民法ゼロから民法#304

過失相殺と被害者側の過失

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第6章 法定債権 #304/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

母が目を離したすきに子が飛び出したら

冒頭の設例 母Cが店先で荷物を車に積んでいるあいだに、5歳のBが、公園から転がり出たボールを追って道路に飛び出した。Aの運転する車がBをはねた。Aは「Cの不注意もあった。賠償を減らしてほしい」と言う。A=加害者(運転者)/B=被害者(5歳の子)/C=Bの母。減るのか、減るなら何が減るのか。 図:冒頭の設例 母Cが店先で荷物を車に積んでいるあいだに、5歳のBが、公園から転がり出たボールを追って道路に飛び出した

  • Aの運転する車がBをはねた
  • Aは「Cの不注意もあった。賠償を減らしてほしい」と言う
  • A=加害者(運転者)/B=被害者(5歳の子)/C=Bの母
  • 減るのか、減るなら何が減るのか

今日は、その問いから入ります。設例です。母のCが、店先で荷物を車に積んでいるあいだに、5歳のBが、向かいの公園から転がり出たボールを追って、道路に飛び出しました。Aの運転する車が、Bをはねました。Aは、Cの不注意もあった、だから賠償を減らしてほしい、と言います。賠償は減るのか。減るなら、何が減るのか。

今日の地図。①過失相殺とは(722条2項)→②債務不履行の過失相殺との違い→③被害者本人の不注意(能力)→④被害者側の過失(誰の不注意まで数えるか)。設例の分かれ道=「5歳のB本人の不注意として数えられるか」「母Cの不注意として数えられるか」。軸=その損害を、誰とどう公平に分け合うか。 図:今日の地図

  • ①過失相殺とは(722条2項)→②債務不履行の過失相殺との違い→③被害者本人の不注意(能力)→④被害者側の過失(誰の不注意まで数えるか)
  • 設例の分かれ道=「5歳のB本人の不注意として数えられるか」「母Cの不注意として数えられるか」
  • 軸=その損害を、誰とどう公平に分け合うか

地図です。まず、被害者にも落ち度があったときに賠償額を減らす仕組み、過失相殺の条文と趣旨を見ます。次に、債務不履行の過失相殺との違いを確かめます。そのあと、被害者本人の不注意はどんな場合に数えられるのか、最後に、被害者以外の人の不注意まで数えてよいのか、を見ます。設例には、分かれ道が2つあります。1つは、5歳のB本人の不注意として数えられるか。もう1つは、母のCの不注意として数えられるか。軸は1つです。この損害を、誰とどう公平に分け合うのか。この軸で見ると、能力の話も、母は入るのに、あとで見る保育園の職員は入らない、という話も、同じ線で読めます。

過失相殺とは何か

722条2項の条文と趣旨。被害者に過失があったとき、裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定めることができる。趣旨=損害の公平な分担。 図:722条2項の条文と趣旨

  • 被害者に過失があったとき、裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定めることができる
  • 趣旨=損害の公平な分担

まず条文です。

条文民法722条2項

民法第722条第2項 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

被害者にも落ち度があったとき、裁判所は、その落ち度を考慮して、賠償の額を定めることができます。この仕組みを過失相殺と呼びます。趣旨は、損害の公平な分担です。事故で生じた損害を、加害者だけに背負わせず、被害者の落ち度の分は被害者にも負担してもらう、という考え方です。過失相殺は、名前は似ていても、債権どうしを差し引く相殺とは別の仕組みです。前に見た相殺は、お互いに持っている債権を消し合うものでした。過失相殺は、1本の賠償の債権について、その額そのものを減らすものです。名前に相殺と付きますが、差し引く相手は債権ではなく、被害者の落ち度の分です。前に、別の回で扱うと言ったのは、こちらです。なお、双方がけがをした事故でも、お互いの賠償を相殺で差し引くことはできない、と前に見ました。過失相殺は、それとは別の話です。

過失相殺の計算。損害額1,000万円→被害者の過失3割を引く→加害者が払うのは700万円。順序=損害額を確定→過失の割合で引く。 図:過失相殺の計算

  • 損害額1,000万円→被害者の過失3割を引く→加害者が払うのは700万円
  • 順序=損害額を確定→過失の割合で引く

計算で見ます。説明のための仮の数字です。損害額が1,000万円と確定したとします。そのうえで、被害者の過失が3割と認められると、加害者が払うのは、1,000万円から3割を引いた700万円です。この過失の割合を、実務では過失割合と呼びます。順序が大事です。先に、治療費や逸失利益や慰謝料を積み上げて、損害額を確定します。そのあとで、過失の割合の分を引きます。損害の算定は、前に見たとおりです。過失相殺は、その結果に、最後に割合をかけて減らす一手です。もう1つ、名前の整理です。賠償額の調整の代表は、2つあります。被害者に落ち度があったときの過失相殺と、被害者が事故のせいで利益も受けたときの損益相殺です。損益相殺は、債務不履行の側で前に見ました。不法行為の側は、次の回以降に見ます。今日は、落ち度のほうです。ここで言う被害者の過失は、加害者の過失とは意味が違います。加害者の過失は、結果を避ける義務に違反したことでした。被害者の過失は、損害の発生について被害者に不注意があった、ということです。他人に対する義務違反ではなく、自分の側の不注意です。設例なら、Aの側で問われるのは、Bをはねないように注意する義務を守ったか、です。Bがボールを追って飛び出したことが問題になるとしても、それは誰かへの義務違反ではなく、自分の身を守る注意が足りなかったか、という話です。ここが、あとで能力の話につながります。

⭐ 論文で書く規範:【成立要件(条文)】被害者に過失があったとき、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる(722条2項)。趣旨は損害の公平な分担。 (条文どおり。722条2項を示せば足りる)

債務不履行の過失相殺との違い

418条と722条2項の対比表。債務不履行(418条)=考慮の仕方は「定める」(必ず考慮する)/効果は責任をなくすことも、額を減らすこともできる。不法行為(722条2項)=考慮の仕方は「定めることができる」(考慮するかは裁判所の判断)/効果は額を減らすことだけ。 図:418条と722条2項の対比表

  • 債務不履行(418条)=考慮の仕方は「定める」(必ず考慮する)/効果は責任をなくすことも、額を減らすこともできる
  • 不法行為(722条2項)=考慮の仕方は「定めることができる」(考慮するかは裁判所の判断)/効果は額を減らすことだけ

債務不履行の過失相殺と並べます。前に見た表です。418条は、債務が守られなかった場面で、債権者の側にも過失があったときの規定です。条文は、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める、です。722条2項は、損害賠償の額を定めることができる、です。違いは2つでした。1つめは、考慮の仕方です。418条は、定める、と書くので、債権者の過失があれば必ず考慮します。722条2項は、定めることができる、と書くので、考慮するかどうかは裁判所が決めます。2つめは、効果です。418条は、責任及びその額を定めるので、責任そのものをなくすことも、額を減らすこともできます。722条2項は、額を定めるだけです。額を減らすことしかできません。不法行為では、被害者の救済が重く見られるからです。不法行為の制度の目的は、受けた損害を埋め合わせて、被害者を救うことでした。被害者に落ち度があっても、救済そのものは打ち切らず、額で分担を調整するにとどめる、ということです。設例で確かめます。母のCの不注意がどれほど大きくても、運転者のAの責任そのものはなくなりません。減るのは、賠償の額だけです。Bがはねられたこと自体は、Aの不法行為だからです。ここで1問です。不法行為の過失相殺で、運転者の責任そのものをなくすことはできるでしょうか?

できません。722条2項は、額を定める、としか書いていないので、減らせるのは額だけです。ここは、短答で、418条と取り違えさせる形でよく問われます。

被害者本人の不注意と能力

4つの能力の比較表。責任能力=悪いことと分かる力(12歳前後)/事理弁識能力=危ないことと分かる力(6歳前後)。 図:4つの能力の比較表

設例の1つめの分かれ道に入ります。その前に、思い出してください。前に4つの能力を比べました。自分のしたことは危ないことだと分かる力は、何能力でしたか?事理弁識能力です。一応の目安は6歳前後でした。悪いことだと分かる力が責任能力で、目安は12歳前後でした。今日は、その事理弁識能力の出番です。前に、危ないと分かる力がない幼い子の落ち度は数えられない、と言いました。ここで、その理由まで見ます。問題です。5歳のBの飛び出しを、Bの不注意として数えられるでしょうか。他人に損害賠償を払わせるには、責任能力が必要でした。712条です。被害者の不注意を数えるときにも、同じ責任能力が要るのでしょうか?

被害者の不注意を数えるのに、責任能力まで要るのか。最高裁の答えを、実際の事件で見ます。交通事故の被害を受けた、小学2年生の男児たちについて、損害賠償の額が争われました。原審は、男児たちの過失を考慮して、額を定めました。上告した側は、被害者の過失を考慮するのにも、責任を弁識するに足る知能が必要だ、以前の最高裁判決もそうだった、と主張しました。大法廷は、以前の判例を変更して、事理を弁識するに足る知能で足りるとし、上告を棄却しました。判決を3つに分けて読みます。1つめは、結論と理由です。

判例最大判昭39・6・24 民集18巻5号854頁

8歳の子の判決 判決の言葉① 民法七二二条二項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、不法行為者が責任を負うべき損害賠償の額を定めるにつき、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかにしんしゃくするかの問題に過ぎないのであるから、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくする場合においても、未成年者に事理を弁識するに足る知能が具わっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能が具わっていることを要しないものと解するのが相当である。

読み方です。判決の、しんしゃくは、考慮するという意味です。過失相殺は、加害者に積極的に責任を負わせる問題ではありません。賠償の額を決めるときに、公平の見地から、被害者の不注意をどう考慮するかの問題にすぎない。だから、責任能力は要らず、事理を弁識するに足る知能、つまり事理弁識能力があれば足りる、と言っています。喩えるなら、責任能力は、人に責任を押しつける重い札です。過失相殺は、損害を分け合うときの目盛りにすぎません。責める話ではないので、悪いことだと分かるところまでは求めず、危ないと分かれば十分なのです。2つめは、この事件のあてはめです。

判例最大判昭39・6・24 民集18巻5号854頁

8歳の子の判決 判決の言葉② 本件被害者らは、事故当時は満八才余の普通健康体を有する男子であり、また、当時すでに小学校二年生として、日頃学校及び家庭で交通の危険につき充分訓戒されており、交通の危険につき弁識があつたものと推定することができる

判例最大判昭39・6・24 民集18巻5号854頁

8歳の子の判決 判決の言葉③ 右によれば、本件被害者らは事理を弁識するに足る知能を具えていたものというべきであるから、原審が、右事実関係の下において、進んで被害者らの過失を認定した上、本件損害賠償額を決定するにつき右過失をしんしゃくしたのは正当であり

読み方です。満8歳余の普通の健康な男子で、小学2年生として、学校や家庭で交通の危険について十分に言い聞かされていました。だから、交通の危険について分かっていたと推定できる、と言っています。そこから、事理弁識能力があるとして、過失を考慮した原審を正当としました。

比較。責任能力=加害者に責任を負わせる(712条)/悪いことと分かる力/目安12歳前後/欠くと責任が成立しない。事理弁識能力=被害者の不注意を考慮する(722条2項)/危ないことと分かる力/目安6歳前後/欠くと本人の過失を考慮できない。 図:比較

  • 責任能力=加害者に責任を負わせる(712条)/悪いことと分かる力/目安12歳前後/欠くと責任が成立しない
  • 事理弁識能力=被害者の不注意を考慮する(722条2項)/危ないことと分かる力/目安6歳前後/欠くと本人の過失を考慮できない

2つの能力を並べます。責任能力は、加害者に責任を負わせるときの力で、悪いことだと分かる力です。欠くと、そもそも責任が成立しません。事理弁識能力は、被害者の不注意を考慮するときの力で、危ないことだと分かる力です。欠くと、本人の不注意を数えられません。同じ幼い子でも、加害者になるときと被害者になるときで、求められる力の水準が違います。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】被害者の過失を考慮するのに、責任能力は要らない。事理弁識能力、つまり事理を弁識するに足る知能があれば足りる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。722条2項は、被害者の能力を条文に書いていない。決め手=過失相殺は加害者に積極的に責任を負わせる問題ではなく、損害の公平な分担の見地から被害者の不注意をどう考慮するかの問題にすぎないから)

何歳から事理弁識能力があるのか、線は決まっているのですか。決まっていません。一応の目安として、6歳前後、小学校入学のころとされます。前に見たとおりです。ただ、この判決自身は年齢の線を引かず、8歳余で認めただけです。実際には、その子が危険を分かっていたかを、事案ごとに見ます。設例にあてはめます。Bは5歳で、目安の少し下にいます。だから、Bに事理弁識能力があるかは、境目で、個別の判断になります。あると認められれば、ボールを追って飛び出したことは、B自身の不注意として考慮されえます。認められなければ、Bの不注意は考慮できません。ただし、どちらの場合でも、母のCの不注意は別の問題です。Bに能力があるかどうかとは関係なく、Cの不注意を数えられるかが、2つめの分かれ道です。ここは、論文で論点になりうるところです。

被害者側の過失は誰まで入るか(保育園の職員)

問題提起。722条2項は「被害者に過失があったとき」と書く。母Cは被害者ではない。Bに能力がなく本人の過失を数えられないとき、Cの不注意を理由に額を減らせるか。 図:問題提起

  • 722条2項は「被害者に過失があったとき」と書く
  • 母Cは被害者ではない
  • Bに能力がなく本人の過失を数えられないとき、Cの不注意を理由に額を減らせるか

2つめの分かれ道です。条文は、被害者に過失があったとき、と書いています。母のCは、被害者ではありません。それでも、Cの不注意を理由に、額を減らせるのでしょうか?722条2項の文言は「被害者に過失があったとき」なので、文言だけを見れば、被害者以外の人の不注意は数えられないことになります。でも、最高裁は、被害者本人だけでなく、被害者側の過失も含む、と読みました。ただし、どこまで含めるかが問題です。場面②にします。5歳のBが、保育園の遠足で、職員のDに引率されて道路を渡るときに、Dの不注意とAの不注意が重なって、Aの車にはねられました。Aは、Dの不注意も数えて、額を減らしたい、と言います。

場面② 5歳のBが保育園の遠足で、職員Dに引率されて道路を渡るとき、Dの不注意とAの不注意が重なってAの車にはねられた。A=加害者/B=被害者(5歳)/D=保育園の職員(Bの両親が直接委託した者ではない)。Dの不注意を、Bの側の過失として数えて額を減らせるか。 図:場面② 5歳のBが保育園の遠足で、職員Dに引率されて道路を渡るとき、Dの不注意とAの不注意が重なってAの車にはねられた

  • A=加害者/B=被害者(5歳)/D=保育園の職員(Bの両親が直接委託した者ではない)
  • Dの不注意を、Bの側の過失として数えて額を減らせるか

実際の事件です。幼児が、事故で被害を受けました。事故のとき、幼児は、保育園の職員に引率されていました。加害者の側は、その職員の過失を、被害者側の過失として考慮するよう主張しました。原審は、職員の過失を考慮しませんでした。最高裁は、これを是認して、上告を棄却しました。判決を3つに分けて読みます。1つめは、結論です。

判例最判昭42・6・27 民集21巻6号1507頁

保育園の判決 判決の言葉① 民法七二二条二項に定める被害者の過失とは単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失をも包含する趣旨と解すべきではあるが、本件のように被害者本人が幼児である場合において、右にいう被害者側の過失とは、例えば被害者に対する監督者である父母ないしはその被用者である家事使用人などのように、被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解するを相当とし、

判例最判昭42・6・27 民集21巻6号1507頁

保育園の判決 判決の言葉② 所論のように両親より幼児の監護を委託された者の被用者のような被害者と一体をなすとみられない者の過失はこれに含まれないものと解すべきである。

読み方です。722条2項の被害者の過失には、被害者本人だけでなく、被害者側の過失も含まれる。ここまでは、広げています。ただし、被害者側とは、被害者と身分上、生活関係上、一体をなすとみられる関係にある者です。判決は、例として、監督者である父母や、その被用者である家事使用人、つまり父母に雇われて家で子の世話をする人を挙げました。一方、両親から幼児の監護、つまり子の世話と見守りを任された者の被用者、たとえば保育園に雇われて働く職員のような、一体をなすとみられない者の過失は含まれない、と言っています。注意してほしいのは、父母は例として挙げられただけで、この事件の結論は、保育園の職員を外したことです。答案では、父母だから必ず入る、と書かずに、Cは身分上、生活関係上一体をなす関係にある者といえる、とあてはめてください。3つめは、なぜそう絞るのか、という理由です。

判例最判昭42・6・27 民集21巻6号1507頁

保育園の判決 判決の言葉③ けだし、同条項が損害賠償の額を定めるにあたつて被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものである以上、被害者と一体をなすとみられない者の過失を斟酌することは、第三者の過失によつて生じた損害を被害者の負担に帰せしめ、加害者の負担を免ずることとなり、却つて公平の理念に反する結果となるからである。

読み方です。過失相殺は、損害を加害者と被害者で公平に分担するための仕組みです。もし、被害者と一体でない第三者の不注意を数えると、その第三者のせいで生じた損害を被害者に負わせて、加害者の負担を免じることになります。かえって、公平に反します。喩えるなら、財布です。被害者と同じ財布で暮らしている人の不注意なら、その分の損害を一緒に引き受けても、不公平ではありません。でも、別の財布の人の不注意まで、被害者の財布に付け替えるのは、他人の勘定を被害者に押しつけることになります。判決の言葉は、身分上、生活関係上一体、ですが、イメージは、財布が一緒かどうかです。事件の事実にも触れます。判決は、職員が、被害者の両親から直接委託を受けて監護していたのではなく、保育園の被用者として、園児を引率監護していたにすぎない、と見ました。だから、職員は一体をなす者ではありません。設例にあてはめます。母のCは、5歳のBの監督者で、同じ財布で暮らす母です。身分上、生活関係上一体をなす関係にあり、Cの不注意は、被害者側の過失として考慮できます。一方、場面②の職員のDは、両親が直接委託した者ではなく、保育園の被用者として引率したにすぎません。Dの不注意を理由に、Aは額を減らせません。

負担が消えるわけではありません。Aは、いったんBに全額を賠償します。そのあとで、Dの不注意に応じた負担部分を、Dの側に求償できます。求償とは、先に払った人が、本来の負担者から、その分を返してもらうことです。額の減額ではなく、賠償をしたあとの求償の場面で調整する、という筋になります。この判決は求償そのものには触れていませんが、あとで見る判決が、この筋をはっきり述べています。

被害者側の過失と夫婦(求償の一挙解決)

場面③ 妻Bが、夫Cの運転する車に同乗していて、第三者Aの運転する車と交差点で衝突し、けがをした。CにもAにも過失がある。Bに過失はない。A=第三者(加害者)/B=被害者(妻)/C=夫(運転者)。Aは、Cの過失を理由に額を減らせるか。 図:場面③ 妻Bが、夫Cの運転する車に同乗していて、第三者Aの運転する車と交差点で衝突し、けがをした

  • CにもAにも過失がある
  • Bに過失はない
  • A=第三者(加害者)/B=被害者(妻)/C=夫(運転者)
  • Aは、Cの過失を理由に額を減らせるか

次は、場面③です。記号は、この場面だけ付け直します。妻のBが、夫のCの運転する車に同乗していました。交差点で、第三者のAの運転する車と衝突して、Bがけがをしました。CにもAにも過失があり、Bには過失がありません。Bが、Aに損害賠償を請求したとき、Aは、Cの過失を理由に、額を減らせるでしょうか?最高裁の答えは、減らせる、です。実際の事件です。夫の運転する自動車に同乗していた妻が、第三者の運転する自動車と衝突して負傷しました。夫と第三者の過失の割合は、5対5と認定されました。ただ、妻自身には過失がないとして、原審は、夫の過失を考慮しませんでした。最高裁は、これを破棄して、差し戻しました。判決を3つに分けて読みます。1つめは、被害者側の過失の意味です。

判例最判昭51・3・25 民集30巻2号160頁

夫の運転の判決 判決の言葉① 民法七二二条二項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、不法行為によつて発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであると考えられるから、右被害者の過失には、被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失、すなわちいわゆる被害者側の過失をも包含するものと解される。

判例最判昭51・3・25 民集30巻2号160頁

夫の運転の判決 判決の言葉② 夫が妻を同乗させて運転する自動車と第三者が運転する自動車とが、右第三者と夫との双方の過失の競合により衝突したため、傷害を被つた妻が右第三者に対し損害賠償を請求する場合の損害額を算定するについては、右夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情のない限り、夫の過失を被害者側の過失として斟酌することができるものと解するのを相当とする。

読み方です。1つめは、先ほどの判決と同じ線です。被害者の過失には、身分上、生活関係上一体をなすとみられる者の過失、つまり被害者側の過失も含まれます。2つめが、夫婦への当てはめです。夫婦の婚姻関係がすでに破綻にひんしているなど、特段の事情がない限り、夫の過失を被害者側の過失として考慮できます。夫婦は、原則として一体をなす、という扱いです。特段の事情とは、判決の言い方では婚姻関係が破綻にひんしているなどの場合で、たとえば、すでに別居して、財布も生活も別になっているような場合です。3つめは、もう1つの合理性です。

判例最判昭51・3・25 民集30巻2号160頁

夫の運転の判決 判決の言葉③ このように解するときは、加害者が、いつたん被害者である妻に対して全損害を賠償した後、夫にその過失に応じた負担部分を求償するという求償関係をも一挙に解決し、紛争を一回で処理することができるという合理性もある。

求償の一挙解決。夫の過失を考慮しない場合=AがBに全額を賠償→AがCに負担部分を求償(2段階)。考慮する場合=AがBに、Cの過失の分を引いた額を賠償(1段階)。 図:求償の一挙解決

  • 夫の過失を考慮しない場合=AがBに全額を賠償→AがCに負担部分を求償(2段階)
  • 考慮する場合=AがBに、Cの過失の分を引いた額を賠償(1段階)

図で確かめます。夫の過失を考慮しないと、Aは、いったんBに全額を賠償します。そのあとで、Aは、Cの過失に応じた負担部分を、Cに求償します。2段階です。夫の過失を被害者側の過失として考慮すれば、Aは、最初から、Cの過失の分を引いた額をBに賠償するだけで済みます。紛争を一回で処理できる、という合理性です。ただし、主従を間違えないでください。判決の主な理由は、公平の理念です。求償を一挙に解決できる、というのは、判決が、という合理性もある、と添えた付け足しです。夫婦を一体とみるのは、共同生活を営む関係なら、損害を一緒に分け合っても公平だからです。イメージで言えば、同じ財布で暮らす関係です。求償の一挙解決は、結果として便利だ、という補足です。

内縁の夫婦は入り恋人は入らない

内縁と恋愛関係。内縁の夫婦=婚姻の届出はないが、相協力して夫婦としての共同生活を営む→身分上、生活関係上一体→入る。恋愛関係=婚姻も同居もしていない→一体を成す関係ではない→入らない。 図:内縁と恋愛関係

  • 内縁の夫婦=婚姻の届出はないが、相協力して夫婦としての共同生活を営む→身分上、生活関係上一体→入る
  • 恋愛関係=婚姻も同居もしていない→一体を成す関係ではない→入らない

夫婦の線は、婚姻届を出しているかで決まるのでしょうか?最高裁は、届出ではなく、共同生活の実態で見ました。実際の事件です。内縁の夫の運転する自動車に同乗していた内縁の妻が、第三者の運転する自動車と衝突して負傷し、第三者に損害賠償を請求しました。原審は、内縁の妻が、飲酒運転や無謀運転を知りながら同乗した、などの事情がないので、内縁の夫の過失は考慮できない、としました。最高裁は、これを破棄して、差し戻しました。

判例最判平19・4・24 集民224号261頁

内縁の夫の判決 判決の言葉 内縁の夫婦は,婚姻の届出はしていないが,男女が相協力して夫婦としての共同生活を営んでいるものであり,身分上,生活関係上一体を成す関係にあるとみることができる。

読み方です。内縁の夫婦は、届出はしていなくても、相協力して夫婦としての共同生活を営んでいるので、身分上、生活関係上一体を成す関係にあるとみることができる、と言っています。そして、内縁の夫の過失を、被害者側の過失として考慮できる、と結論づけました。線は、届出ではなく、共同生活の実態です。イメージで言えば、同じ財布です。反対側の線を見ます。実際の事件です。自動車の助手席に同乗していた女性は、運転者と約3年前から恋愛関係にありましたが、婚姻も同居もしていませんでした。デートの帰りに送り届ける途中、第三者の自動車と衝突して、女性が亡くなりました。運転者と第三者の過失は、4対6でした。女性の両親が、第三者に損害賠償を請求しました。原審は、運転者を被害者側とまでは言えないとしながら、公平の見地から722条2項を類推して運転者の過失を考慮し、1割だけ減額しました。最高裁は、減額は許されない、としました。判決を2つに分けて読みます。

判例最判平9・9・9 集民185号217頁

恋人の判決 判決の言葉① ……と……は、本件事故の約三年前から恋愛関係にあったものの、婚姻していたわけでも、同居していたわけでもないから、身分上、生活関係上一体を成す関係にあったということはできない。

判例最判平9・9・9 集民185号217頁

恋人の判決 判決の言葉② ……の過失の有無及びその程度は、上告人らに対し損害を賠償した被上告人が……に対しその過失に応じた負担部分を求償する際に考慮されるべき事柄であるにすぎず、被上告人の支払うべき損害賠償額を定めるにつき、……の過失をしんしゃくして損害額を減額することは許されないと解すべきである。

読み方です。恋愛関係が3年続いていても、婚姻も同居もしていないので、一体を成す関係とは言えません。だから、運転者の過失を理由に減額することは許されません。運転者の過失は、賠償した第三者が、運転者に求償するときに考慮すれば足りる、と言っています。保育園の職員の場合と、同じ考え方です。境目をそろえます。内縁の夫婦は、届出がなくても、共同生活を営む実態があるので入ります。恋愛関係は、3年続いても、婚姻も同居もしていないので入りません。気持ちの近さではなく、生活を共にしているかが、一体かどうかの線です。

誰の不注意まで数えるか

被害者側の過失に入る/入らない。入る=被害者の監督者である父母・その被用者である家事使用人(例示)・夫婦(特段の事情がない限り)・内縁の夫婦。入らない=直接委託を受けた者ではなく保育園の被用者として引率した職員・婚姻も同居もしていない恋愛関係の相手。判断の軸=身分上、生活関係上一体をなすとみられるか。入らない者の過失は、賠償後の求償で調整。

  • 被害者側の過失に入る/入らない
  • 入る=被害者の監督者である父母・その被用者である家事使用人(例示)・夫婦(特段の事情がない限り)・内縁の夫婦
  • 入らない=直接委託を受けた者ではなく保育園の被用者として引率した職員・婚姻も同居もしていない恋愛関係の相手
  • 判断の軸=身分上、生活関係上一体をなすとみられるか
  • 入らない者の過失は、賠償後の求償で調整

整理の前に、1問です。5歳の子が、保育園の職員に引率されていて、その職員の不注意が重なりました。職員の過失を、被害者側の過失として考慮できるでしょうか?できません。保育園の職員は、子と一体をなす者ではないからです。理由まで言えれば完璧です。一体でない者の不注意を数えると、第三者のせいの損害を被害者に負わせることになり、かえって不公平だからです。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】722条2項の被害者の過失には、被害者と身分上、生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失(被害者側の過失)も含まれる。一体でない者の過失は含まれず、その分は賠償後の求償で調整する。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。722条2項は「被害者」の過失としか書いていない。決め手=一体でない者の過失を数えると、第三者の過失による損害を被害者に負わせ、加害者の負担を免じることになり、かえって公平に反するから)

整理します。入るのは、被害者の監督者である父母、その被用者である家事使用人、夫婦、内縁の夫婦です。夫婦は、婚姻関係が破綻しているなどの特段の事情がない限り、という条件つきです。入らないのは、保育園の職員、恋愛関係の相手です。判断の軸は、身分上、生活関係上一体をなすとみられるか、でした。設例の答えです。母のCの不注意は、被害者側の過失として考慮できます。Aの減額の主張は、Cの過失の分だけ認められえます。5歳のB本人の不注意も、事理弁識能力が認められれば、一緒に考慮されえます。そして、考慮されても、減るのは額だけで、Aの責任はなくなりません。

今日の地図(保存版)

まとめ。①722条2項=被害者に過失があれば裁判所は考慮して額を定めることができる(考慮は裁判所の判断・効果は額だけ・趣旨は損害の公平な分担)②被害者本人の不注意=責任能力は不要・事理弁識能力で足りる(目安6歳前後・判決は線を引かない)③被害者側の過失=身分上、生活関係上一体をなすとみられる者(父母・夫婦・内縁の夫婦は入る/保育園の職員・恋愛関係の相手は入らない)。 図:まとめ

冒頭の問いの答えです。母のCの不注意は、被害者側の過失として考慮できるので、賠償の額は減りえます。ただし、減るのは額だけで、Aの責任そのものはなくなりません。5歳のB本人の不注意は、Bに事理弁識能力があるかの個別判断です。もし、母ではなく保育園の職員の不注意だったなら、額は減らず、Aが賠償したあとの求償で調整します。まとめます。1つめ、722条2項は、被害者に過失があったとき、裁判所が、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、という規定です。考慮するかは裁判所の判断で、効果は額を減らすだけです。趣旨は、損害の公平な分担です。2つめ、被害者本人の不注意を考慮するのに、責任能力は要りません。過失相殺は、損害を公平に分ける問題にすぎないので、危ないと分かる力、事理弁識能力があれば足ります。一応の目安は6歳前後ですが、判決は年齢の線を引いていません。3つめ、被害者側の過失も考慮できます。被害者と身分上、生活関係上一体をなすとみられる者です。父母、夫婦、内縁の夫婦は入り、保育園の職員、恋愛関係の相手は入りません。一体でない者の過失を数えると、かえって不公平になるからです。ここまでは、被害者に落ち度があるときの話でした。

参照条文

  • 民法722条2項

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