない家賃があれば、先に敷金から差し引かれて、その残りだけがCに引き継がれます。借り手が替わるときは逆です。敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家のAが、前の借り手のBに、差し引いた残りを返します。大家が替わると続くのに、借り手が替わると続かない。同じ敷金なのに、なぜ逆になるのか。これが今日の主役です。前提を1つ置きます。この設例は、大家の地位が新しい持ち主に移った場合の話として進めます。地位がいつ、どんな条件で移るのかは、別の回で見ます。
柱1 更新
図:1つめの柱の入口
- 更新=期間が満了しても、同じ賃貸借関係を続けること
- 入り口は2つ=合意による更新・黙示の更新の推定(619条1項)
1つめの柱です。前回、期間を定めた賃貸借は、期間が満了すると終了する、と見ました。ただし、更新ができる、とも言いました。更新とは、期間が満了しても、同じ賃貸借関係を続けることです。入り口は2つあります。1つめの入り口は、合意です。期間が定められていても、当事者が合意すれば更新できます。民法に、更新の合意を定める条文は特にありません。契約自由の原則から、そうなります。満了の前に話し合って、もう2年続けましょうと決める場合が、これです。2つめの入り口は、合意がなくても、態度から更新したと推定される場合です。619条1項です。
条文民法619条1項
民法第619条第1項 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
要件は3つです。1つめ、期間が満了した後であること。2つめ、借り手が使用や収益を続けていること。3つめ、大家がそれを知りながら、異議を述べないことです。3つそろうと、従前の賃貸借と同じ条件で、更に賃貸借をしたものと推定されます。後段は、更新されたあとは、どちらからも617条で解約の申入れができる、という意味です。申入れから終了までの期間は、土地は1年、建物は3か月、動産と貸席は1日でした。推定なので、覆せます。推定は、反証できるという意味です。黙示は、言葉に出して約束していなくても、態度から、そう考えられることを指します。更新しますと口に出していなくても、満了後も住み続け、大家も何も言わず、家賃を受け取っていれば、態度が更新を示していると考えるわけです。
図:具体例の板
- 2年の契約が3月末で満了
- 4月以降もBは住み続け、AはBが住んでいることを知りながら何も言わず、4月分の家賃も受け取った=黙示の更新が推定される
- Aが3月中に「満了だから出て行ってほしい」と伝えていた=異議を述べた=3つめの要件を欠く
例で言います。2年間の契約が、3月の末で満了しました。そして4月になってもBは住み続け、大家のAは、それを知りながら何も言わずに、4月分の家賃も受け取りました。3つの要件がそろうので、従前と同じ条件で更新した、と推定されます。一方、Aが3月のうちに、満了だから出て行ってほしい、とBに伝えていたなら、3つめの要件を欠きます。異議を述べたことになるので、推定は働きません。建物と土地の賃貸借には、借地借家法に、法定更新という別の仕組みがあります。そちらは、大家が更新を拒むのに正当な理由を求めるなど、借り手をより強く守る内容です。中身は別の回で見ます。今日の619条は、その手前にある、民法の一般則と位置づけてください。
図:更新の2つの入り口の板
- 主役
- 合意による更新=当事者の合意で更新。黙示の更新の推定=期間満了後・使用収益の継続・賃貸人が知りながら異議なし→従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定→各当事者は617条で解約の申入れができる。
1つめの柱をまとめます。更新の入り口は2つです。当事者が合意して更新する。または、期間満了後に借り手が使い続け、大家が知りながら異議を述べないと、従前と同じ条件の更新が推定される。この推定で更新された賃貸借は、どちらからも解約の申入れができます。
柱2 更新と従前の担保
図:2つめの柱の入口
- 更新前に差し入れた担保はどうなるか
- 原則=期間満了で消える
- 例外=敷金
- 保証人はどうか
2つめの柱です。更新で賃貸借が続くとき、更新の前に付けていた担保は、どうなるのでしょうか。担保を出した人は、もとの期間の債務を見込んで出しています。更新のあとの債務まで当然に負わせると、その人の予期に反します。そこで、619条2項です。
条文民法619条2項
民法第619条第2項 従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、第六百二十二条の二第一項に規定する敷金については、この限りでない。
原則は、消滅です。更新の前に差し入れていた担保は、期間の満了でいったん消えます。たとえば、大家のAが、借り手のBの債務のために、第三者に抵当権を付けてもらっていたとします。更新後は、その抵当権は消えます。新しい期間の債務は、新しく担保を付け直す扱いです。ただし書が例外です。敷金は、更新後も続きます。Bが預けた20万円は、更新されても、新しい期間の債務を担保し続けます。敷金とは何かは、次の柱で定義します。敷金は、借り手のB自身が、賃貸借が続くあいだの自分の債務を担保するために預けたお金です。更新で債務が続けば、担保も続くのが、預けたBの予期どおりです。
図:保証人の板
- A=大家、B=借り手、D=保証人
- 2年の建物賃貸借でDが保証
- 更新を重ね、更新後の賃料の滞納が積み上がった
- Dは更新後の分も払うのか
保証人も更新で消えるのか、が問題です。保証人を、Dとします。2年の建物賃貸借で、DがBの債務を保証しました。その後、更新が重ねられ、更新後の賃料の滞納がたまっていきました。条文の「担保」を広く読めば、更新後のDは、責任を負わないように見えます。しかし、最高裁は、保証契約の意思解釈という筋道で、更新後にも保証が及ぶとしました。保証の回で見た判決です。結論のところだけ、もう一度読みます。
判例最判平9・11・13 集民186号105頁
建物賃貸借の更新と保証人の責任 以上によれば、期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、
読み方です。期間の定めのある建物の賃貸借では、保証人は、反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の借り手の債務も保証する趣旨で合意した、と解します。理由は3つです。建物の賃貸借は、更新されて長く続くのが普通です。大家が更新を拒むには、正当な理由が要るので、大家の意思だけでは終わりません。そして、保証の対象の中心は、定期的に生じる、金額の分かった賃料です。保証人も、更新を予想できるはずだ、という考え方です。ただし、保証人の責任にも限界があります。大家が、滞納が積み上がっているのを保証人に知らせず、放置したまま更新させたような場合は、請求が信義則に反して、保証人が免れることがあります。また、保証人が個人なら、今は極度額の範囲内で、という枠がかかります。なお、この判決は、合意で更新された事案です。619条2項の例外だと言い切ることはせず、保証契約の解釈として更新後にも及ぶ、と押さえるのが安全です。
図:柱2の整理板
- 主役
- 従前の担保=期間満了で消滅(619条2項本文)。敷金=更新後も続く(同ただし書)。保証人D=保証契約の意思解釈で、特段の事情がない限り更新後の債務も保証(ただし請求が信義則に反する場合を除く・個人保証は極度額の枠)。
2つめの柱をまとめます。更新の前の担保は、期間の満了で消えます。ただし、敷金は別枠で、更新後も続きます。保証人は、特段の事情がない限り、更新後の債務も保証します。ただし、大家の請求が信義則に反するときは、免れます。
柱3 敷金の仕組み
図:3つめの柱の入口
- 敷金=借り手が大家に預ける、債務の担保のお金
- 定義・返す2場面・返す額・充当の主体
3つめの柱です。ここが、今日の前半の中心です。前に、退去の日の敷金と明渡しのどちらが先かを見ました。また、賃料債権が差し押さえられたあとも、敷金の充当で賃料債権が消える、という場面も見ました。今日は、その敷金そのものの仕組みを、条文で押さえます。622条の2です。
条文民法622条の2
民法第622条の2 1 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。 2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
長い条文ですが、順にほどきます。まず、かっこ書の定義です。敷金とは、名目を問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づく借り手の金銭債務を担保する目的で、借り手が大家に交付する金銭です。契約書に「保証金」と書いてあっても、敷金になるのですか?なります。名目を問わない、と条文に書いてあるからです。中身で決まります。借り手の債務を担保するために預けたお金なら、呼び方が保証金でも、敷金です。
図:敷金の定義の板
- 敷金=名目を問わず、賃貸借に基づく借り手の金銭債務を担保する目的で、借り手が大家に交付する金銭
- 担保の範囲=賃料・明渡しまでの賃料相当の損害金・傷みの賠償など、賃貸借に基づく一切の金銭債務
- 敷金の契約=賃貸借に付いた別の契約(従たる契約)
何を担保するかも大事です。賃料だけではありません。明渡しまでの賃料相当の損害金や、傷みの賠償など、賃貸借に基づいて借り手が大家に負う金銭債務の全部です。そして、敷金を預ける契約は、賃貸借とは別の契約で、賃貸借に付いて回る従たる契約です。金銭を渡して成立する、と通説は考えます。ここは、薄く押さえれば足ります。次は、いつ返すか。条文は、返す場面を2つ挙げています。ここで、前に見たことを、思い出してください。退去の日に、鍵を渡す前に、敷金が戻るまで渡さない、と言えるのかどうか。明渡しと敷金の返還は、どちらが先でしたか?
明渡しが先でした。敷金の返還は、そのあとです。1つめの場面が、まさにそれです。賃貸借が終了して、かつ、賃貸物の返還を受けたときに、大家は、敷金の残額を返す義務を負います。もう一度、判決の言葉で確かめます。
判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁
敷金の担保の範囲と返還 賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである。
読み方です。敷金は、明渡しまでの損害金など、賃貸借から生じる一切の債権を担保します。そして、大家が返還義務を負うのは、賃貸借が終わって、家屋の明渡しがされた時に、それまでの債権を差し引いて、なお残りがある場合の、その残額です。明渡しまでの損害金まで担保する以上、明渡しが済むまでは、返す額が決まりません。だから、返還は明渡しのあとに足り、同時履行にはなりません。なお、賃貸借の終わり方が解除でも、同じです。2つめの場面は、借り手が適法に賃借権を譲り渡したときです。これは、4つめの柱で本体を見ます。返す額に進みます。返すのは、受け取った敷金の額から、賃貸借に基づいて生じた借り手の金銭債務の額を引いた、残額です。例で言います。敷金は20万円。退去のとき、未払いの家賃が3万円、壁に大きな穴を開けた修理代が、5万円ありました。20万円から、8万円を引いて、残りの12万円を返します。
図:返す額の板
- 主役
- 敷金20万円-未払い家賃3万円-壁の穴の修理代5万円=返す額12万円(残額)。引かないもの=日焼け(経年変化)・家具の跡(通常損耗)=借り手が負う債務ではない。
ここで、前回の原状回復と結びつきます。壁紙の日焼けや、家具を置いた跡の修理代は、そもそも借り手が負う債務ではありません。経年変化と通常損耗は、原状回復義務に含まれないからです。だから、敷金から引く対象にもなりません。前に見たように、敷金は、未払いの賃料に充てられると、充てた額だけ、賃料債権が消えます。それと同じ筋で、引くのは、借り手が実際に負っている債務の分だけです。途中の場面は、2項が定めています。賃貸人は、借り手が債務を履行しないとき、敷金をその債務の弁済に充てることができます。これを充当といいます。後段が大事です。借り手は、大家に対して、敷金を弁済に充ててほしいと、請求することができません。
理由は、敷金が大家のための担保だからです。担保は、持っている人が、使うかどうかを決めます。たとえば、Bが家賃を3か月滞納したまま、敷金から払っておいてと言っても、Aは応じなくてかまいません。Bは、その3か月、滞納を続けたことになります。前回見た信頼関係破壊の判断に、そのまま進みます。敷金があるから払わなくてよい、という理屈は通りません。気をつけたいのは、途中の充当と、終わったときの控除は、別の場面だということです。途中は、充てるかどうかを大家が選びます。終わって明渡しがされると、選ぶまでもなく、未払いは当然に敷金から差し引かれます。時間の順に並べます。
図:敷金の時間軸の板
- 主役
- 預ける(Bが20万円をAに交付)→賃貸借の間(Bが払わないとき、充当するかはAが決める・Bは請求できない=2項)→賃貸借の終了→明渡し(返還義務が生じる)→控除(未払い家賃3万円・修理代5万円)→残額12万円の返還。
預ける。賃貸借の間は、払われないときに、充当するかを大家が決める。終了して、明渡しがされる。ここで、返還の義務が生じます。そして、未払いや修理代を引いた残額を返す。この順に、頭の中で並べてください。3つめの柱をまとめます。敷金は、名目を問わず、借り手の債務を担保するために預けるお金です。返すのは、賃貸借が終了して返還を受けたときと、適法に賃借権が譲渡されたときです。返す額は、受け取った敷金から、借り手の債務を引いた残額です。そして、充当するのは大家だけで、借り手は請求できません。
柱4 当事者が替わったとき
図:4つめの柱の入口
- 冒頭の問いに戻る
- 大家が替わる=敷金は付いて行く
- 借り手が替わる=敷金は付いて行かない
4つめの柱です。冒頭の問いに戻ります。まず、大家が替わった場合から見ます。先ほど置いた前提のとおり、大家の地位が新しい大家のCに移った場合の話です。
図:大家の交替の関係図
- 左が前の大家A、真ん中が借り手B、右が新しい大家C
- Bの敷金20万円、前の大家Aへの未払い家賃5万円
- Aの地位がCに移る
- 残り15万円の敷金関係がCに引き継がれる
Bが預けた敷金は20万円で、前の大家のAに払っていない家賃が5万円あったとします。ここで、Aの地位がCに移りました。この場合の条文が、605条の2第4項です。
条文民法605条の2第4項
民法第605条の2第4項 第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。
賃貸人の地位が移ると、費用の償還に係る債務と、敷金の返還に係る債務は、新しい賃貸人が承継します。承継とは、引き継ぐ、という意味です。費用の償還は、前に見た必要費や有益費を、借り手に払う債務です。それと並んで、敷金の返還の債務も、新しい大家に引き継がれます。ただし、引き継がれるのは、全額ではありません。最高裁の判決を読みます。
判例最判昭44・7・17 民集23巻8号1610頁
賃貸人の交替と敷金 思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。
読み方です。賃貸人の地位が移ったとき、旧賃貸人に差し入れた敷金は、借り手が旧賃貸人に払っていない賃料があれば、その弁済に当然に充当されます。その限度で、敷金の返還請求権は消えます。そして、残額についてだけ、権利義務関係が新しい賃貸人に引き継がれます。なぜ先に引くのか。敷金は、賃貸借が終わるときには、未払いの家賃に当然に充てられる性質のお金だからです。途中で大家が選ぶ充当ではなく、終わったときの控除と同じ扱いを、大家が替わる時点で当てはめる、という考え方です。前の大家のAの下で生じた未払いは、Aが手放す時点で、Aとの間で精算されます。設例に当てはめましょう。敷金20万円から、前の大家のAへの未払い5万円が先に引かれ、残り15万円の敷金関係が、新しい大家のCに引き継がれます。だから、退去の日に、15万円を基に精算して返すのは、今の大家のCです。冒頭の問いの前半の答えです。
借り手のBは、大家が替わっても、困らないのですか?困りません。債務を負う人は、同じBのままです。返してもらう相手が、AからCに替わるだけです。敷金の契約は、賃貸借に付いて回る従たる関係です。だから、主たる賃貸借で大家の地位が移れば、従たる敷金の関係も付いて行く、と考えます。1つ、薄く触れます。賃貸借が終わったあとで建物が売られたときは、別です。賃貸借が新しい持ち主に引き継がれているわけではないので、敷金の関係も、当然には引き継がれません。605条の2は、賃貸人の地位が移った場合の規定です。
図:借り手の交替の関係図
- 左が大家A、真ん中が前の借り手B、右が新しい借り手C
- BがCに賃借権を譲る
- Aは承諾した
- Bの敷金20万円
- Aは変わらない
次は、借り手が替わる場合です。ここは、別の図にします。今度のCは、新しい借り手です。大家のAが認めて、BがCに賃借権を譲りました。賃借権を譲るには、大家の承諾が要ります。大家にとっては、誰が住むかが大事だからです。承諾のない譲渡がどうなるかは、別の回で見ます。今回は大家が承諾したので、適法な譲渡です。622条の2第1項の、2号の場面です。2号により、大家のAは、前の借り手のBに、未払いを引いた残額を返さなければなりません。では、ここで考えてください。Bが預けた敷金は、新しい借り手のCの債務の担保として、そのまま続くでしょうか?
大家が替わる場面と同じ感覚で考えると、敷金も続くように見えます。ところが、結論は逆です。判決を確かめます。この判決の事案は、土地の賃貸借です。ただ、判旨は、借り手が替わる場面の一般論として使われます。
判例最判昭53・12・22 民集32巻9号1768頁
賃借人の交替と敷金 土地賃貸借における敷金契約は、賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもつて、賃料債務、賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務、その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであつて、賃貸借に従たる契約ではあるが、賃貸借とは別個の契約である。……そして、賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、右敷金をもつて将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となつて相当でなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである。
長い判旨なので、骨格を3つに分けます。1つめ、敷金契約は、借り手が負う一切の債務を担保する、賃貸借に付いた従たる契約ですが、賃貸借とは別個の契約です。2つめ、借り手が替わって、前の借り手が賃貸借から離れたとき、特段の事情がない限り、敷金の権利義務関係は、新しい借り手に承継されません。3つめ、その理由が、予期に反する不利益です。引き継ぐと、敷金を出した人は、将来、新しい借り手が新たに負う債務まで、担保させられてしまうからです。特段の事情の例は、判決が挙げています。敷金を出した人が、大家との間で、敷金を新しい借り手の債務の担保にすると約束する場合。または、新しい借り手に、敷金の返還請求権を譲渡する場合です。こうした事情がなければ、敷金は新しい借り手に行かず、大家は、前の借り手のBに、未払いを引いた残りを返します。新しい借り手のCは、自分の敷金を、新たに預けるのが普通です。冒頭の問いの後半の答えです。
大家のAは、前の借り手の敷金を新しい借り手に使えなくなって、困りませんか?困りません。大家は、譲渡を承諾するときに、新しい借り手と敷金の取決めができます。引き継がれなくても、そのとき新しく取り決めればよいからです。
図:対比板
- 主役
- 行=何が替わる・債務を負う人・敷金の行き先・預けた人にとって・理由。大家が替わる=債務を負う人は同じ借り手B・敷金は未払いを引いた残額が新しい大家Cへ・Bは返してもらう相手が替わるだけ・敷金は賃貸借に付いて回る従たる関係。借り手が替わる=債務を負う人が別人(BからC)・敷金はCへ行かず大家AがBに残額を返す・引き継ぐとBは予期しないCの債務まで担保させられる・大家は承諾のときCと取り決められる。
逆になる理由を、1枚に並べます。軸は、敷金は借り手の債務の担保、という点でした。大家が替わっても、債務を負う人は同じ借り手のBです。だから、担保は付いて行けます。借り手が替わると、債務を負う人が別人になります。前の借り手が預けたお金で、会ったこともない新しい借り手の債務まで担保させるのは、預けた人の予期に反します。だから、付いて行きません。4つめの柱をまとめます。大家が替わると、敷金は、前の大家に払っていない家賃を引いた残額が、新しい大家に引き継がれます。借り手が替わると、特段の事情がない限り、敷金は新しい借り手に引き継がれず、大家が前の借り手に残額を返します。
確かめる
図:確かめるその1
- 2年の契約が満了したが、Bはそのまま住み続け、大家のAは何も言わず家賃を受け取っていた
- 更新はどうなるか
- Aが満了前に「出て行ってほしい」と伝えていたら、どうか
事例で確かめます。1つめ。2年の契約が満了しましたが、Bはそのまま住み続け、大家のAは、何も言わずに家賃を受け取っていました。更新は、どうなるでしょうか? もし、Aが満了の前に、出て行ってほしいと伝えていたら、どうでしょうか?
図:答えその1
- 期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし=従前と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定(619条1項)
- 満了前に異議を述べていた=推定されない
前者は、黙示の更新が推定されます。後者は、Aが異議を述べているので、推定されません。3つの要件がそろうかが分かれ目です。
図:確かめるその2
- 更新を重ねたあと、Bの滞納が積み上がった
- 保証人のDは、更新後の分も払うのか
- 大家が滞納を知らせず放置して更新させていたら、どうか
2つめ。更新を重ねたあと、Bの滞納がたまっていきました。保証人のDは、更新後の分も払わなければならないでしょうか? Aが滞納をDに知らせず、放置して更新させていたなら、どうでしょうか?
図:答えその2
- 期間の定めのある建物賃貸借の保証人=反対の趣旨をうかがわせる特段の事情がない限り、更新後の債務も保証
- 大家の請求が信義則に反する場合は除く
特段の事情がなければ、更新後の債務も保証します。ただ、Aの放置のように、請求が信義則に反するなら、免れることがあります。担保は更新で消えても、保証人は契約の解釈で更新後にも及ぶ、でした。
図:確かめるその3。退去の日。Bは「敷金が戻るまで鍵を渡さない」と言った。言えるか。
3つめ。退去の日、Bは、敷金が戻るまで鍵を渡さない、と言いました。言えるでしょうか?
図:答えその3
- 明渡しが先・敷金返還が後=同時履行の関係に立たない(622条の2第1項1号)
- 大家が返すのは、明渡しを受けて、未払いなどを引いた残額
言えません。明渡しが先で、敷金の返還はそのあとだからです。大家は、明渡しを受けたあとに、残額を返せば足ります。
図:確かめるその4
- Bは3か月の家賃を払わないまま、「敷金から払っておいてください」と請求した
- Aは応じなければならないか
4つめ。Bは3か月の家賃を払わないまま、敷金から払っておいてください、と請求しました。Aは、応じなければならないでしょうか?
図:答えその4
- 充当できるのは賃貸人だけ=賃借人は敷金を債務の弁済に充てることを請求できない(622条の2第2項)
- 払わないままなら滞納を続けたことになる
応じなくてかまいません。敷金を弁済に充てるのは大家だけで、借り手は請求できません。敷金を理由に家賃を払わないと、滞納になります。
図:確かめるその5
- 大家が替わった場合と、借り手が替わった場合
- それぞれ、敷金はどこへ行くか
5つめ。賃貸借の途中で、大家が替わった場合と、借り手が替わった場合では、それぞれ敷金はどこへ行くでしょうか?
図:答えその5
- 大家が替わる=未払いを引いた残額が新しい大家に引き継がれる(605条の2第4項)
- 適法に借り手が替わる=特段の事情がなければ新しい借り手に引き継がれず、大家が前の借り手に残額を返す(622条の2第1項2号)
大家が替わった場合は、前の大家に払っていない家賃を引いた残額が、新しい大家に引き継がれます。借り手が替わった場合は、特段の事情がなければ、新しい借り手には引き継がれず、大家が前の借り手に残りを返します。債務を負う人が同じかどうか、が分かれ目でした。
4つの柱のまとめと、冒頭の問い
図:今日のまとめ
- 1=更新は合意、または黙示の更新の推定(期間満了後・使用収益の継続・知りながら異議なし)
- 2=従前の担保は期間満了で消える・敷金は別枠・保証人は特段の事情がなければ更新後も保証
- 3=敷金は借り手の債務の担保・返すのは終了して返還を受けたときと適法な賃借権の譲渡のとき・返す額は残額・充当は大家だけ
- 4=大家が替わる=残額が新しい大家へ・借り手が替わる=特段の事情がなければ引き継がれない
今日の話を整理します。1つめ、更新は、当事者の合意か、黙示の更新の推定で起きます。推定には、期間満了後であること、借り手が使い続けること、大家が知りながら異議を述べないこと、の3つが要ります。2つめ、更新の前の担保は、期間の満了で消えますが、敷金だけは別で、更新後も続きます。保証人は、特段の事情がなければ、更新後の債務も保証します。3つめ、敷金は、借り手の債務を担保するために預けるお金です。返すのは、賃貸借が終了して返還を受けたときと、適法に賃借権が譲渡されたときで、返す額は残額です。充当できるのは、大家だけです。4つめが、冒頭の問いです。
図:冒頭の答え合わせ
- 大家が替わる=返すのは今の大家C
- 前の大家Aへの未払い5万円を引いた15万円が引き継がれる
- 借り手が替わる=敷金は新しい借り手Cには引き継がれず、大家AがBに残りを返す
- 理由=敷金は借り手の債務の担保
冒頭の問いの答えです。大家が替わったときに、退去の日に敷金を返すのは、今の大家のCです。前の大家のAへの未払い家賃があれば、先に引かれ、その残りだけが引き継がれます。借り手が替わるときは逆で、敷金は新しい借り手には引き継がれず、大家のAが、前の借り手のBに、差し引いた残りを返します。理由は、敷金が借り手の債務の担保だからです。債務を負う人が同じなら付いて行き、別人なら付いて行きません。大家の交替と借り手の交替で敷金の扱いが逆になる理由は、論文で論点になりうるところです。
参照条文
- 民法619条1項
- 民法619条2項
- 民法622条の2
- 民法605条の2第4項