使用者責任の求償の制限と注文者の責任(716条)
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第6章 法定債権 #311/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
配送中の事故で会社が払った500万円 社員に全額請求できるか
図:冒頭の設例
- A=被害者(乗用車の運転者)/B=運送会社(従業員約40名・トラック15台・任意保険には入っていない・点呼や安全教育は形だけ)/C=Bの社員(入社5年のトラック運転手・月給25万円・真面目で事故歴なし)/D=Bの営業所長(運行の管理と社員の指導監督を現実に担当)/E=Bの社長(代表取締役・営業所の運行や社員の監督には関与せず)
- 配送中、Cが渋滞で前方への注意が足りず、停車中のAの車に追突(通常の過失)
- Aに過失はない
- Aの損害は500万円で、BがAに全額払い済み
- BはCに500万円全額を請求できるか
今日は、その問いから入ります。設例です。Bは運送会社です。従業員は約40名で、トラックは15台。経費を節約するために、事業用のトラックの任意保険には入っていません。賠償は、会社のお金で払います。安全のための点呼や安全教育は、形だけでした。Cは、Bの社員で、入社5年のトラック運転手です。月給は25万円。勤務態度は真面目で、これまで事故はありません。Cが所属する営業所には、運行の管理と社員の指導監督を、会社から任された営業所長のDがいます。社長のEは代表取締役ですが、営業所の運行や社員の監督には関与していません。ある日、Cは配送中に、渋滞で前方への注意が足りず、停車中の乗用車に追突しました。その運転者がAです。Cの過失は通常の過失で、重い過失でも故意でもありません。Aに過失はありません。Aの損害は、治療費、休業損害、慰謝料の合計で500万円でした。BはAに、この500万円を全額払いました。問いは、BはCに、払った賠償金の500万円全額を請求できるか、です。
結論を先に言います。全額は請求できません。請求できるのは、信義則上、相当と認められる限度までです。ただ、そこへ行く前に、会社が払う義務そのものを、要件で確かめる必要があります。今日の道のりです。まず、前回の3つめの要件の残りの型を見て、4つめの要件の免責を足し、4つの要件をそろえます。次に、被害者から見た会社と社員の関係を見ます。そこから、会社から社員への求償、社員から会社への逆求償に進みます。最後に、使用者に代わって監督する人の責任と、注文者の責任です。
前回の復習 715条の4つの要件
図:715条の4要件
- ①被用者の行為が709条の要件を満たす
- ②使用関係(契約の名前でなく指図できる立場=実質的な指揮監督関係)
- ③事業の執行について(取引的不法行為=前回/事実的不法行為=今回)
- ④免責事由が無いこと(ただし書=今回)
- 設例の右列はこのあと埋める
前回の続きです。まず、条文を全文で確認します。
条文民法715条
民法第715条(使用者等の責任) ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
被用者とは、事業のために使われている人です。使用者とは、その事業のために被用者を使っている人です。設例では、Bが使用者、Cが被用者です。前回見た要件は、3つです。まず1つめ、被用者の行為が709条の要件を満たすこと。2つめ、使用関係があること。使用関係とは、契約の名前ではなく、実際に指図できる立場かで決まるものでした。3つめ、事業の執行についてであること。3つめは2つの型に分かれていました。取引の形をした不法行為、つまり取引的不法行為は、前回見ました。今日は、残りの型、事実的不法行為です。そして、ただし書の免責を4つめの要件として足します。これで、4つがそろいます。
図:三者の関係図
- A=被害者/B=使用者(会社)/C=被用者(社員)
- AからCへ=709条の請求
- AからBへ=715条の請求
- BとCは使用関係
- 前回と同じ割付
図は前回と同じです。被害者のAは、社員のCに709条で、会社のBに715条で、請求できます。
要件③の残り 事実的不法行為(1) 暴力行為

- 事実的不法行為=取引ではなく事実行為(殴る・車をぶつける等)で損害を与える不法行為
- 暴力行為の基準(判決)=使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為か
- 判決の事案=工事現場で作業用の鋸の貸し借りから口論になった配管工の暴行(最判昭44・11・18 民集23巻11号2079頁)/出前・容器回収に向かう途中、車の方向指示器をめぐり口論になった鮨店員の暴行(最判昭46・6・22 民集25巻4号566頁)
事実的不法行為とは、取引の形ではなく、事実の行為で損害を与える不法行為です。人を殴る、車をぶつける、といった行為です。取引的不法行為では、外から見た形を信じた相手方を守る、という発想でした。事実的不法行為では、殴られた人は、相手の職務の外形を信じて何かをしたわけではありません。そこで、別の物差しが使われます。まず、暴力行為です。最高裁は、2つの事案で、同じ基準を述べました。1つめは、配管工が工事現場で作業をしていて、作業用の鋸の貸し借りから口論になり、相手に暴行した事案です。2つめは、鮨店の店員が、出前や容器の回収に向かう途中、車の方向指示器をめぐって口論になり、暴行した事案です。どちらの判決も、使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為かどうか、で判断しています。契機とは、きっかけのことです。仕事をしていた場面がきっかけで起きた、仕事と密接に結びついた行為か、という見方です。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】暴力行為が「事業の執行について」にあたるかは、使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為かどうかで判断する。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例 最判昭44・11・18/昭46・6・22)。条文には無い基準。理由づけ(判決の言葉ではない説明)=使用者は社員を現場に出して利益を得ており、そこでもめごとが起きる危険も作っているから。論文で論点になりうる)
動機が個人的かどうかだけでは決まりません。判決が見ているのは、仕事の場面がきっかけで、仕事と密接な関連があるか、です。なぜ、仕事との結びつきで見るのか。会社は、社員を現場に出して仕事をさせ、そこから利益を得ています。その現場で、もめごとが起きる危険も作っているからです。ここで、設例の会社と社員を使った別の場面です。設例の事故とは別の話です。Cが配送先で、荷物の置き場をめぐって客と口論になり、その客を殴ったとします。配送という事業の執行行為がきっかけで起きた口論で、仕事と密接な関連があります。基準に当てはめると、事業の執行についてにあたる、という方向になります。境界のすぐ外も見ます。Cが休憩時間に、仕事とは関係のない知人と、私的な理由で喧嘩をしたとします。仕事の場面がきっかけではないので、密接な関連は弱くなります。この基準は、論文でも論点になりえます。
要件③の残り 事実的不法行為(2) 交通事故
図:交通事故と事業の執行について
- 設例の運転=配送中の運転は職務そのもの=当然に該当
- 論点は私用運転・無断運転
- 判決の言い方=運転手の職務行為の範囲に属するか(最判昭30・12・22 民集9巻14号2047頁:秘書官の私用のための運転でも職務行為の範囲/最判昭37・11・8:使用を許されていた会社の車を勤務時間後に私用で使った事故でも「外形的にこれを観れば」職務行為の範囲)
- 有力説(学説・判決とは別の物差し)=加害行為による危険が使用者の支配領域内から生じたか
交通事故です。設例のCは、配送中に運転していました。運転が仕事そのものなので、当然に、事業の執行についてにあたります。使用関係も、社員なので問題ありません。争いになるのは、仕事ではない運転、つまり私用運転や無断運転の場合です。判決を2つ見ます。1つめは、官庁の運転手が、同乗する秘書官の私用をみたすために運転して事故を起こした事案です。運転手本人の私用ではありません。最高裁は、その運転は、運転手の職務行為の範囲に属するものとして、その官庁の事業の執行と認める、としました。2つめは、外交販売員が、仕事上随時使用を許されていた会社の自動車を、勤務時間が終わったあとに私用で使って事故を起こした事案です。最高裁は、外形的にこれを観れば、運転手としての職務行為の範囲に属するものとして、会社の事業の執行と認めることの妨げにならない、としました。判決は、どちらも職務行為の範囲に属するかで見ています。外形的に観る、という言い方をしたのは、2つめの判決です。
判決のこの外形という見方には、事実的不法行為では弱い点があると、学説から指摘されています。事実的不法行為では、被害者の信頼は通常、生じません。外形を信じた人を守る、という理由が使えません。そこで、有力な学説は、判決とは別の物差しを立てます。加害行為による危険が、使用者の支配領域内から生じたものか、を見るのです。たとえば、会社が管理する車や作業場所から生じた危険か、という見方です。なぜ、会社が管理しているかで見るのか。車や人や場所を管理して、危険を抑える手段を持っているのは会社です。自分の管理の中から出た危険なら、会社が引き受けるのが筋だ、と考えるのです。
⭐ 論文で書く規範:【規範(学説)】事実的不法行為では被害者の信頼は通常生じないので、「事業の執行について」は、加害行為による危険が使用者の支配領域内から生じたものかどうかを見て判断する。 (解釈で立てる規範(出どころ=学説・有力説)。条文は無い。判決は、職務行為の範囲に属するかを外形から見ている。答案では「判決は外形から判断しているが、事実的不法行為では信頼はありえないので支配領域内の危険かで判断する」の型。暴力行為は別基準(事業の執行行為を契機とし密接関連=判決)。論文で論点になりうる)
設例の会社と社員を使った別の場面です。夜間に、Cが会社のトラックを無断で私用に使い、近所のコンビニまで走らせて、事故を起こしたとします。判決の言い方では、会社の運転手が会社のトラックを運転しており、外形的に職務行為の範囲に見えます。有力な見解でも、会社が所有し、管理しているトラックから生じた危険です。どちらの見方からも、事業の執行についてを広く認める方向です。境界も見ます。Cが会社の配送の仕事のために、自分の自家用車で走行中に事故を起こしたとします。会社の車ではありません。有力な見解からは、会社がその使用を容認していた場合などに限って、会社の支配領域内の危険として責任が認められる方向になります。ちなみに、休日に私用で自家用車に乗った事故なら、会社の車でも仕事でもないので、原則として外です。容認とは、たとえば、会社が、自家用車を配送に使うことを知ったうえで認めていた場合です。そうなると、その車は、会社の仕事の道具として、会社の管理の中に入ってきます。反対に、会社が認めていなければ、支配領域内とは言いにくくなります。
要件④ 免責 ただし書は逃げ道、運用は塞がっている
図:要件④免責(715条1項ただし書)
- 使用者が、被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、責任を負わない。証明責任は使用者。選任=雇うとき
- 監督=雇ったあと。実務上、免責が認められた例はほとんどないと言われる(分類は中間責任のまま・運用は無過失責任に近い)。
4つめの要件です。免責事由が無いこと、つまりただし書です。条文は、2つの逃げ道を用意しています。1つめ、使用者が、被用者の選任とその事業の監督について、相当の注意をしたとき。選任とは雇うときの注意、監督とは雇ったあとの注意です。2つめ、相当の注意をしても、損害が生ずべきであったときです。この証明をする責任は、使用者の側にあります。前々回の、特殊の不法行為の地図で、715条を中間責任と呼びました。過失が要るけれども、証明が逆向きだから、という意味でした。ただし、実務では、免責が認められた例はほとんど無い、と言われています。条文の上では、免れる道が書かれているので、分類は中間責任のままです。それでも運用では、免れる道が条文に無い無過失責任に近い、と評されます。分類が変わるのではなく、使われ方の話です。設例です。Bは、Cの選任と事業の監督について、相当の注意をしたことを証明できませんでした。冒頭で見たとおり、点呼や安全教育は形だけでした。ですから、免責は認められません。
図:設例の当てはめ
- ①Cの追突は通常の過失で709条を満たす
- ②CはBの社員で使用関係あり
- ③配送中の運転=事業の執行そのもの
- ④Bは選任・監督の相当の注意を証明できず(点呼・安全教育は形だけ)免責されない
- 結論=BはAに500万円の賠償責任を負う
4つの要件に、設例を当てはめます。1つめ、Cの追突は通常の過失で、709条を満たします。2つめ、CはBの社員で、使用関係があります。3つめ、配送中の運転は、事業の執行そのものです。4つめ、免責は証明できませんでした。4つそろいました。BはAに、500万円の賠償責任を負います。Bが全額払ったのは、払う義務のあるお金でした。ここから、払ったあとの話に進みます。
被害者から見た会社と社員の関係 不真正連帯
図:復習の問い
進む前に、1問です。不可分債務と不真正連帯債務の回に出てきました。連帯債務に似ていて、弁済など債権者を満足させる事由は他の債務者にも効くけれど、それ以外、特に免除は他の債務者に及ばない債務に、つけた呼び名があったはずです。思い出してください。何という名前でしたか?不真正連帯債務です。条文には出てこない呼び名で、判例や学説がつけた名前でした。典型例が、共同不法行為者の賠償債務と、使用者と被用者の賠償債務でした。
図:被害者から見た関係
- A=被害者/B=会社/C=社員
- AはBにもCにも損害の全額500万円を請求できる(不真正連帯の関係)
- BがAに500万円払えば、Aの債権は満足してB・Cの債務が消える(弁済は全員に効く)
- AがCだけを免除しても、Bの債務は当然には消えない(免除は相対効)
判例最判昭46・9・30 集民103号569頁
使用者の債務と被用者の債務の関係 民法七一五条により被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償すべき使用者の債務と同法七〇九条により被用者自身が負担する損害賠償債務とは、いわゆる不真正連帯の関係にあり、債務者の一人について生じた事由は、債権を満足させるものを除き、他の者の債務に影響を及ぼさないものと解すべきである。
読み方です。715条による使用者の債務と、709条による被用者自身の債務は、不真正連帯の関係にあります。そして、債務者の一人に生じた事由は、債権を満足させるものを除いて、他の債務者の債務に影響しません。設例で見ます。被害者のAの損害は500万円です。AはBにも、Cにも、500万円の全額を請求できます。BがAに500万円を払えば、Aの債権は満足を受けたので、BとCの債務は、どちらも消えます。弁済は、全員に効くからです。反対に、Aが、Cだけの債務を免除したとします。免除は、債権を満足させる事由ではないので、Bの債務に当然には影響しません。Bの債務は、そのまま残ります。
取れるのは、全体でちょうど1回分、500万円です。ここまでが、被害者から見た関係です。会社と社員の間でどう分けるかは、また別の話で、次の節です。共同不法行為と使用者責任が重なる場合の求償は、別の回で見ます。
会社から社員への求償 信義則上相当な限度
図:立ち止まる問い
- BがAに500万円を払った
- BはCに全額を請求してよいか
- まず自分の答えを決める
ここで、立ち止まってください。BはAに500万円を払いました。BはCに、この500万円の全額を請求してよいでしょうか? 自分の答えを、先に決めてみてください。条文から確認します。715条3項です。使用者から被用者への求償権の行使を妨げない、とあります。求償とは、ほかの人がかぶるはずの分を代わりに払った人が、それを取り戻すしくみでした。不可分債務と不真正連帯債務の回では、一緒に事故を起こした加害者どうしは、過失の割合で負担を分けました。会社と社員は、そうはいきません。事故を起こしたのは社員で、会社は、社員の責任を肩代わりしている、と整理されるからです。肩代わりという整理からは、肩代わりした分は元の責任者に戻すのが筋、と考えたくなります。素朴に考えると、全額を請求できそうです。しかし、最高裁は、そうは言いませんでした。
図:求償の制限
- 使用者が被用者に請求できるのは、事業の性格・規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度
- 判決の事案=タンクローリーの追突事故(従業員約50名・対人賠償責任保険のみ加入)で、損害額の四分の一が限度(事案限りの結論)
判例最判昭51・7・8 民集30巻7号689頁
使用者から被用者への求償の制限 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
長い一文なので、分けて読みます。使用者は、被用者の加害行為のせいで、直接損害を被ったり、被害者に賠償して損害を被ったりした場合に、請求ができます。ただし、請求できるのは、諸般の事情に照らして、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度までです。信義則とは、民法の三大原則の回で見た、相手の正当な期待を裏切らない、という考え方でした。ここでは、三つの働きのうちの是正、つまり条文どおりの結論にブレーキをかける働きをしています。条文は求償を妨げないとだけ書いていますが、その請求の範囲を絞るのです。諸般の事情として、判決は具体的な要素を挙げています。事業の性格と規模。施設の状況。被用者の業務の内容。労働条件。勤務態度。加害行為の態様。そして、加害行為の予防や損失の分散についての、使用者の配慮の程度です。損失の分散とは、保険に入るなどして、損失を広く薄く分けることです。
判決の言葉は、損害の公平な分担という見地、です。会社は、社員を使って事業を行い、その活動から利益を得ています。しかも、人を使う以上、事故が起きる危険を作っています。その損失を、働く側にだけ全部回すのは、公平ではありません。前回見た、報償責任と危険責任の考え方です。
図:考慮要素×設例
- 事業の性格・規模=従業員約40名・トラック15台の運送会社/予防についての配慮=点呼・安全教育は形だけ/損失の分散についての配慮=任意保険には入っていない/業務の内容=日常的に運転する配送業務で事故の危険を伴う/労働条件=月給25万円に対し500万円/勤務態度=真面目・事故歴なし/加害行為の態様=通常の過失(重過失でも故意でもない)
- →全額をCに負わせるのは信義則上相当でなく、一部に限られる
- 割合は一般には決まっていない
設例に当てはめます。板を見てください。事業の性格と規模は、従業員約40名、トラック15台の運送会社です。加害行為の予防への配慮は、点呼や安全教育は形だけで、足りていませんでした。損失の分散への配慮は、任意保険に入っていないので、使用者として損失を分散する手当てをしていません。業務の内容は、日常的に運転する配送で、事故の危険を伴う仕事です。労働条件は、月給25万円の社員に、500万円は重すぎる金額です。勤務態度は真面目で、事故もありません。加害行為の態様は通常の過失で、故意でも重過失でもありません。これらを合わせると、500万円の全額をCに負わせるのは、信義則上、相当ではありません。請求できるのは一部に限られます。冒頭の問いの答えは、全額は言えない、相当な限度まで、です。
判決は、割合を一般的には示していません。先ほどのタンクローリーの事案では、損害額の四分の一を限度とする原審の判断が是認されました。ただし、それはその事案の事情のもとでの結論です。四分の一が一般の基準だと、判決が言っているわけではありません。設例でも、具体的な割合は決めません。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例)】使用者が使用者責任にもとづいて損害賠償をしたときは、被用者に求償権を行使できる(715条3項)。ただし、事業の性格・規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度でのみ行使できる。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文には求償を妨げないとあるだけで、制限の基準は無い。理由づけ(判決の言葉ではない説明)=使用者は事業で利益を得て、人を使う危険も作っているから、損失を被用者だけに回すのは公平でない。論文で論点になりうる)
社員から会社への逆求償 先に払った方が損をしない

- 逆求償=被用者が先に被害者に賠償した場合に、被用者が使用者に求償すること
- 設例を入れ替えた仮定(確定した設例では会社が先に払っている)=もし先に、CがAに500万円を払っていたら
- B→C=求償(信義則上相当な限度)/C→B=逆求償(相当と認められる額)
逆求償に進みます。逆求償とは、被用者が先に被害者に賠償した場合に、被用者が使用者に求償することです。ここは仮定です。設例の事実は変えません。設例では、Bが先にAへ払いました。支払う順番だけを入れ替えて、もし先に、CがAに500万円を払っていたら、と考えます。実際に、この考え方をとった下級審がありました。原審は、被用者が損害の全額を負担すべきで、使用者への求償は原則としてできない、と判断しました。最高裁は、これを是認できないとしました。
判例最判令2・2・28 民集74巻2号106頁
被用者から使用者への求償(逆求償) 使用者責任の趣旨 民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
判例最判令2・2・28 民集74巻2号106頁
被用者から使用者への求償(逆求償) 求償できる額 また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
長いので、4つに分けて読みます。1つめ、使用者責任は、使用者が被用者の活動で利益を上げる関係にあることや、事業の範囲を広げて第三者に損害を生じさせる危険を増やしていることに着目して、損害の公平な分担という見地から、損害を使用者に負担させるものです。2つめ、そうだとすると、使用者は、被害者に対してだけでなく、被用者との関係でも、損害の全部または一部を負担すべき場合があります。3つめ、使用者が先に払った場合は、先ほどの求償の制限があります。それと、被用者が先に払った場合とで、使用者の損害の負担が異なる結果になるのは、相当ではありません。4つめ、結論です。被用者は、諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に求償できます。3つめの理由が、決め手です。先に払った方が不利にならないように、会社が先に払っても、社員が先に払っても、会社と社員の間の負担の分け方は、同じ物差しで決める、ということです。なぜ順番で変わってはいけないのか。ここは判決の言葉ではなく、補足の説明です。誰が先に払うかは、被害者が、会社と社員のどちらに請求したか、といった事情に左右されうるからです。会社が先に払えば、社員の負担は一部で済みます。たまたま社員が先に払ったら全部をかぶる、というのでは、被害者の選び方などで、会社と社員の分け方が変わってしまいます。それは公平ではありません。設例に戻します。もし先に、CがAに500万円を払っていたら、Cは、先ほどの考慮要素に照らして、相当と認められる額を、Bに請求できます。
最高裁は、この事案では、求償できる額を決めず、審理を尽くさせるために差し戻しました。額は、判決では決まっていません。判決の事案は、大きな貨物運送会社のトラック運転手が、自転車の人をはねて死亡させた事故で、事業用の車両全てについて自動車保険契約などが無い会社でした。
図:求償の双方向
- B→C=求償(昭51)/C→B=逆求償(令2)
- どちらも損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度・相当と認められる額
- 先に払った方が不利にならない
整理します。会社が先に払えば、信義則上相当と認められる限度で、社員に求償します。社員が先に払えば、相当と認められる額を、会社に求償します。どちらも、見る物差しは、損害の公平な分担という見地です。
使用者に代わって監督する者 715条2項
図:復習の問い。714条2項の代理監督者は、誰に代わって誰を監督する者だったか。
次の話題の前に、1問です。前に、責任無能力者の監督者の責任の回で、714条2項の代理監督者が出てきました。その代理監督者は、誰に代わって、誰を監督する者でしたか?監督義務者に代わって、責任無能力者を監督する人です。保育士や教員といった個人をみるのか、保育園や学校を営む側をみるのか、見方が分かれる論点でした。今日の715条2項は、これとは別の規定です。使用者に代わって事業を監督する者について、定めています。
図:715条2項の代理監督者
- 判決の定義=客観的に見て、使用者に代わり現実に事業を監督する地位にある者
- 営業所長D(運行の管理・社員の指導監督を現実に担当)=当たりうる(最判昭38・6・28 集民66号763頁)
- 社長E(営業所の運行・社員の監督には関与なし)=代表取締役というだけでは当然には当たらない(最判昭42・5・30 民集21巻4号961頁)
- 注意=714条2項とは別の規定・別の基準
判例最判昭42・5・30 民集21巻4号961頁
715条2項の代理監督者と会社の代表者 民法七一五条二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは、客観的に見て、使用者に代り現実に事業を監督する地位にある者を指称するものと解すべきであり(昭和三二年(オ)第九二二号、同三五年四月一四日第一小法廷判決、民集一四巻五号八六三頁)、使用者が法人である場合において、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当しているときは、右代表者は同条項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について、代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が、単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから、ただちに、同条項を適用してその個人責任を問うことはできないものと解するを相当とする。
読み方です。715条2項の使用者に代わって事業を監督する者とは、客観的に見て、使用者に代わって現実に事業を監督する地位にある者です。使用者が法人の場合、その代表者が現実に被用者の選任や監督を担当しているなら、代表者も代理監督者に当たり、責任を負います。しかし、代表者が、法人の代表機関として一般的な業務執行の権限を持っているというだけでは、すぐに個人責任を問うことはできません。判決は、さらに、代表取締役だったというだけでは足りず、現実に被用者の選任または監督をする地位にあった事実を、責任を問う側が主張し、立証しなければならない、と述べています。設例に当てはめます。営業所長のDは、Cが所属する営業所で、運行の管理と社員の指導監督を、会社から任されて、現実に担当していました。Dは、会社に代わって現実に事業を監督する地位にあります。営業所長が代理監督者に当たるとした判決もあります。営業所の事業を会社に代わって監督する地位にあった所長について、部下の不法行為の賠償義務を認めた原審の判断を、最高裁は正当としました。社長のEは、代表取締役ですが、営業所の運行や社員の監督には関与していません。代表者というだけでは、当然には代理監督者に当たらず、現実に監督していた事実が必要です。設例では、Eは当たりません。なぜ肩書きでなく、現実の監督なのか。2項は、使用者に代わって監督を引き受けた人に、その監督についての責任を負わせる規定です。現実に監督していない社長には、責任の前提になる監督がありません。
714条2項は、責任無能力者の監督義務者に代わる者でした。715条2項は、使用者に代わって事業を監督する者で、基準も別です。混ぜないでください。
注文者の責任 716条
図:716条
- 注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない
- ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない
最後に、前々回の地図で表の外に置いた、716条です。請負の注文者の責任を定めています。前回、請負人は、仕事のやり方を自分で決める独立した立場だから、原則として使用関係にならない、と見ました。
条文民法716条
民法第716条(注文者の責任) 注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない。
原則は、責任を負わない、です。請負人は独立した立場で、注文者はやり方を指図しないからです。例外は、注文または指図について、注文者に過失があったときです。設例の会社と社員を使った別の場面です。Bが、荷物の運送を、別の運送業者に請け負わせたとします。その業者の運転手が、事故を起こしました。Bは注文者で、運転手は請負人側です。Bは原則として、責任を負いません。ただし、Bが、危険な走行ルートや時間を指定して、運転手に指図したとします。その指図に過失があって、事故につながったなら、Bは責任を負います。指図がなく、注文の内容にも落ち度がないなら、原則どおりです。境界は、注文者が、危険な走行ルートのようなやり方に踏み込んだかどうかです。
図:715条と716条の対比
- 行=①相手との関係
- ②原則
- ③例外
- ④過失の位置
- 715条(使用者)=使う者・指揮監督する/原則責任を負う(免責は使用者が証明しないと認められず事実上無過失に近い)/例外=相当の注意の証明/過失は推定される側(使用者が相当の注意=過失が無いことを証明すれば免責)
- 716条(注文者)=独立した請負人・指揮しない/原則責任を負わない/例外=注文・指図に過失があるとき/過失は責任を生む例外の要件
715条と対比します。使用者は、指揮監督する関係で、原則として責任を負います。注文者は、独立した請負人に頼むだけで、指揮しないので、原則として責任を負いません。過失の位置も逆です。715条は、原則が責任ありで、使用者が相当の注意を証明すれば免れる、という形でした。716条は、原則が責任なしで、注文・指図に過失があるときに限って責任が生まれます。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
冒頭の設例の答えです。Bは、Aに500万円を払う義務がありました。要件の4つがそろい、免責は立たなかったからです。そのうえで、BがCに請求できるのは、信義則上相当と認められる限度までです。全額は請求できません。まとめます。1つめ、事実的不法行為では、暴力行為は、事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有するかで見ます。交通事故は、判決は職務行為の範囲に属するかで見ています。有力な見解は、使用者の支配領域内の危険かで見ます。2つめ、免責は、条文の上では逃げ道がありますが、実務ではほとんど認められないと言われます。3つめ、被害者から見て、使用者と被用者は不真正連帯の関係です。弁済は全員に効き、免除は他に及びません。4つめ、使用者が被用者に請求できるのは、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度までです。被用者が先に払ったときも、相当と認められる額を使用者に求償できます。5つめ、715条2項の代理監督者は、現実に事業を監督する地位にある者です。代表者は、当然には当たりません。6つめ、716条の注文者は、原則として責任を負いません。注文または指図に過失があったときだけ、負います。
参照条文
- 民法715条
- 民法716条