民法ゼロから民法#233

同時履行の抗弁権の効果と留置権との違い

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第5章 契約 #233/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一度届けに行けば、あとは相手の遅れになるのか

冒頭の設例の関係図。A(楽器店・売主)はB(買主)に、中古のグランドピアノを90万円で売った。Aの債務=ピアノの引渡し/Bの債務=代金90万円の支払。引渡しも支払も4月20日の約束。ピアノはAがB宅へ運ぶ。 図:冒頭の設例の関係図

  • A(楽器店・売主)はB(買主)に、中古のグランドピアノを90万円で売った
  • Aの債務=ピアノの引渡し/Bの債務=代金90万円の支払
  • 引渡しも支払も4月20日の約束
  • ピアノはAがB宅へ運ぶ

設例の時系列。3月10日=契約(ピアノを90万円で売る)。4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは代金を用意しておらず、Aは店へ持ち帰った。5月20日=Aが90万円を請求。Bは「ピアノと引換えだ」と言った。 図:設例の時系列

  • 3月10日=契約(ピアノを90万円で売る)
  • 4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは代金を用意しておらず、Aは店へ持ち帰った
  • 5月20日=Aが90万円を請求
  • Bは「ピアノと引換えだ」と言った

問いは2つです。先に、答えの方向を言います。1つめ、Bは、まだ「引換えだ」と言えます。Aがまたピアノを持って来るまでです。2つめ、それでも、4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任になります。Aには、契約を解除する道が開きます。この2つの答えは、食い違っていません。なぜ食い違わないのか。それが今日の背骨です。決め手は、どの効果をなくしたいのか、によって、要る提供の程度が違う、ということです。前回、一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるのか、という問いが残っていました。今日、その答えも出します。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=前回は同時履行の抗弁権の要件。今日=その効果。次回=広がる場面。柱1=効果は2層ある。柱2=その効果を消すには、どれだけの提供が要るか。柱3=留置権との違い。根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明。 図:今日の地図

  • 位置=前回は同時履行の抗弁権の要件
  • 今日=その効果
  • 次回=広がる場面
  • 柱1=効果は2層ある
  • 柱2=その効果を消すには、どれだけの提供が要るか
  • 柱3=留置権との違い
  • 根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明

位置づけです。前回は、同時履行の抗弁権の要件を見ました。今日は、その効果です。同時履行の抗弁権が成り立ったとき、法律上、何が起きるのか。そして、その効果を消すには、何が要るのか。最後に、似た権利の留置権と、どこが違うのかを見ます。柱は3つです。1つめ、効果は2層ある。2つめ、その効果を消すには、どれだけの提供が要るか。3つめ、留置権との違い。この3つで進みます。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文とは、法律に書いてあることです。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことです。あとの2つのふだは、必要になったところで言います。

柱1——効果は2層ある

柱1の入口。問い=同時履行の抗弁権の要件は、いくつあったか。今日の柱1=要件がそろって抗弁権が付いたら、何が起きるか。 図:柱1の入口

  • 問い=同時履行の抗弁権の要件は、いくつあったか
  • 今日の柱1=要件がそろって抗弁権が付いたら、何が起きるか

柱1です。その前に、前回の確認を一つ。同時履行の抗弁権の要件は、いくつでしたか?

柱1の入口の答え。要件は3つ。同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた。 図:柱1の入口の答え

  • 要件は3つ
  • 同じ双務契約から生まれた2つの債務がある/相手方の債務が弁済期にある/相手方が履行の提供をしないで請求してきた

3つです。同じ契約から生まれた、2つの債務があること、相手方の債務が弁済期にあること、相手方が提供しないで請求してきたこと、でした。この3つがそろって、同時履行の抗弁権が付きます。今日は、そのあと、つまり、付いたらどうなるのかを見ます。ここでふだを一つ足します。学説とは、学者が説明している考え方のことです。そのうち、多くの人が採る考え方を、通説と言います。次に出てくる効果の分け方の呼び名は、学説の札です。条文に書かれているのではなく、説明のための整理です。

効果の2層の対比。左=主張して働く効果(行使上の効果)…履行を拒絶できる/裁判では引換給付判決になる。右=あるだけで働く効果(存在効果)…遅れの責任を負わない/相殺に使えない。 図:効果の2層の対比

  • 左=主張して働く効果(行使上の効果)…履行を拒絶できる/裁判では引換給付判決になる
  • 右=あるだけで働く効果(存在効果)…遅れの責任を負わない/相殺に使えない

同時履行の抗弁権の効果は、2層に分けて整理されます。1つめの層は、実際に主張して初めて働く効果です。行使上の効果と呼びます。2つめの層は、主張しなくても、権利が付いているだけで働く効果です。存在効果と呼びます。履行遅滞の回で見た言い方と同じです。行使上の効果の中身は、履行を拒絶できること、そして、裁判では引換給付判決になることです。存在効果の中身は2つあります。遅れの責任を負わないこと、そして、この権利が付いた債権は相殺に使えないことです。順に見ます。

柱1——行使上の効果は、履行を拒絶できること

行使上の効果。533条=相手方が履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。拒めるのは「いま払うこと」だけ。債務は消えない。設例=5月20日、Bは「引換えだ」と言って、90万円を払わなくてよい。 図:行使上の効果

  • 533条=相手方が履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる
  • 拒めるのは「いま払うこと」だけ
  • 債務は消えない
  • 設例=5月20日、Bは「引換えだ」と言って、90万円を払わなくてよい

1つめは、行使上の効果です。根拠は533条です。前回読んだ条文です。今日使うのは、提供するまでは、履行を拒むことができる、という部分だけです。

条文民法533条

民法第533条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

履行を拒絶できる、というのが、この効果の中身です。条文の札です。設例では、5月20日、Bは、ピアノと引換えだと言って、90万円を払わなくてよいことになります。払わなくてよい、ということは、Bさんの90万円の債務は消えるのでしょうか?消えません。拒めるのは、いま払うことだけです。Bの代金債務は、そのまま残っています。Aがピアノを持って来て提供すれば、Bは90万円を払わなければなりません。前回と同じ言い方で言えば、いまは払わなくてよい、であって、もう払わなくてよい、ではありません。こちらの説明の札です。

柱1——裁判になれば、引換給付判決

引換給付判決の主文の形。AがBを訴えて90万円を請求し、Bが「引換えだ」と主張して認められた場合。主文の例=被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え。 図:引換給付判決の主文の形

  • AがBを訴えて90万円を請求し、Bが「引換えだ」と主張して認められた場合
  • 主文の例=被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え

裁判になると、どうなるか。AがBを訴えて、90万円を請求したとします。Bが、ピアノと引換えだと主張し、それが認められたとき、裁判所は、Aの請求を全部退けるのではありません。かといって、そのまま全部認めるのでもありません。理由は、Bの言い分の中身にあります。Bは、払わない、と言っているのではありません。ピアノと同時なら払う、と言っているだけです。ですから、請求を退ける理由はありません。けれども、無条件に支払を命じると、Bだけが先に出すことになります。そこで、出す判決は、被告は、原告からピアノの引渡しを受けるのと引換えに、原告に90万円を支払え、という内容になります。このように、原告が自分の側を果たすのと引換えに、被告に支払を命じる判決を、引換給付判決と呼びます。判決の主文の形は、こちらの説明の札です。

留置権でも同時履行の抗弁権でも、引換給付判決の形は同じ。留置権=最高裁の判例。同時履行=学説の整理。当事者が主張して初めて裁判所は取り上げる。 図:留置権でも同時履行の抗弁権でも、引換給付判決の形は同じ

  • 留置権=最高裁の判例
  • 同時履行=学説の整理
  • 当事者が主張して初めて裁判所は取り上げる

ふだをもう一つ足します。判例とは、裁判所が実際に出した判断のことです。留置権でも、同じ形の判決が出ます。最高裁は、物の引渡しを求められた留置権者が留置権を主張して認められたとき、請求を退けるのではなく、債権の弁済と引換えに物の引渡しを命じるべきだ、と述べました。留置権の回で見た判例です。同時履行の抗弁権の側も、実務では、同じ形の判決になる、と整理されています。古い大審院の判例にも同じ形があるとされますが、判決そのものはここでは見ません。学説の整理として、留置権と同じ形になる、と押さえてください。

Bさんが何も言わなかったら、裁判所は、引換えにしてくれないのですか?してくれません。当事者が主張して、初めて裁判所が取り上げる、というのが実務の整理です。これも学説の札です。裁判所は、Bの方から「引換えだ」という主張が出るまで、抗弁権があることを考えに入れません。留置権の側では、最高裁も、権利者が行使の意思を表明しない限り裁判所は取り上げない、と述べています。主張して初めて働く効果を、行使上の効果と呼ぶのは、このためです。

民事執行法31条1項。引換給付判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が反対給付またはその提供のあったことを証明しなければならない。設例=Aは判決を持っていても、取り立てのときに、もう一度ピアノを提供する必要がある。 図:民事執行法31条1項

  • 引換給付判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が反対給付またはその提供のあったことを証明しなければならない
  • 設例=Aは判決を持っていても、取り立てのときに、もう一度ピアノを提供する必要がある

判決をもらったあと、実際に取り立てる段階でも、条文があります。

条文民事執行法31条1項

民事執行法第31条第1項 債務者の給付が反対給付と引換えにすべきものである場合においては、強制執行は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証明したときに限り、開始することができる。

条文の札です。引換えの判決を得ても、強制執行を始めるには、債権者が、反対給付またはその提供のあったことを証明しなければなりません。設例では、Aは判決を持っていても、取り立てるときに、もう一度ピアノを提供する必要があります。この向きは、あとの柱2の、提供を続ける、という話につながります。訴訟と執行の細かい手続は、民事訴訟法と民事執行法の側で扱います。

柱1——存在効果、遅れの責任を負わない

存在効果その1。相手が自分の分を果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えない。だから、期限が来ていても、遅れの責任を負わない。 図:存在効果その1

  • 相手が自分の分を果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えない
  • だから、期限が来ていても、遅れの責任を負わない

存在効果の1つめです。抗弁権を持つ債務者は、履行しなくても、口に出さなくても、遅れの責任を負いません。損害賠償も、違約金も、解除の原因にもなりません。履行遅滞の回で見たことです。期限が来ても責任を負わない理由は、相手が自分の分を果たしていないからです。相手が果たしていないのに、こちらだけ先に果たせとは言えません。ですから、期限が来ても、遅れても責められない立場にあります。こちらの説明の札です。

遅れの責任がなくなる仕組み。415条1項・541条は遅れが違法であることが前提。抗弁権があるとその前提を欠く。設例=4月20日、期限は来たが、Aがピアノを運んで来るまでは、どちらも遅れの責任を負わない。 図:遅れの責任がなくなる仕組み

  • 415条1項・541条は遅れが違法であることが前提
  • 抗弁権があるとその前提を欠く
  • 設例=4月20日、期限は来たが、Aがピアノを運んで来るまでは、どちらも遅れの責任を負わない

損害賠償を定めた415条1項も、解除を定めた541条も、遅れが違法であることが前提です。その前提を欠くので、責任が生じません。この働きを、学説は違法性阻却と呼びます。ここでは、遅れが違法でなくなる、と言い直して通します。設例で見ます。4月20日、期限が来ました。Aがピアノを運んで来るまでは、AもBも、相手が果たしていません。ですから、どちらも、遅れの責任を負いません。口に出さなくても責任を負わない、という点は、学説の札、通説の説明です。判例も見ます。

判例最判昭29・7・27 民集8巻7号1455頁

提供なき催告と解除 してみれば、本件においては、売買の残代金支払と所有権移転登記、建物明渡並に動産引渡とは同時履行の関係にあるものと言うべきであり、反対給付の提供なき上告人の右残代金支払の催告は被上告人を遅滞に陥らしめるに足らず、従つてこの催告に基く解除は効力を生じ得ないものである。

判例の読み方。提供なき催告では解除は効力を生じない。判決は違法性阻却の語を使っていない。遅れが違法でなくなる、は学説の整理。 図:判例の読み方

  • 提供なき催告では解除は効力を生じない
  • 判決は違法性阻却の語を使っていない
  • 遅れが違法でなくなる、は学説の整理

売買の残代金の支払と、登記や引渡しが、同時履行の関係にある事案です。売主が、自分の側の提供をしないまま、残代金を催告し、その催告に基づいて解除しようとしました。判決は、その催告は、買主を遅滞に陥らしめるに足りない、したがって、その催告に基づく解除は効力を生じない、としました。判例の札です。一つ、言い分けがあります。判決自身は、遅滞に陥らしめるに足らず、と言っています。違法性阻却という言葉は、使っていません。遅れが違法でなくなる、という整理は、判決の言い方を、学説が説明し直したものです。

柱1——存在効果、相殺に使えない

存在効果その2。505条1項ただし書=債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。同時履行の抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺することはできない。自働債権=相殺を持ち出す側が使う自分の債権。受働債権=その相手に対する自分の債務。 図:存在効果その2

  • 505条1項ただし書=債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない
  • 同時履行の抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺することはできない
  • 自働債権=相殺を持ち出す側が使う自分の債権
  • 受働債権=その相手に対する自分の債務

存在効果の2つめです。この権利が付いた債権は、相殺に使えません。相殺の回で、理由まで見ました。振り返ると、抗弁権が付いた債権を使って相殺されると、相手は、引換えだと言う機会を、一方的に奪われてしまいます。履行を強制するのと同じことになるからです。用語を確かめます。自働債権とは、相殺を持ち出す人が、自分から使う債権です。受働債権とは、その相手に対する自分の債務、つまり、相手が持っている債権です。条文を読みます。

条文民法505条1項

民法第505条第1項 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

読むのは、ただし書です。債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。条文の札です。抗弁権が付いた債権を自働債権にした相殺は、この、債務の性質がこれを許さないとき、に当たると読みます。この読み方は、判例と通説の札です。大審院の判例も、同じ方向です。設例に、もう一つ足します。前の年、AはBから20万円を借りていました。ピアノの契約とは別の、貸金で、返済の期限は、すでに過ぎています。ここだけ、設例を変えます。Aが、4月20日にピアノを運ばなかったとします。そのまま5月20日になって、相殺を考えます。向きを変えて、2つ並べます。

練習1。Aは一度もピアノを提供していない。AがBへの代金債権90万円(Bの抗弁権付き)を自働債権にして、自分がBに負う20万円の返済債務と相殺する場合。問い=相殺できるか。 図:練習1

  • Aは一度もピアノを提供していない
  • AがBへの代金債権90万円(Bの抗弁権付き)を自働債権にして、自分がBに負う20万円の返済債務と相殺する場合
  • 問い=相殺できるか

1つめ。AがBに対する代金債権90万円を自働債権にして、自分が負っている20万円の返済債務と、相殺するとします。この90万円には、Bの抗弁権が付いています。相殺できるでしょうか?できません。Aが相殺すると、Bの、引換えだと言う機会を、一方的に奪ってしまうからです。

練習2。BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分がAに負う代金債務90万円(Bの抗弁権付き)と相殺する場合。問い=相殺できるか。 図:練習2

  • BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分がAに負う代金債務90万円(Bの抗弁権付き)と相殺する場合
  • 問い=相殺できるか

2つめ。今度は、BがAへの貸金債権20万円を自働債権にして、自分が負う代金債務90万円と、相殺するとします。この代金債務には、Bの抗弁権が付いています。相殺できるでしょうか?できます。抗弁権が付いているのは、相殺される側、つまり受働債権の側で、その抗弁権はBのものです。Bが自分で相殺を持ち出すのは、Bが自分の抗弁権を捨てて払うのと同じです。相手から奪うことにはなりません。対当額の20万円が消えて、残りの70万円については、Bはなお、引換えだと言えます。相殺の回で見た結論と同じで、学説の札です。結論は、抗弁権が付いているのが、自働債権のほうか、受働債権のほうかで、逆になる、ということです。ここまでが柱1です。同時履行の抗弁権の効果は、主張して初めて働く層が、履行の拒絶と引換給付判決、付いているだけで働く層が、遅れの責任を負わないことと、相殺に使えないこと、でした。では、次の柱2に進みます。この効果を消すには、どれだけの提供が要るのか。

柱2——効果を消すとは、何をすることか

柱2の入口。効果を消す=Aが自分の債務(ピアノの引渡し)を提供して、Bの側の効果が働かないようにすること。提供するのはAのピアノ。働かなくなるのはBの抗弁権の効果。どの効果を消したいかで、要る提供が違う。 図:柱2の入口

  • 効果を消す=Aが自分の債務(ピアノの引渡し)を提供して、Bの側の効果が働かないようにすること
  • 提供するのはAのピアノ
  • 働かなくなるのはBの抗弁権の効果
  • どの効果を消したいかで、要る提供が違う

柱2です。ここが、今日の主役です。効果を消す、とは、何をすることか。相手方、つまりAが、自分の債務、ピアノの引渡しを提供して、Bの側に付いた効果を、働かなくさせることです。取り違えやすいので、はっきり言います。提供するのは、Aのピアノです。なくなるのは、Bの抗弁権の効果です。どちらの債務の話をしているのか、見失わないでください。提供とは、やるべきことを全部やって、あとは相手が受け取るだけ、という状態にすることでした。4月20日に、Aがピアノを玄関先まで運んで、代金を求めたのが、これに当たります。提供の種類、現実の提供と口頭の提供は、弁済の提供の回で見たとおりで、今日の主役ではありません。結論を先に言います。消したい効果が3つあります。履行を拒む効果、遅れの責任を負わない効果、相殺を禁じる効果です。必要な提供が、それぞれ違います。

柱2——履行を拒む効果を封じるには、提供の継続が要る

提供の継続。履行を拒む効果を封じるには、提供を続けていることが要る。設例=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にある。5月20日の請求に、Bは「引換えだ」と言える。前回残っていた問いの答え=一度提供しても、そのあとずっと拒めなくなるわけではない。 図:提供の継続

  • 履行を拒む効果を封じるには、提供を続けていることが要る
  • 設例=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にある
  • 5月20日の請求に、Bは「引換えだ」と言える
  • 前回残っていた問いの答え=一度提供しても、そのあとずっと拒めなくなるわけではない

1つめ。履行を拒む効果を封じるには、何が要るのか。前回残っていた問いの答えです。一度提供すれば、そのあとずっと拒めなくなるわけではありません。提供を続けていて、初めて封じられます。これを、提供の継続と呼びます。提供を続けている、という意味です。設例なら、Aの提供は、4月20日で終わっています。ピアノは、いま店にあります。5月20日に請求し直すなら、Aは、改めてピアノを提供する、つまり、提供を続けている状態にする必要があります。それをしていない5月20日、Bは、引換えだと言えます。提供している間は、Bは、いまは拒めません。もう拒めない、ではありません。Aが提供をやめれば、Bは、また拒めるようになるからです。

継続が要る理由。もし一度の提供で足りるなら=Aがその後ピアノを手放していても、壊していても、Bだけが無条件に代金を払わされる。それでは不公平。だから、請求し直すなら、提供を続けている必要がある。 図:継続が要る理由

  • もし一度の提供で足りるなら=Aがその後ピアノを手放していても、壊していても、Bだけが無条件に代金を払わされる
  • それでは不公平
  • だから、請求し直すなら、提供を続けている必要がある

提供を続けなければならないのは、厳しく感じますが、理由があります。もし一度の提供で足りるなら、その後、Aがピアノを他人に売ってしまっていても、壊してしまっていても、Bだけが無条件に90万円を払わされます。ピアノが手元に無いAに、全額を払わされるのは不公平です。だから、請求し直すなら、提供が続いている必要があります。こちらの説明の札です。先ほどの、強制執行のときに、提供があったことを証明する、という条文とも、同じ向きです。判例を見ます。

判例最判昭34・5・14 民集13巻5号609頁

提供の継続と同時履行の抗弁権 双務契約の当事者の一方は相手方の履行の提供があつても、その提供が継続されない限り同時履行の抗弁権を失うものでないことは所論のとおりである。しかし、原判示によれば売主たる被上告人は本件機械全部を買主たるDに昭和二九年六月二八日までに約束通り引渡したというのであるから、Dは右引渡を受けたことによつて所論同時履行の抗弁権を失つたものというべきであり、従つてその以後において、被上告人の代理人E某が右機械の「F」を取外して持ち帰つたからといつて、同人に別個の責任の生ずる可能性のあることは別論として既になされた被上告人の債務の履行に消長を来し、一旦消滅した同時履行の抗弁権が復活する謂れはない。

昭34の判決の読み分け。判決が述べた一般論=提供が継続されない限り抗弁権は失われない。この事件の結論=引渡し済みなので抗弁権は消えた。提供と引渡しは別物。 図:昭34の判決の読み分け

  • 判決が述べた一般論=提供が継続されない限り抗弁権は失われない
  • この事件の結論=引渡し済みなので抗弁権は消えた
  • 提供と引渡しは別物

判決は、まず一般論として、相手方の履行の提供があっても、その提供が継続されない限り、同時履行の抗弁権を失うものではない、と述べました。判例の札です。ただ、この事件そのものは、提供の継続が切れた例ではありません。機械の売買で、売主が、機械の全部を、買主に約束どおり引き渡していた事案です。引渡しを受けた買主は、すでに抗弁権を失っていました。その後に、売主側の者が機械の一部を取り外して持ち帰っても、一度なくなった抗弁権は復活しない、として、上告を棄却しました。整理します。提供の継続が要る、は、判決が述べた一般論です。この事件の結論は、引渡し済みだから抗弁権は消えた、です。提供と、引渡しは、別物です。引渡しという履行そのものが済んでいれば、抗弁権は消えます。提供しただけなら、継続が要ります。

柱2——遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる

遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる(学説・通説)。Aが一度提供すれば、Bの遅れの責任を負わない効果は消え、そこから先の遅れは違法になる。疑問=同じ提供なのに、拒む場面は続けること、こちらは一度で足りる。 図:遅れの責任を負わせるには、一度の提供で足りる

  • 学説・通説
  • Aが一度提供すれば、Bの遅れの責任を負わない効果は消え、そこから先の遅れは違法になる。疑問=同じ提供なのに、拒む場面は続けること、こちらは一度で足りる。

2つめ。遅れの責任を負わせるには、何が要るのか。一度の提供で足ります。学説の札、通説です。履行遅滞の回で見た結論です。今日は、提供を続けることが要る場面と並べて、理由を確かめ直します。Aが一度ピアノを提供して、Bの、遅れの責任を負わない効果を消せば、それ以降のBの遅れは、違法になります。Bは、遅れの責任を負います。提供を続けていなくても、です。

問われていることが違う。拒む場面=強制的に取り立ててよいか→提供の継続。遅れの責任の場面=遅れを相手の責任と言ってよいか→一度の提供で足りる。 図:問われていることが違う

  • 拒む場面=強制的に取り立ててよいか→提供の継続
  • 遅れの責任の場面=遅れを相手の責任と言ってよいか→一度の提供で足りる

さっきは続けないとだめで、今度は一度で足りる。同じ提供なのに、どうして違うのでしょうか?問われていることが、違うからです。さっきの、請求に対して拒む場面で問われているのは、強制的に取り立ててよいか、です。取り立てるなら、Bが無条件に払わされないよう、Aが提供を続けている必要があります。こちらの場面で問われているのは、強制的に取り立てることではなく、遅れを相手の責任と言ってよいか、です。Bが遅れても責められなかった理由は、相手のAが自分の分を果たしていないから、でした。4月20日、Aはピアノを玄関先まで運び、あとはBが受け取るだけにしました。それでも払えなかったのは、現金を用意していなかったBの側の事情です。責められない理由が、この日になくなりました。ですから、そこから先の遅れは、Bの責任と言えます。

解除は取り立てではない。解除は契約の拘束から抜けること。Bが90万円を払わされることはなく、防ぐはずの不公平が起きない。だから提供を続けることまでは要らない(学説の説明)。 図:解除は取り立てではない

  • 解除は契約の拘束から抜けること
  • Bが90万円を払わされることはなく、防ぐはずの不公平が起きない
  • だから提供を続けることまでは要らない(学説の説明)

続けなくてよい理由も、言えます。提供の継続が要ったのは、ピアノを手放したAに、Bだけが90万円を払わされるのを防ぐためでした。解除は、代金を取り立てることではありません。契約をやめて、Aが契約の拘束から抜けることです。Bが90万円を払わされることは、ありません。防ぐはずの不公平が起きないので、提供を続けることまでは要らない、と説明されます。学説の説明です。判例で確かめられる範囲を、はっきりさせます。さきほどの判例は、提供をしないでした催告では、解除は効力を生じない、というものでした。判例は、もう1件あります。

判例最判昭36・6・22 民集15巻6号1651頁

解除のための提供の時期 本件のような場合は、前示催告において指定された履行期日に被上告人Bの履行の提供あれば足るのであつて、それ以前のことは問うところではないのである。

解除のための提供。判例=催告で指定した履行期日の提供で足りる、まで。通説=一度提供すれば継続しなくても遅れは消えない。判決の伏せ字のBは設例のBとは別の人。 図:解除のための提供

  • 判例=催告で指定した履行期日の提供で足りる、まで
  • 通説=一度提供すれば継続しなくても遅れは消えない
  • 判決の伏せ字のBは設例のBとは別の人

同時履行の関係にある契約を解除しようとする側の提供は、催告で指定した履行期日にあれば足り、それ以前のことは問わない、という判断です。判例の札です。なお、判決の伏せ字のBは、今日の設例のBとは別の人です。区別して覚えてください。この最高裁の判決が言ったのは、催告で指定した期日の提供で足りる、というところまでです。一度提供すれば、その後は継続しなくても、遅れは消えない、という一般の形は、通説です。古い大審院の判例にも、解除のための提供は続けなくてよい、としたものがあるとされますが、判決そのものはここでは見ません。催告の期間や、軽微な不履行の扱いは、解除の回の話なので、ここでは触れません。

柱2——相殺に使うには、自分の側の提供が要る

相殺に使うには。抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側が、自分の債務の提供をしておく必要がある。大審院の判例も、この方向。相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのかは、はっきり定まっていない。 図:相殺に使うには

  • 抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側が、自分の債務の提供をしておく必要がある
  • 大審院の判例も、この方向
  • 相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのかは、はっきり定まっていない

3つめ。相殺に使うには、何が要るのか。抗弁権が付いた債権を自働債権にして相殺するには、相殺する側、設例ならAが、自分の債務、ピアノの引渡しの提供をしておく必要があります。相殺は、自働債権について履行を強制するのと同じだからです。大審院の判例も、相殺するには自分の側の履行の提供が要る、という方向です。ただ、言えないこともあります。その提供が、相殺の意思表示のときに改めて要るのか、前に一度提供していれば足りるのか。これは、確かめられた範囲では、はっきり定まっていません。一つの整理は、相殺の意思表示のたびに提供が要る、とします。ただし、通説とも、判例とも、言いません。設例で当てはめます。さきほど、Aが一度もピアノを運んでいない場合は、相殺できませんでした。元の設例では、Aは4月20日に、一度提供しています。それでも、5月20日に相殺しようと思うなら、改めてピアノを提供しておくのが安全です。4月20日の提供だけで足りるかは、定まっていないからです。

柱2——3つの効果と、要る提供を並べる

3つの効果と、要る提供。左端の列=Aがしたいこと(取り立てたい/解除に進みたい/相殺したい)。行使上の効果(履行拒絶)=問われること=いま取り立ててよいか/要る提供=提供の継続/札=判例(一般論)。存在効果1(遅れの責任)=問われること=遅れをBの責任と言ってよいか/要る提供=一度の提供で足りる/札=学説(通説)と判例(補助)。存在効果2(相殺禁止)=問われること=取り立てるのと同じ働き/要る提供=相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)/札=判例と学説。下の一行=提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権。 図:3つの効果と、要る提供

  • 左端の列=Aがしたいこと(取り立てたい/解除に進みたい/相殺したい)
  • 行使上の効果(履行拒絶)=問われること=いま取り立ててよいか/要る提供=提供の継続/札=判例(一般論)
  • 存在効果1(遅れの責任)=問われること=遅れをBの責任と言ってよいか/要る提供=一度の提供で足りる/札=学説(通説)と判例(補助)
  • 存在効果2(相殺禁止)=問われること=取り立てるのと同じ働き/要る提供=相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)/札=判例と学説
  • 下の一行=提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権

3つを並べます。表を見てください。1行め。Aが、代金を取り立てたいときです。封じる相手は、行使上の効果、つまり履行拒絶です。問われるのは、いま取り立ててよいか。要る提供は、提供の継続です。判例の一般論のふだです。2行め。Aが、Bの遅れを責めて、解除に進みたいときです。封じる相手は、存在効果の1つめ、遅れの責任を負わない効果です。問われるのは、遅れをBの責任と言ってよいか。要る提供は、一度で足ります。学説、通説の札で、判例は補助です。3行め。Aが、代金債権で相殺したいときです。封じる相手は、存在効果の2つめ、相殺の禁止です。相殺は、取り立てるのと同じ働きをするので、相殺する側の提供が要ります。毎回か一度かは、定まっていません。判例と、学説の札です。表の下の一行も、読んでおいてください。提供するのはAのピアノ、働かなくなるのはBの抗弁権の効果です。

柱2——売買の利息と、設例のBの遅れ

575条。1項=引渡し前の果実は、売主に帰属する。2項=買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。設例=ピアノはまだ引き渡されていない。この規定の利息はまだ付かない。 図:575条

  • 1項=引渡し前の果実は、売主に帰属する
  • 2項=買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う
  • 設例=ピアノはまだ引き渡されていない
  • この規定の利息はまだ付かない

表の2行めで、Bは遅れの責任を負う、と言いました。その責任のうち、お金の面について、売買には条文が一つあります。575条です。

条文民法575条

民法第575条 まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する。 2 買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない。

読むのは、2項の前半です。買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。条文の札です。設例では、ピアノはまだ引き渡されていません。ですから、この規定の利息は、まだ付きません。

売買の利息と遅れ。買主は代金の支払が遅れていても、引渡しを受けるまでは利息を払わなくてよい(大審院の判例の結論)。理由は575条1項。利息の読み方は分かれる。 図:売買の利息と遅れ

  • 買主は代金の支払が遅れていても、引渡しを受けるまでは利息を払わなくてよい(大審院の判例の結論)
  • 理由は575条1項
  • 利息の読み方は分かれる

遅れた分のお金、つまり遅延損害金はどうでしょうか。買主は、代金の支払が遅れていても、品物の引渡しを受けるまでは、代金の利息を払わなくてよい、とされています。古い大審院の判例が、この結論です。この条文の利息を、遅延損害金のことと読む考え方からも、同じ結論になります。理由は、同じ575条の1項にあります。引き渡されるまでに品物が生んだ果実、つまり品物から上がる利益は、売主のものになります。売主が品物の利益を取る代わりに、買主は代金の利息を払わない。品物の側と代金の側を、引渡しの日を境に釣り合わせる、という考え方です。ただし、この利息を、遅延損害金と読むのか、遅れとは関係なく付く法定の利息と読むのかは、考え方が分かれています。詳しくは、売買のところで扱います。

覚え方は2つ。お金のほう=条文の利息は引渡しの日から、遅れていても引渡しまでは払わなくてよい(判例の結論)、読み方は分かれる。解除のほう=読み方がどちらでも変わらない。前回残した点にも答える。 図:覚え方は2つ

  • お金のほう=条文の利息は引渡しの日から、遅れていても引渡しまでは払わなくてよい(判例の結論)、読み方は分かれる
  • 解除のほう=読み方がどちらでも変わらない
  • 前回残した点にも答える

覚えることを、2つに分けます。お金のほうは、条文の利息は引渡しの日から、までが条文です。遅れていても引渡しまでは利息を払わなくてよい、が大審院の判例の結論で、利息の読み方は分かれます。この読み方に左右されないのが、解除です。Bの遅れを理由に、Aが解除に進める、という点は、利息の読み方がどちらでも変わりません。ですから、設例のBが負う遅れの責任は、解除を中心に押さえてください。前回、次回に扱うと言って残した点にも、答えます。代金は10日、車は月末、という約束で、買主が10日に払わなかった場面でした。10日から月末までは、買主に抗弁権がまだ無く、遅れは遅れのまま残る、と言いました。その遅れの責任の中身も、同じ形です。中心は解除です。お金のほうは、車を受け取るまでは、代金の利息を払わなくてよい、というのが大審院の判例の結論で、利息の読み方は分かれます。

柱2——冒頭の問いに答える

冒頭の問いの時系列。3月10日=契約。4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは払えず、Aは持ち帰った。5月20日=Aが請求し、Bは「引換えだ」と言った。問い1=5月20日、Bは「引換えだ」と言えるか。問い2=4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任か。 図:冒頭の問いの時系列

  • 3月10日=契約
  • 4月20日=Aがピアノを運んだが、Bは払えず、Aは持ち帰った
  • 5月20日=Aが請求し、Bは「引換えだ」と言った
  • 問い1=5月20日、Bは「引換えだ」と言えるか
  • 問い2=4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任か

冒頭の問いに戻ります。まず、問い1です。5月20日、Bは、引換えだ、と言えるでしょうか?

問い1の答え。Bは5月20日、「引換えだ」と言える。理由=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にあって提供を続けていない。つぎの問い=問い2。 図:問い1の答え

  • Bは5月20日、「引換えだ」と言える
  • 理由=Aの提供は4月20日で終わり、ピアノは店にあって提供を続けていない
  • つぎの問い=問い2

言えると思います。Aさんの提供は4月20日で終わっているので、請求のたびに、改めて提供が要るからです。問い1の答えです。ピアノはいま店にあり、Aは提供を続けていません。問い2です。4月20日からあとのBの遅れは、誰の責任でしょうか? 理由も付けてください。

答え合わせの時系列。3月10日〜4月20日=Aがピアノを運んで来るまでは存在効果が働く。4月20日=Aが提供、遅れの責任を負わない効果は消える。5月20日=Aが請求、Bの「引換えだ」は提供が続いていないので働く。そのあと=Aが催告して解除する道が開く。 図:答え合わせの時系列

  • 3月10日〜4月20日=Aがピアノを運んで来るまでは存在効果が働く
  • 4月20日=Aが提供、遅れの責任を負わない効果は消える
  • 5月20日=Aが請求、Bの「引換えだ」は提供が続いていないので働く
  • そのあと=Aが催告して解除する道が開く

問い2の答えは、Bの責任です。4月20日の提供で、Bの、遅れの責任を負わない効果は消えました。Aには、契約を解除する道が開きます。期間を決めて、払ってくださいと求め、それでも払われなければ、契約をやめる、という道です。この求めが、催告です。解除の詳しい中身は、解除の回で扱います。2つの答えは、食い違いません。問い1は、いま取り立ててよいか、の話なので、提供を続けていることが要ります。問い2は、遅れを相手の責任と言ってよいか、の話なので、一度の提供で足ります。どの効果を消したいのかで、要る提供が違う。これが今日の結論です。

492条。弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる。設例=Aは4月20日の提供で、引渡しが遅れた責任を免れる。代金の利息は575条2項のとおり引渡しの日から。 図:492条

  • 弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる
  • 設例=Aは4月20日の提供で、引渡しが遅れた責任を免れる
  • 代金の利息は575条2項のとおり引渡しの日から

もう一つ。Aは、4月20日の提供で、自分の引渡しが遅れた責任を免れています。492条です。弁済の提供の回で見た条文です。代金の利息は、575条2項のとおり、引渡しの日からです。

練習3。4月20日に提供したあとの5月20日、Aが次の3つを言った場合に、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るか。(a)Bを訴えて90万円を請求する。(b)Bに催告して、期間内に払わなければ解除する。(c)代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する。 図:練習3

  • 4月20日に提供したあとの5月20日、Aが次の3つを言った場合に、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るか
  • (a)Bを訴えて90万円を請求する
  • (b)Bに催告して、期間内に払わなければ解除する
  • (c)代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する

練習です。4月20日に提供したあとの5月20日に、Aが、3つのことを言ったとします。それぞれ、4月20日の提供だけで足りるか、改めて提供が要るかを答えてください。(a)です。Bを訴えて、90万円の支払を求めます。Bは、引換えだ、と主張します。5月20日の請求は、4月20日の提供だけで足りますか?足りないと思います。請求するなら、提供の継続が要るので、改めて提供が要ります。Aが取り立てたい場面だからです。(b)です。Bに催告して、期間内に払わなければ解除する、と言います。5月20日の催告は、4月20日の提供だけで足りますか?

足ります。一度の提供で、Bの遅れは違法のままです。通説です。学説の札です。ただし、さきほど読んだ最高裁の判決が言ったのは、催告で指定した期日の提供で足りる、というところまでです。実際に解除に進むなら、その期日にも提供しておくのが確実です。催告の細かい要件は解除の回の話です。(c)です。代金債権を自働債権にして、20万円の返済債務と相殺する、と言います。これは、4月20日の提供だけで足りますか?

練習3の答え合わせ。(a)請求=改めて提供が要る。(b)催告して解除=一度の提供で足りる(通説。判例は催告で指定した期日の提供まで)。(c)相殺=相殺する側の提供が要る(毎回か一度かは定まっていない)。 図:練習3の答え合わせ

  • (a)請求=改めて提供が要る
  • (b)催告して解除=一度の提供で足りる(通説。判例は催告で指定した期日の提供まで)
  • (c)相殺=相殺する側の提供が要る(毎回か一度かは定まっていない)

相殺する側の提供が要る、と思います。ただ、毎回か一度かは、定まっていないのです。前に一度提供していれば足りるのかが定まっていないので、Aは改めて提供しておくのが安全です。3つの場面で、答えがそれぞれ違います。消したい効果を取り違えないでください。

柱3——留置権と似ている点、違う点の入口

柱3の入口。似ている点=相手が果たすまで拒める/趣旨は当事者間の公平/裁判になれば引換給付判決。295条1項=他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。 図:柱3の入口

  • 似ている点=相手が果たすまで拒める/趣旨は当事者間の公平/裁判になれば引換給付判決
  • 295条1項=他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる

柱3です。留置権との違いを見ます。留置権とは、他人の物を占有している人が、その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで、その物を返さずに留めておける権利です。295条1項です。

条文民法295条1項

民法第295条第1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

条文の札です。同時履行の抗弁権と、似ている点が3つあります。1つめ、相手が果たすまで拒める。2つめ、趣旨は、当事者間の公平。相手が果たさないのに、自分だけ手放すのは不公平だ、という考えです。3つめ、裁判になれば、引換給付判決になる。留置権のほうは、最高裁の判例の札、同時履行のほうは、先ほどの学説の整理の札でした。これだけ似ていて、しかも、売主がまだ品物を持っている場面では、2つが同時に成り立ちます。今日のAが、そうです。だから、どこが違うのかを、知っておく必要があります。

牽連関係と牽連性の言い分け。牽連関係=債務と債務の結び付き(同時履行の抗弁権)。牽連性=物と債権の結び付き(留置権)。見ているものが違う。 図:牽連関係と牽連性の言い分け

  • 牽連関係=債務と債務の結び付き(同時履行の抗弁権)
  • 牽連性=物と債権の結び付き(留置権)
  • 見ているものが違う

言葉を言い分けます。前回、牽連関係という言葉を紹介しました。一方の債務があるから、他方の債務がある、という、債務と債務の結び付きのことです。同時履行の抗弁権は、この結び付きから出てきます。留置権の、物に関して生じた債権、という要件の結び付きは、牽連性です。こちらは、物と債権の結び付きです。見ているものが違います。同時履行の抗弁権は、契約の中の、債務と債務の話です。留置権は、物を持っている人の、その物についての権利です。次の表の違い、とくに、誰に言えるかの違いは、ここから出てきます。

柱3——契約の進み方に沿って、違いを並べる

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その1)。場面=一部だけ払われたとき。同時履行=払われた割合だけ、拒める範囲が小さくなる(学説)。留置権=全部の弁済まで、全部を留められる(296条1項)。例=椅子10脚・10万円のうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは残り5脚ほど。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その1
  • 場面=一部だけ払われたとき。同時履行=払われた割合だけ、拒める範囲が小さくなる(学説)。留置権=全部の弁済まで、全部を留められる(296条1項)。例=椅子10脚・10万円のうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは残り5脚ほど。

留置権の回で、留置権の側から、違いを4つ並べました。今日は、同じ4つを、契約が進んでいく順に、場面で並べ直します。新しく足すのは、一部だけ払われたときの同時履行の側の扱いと、第三者の設例です。表を見てください。1つめの場面。代金の一部だけが払われたときです。留置権は、296条1項で、債権の全部の弁済を受けるまで、留めている物の全部について、権利を行使できます。留置権の回で、不可分性と呼んだ性質です。条文の札です。同時履行の抗弁権のほうは、払われた割合に応じて、拒める範囲が小さくなる、と学説が説明します。グランドピアノ1台は分けられないので、ここだけ別の例にします。同じ型の椅子を10脚、合わせて10万円で売り、そのうち5万円が払われたなら、渡さずにいられるのは、残りの5脚ほど、というイメージです。学説の札と、こちらの説明です。

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その2)。場面=代わりの担保を出されたとき。同時履行=規定なし。留置権=担保を出して消滅請求できる(301条)。場面=払われないまま長引くとき。同時履行=自分から競売を申し立てる手段はない。留置権=自分から競売を申し立てられる(民事執行法195条)。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その2
  • 場面=代わりの担保を出されたとき。同時履行=規定なし。留置権=担保を出して消滅請求できる(301条)。場面=払われないまま長引くとき。同時履行=自分から競売を申し立てる手段はない。留置権=自分から競売を申し立てられる(民事執行法195条)。

2つめの場面。代わりの担保を出されたときです。留置権は、301条で、債務者が相当の担保を供して、留置権の消滅を請求できます。条文の札です。同時履行の抗弁権には、この規定がありません。条文に定めがない、という事実で、こちらの説明です。3つめの場面。払われないまま長引くときです。留置権者は、自分から競売を申し立てられます。民事執行法195条です。条文の札です。同時履行の抗弁権には、自分から競売を申し立てる手段はありません。これも、条文に定めがない、という事実で、こちらの説明です。

同時履行の抗弁権と留置権の違い(その3)。場面=第三者が出てきたとき。同時履行=契約の相手にだけ言える(債権に伴う権利。533条)。留置権=誰にでも言える(物権。295条1項)。 図:同時履行の抗弁権と留置権の違い

  • その3
  • 場面=第三者が出てきたとき。同時履行=契約の相手にだけ言える(債権に伴う権利。533条)。留置権=誰にでも言える(物権。295条1項)。

4つめの場面。第三者が出てきたときです。ここが最も大きな違いです。同時履行の抗弁権は、契約の相手にだけ言える、債権に伴う権利です。533条が、双務契約の当事者の一方が、相手方に言う権利としているからです。留置権は、誰にでも言える物権です。295条1項が、他人の物の占有者、と書き、相手を限っていないからです。

第三者の設例その1。4月20日以後、ピアノはAの店にある。Aの代金債権90万円は、Bに対するもの。 図:第三者の設例その1

  • 4月20日以後、ピアノはAの店にある
  • Aの代金債権90万円は、Bに対するもの

第三者が出てきた場面を、設例で確かめたいです。設例の続きです。4月20日以後、ピアノは、Aの店にあります。そこへ、BからそのピアノをCが買った、と言って、Cが「ピアノを渡してください」と言ってきました。AはCに、何と言えるでしょうか。

第三者の設例その2。BからピアノをCが買い、AにCが引渡しを求めた。Aの主張。同時履行の抗弁権=Cは契約の当事者ではないので、Cには言えない(Bに対してだけ)。留置権=ピアノはBの物でAが占有。代金債権はそのピアノに関して生じた債権。物権なのでCにも主張できる。 図:第三者の設例その2

  • BからピアノをCが買い、AにCが引渡しを求めた
  • Aの主張
  • 同時履行の抗弁権=Cは契約の当事者ではないので、Cには言えない(Bに対してだけ)
  • 留置権=ピアノはBの物でAが占有
  • 代金債権はそのピアノに関して生じた債権
  • 物権なのでCにも主張できる

同時履行の抗弁権から見ます。533条は、双務契約の当事者の一方が、相手方に言う権利です。Cは、AとBの売買契約の当事者ではありません。ですから、AはCに、引換えだ、とは言えません。同時履行の抗弁権は、Bに対してだけ言えます。留置権はどうか。ピアノは、買主のBの物です。物権変動のところで見たとおり、特定の物の売買では、特約がなければ、契約をした時に、所有権が買主に移るからです。引渡しがまだでも、Aにとっては、他人の物です。Aはそのピアノを占有していて、90万円の代金債権は、そのピアノに関して生じた債権です。295条1項に当たります。留置権は物権なので、Cにも主張できます。Aは、代金の弁済を受けるまで、Cにも渡さない、と言えます。条文とこちらの説明の札です。留置権が成り立つ細かい要件は、留置権の回の話なので、ここでは、設例が295条1項に当たる、というところまでにします。

両方が成り立つときは、どちらを主張してもよい、とされています。学説の札、通説です。Bに対しては、どちらも言えます。Cに対しては、留置権だけです。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。柱1=効果は2層。主張して働く効果(行使上の効果)=履行を拒絶・引換給付判決。あるだけで働く効果(存在効果)=遅れの責任を負わない・相殺に使えない。柱2=消すのに要る提供。履行拒絶は提供の継続/遅れの責任は一度の提供で足りる/相殺は相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)。柱3=留置権との違い。言える相手・一部弁済・代わりの担保・競売。 図:今日のまとめ

  • 柱1=効果は2層
  • 主張して働く効果(行使上の効果)=履行を拒絶・引換給付判決
  • あるだけで働く効果(存在効果)=遅れの責任を負わない・相殺に使えない
  • 柱2=消すのに要る提供
  • 履行拒絶は提供の継続/遅れの責任は一度の提供で足りる/相殺は相殺する側の提供(毎回か一度かは定まっていない)
  • 柱3=留置権との違い
  • 言える相手・一部弁済・代わりの担保・競売

3つの柱で整理します。1つめ、効果は2層あります。主張して初めて働く層が、履行の拒絶と引換給付判決です。付いているだけで働く層が、遅れの責任を負わないことと、相殺に使えないことです。2つめ、その効果を消すのに要る提供です。履行を拒む効果は、提供を続けることで封じます。遅れの責任は、一度の提供で足ります。相殺には、相殺する側の提供が要ります。毎回か一度かは、定まっていません。3つめ、留置権との違いです。同時履行の抗弁権は契約の相手にだけ、留置権は誰にでも言えます。一部弁済、代わりの担保、競売でも、違いがあります。両方成り立つときは、どちらを主張してもよいです。

冒頭の答えの言い直し。問い1=Bはまだ「引換えだ」と言える。Aが改めて提供を続けるまで。問い2=4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任。Aは催告して解除する道が開く。理由=どの効果を消したいのかで、要る提供が違う。 図:冒頭の答えの言い直し

  • 問い1=Bはまだ「引換えだ」と言える
  • Aが改めて提供を続けるまで
  • 問い2=4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任
  • Aは催告して解除する道が開く
  • 理由=どの効果を消したいのかで、要る提供が違う

冒頭の問いの答えを、言い直します。Bは、まだ引換えだと言えます。けれども、4月20日からあとのBの遅れは、Bの責任で、Aには、催告して解除する道が開きます。食い違いません。まだ引換えだと言えるのは、いま取り立ててよいかの話で、提供の継続が要るからです。遅れがBの責任になるのは、遅れを相手の責任と言ってよいかの話で、一度の提供で足りるからです。論文で論点になりうるのは、解除の前提としての提供と、請求に対する抗弁とを、消したい効果によって使い分けるところです。

参照条文

  • 民法533条
  • 民事執行法31条1項
  • 民法505条1項
  • 民法575条
  • 民法295条1項

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