民法ゼロから民法#303

傷害の損害賠償と胎児の請求権

印刷用PDFを開く

第6章 法定債権 #303/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事故のあとに別の原因で亡くなったら

冒頭の設例 会社員Bが、通勤の途中、Aの運転する車にはねられ、脚に後遺障害が残って労働能力の一部を失った。症状が固定したあと、裁判の途中で、事故と関係のない病気で亡くなった。妻Cは67歳までの逸失利益を請求。Aは「亡くなった日までだ」と主張。A=加害者/B=被害者/C=Bの妻。認められるのは、亡くなった日までか。 図:冒頭の設例 会社員Bが、通勤の途中、Aの運転する車にはねられ、脚に後遺障害が残って労働能力の一部を失った

  • 症状が固定したあと、裁判の途中で、事故と関係のない病気で亡くなった
  • 妻Cは67歳までの逸失利益を請求
  • Aは「亡くなった日までだ」と主張
  • A=加害者/B=被害者/C=Bの妻
  • 認められるのは、亡くなった日までか

今日は、その問いから入ります。場面①の設例です。会社員のBが、通勤の途中で、Aの運転する車にはねられました。Bの脚には後遺障害が残り、労働能力の一部を失いました。治療を続けても、これ以上は良くならない状態になった、つまり症状が固定したあと、裁判が続くあいだに、Bは、事故とは関係のない病気で亡くなりました。Bの妻のCは、Bが67歳まで働けたはずの逸失利益を請求しました。Aは、Bは亡くなったのだから、逸失利益は亡くなった日までだ、と言います。認められるのは、亡くなった日までなのか。それとも67歳までなのか。

今日の地図。前回までは「死亡」の列、今日は「傷害」と「生まれる前」の列。①傷害の損害は誰が請求するか→②事故後に別の原因で亡くなったら→③傷害の場合の近親者の慰謝料→④慰謝料の額と物の損害→⑤示談のあとの後遺障害→⑥胎児。軸=その損害は、いつ、どんな中身で確定したか。 図:今日の地図

  • 前回までは「死亡」の列、今日は「傷害」と「生まれる前」の列
  • ①傷害の損害は誰が請求するか→②事故後に別の原因で亡くなったら→③傷害の場合の近親者の慰謝料→④慰謝料の額と物の損害→⑤示談のあとの後遺障害→⑥胎児
  • 軸=その損害は、いつ、どんな中身で確定したか

地図です。前回までは、被害者が亡くなった場合の損害を見ました。今日は、被害者が生き残った場合と、まだ生まれていない場合です。順に、傷害の損害を誰が請求するのか、事故のあとに別の原因で亡くなったらどうなるのか、傷害の場合の近親者の慰謝料、慰謝料の額と物の損害、示談のあとに出た後遺障害、最後に胎児を見ます。軸は1つです。その損害は、いつ、どんな中身で確定したのか。この軸で見ると、逸失利益と介護費用で結論が分かれる理由も、示談の範囲も、胎児の扱いも、同じ線で読めます。

傷害の損害は誰が何を請求するか

傷害の請求権者の表。積極的損害(治療費・付添費・通院の交通費)=現に支出した人。消極的損害(休業損害・後遺障害による将来の収入の減少)=生きている被害者本人。慰謝料=被害者本人(近親者は条件つき・後で)。 図:傷害の請求権者の表

  • 積極的損害(治療費・付添費・通院の交通費)=現に支出した人
  • 消極的損害(休業損害・後遺障害による将来の収入の減少)=生きている被害者本人
  • 慰謝料=被害者本人(近親者は条件つき・後で)

まず、傷害の場合の請求権者です。被害者は生きていますから、損害賠償を請求するのは、原則として被害者本人です。損害の分類の回で見た、2かける2の表を、傷害の列で埋めていきます。出ていったお金、つまり積極的損害は、治療費、入院中の付添費、通院の交通費などです。これは、現に支出した人が請求できます。本人が払えば本人、家族が立て替えたなら家族です。前に見た肩代わり損害の考え方です。入ってこなくなったお金、つまり消極的損害は、生きている被害者本人が請求します。仕事を休んで得られなかった収入が休業損害です。後遺障害のために、将来の収入が減る分も、本人のものです。慰謝料も、被害者本人が請求します。近親者の慰謝料は、あとで見ます。

計算は、1日の基礎収入、つまり事故の前に1日あたり得ていた収入に、休業した日数をかけます。無職の人は、原則として請求できません。就職の内定が出ていたような場合は、例外です。一方、家事に専念する人は、請求できます。家事労働は、財産上の利益を生むものとして評価されるからです。基礎になるのは、前に見た平均賃金です。後遺障害にも触れておきます。前に見た、収入が減らない後遺症も、この後遺障害の一種です。後遺障害があっても、収入が減っていなければ、特段の事情がない限り、将来の収入の減少を理由とする逸失利益は認められません。ここは前の回に戻ってください。今日は、逸失利益が認められる場合の話です。

別の原因で亡くなっても逸失利益は続く

問い。Bは事故と関係のない病気で亡くなった。逸失利益の算定は、亡くなった日で打ち切られるか。それとも67歳まで続くか。 図:問い

  • Bは事故と関係のない病気で亡くなった
  • 逸失利益の算定は、亡くなった日で打ち切られるか
  • それとも67歳まで続くか

問いです。Bは、事故と関係のない病気で亡くなりました。逸失利益の算定は、亡くなった日で打ち切られるでしょうか。それとも、67歳まで続くでしょうか?亡くなった日で打ち切る、というのが直感です。判例は逆です。実際の事件です。交通事故で脳挫傷などの傷害を負った大工に、知能の低下などの後遺障害が残りました。症状が固定したのは44歳のときです。就労できる状態ではなく、毎日のように自宅付近の海で貝を採っていたところ、症状固定の約1週間後に、海中で心臓麻痺を起こして亡くなりました。事故から約1年半後です。相続人が、症状固定のときから67歳までの逸失利益を請求しました。原審は、口頭弁論が終わる前に死亡して生きていた期間が確定したのだから、死亡の事実を考慮に入れるべきだとして、死亡後の期間の逸失利益を認めませんでした。最高裁は、これを是認できないとして、破棄して差し戻しました。判決を3つに分けて読みます。1つめは、結論です。

判例最判平8・4・25 民集50巻5号1221頁

別の原因で死亡した被害者の逸失利益 判決の言葉① 交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。

読み方です。事故のあとに被害者が亡くなっても、原則として、死亡の事実は、就労可能期間、つまり、あと何年働けたかを決めるときに考えません。例外は特段の事情です。事故の時点で、死亡の原因になる具体的な事情がすでにあり、近い将来の死亡が客観的に予測されていた場合です。たとえば、事故の時にすでに余命が限られる重い病気にかかっていた場合が考えられます。判決は例を挙げず、「など」と言っています。2つめは、その理由です。

判例最判平8・4・25 民集50巻5号1221頁

別の原因で死亡した被害者の逸失利益 判決の言葉② けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、

判例最判平8・4・25 民集50巻5号1221頁

別の原因で死亡した被害者の逸失利益 判決の言葉③ その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。

1つめの理由です。労働能力の一部を失ったという損害は、事故の時に、一定の内容で発生しています。喩えるなら、事故の日に、将来の給与の権利証が1枚、中身を書き込んで発行されたようなものです。その後に持ち主が亡くなっても、すでに書かれた中身は変わりません。前回、傷害を負ったときに請求権が発生する、と見ました。同じ考え方です。そして、額は、事故の当時の年齢、職業、健康状態と、統計資料から出る就労可能期間で決まります。事故のあとで被害者が亡くなったかどうかは、この計算の材料ではありません。3つめは、もう1つの理由、衡平です。

判例最判平8・4・25 民集50巻5号1221頁

別の原因で死亡した被害者の逸失利益 判決の言葉④ また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。

Aから見ると、これは棚ぼたです。事故でBの労働能力を奪ったのに、たまたまBが別の病気で亡くなったら、賠償が軽くなる。偶然の出来事で、加害者だけが得をします。てん補とは、損害の穴埋めのことです。被害者側は、穴埋めを受けられなくなります。これは衡平の理念に反する、と言っています。

理由は2つ。①労働能力の一部喪失による損害は、事故の時に一定の内容で発生している=事故の後の事由で内容は増減しない。②たまたま別の原因で亡くなったことで、加害者が賠償義務を免れるのは衡平に反する。例外=特段の事情(事故の時点で死亡の原因となる具体的事由があり、近い将来の死亡が客観的に予測されていた)。 図:理由は2つ

  • ①労働能力の一部喪失による損害は、事故の時に一定の内容で発生している=事故の後の事由で内容は増減しない
  • ②たまたま別の原因で亡くなったことで、加害者が賠償義務を免れるのは衡平に反する
  • 例外=特段の事情(事故の時点で死亡の原因となる具体的事由があり、近い将来の死亡が客観的に予測されていた)

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】事故に起因する後遺障害で労働能力の一部を失った被害者が別の原因で死亡しても、事故の時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来の死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮しない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は、別の原因で死亡した場合の逸失利益を書いていない。決め手=損害は事故の時に一定の内容で発生していて後の事由で増減せず、偶然の死亡で加害者が免れるのは衡平に反するから)

設例にあてはめます。Bの死亡は、事故とは関係のない病気です。事故の時点で、近い将来の死亡が客観的に予測されていたとも言えません。特段の事情はありません。だから、Bの逸失利益は、67歳までの全期間で算定されます。Aの、亡くなった日までだという主張は認められません。ここは、論文で論点になりうるところです。

継続説と切断説の時間軸

時間軸。事故→症状固定→死亡→就労可能年齢67歳。継続説=死亡後も就労可能期間の終わりまで算定を続ける(逸失利益)。切断説=死亡の時で算定を打ち切る。 図:時間軸

  • 事故→症状固定→死亡→就労可能年齢67歳
  • 継続説=死亡後も就労可能期間の終わりまで算定を続ける(逸失利益)
  • 切断説=死亡の時で算定を打ち切る

時間軸で整理します。事故があり、症状が固定し、そのあとBが亡くなり、さらに先に、67歳の就労可能年齢があります。死亡のあとも、就労可能期間の終わりまで算定を続ける立場を、継続説と呼びます。死亡の時で算定を打ち切る立場を、切断説と呼びます。この2つは、学説の呼び名で、判決の言葉ではありません。決め手は名前ではなく、さっきの2つの理由です。判例は、逸失利益では継続説です。ただし、あとで見る介護費用だけは、切断説の結論になります。ここで、第二の事故の場面を見ます。場面②です。別の事故で亡くなる場合でも、結論は同じでしょうか。

第二の事故で亡くなった場合

場面② Bは最初の事故(Aが加害者)で後遺障害が残り、症状固定後に、別の車(Dの運転)にはねられて亡くなった。最初の事故のAは、低下した労働能力による逸失利益を死亡後の期間も負う。第二の事故のDは、すでに労働能力が低下したBを前提に算定した額を負う。 図:場面② 第二の事故で亡くなった場合

  • Bは最初の事故(Aが加害者)で後遺障害が残り、症状固定後に、別の車(Dの運転)にはねられて亡くなった
  • 最初の事故のAは、低下した労働能力による逸失利益を死亡後の期間も負う
  • 第二の事故のDは、すでに労働能力が低下したBを前提に算定した額を負う

場面②です。Bは、最初の事故で後遺障害が残りました。症状が固定したあと、別の車に乗ったDにはねられて、亡くなりました。最初の事故の加害者のAは、死亡のあとの期間の逸失利益を、まだ負うのでしょうか?第二の事故で亡くなっても、Aの責任は続く、というのが最高裁の立場です。実際の事件です。自動二輪車で走っていた被害者が、沿道から出てきた貨物自動車との衝突を避けようとして急ブレーキをかけ、転倒して負傷し、後遺障害が残りました。症状固定のあとに、別の交通事故で亡くなりました。相続人が、最初の事故の加害者に、後遺障害による逸失利益を請求しました。最高裁は、死亡の事実を考慮しなかった原審を是認しました。

判例最判平8・5・31 民集50巻6号1323頁

第二の事故で死亡した被害者 判決の言葉 本件のように被害者が第二の交通事故によって死亡した場合、それが第三者の不法行為によるものであっても、右第三者の負担すべき賠償額は最初の交通事故に基づく後遺障害により低下した被害者の労働能力を前提として算定すべきものであるから、前記のように解することによって初めて、被害者ないしその遺族が、前後二つの交通事故により被害者の被った全損害についての賠償を受けることが可能となるのである。

読み方です。第二の事故のDは、すでに労働能力が低下したBを前提に賠償額を計算します。健康なBを死なせた場合よりも、低い額になります。その分は、最初の事故のAが、死亡のあとも払い続けます。そう解して初めて、被害者側は、2つの事故の全損害の賠償を受けられる、と言っています。2人のあいだで、損害が重なって取れたり、漏れたりしないように、振り分けているのです。説明のための仮の数字で言います。健康なBなら、死亡のあとの期間に1,000万円稼げたとします。最初の事故で、その半分を稼ぐ力を失っていました。Dが払うのは、残っていた半分の500万円です。失われた半分の500万円は、Aが払います。合わせて1,000万円で、取りすぎも、取りこぼしもありません。死亡の理由が、病気でも、事故でも、自殺でも、天災でも、第三者の責任の有無でも、結論は変わらない、というのが判決の言い方です。一つだけ補足します。前に、亡くなった人の逸失利益の式で、生きていればかかった生活費を引く、と見ました。あれは、事故そのもので亡くなった場合の式です。生活費を引けるのは、最初の事故と死亡とのあいだに、相当因果関係があるときだけです。因果関係の無い病気や、第二の事故で亡くなった場合は、引けません。生活費が浮いたのは、事故のせいではないからです。

介護費用は亡くなった時で切れる

場面③ Bは事故で寝たきりになり、職業の付添人の介護を受けていた。その後、別の病気で亡くなった。亡くなったあとの介護費用も請求できるか。 図:場面③ Bは事故で寝たきりになり、職業の付添人の介護を受けていた

  • その後、別の病気で亡くなった
  • 亡くなったあとの介護費用も請求できるか

次は、介護費用です。場面③にします。Bは、事故で寝たきりになり、職業の付添人の介護を受けていました。そのBが、別の病気で亡くなりました。亡くなったあとの分の介護費用も、Aに請求できるでしょうか?介護費用は、逸失利益のようには続きません。亡くなった時で切れます。実際の事件です。交通事故で重い後遺障害を負い、寝たきりで他人の介護が必要になった被害者が、訴訟の途中で、胃がんで亡くなりました。事故の前は普通に生活していて、胃がんの兆候はありませんでした。相続人は、死亡後の逸失利益と介護費用を、事故による損害として請求しました。最高裁は、逸失利益は死亡後の分も認め、介護費用は死亡後の分を認めませんでした。判決の言葉は2段です。1段目は、結論です。

判例最判平11・12・20 民集53巻9号2038頁

別の原因で死亡した被害者の介護費用 判決の言葉① 交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。

判例最判平11・12・20 民集53巻9号2038頁

別の原因で死亡した被害者の介護費用 判決の言葉② 介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる。

2段目が理由です。介護費用は、被害者が現実に支出するはずの費用を、補てんするものです。判決は、将来の介護費用を払わせるのは、この先も介護が要る蓋然性、つまり、そうなる見込みが高いからだ、と言っています。亡くなれば、その後の介護は要りません。それでもAに払わせると、遺族に根拠のない利得を与えます。ここでも決め手は衡平ですが、向きが逆です。逸失利益では、亡くなっても払わせないと加害者が得をします。介護費用では、亡くなったあとも払わせると遺族が得をします。判決も、介護費用の賠償は、逸失利益の賠償とは、おのずから別個の考慮を必要とする、と言っています。

比較。逸失利益=継続説(死亡後も就労可能期間まで続く)。理由=損害は事故の時に一定の内容で発生している。介護費用=切断説(死亡の時で切れる)。理由=現実の出費の補てんなので、介護が不要になれば損害がなくなる。 図:比較

  • 逸失利益=継続説(死亡後も就労可能期間まで続く)
  • 理由=損害は事故の時に一定の内容で発生している
  • 介護費用=切断説(死亡の時で切れる)
  • 理由=現実の出費の補てんなので、介護が不要になれば損害がなくなる

並べます。逸失利益は、継続説です。損害が、事故の時に一定の内容で確定しているからです。介護費用は、切断説の結論です。現実の出費の補てんなので、介護が要らなくなれば、損害そのものがなくなるからです。同じ別の原因による死亡でも、損害の性質が違うので、結論が分かれます。介護費用は積極的損害で、現実に出ていくお金です。逸失利益は消極的損害で、事故の時に確定した、入ってこなくなる収入の損害です。ここも、論文で論点になりうるところです。

傷害の場合の近親者の慰謝料

傷害の慰謝料。被害者本人=709条・710条で慰謝料を請求できる。近親者はどうか。711条は「他人の生命を侵害した者は」と書く。 図:傷害の慰謝料

  • 被害者本人=709条・710条で慰謝料を請求できる
  • 近親者はどうか
  • 711条は「他人の生命を侵害した者は」と書く

次は、慰謝料です。傷害を負った被害者本人は、709条と710条で、加害者に慰謝料を請求できます。前回見た、死亡の場合の本人の慰謝料の、傷害版です。条文を出します。

条文民法709条

民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

条文民法710条

民法第710条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

709条で損害賠償の責任が生まれ、710条で、その損害に財産以外の損害、つまり慰謝料も含まれます。本人については、これで足ります。問題は、近親者です。ここで、前回の内容を確認します。711条で自分の慰謝料を請求できるのは、誰でしたか?被害者の父母、配偶者、子です。条文を出します。

条文民法711条

民法第711条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

711条は、他人の生命を侵害した者は、と書いています。文言の上では、死亡の場合だけです。場面④にします。別の事故で、Bの子のEが、重い障害を負い、一生、介護が必要になりました。母のCは、自分の慰謝料を請求できるでしょうか?文言どおりに読めば、傷害では請求できないことになります。最高裁は、そう読みませんでした。実際の事件です。不法行為で顔に傷害を負った被害者に、治療しても取り除けない著しい傷跡が残り、容貌に大きな影響が出ました。母は、夫を戦争で亡くし、自分の内職だけで被害者らを養育していました。母が、自分の慰謝料を請求しました。加害者は、711条は生命侵害の近親者以外に慰謝料を認めない趣旨だ、と争いました。最高裁は、母の請求を認めた原判決を是認しました。判決を2段で読みます。1段目です。

判例最判昭33・8・5 民集12巻12号1901頁

傷害の場合の近親者の慰謝料 判決の言葉① ……民法七一一条が生命を害された者の近親者の慰籍料請求につき明文をもつて規定しているとの一事をもつて、直ちに生命侵害以外の場合はいかなる事情があつてもその近親者の慰籍料請求権がすべて否定されていると解しなければならないものではなく、

読み方です。711条が死亡の場合を書いているからといって、死亡以外は、どんな事情があっても請求できない、と読む必要はない、と言っています。2段目は、請求できる場合と、その根拠です。

判例最判昭33・8・5 民集12巻12号1901頁

傷害の場合の近親者の慰謝料 判決の言葉② ……その子の死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるのであつて、かゝる民法七一一条所定の場合に類する本件においては、……同法七〇九条、七一〇条に基いて、自己の権利として慰籍料を請求しうるものと解するのが相当である。

場面④ 傷害の場合の近親者の慰謝料。別の事故でBの子Eが重い障害を負い、一生介護が必要に。母Cは自分の慰謝料を請求できるか。判例=711条が明文で書くからといって、生命侵害以外は近親者の請求がすべて否定されるわけではない。死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるとき、709条・710条に基づき自己の権利として請求できる。 図:場面④ 傷害の場合の近親者の慰謝料

  • 別の事故でBの子Eが重い障害を負い、一生介護が必要に
  • 母Cは自分の慰謝料を請求できるか
  • 判例=711条が明文で書くからといって、生命侵害以外は近親者の請求がすべて否定されるわけではない
  • 死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるとき、709条・710条に基づき自己の権利として請求できる

比肩とは、並ぶ、という意味です。子が亡くなったときにも並ぶほどの精神上の苦痛を受けたなら、母は請求できる。ここで注意してほしいのは、根拠です。711条ではありません。判決は、709条と710条に基づいて、自己の権利として請求できる、と言っています。711条は、所定の場合に類する、と言うだけです。なぜ709条と710条で足りるのか。709条は、自分の権利や利益を侵害されて損害を受けた人なら、誰でも使える一般の条文です。死亡に並ぶほどの苦痛を受けたなら、近親者自身も、加害者の行為で損害を受けた被害者そのものです。だから、711条を持ち出さなくても、不法行為の一般の条文で救えるのです。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】被害者が傷害を負うにとどまる場合でも、近親者が、被害者の死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるときは、709条・710条に基づき、自己の権利として慰謝料を請求できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。711条は生命侵害の場合を書いており、傷害の場合の近親者を直接には定めていない。決め手=死亡に並ぶほどの苦痛なら、近親者自身が709条・710条の被害者といえるから)

場面④にあてはめます。Eの手足に重い障害が残り、一生の介護が必要になったなら、母のCの苦痛が、死亡に並ぶほどだと評価されれば、709条と710条で請求できます。一方、Eが全治2週間の打撲で済んだなら、母の苦痛は死亡に並ぶとは言えず、請求できません。線は、苦痛の重さで引きます。ただし、重い障害の場合も、認められうる、というところまでです。どこまでが比肩するかは、事案ごとに決まります。同じ要件で、709条・710条で認めてよいと考える見解があります。ただし、判例がそう言ったわけではありません。学説には、根拠を711条の類推とする見解もあります。711条なら、苦痛を受けたことの証明が軽くなると考えられています。709条・710条なら、死亡に並ぶ苦痛を、請求する側が証明します。根拠の条文で証明の重さが変わりうるので、答案は、判例どおり709条・710条で書いてください。

比較。左=711条(死亡):父母・配偶者・子/財産権が侵害されなかった場合でも/類推あり(前回)。右=709条・710条(傷害):被害者本人+近親者(死亡に比肩する精神上の苦痛のとき)/根拠は709条・710条。どちらも近親者が自分の権利で請求する固有の慰謝料。 図:比較

  • 左=711条(死亡):父母・配偶者・子/財産権が侵害されなかった場合でも/類推あり(前回)
  • 右=709条・710条(傷害):被害者本人+近親者(死亡に比肩する精神上の苦痛のとき)/根拠は709条・710条
  • どちらも近親者が自分の権利で請求する固有の慰謝料

比べます。死亡の場合は、711条が根拠で、父母、配偶者、子が請求します。傷害の場合は、709条と710条が根拠で、死亡に並ぶ苦痛を受けた近親者が請求します。どちらも、近親者が自分の権利で請求する、固有の慰謝料です。違うのは、根拠の条文と、請求できる条件です。ここは、論文で論点になりうるところです。

慰謝料の額と物の損害

慰謝料の額は裁判官の裁量。懲罰的損害賠償は認めない。物の損害=壊れて修理できない場合は交換価値(事故当時の価格)。買替えの差額は、物理的又は経済的に修理不能のとき、または買替えが社会通念上相当なとき。他人の土地・建物の不法占有=賃料相当額。 図:慰謝料の額は裁判官の裁量

  • 懲罰的損害賠償は認めない
  • 物の損害=壊れて修理できない場合は交換価値(事故当時の価格)
  • 買替えの差額は、物理的又は経済的に修理不能のとき、または買替えが社会通念上相当なとき
  • 他人の土地・建物の不法占有=賃料相当額

慰謝料の額は、どう決まるのでしょうか。額は、裁判官の裁量に委ねられます。なぜか。心の苦しみには、修理費や給料のように、いくらと決まる値段がありません。だから、事故の様子や被害の重さなどの事情を全部見て、裁判官が金額に置き換えるしかないのです。算定の目安や相場はありますが、金額の根拠まで一つずつ示す必要はありません。ただし、加害者を罰するために上乗せする、懲罰的損害賠償は、認められません。前に見たとおり、日本の損害賠償は、生じた損害を埋めるところまでで、罰を与える仕組みではないからです。裁量で量るのは、苦痛という損害の大きさで、罰の重さではありません。物の損害にも、一言触れます。物が壊れて修理できない場合は、物の交換価値、つまり事故当時の価格が損害の基準です。中古車の事故当時の価格は、判決の言葉でこう定まります。

判例最判昭49・4・15 民集28巻3号385頁

中古車の事故当時の取引価格 判決の言葉 当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によつて定めるべきであり、

同じ車種、年式、型で、同じくらい使われた車を、中古車市場で手に入れるのに必要な額です。計算式で機械的に決めるのではありません。修理できるなら、損害は修理費です。修理できないときに出てくるのが、買替えの差額です。事故の前の車の価格と、壊れた車を売って得られる額との差です。説明のための仮の数字で言えば、事故の前に100万円だった車が、壊れて10万円でしか売れないなら、差額は90万円です。これを請求できるのは、まず、物理的にか、経済的にか、修理できないとき、つまり直せないか、直すと、車の価格より高くつくときです。直せるなら、修理費で損害は埋まるので、買替えの分まで払わせる理由がないからです。ただし、直せる場合にも例外があります。買替えが社会通念上相当なとき、つまり、普通の人の感覚で、買い替えるのが当然と言えるときです。判決は、車の骨組みにあたるフレームなど、車体の本質的な部分に重い損傷が出たと、客観的に認められる必要がある、と言っています。直しても元どおりの車に戻ったとは言えないので、修理費だけでは損害が埋まらないからです。他人の土地や建物を不法に占有した場合は、賃料に相当する額が損害になります。占有されているあいだ、持ち主は、その土地を自分で使うことも、人に貸すこともできません。その奪われた使う価値を、お金で測るものさしが、賃料だからです。

示談のあとに出た後遺障害

場面⑤ Bは入院中に、「軽いけがで治療費は保険で足りる」と考え、治療費程度の少額で「これ以上の請求はしない」と示談した。その後、思いがけない重い後遺障害が分かり、再手術が必要になった。放棄した範囲に、これも含まれるか。 図:場面⑤ Bは入院中に、「軽いけがで治療費は保険で足りる」と考え、治療費程度の少額で「これ以上の請求はしない」と示談した

  • その後、思いがけない重い後遺障害が分かり、再手術が必要になった
  • 放棄した範囲に、これも含まれるか

次は、示談のあとの後遺障害です。場面⑤にします。Bは、事故の直後、入院中に、軽いけがだから治療費は保険で足りる、と考えました。そして、治療費程度の少額の支払を受けて、これ以上の請求はしない、と示談しました。その後、思いがけず重い後遺障害が分かり、再手術が必要になりました。示談のときに放棄した請求に、これも含まれるのでしょうか?和解の回で見た線を思い出します。示談は日常の言葉で、条文の言葉は和解です。和解で争いの対象になった権利は、696条で確定します。確定するのは、争いの対象にして、互いに譲り合って決めた範囲だけでした。示談の範囲も、その考え方で読みます。実際の事件です。被害者が左の前腕骨の複雑骨折を負い、事故直後の医師の診断は、全治15週の見込みでした。事故から10日以内、入院中に、加害者側が、自動車の強制保険である自賠責保険から10万円を支払い、被害者は、今後、治療費その他慰謝料等の一切の要求を申し立てない、と示談しました。その後、予想に反する重傷と分かり、再手術を受けましたが、左の腕の関節が使えなくなるほどの機能障害が残りました。被害者は、77万円余の損害を請求しました。最高裁は、請求を認めた原判決を是認しました。判決は2段で読みます。1段目は、原則です。

判例最判昭43・3・15 民集22巻3号587頁

示談後に生じた損害 判決の言葉① 一般に、不法行為による損害賠償の示談において、被害者が一定額の支払をうけることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したときは、被害者は、示談当時にそれ以上の損害が存在したとしても、あるいは、それ以上の損害が事後に生じたとしても、示談額を上廻る損害については、事後に請求しえない趣旨と解するのが相当である。

読み方です。原則は、示談額を超える損害は、示談のあとに生じた分も含めて、請求できません。2段目が、例外です。

判例最判昭43・3・15 民集22巻3号587頁

示談後に生じた損害 判決の言葉② このように、全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。

示談の範囲。原則=示談額を超える損害は、示談後に生じたものも請求できない。例外=①全損害を正確に把握しにくい状況で②早急に③小額で示談した場合は、放棄したのは示談当時予想していた損害だけ。予想できなかった再手術・後遺症の損害は請求できる。 図:示談の範囲

  • 原則=示談額を超える損害は、示談後に生じたものも請求できない
  • 例外=①全損害を正確に把握しにくい状況で②早急に③小額で示談した場合は、放棄したのは示談当時予想していた損害だけ
  • 予想できなかった再手術・後遺症の損害は請求できる

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】全損害を正確に把握しにくい状況で、早急に小額の賠償金で示談したときは、放棄した請求は示談当時予想していた損害に限られ、予想できなかった再手術や後遺症の損害は請求できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。示談の範囲は、条文ではなく当事者の合理的意思の解釈で決まる。決め手=予想もしなかった損害まで放棄したと読むのは、当事者の合理的意思に合わないから)

例えるなら、いま見えている荷物だけ引き取る、と言って引き取ったのに、あとから見つかった別の荷物まで引き取ると約束した、とは読まない、ということです。「一切の要求をしない」と書いてあっても、範囲は、当事者の合理的意思で決まります。今日の軸で言えば、示談で決まったのは、示談の時に見えていた損害の中身だけ、ということです。場面⑤にあてはめます。Bの再手術と機能障害は、示談のときに予想できませんでした。入院中で、全損害を把握しにくく、早急に、少額で示談しています。だから、請求できます。ただし、この3つの状況がそろわない場合は別です。たとえば、大きな額の示談で、十分に損害を見込んでいた場合は、この判決の射程の外です。

胎児の損害賠償請求権

場面⑥ 父Bが事故で亡くなったとき、母Cのお腹には、まだ生まれていない子Fがいた。原則=私権の享有は出生に始まる(3条1項)→胎児に権利能力はない。例外=721条・886条。 図:場面⑥ 父Bが事故で亡くなったとき、母Cのお腹には、まだ生まれていない子Fがいた

  • 原則=私権の享有は出生に始まる(3条1項)→胎児に権利能力はない
  • 例外=721条・886条

最後は、胎児です。場面⑥にします。父のBが事故で亡くなったとき、母のCのお腹には、まだ生まれていない子のFがいました。Fは、Aに何を請求できるのでしょうか。原則から確認します。前に見たとおり、私権の享有は、出生に始まります。3条1項です。生まれる前の胎児は、原則として権利能力がありません。でも、それでは、生まれるのが事故の数日前か数日後かという偶然で、父の事故の賠償を受けられるかが変わってしまいます。そこで、例外の条文が出てきます。

条文民法721条

民法第721条 胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。

損害賠償の請求権については、胎児は、すでに生まれたものとみなされます。Fは、何を請求できるのか。2つあります。

条文民法886条

民法第886条 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。 2 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

1つめは、Fの固有の損害です。父を亡くしたことによる扶養利益の喪失、つまり、父の収入から、これからも生活の面倒を見てもらえたはずの利益を失ったことと、慰謝料です。711条の、子として請求します。前回の、固有損害構成です。2つめは、相続です。886条1項で、Fは相続について、すでに生まれたものとみなされます。Bの逸失利益や慰謝料の賠償請求権を、Fが相続します。前回の、相続構成です。もう一つ補足します。母の胎内で事故に遭い、障害を持って生まれた場合にも、721条の、損害賠償の請求権という文言が及びます。では、前に見た、胎児の権利能力の2つの説に戻ります。胎児の権利能力は、停止条件説と解除条件説で、どこが違いましたか?

解除条件説は、胎児の間からあって、死産なら遡って消えます。停止条件説は、胎児の間はなくて、生きて生まれたら遡って認められます。結論は同じで、生きて生まれれば請求できます。違うのは、胎児の間に、母が胎児を代理して動けるかです。

胎児の時間軸。事故で父Bが死亡→胎児の間→出生。胎児が請求する道は2つ=①固有の損害(711条の子として)②相続(886条)。停止条件説(判例)=胎児の間は権利能力がなく、母は代理して示談できない→生まれてから改めて請求。解除条件説=胎児の間から権利能力があり、母は代理して示談できる。 図:胎児の時間軸

  • 事故で父Bが死亡→胎児の間→出生
  • 胎児が請求する道は2つ=①固有の損害(711条の子として)②相続(886条)
  • 停止条件説(判例)=胎児の間は権利能力がなく、母は代理して示談できない→生まれてから改めて請求
  • 解除条件説=胎児の間から権利能力があり、母は代理して示談できる

場面で考えます。Fがまだおなかにいるうちに、母のCが、Aと示談したとします。判例は、停止条件説です。胎児の間は、権利能力がありません。前に見たとおり、代理は、本人の権利を、代理人が本人に代わって動かす仕組みです。胎児の間は、その本人がまだいないので、母が代わりに動かせる権利がありません。だから、母の示談は、胎児を拘束しません。Fは、生まれてから、改めて請求できます。解除条件説なら、母は、胎児の間に代理して示談できます。停止条件説でも、「みなす」には意味があります。時間の順に追います。父が亡くなった瞬間、Fはまだ胎児で、権利を持てません。条文が無ければ、その瞬間に生まれた賠償の請求権を受け止める人がいないので、Fは、生まれたあとも請求できません。721条と886条があるので、Fが生きて生まれると、父が亡くなった時点で、すでに生まれていたものとして扱われます。だから、そのときに生まれた請求権を、Fが取得します。胎児の間に動けないだけで、生まれれば、Fは請求できます。

⭐ 論文で書く規範:【成立要件(条文)】胎児は、損害賠償の請求権と相続について、既に生まれたものとみなされる(721条・886条)。 (条文どおり。721条・886条を示せば足りる)

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】停止条件説に立ち、胎児の間は権利能力がないので、母は胎児を代理して示談できない。 (条文の「みなす」の意味を解釈で決めたもの(出どころ=判例)。決め手=胎児の間に権利能力を認めると、死産のときに遡って消える不安定な状態になる。生きて生まれてから遡って認めるほうが、胎児の間に誰かが代理で処分する事態を避けられる)

胎児の権利能力の2つの説は、論文で論点になりうるところです。

今日の地図(保存版)

まとめ。①別の原因で亡くなっても逸失利益は就労可能期間まで続く(理由2つ・介護費用は死亡時で切れる)②傷害の近親者の慰謝料は、死亡に比肩する苦痛のとき709条・710条(711条は死亡)③示談後の予想外の後遺障害は、放棄の範囲外になりうる④胎児は721条・886条でみなす(判例は停止条件説=母は胎児の間に代理して示談できない)。 図:まとめ

冒頭の問いの答えです。亡くなった日までではありません。特段の事情がなければ、就労可能期間の終わりまで、67歳まで続きます。ただし、介護費用は、亡くなった時で切れます。まとめます。1つめ、事故に起因する後遺障害で労働能力を失った被害者が、別の原因で亡くなっても、特段の事情がない限り、逸失利益は就労可能期間の終わりまで続けて算定されます。損害は事故の時に確定していて、偶然の死亡で加害者が免れるのは衡平に反するからです。2つめ、傷害の場合も、近親者は、死亡に並ぶほどの苦痛を受けたなら、709条・710条で自分の慰謝料を請求できます。711条は、死亡の場合の規定です。3つめ、示談のとき予想できなかった再手術や後遺障害の損害は、少額で早急に示談した場合、放棄の範囲に入りません。4つめ、胎児は、損害賠償と相続で、既に生まれたものとみなされます。判例は停止条件説で、母は、胎児の間に代理して示談できません。

参照条文

  • 民法709条
  • 民法710条
  • 民法711条
  • 民法721条
  • 民法886条

民法 全体ロードマップへ →