民法ゼロから民法#305

素因減額と722条2項の類推

印刷用PDFを開く

第6章 法定債権 #305/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

落ち度のない被害者の持病や性格

冒頭の設例 信号待ちで停車していたBの車に、Aの車が後ろから軽く追突した。Bに落ち度はまったくない。ところがBは首の痛みを訴え続け、もともと思い込みの強い性格も重なって、治療が何年も長引いた。Aは「Bの性格のせいで長引いた。全額は払えない」と言う。A=加害者(運転者)/B=被害者(過失なし)。賠償は減るのか。 図:冒頭の設例 信号待ちで停車していたBの車に、Aの車が後ろから軽く追突した

  • Bに落ち度はまったくない
  • ところがBは首の痛みを訴え続け、もともと思い込みの強い性格も重なって、治療が何年も長引いた
  • Aは「Bの性格のせいで長引いた。全額は払えない」と言う
  • A=加害者(運転者)/B=被害者(過失なし)
  • 賠償は減るのか

今日は、その問いから入ります。設例です。信号待ちで停車していたBの車に、Aの車が後ろから軽く追突しました。Bには、落ち度がまったくありません。ところがBは、事故のあと首の痛みを訴え続けました。もともと思い込みの強い性格も重なって、治療が何年も長引きました。Aは言います。長引いたのはBの性格のせいだ、だから全額は払えない。賠償は、減るのでしょうか。前編では、被害者に過失があったとき、722条2項で額を減らせると見ました。趣旨は、損害の公平な分担でした。今日は、被害者に過失がないのに、減らせるかどうかです。

今日の地図。①心因的要因(性格・心理的な事情)→②疾患(持病)→③疾患に当たらない身体的特徴(首が長いなど)→④通常想定される範囲の性格(過労自殺)→⑤3分類の表。軸=過失がなくても、公平の見地から額を減らせるか。 図:今日の地図

  • ①心因的要因(性格・心理的な事情)→②疾患(持病)→③疾患に当たらない身体的特徴(首が長いなど)→④通常想定される範囲の性格(過労自殺)→⑤3分類の表
  • 軸=過失がなくても、公平の見地から額を減らせるか

地図です。まず、被害者のもともとの事情が損害に重なったとき、どんな道具で額を減らすのかを見ます。次に、4つの判決を順に読みます。性格などの心理的な事情、持病、疾患に当たらない体の特徴、そして、通常想定される範囲の性格です。最後に、素因を、心因的要因、疾患、体の特徴の3つの種類に分けて、表で並べます。軸は1つです。落ち度がなくても、公平の見地から額を減らすのか。減らすなら、どこまでが減らせて、どこからは加害者が引き受けるのか。この線を追います。先に答えを言います。落ち度がなくても、722条2項の類推で、額を減らせる場合があります。ただし、疾患に当たらない体の特徴は、原則として加害者が引き受けます。性格も、業務の過重負担による請求で、通常想定される範囲なら同じです。

素因とは何か 722条2項を類推する

素因と722条2項の類推。素因=損害の発生や拡大に寄与した、被害者のもともとの事情(性格・病気・体のつくり)。過失ではない。→722条2項をそのままは当てられない→公平の理念が同じなので類推適用。 図:素因と722条2項の類推

  • 素因=損害の発生や拡大に寄与した、被害者のもともとの事情(性格・病気・体のつくり)
  • 過失ではない
  • →722条2項をそのままは当てられない→公平の理念が同じなので類推適用

本題の前に、前回の確認を1問です。被害者側の過失に入る者と入らない者を見ました。保育園の職員の不注意は、被害者側の過失に入ったでしょうか?入りません。保育園の職員は、子と身分上、生活関係上一体をなす者ではないからです。では、今日の本題です。損害が大きくなった背景に、被害者のもともとの事情があることがあります。性格、病気、体のつくりです。損害の発生や拡大に寄与した、被害者のもともとの事情を、素因と呼びます。判決は、考慮する、という意味で、しんしゃくする、と言います。素因は、落ち度とは違います。持病を持っていたことや、心配性の性格であることを、責めることはできません。落ち度ではないので、722条2項をそのまま当てはめることはできません。条文を見ます。

条文民法722条2項

民法第722条第2項 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

条文が書くのは、被害者に過失があったとき、です。素因は過失ではありません。そこで判例は、722条2項を類推適用します。類推適用とは、条文に直接は当たらないけれど、同じ理由が当てはまるので、その条文を当てはめる、という使い方です。711条の類推で見ました。同じ理由とは、損害の公平な分担です。落ち度の分を被害者にも負担してもらうのと同じ理由で、損害を大きくした被害者の事情の分も、加害者だけに背負わせるのは公平でない場面がある、ということです。もう1つ、順序を確認します。加害行為と損害の間に相当因果関係があるから、損害は賠償の対象になる、というのが前提です。相当因果関係とは、賠償させるのが相当と言える範囲のことで、不法行為では416条を類推して線を引く、と因果関係の回で見ました。損害額を確定して、そこから素因の分を減らす、という順です。では、4つの判決を順に見ます。どの素因なら減らせるのか。

心因的要因 むち打ちの判決

場面① 軽い追突を受けたBが、頸部の症状を訴え、本人の性格や心理的な事情が重なって、治療が長引いた。A=加害者/B=被害者。損害の4割だけを加害者に負担させた原審を、最高裁が是認。 図:場面① 軽い追突を受けたBが、頸部の症状を訴え、本人の性格や心理的な事情が重なって、治療が長引いた

  • A=加害者/B=被害者
  • 損害の4割だけを加害者に負担させた原審を、最高裁が是認

1つめは、場面①、冒頭の設例と同じ形です。実際の事件です。夫の運転する車に同乗していた女性が、後ろから追突されました。衝撃は軽く、車の損傷も僅かで、その場では異常がないと答えて帰りました。ところが、2日後に頭や首の症状を訴えて入院し、症状は長く続きました。原審は、本人の特異な性格や、初診の医師の過大な診断への過剰な反応、以前のけがや賠償請求の経験、加害者の態度への不満などの心理的な要因で、神経症が重なり、症状が固定したと認めました。そして、事故との因果関係を認める損害を事故後3年までに限り、そのうち4割だけを加害者に負担させました。最高裁は、これを是認して、上告を棄却しました。判決を3つに分けて読みます。最初は、規範です。

判例最判昭63・4・21 民集42巻4号243頁

むち打ちの判決 判決の言葉① 思うに、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。

読み方です。心因的要因とは、性格や心理的な事情のことです。条件は3つです。1つめ、加害行為と損害の間に相当因果関係があること。2つめ、その損害が、加害行為だけで通常発生する程度や範囲を超えていること。3つめ、損害の拡大に、被害者の心因的要因が寄与していること。そろえば、722条2項を類推適用して、その事情を考慮できます。次は、理由です。

判例最判昭63・4・21 民集42巻4号243頁

むち打ちの判決 判決の言葉② 本件事故による受傷及びそれに起因して三年間にわたつて上告人に生じた損害を全部被上告人らに負担させることは公平の理念に照らし相当ではない。

読み方です。軽い追突から3年にわたって生じた損害を、全部加害者に負担させるのは、公平の理念に照らして相当でない、と言っています。最後は、結論です。

判例最判昭63・4・21 民集42巻4号243頁

むち打ちの判決 判決の言葉③ 事故後昭和四七年三月二〇日までに発生した損害のうちその四割の限度に減額して被上告人らに負担させるのが相当であるとした原審の判断は、結局正当として是認することができる。

読み方です。損害のうち4割の限度で、加害者に負担させる。つまり、加害者の負担は4割で、残りの6割は負担させない、という原審の判断を、正当としました。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】加害行為と損害の間に相当因果関係がある場合に、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度・範囲を超え、かつ損害の拡大に被害者の心因的要因が寄与しているときは、722条2項を類推適用して、その事情を考慮できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。722条2項は被害者の過失しか書いていない。決め手=損害の拡大に被害者の事情が寄与したのに全部を加害者に負担させるのは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らして相当でないから)

条件の2つめ、加害行為だけで通常発生する程度や範囲を超えている、という部分が効いています。性格が少し心配性というだけでは足りません。通常の範囲を超えて損害が膨らみ、そこに心因的要因が寄与していることが要ります。1つめと2つめの、通常、を混ぜないでください。1つめの相当因果関係は、416条の、通常生ずべき損害の線で、その損害が賠償の対象に入るかを決めます。2つめは、対象に入った損害が、その加害行為だけなら通常どこまでで収まるかと比べて、膨らんでいるかを見ます。この事件なら、軽い追突なのに、3年にわたって損害が生じた、という比べ方です。賠償の範囲から外す話ではなく、範囲に入った損害の額を減らす話です。冒頭の設例に戻ります。軽い追突で、治療が何年も長引いたBです。損害が通常の範囲を超え、思い込みの強い性格が拡大に寄与したと評価されるなら、Bに過失がなくても、722条2項の類推で額を減らされえます。

疾患 一酸化炭素中毒の判決

場面② 事故の前から持病のあるBが、衝突事故で頭に打撲傷を負い、持病と事故とが重なって重い症状になった。A=加害者/B=被害者。損害の5割を減額した原審を最高裁が是認。 図:場面② 事故の前から持病のあるBが、衝突事故で頭に打撲傷を負い、持病と事故とが重なって重い症状になった

  • A=加害者/B=被害者
  • 損害の5割を減額した原審を最高裁が是認

2つめは、場面②、持病です。実際の事件です。個人タクシーの運転者が、事故の約1か月前に、車内で仮眠中に一酸化炭素中毒にかかり、意識がもうろうとして、入院と退院をしていました。その後、衝突事故で頭に打撲傷を負いました。そのあと精神障害が現れて悪化し、約3年後に亡くなりました。原審は、事故の打撲傷と、事故の前の一酸化炭素中毒とが、ともに原因となって、中毒による精神症状が事故を引き金に出てきて、長く悪化したと認めました。そして、損害の5割を減額しました。最高裁は是認して、上告を棄却しました。判決を3つに分けて読みます。

判例最判平4・6・25 民集46巻4号400頁

一酸化炭素中毒の判決 判決の言葉① 被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である。

判例最判平4・6・25 民集46巻4号400頁

一酸化炭素中毒の判決 判決の言葉② けだし、このような場合においてもなお、被害者に生じた損害の全部を加害者に賠償させるのは、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に反するものといわなければならないからである。

判例最判平4・6・25 民集46巻4号400頁

一酸化炭素中毒の判決 判決の言葉③ 損害の五〇パーセントを減額するのが相当であるとしているのであって、その判断は、前示したところに照らし、正当として是認することができる。

読み方です。1つめは、加害行為と、被害者が患っていた疾患とが、ともに原因となって損害が発生した場合です。疾患の態様や程度、つまり、どんな病気で、どれほど重いかなどに照らして、加害者に全部を賠償させるのが公平を失するときは、722条2項を類推適用して、その疾患を考慮できます。2つめは、理由で、全部を賠償させるのは、損害の公平な分担を図る理念に反する、です。3つめは、5割の減額を正当としました。なぜ減らせるのか。判決の言葉は公平な分担ですが、中身を言い直します。持病は、事故の前から被害者の側にあった、損害のもう1つの原因です。それなのに全部を加害者に払わせると、被害者の側にあった原因の分まで、加害者だけが背負うことになります。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】加害行為と、被害者の患っていた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合に、疾患の態様・程度などに照らして、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、722条2項を類推適用して、その疾患を考慮できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。722条2項は被害者の過失しか書いていない。決め手=疾患が損害発生の原因の1つなのに全部を加害者に賠償させるのは、損害の公平な分担を図る理念に反するから)

違いは、何を見るかです。心因的要因は、通常発生する程度や範囲を超えることと、拡大に寄与したことが要りました。疾患は、疾患の態様や程度に照らして、全部の賠償が公平を失するかを見ます。どちらも、結論は同じです。722条2項の類推で、額を減らせます。

身体的特徴 首が長い判決

場面③ 首が平均より長いBが、追突を受けて、むち打ちが重くなった。A=加害者/B=被害者。原審は首が長いことと心因的要素を考慮して4割を減額。最高裁は、首が長いことを考慮した点を違法として破棄差戻し。 図:場面③ 首が平均より長いBが、追突を受けて、むち打ちが重くなった

  • A=加害者/B=被害者
  • 原審は首が長いことと心因的要素を考慮して4割を減額
  • 最高裁は、首が長いことを考慮した点を違法として破棄差戻し

3つめは、場面③、体のつくりです。実際の事件です。追突された被害者が、首の骨のねんざ、頸椎捻挫のうえ、症状が悪化し、広がりました。被害者は、平均的な体格に比べて首が長く、多少の頸椎の不安定症もありました。この身体的特徴が事故の損傷に加わって疾患を生じ、症状を拡大させました。症状の悪化には、心因的な要素も少なからずありました。原審は、首が長いという素因と、心因的要素を考慮して、4割を減額しました。最高裁は、首が長いことを考慮した点を違法として、破棄して差し戻しました。心因的要素を考慮すべきかどうかには、判断をしていません。判決を3つに分けて読みます。

判例最判平8・10・29 民集50巻9号2474頁

首が長い判決 判決の言葉① 被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。

判例最判平8・10・29 民集50巻9号2474頁

首が長い判決 判決の言葉② けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。

判例最判平8・10・29 民集50巻9号2474頁

首が長い判決 判決の言葉③ 上告人の身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから、前記特段の事情が存するということはできず、

読み方です。1つめは原則です。平均的な体格や通常の体質と違う身体的特徴があっても、それが疾患に当たらない場合は、特段の事情がない限り、考慮できません。2つめは理由です。人の体格や体質は、均一ではありません。疾患に至らない身体的特徴は、個体差の範囲として、当然にあることが予定されている、と言っています。特段の事情も、判決が例を挙げています。極端な肥満のように、通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴があり、転倒などで重大な傷害を負いかねないために、日常生活で通常人より慎重な行動をとることが求められるような場合です。3つめが、あてはめです。首が長く、多少の頸椎不安定症があるというだけで、疾患ではなく、慎重な行動を求められる事情もないから、特段の事情はありません。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】被害者が平均的な体格・通常の体質と異なる身体的特徴を有していても、それが疾患に当たらない場合は、特段の事情がない限り、損害賠償の額を定めるに当たり考慮できない。特段の事情=極端な肥満など、通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴があり、重大な傷害を負いかねないため日常生活で通常人より慎重な行動を求められるような場合。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。722条2項は被害者の過失しか書いていない。決め手=疾患に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているから)

疾患に当たるかどうかです。判決は、一酸化炭素中毒の判決の線を踏まえて、この区別を示しました。理由は、判決の言葉②にあります。人の体格や体質は均一ではなく、首が長い人も短い人もいるのが当たり前です。そのばらつきは、個体差の範囲として、最初からあるものと予定されています。だから、その分を被害者の負担には回しません。判決がこの理由を挙げたのは、疾患に当たらない場合に限られます。疾患なら、一酸化炭素中毒の判決のとおり、態様や程度に照らして減らせます。ただし、極端な肥満のように、日常で慎重な行動を求められるほど平均からかけ離れていれば、ばらつきの範囲を超えるので、特段の事情として別になります。

通常想定される範囲の性格 過労自殺の判決

場面④ 真面目で責任感が強い新入社員Bが、長時間の残業が続いて、うつ病になり、自殺した。会社Aの責任は認められる。Bの性格を理由に賠償を減らせるか。A=会社/B=労働者(被害者)/C=Bの両親。原審は3割を減額。最高裁は、2つの理由とも違法として破棄差戻し。 図:場面④ 真面目で責任感が強い新入社員Bが、長時間の残業が続いて、うつ病になり、自殺した

  • 会社Aの責任は認められる
  • Bの性格を理由に賠償を減らせるか
  • A=会社/B=労働者(被害者)/C=Bの両親
  • 原審は3割を減額
  • 最高裁は、2つの理由とも違法として破棄差戻し

4つめは、場面④、性格です。真面目で責任感が強い新入社員のBが、長時間の残業が続いて、うつ病になり、自殺しました。会社のAの責任が認められるとして、Bの性格を理由に、賠償を減らせるでしょうか?性格は心因的要因なので、むち打ちの判決の原則どおりなら、減らせます。でも、この場面には続きがあります。実際の事件です。会社に入社した24歳の新入社員が、長時間の残業が1年余り続いて、心身ともに疲れ、うつ病にかかり、衝動的に自殺しました。両親が、従業員が仕事中に加えた損害を会社が負う、715条に基づく損害賠償を会社に請求し、会社の責任が認められました。原審は、損害の3割を減額しました。理由は2つです。1つめは、労働者の性格がうつ病になりやすく、損害の発生と拡大に寄与したこと。2つめは、両親が同居し、状況を知りながら措置をとらなかった落ち度です。最高裁は、どちらの理由による減額も違法として、破棄して差し戻しました。判決を4つに分けて読みます。

判例最判平12・3・24 民集54巻3号1155頁

過労自殺の判決 判決の言葉① 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる

判例最判平12・3・24 民集54巻3号1155頁

過労自殺の判決 判決の言葉② ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。

判例最判平12・3・24 民集54巻3号1155頁

過労自殺の判決 判決の言葉③ 労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。

読み方です。1つめは、原則の確認です。性格などの心因的要因を、722条2項の類推で、一定の限度で考慮できる。むち打ちの判決と同じ原則を、まず置いています。2つめが、例外の理由です。労働者の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れないなら、その性格が損害の拡大に寄与しても、そのような事態は使用者として予想すべきだ、と言っています。3つめが、結論です。範囲を外れない場合は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求で、その性格を心因的要因として考慮できません。なぜ、予想すべきだと、減らせないのか。判決は、理由をもう1つ続けています。使用者は、労働者がその業務に向いているかを判断して、配置先や業務の内容を決める立場にあり、そのときに労働者の性格も考慮できる、という点です。判決が述べているのは、ここまでです。これを言葉②につなげて言い直すと、性格を見て仕事を割り振れる側にいるのだから、通常の範囲の性格が過重な負担に反応して損害が膨らむことは、使用者が予想して引き受けるべき事態で、被害者の側の事情として額を減らす理由にはならない、ということです。

⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求で、労働者の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、使用者の賠償額を定めるに当たり、その性格を心因的要因として考慮できない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。心因的要因を722条2項の類推で考慮できるという原則(むち打ちの判決)に対する、業務の過重負担による請求での限定。決め手=そのような性格が損害の拡大に寄与する事態は、使用者として予想すべきものだから)

過労自殺なら性格は常に考慮されない、とは言えません。判決が述べたのは、業務の負担が過重であることを原因とする請求で、性格が通常想定される範囲を外れないとき、です。原則を変えたのではなく、この場面を外したのです。では境界を並べます。真面目で責任感が強い、というのは、同種の業務に従事する人の個性の多様さの中にあり、考慮されません。通常想定される範囲を外れるほど極端な性格なら、この判決の外で、原則どおり考慮される余地が残ります。両親の落ち度の部分にも触れます。

判例最判平12・3・24 民集54巻3号1155頁

過労自殺の判決 判決の言葉④ Fは、大学を卒業して一審被告の従業員となり、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき一審被告の業務に従事していたのである。一審原告らが両親としてFと同居していたとはいえ、Fの勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうことはできない。

読み方です。成人した従業員は、独立の社会人として、自分の意思と判断で業務に従事していた。同居していても、両親が勤務状況を改善する措置をとれる立場にあったとは、容易に言えない。だから、両親の落ち度を理由にした減額も違法です。前編で見た、身分上、生活関係上一体かという線とは別に、この事件では、この理由で外れました。これで線が見えました。素因の分は、公平の見地から減らせます。ただし、疾患に当たらない首の長さのような体の特徴と、業務の過重負担による請求で通常想定される範囲の真面目な性格は、加害者が引き受けます。

3つの素因を表で並べる

素因の3分類と減額。心因的要因=できる(損害が通常発生する程度・範囲を超え、拡大に寄与/昭63)。疾患=できる(態様・程度に照らし全部賠償は公平を失する/平4)。疾患に当たらない身体的特徴=特段の事情がない限りできない(平8)。通常想定される範囲の性格(業務の過重負担による請求)=できない(平12)。 図:素因の3分類と減額

  • 心因的要因=できる(損害が通常発生する程度・範囲を超え、拡大に寄与/昭63)
  • 疾患=できる(態様・程度に照らし全部賠償は公平を失する/平4)
  • 疾患に当たらない身体的特徴=特段の事情がない限りできない(平8)
  • 通常想定される範囲の性格(業務の過重負担による請求)=できない(平12)

表の前に、1問です。首が長い被害者と、持病のある被害者。どちらが賠償を減らされやすいでしょうか?持病のある被害者です。持病は疾患なので、態様や程度に照らして減らせます。首が長いだけなら、疾患に当たらないので、特段の事情がない限り減らせません。表で並べます。素因は、心因的要因、疾患、体の特徴の3種類です。心因的要因と疾患は、減らせます。疾患に当たらない身体的特徴は、特段の事情がない限り、減らせません。そして、心因的要因の中の例外として、業務の過重負担による請求での、通常想定される範囲の性格は、減らせません。分かれ目の覚え方です。公平の理念から、素因の分を減らすのが原則です。ただし、加害者が引き受けるものが2つあります。1つは、疾患に当たらない体のつくりです。首の判決は、個体差の範囲として当然に予定されているから、と理由を挙げました。もう1つは、業務の過重負担による請求での、通常想定される範囲の性格です。過労自殺の判決は、使用者として予想すべきだから、と理由を挙げました。素因減額は、論文で論点になりうるところです。

今日の地図(保存版)

まとめ。①心因的要因・疾患=722条2項の類推適用で考慮できる(被害者に過失がなくても)②疾患に当たらない身体的特徴=特段の事情がない限り考慮できない(個体差の範囲として当然に予定)③通常想定される範囲の性格=業務の過重負担による請求では考慮できない。被害者に過失があれば722条2項そのもの/過失がなくても類推。減るのは額だけ。 図:まとめ

  • ①心因的要因・疾患=722条2項の類推適用で考慮できる(被害者に過失がなくても)②疾患に当たらない身体的特徴=特段の事情がない限り考慮できない(個体差の範囲として当然に予定)③通常想定される範囲の性格=業務の過重負担による請求では考慮できない
  • 被害者に過失があれば722条2項そのもの/過失がなくても類推
  • 減るのは額だけ

冒頭の問いの答えです。Bの思い込みの強い性格が、通常発生する程度や範囲を超えて損害を膨らませたと評価されるなら、Bに過失がなくても、722条2項の類推で額が減らされえます。ただし、疾患に当たらない身体的特徴は、特段の事情がない限り考慮できず、通常想定される範囲の性格も、業務の過重負担による請求では考慮できません。まとめます。1つめ、被害者の心因的要因と疾患は、722条2項の類推適用で考慮できます。根っこにあるのは、損害を公平に分け合うという考え方です。被害者に過失がなくても、です。2つめ、疾患に当たらない身体的特徴は、特段の事情がない限り考慮できません。個体差の範囲として当然に予定されているからです。3つめ、労働者の性格が通常想定される範囲を外れないなら、業務の過重負担による賠償請求で、減額の理由になりません。前編とつなげます。被害者に過失があるなら722条2項そのもの、過失がなくても公平の見地から類推します。どちらも、減るのは額だけです。ここまでは、被害者の事情で賠償を減らせるかを見てきました。次は、前編で名前だけ出した、損益相殺です。

参照条文

  • 民法722条2項

民法 全体ロードマップへ →