不法原因給付の意義と要件
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第6章 法定債権 #289/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
違法な賭けの負け金は、取り戻せるか
図:冒頭の設例 Bは、違法な賭け麻雀に負けて、勝ったAに現金で20万円を渡した
- 賭けの約束は公序良俗に反して無効(90条)
- 無効なら渡したものは返してもらえるはずなのに、結論は原則として返せと言えない
受け取ったのがA、渡したのがBです。前回、705条の説明の途中で、賭博の負け金のように公序良俗に反する給付は、705条ではなく708条の問題だ、と予告しました。今日は、その708条の回です。先に、答えの形を言います。この設例では、原則として、Bは20万円を返せと言えません。無効なら返せるはず、という見立てとは、逆の結論です。無効なのに、返してもらえない。この食い違いが、今日の入口です。前回までは、債務がなかったとか、期限が来ていなかったとか、支払う必要のないお金を渡した場面でした。今日は違います。お金を渡した理由そのものが、違法だった場面です。708条は不法原因給付と呼ばれ、返せなくなるための要件が3つあります。不法な原因であること、給付をしたこと、そして、ただし書に当たらないことです。3つを順に見て、最後に、冒頭の設例に自分で答えを出してもらいます。
図:今日の道筋
- 意義と趣旨(90条とセットで働く)→要件の地図(3つ)→要件①不法→要件②給付→要件③ただし書→設例の答え→まとめ
- 708条の効果は次回
道筋です。まず708条の意義と趣旨を、90条とセットで押さえます。次に3つの要件の地図を出して、不法、給付、ただし書の順に、判例を見ながら進みます。708条が及んだあとの効果は、今日は扱いません。
90条で無効にして、708条で返還も認めない
図:90条×708条の2段
- まだ渡していない=90条で無効→裁判所は「約束どおり支払え」と言わない
- もう渡した=708条→裁判所は「返せ」と言わない
- どちらも、違法な行為の実現にも後始末にも手を貸さない
確認の1問から入ります。契約が無効だったとき、その契約に基づいて渡したものは、原則どうなりますか?前に見た121条の2第1項で、原則として全部返す、でした。無効な行為に基づいて給付を受けたものは、原則として原状に復させる義務を負います。賭けの約束が無効なら、この原則で20万円も返せるはずです。ところが、不法な原因による給付だけは、この原則の例外になります。705条から708条は給付不当利得の特則だという整理でしたが、708条は、その特則の1つです。まず90条から読みます。
条文民法90条
民法第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
賭博のような行為は、公序良俗に反します。ですから、賭けの約束は無効です。これは以前見た条文です。続いて708条です。
条文民法708条
民法第708条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
本文の意味は、不法な原因のために給付をした者は、給付したものの返還を請求できない、です。受益者とは、受け取った側のことです。ただし書は後ほど扱います。板の2段で見ます。1段め、まだお金を渡していない段階です。賭けの約束は90条で無効ですから、勝ったAが裁判所に「約束どおり支払え」と求めても、認められません。2段め、すでにお金を渡してしまった段階です。ここで708条が働きます。負けたBが「やっぱり返せ」と求めても、認められません。裁判所は、違法な行為の始まりにも、そのあと始末にも付き合わない、ということです。90条は、実現に手を貸さない規定。708条は、復旧にも手を貸さない規定です。2つで1組の関係になっています。もし708条が無ければ、Bは、賭けの約束は90条で無効だから、121条の2で返せ、と裁判所に求めることになります。自分から違法な賭けに乗った人が、負けたら裁判所の力で取り戻せる。それでは、実現には手を貸さないと言った裁判所が、結局、違法な行為の後始末だけは引き受けることになります。だから708条は、不法な原因による給付に限って、121条の2の原則を止めているのです。
違法なことをしたのはBさんだけじゃなくて、Aさんもですよね。Aさんが得をするのは、変じゃないですか?そこは気になる点です。ただ、708条の趣旨は、Aを守ることではありません。自分から反社会的な行為をした者に、その行為の結果を元に戻してほしい、と裁判所に求めさせない、という趣旨です。あとで見る、愛人関係のための建物の贈与の事件で、最高裁の大法廷も、みずから反社会的な行為をした者には、その行為の結果の復旧を訴えて求めることは許さない、と述べています。Aが得をするのは、結果として、そうなるだけです。この考え方は、クリーンハンズの原則と呼ばれます。法の救済を求める者は、汚れていない手で法廷に現れなければならない、という原則で、以前の回で名前だけ紹介しました。705条の禁反言は、相手の信頼を守る考え方でした。クリーンハンズは、法秩序そのものを守る考え方です。
図:705条と708条の守備範囲
- 705条=債務が存在しないと知って弁済した(知らなければ返せる)
- 708条=渡した理由が不法かどうかで決まる
- 賭博の負け金は708条
前回の705条との違いを、1行で言います。705条は、債務がないと知っていたか、を問う規定でした。708条は、渡した理由が不法か、を問う規定です。渡すとき何を知っていたかは、708条の要件ではありません。もう1つ大事な点があります。返せないという効果は、渡した側にとって、出し損という重い結果です。そのため、裁判所は708条の適用を絞り、要件を慎重に読みます。これから見る3つの要件は、その絞り込みの道具だと思ってください。なお、返せないとして、渡した物の所有権は誰のものになるのかは、別の問題です。今日は、返せるかどうか、つまり708条が適用される要件に絞ります。
要件の地図 積極2つ、消極1つ
図:708条の3要件
- 積極的要件(そろうと返せない)①不法な原因のために②給付をした
- 消極的要件(当たると不法原因給付は成立せず、返せる)③不法な原因が受益者についてのみ存する(ただし書)
条文を、要件の形に直します。本文から、積極的要件が2つ出ます。1つめ、不法な原因のために。2つめ、給付をしたこと。この2つがそろうと、返還を請求できません。ただし書は、消極的要件です。不法な原因が受益者についてのみ存するときは、不法原因給付が成立しない、つまり返せるようになります。積極2つがそろっても、ただし書に当たれば、返せるということです。実際には、さきほど言った絞り込みのため、3つとも、判例が、かなり慎重に読んでいます。①不法は、無効になるだけでは足りない。②給付は、途中では足りない。③ただし書は、条文より広く読む。この3方向に、1つずつ、判例の線があります。
要件① 不法は、公序良俗に反し、醜悪なもの
図:要件①の板
- 不法=公序良俗に反し(90条)、倫理・道徳に反する醜悪な行為
- 強行法規に違反して無効になるだけでは足りない
- 不法の例=愛人関係を続けるための建物の贈与/賭博(刑法で罪とされ、判例も90条違反で無効とする・倫理に反する行為の典型)
- 足りない例=取締りの色が濃い統制法規への違反だけ
1つ質問してから入ります。以前、90条の回で見ました。契約の内容は適法なのに、お金の使い道が違法だった場合、90条で無効にする線は、どこで引きましたか?使い道が相手に表示されたときか、相手が知っていたときだけ、無効にする、でした。その線を、今日の不法でも使います。ただ、先に、不法の意味を押さえます。708条の不法とは、公序良俗に反し、道徳的に醜悪な行為のことです。板にある強行法規とは、当事者が約束で外せない規定のことです。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】708条の不法な原因とは、その原因となる行為が、強行法規に違反するだけでなく、倫理・道徳を無視した醜悪なものであることをいう。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文に書いていない。例=愛人関係を続けるための建物の贈与)
法律に違反して無効になる行為なら、全部、不法なんじゃないんですか?そこが、この要件の核心です。強行法規に違反して無効になることと、708条の不法に当たることは、同じではありません。判例を見ます。統制法規、つまりものの流通を国が管理するための取締りの規則に違反した事案です。
判例最判昭37・3・8 民集16巻3号500頁
不法とは何か 統制法規に違反した売買の事案 民法七〇八条にいう不法の原因のための給付とは、その原因となる行為が、強行法規に違反した不適法なものであるのみならず、更にそれが、その社会において要求せられる倫理、道徳を無視した醜悪なものであることを必要とし、そして、その行為が不法原因給付に当るかどうかは、その行為の実質に即し、当時の社会生活および社会感情に照らし、真に倫理、道徳に反する醜悪なものと認められるか否かによつて決せらるべきものといわなければならない。 ……ような統制法規に違反した行為が、民法七〇八条の不法原因給付に当るものであるというためには、更に右違反行為が、当時の社会における倫理、道徳に反した醜悪なものであつた旨の首肯しうべき理由が示されなければならない
事案です。売主が、本来は配給の割当公文書と引換えでなければ売れない揮発油を、その引換えなしに、買主に売って渡しました。そのあとで、売主が、渡した揮発油の返還を求めました。原審は、売買は規則に違反して無効だ、と判断したうえで、708条を理由に、返還を認めませんでした。最高裁は、この判断を破棄して、差し戻しました。無効だというだけでは足りない、708条の不法と言うには、倫理・道徳に反する醜悪なものだ、と示す首肯しうべき、つまり、納得できる理由が必要だ、というのです。ここは言い過ぎないでください。この判決は、不法に当たらない、と断定したのではありません。醜悪さを示す理由が足りない、として差し戻した事件です。ですから、統制法規に違反した行為は、当然には不法原因給付に当たらない、までが言えることです。
判決は、その行為の実質に即し、当時の社会生活や社会感情に照らして判断する、と述べています。境界の両側で、対比してみます。不法に当たるとされた事案の代表は、愛人関係を続けるために建物を贈与した事案です。不倫の関係を続ける目的の贈与でした。一方、境界のすぐ外にあるのが、取締りの色が濃い統制法規への違反です。物の流通を管理するための規則に違反しただけなら、社会の倫理や道徳を踏みにじる醜悪さがあるとまでは、当然には言えません。判決も、醜悪だと言える理由が示されていないことを問題にしました。
図:動機の不法
- 契約そのものは適法でも、不法な動機で結んだ場合(例=賭けの資金に使う目的で金を貸した)
- 708条が使えるのは、不法な動機が表示されたとき、または相手がその動機を知っていたときに限る(学説の整理・90条の線と同じ)
もう1つ、動機の不法です。契約そのものは適法なのに、動機が公序良俗に反する場合に、708条は適用されるのか。たとえば、賭けの資金に使う目的を知ったうえで、お金を貸した場合です。動機は心の中にあるので、相手が知りようのない動機で返還まで封じると、何も知らずにお金を貸した人が出し損になってしまいます。そこで、不法な動機が相手に示されていたか、相手がそれを知っていたときに限って708条を働かせ、貸した側は返せと言えなくなる、と考えます。90条の線と同じ線です。ただし、これは学説の整理で、判例が立てた線ではありません。見解は分かれます。冒頭の設例に戻ります。賭博は刑法で罪とされ、判例も賭博行為を90条違反で無効としています。揮発油の事案では、売ること自体は普通の取引で、欠けていたのは国の管理のための手続でした。賭博は、倫理に反する行為の典型とされます。ここに、無効になるだけの違反と、醜悪な行為との差があります。ですから、要件①の不法に当たります。
要件② 給付は、終局的な利益を与えること
図:要件②の板
- 給付=相手方に終局的な利益を与えること
- まだ引き返せる途中の段階は給付ではない
- 理由=返還請求を否定する効果が重いので、最終的な段階まで済んだ場合だけ708条を適用する
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】708条の給付とは、相手方に終局的な利益を与えることをいう。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例の集積。未登記は引渡し・既登記は登記まで・抵当権の設定登記は不可という個別判断を整理した定義)。条文に書いていない。例=既登記の建物は引渡しだけでは足りず登記まで要する)
判例の集積から、給付は、相手方に終局的な利益を与えること、と整理されます。終局的とは、相手のものとして終わるところまで利益を移す、ということです。途中の段階は、含みません。708条の給付は、前回までの給付不当利得で言う広い意味の給付より狭く、終局的な利益を与えるところまで済んだものだけを指します。どうして、そこまで厳しく読むんですか?1つは、返還請求を否定する効果が重いからです。もう1つは、不法な目的の実現を、裁判所が後押ししないためです。最終的な段階まで済んだ場合にだけ返還を封じることで、裁判所が不法な給付の実現に助力することを避けているのです。たとえて言えば、扉が半分開いているうちは、まだ戻れます。扉が閉まって、はじめて、戻れなくなる。給付は、扉が閉まった段階です。まず、動産から。現金を含む動産は、引渡しで給付に当たります。冒頭の設例では、Bが現金20万円をAに手渡しています。終局的な利益を与えていますから、給付に当たります。問題は不動産、特に建物です。建物は、登記があるかどうかで、扱いが変わります。登記とは、不動産が誰のものかを、国の帳簿に記録して公にする手続です。記録がすでにある建物を既登記、まだ無い建物を未登記と言います。表で整理します。
図:給付の2×2表。行=未登記の建物/既登記の建物、列=引渡しだけ/登記の移転まで。未登記×引渡し=給付に当たる(最大判昭45・10・21)。既登記×引渡しだけ=給付に当たらない(最判昭46・10・28)。既登記×登記まで=給付に当たる。未登記は登記が無いので、右の列は無し。
事案は、どちらも、愛人関係を続けるための建物の贈与です。1つめは未登記の建物でした。
判例最大判昭45・10・21 民集24巻11号1560頁
未登記の建物は、引渡しで給付か 愛人関係を続けるための贈与の事案 本件贈与の目的である建物は未登記のものであつて、その引渡しにより贈与者の債務は履行を完了したものと解されるから、右引渡しが民法七〇八条本文にいわゆる給付に当たる旨の原審の前示判断も、正当として是認することができる
贈与者が、愛人との関係を続ける目的で、新築の未登記の建物を贈与して、引き渡した事案です。最高裁は、未登記なので、引渡しによって贈与者の債務の履行は終わる、だから、引渡しが給付に当たる、と述べました。登記を移したくても、そもそも登記が無いので、渡して済む最後の行為が、引渡しだからです。なお、この判決は、その先の、所有権がどうなるかにも触れています。2つめは、既登記の建物です。
判例最判昭46・10・28 民集25巻7号1069頁
既登記の建物は、引渡しで給付か 愛人関係を続けるための贈与の事案 贈与が不法の原因に基づくものであり、同条にいう給付があつたとして贈与者の返還請求を拒みうるとするためには、本件のような既登記の建物にあつては、その占有の移転のみでは足りず、所有権移転登記手続が履践されていることをも要するものと解するのが妥当と認められるからである
事案です。愛人関係を続ける目的で、建物の贈与がされました。贈与した当時、建物は、まだ元の持ち主のものでした。受贈者は、建物の引渡しを受けただけでした。贈与者は、その後、建物の所有権を取得して自分名義の登記を済ませましたが、受贈者への移転登記はしないままでした。最高裁は、既登記の建物は、占有の移転だけでは足りず、所有権移転登記が済んでいることも要する、と述べました。既登記の建物では、登記まで済ませて、はじめて、引き返せない段階になる、ということです。引渡しだけで終わるのが、未登記。登記まで要するのが、既登記です。引渡しだけで返せなくしてしまうと、名義はまだ贈与者のままなのに、裁判所が不法な贈与の完成を後押しすることになってしまうからだ、と説明されます。判決自身は、登記まで要すると解するのが妥当、と述べています。この区別は、論文で論点になりうるところです。確認の問題です。登記済みの建物を、愛人関係を続ける約束で贈与して、鍵と占有を渡しました。名義は贈与者のままです。給付に当たりますか? 当たらないなら、贈与者は返還を請求できるでしょうか。
既登記で、引渡しだけなので、給付に当たりません。だから、返還を請求できると思います。708条本文は使えません。もし名義も受贈者に移していたなら、給付に当たります。未登記の建物を引き渡した場合も、給付に当たります。3つめは、抵当権です。
判例最判昭40・12・17 民集19巻9号2178頁
抵当権の設定登記は、返せないか 賭博の負け金を担保した事案 被上告人が右抵当権設定登記の抹消を求めることは、一見民法七〇八条の適用を受けて許されないようであるが、他面、上告人が右抵当権を実行しようとすれば、被上告人において賭博行為が民法九〇条に違反することを理由としてその行為の無効、したがつて被担保債権の不存在を主張し、その実行を阻止できるものというべきであり、被担保債権の存在しない抵当権の存続は法律上許されないのであるから、このような場合には、結局、民法七〇八条の適用はなく、被上告人において右抵当権設定登記の抹消を上告人に対して請求できるものと解するのが相当である
事案は、賭けに負けた人が、負け金の残りを担保するため、自分の不動産に抵当権を設定して、登記をしたものです。負けた人が、その登記の抹消を求めました。最高裁は、708条の適用はなく、抹消を請求できる、としました。理由は、勝った側が抵当権を実行しようとしても、負けた側は、賭博行為は90条に違反して無効で、被担保債権は存在しない、と主張して、実行を止められるからです。被担保債権の存在しない抵当権が残ることは、許されない、ということです。判決は、給付という言葉を使っていません。実行を阻止できることを理由に、708条の適用がない、と言っています。答案では、抵当権を設定しただけでは、終局的な利益を与えたとは言えない、つまり給付に当たらない、と整理します。判決の言い方と、答案の整理は、分けて覚えてください。
要件③ ただし書は、不法性の比較まで読む
図:ただし書の読み方
- 不法な原因が受益者についてのみ存する→給付者に不法が無い→不法原因給付は成立せず、返せる(例=Aに脅されてBが渡した)
- 発展=双方に不法があっても、給付者の不法が受益者に比べてきわめて微弱なら、返せる(判例)
3つめの要件、ただし書です。不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。給付者に不法が無く、受け取った側にだけ不法があるなら、不法原因給付は成立しません。給付した者は、返還を請求できます。例を置きます。AがBを脅して、お金を支払わせました。渡す原因になったのは、脅したAの不法だけで、脅されたBに不法はありません。ですから、ただし書に当たり、Bは返せと言えます。これは、条文の読み方を確かめるための例で、判例の事案ではありません。理由は、708条の趣旨から出てきます。脅されて渡したBの手は、汚れていません。汚れていない手で救済を求める者まで、裁判所が締め出す理由は無い、ということです。
条文を文字どおり読むと、受益者についてのみ、ですから、双方に不法があれば、ただし書は使えません。ところが、判例は、もう少し広く見ます。双方に不法性があっても、渡した側の不法の程度が、受け取った側に比べてごくわずかなら、不法原因給付は成立せず、返還を請求できる、というのです。不法性を比べる、という見方です。手の汚れがほとんど無い給付者まで締め出すと、ずっと汚れた受益者だけが得をして、社会的妥当性に反する、と判決は考えました。
判例最判昭29・8・31 民集8巻8号1557頁
不法性の比較 密輸出の計画に関わる貸金の事案 上告人が本件貸金を為すに至つた経路において多少の不法的分子があつたとしても、その不法的分子は甚だ微弱なもので、これを被上告人の不法に比すれば問題にならぬ程度のものである。殆ど不法は被上告人の一方にあるといつてもよい程のものであつて、かかる場合は既に交付された物の返還請求に関する限り民法第九〇条も第七〇八条もその適用なきものと解するを相当とする
事案です。貸主は、違法な取引の計画に、一度は賛同しました。しかし後で思いとどまり、出資を断りました。すると借主から、せめて経費として15万円を貸してほしいと求められ、やむを得ず、貸金として貸しました。借主は、貸主をだまして15万円を取り、遊びに使い込んでいた、と認定されています。貸主が貸金の返還を求めました。最高裁は、貸主の不法的な要素は、甚だ微弱で、借主の不法に比べれば、問題にならない程度だ、と判断しました。そして、90条も708条もその適用はない、として、貸金の返還を請求できる、としました。なお、この事件は、審理が尽くされていないとして、高等裁判所に差し戻されています。射程を、3つ言います。1つめ、この事件は、貸金の返還を求めた事案で、不当利得の返還請求そのものの事案ではありません。2つめ、判決は、ただし書を引いてはいません。90条も708条も適用がない、と言っています。ただし書の受益者のみを、不法性の比較に広げた判例だと整理する見方が有力ですが、判決が言ったのは、適用がない、までです。3つめ、きわめて微弱、という程度の高い場合に限られます。双方が不法なら、原則は返せません。脅された場合は、給付者の不法が無い。この事案は、給付者の不法がきわめて微弱。賭けは、どうでしょうか。賭けは、当事者がどちらも、賭けに加わっています。Bの不法性が、きわめて微弱とは言えません。ですから、ただし書でも、不法性の比較でも、返せるとは言えません。
冒頭の設例への当てはめと、まとめ
図:冒頭の設例への当てはめ
冒頭の設例に、3つの要件を当てはめます。1つめ、不法です。違法な賭けの負け金の約束は、賭博行為が90条に違反して無効で、醜悪さもあると言えます。2つめ、給付です。現金20万円を手渡していて、終局的な利益を与えています。3つめ、ただし書です。Bも賭けの当事者で、不法性が、きわめて微弱とは言えません。結論です。賭けが違法な賭博であり、現金を渡し終えていて、Bの側の不法性が微弱でない場合、Bは、Aに20万円を返せと求められません。無効のはずなのに返せないのは、708条が、121条の2の原則の例外として、違法な行為の復旧に裁判所が手を貸さない規定だからです。
図:まとめの板
まとめを3点です。1つめ、708条は、不法な原因のために給付した者は、返還を請求できない、という規定です。90条とセットで働き、趣旨は、自分から反社会的な行為をした者に、その結果の復旧を求めさせない、というクリーンハンズの原則です。2つめ、要件は3つです。不法は、公序良俗に反し、倫理・道徳に反する醜悪さが要ります。給付は、終局的な利益を与えることで、未登記の建物は引渡し、既登記の建物は登記まで、抵当権の設定登記は給付に当たりません。ただし書は、不法が受益者にだけあるとき、または渡した側の不法の程度が受け取った側に比べてごくわずかなときに、返せます。3つめ、冒頭の設例では、3つの要件がそろうので、Bは20万円を返せと言えません。
参照条文
- 民法90条
- 民法708条