生命侵害の相続構成と711条
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第6章 法定債権 #302/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
死んだ人に請求権は生まれるか
図:冒頭の設例 会社員Bが、通勤の途中、Aの運転する車にはねられて即死した
- Bは、これから30年近く働いて稼ぐはずだった
- Bの家族は、妻Cと子D
- A=加害者/B=亡くなった人/C=Bの妻/D=Bの子
- 死んだBに、賠償請求権は生まれるのか
前回は、亡くなった人の損害の明細書を数えました。葬儀の費用や墓碑と仏壇、それに逸失利益の式です。今日は、その明細書の請求権が、そもそも誰のものになるのかを見ます。設例です。会社員のBが、通勤の途中で、Aの運転する車にはねられ、即死しました。Bは、これから30年近く働いて稼ぐはずでした。その額の数え方は、前回見たとおりです。記号は、Aが加害者で、Bが亡くなった人です。Bの家族は、場面によって変わります。そのつど、誰がいるのかを言い直します。今日の問いは2つです。1つめは、死んだBに賠償請求権は生まれるのか。生まれないなら、遺族は何を請求できるのか。2つめは、Bが味わった苦痛の分の慰謝料も、遺族に受け継がれるのか。
死んだ人に、請求権が生まれるのか。そこが今日の出発点です。先に答えだけ言っておきます。判例は、即死でもBに請求権が生まれて相続される、と考えます。ただし、Bの相続人にならない人は、別の道で自分の損害を請求します。慰謝料は、Bの分が相続されるうえに、近親者が自分の分も請求できます。
図:今日の地図
- 亡くなった場合の「誰が請求するか」を損害の種類ごとに見る
- ①逸失利益(入ってこなくなったお金)=被害者本人に生まれて相続/相続人でない人・放棄した人は自分の扶養利益の喪失で請求
- ②慰謝料(苦痛の賠償)=被害者本人の分が当然に相続/近親者は711条で自分の分を請求
- 積極的損害(葬儀費用など)は、支出した遺族が請求(前回)
- 軸=請求権は誰のものか
地図です。損害の分類を見た回では、2かける2の表を見ました。出ていったお金、入ってこなくなったお金、そして慰謝料でした。今日は、その「死亡」の場合に、誰が請求するのかを埋めます。出ていったお金のうち、遺族が払った分は、払った遺族が請求する、と前回で済みました。Bが生前に自分で払った治療費は、逸失利益と一緒に、このあと見ます。残るのは、入ってこなくなったお金の逸失利益と、慰謝料です。軸は1つです。その請求権は、誰のものか。逸失利益を先に、慰謝料を後に見ます。
逸失利益は被害者本人に生まれて相続される
図:場面① Bに妻Cと子Dがいる
- C・DがBの逸失利益を請求したい
- 傷害後死亡の流れ=受傷→(請求権が発生)→死亡→相続(C・D)
- 条文=民法882条
場面①です。Bには、妻のCと、子のDがいます。C・Dが、Bの逸失利益を請求したいとします。そのときの問いです。権利能力が終わるのは、どんなときだけでしたか?死亡したときだけです。失踪宣告では終わりませんでした。Bの権利能力は、死亡で終わります。では、順番に見ます。まず、簡単なほうからです。Bが即死ではなく、搬送先で数日後に亡くなったとします。受傷の時点で、Bはまだ生きています。権利能力があります。事故で労働能力を失った時点で、Bは、将来の収入を失う損害を受けています。その損害の賠償請求権は、この時点でBに発生します。そして、Bが亡くなると、請求権はCとDに移ります。ここで使う条文は、相続の始まりを定める882条です。
条文民法882条
民法 第八百八十二条 相続は、死亡によって開始する。
相続が始まるのは、死亡のときです。受傷から死亡までのあいだ、請求権の持ち主はBでした。死亡の時点で、その請求権が、相続人のCとDに移ります。前回残した、Bが生前に自分で払った治療費の請求権も、同じ道筋でCとDに移ります。判例は、この道筋を大審院の時代から採ってきました。
図:即死の場合
- 死亡と同時に権利能力は終わる→Bに請求権が生まれる余地はないのか
- 判例・通説=生まれる
- 理由①結論の釣り合いという問題意識(数日後に亡くなれば相続されるのに、即死だと何も受け継げないのは不当)/②受傷と死亡のあいだに観念的な時間的間隔がある(受傷の瞬間に請求権が発生→直後の死亡で相続)
では、即死の場合を考えます。問いです。Bは事故で即死しました。死亡と同時に、権利能力は終わります。それでも、Bに賠償請求権が生まれた、と言えるでしょうか?即死なら、請求権が生まれる余地がない。理屈の上では、そこが相続の考え方の弱点に見えます。受傷と死亡が同時なら、請求権が生まれる瞬間にBはもういない、ということになるからです。判例と通説の答えは、生まれる、です。理由は2つあります。1つめは、結論の釣り合いという問題意識です。数日生きて亡くなれば、請求権が相続される。即死なら、請求権はそもそも生まれず、遺族は何も受け継げない。これでは、被害者がより重い結果になった場合ほど、加害者の払う額が軽くなってしまいます。2つめは、理屈の組み立てです。即死でも、観念的には、受傷と死亡のあいだに時間的な間隔がある、と考えます。観念的とは、頭の中で区別して考える、という意味です。受傷の瞬間に請求権が発生し、その直後の死亡で相続される、と考えるわけです。喩えるなら、ドミノが倒れる場面です。写真を撮ると、2枚が同時に倒れたように見えても、必ず、先に倒れた1枚と、後に倒れた1枚があります。受傷が先、死亡が後。そう順番をつければ、請求権は、いったん被害者本人のものになります。
結論の釣り合いが決め手です。なお、同じ事故でBと妻のCが亡くなり、どちらが先か分からない場合は、32条の2で、同時に亡くなったものと推定されます。相続するには、相続が始まる時に生きていなければなりません。同時なら、CはBの請求権を相続しません。同時死亡の回で見た推定です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】逸失利益の賠償請求権は、被害者本人に発生し、その死亡により相続人が相続する。即死の場合も、受傷と死亡のあいだに観念的な時間的間隔があり、同様に解する。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、死んだ人の損害賠償請求権の発生を書いていない。決め手=傷害後に死亡した場合と即死の場合とで結論が変わるのは、釣り合いを欠くから)
実際に最高裁の判決も、普通に「相続により取得すべき死亡者の逸失利益」と言います。相続構成が前提になっています。相続構成とは、被害者本人の請求権を相続人が受け継ぐ、という組み立てです。
相続人でない人と相続を放棄した人は自分の損害を請求する
図:場面② Bに妻も子も親もない
- Bは内縁の妻Cと長年同居し、Cの生活はBの収入に頼っていた
- 法定相続人は疎遠な兄だけ
- 相続構成だと、Cは請求できない
- 固有損害構成=Cが自分の扶養利益の喪失を損害として請求する
場面②です。Bには、妻も子も親もいません。Bは、内縁の妻のCと長年同居していて、Cの生活は、Bの収入に頼っていました。内縁とは、婚姻届は出していないけれど、夫婦として暮らしている関係のことです。Bの法定相続人は、疎遠な兄だけです。そこで出てくるのが、固有損害構成です。亡くなった人の請求権を受け継ぐのではなく、遺族が、自分の損害を自分の名前で請求する、という組み立てです。その損害とは、扶養利益の喪失です。扶養利益とは、Bの収入から、これからも生活の面倒を見てもらえたはずの利益のことです。Bが亡くなったので、Cはその利益を失いました。Cは、Aの不法行為で利益を奪われた被害者でもある、という見方です。判決を見ます。事案は、政府保障事業の事案です。政府保障事業とは、ひき逃げのように加害者側から賠償を受けられない被害者に、国が代わりに一定の額を支払う仕組みです。加害車の保有者が分からない交通事故で、政府が、被害者の内縁の配偶者に、扶養利益の喪失分を支払いました。一方で、被害者の妹らが、相続人として逸失利益のてん補、つまり穴埋めの支払いを求めました。最高裁は、内縁の配偶者への支払分は、妹らの逸失利益から控除すべきだとしました。その理由の中で、扶養利益の請求を述べています。判決の言葉は2段です。1段目は、内縁の配偶者が自分で請求できるか。2段目は、相続人の取り分との関係です。1段目です。
判例最判平5・4・6 民集47巻6号4505頁
内縁の配偶者の扶養利益 判決の言葉① 内縁の配偶者が他方の配偶者の扶養を受けている場合において、その他方の配偶者が保有者の自動車の運行によって死亡したときは、内縁の配偶者は、自己が他方の配偶者から受けることができた将来の扶養利益の喪失を損害として、保有者に対してその賠償を請求することができるものというべきである
読み方はこうです。内縁の配偶者は、相続人でなくても、将来の扶養利益の喪失を損害として、加害者側に自分で請求できる、と言っています。2段目は、相続人との関係です。
判例最判平5・4・6 民集47巻6号4505頁
内縁の配偶者の扶養利益 判決の言葉② 死亡被害者の逸失利益は同人が死亡しなかったとすれば得べかりし利益であるところ、死亡被害者の内縁の配偶者の扶養に要する費用は右利益から支出されるものであるから、死亡被害者の内縁の配偶者の将来の扶養利益の喪失に相当する額として既に支払われた前記てん補額は、死亡被害者の逸失利益からこれを控除するのが相当である
逸失利益は、Bが生きていれば得たはずの収入です。内縁の妻の扶養に使うお金も、その収入から出るものです。だから、内縁の妻が先に受け取った分は、相続人の逸失利益から引く、と言っています。二重には取れない、ということです。この引き算の考え方は、損益相殺として、別の回で見ます。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】相続人でない内縁の配偶者は、被害者から受けることができた将来の扶養利益の喪失を損害として、自分で加害者に請求できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、内縁の配偶者が自分で請求できるとは書いていない。決め手=扶養を受ける立場は、加害者の行為でCが固有に失った利益だから)
図:場面③ Bは巨額の借金を残して亡くなった
- 妻Cと子Dは相続を放棄した
- 放棄した人は初めから相続人でなかったものとみなされる(民法939条)
- 相続構成では逸失利益を取れないので、扶養利益の喪失を自分で請求する
次に、場面③です。Bは、巨額の借金を残して亡くなりました。妻のCと子のDは、相続を放棄しました。ここで効いてくるのが、939条です。
条文民法939条
民法 第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
放棄した人は、初めから相続人でなかったことになります。だから、CとDは、Bの逸失利益を相続できません。借金は引き継ぎたくないので、放棄は当然です。ただ、そうなると、相続構成では、逸失利益を取れません。放棄の本体は、別の回で扱います。では、放棄した妻子は、賠償を一切あきらめるしかないのか。判決は、そうは考えませんでした。事案を役割で言います。夫が殺害されました。夫は、約48億円の負債を抱えていました。妻と子は、相続を放棄したうえで、将来の扶養利益の喪失などの賠償を求めました。原審は、夫の逸失利益の全額を、そのまま扶養利益の総額として、妻子の相続分の割合で分けて認めました。最高裁は、これを破棄して差し戻しました。判決の言葉も2段です。1段目は、放棄しても請求できるか。2段目は、その額をどう数えるかです。1段目です。
判例最判平12・9・7 集民199号477頁
相続を放棄した妻子の扶養利益 判決の言葉① 不法行為によって死亡した者の配偶者及び子が右死亡者から扶養を受けていた場合に、加害者は右配偶者等の固有の利益である扶養請求権を侵害したものであるから、右配偶者等は、相続放棄をしたときであっても、加害者に対し、扶養利益の喪失による損害賠償を請求することができるというべきである。
扶養請求権は、配偶者や子が持つ、自分の固有の利益です。だから、相続を放棄しても、扶養利益の喪失は請求できる、と言っています。では、なぜ破棄されたのか。2段目です。
判例最判平12・9・7 集民199号477頁
相続を放棄した妻子の扶養利益 判決の言葉② その扶養利益喪失による損害額は、相続により取得すべき死亡者の逸失利益の額と当然に同じ額となるものではなく、個々の事案において、扶養者の生前の収入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続する期間などの具体的事情に応じて適正に算定すべきものである。
破棄の理由は、額の算定です。原審は、逸失利益の全額をそのまま扶養利益の総額にしました。それは違う、と言いました。扶養利益は、生前の収入のうち、家族の生計の維持に充てる部分で数えます。各人の比率も違います。子は、成長すれば扶養が要らなくなるので、期間も短くなります。線の外も見ておきます。Bと離れて暮らし、自分の給料で生活している成人の子は、Bから扶養を受けていません。この子が相続を放棄すると、逸失利益の分は、相続構成でも固有損害構成でも請求できません。判決も、扶養を受けていた配偶者と子について述べたものです。扶養を受けていたかどうかが、この道に乗れるかの境目です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】扶養を受けていた配偶者・子は、相続放棄をしたときでも、固有の利益である扶養請求権の侵害として、扶養利益の喪失による損害賠償を請求できる。その額は、相続構成の逸失利益と当然に同じ額ではなく、生前の収入のうち生計維持に充てる部分や扶養が必要な期間などから算定する。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、相続を放棄した人が扶養利益を請求できるとは書いていない。決め手=扶養請求権は、加害者に奪われた遺族自身の固有の利益だから、相続人かどうかと関係なく成立する)
相続構成と固有損害構成をどう使い分けるか
図:比較表
- 相続構成|固有損害構成
- 誰が=被害者の相続人|扶養を受けていた遺族(相続人でなくてもよい)
- 何を=被害者本人の逸失利益の賠償請求権|遺族自身の扶養利益の喪失
- 額=逸失利益全体(生活費控除後)|生計維持に充てる部分・扶養が続く期間に限る(低くなりやすい)
- 弱点=逆相続・笑う相続人|額が低い・扶養を受けていなければ請求できない
2つの組み立てを並べます。相続構成は、被害者本人の逸失利益を、相続人が受け継ぐ形です。固有損害構成は、扶養を受けていた遺族が、自分の損害を請求する形です。額は、相続構成のほうが大きくなります。固有損害構成は、生計の維持に充てる部分と、扶養が続く期間に限られるからです。問題はあります。学説には、相続構成を否定して、固有損害構成だけを認める見解が有力です。理由は2つあります。板で見ます。
図:相続構成への批判
- ①笑う相続人=場面②
- 疎遠な兄に、莫大な賠償金が転がり込む
- ②逆相続=場面④
- 別の事故で、5歳の子Bが亡くなった
- 親は高齢の父Cだけ
- Bの稼ぐはずだった数十年分の収入を、自分が長く生きない年数まで含めて、父Cが相続する
1つめは、笑う相続人です。場面②の疎遠な兄です。ふだん付き合いもないのに、莫大な賠償金が転がり込みます。悲しむ人より、笑う相続人が得をする。これは変だ、という批判です。2つめは、逆相続です。場面④にします。別の事故で、5歳の子のBが亡くなりました。Bの親は、高齢の父のCだけです。Bの逸失利益は、Bが67歳まで働く数十年分です。それを、先に亡くなる年齢の父が、自分が生きていない年数まで含めて相続します。普通は親から子へ相続するのに、子から親へなので、逆相続と呼びます。相続構成をとる側は、額を中心に答えます。固有損害構成だけにすると、遺族の受け取る額が低くなりすぎます。2つの批判には、こう返します。疎遠な兄が得をするのは、相続という仕組みならどこでも起きることで、損害賠償だけの問題ではない。子を亡くした親が何も受け取れないほうが、むしろ世の中の感覚に合わない。だから、原則は相続構成です。固有損害構成の出番は、相続の枠に乗れない人に限られます。内縁の配偶者、事実上の子、つまり親子として暮らしていても法律上の親子関係が無い子、そして相続を放棄した配偶者や子です。決め手は、額の低さです。結論としては、判例も同じ立場です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】逸失利益は、被害者本人に請求権が発生し、相続人が相続する(即死でも同じ)。相続人でない者や相続を放棄した者は、自分の扶養利益の喪失として固有に請求できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、誰が請求するかを書いていない。相続構成をとる側の決め手=相続構成は額が大きく、逆相続を許す方が国民感情に合う。相続人でない者は、相続構成に乗れないから固有損害構成で救う)
図:答案の道筋
- 誰が請求するか
- 相続人である→被害者本人の逸失利益を相続して請求(即死でも観念的な時間的間隔)
- 相続人でない・相続を放棄した→自分の扶養利益の喪失を固有に請求(額は生計維持に充てる部分・扶養が続く期間)
答案の道筋です。誰が請求するのかを先に見ます。相続人なら、相続構成です。相続人でない人や放棄した人なら、固有損害構成です。死んだ人に請求権が生まれるか。相続構成と固有損害構成をどう使い分けるか。ここは、論文で論点になりうるところです。
慰謝料は意思表示なしに当然に相続される
図:慰謝料の相続
- Bは「請求する」と言い残さずに亡くなった
- かつての判例=被害者が請求の意思を表明したときにはじめて相続される
- 大法廷の判決=損害の発生と同時に慰謝料請求権を取得し、意思表示は不要
- 当然に相続
ここから、慰謝料です。問いです。Bは、事故のあと、「請求する」と言い残さずに亡くなりました。Bの慰謝料請求権は、遺族に相続されるでしょうか?請求の意思表示を、相続の条件にする。それが、かつての判例の考え方でした。慰謝料請求権は一身専属、つまり、その人だけのもので相続されない権利で、被害者が請求の意思を表示したときにはじめて、相続の対象になる。意思表示をしてから死亡した場合に限って、相続されるのです。「残念残念」と叫びながら亡くなった場合に、請求の意思表示があった、とみた例が有名です。叫んだかどうかで、結論が変わるのですか。変わってしまいます。同じ苦痛を受けて亡くなったのに、最後に何を言えたかで、遺族が受け取れるかが決まる。これは妥当ではない、と批判されました。事案を役割で言います。不法行為の被害者が死亡して、相続人が、被害者本人の慰謝料を請求しました。原審は、被害者が請求の意思を表明したか、表明したのと同視すべき状況にあったときにはじめて相続の対象になる、として退けました。最高裁の大法廷は、破棄して差し戻しました。判決を3段で読みます。
判例最大判昭42・11・1 民集21巻9号2249頁
慰謝料請求権の相続 判決の言葉① ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。
読み方です。被害者は、損害の発生と同時に、慰謝料請求権を取得します。請求の意思を表明する必要はありません。そして、被害者が死亡したときは、相続人が当然に慰謝料請求権を相続する、と言っています。当然に、とは、意思表示を要件にしない、という意味です。2段目は、かつての考え方への正面からの答えです。
判例最大判昭42・11・1 民集21巻9号2249頁
慰謝料請求権の相続 判決の言葉② 慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく
傷つけられた体や心は、その人だけのものです。しかし、傷つけられたことで生まれる請求権は、お金の請求権にすぎません。お金の債権は、他の財産の債権と同じように、相続の対象になります。3段目は、近親者の固有の請求権との関係です。
判例最大判昭42・11・1 民集21巻9号2249頁
慰謝料請求権の相続 判決の言葉③ 民法七一一条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではない
被害者の慰謝料と、近親者が自分で請求できる慰謝料は、別のものです。両方が成り立ちます。711条があるからといって、被害者の慰謝料が相続されなくなる、ということはありません。711条は、このあとすぐ見ます。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】慰謝料請求権は、損害の発生と同時に被害者に発生し、放棄したと解しうる特別の事情がないかぎり、請求の意思表示がなくても、被害者の死亡により当然に相続される。慰謝料請求権そのものは単純な金銭債権である。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、慰謝料請求権が相続されるとは書いていない。決め手=慰謝料請求権は、財産上の損害賠償請求権と同じ単純な金銭債権であり、相続の対象にならない根拠がないから)
即死の場合の慰謝料も、逸失利益と同じように考え、相続を肯定するのが通説です。この大法廷判決は、即死かどうかには触れていません。通説の理由は、即死だと請求権が生まれないとすると、重傷を負って生き残った場合より、加害者の支払が軽くなる、という不均衡が生じるからです。一身専属との関係も、整理しておきます。債権者代位権の回で見たとおり、一身専属には2つの物差しがありました。相続で承継されるかどうかを決めるのは、どちらの物差しでしたか?帰属上の一身専属です。896条ただし書でした。条文を出します。
条文民法896条
民法 第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
慰謝料請求権は、896条ただし書が相続から外す権利には入りません。だから相続されます。もう1つの物差しの行使上の一身専属は、代位できるかどうかの物差しで、また別の話でした。
近親者は711条で自分の慰謝料を請求できる
図:711条の範囲
- 条文=父母・配偶者・子
- 類推=文言上該当しなくても、被害者と実質的に同視しうる身分関係があり、甚大な精神的苦痛を受けた者
- 昭和49年の事案=亡くなった女性の夫の妹
- 身体に障害があり、長年被害者と同居し、その庇護のもとに生活していた
次は、近親者自身の慰謝料です。条文を出します。
条文民法711条
民法 第七百十一条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。
父母、配偶者、子は、自分の慰謝料を、加害者に請求できます。Bの慰謝料とは別の請求権です。さきほどの大法廷判決も、両者は併存すると言っていました。それから、財産権が侵害されなかった場合においても、とあります。近親者自身の財産権が侵害されていなくても、請求できる、という意味です。損害の分類の回で見た、710条の財産以外の損害を、生命侵害の近親者についてあらためて明文で認めた条文です。傷害の場合の近親者の慰謝料は、別の回で扱います。問いは、711条に当たらない人が、請求できるかです。事案を役割で言います。不法行為で亡くなった女性の、夫の妹が、慰謝料を請求しました。妹は、幼いころの病気の後遺症で、歩くのが著しく不自由な身体障害者でした。長年、亡くなった女性と同居して、その庇護のもとに生活し、将来もそれが続くはずでした。最高裁は、請求を認めました。
判例最判昭49・12・17 民集28巻10号2040頁
711条の類推適用 判決の言葉 文言上同条に該当しない者であつても、被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は、同条の類推適用により、加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが、相当である。
類推適用とは、条文に直接は当たらないけれど、同じ理由が当てはまるので、その条文を当てはめる、という使い方です。この判決は、文言の外側の人にも、2つの条件がそろえば請求を認めました。1つめは、被害者と、父母・配偶者・子と実質的に同視できる身分関係があること。2つめは、被害者の死亡により、甚大な精神的苦痛を受けたことです。通説は、そうした人を例に挙げます。ただし、この判決は、夫の妹の事案です。判決が内縁の配偶者や兄弟姉妹一般を認めた、と言うのは言い過ぎです。境界で言うと、長年同居して庇護のもとにあった妹は、同視できます。一方、ふだん付き合いのない遠縁の親戚は、同視できる身分関係とは言いにくいでしょう。決め手は、死亡で受けた精神的苦痛が、父母・配偶者・子に並ぶほど大きいかどうかです。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】711条の文言に当たらない者でも、被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係があり、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は、711条の類推適用により、加害者に固有の慰謝料を請求できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。711条は、父母・配偶者・子だけを書いている。決め手=同視できる身分関係にある者も、死亡による精神的苦痛は同じ程度に大きく、711条と同じ理由が当てはまるから)
場面②に戻ります。Bの内縁の妻のCは、扶養利益の喪失に加えて、慰謝料も、711条の類推で請求できると考えるのが通説です。
本人の慰謝料と近親者の慰謝料は二本立て
図:二本立て
- 左=本人の慰謝料(被害者に発生・当然に相続される)
- 右=近親者固有の慰謝料(711条・同視できる者は類推)
- 両者は被害法益を異にし、併存する
慰謝料は二本立てです。左は、本人の慰謝料で、相続されます。右は、近親者固有の慰謝料で、711条と、その類推です。この2つは、併存します。被害法益、つまり傷つけられた利益が違うので、二重取りにはなりません。Bが即死でなく、搬送先で数日後に亡くなったとします。そのあいだにBが味わった痛みや恐怖の分は、Bの慰謝料として、相続でCとDに移ります。それとは別に、夫を亡くした妻Cの悲しみの分を、C自身が711条で請求します。苦痛の持ち主が違うので、別々に賠償するのです。学説には、慰謝料は額が裁量に委ねられるので、相続構成を認めても多く取れるわけではなく、711条があるので、固有の請求だけで足りる、と考えて、相続構成に否定的な見解が多くあります。ただ、答案では、相続構成が可能であることと、711条による固有の請求の両方を押さえてください。
ここも、論文で論点になりうるところです。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
- ①逸失利益=被害者本人に発生し相続される(即死でも観念的な時間的間隔)/相続人でない者・放棄した者は扶養利益の喪失を固有に請求
- ②慰謝料=本人の分は意思表示なしに当然に相続/父母・配偶者・子は711条で固有に請求、同視できる者は類推
冒頭の問いの答えです。死んだBにも、請求権は生まれます。受傷と死亡のあいだに、観念的な時間的間隔があるからです。まとめます。1つめ、逸失利益の請求権は、被害者本人に発生し、死亡により相続人が相続します。相続人でない内縁の配偶者や、相続を放棄した配偶者・子は、固有の扶養利益の喪失として請求します。2つめ、慰謝料の請求権は、意思表示がなくても、当然に相続されます。さらに、父母・配偶者・子は、711条で自分の慰謝料を請求できます。実質的に同視できる人にも、類推が及びます。
参照条文
- 民法882条
- 民法939条
- 民法896条
- 民法711条