名誉毀損とプライバシー侵害
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第6章 法定債権 #295/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
証明しきれなかった記事は、違法か
図:冒頭の設例 Aは地域の情報サイトの運営者
- 市議会議員Bについて「Bは、市の工事を請け負う業者から接待を受けた」という記事を載せた
- 後の裁判で、接待があったことを証明しきれなかった
- Aは責任を負うのか
- 本当のことを書いていたらどうか
- A=記事を載せた人/B=市議会議員
今日は、その名誉とプライバシーです。709条の5つの要件のうち、2つめの、権利又は法律上保護される利益の侵害の続きです。設例から入ります。Aは、地域の情報サイトの運営者です。市議会議員のBについて、「Bは、市の工事を請け負う業者から接待を受けた」という記事を載せました。あとの裁判で、接待があったことを、証明しきれませんでした。記号は、Aが記事を載せた人、Bが議員です。この設例を、問いを3つに分けて考えます。1つめ、書いたことが本当でも、責任を負うことはあるのか。2つめ、本当だと証明しきれなくても、責任を負わないことはあるのか。3つめ、「Bは議員にふさわしくない」と、意見を書き足したらどうなるのか。
先に、答えの骨だけ言います。本当でも、責任を負うことはあります。逆に、証明しきれなくても、責任を負わないことがあります。理由は、これから見ます。地図を一つ呼び戻します。前回までに、709条の要件を5つに整理しました。故意か過失、権利又は法律上保護される利益の侵害、損害、因果関係、そして5つめの、不法行為の成立を否定する事由が無いこと、でした。違法というのは、その行為を正当化する事情が無い、ということです。名誉を傷つけたと言えても、5つめで正当化されたり、1つめの故意か過失が無かったりして、責任が否定される場合があります。今日は、その道筋を見ます。憲法の回で、名誉毀損は、表現の自由との調整が要る、と見ました。そのとき、民事では709条の不法行為として問題になり、中身は民法で扱う、と送りました。今日が、その回収です。順番は、名誉とは何か、事実を書いた場合、意見を書いた場合、最後にプライバシーです。
名誉とは 社会から受ける客観的評価
図:名誉の定義と区別
- 名誉=人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価
- これを低下させる表現なら、事実の摘示でも意見・論評でも名誉毀損は成立しうる
- ただし要件が異なるので、事実か意見・論評かの区別が必要
まず、名誉の意味です。判決を見ます。
判例最判平9・9・9 民集51巻8号3804頁
名誉毀損の不法行為が成立する表現 新聞記事に関する事案 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。
名誉とは、人の品性や徳行、名声、信用などについて、社会から受ける客観的評価です。本人がどう感じたかではなく、世の中の評価です。刑法の名誉毀損罪の回で、社会の中での評価、外部的名誉と見ました。それと同じ捉え方です。喩えるなら、通知表です。自分の自己評価ではなく、周りがつけた成績が下がったかを見ます。そして判決は、その評価を下げる表現なら、事実を書いたものでも、意見を述べたものでも、成立しうると言っています。ただし、そのあとに続きがあります。区別が必要になるのです。
判例最判平9・9・9 民集51巻8号3804頁
事実の摘示か、意見ないし論評か 区別が必要な理由と基準 事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。……当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し
区別が要る理由は、要件が異なるからです。摘示というのは、事実を示すこと、つまり、何かがあった、と書くことです。区別の基準について、判決は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にする、と言います。一般の読者が読んだら、どう読めるか、です。記事の前後の文脈や、読者の知識、経験を考えます。誇張や比喩、人から聞いた話の紹介、推論の形をとっていても、間接的に、証拠で存在するかどうかを決められる特定の事項を言っていると読めるなら、事実の摘示と見ます。また、前後の文脈から、叙述の前提として黙示的に主張していると読める場合も、事実の摘示と見ます。
「接待を受けた」は、接待があったかどうかを、証拠で調べられます。事実の摘示です。「Bは議員にふさわしくない」は、証拠で白黒をつけられません。評価です。意見や論評です。境界のすぐ外も見ます。「Bは業者の財布だ」と書いたら、どうでしょう。比喩の形です。でも、読者は「業者に便宜を図ってもらっている」と受け取るでしょう。これは、証拠で存在を決められる事柄を、間接的に言っていると読めます。読者がそう受け取るなら、事実の摘示と見られます。比喩の形をとったからといって、論評になるとは限りません。ここで、条文を一つ確認します。名誉を傷つけた人への、効果の定めです。
条文民法723条
民法第723条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
名誉を毀損した人に対しては、損害賠償のほかに、名誉を回復するのに適当な処分を命じられます。例が、謝罪広告の掲載です。この処分の中身は、名誉回復の効果を扱う、あとの回で見ます。今日は、名誉毀損が成立する場面を見ます。
事実を書いた場合 3つの要件と相当の理由
図:事実摘示型の免責
- 公共の利害に関する事実に係り/専ら公益を図る目的/摘示された事実が真実であることの証明→違法性がない
- 証明できなくても、真実と信ずるについて相当の理由→故意・過失がない
- 設例=市議会議員の接待の記事
まず、事実を書いた場合です。設例の記事に戻ります。「接待を受けた」は、事実の摘示です。そして、Bの社会的評価を下げる内容です。名誉毀損の不法行為が成立しうるところまでは、見えました。ここから、責任が否定される場合を見ます。判決の事案です。総選挙の立候補者について、新聞が、学歴や経歴を詐称した、警察から追及された、前科があった、という記事を載せました。内容は、経歴詐称の点を除いて真実でした。経歴詐称の点は、真実ではありませんでした。ただ、新聞社には、真実と信ずるについて、相当の理由がありました。最高裁は、不法行為の成立を否定しました。ここで問いです。書いたことが本当だと証明できたなら、それでもう責任は無いでしょうか。足りない要件は、ありませんか?
最初に、本当でも責任を負うことはある、と聞きました。他人の悪口を、本当だからって書いていいわけじゃない、ということです。判決を見ます。
判例最判昭41・6・23 民集20巻5号1118頁
名誉毀損と、真実の証明、相当の理由 立候補者に関する記事の事案 民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】事実を摘示しての名誉毀損は、①公共の利害に関する事実に係り、②専ら公益を図る目的に出た場合に、③摘示された事実が真実であることが証明されたときは、違法性がなく、不法行為は成立しない。③が証明されなくても、真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は名誉毀損の免責を書いていない。決め手=証明に失敗すれば必ず責任を負うとすると、確かな取材をした記事まで萎縮して、世に出るべき批判が出なくなるから)
規範は、3つの関所です。1つめ、公共の利害に関する事実であること。2つめ、専ら公益を図る目的であること。3つめ、摘示した事実が真実であると証明できること。この3つがそろえば、違法性がなく、不法行為は成立しません。刑法の回で見た、230条の2が求める3つと、同じ並びです。民事で刑法の条文そのものが使えるわけではありません。この判決は、刑法230条の2の規定の趣旨からも十分うかがえる、と言っています。刑法の条文をあてはめる、とは言っていません。民事は、あくまで709条の不法行為の問題で、判例がその考え方を採った、ということです。真実の証明は、細部まで一字一句そのとおりでなくてよく、重要な部分が真実であれば足りる、と後の判例は言っています。あとで見る、論評の判決です。ただ、本当のことでも、1つめか2つめが欠ければ、違法性は残ります。たとえば、設例の記事が本当でも、Aが、Bへの個人的な恨みを晴らすためだけに書いたなら、専ら公益を図る目的とは言いにくいでしょう。ここで、復習です。709条の要件5つのうち、正当防衛のように行為の違法をなくす事情は、何番目でしたか?
5つめでした。これを今の規範と重ねます。3つの関所を通って、真実だと証明できたとき、違法性がなくなります。これが、5つめの、成立を否定する事由に当たります。一方、真実だと証明できなくても、真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意もしくは過失が無い、とされます。これは、1つめの要件に当たります。証明できたときは、書いたこと自体が正当化されます。証明できないときは、書いたことは正当化されませんが、確かめたうえで信じた人を責めることはできない、と見るのです。
図:責任が否定される2つの通り道
- 証明できた=違法性がない(5つめ)
- 証明できないが相当の理由がある=故意・過失がない(1つめ)
- 同じ「責任を負わない」でも通り道が違う
- 民事=故意もしくは過失がない/刑事=犯罪の故意がない
同じ責任を負わない、でも、通り道が違います。ここを取り違えて、相当の理由があるときは違法性がない、と書かないでください。憲法の回と刑法の回でも、証明がなくても救われる道を見ました。刑法では、犯罪の故意がない、でした。民事では、故意もしくは過失がない、です。証明できなければ必ず責任を負う、とすると、どうなるでしょう。確かな取材をして書いた記事でも、裁判で証明に失敗すれば、責任を負います。それなら、書く人は怖くなって、世に出るべき批判まで出なくなります。憲法の回で見た、萎縮効果です。だから、証明できなくても、相当の理由があれば救います。ただし、ただ信じていただけでは足りません。相当の理由が要ります。
取材で裏付けを取って、これは真実だと信じるのももっともだ、と言える事情です。刑法の回で見た刑事の判決は、確実な資料、根拠に照らし相当の理由、と言いました。この民事の判決は、その前置きを付けず、真実と信ずるについて相当の理由、とだけ言います。民事の答案は、この民事の判決の言葉で書いてください。設例に当てはめます。Bは市議会議員なので、公共の利害に関する事実です。市政を知らせる目的なら、公益を図る目的です。接待があったことを証明できれば、違法性がありません。証明しきれなかったときも、取材で裏付けを取っていて、真実と信じる相当の理由があれば、故意もしくは過失がなく、Aは責任を負いません。逆に、うわさを聞いただけで書いたなら、相当の理由は認められにくいでしょう。
意見を書いた場合 4つの要件
図:論評型の免責
- 公共の利害に関する事実に係り/専ら公益を図る目的/意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明/人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱していない→違法性がない
- 前提事実が証明できなくても相当の理由→故意・過失がない
- 設例=「だからBは議員にふさわしくない」
次は、意見や論評です。設例の記事に、「だからBは議員にふさわしくない」と書き足した場合です。この意見は、前提になる事実、つまり接待を受けた、という事実の上に立っています。判決の事案を見ます。捜査中の事件で勾留されていた男性について、新聞が、関係者の談話の形で、「極悪人」「死刑」などと載せました。原審は、これは意見の表明で、嫌疑は広く報道されていたので、不法行為は成立しない、としました。最高裁は、原審の判断を是認できないとして、破棄して差し戻しました。責任を認めたのではない点に注意してください。談話の紹介の形で、犯罪を犯したと断定的に主張し、その事実を前提に、悪性を強調する意見や論評を公表したものと読んだのです。論評の規範を、判決で確認します。
判例最判平9・9・9 民集51巻8号3804頁
意見ないし論評による名誉毀損 免責の要件 ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである。……そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】意見ないし論評による名誉毀損は、①公共の利害に関する事実に係り、②専ら公益を図る目的で、③ 意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときは、④人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱したものでない限り、違法性を欠く。③が証明されなくても、前提としている事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意又は過失は否定される。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は論評の免責を書いていない。決め手=論評は事実と違って真偽を決められないので、証明の対象は前提にした事実にして、そのかわり論評の域を超えないことを求めるから)
事実を書いた場合の3つの関所に、もう一つ足されます。1つめ、2つめは同じです。公共の利害に関する事実、専ら公益を図る目的。3つめは、証明する対象が変わります。書いた意見そのものではなく、意見の前提にした事実が、重要な部分について真実であること。そして4つめが、人身攻撃に及ぶなど、論評の域を逸脱していないこと、です。「ふさわしくない」は、真偽を証明できる性質のものではありません。だから、前提の事実を証明させます。そのかわり、前提の事実が本当だからといって、何を言ってもよいわけではありません。人格そのものを攻撃するような言い方は、域を逸脱します。設例に当てはめます。前提の事実は、「接待を受けた」です。それが重要な部分で真実だと証明できて、「議員にふさわしくない」という意見が、議員としての行いへの批判にとどまっていれば、違法性がありません。たとえば、「あの議員は人間のくずだ」と書いたら、人身攻撃です。前提が本当でも、域を逸脱します。
事実を書いた場合と同じ道があります。前提にした事実を本当だと信じたことに、相当の理由があれば、故意または過失が否定されます。ここで、さきほどの判決の続きです。
判例最判平9・9・9 民集51巻8号3804頁
嫌疑が広く報道されていても 相当の理由の有無 ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。
嫌疑が広く報道されていても、それだけで、相当の理由は認められません。嫌疑があることと、犯罪を行ったことは、事実として全く別だからです。みんなが言っているから本当だ、では足りません。設例なら、地域で「接待があったらしい」といううわさが広がっていても、それだけでは足りない、ということです。ここで問いです。事実を書いた場合と論評の場合で、要件が一つ多いのは、どちらでしょうか?
図:2列の比較
- 事実摘示型(3要件)=①公共の利害に関する事実②専ら公益を図る目的③摘示した事実が(重要な部分で)真実
- 論評型(4要件)=①②は同じ
- ③前提事実が重要な部分で真実
- ④論評の域を逸脱しない
- どちらも③が証明できないとき=相当の理由→故意・過失がない
板にまとめます。共通は、公共の利害に関する事実と、専ら公益を図る目的です。違いは、3つめと4つめです。事実を書いた場合は、書いた事実が真実であること。意見を書いた場合は、前提の事実が重要な部分で真実であることと、論評の域を逸脱していないこと。どちらも、3つめが証明できないときは、相当の理由があれば、故意または過失がありません。
プライバシー 前科の公表
図:プライバシーの設例
- Aは、地元の出来事を描くノンフィクションを出版し、登場人物Bが昔、傷害事件で服役したことを実名で書いた
- Bは遠い町で静かに暮らし、前科は職場の誰も知らない
- 書いたことは本当
- A=著者/B=実名で書かれた人
ここからは、プライバシーです。憲法の回で見たとおり、プライバシーは、出発点では、私生活をみだりに公開されない、という保障です。設例です。Aは、地元の出来事を描くノンフィクションを出版しました。そこで、登場人物のBが、昔、傷害事件で服役したことを、実名で書きました。Bは今、遠い町で静かに暮らしていて、前科は、職場の誰も知りません。記号は、Aが書いた人、Bが書かれた人です。書かれたことは、本当です。その前に、復習です。刑法の名誉毀損罪で、230条の2が処罰しない条件は、3つありました。公共の利害に関する事実と、専ら公益を図る目的と、あと1つは何でしたか?
真実であることの証明、です。名誉毀損では、真実だと証明できることが、責任を否定する方向に働きました。憲法の回では、これを真実の向きが逆になる、と整理しました。プライバシーは、真実だからこそ傷つく場面です。ここで問いです。名誉毀損では、本当のことだと証明できれば責任が否定される方向でした。プライバシーでは、本当のことなら、どうなるでしょうか?真実でも、責任を負うことがあります。この判決は、憲法の回でも、表現の自由との調整として見ました。今日は、民法の不法行為として、判旨を読みます。判決の事案です。事件から12年余りたった人がいました。有罪判決を受けて服役し、仮釈放のあと、故郷を離れて上京しました。無名の一市民として会社に勤め、結婚していました。前科は、職場にも妻にも隠していました。その人の実名が、その裁判にかかわった著者のノンフィクションで使われました。最高裁は、著者の不法行為責任を認めた原審を是認しました。判決は、二段で答えます。1つめ、前科を公表されない利益は、守られるのか。2つめ、それでも公表が許されるのは、どんなときか。
判例最判平6・2・8 民集48巻2号149頁
前科を公表されない利益 新しい社会生活の平穏 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである。……その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。
判決は、みだりに前科等にかかわる事実を公表されないことについて、法的保護に値する利益がある、と言います。名誉や信用に、直接にかかわる事項だからです。さらに、服役を終えた人は、一市民として社会に復帰することが期待されます。だから、新しく形成している社会生活の平穏を害されず、更生を妨げられない利益もあります。
判例最判平6・2・8 民集48巻2号149頁
前科の公表が許される場合 考慮要素と結論 前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】前科等にかかわる事実を実名で著作物に公表したことが不法行為になるかは、その者のその後の生活状況、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性を併せて判断する。前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、精神的苦痛の賠償を求めることができる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は前科の公表を書いていない。決め手=前科を公表されない利益は法的保護に値するが、事件の歴史的・社会的な意義や公職の適否の判断の資料として公表する値打ちがある場合もあるので、両方を併せて見て、公表されない利益が優越するかで決めるから)
公表されない利益があるとしても、公表が許される場合もあります。前科も、事件の歴史を残したり、公職にふさわしいかを判断したりする材料として、世に知らせる値打ちがある場合があるからです。冒頭で言った、表現の自由とぶつかるところです。そこで、先ほどの考慮要素を併せて見て、公表されない法的利益が優越するときに、精神的苦痛の賠償を求められます。
図:前科の公表の考慮要素
- 書かれた人の側=その後の生活状況/当事者の重要性/社会的活動と影響力
- 事件と著作の側=事件の歴史的・社会的意義/著作の目的・性格に照らした実名使用の意義と必要性
- 公表されない法的利益が優越すれば賠償
2つの組に分けます。1つめは、書かれた人の側です。その後の生活の様子、当事者としての重要性、社会での活動と影響力。2つめは、事件と本の側です。事件の歴史的、社会的な意義と、本の目的に照らして、実名を使う必要があったか。判決のあてはめでは、事件から12年余りが経っていて、本人は社会復帰に努めて新しい生活を築いていました。無名の一市民で、批判の資料として前科の公表を受忍すべき、つまり、我慢して受け入れるべき、公的な立場の人ではありません。さらに、著作の目的を考えても、実名を使う必要があったとは解されない、とされました。つまり、著作の中身は書けても、実名まで書く必要は無かった、ということです。今日の設例のBも、同じ方向です。服役を終えて、遠い町で静かに暮らす、無名の一市民です。地元の出来事を描く本に、Bの実名まで要るとは言いにくいでしょう。公表されない法的利益が優越する方向に傾きます。境界のすぐ外も見ます。同じ判決は、選挙で選ばれる公職にある人や、その候補者のように、社会一般の正当な関心の対象となる公的な立場にある人の前科が、公職にあることの適否を判断する一つの資料として公表されたときは、違法ではない、とも言っています。有権者は、その人に公職を任せてよいかを、過去の行いも含めて判断する必要があるからです。先ほどの、立候補者の記事の判決と、同じ線です。無名の一市民の前科と、選挙に出る人の前科は、同じ前科でも扱いが分かれます。
常に違法とは言えません。事件の歴史的、社会的な意義、当事者の重要性、実名使用の必要性で決まります。この判決の文には、プライバシーという言葉は出てきません。判決の言葉は、「法的保護に値する利益」と「優越」です。

名誉毀損との違いを、板で比べます。名誉毀損は、社会的評価を下げる表現で、真実の証明があれば違法性がありません。プライバシーの前科の公表は、公表されない法的利益と、公表の必要を比べます。公表されない法的利益が優越すれば、真実でも責任を負います。憲法の回では、前科の情報を弁護士会が照会した場面の判決も見ました。あれも、前科は、みだりに公開されない利益として保護される、という同じ土台の上にあります。今日の判決は、その利益を侵害した著者に、民事の賠償責任を問うかを見たもの、と整理できます。賠償の額である慰謝料は、損害の回で見ます。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
- 名誉=社会から受ける客観的評価
- 事実摘示型=3要件(公共の利害・公益目的・真実の証明)→違法性なし、相当の理由→故意・過失なし
- 論評型=前提事実の真実の証明+論評の域を逸脱しない
- 前科の公表=公表されない法的利益が優越すれば、真実でも成立
設例の答えを出します。情報サイトの記事です。公共の利害に関する事実で、公益を図る目的なら、接待があったと証明できれば、違法性がありません。証明しきれなかったときも、取材で裏付けを取っていて、真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意もしくは過失がなく、Aは責任を負いません。「ふさわしくない」という意見は、前提の事実が重要な部分で真実だと証明できて、人身攻撃でなければ、違法性がありません。ノンフィクションで前科を書いた場合は、本当でも、公表されない法的利益が優越すれば、Aは責任を負います。設例のBは無名の一市民で、実名を使う必要も乏しいので、その方向に傾きます。まとめます。1つめ、名誉は、社会から受ける客観的評価です。これを下げる表現なら、事実を書いたものでも、意見を述べたものでも、名誉毀損は成立しえます。その区別は、一般の読者の普通の読み方で決めます。2つめ、事実を書いた場合です。公共の利害に関する事実、専ら公益を図る目的、真実の証明の3つがそろえば、違法性がありません。証明できなくても、真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意もしくは過失がありません。通り道が違います。3つめ、意見を書いた場合です。前提の事実の真実の証明と、論評の域を逸脱しないことが要ります。最高裁は、嫌疑が広く報道されていても、直ちには相当の理由にならない、として、原審の判断を是認できないと差し戻しました。
4つめ、前科の公表です。みだりに公表されない法的保護に値する利益があり、公表されない法的利益が優越するとき、真実でも不法行為になります。事実を書いた場合と意見を書いた場合の区別、相当の理由がどこに位置づくか、前科の公表の判断は、論文で論点になりうるところです。
参照条文
- 民法723条