使用者責任(715条)の要件と外形理論
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第6章 法定債権 #310/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
経理担当者が会社名義の手形で金を集めて逃げた
図:冒頭の設例
- A=取引先/B=会社/C=Bの経理担当者
- Cは権限がないのに、B名義の約束手形を作ってAに渡し、Aから500万円を受け取って姿を消した
- AはBに損害賠償を求められるか
今日は、その問いから入ります。設例です。Aは、Bと取引のある取引先です。Bは会社で、Cは、Bの経理担当者です。Cは、権限がないのに、B名義の約束手形を作りました。約束手形とは、決められた日に決められた金額を払う、と約束する証書です。Cは、その手形をAに渡して、「Bの資金繰りのために」と言い、Aから500万円を受け取りました。そして、そのお金を持って姿を消しました。この手形が有効かどうかは、今日の話ではありません。見るのは、Aが受けた損害を、Bに賠償させられるか、です。Cには709条で請求できます。ただ、Cに払う力が無いこともあります。そこで、Bに請求する道を考えるのです。Bは、Cに手形を作る権限を与えていません。それでも、Bが払う場合があるのか。結論を先に言います。事情しだいです。分かれ目は3つです。1つめ、CがBに使われている人か。2つめ、Cの行為がBの事業の執行についてのものと言えるか。3つめ、AがCに権限の無いことを知っていたか、です。たとえば、Aが何も知らず、軽い不注意があっただけなら、Bに請求できる方向です。Aが権限の無いことを知っていた、または知らないことに重い落ち度があったなら、請求できません。今日の道のりです。まず、715条の骨格と趣旨を作ります。次に、要件を3つ、順に見ます。最後に、似た仕組みとの違いを比べます。
715条の骨格 誰が、誰の責任を負うのか
図:715条の骨格
- ある事業のために他人を使用する者(使用者)は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う
- ただし書(免責)・2項(代わりに監督する者)・3項(求償)は次回
前回の地図で、715条は使用者の責任として載せました。今日は、その中身に入ります。条文です。
条文民法715条
民法第715条(使用者等の責任) ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
言葉を2つ定義します。被用者とは、事業のために使われている人です。使用者とは、その事業のために被用者を使っている人です。分かりやすく言えば、雇い主と、雇われた人です。ただし、あとで見るとおり、雇用契約があるかどうかは決め手になりません。条文の骨格です。使用者は、被用者が事業の執行について第三者に加えた損害を、賠償する責任を負います。ただし書は免責、2項は使用者に代わって監督する人、3項は求償です。地図で見た中間責任の中身はここに出ます。今日は、1項の本文を軸にします。
図:三者の関係図
- A=被害者/B=使用者/C=被用者
- AからCへ=709条の請求
- AからBへ=715条の請求
- BとCは使用関係
設例の人物で、図にします。被害者のAから見て、請求先が2本あります。被用者のCには、709条で請求します。使用者のBには、715条で請求します。請求先が2つある、ということです。ただし、損害を二重に取れるわけではありません。受け取れるのは1回分です。次の節で、その理由を見ます。
なぜ使用者が払うのか 趣旨と性質
図:趣旨と性質
- 趣旨=報償責任(利益を受け取る者が損も引き受ける)
- 補足=危険責任(事業で他人に損害を及ぼす危険を作る者が責任を負う)
- 性質の整理=代位責任(被用者の責任を使用者が肩代わりする)→帰結=被用者に709条が成立していることが前提
理由は、報償責任です。法人の責任の回で出てきました。利益を受け取る者が、損も引き受ける、という考え方です。屋台を例にします。店主が店員を雇って、料理を売ります。売上は、店主が受け取ります。店員が料理を運ぶときに、客にやけどをさせました。その損を、店員だけが背負うのは、釣り合いません。利益を受ける店主が、損も引き受けるのです。もう1つ、危険責任という見方もあります。事業で人を使うと、他人に損害を及ぼす危険が生まれます。その危険を作った者が、責任を負うという考え方です。ここでは、名前を知っておけば足ります。次に、性質です。715条の責任は、一般に、代位責任と整理されます。代位とは、他人に代わって引き受けることです。被用者が負うはずの責任を、使用者が肩代わりして負う、という見方です。代位責任という名前は、条文には出てきません。考え方をまとめた呼び名です。前回の地図では、715条の性質を中間責任としました。あれは、免れるための証明を誰がするか、という見方です。代位責任は、誰の責任を負うのか、という見方です。見ている軸が違うので、両方が成り立ちます。
肩代わりという見方に、反対の考えはないのですか。あります。使用者自身の責任だと捉える考え方もあり、争いがあります。そこは、争いがある、と知っておけば足ります。肩代わりという見方からは、1つの帰結が出ます。肩代わりするなら、元の責任が必要です。被用者に責任が成り立っていることが、前提になります。これが、次の要件です。
要件① 被用者の行為が709条を満たす
図:要件①
- 肩代わりという整理から、被用者の行為が709条の要件(故意又は過失・権利又は法律上保護される利益の侵害・損害・因果関係・責任能力)を満たしていることが前提
- 例=信号を守っていた運転手に過失がなく、歩行者が飛び出した→運転手に709条が成立しない→会社も715条では払わない
要件を3つに分けます。1つめは、被用者の行為が、709条の要件を満たしていることです。709条の要件は、不法行為の回で見ました。故意か過失、権利や法律上保護される利益の侵害、損害、因果関係です。加えて、責任能力もありました。被用者に責任能力が無ければ、被用者に709条が成り立たないので、肩代わりという整理からは715条も使えません。責任能力の無い人の行為は、前回の714条の場面です。例で確かめます。配達会社の運転手が、信号を守って走っていました。そこへ、歩行者が赤信号を無視して飛び出し、ぶつかりました。運転手に過失は無いとします。運転手に、709条の責任は成り立ちません。肩代わりする元の責任が無いので、会社も、715条では払いません。
次に、失火の場面です。失火責任法は、不法行為の全体像の回で見ました。軽い不注意の失火者を守るため、失火者は、重大な過失があるときだけ709条の責任を負う、という法律でした。では、火を出したのが被用者なら、使用者はどうなるか。前回、比較の一言を置きました。被用者に重大な過失があれば、使用者の側は、被用者を選ぶことや仕事を見ることに通常の不注意があれば責任を負い、重大な過失までは要らない、という一文です。その根拠になる判決を見ます。
判例最判昭42・6・30 民集21巻6号1526頁
失火責任法と使用者の責任 「失火ノ責任ニ関スル法律」は、失火者その者の責任条件を規定したものであつて、失火者を使用していた使用者の帰責条件を規定したものではないから、失火者に重大な過失があり、これを使用する者に選任監督について不注意があれば、使用者は民法七一五条により賠償責任を負うものと解すべきであつて、所論のように、選任監督について重大な過失ある場合にのみ使用者は責任を負うものと解すべきではない。
読み方です。失火責任法は、失火した人その者の、責任の条件を決めた法律です。失火者を使っていた使用者の、責任の条件を決めた法律ではありません。ですから、失火者に重大な過失があり、使用者に、選任や監督の不注意があれば、使用者は715条で責任を負います。使用者の側にまで重大な過失を求める必要はない、とされました。判決が言っているのは、ここまでです。ここから先は、肩代わりという整理からの帰結です。被用者に重大な過失がなければ、失火責任法によって、被用者は709条の責任を負いません。肩代わりする元の責任が無いので、使用者も免れます。
715条は、被用者の行為を見ます。前回の714条は、監督義務者の監督を見ました。そこが違いです。
要件② 使用関係 契約の名前でなく指図できる立場か
図:要件②
- 使用関係=契約の名前でなく、実際に指図できる立場か
- 一般に、雇用契約は不要で、実質的に指揮監督する関係があれば足りる(一時的でもよい)
- 判例の事案は3つ(兄弟・従属関係にある会社・名義貸与)
- 外側は請負人・受任者
要件②です。使用関係です。先に、軸を言います。契約の名前ではなく、実際に指図できる立場かどうかで決まる、という軸です。雇用の回で、使用者は報酬を与える側、労働者は使用者の指示のもとで働く人、と見ました。715条の使用者は、それより広く使われます。指揮監督とは、仕事の中身を指図し、仕事ぶりを見ることです。雇用契約が無くても、実質的に使用者が被用者を指揮監督する関係があれば足りる、と整理されます。一時的でもかまいません。この整理が、判例の事案でどう表れているか、3つ見ます。どれも、誰が指図できる立場だったかを、事案の事実から判断しています。
図:使用関係の判例①
- 兄が弟に自分の車を運転させ、助手席から指示した事案(最判昭56・11・27 民集35巻8号1271頁)
- 一時的にせよ指揮監督して仕事に従事させていた→その仕事につき使用関係が成立
- 決め手は兄弟という身分でなく、助手席から指図していた実態
1つめは、兄弟の事案です。兄が、弟に自分の車を運転させて、助手席に乗っていました。兄は、助手席から運転上の指示をしていて、発進の合図に「ゴー」と声を掛けていました。兄を自宅へ送り届ける途中の事故です。
判例最判昭56・11・27 民集35巻8号1271頁
兄が弟に運転させた事案 使用者・被用者の関係 右事実関係のもとにおいては、上告人は、一時的にせよ右訴外人を指揮監督して、その自動車により自己を自宅に送り届けさせるという仕事に従事させていたということができるから、上告人と右訴外人との間に本件事故当時上告人の右の仕事につき民法七一五条一項にいう使用者・被用者の関係が成立していたと解するのが相当である。
読み方です。上告人は兄、訴外人は運転していた弟のことです。兄は、一時的にせよ、弟を指揮監督して、自分を自宅へ送り届けさせる仕事に従事させていた、と言えます。ですから、兄のその仕事について、使用者と被用者の関係が成立していた、とされました。決め手は、兄弟だということではありません。判決も、その仕事につき、と限定しています。助手席から指図していた、という実態です。境界を確かめます。兄が後ろの席で眠っていて、運転は弟に任せきりだったなら、どうでしょう。指図していたと言える事実が乏しくなり、使用関係とは言いにくくなります。
図:使用関係の判例②
- 従属関係にある会社の指揮監督下の運転手(最判昭42・11・9 民集21巻9号2336頁)
- 会社・会社に従属する個人経営の商店・商店の運転手
- 運転手は会社の指揮監督のもとにあり、会社の被用者にあたる
- 指図できる立場にあったのは会社
2つめは、従属関係にある会社の事案です。登場するのは、会社、その会社に従属する個人経営の商店、商店の運転手の3者です。商店は、会社の代表者が個人で営む店でした。運転手は、会社が所有する車を、会社の許可を得て運転し、事故を起こしました。車の使用を許し、管理する権限は、会社にありました。最高裁は、運転手は、会社の指揮監督のもとにあり、715条の適用では、会社の被用者にあたる、としました。判決が挙げたのは、商店が会社に従属する関係にあったこと、そして車の使用を許す立場が会社にあったことです。つまり、指図できる立場にあったのは会社だった、という整理です。運転手を雇っていた商店ではなく、会社が使用者になった事案です。
図:使用関係の判例③
- 運送事業の名義を貸した人が、名義を借りた人の雇う運転手の事故について責任を負った事案(最判昭41・6・10 民集20巻5号1029頁)
- 判決は一般的な理由づけまでは示していない
- 名義を貸した人は、自分の名義の営業について指図すべき立場にある、と整理できる
3つめは、名義貸与の事案です。運送事業の名義を貸していた人が、名義を借りた人の雇う運転手の事故について、責任を負いました。判決は、一般的な理由づけまでは示していません。名義を貸した人は、自分の名義で行われる営業について指図すべき立場にある、と考えると、指図できる立場の側に入る、と整理できます。
図:使用関係の外側
- 請負人・委任の受任者のように、仕事のやり方を自分で決める独立した立場の人は、原則として使用者・被用者の関係にならない
- 請負の注文者の責任は716条(次回)
- まとめ=雇用契約が無くても指図できる立場なら使用関係あり
逆に、使用者にならない場合はありますか。あります。仕事のやり方を自分で決める、独立した立場の人です。請負人が典型です。請負は、仕事の完成を引き受けるものでした。注文した人は、やり方まで指図しません。ですから、注文者は、原則として、請負人の使用者ではありません。委任を受けた人も、独立して事務を処理する立場で、同じ方向です。請負の注文者の責任は、716条です。整理します。雇用契約が無くても、指図できる立場にあれば、使用関係が認められます。反対に、雇っていても、実際に指図できる関係が無ければ、認められにくくなります。
要件③ 事業の執行について 2つの型
図:事業の執行についての2類型
- 取引的不法行為(手形の振出し・金融取引など)=今回/事実的不法行為(暴力・交通事故など)=次回
- 業務として指示された取引的不法行為は当然に事業の執行について
- 問題=任された権限をはみ出した、または悪用した取引
要件③です。被用者の行為が、事業の執行について行われたこと、です。不法行為を、2つの型に分けて見ます。取引的不法行為と、事実的不法行為です。取引的不法行為は、手形の振出しや金融取引のように、取引の形で行われる不法行為です。事実的不法行為は、暴力や交通事故のように、取引の形をしていない不法行為です。今日は、取引的不法行為だけを見ます。取引的不法行為の中でも、2つに分かれます。1つめは、業務として指示された取引が、結果として不法行為になった場合です。使用者が指示した仕事なので、当然、事業の執行についての行為です。2つめが問題です。使用者から与えられた権限を、はみ出したり、悪用したりして行われた場合です。逸脱と濫用と言います。逸脱は、与えられた権限の外に出ることです。濫用は、権限の内側の行為を、自分や第三者の利益のために使うことです。たとえば、手形を作る権限のある経理部長が、自分の借金を返すために会社の手形を作るのは、濫用です。設例のCは、手形を作る権限がそもそも無いので、逸脱の型です。
権限の有無で線を引く考え方は、素直な見方です。ただ、そう考えると、被害者はほとんど守られません。権限があったかどうかは、外の人には見えないからです。そこで、見える形で判断する理屈が出てきます。
外形理論の規範と理由
図:外形理論の規範
- 権限をはみ出した・悪用した取引でも、外形上、被用者の職務の範囲に入ると見られるものは、原則として「事業の執行について」にあたる
- 例外=権限のはみ出し・悪用について被害者が悪意または重過失→保護すべき信頼が無い→使用者責任を問えない
外形理論です。学説では、外形標準説とも呼ばれます。法人の責任の回で、外形から客観的に判断する、と見ました。715条でも、同じ発想を使います。規範です。権限をはみ出したり悪用したりした取引でも、外形、つまり外から見た形で、被用者の職務の範囲に入ると見られるものは、原則として、事業の執行についてにあたります。
図:外形の境界
- 外形上、職務の範囲内と認められる=経理担当者が会社の手形を振り出す
- 外れる方向=清掃担当のパートが会社名義の手形を作る(手形を振り出す立場に見えない)
- 主観の境界=同じ手形でも、権限の無いことを知っていた・重過失で知らなかった→守られない/知らず軽い不注意→守られる
境界で、輪郭を確かめます。経理担当者が、会社の手形を振り出す。これは、外から見ると、職務の範囲に見えます。一方、清掃を担当するパートの人が、会社名義の手形を作ったとします。手形を振り出す立場には、外から見えません。外形から職務の範囲内とは、認められにくくなります。ただし、権限の逸脱や濫用について、被害者が知っていた、つまり悪意か、重大な過失で知らなかったときは、使用者責任を問えません。この重大な過失は、失火の場面とは見る相手が違います。失火では被用者を見ました。ここで見るのは、被害者の側です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】権限をはみ出した・悪用した取引的不法行為でも、外形上、被用者の職務の範囲に入ると見られる行為は、原則として「事業の執行について」にあたる。ただし、権限のはみ出し・悪用について被害者が悪意または重過失のときは、使用者責任を問えない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は無い。学説では外形標準説と呼ぶ。決め手=外から見える形を信じた人だけが守られるから。論文で論点になりうる)
理由は2つあります。1つめは、報償責任です。使用者は、被用者に仕事を任せて、その活動から利益を受けています。権限を越えた行為も、その任せた仕事の延長で起きます。権限の内側だけに責任を絞ると、使用者は利益だけを受け取り、任せた仕事から出た損を、外の人に負わせることになります。ですから、権限があったかではなく、外から見て事業の形をしているかで判断します。権限の有無まで確かめなくても事業の執行についてと認める、つまり要件を緩やかに見るのです。2つめは、被害者の信頼を守ることです。外から見える形を信じた人を守ります。ただし、事情を知っていた人には、守るべき信頼がありません。知らなくても、重大な過失で知らなかった人は、知っていた人とほとんど同じに扱います。信頼が守られるのは、外から見える形を信じた人だけです。
軽い不注意があっただけの人は、守られるのですか。守られます。悪意か重過失でなければ、守られます。この線は、あとで110条と比べます。規範の言い方を、もう1つ確認します。権限の逸脱・濫用について被害者が悪意か重過失のときは、事業の執行についてにあたらない、と整理されます。
判決で確かめる 相手方の悪意・重過失
図:外形理論の判決の事案
- 銀行の支店長が、内規・慣行に反して、第三者の手形割引枠を使った手形割引のあっせんを引き受け、高額の手形を預かった
- 相手方は手形を振り出した側で、経理部長・経理課長が直接かけ合っていた
- 最高裁は、相手方の悪意・重過失を疑い、原判決を破棄して高裁へ差し戻した
規範のうち、悪意・重過失の例外を示した判決を見ます。事案です。銀行の支店長が、内規や慣行に反して、第三者の手形割引の枠を使った、手形割引のあっせんを引き受けました。そして、高額の手形を預かりました。手形割引とは、期日前の手形を、利息などを引いた額で、現金に換えることです。どこが権限を越えていたか。銀行が自分で貸したり割り引いたりする取引ではなく、支店長が、内規や慣行に反し、支店長代理にも相談せず、本店にも報告しないで引き受けた、あっせんでした。相手方の側は、手形を振り出した会社です。その経理部長と経理課長が、直接、支店長とかけ合っていました。銀行が自分で割り引くのではなく、あっせんにすぎない、とも告げられていました。
判例最判昭42・11・2 民集21巻9号2278頁
外形から見て事業の範囲内でも 相手方が悪意・重過失のとき 被用者のなした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、または、少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為にもとづく損害は民法七一五条にいわゆる「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」とはいえず、したがつてその取引の相手方である被害者は使用者に対してその損害の賠償を請求することができないものと解するのが相当である。
長い一文なので、分けて読みます。前提は、取引行為が、外形から見て、使用者の事業の範囲内に属すると認められることです。そのうえで、2つのことが重なったときです。1つめ、その行為が、被用者の職務権限内で適法に行われたものではないこと。2つめ、相手方が、その事情を知りながら、または、少なくとも重大な過失で知らないで、取引をしたことです。2つが重なると、その行為による損害は、715条にいう損害とはいえず、相手方は、使用者に賠償を請求できません。規範の理由が、ここで効きます。事情を知りながら、または重大な過失で知らずに取引した人は、外から見える形を信じた人ではありません。守るべき信頼が無いのです。この事件の結論も大事です。最高裁は、金融取引に通じているはずの経理部長と経理課長が、直接関わっていたことなどに目を向けました。そして、相手方に悪意または重過失があったのではないか、と疑問を示しました。そのうえで、原判決を破棄し、高等裁判所へ差し戻しました。ですから、この判決で、誰が勝ったかは決まっていません。相手方の悪意・重過失を、審理し直させたのです。外形から職務に見える。これだけで、使用者の責任が決まるわけではありません。相手方の主観という、もう1つの関門があります。さらに、同じ経理担当者の手形でも、相手方の主観で分かれます。権限が無いと知っていたなら、守られません。知らなくて、軽い不注意があっただけなら、守られます。
問いです。Aが、手形を受け取るときに、Bに何も確認しなかったとします。それだけで、重い落ち度になるでしょうか?確認しなかったことだけで、すぐに重い落ち度になるとは限りません。重い落ち度と評価されやすいのは、怪しむべき事情が重なったときです。たとえば、金額が普段の取引とかけ離れている、口止めをされた、といった事情です。設例のあてはめで、2通りに分けて見ます。
設例のあてはめ
図:設例のあてはめ
- 要件①Cの行為は故意の不法行為で709条を満たす
- 要件②CはBの経理担当者で使用関係あり
- 要件③=外形(経理担当者が手形を振り出す→事業の範囲に見える)/権限(Cに無い)/Aの主観
- 知らず軽い不注意→請求できる方向
- 権限の無いことを知っていた・重過失で知らなかった→請求できない
冒頭の設例にあてはめます。要件を順に見ます。要件①です。Cは、Aを欺いて、500万円を受け取りました。故意の不法行為で、709条の要件を満たすとします。要件②です。CはBの経理担当者で、Bに雇われています。使用関係があります。要件③です。3つの点で見ます。外形、権限、Aの主観です。外形です。経理担当者が、会社の手形を振り出す。外から見ると、会社の事業の範囲に見える行為です。権限です。Cに権限はありません。職務権限内で適法に行われたものではありません。最後が、Aの主観です。ここで答えが分かれます。2通りで考えます。1つめ。AはCに権限の無いことを知りませんでした。Cは経理担当者で、手形を扱う立場に見えます。Bに確認しなかったという、軽い不注意があるだけです。悪意でも重過失でもありません。外形を信じた人として守られ、AはBに請求できる方向です。軽い不注意は、賠償額を減らす過失相殺の問題として、別に考えます。722条2項の過失相殺は、前に見ました。2つめ。手形の額が5,000万円で、Bの普段の取引の額の何倍もあります。Cは、「社長には内緒で」と口止めしました。それでもAは、Bに何も確認しませんでした。この場合は、権限が無いことを知らなかったとしても、知らないことに重い落ち度がある、と評価されえます。悪意または重過失にあたるなら、AはBに請求できません。基準を1つにまとめます。相手方が事情を知っていたか、知らないことに重い落ち度があったか、です。軽い不注意なら、守られます。
外形理論と110条 守られる相手方のライン
図:復習の問い。110条が相手方を守る条件は何だったか。
比較に入る前に、1問です。表見代理の回を思い出してください。110条が相手方を守る条件は、何だったでしょうか?代理人の権限があると信ずべき正当な理由、つまり過失が無いことです。条文を確認します。
条文民法110条
民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
正当な理由とは、相手方が過失なく信じたこと、つまり無過失でした。知らなかったうえに、落ち度も無いことが、善意無過失でした。
図:比較表。列=715条の外形理論/110条/一般法人法78条。行=何が問題か/相手方の主観/本人側の事情/効果。715条=損害賠償/悪意・重過失でなければ保護(軽過失でも保護)/使用関係/使用者に損害賠償を請求。110条=契約の効力/正当な理由=無過失/基本代理権/契約の効果が本人に帰属し履行を求められる。78条=損害賠償/悪意・重過失でなければ保護/代表者の行為/法人に損害賠償を請求。
設例を、110条の側からも見てみます。Cは、手形を作る権限が無いのに、手形を作りました。代理人が権限外の行為をした場面と似ています。2つを比べます。板を見てください。1行目、何が問題か。715条は、被用者の不法行為による損害賠償です。110条は、契約の効力です。契約が本人に及ぶかどうかです。2行目、相手方の主観。ここが肝心です。715条の外形理論は、悪意か重過失でなければ守られます。軽い過失があっても守られます。110条は、正当な理由、つまり無過失が必要です。軽い過失でも、守られません。3行目、本人側の事情。715条では、使用関係が要ります。110条では、基本代理権が要ります。基本代理権は、別件の代理権を、本人が本当に一部与えていたことでした。どちらも、本人が何らかの形で関わっている、という点は共通です。4行目、効果です。715条は、損害賠償の請求です。110条が成り立つと、契約の効果が本人に帰属し、履行を求められます。
効果の重さの違いから、こう説明できます。110条が成り立つと、本人は、自分が結んでいない契約に、丸ごと縛られます。途中で調整する道はありません。だから、相手方にも、落ち度が無いことまで求めます。715条の損害賠償なら、相手方に軽い落ち度があっても、過失相殺で賠償額を減らす余地があります。だから、守る線を緩くし、重い落ち度のある人だけを外す、という整理です。もう1つ、一般法人法78条との位置関係を確認します。78条は、法人の代表者が、職務を行うについて第三者に加えた損害を、法人が賠償する、という条文です。法人の責任の回で見ました。78条は職務を行うについて、715条は事業の執行について、と言葉は違います。ただ、外形で判断し、相手方が悪意・重過失なら否定される、という点は同じです。違いは2つあります。78条が対象にするのは、代表者本人の行為です。715条が対象にするのは、被用者の行為です。そして、78条には、715条のようなただし書がありません。ですから、法人は、代表者を選ぶことや見ることに注意していた、と示して免れることはできません。
他人を使った責任の2つの筋 履行補助者との違い
図:他人を使った責任の2系統
- 契約の相手に対して=契約責任の筋が使える(履行補助者の問題=415条1項ただし書の判断)
- 不法行為の要件も満たせば715条も使える(どちらで請求するか選べる)/契約関係の無い被害者に対して=契約の筋は無く、715条(不法行為)
- 同じ運転手の同じ事故でも、相手によって使える筋が違う
最後に、似て見える仕組みを、区別します。履行補助者です。履行補助者とは、債務者が自分の債務を履行するために使う第三者でした。契約の債務の話です。履行補助者の落ち度で債務が履行できなかったとき、債務者の責任は、415条1項ただし書で判断します。契約その他の債務の発生原因と、取引上の社会通念に照らして、債務者の責めに帰することができない事由かを見るのでした。履行補助者の落ち度は、その判断の中の1つの事情です。例です。運送会社Bが、荷主の荷物を運ぶ契約をしていました。運転手Cが、運転中に居眠りをして、荷物を壊しました。さらに、歩行者をはねました。荷主は、運送会社と契約しています。荷物が壊れたことは、契約の責任の筋です。運転手の落ち度は、運送会社が責任を負うかを判断する、1つの事情になります。荷物を壊したことが不法行為の要件も満たすなら、荷主は715条で運送会社に請求することもできます。どちらの筋で請求するかは、荷主が選べます。歩行者は、運送会社と契約していません。見知らぬ被害者です。歩行者が運送会社に請求するなら、不法行為の筋で、715条です。履行補助者の回で、契約の無い相手が直接責任を問うなら、不法行為の筋だ、と送りました。その筋のうち、使う側に向かう道が、715条です。
分かれ目は、契約の筋が使えるかどうかです。契約の相手なら、契約の筋も715条も使えます。見知らぬ被害者には契約の筋が無いので、715条が道になります。
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図:まとめ
- ①715条=使用者の責任(被用者が事業の執行について第三者に加えた損害)
- 報償責任・代位責任の整理
- ②要件=被用者に709条が成立/使用関係(指図できる立場)/事業の執行について(外形+相手方の悪意・重過失)
- ③110条との違い=守られる線(悪意・重過失 vs 無過失)と効果(損害賠償 vs 契約の帰属)
- ④契約の相手は契約の筋(履行補助者)も715条も使える、見知らぬ被害者は715条
冒頭の設例の答えです。Cは、Bに使われている経理担当者で、709条の要件を満たします。手形を振り出す行為は、外形から、Bの事業の範囲に見えます。ですから、AがCの権限の無いことを知らず、軽い不注意があっただけなら、AはBに715条で請求できる方向です。知っていた、または重大な過失で知らなかったなら、請求できません。まとめます。1つめ、715条は、被用者が事業の執行について第三者に加えた損害を、使用者が賠償する責任です。趣旨は報償責任で、被用者の責任の肩代わりと整理されます。2つめ、要件は3つです。被用者の行為が709条を満たすこと。使用関係があること。事業の執行についてであること。使用関係は、契約の名前でなく、実際に指図できる立場かで決まります。3つめ、取引的不法行為では、行為の外形で事業の執行についてを判断します。ただし、相手方が悪意または重過失なら、使用者責任を問えません。4つめ、110条は無過失が必要で、効果は契約の帰属です。715条の外形理論は悪意・重過失でなければ守られ、効果は損害賠償です。契約の相手は、履行補助者を含む契約責任の筋も、715条も使えます。見知らぬ被害者は715条の筋です。
参照条文
- 民法715条
- 民法110条