非債弁済・期限前の弁済・他人の債務の弁済(後編)
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第6章 法定債権 #288/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
完済した借金を、もう一度払ったら
図:冒頭の設例 Bは、Aから借りた100万円を、先月、全額返し終えていた
- ところが今月、通帳を見落として、同じ100万円をもう一度Aに払ってしまった
- 気づかずに払った場合と、完済済みと知っていて払った場合
受け取ったのがA、払ったのがBです。前回は、契約が無効や取消し、解除になって、渡した物を返す場面を見ました。給付不当利得では、受け取った側は善意でも全部返す、という整理でした。今日は、その続きです。返す範囲の話ではありません。返してもらう側が、そもそも払う必要のないお金を払っていた場面です。答えの形を先に言います。気づかずに払ったなら、返してもらえます。知っていて、自分の意思で払ったなら、返してもらえません。ただし、知っていても、自分の意思で払ったとは言えない事情があれば、また別です。知っていたかどうかで、結論は変わります。今日見るのは、705条、706条、707条の3つです。
図:今日の道筋
道筋です。まず、払う必要のないお金を払った場合は、原則として返してもらえる、という土台を確認します。次に、その原則を押し戻す3つの場面を、705条から順に見ます。最後に3つを1枚の板で比べて、最初の問いに戻ります。
土台 債務がないのに払ったら、原則は返せる
図:二重払いの図
- B(借主・払った側)→A(貸主・受け取った側)に100万円を2回
- 1回目=弁済で債務が消えた(473条)
- 2回目=債務がないのにした給付→原則として返還請求できる
- 705条〜707条は、この原則に対する特則と見る見解が有力
土台からいきます。給付をした時に、債務が存在しないのに弁済した場合を、広い意味での非債弁済と言います。非債とは、債務が無い、ということです。冒頭の設例で見ます。Bは先月、100万円を全額返しました。弁済によって、債務は消えています。473条です。そこへ今月、もう一度100万円を払ったのですから、この2回目の給付には、受け取る原因になる債務がありません。法律上の原因のない弁済です。ですから、弁済した人は、受け取った人に返還を請求できるのが原則です。前回は、契約が無効や取消し、解除で消えた場面でした。こちらは、払った時に、払う原因になる債務がもう無かった場面です。どちらも、渡した物を返す給付不当利得に入ります。
冒頭の問いの前半は、この原則で答えが出ます。では、知って支払った場合は、なぜ別なのか。そこに働くのが、705条から707条の特則です。給付不当利得には、705条から708条までに、特別な定めがあります。121条の2や545条に対する特則と見る見解が有力です。今日は、そのうちの705条、706条、707条です。708条は不法原因給付で、公序良俗に反する給付そのものを返せるかという別の問題なので、別の回で扱います。
知って払ったら返せない 705条
図:705条の要件と効果
- ①弁済の時に債務が存在しない(無効・取消し・完済のどれでもよい)②債務の存在しないことを弁済者が知っていた③弁済が任意になされた(解釈で足される要件)
- 効果=給付したものの返還を請求できない
- 知らなかったなら、過失があっても705条は適用されない
まず条文です。
条文民法705条
民法第705条 債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
要件を、条文の言葉で拾います。債務の弁済として給付をしたこと。その時に、債務が存在しないこと。そして、存在しないことを知っていたこと。この3つがそろうと、効果は、返還を請求できない、です。債務が存在しなくなった理由は問いません。契約が無効だった場合も、取り消された場合も、冒頭の設例のように完済していた場合も、債務の存在しないことに当たります。705条の趣旨は、次のとおりです。知りながら払っておいて、あとから返せというのは、保護に値しない。禁反言と呼ばれる考え方です。自分がした態度と矛盾する主張は、通らない、ということです。条文の言葉は、知っていたとき、です。ですから、知らなかったなら、うっかりしていた、つまり不注意があったとしても、705条は適用されません。返してもらえます。冒頭の設例で線を引きます。通帳を見落として、完済済みと気づかずに払ったBは、知らなかったので、705条の対象外で、返してもらえます。完済済みだと分かっていながら、自分の意思で払ったBは、705条で、返せません。
分かっていて払っても、返してもらえる場合があります。条文には書かれていない、もう1つの要件があるからです。弁済が、任意になされたことです。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】705条が適用されるには、給付が任意になされたことを要する。やむをえず払った場合は、任意とは言えず、705条は適用されない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文に書いていない。例=後日の返還請求を留保して払った家賃)
任意とは、自分の意思で払うことです。たとえて言えば、自分で財布から出したのか、背中を押されて出したのか、の違いです。押されて出したのなら、あとから返せと言っても、矛盾にはなりません。判例を2つ見ます。1つめです。
判例最判昭35・5・6 民集14巻7号1127頁
任意性が必要か 後日の返還請求を留保して支払った事案 同条にいう「債務ノ弁済」は、給付が任意になされたものであることを要する ……被上告人は後日の返還請求を留保し、やむをえず弁済をしたものであつて、右給付は任意になされたものということはできない
事案は、家賃です。法令で上限が決められていた家賃を、借りていた人が、上限を超えていると熟知しながら払っていました。ただ、払わなければ債務不履行の責任を問われるかもしれないと恐れて、あとで超過した金額の返還を求める、と特に留保したうえで、やむをえず払ったのです。最高裁は、後日の返還請求を留保して、やむをえず弁済したのだから、給付は任意になされたものとは言えない、として705条を適用しませんでした。ですから、超過した金額は返してもらえます。2つめです。
判例最判昭40・12・21 民集19巻9号2221頁
知って支払ったことも無理からぬ事情があるか 訴えられる恐れで支払った事案 賃料支払の義務はないが訴を提起されることを慮つて支払う旨留保の表示までしているのであり、このように債務の不存在を知つて弁済したことも無理からぬような客観的事情の存する場合には、民法七〇五条は適用されないものと解すべきである
事案は、家に住んでいた人が、その家を買い受けたと言う人から、払う筋合いのないお金を賃料として求められたものです。払わずにいると、賃料を払っていないとこじつけられて、家の明渡しを求める訴えを起こされかねません。そこで、その訴えへの防御として払うのだ、と表示したうえで払いました。判旨は、そうした客観的な事情があるときは、705条の適用が外れる、というものです。任意かどうかの分かれ目は、払うときの事情にあります。知っていても、返還を請求する旨を留保した、訴えられる恐れがあって、払う旨を表示した、といった事情があれば、知っていて、払ったことも無理からぬものとして、705条は使えず、返してもらえます。逆に、そうした事情が何もなく、完済済みと分かって、そのまま払ったなら、任意です。返せません。ここで、冒頭の設例を3つに分けます。通帳を見落として支払った、は知らなかったので返せます。完済済みと分かっていながら、何の留保もなく払った、は任意なので返せません。完済済みと分かっていたが、払わないと訴えられると恐れ、その旨を告げて支払った、は無理からぬ事情があるので返せます。この任意性は、論文で論点になりうるところです。条文に書いていない要件を判例が足している、という形で押さえてください。なお、賭博の負け金のように、公序良俗に反する給付は、705条ではなく708条の問題です。
早く払ったら 期限前の弁済・706条
図:706条の時間軸
- 今月=Bが100万円を払う/来月末=本来の期限
- 債務は存在している→元本は返還請求できない(本文)
- 債務者が錯誤で払ったときだけ、債権者が得た利益(期限までの運用利益など)は返る(ただし書)
- 期限前と知って払ったなら、ただし書も使えない
次は706条です。設例を置きます。BはAに対して100万円の債務があり、返済期限は来月末です。Bは期限を勘違いして、今月末が期限だと思い込み、今月、100万円を払ってしまいました。条文です。
条文民法706条
民法第706条 債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
本文から読みます。弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、給付したものの返還を請求できない。期限前でも、債務は存在しています。705条とは違い、債務がないわけではありません。ですから、100万円は返してもらえません。100万円は、どのみち来月末には払うお金です。払う時期が早かっただけで、債務は存在しています。元本は戻りません。ただ、まったく戻らないわけではありません。ただし書があるからです。債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。この、錯誤とは、弁済期の前であることを知らないで支払った、という場面です。ここで注意です。返るのは、得た利益であって、100万円の元本ではありません。Aは、来月末の期限より早く100万円を手にしました。期限までの間に、そのお金を運用して得られたはずの利息などが、利益です。そこを、Bに返します。早く払ったことでずれたのは、100万円そのものではなく、来月末までの間の利益だけだからです。設例に当てます。Bが期限前であることを知らずに払ったなら、100万円は返らず、来月末までの間にAが得た利益は返ってきます。一方、期限が来月末だと分かっていて、あえて今月払ったなら、ただし書は使えません。元本も、利益も、返ってきません。知っていたかどうかで結論が分かれるのは、705条と同じ形です。
706条の得た利益と、417条の2の中間利息の控除は、別の場面です。得た利益を中間利息と呼ぶこともありますが、答案では、条文の言葉どおり、得た利益と書きます。417条の2の中間利息の控除は、将来の逸失利益などの賠償額を今まとめて受け取るとき、受け取るまでの利息に相当する金額を、賠償額から引く、という話でした。706条は、早く払った側に、利益を返すのです。言葉が似ているだけで、別の規定だと分けてください。
他人の債務を払ったら 707条
図:707条の3者図
- B(弁済者)が、自分の借金と思い込んで、C(本当の債務者)の借金100万円をA(債権者)に払った
- Aは完済と信じて借用書を破り、担保も外した
- BはAに返還を請求できない
- BはCに求償できる
- Aが何もしていなければ、Bは返してもらえる
最後は707条です。前に第三者の弁済の回で見たところを、思い出す1問です。他人の債務を、他人の債務として支払った場合、その弁済は有効ですか?有効だったと思います。第三者の弁済で、有効なら債権は消えて、払った人は本来の債務者に求償できる、でした。474条1項の第三者の弁済は、原則として有効です。有効なら、返還請求はできないのが原則です。今日の707条は、そこと場面が違います。他人の債務を、自分の債務だと思い込んで支払った場面です。設例です。BはCの借金100万円を、自分の借金だと思い込んで、Aに払いました。Aは債権者、Cが本当の債務者です。Aは、100万円が払われたのですから、完済と信じて、借用書を破り、担保も外しました。条文を読みます。
条文民法707条
民法第707条 債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない。 2 前項の規定は、弁済をした者から債務者に対する求償権の行使を妨げない。
要件を2つに分けます。1つめは、債務者でない者が、錯誤によって債務の弁済をしたこと。典型は、自分の債務だと思い込んで、他人の債務を弁済した場合です。2つめは、債権者が善意で、つまり、他人の債務の弁済だと知らないまま、証書を滅失させ、もしくは損傷し、担保を放棄し、または時効によって債権を失ったことです。この2つがそろうと、弁済をした者は、返還の請求ができません。債権者の動きがまだ無い間は、返してもらえます。自分の債務だと思い込んで支払った場合は、他人の債務を他人の債務として払う第三者の弁済には当たりません。ですから、原則は、返還を請求できます。債権者が動いて、はじめて返せなくなります。信号にたとえると、債権者が何もしない間は青、借用書を破る、担保を外すといった動きがあれば赤、です。ここは線を引きます。債権者が善意のまま、証書を滅失させる、担保を放棄する、時効で債権を失う、のどれかに至って、はじめて返せなくなります。時効でいえば、もう払ってもらったと信じて、本当の債務者のCに請求しないでいるうちに、その債権が時効にかかってしまった、という場面です。趣旨は、第三者の給付によって債権が消えたと信頼して動いた債権者を、保護することです。Aは、完済と信じて借用書を破り、担保も外しました。
そこで2項です。弁済をした者は、本来の債務者に、求償権を行使できます。Bは、Aに返せとは言えませんが、Cに、立て替えた100万円を求償できます。Cは、借金が消えて、得をしているからです。不当利得を3つに分けたときの、支出不当利得の求償の場面です。設例の3つの場面で確かめます。BがCの借金を自分の借金だと思い込んで支払い、Aが何もしていないなら、Bは返してもらえます。Aが善意で借用書を破り、担保を外したなら、Bは返せません。その代わり、Cに求償します。
3つを1枚の板で比べる
図:比較 705条・706条・707条
- 払った場面=債務がないのに払った/期限が来ていない債務を払った/他人の債務を自己の債務と誤信して払った
- 債務は=ない/ある(期限前)/ある(他人の債務)
- 弁済者の認識=債務の不存在を知っていた(任意に)/期限前と知らなかった(錯誤)/自己の債務と誤信(錯誤)
- 返せるか=返せない/元本は返せない・錯誤なら得た利益は返る/債権者が善意で証書の滅失・損傷・担保の放棄・時効に至れば返せない(債務者に求償)
3つを並べます。行ごとに見ます。1行目、払った場面です。705条は、債務がないのに払った場面。設例では、完済済みの二重払いです。706条は、期限が来ていない債務を払った場面。来月末が期限なのに今月払った設例です。707条は、他人の債務を、自分の債務だと思い込んで支払った場面で、BがCの借金をAに払った設例です。2行目、債務があるかどうかです。705条は、ありません。706条は、あります。期限が来ていないだけです。707条も、あります。ただし、他人の債務です。3行目、払った人の認識です。705条は、債務の不存在を知っていて、任意に払ったこと。706条は、期限前だと知らなかった、つまり錯誤のときだけ、利益が返ります。707条は、自分の債務だと思い込んだ、つまり錯誤です。4行目、返せるかどうかです。705条は返せません。706条は、元本は返せず、錯誤なら得た利益は返ります。707条は、債権者が善意で、証書の滅失、担保の放棄、時効による債権の喪失に至ったときは返せず、債務者には求償できます。趣旨も一言ずつ。705条は禁反言。706条は、債務は存在していて、払う時期が早かっただけ、ということ。707条は、動いた債権者を保護する、ということです。振り分けの練習です。3問出します。1問めは、完済済みと知りながら、何の留保もなく払った。2問めは、期限を今月と思い込んで、来月が期限の借金を今月払った。3問めは、自分の借金と思い込んで他人の借金を払ったが、債権者はまだ何もしていない。それぞれ、705条、706条、707条のどれで、返せるのか。少し考えてください。
1問めと2問めは、さきほどの板の行のとおりです。3問めは、707条の要件のうち、債権者の動きがまだ無いので、返せないとはなりません。原則どおり返してもらえます。
冒頭の問いの答えと、まとめ
図:後編のまとめ
冒頭の問いに戻ります。完済済みの借金を、もう一度払った。返してもらえるのか。通帳を見落として、気づかずに払ったなら、返してもらえます。完済済みと知っていて、自分の意思で払ったなら、705条で、返してもらえません。ただし、返還請求を留保した、訴えられる恐れがあって払う旨を表示した、といった事情があれば、知っていても返してもらえます。まとめを3点です。1つめ、705条は、債務の存在しないことを知って、任意に払えば、返せません。知らなかったなら、過失があっても返せます。2つめ、706条は、期限前でも債務は存在するので、元本は返せません。ただし、債務者が錯誤で払ったときは、債権者が得た利益は返ります。この得た利益は、417条の2の中間利息の控除とは別です。3つめ、707条は、自分の債務と誤信して他人の債務を払った場合、債権者が善意で証書を滅失させるなどしたときに、返せなくなります。ただし、債務者には求償できます。軸を一言で言えば、返せるかどうかは、債務があるのか、誰の債務なのか、払った人は何を知っていたのか、受け取った側は何をしたのか、で決まる、ということです。
参照条文
- 民法705条
- 民法706条
- 民法707条