双務契約以外の同時履行と不安の抗弁権
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第5章 契約 #234/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
敷金を返すまで、部屋は明け渡さないと言えるか
図:冒頭の設例の関係図
- A(大家)は月8万円のアパートをB(借主)に貸している
- 賃貸借は3月31日で終わる
- Bは敷金24万円をAに預けている
- AとBの間にあるのは、部屋の鍵(明渡し)と、敷金24万円の返還
先に、答えの方向を言います。Bは、24万円が戻るまで鍵は渡さない、とは言えません。先に部屋を明け渡すのはBで、敷金が戻るのは、そのあとです。お金と物の交換に見えるのに、なぜ引換えにならないのか。これが今日の入口です。理由は、今日の後半で、判決と条文を読んで答えます。今日の問いを広く言うと、同時履行の抗弁権は、双務契約から生まれた2つの債務の外に、どこまで広がるのか、です。
今日の位置と、3つの柱
図:今日の地図
- 位置=前々回は同時履行の抗弁権の意義と要件、前回は効果と留置権との違い、今日は533条が双務契約から生まれた2つの債務の外にどこまで広がるか
- 柱1=条文が同時履行と決めている場面
- 柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認められたもの・否定されたもの)
- 柱3=先に履行する人が拒める場合(不安の抗弁権)
- 根拠の札=条文/判例/学説/こちらの説明
位置づけです。前々回は、同時履行の抗弁権の意義と要件を見ました。相手が自分の債務を提供するまでは、自分の債務の履行を拒める権利です。533条が定めているのは、双務契約、つまり、売買のように、当事者の両方が債務を負い合う契約から生まれた、2つの債務についてです。前回は、その効果と、留置権との違いを見ました。今日は、その533条が、双務契約の外へ、どこまで広がるのかを見ます。柱は3つです。1つめ、条文が、同時履行だと決めている場面。2つめ、条文が無く、判例や解釈で決まる場面です。ここは、認められたものと、否定されたものに分けます。3つめ、先に履行する約束をした人が、拒める場合はあるのか。不安の抗弁権と呼ばれる考え方です。根拠の札を、貼るように言い分けます。条文は、法律に書いてあること。判例は、裁判所が実際に出した判断。学説は、学者が説明している考え方で、そのうち多くの人が採る考え方を通説と言います。こちらの説明は、この動画が理解のために整理したことです。今日は、場面ごとに、ふだが違う、というところが背骨になります。
判断のものさし
図:判断のものさし
- 2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか
- 片方だけ先に果たさせると、不公平か
- 札=こちらの説明
条文が無い場面で迷わないように、ものさしを1つ渡します。2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。片方だけ先に果たさせると、不公平か。これです。前々回、一方の債務があるから他方の債務がある、という債務と債務の結び付きを、牽連関係と呼びました。ものさしは、この結び付きが、同じ1つの関係の中にあるかを測ります。このものさしは、この動画が整理した言い方で、こちらの説明の札です。ただし、言葉の根は、あとで読む判決から取っています。各場面にこれを当てて、結論の理由を言います。結論の暗記にはしません。
柱1——条文が同時履行と決めている場面
図:柱1の入口
- 準用=条文が「533条を使え」と書いていること
- 解除の巻き戻し(546条)/負担付贈与(553条)/終身定期金(692条)
柱1です。条文が同時履行だと決めている場面です。条文という札は、法律に書いてあることでした。ここでは、条文が、533条を使いなさい、とはっきり書いています。これを準用と言います。準用とは、条文が、ほかの規定を使えと書いていることです。1つめは、契約を解除した場合です。解除の効果は、545条1項に書いてあります。当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う、というものです。契約が解除されると、お互いに、受け取ったものを元に戻す義務を負うのです。
条文民法546条
民法第546条 第五百三十三条の規定は、前条の場合について準用する。
前条の場合とは、いま読んだ545条の場合、つまり解除の場合です。条文の札です。解除の巻き戻しは、533条を準用する、と書いてあります。設例を置きます。ここだけ、Aは売主、Bは買主です。AがBに品物を売り、契約が解除されました。Bは品物を返し、Aは代金を返します。どちらが先に返す必要もありません。互いに元に戻す2つの義務は、同じ契約の巻き戻しとして向き合っていて、片方だけ先に返させると不公平だからです。ものさしで読めます。こちらの説明の札です。何を、どこまで返すのかは、解除のところで扱います。
図:負担付贈与
- 贈与者は財産を渡す
- 受贈者は、もらう代わりに一定の負担を負う
- 553条=その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する
- 設例=AがBに家を贈与し、Bは毎月5万円をAの生活費として払う負担を負う
2つめは、負担付贈与です。贈与は、普通は、一方だけが債務を負う契約です。ただし、もらう人が、もらう代わりに一定の負担を負うことがあります。これを負担付贈与と言います。
条文民法553条
民法第553条 負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。
条文の札です。双務契約に関する規定を準用する、とありますから、533条も入ります。設例です。AがBに自分の家を贈与し、Bは毎月5万円を、Aの生活費として払う負担を負いました。Bが払っていないのに、Aだけ先に登記を移す必要はありません。贈与と負担が向き合っているからです。性質に反しない限り、という条件も、ものさしで読めます。向き合っていない規定まで使う必要はない、ということです。こちらの説明の札です。
図:条文が決めているものの一覧
- 692条=終身定期金契約の解除で、元本の返還と、受け取った定期金から利息を引いた残額の返還が向き合う(準用)
- 533条かっこ書=履行に代わる損害賠償の債務も向き合う
一覧で、あと2つ押さえます。692条は、終身定期金契約が解除された場合に、533条を準用しています。終身定期金契約とは、ある人が亡くなるまで、定期的にお金を払う約束です。元本の返還と、すでに受け取った定期金から元本の利息を引いた残額の返還が、向き合います。詳しくは別の回で扱います。もう1つは、533条のかっこ書です。履行に代わる損害賠償の債務も、向き合うと書いてありました。改正で個別の準用規定が整理され、533条に明文で入ったことは、前々回に見たとおりです。
柱1——受取証書と債権証書、同じ証書でも違う
図:486条1項
- 弁済をする者は、弁済と引換えに、受取証書の交付を請求できる
- 受取証書=領収書
もう1つ、条文が引換えだと書いている場面があります。お金を払う場面です。弁済の回で、払った証拠の話として見た2つの条文を、今日は、引換えかどうか、という目で見直します。受取証書とは、領収書のことです。
条文民法486条1項
民法第486条第1項 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。
条文の札です。弁済と引換えに、とあります。払うのと引換えに、領収書をよこせ、と言えるのです。理由は、払った証拠が、今すぐ要るからです。あとでもらうことにすると、貸主が二重に請求してきたとき、払ったことを証明できません。
図:487条と対比
- 債権証書(借用書)=全部の弁済をしたとき返還を請求できる=弁済が先
- 受取証書(領収書)=弁済と引換え
対になる条文があります。487条です。債権証書、つまり借用書は、弁済した人が全部の弁済をしたときに、返還を請求できます。引換えとは書いていません。弁済が先です。
条文民法487条
民法第487条 債権に関する証書がある場合において、弁済をした者が全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求することができる。
設例で見分けます。Bは、Aから40万円を借りていて、今日が返済日です。ケース1。Aが「領収書は、あとで郵送します」と言います。Bは「領収書と引換えでなければ払わない」と言えるでしょうか? ケース2。Bが「借用書を返してくれるまで、40万円は払わない」と言います。こちらは言えるでしょうか?
図:設例の答え。ケース1=言える(486条)。ケース2=言えない(487条)。
結論はそのとおりです。では、領収書は引換え、借用書はあと。なぜ、違うのでしょうか? 2つの軸で答えてください。
図:2つの軸
- 受取証書=払った証拠が今すぐ要る(二重払いの防止)
- 債権証書=債権がまだ残っている
- 全部払い終えたあとに返してもらえば足りる
付け足すと、領収書さえ手元にあれば、あとで借用書が戻らなくても、二重に請求されたときに反論できます。ですから、借用書の返還は、払い終えたあとで足ります。ここまでが、条文の札の場面です。条文があるときは、場面ごとに条文を引く。次からは、条文が無い場面で、ものさしの出番です。
柱2の入口——条文が無い場面は、認めたか、否定したか
図:柱2の入口
- 条文が無い場面は、判例が認めたか、否定したかで押さえる
- 札=学説
- ものさしの外が3つある=建物買取のときの敷地/留置権/立退料
柱2です。条文が無い場面です。ここは、判例が認めたか、否定したかで押さえる、と整理されます。この整理の仕方は、学説の札です。そのうえで、ものさしを当てて、理由を言います。先に断っておきます。ものさしの外が、3つあります。建物買取請求のときの敷地、留置権、立退料です。この3つは、引換えの判決は出ますが、ものさしで説明する場面ではありません。出てきたところで、その都度、ものさしの外だ、と言います。ここから、判例が出てきます。判例の札は、裁判所が実際に出した判断です。判決がどこまで言ったかも、あわせて見ます。
柱2——認めた場面:無効・取消しの返還どうし
図:無効・取消しの返還
- 121条=取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす
- 類推適用=条文は無いが、似ているので533条を当てはめること
- 準用との違い=準用は条文が使えと書いている
1つめ。契約が、取り消されたり無効だったりした場合です。取消しの回で見たとおり、取り消された行為は、121条で、初めから無効であったものとみなされます。では、無効な契約で受け取ったものは、どうなるか。次の条文、121条の2です。
条文民法121条の2第1項
民法第121条の2第1項 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
条文の札です。無効な行為に基づいて給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負います。お互いに受け取ったものを返す義務です。ただし、この義務は、不当利得として返す義務で、双務契約から生まれた債務ではありません。ですから、533条が直接当たるわけではありません。ここで言葉を言い分けます。類推適用とは、条文は無いけれど、似ているので、533条を当てはめることです。先ほどの準用とは違います。準用は、条文が、使えと書いています。類推適用は、書いていません。設例です。Bは、Aにだまされて、自分の土地を1,000万円でAに売り、内金として100万円を受け取りました。Bが、詐欺を理由に取り消します。Bは100万円を返し、Aは登記を戻します。どちらかが先に返さなければならないでしょうか? 取消しの回で結論を見た判決を、今日は、判決の言葉のまま読みます。
判例最判昭47・9・7 民集26巻7号1327頁
取消しによる原状回復と同時履行 原状に回復するため、被上告人は、上告人に対し、本件(一)の土地について右仮登記の抹消登記手続を、本件(二)の土地について上告人へ所有権移転登記手続をそれぞれなすべき義務があり、また、上告人は、被上告人に対し、右一〇〇万円の返還義務を負うものであるところ、上告人、被上告人の右各義務は、民法五三三条の類推適用により同時履行の関係にあると解すべきであつて、被上告人は、上告人から一〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに右各登記手続をなすべき義務があるとした原審の判断は、正当としてこれを是認することができる。
図:判決の読み方
- 売主の上告人が詐欺で売買を取り消した事件
- 判決の上告人=設例のB(取り消した売主)
- 結論=民法533条の類推適用により同時履行の関係にある
判決の上告人は、設例のBに当たる、取り消した売主です。売主の側が代金の内金100万円を受け取っていた事件で、判決は、お互いの義務を、民法533条の類推適用により同時履行の関係にある、としました。判例の札です。設例の答えは、どちらも先に返さなくてよい、引換えです。理由は、契約の巻き戻しだからです。解除のときと同じく、同じ契約の裏表として向き合う、2つの返還を、片方だけ先にさせると不公平です。ものさしで読めます。未成年者の取消しについても、最高裁は、546条に準じて533条を使えると判断しました。解除の場合と区別すべき理由がない、というのが理由です。
図:判例の範囲
- 詐欺取消し=最判昭47・9・7
- 未成年者の取消し=最判昭28・6・16(判決は未成年者の取消しに限ると自ら述べている)
- 他の取消原因・現行121条の2のもとでも同じ=学説(通説)
ただし、判例が言った範囲は、決まっています。未成年者の取消しの判決は、他の原因による取消しについては、何も判断を示していない、と自分で限っています。詐欺取消しの判決と合わせても、全部の取消しや無効に及ぶ、とまでは言っていません。意思能力が無い状態、つまり、自分のしていることの意味が分からない状態で結んだ契約が無効になる場合や、2017年の改正で121条の2ができたあとも、同じに扱う、というところは、学説、通説の札です。
柱2——担保にまつわる3つの場面:清算金、留置権、登記の抹消
図:清算金と引渡し
- 譲渡担保=お金を借りる担保として、物の所有権を貸主に移しておく仕組み
- 実行すると、物の価値が債務を上回る部分を、清算金として債務者に払う
- 判例=清算金の支払と引換えにのみ認容(引換え)
次は、担保にまつわる場面を3つ、短く見ます。認めた場面、ものさしの外、否定した場面が、1つずつ出てきます。1つめ、譲渡担保の清算金です。譲渡担保とは、お金を借りる担保として、物の所有権を貸主に移しておく仕組みです。貸主が実行すると、物の価値が債務を上回る部分を、清算金として債務者に払います。担保物権の回で、清算金の支払と引渡しは同時履行、と見た場面です。その根拠の判決を、今日は言葉のとおりに確かめます。最高裁は、債務者が清算金の支払との引換えを主張したときは、特段の事情のない限り、清算金の支払と引換えにのみ、引渡しや明渡しの請求を認める、としました。判例の札です。判決の言葉は、引換え、で、同時履行ということばは使っていません。それでも、このあと見る留置権や立退料とは違って、ここは、2つの債務が向き合っている場面です。貸主は、物を自分のものにする代わりに、借金を超える分の値打ちを、清算金として返します。物を受け取ることと、差額を払うことが、同じ担保実行の中で向き合っているので、片方だけ先にさせると不公平です。ものさしで読める場面です。ここは、こちらの説明の札です。
図:仮登記担保
- 仮登記担保法3条2項=民法533条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する
- 仮登記担保=土地を担保に取り、返せないときは所有権を取得すると約束して、仮登記で固めておく仕組み
登記も含めた引換えには、条文があります。仮登記担保契約に関する法律3条2項は、民法533条の規定は、清算金の支払の債務と土地等の所有権移転の登記及び引渡しの債務の履行について準用する、と定めています。仮登記担保とは、土地を担保に取り、返せないときは所有権を取得すると約束して、仮登記で固めておく仕組みです。条文の札です。
図:留置権の弁済と返還
- ものさしの外=留置権
- 牽連性=物と債権の結び付き
- 判例=その物に関して生じた債権の弁済と引換えに物の引渡しを命ずべき(最判昭33・3・13)
2つめ、留置権です。留置権とは、他人のものを占有している人が、その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで、その物を返さずに留めておける権利です。時計の修理を頼まれた店は、修理代が払われるまで、時計を返さなくてよい。これが留置権です。これは、ものさしの外です。前回見たとおり、留置権は、物と債権の結び付き、牽連性から出てきます。債務どうしの結び付き、牽連関係ではありません。弁済を受けるまで返さなくてよい権利ですから、裁判所は、弁済と引換えに返せ、と命じます。最高裁は、留置権が認められるときは、その物に関して生じた債権の弁済と引換えに、物の引渡しを命じるべきだ、と述べました。判例の札です。留置権の効果として言っていて、同時履行とは言っていません。
図:担保を消す手続
- 設例=BはAから1,000万円を借り、土地に抵当権を設定した
- 全額を返す日
- 問い=Bは「抹消登記をしてくれるまで払わない」と言えるか
3つめは、認められなかった場面です。抵当権の被担保債権の弁済と、抵当権設定登記の抹消登記手続です。設例で言います。BはAから1,000万円を借り、土地に抵当権を設定しました。全額を返す日に、Bは「抹消登記をしてくれるまで払わない」と言えるでしょうか?
図:担保を消す手続
- 抵当権の被担保債権の弁済と、抵当権設定登記の抹消登記手続は、弁済が先(最判昭57・1・19)
- 判決=先履行の関係であって、同時履行の関係に立つものではない
言えません。最高裁は、弁済と抹消登記手続は、前者が後者に対して先履行の関係にあって、同時履行の関係に立つものではない、としました。判例の札です。判決は、この理由を書いていません。こちらの説明の札ですが、抹消は弁済の結果として求めるもので、担保は、債権が弁済されて初めて要らなくなる、と読めます。向き合っていないのです。登記が戻らないか心配でも、弁済が先です。
柱2——認めた場面:建物買取請求権と敷地
図:建物買取請求権
- 借地の期間が終わるとき、地上の建物を地主に時価で買い取らせる権利
- 請求すると売買が成立する
- 設例=借地権者B(建物の時価900万円)、地主A
ここから、借地借家法の2つの買取請求を見ます。1つめは、建物買取請求権です。借地の期間が終わるとき、借地人が、地上の建物を、地主に時価で買い取らせる権利です。
条文借地借家法13条1項
借地借家法第13条第1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。
条文の札です。借地権者とは借地人、借地権設定者とは地主のことです。請求すると、建物の売買が成立する、と解されています。担保物権の回で見たとおりです。要件や効果の本体は、別の回で扱います。
図:建物の代金と建物の引渡し
設例です。借地権者Bの建物は、時価900万円です。期間が満了し、更新はありません。Bは、地主のAに、買取りを請求しました。建物の代金と、建物の引渡しは、売買の2つの債務です。533条そのものが当たります。条文の札です。Bは、代金が払われるまで、建物を渡さなくてよいのです。問題は敷地です。Aは「代金は来月払う。まず土地を空けろ」と言います。Bは、建物の中にいたまま、敷地にも居続けられるでしょうか? 判例を読みます。
判例最判昭35・9・20 民集14巻11号2227頁
建物買取請求後の引渡しの拒絶と敷地の占有 建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは、大審院の判例とするところであり
図:判決の読み方
- 旧借地法10条の事件(借地権を地主の承諾なく譲り受けた人の買取請求=現行の借地借家法14条。買取請求のあとの関係は13条の場合も同じ)
- 判決が言った=建物の引渡しを拒める
- 敷地も占有するかぎり、賃料相当額を返す
旧借地法10条の事件です。借地権を、地主の承諾なく譲り受けた人が、建物の買取りを請求した場面で、現行の借地借家法では14条に当たります。買取りを請求したあとの関係は、13条の場合も同じに扱われています。判決が言ったのは2つです。1つめ、代金の支払まで、建物の引渡しを拒める。2つめ、建物の占有によって敷地も占有するかぎり、敷地の賃料相当額を、不当利得として返す。判例の札です。
図:敷地の拒絶
- ものさしの外=敷地
- 敷地は売買の目的物ではない
- 建物の引渡しを拒んで占有する必要上、敷地も占有できる(判例・大審院)=反射的効力
- 敷地を使う権原があるわけではない
担保物権の回では、留置権の側から、代金を受け取るまで敷地にも居続けられる、という結論を見ました。今日は、同じ場面を、同時履行の側から見ています。どちらの道でも、拒めるのは建物の引渡しで、敷地は、その結果です。そこで、いま読んだ判決の言葉を確かめます。この判決が書いたのは、建物の引渡しを拒めることと、敷地も占有するかぎり、賃料相当額を返すことです。敷地の明渡しを拒める、という言葉は、この判決の文には出てきません。ただし、この判決が変更しないとした大審院、つまり戦前の最上級の裁判所の判例が、そこを述べています。では、なぜ敷地にも居続けられるのか。ここは、ものさしの外です。敷地は、売買の目的物ではないからです。それでも、Bが建物を渡さなくてよいなら、建物を残したまま敷地だけ空けることはできません。ですから、敷地にも居続けられる。大審院は、地代相当額を返す義務を論じる前提として、建物の引渡しを拒んで占有する必要上、敷地も占有することになる、と述べました。判例の札です。これを反射的効力と呼びます。敷地そのものを拒む権利があるのではなく、建物を渡さなくてよいことの結果が、敷地に及ぶ、という意味です。
図:設例の答え
- Bは建物にいたまま、敷地にも居続けられる
- ただし、地代相当額(月4万円)はAに返す
- 居られる=無料、ではない
設例の答えです。Bは、居続けられます。ただし、居られるからといって、無料ではありません。地代相当額、月4万円としますが、これをAに返します。ふだを並べ直します。建物を渡さなくてよい、は533条そのもので、判例も同じ結論です。敷地にも居続けられる、は、いま読んだ最高裁の判決の文には出てきませんが、大審院の判例が述べていて、判例の札です。反射的効力と呼ばれるところです。地代相当額は返す、は判例です。
柱2——否定した場面:造作買取請求権と建物の明渡し
図:造作買取請求権
2つめは、造作買取請求権です。借家で、貸主の同意を得て付けた畳や建具などの設備を、出るときに、貸主に時価で買い取らせる権利です。
条文借地借家法33条1項
借地借家法第33条第1項 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。
条文の札です。請求すると、造作の売買が成立する、と解されています。造作の代金と、造作の引渡しは、売買の2つの債務で、533条そのものが当たります。引換えです。では、造作の代金と、建物の明渡しは、引換えになるでしょうか? 判例は、なりません。
判例最判昭29・7・22 民集8巻7号1425頁
造作の代金債権は建物に関して生じた債権か 造作買取代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権でないと解するを相当とし……所論は理由がない。

- 判決が書いたこと=造作買取代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権でない
- 結論=建物の明渡しを、留置権や同時履行の抗弁で拒むことはできない
判決が書いた理由は、この一点です。造作の代金債権は、造作に関して生じた債権で、建物に関して生じた債権ではない。なぜ、これが決め手になるのか。その物に関して生じた債権、というのは、留置権の条文、295条1項の言葉です。留置権は、その物に関して生じた債権があるときに、その物を留めておける権利でした。造作の代金は、造作に関して生じた債権ですから、留めておけるのは造作までで、建物には届きません。ここまでの読み方は、こちらの説明の札です。結論の、留置権でも、同時履行の抗弁でも、建物の明渡しは拒めない、は判例の札です。担保物権の回では、留置権の側から、この結論を見ました。今日は、同時履行の側から、ものさしで読み直します。向き合っているのは、造作の代金と造作です。建物そのものは、売買の目的物ではありません。造作の売買と、建物の賃貸借の終了は、別の関係です。こちらの説明の札です。
図:見分ける問い
- 建物買取と造作買取
- ケース1=借地のB(建物時価900万円)が買取りを請求
- Aは「代金は後。まず土地を空けろ」と言う
- ケース2=借家のBが、Aの同意で付けた作り付けの棚と間仕切り建具(時価15万円)の買取りを請求
- 出て行く日にAが「15万円は後で払う。まず部屋を空けろ」と言う
見分けます。ケース1。借地のBが、建物900万円の買取りを請求しました。Aが「代金は後。まず土地を空けろ」と言います。ケース2。借家のBが、Aの同意で付けた作り付けの棚と間仕切り建具、時価15万円の買取りを請求しました。出て行く日に、Aが「15万円は後で払う。まず部屋を空けろ」と言います。それぞれ、Aの言い分は通りますか?
図:見分ける問いの答え
- ケース1=通らない
- ケース2=通る
- 同じ買取請求でも結論が割れる
結論は、そのとおりです。では、同じ買取請求なのに、なぜ結論が割れるのでしょうか?
図:割れる理由
- 建物買取=買い取る物(建物)を渡さない限り、敷地を空けられない
- 造作買取=買い取る物(造作)と部屋(建物)は別の物
- 部屋の明渡しは賃貸借の終了で決まる
ケース1は、買い取られる物が建物そのものだからです。ケース2は、買い取られる物は造作で、部屋とは別の物だからです。もう少し言い直すと、ケース2の部屋の明渡しは、賃貸借が終わったことから生じる義務で、造作の売買とは、別の関係にあります。造作を渡す義務の相手方に、部屋の明渡しまで拒む力を与える理由が、ありません。借地は物の取引が敷地まで続き、借家は賃貸借の終了と造作の売買が切り離されている、と覚えてください。
柱2——否定した場面:敷金と明渡し
図:敷金
- 賃料の滞納や部屋の傷みなど、賃貸借から生じる借主の金銭債務の担保として、借主が貸主に預けておくお金
- 結論=敷金の返還と明渡しは同時履行の関係に立たない
冒頭の問いに戻ります。敷金とは、賃料の滞納や部屋の傷みなど、賃貸借から生じる借主の金銭債務の担保として、借主が貸主に預けておくお金です。賃貸借が終わったとき、借主の明渡しと、貸主の敷金の返還は、引換えになるのか。最高裁は、同時履行の関係に立たない、としました。判決が挙げた理由のうち、中心の3つを、順に読みます。
判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁
敷金返還と明渡し その1 賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである……
1つめの理由です。敷金は、賃貸借が終わってから明渡しまでに生じる賃料相当額の損害金など、貸主が借主に対して取得することのある一切の債権を担保するものです。ですから、貸主は、明渡しがされたときに、それまでの分を差し引いて、残りを返せばよい。明渡しの時に精算する性質のお金だからです。判例の札です。
判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁
敷金返還と明渡し その2 敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであつて、賃貸借契約に附随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によつて生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。
2つめの理由です。敷金契約は、賃貸借に附随するけれど、賃貸借そのものではありません。ですから、明渡しと敷金返還は、一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとはできない。ものさしの言葉の根は、ここです。3つめは、両債務の間に、著しい価値の差がありうることです。24万円と、部屋の明渡しでは、釣り合いません。ただし、これは理由の1つで、これだけで決まるのではありません。判例の札です。
判例最判昭49・9・2 民集28巻6号1152頁
敷金返還と明渡し その3 賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがつて、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり
図:敷金返還と明渡しの結論
- 貸主は、特別の約定がないかぎり、明渡しを受けたあとに敷金の残額を返せば足りる
- 明渡しと敷金返還は同時履行の関係に立たない
- 賃借人が留置権を取得する余地はない
- 特約があれば別
結論です。貸主は、特別の約定がないかぎり、明渡しを受けたあとに、敷金の残額を返せば足りる。明渡しと敷金返還は、同時履行の関係に立たない。判決は、賃借人が留置権を取得する余地はない、とも述べています。特約があれば別、という点も押さえてください。判例の札です。ここで確認です。判決は、敷金と明渡しが引換えにならない理由に、何を挙げたでしょうか? 3つ答えてください。
図:622条の2第1項
- 賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、次のときは、賃借人に対し、受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた債務の額を控除した残額を返還しなければならない
- 一=賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき
3つとも、判決のとおりです。この判決は、2017年の改正の前の判決です。その後、条文が追いつきました。
条文民法622条の2第1項
民法第622条の2第1項 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
条文の札です。1号を読みます。賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。貸主に、敷金の返還義務が生じるのは、賃貸物の返還を受けたときです。明渡しが先、と明文になりました。判決が先で、条文があとから追いついた順番です。敷金の仕組みの本体は、別の回で扱います。
図:冒頭の答え合わせ
- 退去日の流れ
- 3月31日=Bが鍵を渡す(明渡し)
- そのあと=Aが滞納や傷みを引いて精算
- 4月10日まで=Aが敷金の残額を返す
- 明渡しが先
冒頭の問いの答えです。大家のAは、4月10日までに振り込む、と言ってよいのです。Bは、3月31日の退去の日に、鍵を渡さなければなりません。Bが「24万円が戻るまで」と言って居座れば、その間の賃料相当額の損害金は、敷金が担保する債権になります。1つめの理由の中身です。
柱2——別ルート:立退料と明渡し
図:立退料と明渡し
- 立退料=家主が借家人に出て行ってもらうために、出て行く条件として払う金銭
- ものさしの外=別ルート
- 判例=正当事由の判断で、立退料の支払と引換えの明渡しを認めた判決を是認した(最判昭46・11・25)
- 「同時履行」とは言っていない
最後の場面は、立退料です。立退料とは、家主が借家人に出て行ってもらうために、出て行く条件として払う金銭です。これも、ものさしの外です。
図:正当の事由と立退料
- 解約の申入れには借地借家法28条の正当の事由が要る
- 立退料=考えに入れる事情の1つ(明渡しと引換えに財産上の給付をすると申し出たこと)
家主の側から賃貸借を終わらせる、解約の申入れは、自由にはできません。借地借家法28条で、正当の事由が要ります。正当の事由とは、出て行ってもらうことを正当だと言えるだけの事情です。家主と借家人のそれぞれが、その建物を使う必要がどれだけあるか、などを合わせて判断します。いまの28条は、考えに入れる事情の1つに、家主が、明渡しと引換えに財産上の給付をすると申し出たこと、を挙げています。これが立退料です。最高裁は、家主が立退料の支払と引換えの明渡しを求め、原審が立退料と引換えに明渡しを認めたのを、是認しました。判例の札です。ただし、判決は、同時履行とは言っていません。立退料の提供は、それだけで正当事由の根拠になるのではなく、ほかの事情と合わせて考えられる、と言っています。
図:なぜ引換えの形になるのか
- 家主の事情だけでは正当の事由に足りない
- 立退料の申出を足して初めてそろう
- 払わずに明渡しだけを求めることはできない
- 正当事由を補う条件として、引換えの明渡しが認められる
なぜ、引換えの形になるのか。家主の事情だけでは、正当の事由に足りない。そこへ、立退料を払うという申出を足して、初めて正当の事由がそろう、という場面です。払うことを足して認められた明渡しですから、払わずに明渡しだけを求めることはできません。立退料は、向き合う債務が先にあって引換えになるのではありません。正当事由を補う条件として、引換えの明渡しが認められるのです。こちらの説明の札です。正当事由の中身は、別の回で扱います。
柱2——結論の一覧:認めた場面と否定した場面
図:認めた場面
- ものさしで説明できる
- 無効・取消しの返還=類推適用(判例・最判昭47・9・7)。清算金と引渡し=引換え(判例・最判昭46・3・25/登記を含む形は条文・仮登記担保法3条2項)。建物の代金と建物=533条そのもの(条文)。造作の代金と造作=533条そのもの(条文)。
一覧にします。まず、認めた場面のうち、ものさしで説明できるものです。無効・取消しの返還は、類推適用で、判例の札。清算金と引渡しは、引換えで、判例の札です。登記を含む形は条文です。建物の代金と建物、造作の代金と造作は、売買の2つの債務で、533条そのものです。
図:認めた場面
- ものさしの外・別ルート
- 敷地=居続けられる。建物の引渡しを拒める結果(判例・大審院=反射的効力)。最判昭35・9・20が書いたのは、建物の引渡しと地代相当額。留置権の弁済と返還=引換えの判決(判例・最判昭33・3・13)。立退料と明渡し=引換えの明渡しを是認(判例・最判昭46・11・25)。
次に、認めた場面のうち、ものさしの外の3つです。敷地は、建物の引渡しを拒める結果として、居続けられるもの。留置権は、引換えの判決が出るもの。立退料は、引換えの明渡しが是認されたもの。どれも、同時履行そのものを認めたのではない、という点に注意してください。
図:否定した場面
- 造作の代金と建物の明渡し=引換えにならない(判例・最判昭29・7・22)
- 敷金の返還と明渡し=明渡しが先(判例・最判昭49・9・2/条文・民法622条の2第1項)
- 弁済と抵当権登記の抹消=弁済が先(判例・最判昭57・1・19)
最後に、否定した場面です。造作の代金と建物の明渡し、敷金の返還と明渡し、弁済と抵当権登記の抹消。この3つは、こちらの説明では、2つの債務が、対価として向き合っていない場面です。だから、先に果たすほうが決まっています。敷金と明渡しの順番は、条文にもなりました。
柱3——先に履行する人の、不安の抗弁権
図:柱3の入口
- 前々回の確認
- 先に履行する約束をした人は、同時履行の抗弁権を言えなかった
- 3つの要件のうち、どれがそろわなかったからか
柱3です。その前に、前々回の復習を1つ。同時履行の抗弁権の要件は、3つでした。1つめ、同じ双務契約から生まれた、向き合う2つの債務があること。2つめ、相手方の債務が、弁済期にあること、つまり、履行する時期が来ていること。そして3つめ、相手方が、履行の提供をしないで、請求してきたこと。では、先に履行する約束をした人が、同時履行の抗弁権を言えなかったのは、この3つのうち、どれがそろわなかったからでしたか?
図:先履行義務
- 533条ただし書=相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない
- 先に果たす義務=先履行義務
相手方の債務が、弁済期にあること、という要件です。先に履行する約束だと、相手の債務はまだ弁済期にないので、そろいません。533条のただし書の場面です。この、先に履行する約束をしている義務を、前々回、先履行義務と呼びました。ところが、この人が、相手がお金を払えなくなりそうだと、はっきり分かっていても、約束どおり先に出すしかないのだとしたら、どうでしょうか。設例を置きます。ここでは、Aは部品メーカー、Bは組立会社です。
図:柱3の設例
- AはBに、毎月25日に部品を納める(今月分は1個3,000円で1,000個)
- 代金は翌月25日払い
- 先に出す人=A
- 先月分と、その前の月の分の代金は払われていない
- Bは銀行取引を止められ、他の取引先への支払も止まっている
- 問い=今月25日、Aは納品を拒めるか
AはBに、毎月25日に部品を納めます。今月分は、1個3,000円で1,000個です。代金は、翌月の25日払いです。先に出すのはA、つまり、Aが先履行義務を負っています。ところが、先月分と、その前の月の分の代金が、払われていません。しかも、Bは銀行取引を止められ、ほかの取引先への支払も止まっていると分かりました。今月の25日、Aは納品を拒めるでしょうか?学説には、こう考える見解があります。相手の信用不安がはっきり現れていて、先に履行しても、反対給付を受けられないおそれが高いときは、例外として、先履行義務の履行を拒める。この拒む権利を、不安の抗弁権と言います。ふだは、学説です。先に出す人だけが、危険を負う不公平がある、というのは、ものさしと同じ根の考え方で、こちらの説明の札です。
図:不安の抗弁権の位置づけ
- 明文=民法に規定は無い
- 審議=2017年の改正に向けた審議で、明文にする案が検討されたが、意見をまとめることが難しいとして、取り上げないことになった
- 最高裁判例=審議の資料に、存在しないという指摘がある
- 下級審の裁判例=似た考え方をとったものがある
位置づけを3点で言います。1点め、民法に、不安の抗弁権の規定は、ありません。2点め、2017年の改正に向けた審議で、明文にする案が検討されました。しかし、意見をまとめることが難しいとして、取り上げないことになりました。審議の資料には、最高裁の判例が存在せず、下級審の裁判例も豊富ではない、という指摘が載っています。3点め、地方裁判所や高等裁判所の裁判例には、似た考え方をとったものがあります。最高裁の判例ではありません。
図:要件は厳しく絞る
- 濫用のおそれ=「不安」だけで拒んでよいなら、先履行の約束が骨抜きになる
- 設例が置いた事情=はっきり分かる事情(銀行取引の停止・他の支払の停止)
- うわさでは足りない
学説は、要件を厳しく絞ります。理由として挙げられるのは、濫用のおそれです。不安というだけで拒んでよいなら、先に履行する約束が、骨抜きになります。ですから、設例も、うわさではなく、銀行取引の停止や、他の支払の停止という、はっきり分かる事情を置きました。審議で検討された案には、相手が代金の支払を提供したり、十分な担保を出したりしたら、拒めなくなる、という形もありました。ただし、これは検討された案の言い方で、現行の条文ではありません。設例の答えです。学説の考え方に立てば、Aは今月分の納品を拒める、と考えられます。ただし、裁判で必ず通る、と言い切れる段階ではありません。覚え方は、明文なし、最高裁が正面から認めた判例は見当たらない、学説は認めるが要件は厳しく絞る、です。最高裁が判例で認めた、という記述は、短答では誤りの方向です。
冒頭の問いに戻る——まとめ
図:今日のまとめ
- 柱1=条文が決めている場面(546条・553条・692条・486条)
- 柱2=条文が無く、判例・解釈で決まる場面(認めた・否定した)
- 柱3=不安の抗弁権(明文なし・学説)
- ものさし=2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか
- ものさしの外=敷地・留置権・立退料
3つの柱で整理します。1つめ、条文が同時履行だと決めている場面。解除の巻き戻し、負担付贈与、終身定期金、受取証書です。2つめ、条文が無く、判例や解釈で決まる場面。認めたものと、否定したものがありました。3つめ、先に履行する人の不安の抗弁権で、明文は無く、ふだは学説でした。柱2は、ものさしで読みました。2つの債務が、同じ1つの関係の中で、対価として向き合っているか。ただし、ものさしの外が、敷地、留置権、立退料の3つありました。
図:冒頭の答えの言い直し
- Bは、24万円が戻るまで鍵は渡さない、とは言えない
- 明渡しが先
- 理由=敷金は明渡しまでの債務の担保で、精算は明渡しのあと
- 敷金と明渡しは対価的債務の関係ではない
- 条文=622条の2第1項1号
冒頭の問いの答えを言い直します。Bは、敷金が戻るまで鍵は渡さない、とは言えません。敷金は、明渡しまでに生じる債務の担保で、精算は明渡しのあとだからです。敷金と明渡しは、対価として向き合う関係ではありません。622条の2第1項1号に、明文もあります。論文で論点になりうるのは、無効・取消しの原状回復の同時履行、建物買取と敷地、敷金と明渡しです。理由づけまで言えるようにしてください。
参照条文
- 民法546条
- 民法553条
- 民法486条1項
- 民法487条
- 民法121条の2第1項
- 借地借家法13条1項
- 借地借家法33条1項
- 民法622条の2第1項