賃貸人たる地位の留保と合意による移転
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第5章 契約 #261/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
ビルは売る、でも窓口は続けたい
図:冒頭の設例の関係図
- 大家のAは賃貸ビルを持ち、何十もの会社に部屋を貸している
- どの借り手Bも鍵を受け取って入居済み
- AはビルをCに売りたいが、入居者との窓口はAのまま続けたい
図:冒頭の問いの答えの方向
- 残せるか=できる
- ただし合意は2つ(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)
- 借り手の承諾=不要
- 鍵を受け取っていない会社の場合=当然には移らない・AとCが合意すれば移せる
先に答えの方向を言います。残せます。ただし、AとCが、2つのことを約束する必要があります。1つは、大家の役目をAに残すこと。もう1つは、CがAにそのビルを貸すことです。借り手の承諾は、要りません。もうひとつ。もし入居者が、契約はしたけれど、まだ鍵を受け取っていない会社だったら、そもそも役目は、当然には移りません。それでもAとCが合意すれば、移すことはできます。前回は、借り手が対抗要件を備えていれば、大家の役目は当然に移る、と見ました。今日は、その原則が動く2つの場面です。
今日の4つの柱
図:今日の地図
- 前回の原則=対抗要件を備えた借り手がいれば、大家の役目は新しい持ち主に当然に移る
- 今日は原則が動く2場面
- 1=役目をAに残す2つの合意
- 2=残したあとに賃貸借が終わったら
- 3=対抗要件が無いとき
- 4=どの道で移っても同じこと
柱は4つです。1つめ、備えている借り手がいても、大家の役目をAに残せる、という場面。要る合意は2つです。2つめ、残したあとに、AとCの間の賃貸借が終わったら、役目はどうなるか。3つめ、借り手が対抗要件を備えていないときは、どうなるか。4つめ、役目がどの道で移っても、同じように働く、登記と、お金を返す債務の引継ぎです。言葉を1つ確認します。大家の役目とは、借り手に使わせる義務、必要な修繕をする義務、毎月の家賃をもらう権利のことで、まとめて賃貸人たる地位といいます。今日もAは前の持ち主で大家、Bは借り手、Cは新しい持ち主です。軸は1本です。前回の原則は、借り手が守られていて、持ち主が借り手を追い出せないなら、持ち主は貸す側に立つしかない、という考えから生まれました。今日の2場面は、その前提が崩れる場面です。借り手の足場が別の形で用意されるなら、役目を残してよい。借り手がそもそも守られていないなら、役目は自動では動かない。この見方で、4つの柱がつながります。
柱1 役目をAに残す、2つの合意
図:1つめの柱の入口
- 前回の原則=備えている借り手がいれば、役目は新しい持ち主へ当然に移る
- ではAに残すには何が要るか
1つめの柱です。まず、なぜ役目を残したいことがあるのか、一言だけ触れます。ビルを、信託という、財産を預けて管理してもらう仕組みに乗せて譲るような取引では、譲り受ける人が、修繕や費用を返す義務といった、大家としての義務を負いたくないことがあります。役目をAに残せば、その義務は、Aが負い続けます。以前は、役目を残すために、借り手一人ひとりに同意をもらう運用が行われていました。今は、条文が用意した方法があります。条文は、605条の2の第2項です。
条文民法605条の2第2項
民法第605条の2第2項 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
今は、前半だけを読みます。後半は、2つめの柱で読みます。前の持ち主と新しい持ち主が、賃貸人たる地位を前の持ち主に留保する旨と、その不動産を新しい持ち主が前の持ち主に賃貸する旨の、合意をしたときは、賃貸人たる地位は、新しい持ち主に移転しません。留保とは、手元に残しておく、という意味です。条文は、旨の合意、と書いています。留保する旨と、賃貸する旨。つまり、合意は2つ必要です。冒頭の例では、AとCが、大家の役目はAに残す、と約束します。そのうえで、CがAに、ビルを貸す、と約束します。2つ目の約束が何のためにあるのかは、少し後で答えます。先に、2つ揃ったときの形を見ます。
図:留保の図
- CがAにビルを貸す(2つ目の合意)
- AはBに従前のまま貸している
- 大家の役目(1つ目の合意)はAに残る
- Bは今までどおりAと契約している
- AはCから借りてBに又貸しする形になる
2つ目の合意で、CがAにビルを貸します。Aは、もうビルの持ち主ではありません。でもBには、従前のまま貸しています。つまり、AがCからビルを借りて、それをBに又貸ししている形になります。又貸しとは、借りた物を、さらに別の人に貸すことです。矢印の向きに気をつけてください。Cが貸す相手はA、Aが貸す相手はBです。Bは、今までどおりAと契約していて、Cとは契約していません。家賃の流れは、Bが今までどおりAに払い、AがCに賃料を払う、というイメージです。AとCの間の賃料は、2人の取り決め次第です。ここでは、又貸しの形ができる、というところまでを押さえてください。
立ち止まって考えてみましょう。AとCが、役目はAに残す、と約束するだけだったとします。Bにとって、何が困るでしょうか?持ち主でない人が貸しているだけだと、借り手の足場が弱くなる。この点を、最高裁が、条文ができる前の判決で述べています。
判例最判平11・3・25 集民192号607頁
賃貸人の地位の留保の合意 右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。けだし、右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者間の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。
読み方です。冒頭の、右の場合、とは、賃貸して引き渡した建物の所有権が譲渡された場合のことです。この場合、特段の事情が無い限り、賃貸人の地位も新しい所有者に移ります。判決は、新旧の所有者が、地位を旧所有者に留保すると合意しただけでは、その特段の事情には当たらない、と言いました。理由は2段です。借り手は、建物の所有者と契約したつもりなのに、新旧所有者の合意だけで、所有権を持たない人から又貸しを受ける立場に、落とされてしまいます。そして、旧所有者が、自分の帰責事由で、建物を使い管理する権原を失えば、借り手は、その地位を失うおそれがあります。権原とは、使ってよい法律上の理由です。帰責事由とは、責めに帰すべき事由、つまり自分のせいで、ということです。
図:なぜ2つ目の合意が要るのか
- 合意が1つだけの場合=Bは、所有者でない人から又貸しを受ける立場に落とされ、Aが権原を失うと足場を失う
- 2つ目の合意を加えた場合=CからAへの賃貸借で、AがBに使わせる権原を用意する
この判決を踏まえて、条文は、役目を残す要件に、2つ目の合意を加えました。CがAにビルを貸す、というしくみです。これで、Aは、Cとの賃貸借という、使わせる権原を、あらかじめ手にします。Bの使い続ける足場が、用意される、と説明されます。1つ目の合意だけでは、持ち主でないAが貸し続けるだけで、Bの足場が弱いままです。2つ目の合意が、その足場を用意します。条文を見てください。第2項には、借り手の承諾は、出てきません。理由づけは、前回の、持ち主なら誰がやっても同じ、という理由とは別に考えます。ここで動くのは、ビルの所有権だけで、大家の役目は動きません。大家は、これまでどおりAです。役目の移転ではないので、承諾が要るかどうかという問題が、そもそも出てこない、と整理できます。借り手を守る仕組みは、承諾ではなく、2つ目の合意と、次の柱の後半が担います。
図:1つめの柱の整理板
- 留保の要件=譲渡人と譲受人の2つの合意(役目を譲渡人に残す・譲受人が譲渡人に賃貸する)
- 効果=役目は譲受人に移転しない
- 形=CからA、AからBの又貸し
- 借り手の承諾=不要
- 合意が1つだけ=足りない
1つめの柱をまとめます。役目を前の持ち主に残すには、2つの合意が要ります。役目を残す合意と、新しい持ち主が前の持ち主に貸す合意です。1つだけでは足りません。効果は、役目が新しい持ち主に移らないことです。形は、CからAへ、AからBへ、の又貸しです。借り手の承諾は、要りません。
柱2 残したあとで賃貸借が終わったら
図:2つめの柱の入口
- AがCからビルを借りてBに又貸しする形
- AとCの間の賃貸借が終わったら、Bはどうなるか
2つめの柱です。又貸しの形のままで、AとCの間の賃貸借が終わったら、どうなるでしょう。第2項の後半を読みます。譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。冒頭の例では、AとCの賃貸借が終わったら、Aに残していた大家の役目は、Cに移ります。承継人とは、その人の権利を引き継いだ人です。たとえば、Cからそのビルを買った人や、Cの相続人です。冒頭の例で、CがAとの賃貸借の途中でビルをさらに別の人に売っていたら、その人に役目が移る、ということです。
賃貸借が終わると役目が移る、その意味を、Bの立場で考えます。AとCの賃貸借が終わると、AはCに対して、ビルを使う権原を失います。もしそのままだと、Bは、Aに使わせてもらっていた足場を失うおそれがあります。Cから、出て行ってほしい、と言われかねません。Bは、自分では何もしていないのに、です。
図:留保の前後の図
- 前=CがAに貸す・AがBに又貸し・役目はA
- AとCの賃貸借が終わる
- 後=CがBに貸す・Aは抜ける・Bは元の内容のまま借り続ける
そこで条文は、役目をCに移します。図の前では、CがAに貸し、AがBに貸していました。AとCの賃貸借が終わると、役目がCに移り、Aは抜けます。後では、Cが大家として、Bに貸す形になります。Bは、元の契約の内容のまま、借り続けられます。ここは、借り手を守る条文です。1つめの柱で、承諾は要らない、と言いました。その代わりに、足場を失うおそれが出たときは、役目を移して、Bを守ります。承諾を取る代わりに、終わったときの備えを置いた、とも言えます。
図:2つめの柱の整理板
- 留保のあと、譲渡人と譲受人又はその承継人の間の賃貸借が終了=譲渡人に留保されていた役目は譲受人又はその承継人に移転
- 理由=借り手が足場を失うおそれ
- 借り手は元の内容のまま借り続ける
2つめの柱をまとめます。役目を残したあとに、AとCの賃貸借が終わったら、残していた役目は、Cまたはその承継人に移ります。理由は、Bが足場を失うおそれがあるからです。Bは元の内容のまま、借り続けられます。
柱3 対抗要件が無いとき
図:3つめの柱の入口
- ここまでは、借り手が対抗要件を備えている場合
- では備えていないとき、役目はどうなるか
3つめの柱です。その前に、前回の復習を1つ。借り手が対抗要件を備えていなかったとき、新しい持ち主は、借り手に出て行ってもらえましたか?出て行ってもらえました。対抗されないので、登記を済ませたCは、明渡しを求められました。もう1つ。前回の条文は、鍵を受け取っていない借り手のときに、当てはまるでしょうか?
図:冒頭の設例の変形
- AがCに売ったビルに、契約はしたがまだ鍵を受け取っていない会社Bがいる
- Bは対抗要件を備えていない
- 前回の条文は当てはまらない
冒頭の例を少し変えます。入居の契約はしたけれど、まだ鍵を受け取っていない会社Bがいます。その建物をAがCに売りました。Bは、対抗要件を備えていません。前回見たとおり、対抗要件は、借りていることを新しい持ち主にも言える印で、建物なら、鍵を受け取って住めば備わります。前回の条文が移すのは、対抗要件を備えた場合だけです。だから、この場面は当てはまりません。原則として、大家の役目は移らず、Aのもとに残ります。前回の、合意が要らない理由と、対にして考えます。前回は、Bが対抗要件を備えているので、賃借権をCにも言えて、Cは、Bを追い出せませんでした。追い出せないなら、せめて大家として家賃を取りたい。そこで、AとCの意思が、役目が移ることで一致しました。今回は逆です。Bは対抗要件を備えていないので、Cは、登記を済ませれば、Bの入居を断れます。自分でビルを使えるのに、大家になって、Bの入居を断れなくなるのは、Cの期待に反します。だから、役目は自動では移らない。理由は、Cの合理的な意思だ、と説明されます。合理的な意思とは、当事者がふつう望むこと、という意味です。
図:前回と今回の対
- 前回=Bが備えている→Cは追い出せない→せめて大家として家賃を取りたい→役目が移る
- 今回=Bが備えていない→Cは入居を断れる→大家になると断れなくなる→役目は移らない
ただし、AとCが合意すれば、役目を移すことはできます。前に、契約上の地位の移転の回で読んだ条文です。605条の3を、もう一度読みます。
条文民法605条の3
民法第605条の3 不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第三項及び第四項の規定を準用する。
読み方です。不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、賃貸人たる地位を、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人の合意により、譲受人に移転させることができます。後半は、前条の3項と4項を準用する、とあります。準用とは、同じ規定を、ここにも当てはめる、という意味です。中身は、4つめの柱で見ます。注意が1つあります。条文は、対抗要件の有無を、条件にしていません。不動産の譲渡人が賃貸人であるとき、と書いてあるだけです。対抗要件を備えている場合は、第1項で自動的に移るので、合意を使う実益は、おもに、備えていない場合にあります。
契約上の地位の移転は、原則として相手方の承諾が要ります。539条の2です。でも、賃貸人たる地位は、その例外です。理由は、前回と同じです。賃貸人の債務は、借り手に使わせることと、必要な修繕をすることです。持ち主なら、誰がやっても同じです。こういう、誰がやっても中身が変わらない性質を、没個性的といいます。借り手が不利益を受けるおそれは小さいので、承諾は要りません。前回読んだ判決は、新旧の持ち主が合意で役目を移した事案でした。今日の605条の3は、その考えを条文にしたものです。移ったあと、Bはどうなるのですか? 鍵をまだ受け取っていないBが、Cに入居を断られることは、ありませんか?ここが、3つめの柱の芯です。合意で役目がCに移ると、Cは自分が大家になります。大家は、借り手に使わせる義務を負います。だからCは、Bの入居を断れません。合意で移したあとは、対抗要件の有無で場合分けをする必要が、無くなります。移すかどうかは、Cが、自分が大家になってよい、と決めるかどうかにかかっているのです。
図:対の板
- 対抗要件を備えている場合=役目は当然に移る・合意は不要・借り手の承諾は不要・例外=AとCが2つの合意をすればAに残せる
- 備えていない場合=原則として移らない・例外=AとCが合意すれば移せる・借り手の承諾は不要
- どちらも借り手の承諾は要らない
対にして整理します。対抗要件を備えている場合は、役目が当然に移ります。合意は要りません。例外として、AとCが2つの合意をすれば、Aに残せます。備えていない場合は、原則として移りません。例外として、AとCが合意すれば、移せます。どちらの場合も、借り手の承諾は要りません。3つめの柱をまとめます。備えていないときに役目が当然には移らないのは、Cが、入居を断れる立場にあるからだ、と説明されます。合意で移したあとは、Cが大家として、Bに使わせる義務を負います。
柱4 どの道で移っても、登記と承継
図:4つめの柱の入口
- 役目がCに移る道は3つ
- 前回の当然移転
- 留保が終わって移る場合
- 合意で移す場合
- どの道でも同じことが起きるか
4つめの柱です。その前に、前回の復習を1つ。新しい持ち主のCが、借り手に、家賃は私に払ってください、と言うために、何が必要でしたか?所有権移転登記です。借り手が二重払いをしてしまうおそれがあるからでした。では、その条文を、もう一度読みます。
条文民法605条の2第3項
民法第605条の2第3項 第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
条文は、第一項又は前項後段、と書いています。第1項は、前回の当然移転です。前項後段とは、第2項の後半、つまり、留保が終わって役目が移る場面です。さらに、605条の3の後半は、前条の3項と4項を準用する、と言っていました。つまり、合意で役目を移した場合にも、同じ3項が当てはまります。
図:3つの道と登記
- 当然移転(605条の2第1項)=新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記
- 留保の終了(同2項後段)=同じ
- 合意による移転(605条の3)=同じ(3項を準用)
- 留保した時点(同2項前段)=役目は動かないので登記の出番は無い
整理します。当然移転でも、留保が終わって移ったときでも、合意で移したときでも、Cが借り手に、私が大家だ、と言うには、所有権移転登記が要ります。理由は、前回と同じです。借り手は、持ち主が替わったかどうかを自分では確かめられず、二重払いを迫られるおそれがあるからです。たとえば、Cに言われて家賃をCに払ったのに、実はCが買っていなかったら、Bは、本当の大家のAにも、もう一度払わなければなりません。留保した時点では、役目が動きません。Aが大家のままなので、Cが借り手に、私が大家だ、と言う場面がありません。登記の出番が出てくるのは、2つめの柱のとおり、あとで役目が移ったときです。借り手が払った修繕などの費用を返す債務と、敷金を返す債務は、新しい大家が引き継ぎます。これらは、大家の立場に付いて回る債務なので、立場が移れば、一緒に移ります。敷金の回で読んだ条文を、もう一度見ます。条文は、605条の2の第4項です。
条文民法605条の2第4項
民法第605条の2第4項 第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。
条文は、第一項又は第二項後段の規定により地位が移転したときは、と書いています。そして、605条の3の後半の準用が、合意の場合にも同じ扱いにします。費用を返す債務とは、前に見た、雨漏りの修理などの必要費や、屋根を付けるなどの有益費を、借り手に払う債務です。敷金を返す債務は、前に見た、旧大家への未払いを引いた残りが、新しい大家に移る、というものです。
図:3つの道と承継
- 当然移転=費用と敷金の返還債務は新しい大家が承継
- 留保の終了=同じ
- 合意による移転=同じ
- 留保した時点=役目が動かないので債務もAのまま
3つの道のどれで移っても、同じです。地位が移れば、費用を返す債務と、敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。留保した時点は、役目が動かないので、債務もAのままです。
図:4つめの柱の整理板
- 登記=3つの道のどれでも、新しい持ち主が借り手に言うには所有権移転登記が要る
- 承継=3つの道のどれでも、費用を返す債務と敷金を返す債務は新しい大家が引き継ぐ
- 留保した時点は役目が動かないので、どちらも出番が無い
4つめの柱をまとめます。役目が、当然移転、留保の終了、合意の、どの道でCに移っても、Cが借り手に言うには、所有権移転登記が要ります。費用を返す債務と敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。
確かめる
図:確かめるその1
- 入居済みの借り手がいるビルをAがCに売った
- AとCは「大家はAのまま」とだけ約束した
- 役目は誰にあるか
事例で確かめます。1つめ。入居済みの借り手がいるビルを、AがCに売りました。AとCは、大家はAのまま、とだけ約束しました。役目は、誰にあるでしょうか?
図:答えその1
- 留保には2つの合意が要る
- 2つ目(譲受人が譲渡人に賃貸する旨)が無い→留保の要件を満たさない→役目はCに移る(前回の当然移転)
Cに移ります。2つ目の合意、つまり、CがAにビルを貸す合意がありません。合意は、2つ揃って初めて、役目を残せます。
図:確かめるその2
- AとCは2つの合意(役目をAに残す・CがAにビルを貸す)をした
- 役目は誰にあるか
- 入居済みの借り手Bの承諾は要るか
2つめ。AとCが、2つの合意をしました。役目をAに残すことと、CがAにビルを貸すことです。役目は誰にあるでしょうか? また、入居済みの借り手Bの承諾は、要るでしょうか?
図:答えその2
- 2つの合意→役目は譲受人に移転しない=Aに残る
- 借り手Bの承諾=不要(役目が動かないので承諾の出番が無い)
- Bから見て大家は今までどおりA
役目はAに残ります。Bの承諾は要りません。Bから見て、大家は今までどおりAです。
図:確かめるその3
- 上の2つめの場面のあと、AとCの賃貸借が終わった
- 役目は誰に移るか
- Bはどうなるか
- 移ったことをBに言うには何が要るか
3つめ。その後、AとCの賃貸借が終わりました。役目は、誰に移るでしょうか? Bは、どうなるでしょうか? 移ったことをBに言うには、何が要るでしょうか?
図:答えその3
- AとCの賃貸借が終了→留保されていた役目は譲受人またはその承継人に移転
- 借り手は元の内容のまま借り続ける
- 対抗するには所有権移転登記(605条の2第3項)
役目はCに移ります。Bは、元の内容のまま借り続けられます。Cが、Bに、私が大家だ、と言うには、所有権移転登記が要ります。2項後段にも、3項は掛かっています。
図:確かめるその4
- 契約はしたがまだ鍵を受け取っていない借り手Bがいる建物を、AがCに売った
- 合意が無い場合と、AとCが合意した場合で、役目はどうなるか
- Bの承諾は要るか
4つめ。鍵をまだ受け取っていない借り手Bがいる建物を、AがCに売りました。AとCが何も約束しなかった場合、役目はどうなるでしょうか? AとCが、役目を移す合意をした場合は、どうなるでしょうか? Bの承諾は、要るでしょうか?
図:答えその4
- 備えていない+合意なし=役目は移らない(Cは大家の義務を負わない)
- 合意あり(605条の3)=移る(Cが大家の義務を負う)
- 借り手の承諾=どちらも不要
合意が無ければ、Bは対抗要件を備えていないので、役目は移りません。Cは、大家の義務を負いません。合意があれば移ります。Cが、大家の義務を負います。どちらの場合も、Bの承諾は要りません。合意で移したあとは、Cが大家です。
図:確かめるその5
- 合意で役目がCに移った
- Cはまだ所有権移転登記をしていない
- Cが借り手Bに家賃を請求したら、Bは払わなければならないか
5つめ。合意で、役目がCに移りました。Cは、まだ所有権移転登記をしていません。Cが、Bに家賃を請求しました。Bは、払わなければならないでしょうか?
図:答えその5
払わなくてかまいません。605条の3の後半が3項を準用しているので、登記が無いと、Cは、役目の移転をBに対抗できません。どの道で移っても、登記は同じように要ります。
4つの柱のまとめと、冒頭の問い
図:今日のまとめ
- 1=役目をAに残すには2つの合意(役目を残す・譲受人が譲渡人に貸す)・借り手の承諾は不要
- 2=残したあとに譲渡人と譲受人の賃貸借が終われば、役目は譲受人または承継人に移る
- 3=対抗要件が無いと原則移らない・合意で移せる(承諾不要)
- 4=どの道でも登記と債務の承継は同じ
今日の話を整理します。1つめ、備えている借り手がいても、AとCが2つの合意をすれば、大家の役目をAに残せます。役目を残す合意と、CがAに貸す合意です。借り手の承諾は要りません。2つめ、その後、AとCの賃貸借が終われば、残していた役目はCまたはその承継人に移ります。Bは元の内容のまま借り続けられます。3つめ、借り手が対抗要件を備えていないと、役目は原則として移りません。Cが入居を断れる立場だからだ、と説明されます。それでも、AとCの合意で移せて、借り手の承諾は要りません。4つめ、役目がどの道で移っても、Cが借り手に言うには所有権移転登記が要り、費用を返す債務と敷金を返す債務も、Cが引き継ぎます。
図:冒頭の答え合わせ
- 残せるか=できる
- ただし合意は2つ
- 借り手の承諾=不要
- 鍵を受け取っていない会社の場合=原則移らない・AとCの合意で移せる(承諾不要)
- どの道でも登記と債務の承継は同じ
冒頭の問いの答えです。ビルを売っても、窓口をAに残すことは、できます。ただし、役目をAに残す合意と、CがAにビルを貸す合意の、2つが要ります。借り手の承諾は要りません。鍵を受け取っていない会社の場合は、役目はそもそも当然には移らず、AとCの合意で移せます。この場合も、借り手の承諾は要りません。地位の留保の要件は、論文で論点になりうるところです。
参照条文
- 民法605条の2第2項
- 民法605条の3
- 民法605条の2第3項
- 民法605条の2第4項