民法ゼロから民法#282

事務管理の成立と本人の義務

印刷用PDFを開く

第6章 法定債権 #282/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

真冬の水道管、立て替えた5万円は返るか

冒頭の設例 真冬、隣家Bの水道管が破裂して水が噴き出している。Bは長期出張中で連絡がつかない。Aは水道業者Cを呼んで水を止めてもらい、代金5万円を自分で払った。AはBに頼まれていない。 図:冒頭の設例 真冬、隣家Bの水道管が破裂して水が噴き出している

  • Bは長期出張中で連絡がつかない
  • Aは水道業者Cを呼んで水を止めてもらい、代金5万円を自分で払った
  • AはBに頼まれていない

記号を付けます。立て替えた人がA、出張中の隣人がB、業者がCです。AはBに何も頼まれていません。契約がないのに、AはBにお金を請求できるのか。これが今日の問いです。答えを先に言います。返してもらえます。ただし返ってくるのは、かかった費用までです。お礼や手間賃は出ません。どこまで返って、何が返らないのか。それを今日、順番に見ていきます。

契約でない債権が生まれる、この章

第6章の地図。債権の発生原因は4つ。契約=当事者の合意で生じる(第5章で終了)。事務管理/不当利得/不法行為=合意によらず法律の規定で生じる(法定債権とも呼ぶ)。六法の目次では、事務管理は697条から、不当利得は703条から、不法行為は709条から。今日=事務管理。 図:第6章の地図

  • 債権の発生原因は4つ
  • 契約=当事者の合意で生じる(第5章で終了)
  • 事務管理/不当利得/不法行為=合意によらず法律の規定で生じる(法定債権とも呼ぶ)
  • 六法の目次では、事務管理は697条から、不当利得は703条から、不法行為は709条から
  • 今日=事務管理

まず全体の地図です。債権が生まれる原因は4つあると、債権の最初の回で見ました。契約、事務管理、不当利得、不法行為です。契約は、当事者の合意で債権が生まれました。この講座の第5章は、その章でした。残りの3つは、合意がなくても、法律の規定によって債権が生まれます。これを、法律の規定によって生じる債権と言い、法定債権とも呼ばれます。この章は、その3つを順番に見ていきます。六法の目次では、事務管理が697条から、不当利得が703条から、不法行為が709条からです。不当利得は、法律上の理由なく得た利益を返させる制度です。不法行為は、他人に損害を与えた人に賠償させる制度です。どちらも、あとの回で扱います。今日は、その最初の事務管理です。

契約がないのに債権が生まれる場面がある。それを見るのが、今日の入口です。流れは、こうです。まず、頼まれてもいない世話を、法はなぜ認めるのか。次に、認められる4つの条件。そして、認められたら何が起きるのか。そのあと、報酬と賠償が出ない理由を見て、委任と並べます。最後に、冒頭の問いに答えます。

事務管理とは何か 認める理由

事務管理の定義(697条1項)。義務なく/他人のために/他人の事務の管理を始めた者=管理者。管理される事務の持ち主=本人(条文は「他人」)。趣旨=他人の生活領域への干渉は原則許されない(自己決定の尊重)/しかし助けることを常に違法とするのは相互扶助に反する→一定の要件で違法性を阻却し、権利義務を与える。 図:事務管理の定義

  • 697条1項
  • 義務なく
  • 他人のために
  • 他人の事務の管理を始めた者=管理者。管理される事務の持ち主=本人(条文は「他人」)。趣旨=他人の生活領域への干渉は原則許されない(自己決定の尊重)
  • しかし助けることを常に違法とするのは相互扶助に反する→一定の要件で違法性を阻却し、権利義務を与える。

条文から入ります。事務管理の定義は、697条1項にあります。

条文民法697条1項

民法第697条第1項 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。

今日読むのは前半だけです。義務なく、他人のために、事務の管理を始めた者。この人が管理者です。管理される事務の持ち主を、本人と呼びます。条文には他人とありますが、以下、本人と言います。後半の、最も本人の利益に適合する方法で管理しなければならない、は、管理者の義務の話です。冒頭の設例は、まさにこれです。Aは、Bに頼まれていない。義務もない。Bのために、Bの家の水を止める事務を始めた。だからAが管理者で、Bが本人です。頼まれていない世話を法が認めてよいのか。この問いが、制度の出発点です。人の家のことは、その人が決めるのが原則です。自分の家をどうするかは、自分で決める。これを自己決定の尊重と言います。だから、頼まれずに他人の家に入って何かをするのは、本来は、許されない干渉です。ただ、これを、いつも違法とするのも、おかしな話です。目の前で水が噴き出しているのに、頼まれていないから見ているだけ、では、困った人を助け合う社会に反します。そこで法は、2つの考えを調整しました。他人への干渉は原則として許されない。しかし一定の要件を満たしたときだけ、手を出した行為の違法性をなくし、そのうえで、お互いに権利と義務を与える。これが事務管理です。

条件が4つあります。次の2節で、順番に見ます。

成立要件 他人の事務の管理と、義務の不存在

事務管理の成立要件4つ。1つめ=他人の事務の管理(成立要件・697条1項)/2つめ=義務の不存在(成立要件・697条1項)/3つめ=他人のためにする意思(成立要件・697条1項)/4つめ=本人の意思や利益に反することが明らかでない(規範・条文に明記なし・700条ただし書から導く=通説)。 図:事務管理の成立要件4つ

4つの条件を、先に全部見せます。1つめは、他人の事務を管理したこと。2つめは、その事務を管理する義務がなかったこと。3つめは、他人のためにする意思があったこと。4つめは、本人の意思や利益に反することが明らかでないことです。色分けの意味も先に言います。はじめの3つは、697条1項を読めば、そのまま出てきます。条文どおりの成立要件です。4つめは、条文に書かれていません。解釈で立てる条件です。今は1つめと2つめから見ます。1つめ、他人の事務の管理です。本人は、個人でも法人でも構いません。事務は、あらゆる事務が当たります。契約を結ぶような法律行為でも、水を止めるような事実行為でも構いません。設例では、水を止める手配は事実行為で、業者に頼むのは法律行為です。

条文の「管理」は、保存や手入れだけを指す日常の言葉より、広い意味です。保存や手入れに限らず、処分行為も含まれます。たとえば、留守宅に生ものが届いて、傷む前にAが売ってしまった。これも、管理に当たります。管理に当たることと、売買が本人に効力を持つかは、分けて考えます。管理者には、代理権がありません。だから、処分行為が本人に効力を持つには、本人の追認が要ります。追認は、無権代理の回で見た116条の仕組みです。ここでは、処分も管理に含まれる、というところまでを押さえてください。2つめは、義務の不存在です。条文の、義務なく、にあたります。頼まれていれば、契約上の義務があります。たとえば、Bから、留守中に何かあれば見てやってほしいと、鍵を預かっていたなら、Aの行為は委任、正確には、委任の回で見た、法律行為でない事務を頼む契約、つまり準委任で処理されます。事務管理ではありません。契約だけではありません。法律上の義務がある場合も同じです。親権者が子の面倒を見るのは、820条の義務です。子の世話をしても、事務管理にはなりません。第三者弁済の回で、頼まれずに他人の借金を払った人の求償を見ました。その根拠は、頼まれて払ったなら委任の費用償還、頼まれずに払ったなら事務管理の費用償還、でした。この、頼まれていない、が2つめの条件です。

成立要件 他人のためにする意思と、明らかでないこと

3つめ=他人のためにする意思(697条1項「他人のために」)。もっぱら自己のためだけなら不成立(準事務管理の問題は次回)/自己のためとの併有でも成立(大審院の判例)。設例の変形=Bの家の水がAの家の壁にもしみ出していた。

  • 3つめ=他人のためにする意思(697条1項「他人のために」)
  • もっぱら自己のためだけなら不成立(準事務管理の問題は次回)/自己のためとの併有でも成立(大審院の判例)
  • 設例の変形=Bの家の水がAの家の壁にもしみ出していた

3つめは、他人のためにする意思です。条文の、他人のために、にあたります。Bのために管理する、という意思です。もっぱら自分のためなら、成立しません。自分の家も守る場合を考えましょう。水を止めたのは、自分の家を守るためでもあります。それでも成立します。自分のためと他人のためを併せ持っていても、他人のためにする意思はある、と考えるのです。大審院の判例も、同じです。もし併有を許さないなら、少しでも自分に得がある人は、誰も助けなくなります。それでは、相互扶助の趣旨に反します。

4つめ=本人の意思や利益に反することが明らかでない。条文(697条)に明記なし→700条ただし書から導く(通説)。場合分け=本人の意思や利益に反することが明らか→不成立(例=玄関の貼り紙「配管は管理会社に任せてある。誰も触らないでください」)/管理を始めた時点で明らかでない→成立/その後に反すると分かった→中止義務(中身は次回)。

  • 4つめ=本人の意思や利益に反することが明らかでない
  • 条文(697条)に明記なし→700条ただし書から導く(通説)
  • 場合分け=本人の意思や利益に反することが明らか→不成立(例=玄関の貼り紙「配管は管理会社に任せてある。誰も触らないでください」)/管理を始めた時点で明らかでない→成立/その後に反すると分かった→中止義務(中身は次回)

4つめです。これは、条文に書かれていません。根拠は700条のただし書です。

条文民法700条ただし書

民法第700条ただし書 ただし、事務管理の継続が本人の意思に反し、又は本人に不利であることが明らかであるときは、この限りでない。

本文は、管理者が事務管理を続ける義務を負う、という規定です。今日はただし書だけです。管理を続けることが、本人の意思に反したり、本人に不利であることが明らかなときは、続ける義務はない、と読めます。ここから、始める段階でも同じだと考えます。本人の自己決定を尊重する、という趣旨からです。これは解釈で立てた条件です。ですからこれは、条文どおりではなく、通説が立てる規範です。

⭐ 論文で書く規範:【規範(通説で立てる)】事務管理が成立するためには、事務の管理が本人の意思や利益に反することが明らかでないことが必要である(700条ただし書参照)。管理を始めた時点で明らかでなければ成立し、後に明らかになれば中止義務が生じる。 (論文の骨格。条文に明記はなく、700条ただし書から通説が導く)

場合分けです。本人の意思に反することが明らかなら、成立しません。たとえば、Bの玄関に、配管は管理会社に任せてあるので、誰も触らないでください、という貼り紙があった。それでもAが直したなら、事務管理は成立しません。一方、貼り紙もなく、誰にも話していない。Bが本当は他人に触られたくない考えでも、管理を始めた時点で、そうだと明らかでなければ、成立します。基準時は、管理を始めた時点です。後でBの考えが分かったら、そこから、管理者には中止の義務が生まれます。本人の自己決定を尊重する、という出発点からすれば、明らかに断られているのに押し切る人を守る理由はない、ということです。逆に、分からなかった人まで責めれば、助ける人がいなくなります。この線が、そのバランスです。

4つの条件を、場面で使う

4要件の整理。1つめ=他人の事務の管理/2つめ=義務の不存在/3つめ=他人のためにする意思(併有でもよい)/4つめ=本人の意思や利益に反することが明らかでない(700条ただし書・管理開始の時点)。1つめから3つめ=697条1項どおり/4つめ=解釈(通説)。 図:4要件の整理

  • 1つめ=他人の事務の管理/2つめ=義務の不存在/3つめ=他人のためにする意思(併有でもよい)/4つめ=本人の意思や利益に反することが明らかでない(700条ただし書・管理開始の時点)
  • 1つめから3つめ=697条1項どおり/4つめ=解釈(通説)

4つの条件がそろいました。1つめから3つめは、697条1項どおりです。4つめだけが、700条ただし書から導く、解釈の条件です。ここで3つの場面で確かめます。それぞれ、成立するか、どの条件の問題かを答えてください。1つめ。管理会社から配管の見回りを頼まれている管理人が、破裂した配管を直しました。事務管理は成立するでしょうか?管理人は、契約上、見回る義務があるので、2つめの義務の不存在がありません。成立しません。頼まれた仕事は、委任で処理されます。2つめ。Aが、自分の家の壁へのしみ出しも止めたくて、隣家の水を止めました。

3つめは、自分のためと併せ持っていても足ります。3つめ。Bが、触らないでと貼り紙で言っていたのに、Aが直しました。条件を言い分けられたら、短答でも論文でも、答えに迷いません。

効果① 違法性が消える

効果①=管理行為の違法性が阻却され、管理者の不法行為責任が否定される。具体例=水を止めるためにBの庭に入り、囲いを外した。事務管理が成立していればBに対して不法行為の責任を負わない。成立しなければ、他人の領域への干渉として責任が問題になりうる。

  • 効果①=管理行為の違法性が阻却され、管理者の不法行為責任が否定される
  • 具体例=水を止めるためにBの庭に入り、囲いを外した
  • 事務管理が成立していればBに対して不法行為の責任を負わない
  • 成立しなければ、他人の領域への干渉として責任が問題になりうる

事務管理が成立すると、何が起きるのか。効果は2つあります。1つめは、違法性がなくなることです。たとえば、Aが水を止めるために、Bの庭に入りました。柵も外しました。本来は、人の庭に断りなく入って物を動かすのですから、不法行為になりかねない行為です。しかし事務管理が成立していれば、この行為は違法ではなくなります。Aは、Bに対して、不法行為の責任を負いません。成立していなければ、他人の領域に踏み込んだ行為として、責任が問題になりえます。違法性をなくすという一般的な考え方は、不法行為の回で、正当防衛などと一緒に見ます。

効果② 本人が負う義務

本人の義務(702条)。1項=有益な費用の償還(必要費も含まれると解される)/2項=有益な債務を負担した場合は代弁済の請求・弁済期にないときは相当の担保(650条2項を準用)。設例=AがCに払った5万円=有益な費用→Bに償還請求。 図:本人の義務

  • 702条
  • 1項=有益な費用の償還(必要費も含まれると解される)
  • 2項=有益な債務を負担した場合は代弁済の請求・弁済期にないときは相当の担保(650条2項を準用)。設例=AがCに払った5万円=有益な費用→Bに償還請求。

効果の2つめは、本人の義務です。702条を、全文で出します。

条文民法702条

民法第702条 管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。 2 第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。 3 管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

1項と2項を見ます。3項は次の節です。1項は、費用の償還です。管理者が、本人のために有益な費用を払ったなら、本人に償還を請求できます。設例のAが、Cに払った5万円は、水の噴き出しを止めるための、有益な費用です。AはBに、5万円を請求できます。冒頭の問いの答えの中心が、ここです。条文の「有益な費用」は、日常の言葉とは使い方が違います。条文の有益な費用には、占有の回で見た、物の価値を高める費用、つまり有益費のほか、必要費も含まれる、と解されています。必要費とは、物を保つために必要な費用です。水を止める費用は、これに当たります。つまり、広い意味で使われている、と押さえてください。もう1つ、委任では、立て替えた費用に、支出の日からの利息を付けて返してもらえますが、702条には、利息の定めがありません。この違いは、あとで委任と並べるときに、表で確かめます。2項は、有益な債務を負担した場合です。650条2項を準用します。委任の回で見た、代弁済の請求です。管理者は、本人に、自分に代わって弁済することを請求できます。その債務が、弁済期にないときは、相当の担保を本人に供させることができます。設例を変えます。Aは、業者に代金5万円を払う約束をしただけで、まだ払っていません。しかも、払う期日が先だとします。このとき、Aは、Bに、代わりに払ってくれと請求できます。期日がまだなら、担保を求めることもできます。

相互扶助の趣旨から、費用の面では、本人が引き受ける仕組みになっているからです。

本人の意思に反していたとき

定着の問い。債務者の意思に反して保証をした人(無委託の保証人)は、債務者にどこまで求償できたか。答え=主たる債務者が現に利益を受けている限度。 図:定着の問い

  • 債務者の意思に反して保証をした人(無委託の保証人)は、債務者にどこまで求償できたか
  • 答え=主たる債務者が現に利益を受けている限度

3項に入る前に、1問です。保証の回で、債務者に頼まれていない保証人の求償を見ました。債務者の意思に反して保証をした人は、債務者にどこまで求償できましたか?債務者が、現に利益を受けている限度です。債務者が嫌がっていたのに保証した人でも、保証そのものは有効でした。ただ、返してもらえるのは、債務者が今も手元に受けている利益の分だけに絞られました。今日の3項は、それと同じ発想です。

702条3項。管理者が本人の意思に反して事務管理をしたとき=本人が現に利益を受けている限度でのみ、1項・2項を適用。成立の線(4つめの条件)と、償還の範囲の線(702条3項)の2段構え。 図:702条3項

  • 管理者が本人の意思に反して事務管理をしたとき=本人が現に利益を受けている限度でのみ、1項・2項を適用
  • 成立の線(4つめの条件)と、償還の範囲の線(702条3項)の2段構え

3項は、管理者が本人の意思に反して事務管理をしたとき、本人が現に利益を受けている限度でのみ、1項と2項を適用する、という規定です。違いは、明らかかどうかです。意思に反することが明らかなら、そもそも成立しません。ところが、管理を始めた時点で明らかでなく、成立はしたけれども、実は本人の意思に反していた、ということがあります。このとき、償還の範囲が絞られます。成立するかどうかの線と、償還の範囲の線の、2段構えです。例です。Aが、配管の応急修理に5万円をかけました。ところがBは、もともと他人に触られたくない考えで、誰にも話していなかったので、明らかではなかった。帰宅したBが、その配管を全部取り外して、新品に替えました。応急修理の成果が、Bの手元に残っていないと評価されるなら、現に利益を受けている限度が小さくなり、償還も小さくなります。ただ、水損を防いだ利益が残ると評価される余地もあります。利益の有無は事案ごとの判断ですが、考え方は、この形です。なぜ絞るのか。ここでも、本人の自己決定を尊重する趣旨からです。成立は認めても、償還は、本人が現に得た利益の限度に抑えます。ただ、本人の意思に反したときの扱いは、制度ごとに違います。第三者弁済の回で見たとおり、正当な利益の無い第三者が、債務者の意思に反して払っても、原則として、有効な弁済になりませんでした。保証は、有効で、求償の範囲が絞られます。事務管理は、反することが明らかなら成立せず、明らかでなければ成立して、償還の範囲が絞られます。

賠償と報酬は請求できない

損害賠償と報酬。請求できる=有益な費用/当然予期される損害(「費用」に含める)。請求できない=損害賠償そのもの(650条3項は準用されない)/報酬(明文なし)。 図:損害賠償と報酬

  • 請求できる=有益な費用/当然予期される損害(「費用」に含める)
  • 請求できない=損害賠償そのもの(650条3項は準用されない)/報酬(明文なし)

次に、返ってこないものを見ます。1つめは、損害賠償です。作業中に管理者が損害を受けても、本人に賠償を請求する規定が、事務管理にはありません。比べます。委任では、650条3項で、受任者が自分に過失なく受けた損害を、委任者に請求できました。事務管理では、これが準用されていません。701条は、委任の規定を事務管理に借りてくる条文ですが、借りるのは645条から647条まで、つまり報告や、受け取った物の引渡しといった、管理者の側の義務だけです。本人の側の義務で借りているのは、702条2項の650条2項だけです。だから、損害賠償の請求自体はできません。

条文民法701条

民法第701条 第六百四十五条から第六百四十七条までの規定は、事務管理について準用する。

そこで救済があります。その管理にどうしてもともなう損害は、702条1項の費用に含めて請求できる、とするのが通説です。損害賠償の名前では請求できないけれど、費用の中に入れて請求する、という整理です。

⭐ 論文で書く規範:【規範(通説で立てる)】損害賠償を求める根拠になる条文が、事務管理には置かれていない。だから、損害賠償としては請求できない。ただし、その管理に当然ともなう損害は、702条1項の費用に含めて請求できるとするのが通説である。 (論文の骨格。条文の反対解釈と、費用への包摂で通説が立てる)

設例では、水を止める作業で手を切る程度は、当然予期されます。治療費は、費用として請求できます。反対に、作業の最中にたまたま落雷があり、Aが大けがをした、という場合は違います。水を止める作業に当然ついてくる危険ではないので、費用には入りません。事務管理を理由に、損害賠償として請求することもできません。2つめは、報酬です。事務管理には、報酬の規定がありません。委任なら、648条1項で、特約があれば報酬を請求できました。事務管理には、その規定がないので、請求できません。Aが、5万円に加えて、3時間働いた手間賃を求めても、出ません。

国会の答弁書に、理由が示されています。

国会答弁(衆議院・質問第388号・答弁第388号)。「管理者の本人に対する一般的な報酬請求権や損害賠償請求権を認めると、本人の事務について他人の過度の干渉を招くおそれがあると考えられる。」「管理者の保護は、事案に応じた同条の適切な解釈・適用により図られ得るものと考えている。」 図:国会答弁

  • 衆議院・質問第388号・答弁第388号
  • 「管理者の本人に対する一般的な報酬請求権や損害賠償請求権を認めると、本人の事務について他人の過度の干渉を招くおそれがあると考えられる。」「管理者の保護は、事案に応じた同条の適切な解釈・適用により図られ得るものと考えている。」

答弁には、こうあります。管理者に、一般的な報酬請求権や損害賠償請求権を認めると、本人の事務に、他人の過度の干渉を招くおそれがある。管理者の保護は、702条の適切な解釈や適用で図られる。答弁は、そう述べています。さっきの、当然予期される損害を費用に含める扱いも、その解釈の一例です。なお、医師が行き倒れの人を治療する、のような営業として行う行為は、通常の報酬相当額を、費用として請求できる、と考える見解もあります。報酬そのものを認めるのではなく、さっきの、費用の解釈で補う考え方を広げたものです。答案の基本は、報酬は出ません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。損害賠償の可否は、理由を添えて書けるようにしておきましょう。

委任と並べる

定着の問い。委任者の義務は5つ。報酬/費用の前払/費用の償還/代弁済と担保/あと1つは何か。 図:定着の問い

  • 委任者の義務は5つ
  • 報酬/費用の前払/費用の償還/代弁済と担保/あと1つは何か

比較表に入る前に、1問です。委任の回で見た、委任者の義務を思い出せますか? 報酬、費用の前払い、費用の償還、代弁済と担保。あと1つは何でしたか?損害賠償です。650条3項の、過失なく受けた損害でした。5つを、この順で並べます。

委任と事務管理の比較表(行=委任者の義務)。報酬=委任 648条1項(特約があれば)/事務管理 明文なし・請求できない。費用の前払=委任 649条(受任者の請求により)/事務管理 準用なし(701条は645条〜647条だけ)。費用の償還=委任 650条1項(必要と認められる費用と支出の日以後の利息)/事務管理 702条1項(有益な費用・利息の定めなし)。代弁済・担保=委任 650条2項/事務管理 702条2項(650条2項を準用)。損害賠償=委任 650条3項(受任者に過失がなければ)/事務管理 準用なし(当然予期される損害は費用)。事務管理だけ=意思に反した場合は現に利益を受けている限度(702条3項)。 図:委任と事務管理の比較表

  • 行=委任者の義務
  • 報酬=委任 648条1項(特約があれば)
  • 事務管理 明文なし・請求できない。費用の前払=委任 649条(受任者の請求により)
  • 事務管理 準用なし(701条は645条〜647条だけ)。費用の償還=委任 650条1項(必要と認められる費用と支出の日以後の利息)
  • 事務管理 702条1項(有益な費用・利息の定めなし)。代弁済・担保=委任 650条2項
  • 事務管理 702条2項(650条2項を準用)。損害賠償=委任 650条3項(受任者に過失がなければ)
  • 事務管理 準用なし(当然予期される損害は費用)。事務管理だけ=意思に反した場合は現に利益を受けている限度(702条3項)。

表を上から読みます。報酬は、委任なら、特約があれば648条1項で請求できます。事務管理は、明文がなく、請求できません。費用の前払いは、委任なら649条で、請求により前払いが受けられます。事務管理は、701条が準用するのが645条から647条までなので、649条は準用されません。前払いは、請求できません。立て替えるのは、あくまで管理者です。費用の償還は、どちらもあります。委任は、650条1項で、必要と認められる費用と、支出の日以後の利息です。事務管理は、702条1項で、有益な費用です。条文に、利息の定めはありません。代弁済と担保も、どちらも650条2項の仕組みです。損害賠償は、委任なら650条3項です。事務管理は、準用がありません。ただし、当然予期される損害は、費用に含めます。最後に、事務管理だけの行があります。意思に反した場合は、現に利益を受けている限度です。

ここで比べました。一言でまとめます。頼まれた委任は、報酬や前払い、損害賠償まで、本人が負います。頼まれていない事務管理は、本人が負うのは、費用の償還と、代弁済と担保に、ほぼ限られます。設例で言えば、もしBがAに頼んでいて、手間賃の約束もあったなら、Aは手間賃も、業者代の前払いも求められました。頼まれていないので、返るのは5万円と、当然予期されたケガの治療費までです。頼まれたか、頼まれていないか。この1点が、表の差を生み出しています。

設例への答えと、まとめ

設例への答え。1つめ=止水の手配と代金の支払は、Bの事務の管理。2つめ=AはBに頼まれておらず、法律上の義務もない。3つめ=Bのためにする意思がある(自分の家を守る意思があっても併有でよい)。4つめ=Bの意思や利益に反することは明らかでない。→事務管理が成立。効果=Aの違法性は消える/5万円は有益な費用として702条1項でBに償還請求できる/手間賃は出ない/手を切ったなら治療費は費用として請求できる。 図:設例への答え

  • 1つめ=止水の手配と代金の支払は、Bの事務の管理
  • 2つめ=AはBに頼まれておらず、法律上の義務もない
  • 3つめ=Bのためにする意思がある(自分の家を守る意思があっても併有でよい)
  • 4つめ=Bの意思や利益に反することは明らかでない
  • →事務管理が成立
  • 効果=Aの違法性は消える/5万円は有益な費用として702条1項でBに償還請求できる/手間賃は出ない/手を切ったなら治療費は費用として請求できる

冒頭の問いに戻ります。4つの条件を、1つずつ当てはめます。水を止める手配と代金の支払は、他人Bの事務の管理です。AはBに頼まれておらず、法律上の義務もありません。Bのためにする意思があります。自分の家を守る意思があっても、併有でかまいません。Bの意思や利益に反することは、明らかではありません。だから事務管理が成立します。Aの違法性は消えます。Cに払った5万円は、有益な費用として、702条1項でBに請求できます。手間賃は出ません。作業で手を切ったなら、その治療費は、費用として請求できます。頼まれていなくても、返ってくるけれど、お礼までは出ない、ということですね。事務管理は、助け合いを認める制度です。ただし、干渉を広げないように、効果は、費用の線で止まっています。もしAが、業者にBの名前で契約していたら、業者はBに代金を請求できるのでしょうか。

参照条文

  • 民法697条1項
  • 民法700条ただし書
  • 民法702条
  • 民法701条

民法 全体ロードマップへ →