遺言・法定相続・遺留分と同時存在の原則
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第8章 相続 #352/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
全財産を友人に、という遺言があったら
図:冒頭の設例
- A(父・被相続人・遺産は現金6000万円のみ・借金なし・妻は先に他界)、B(友人・長年世話をしてくれた)、C(長女・ただひとりの子)
- 遺言=「全財産を、長年世話をしてくれた友人に遺贈する」
- 問い=長女は何も受け取れないのか
設例です。父が亡くなりました。遺産は現金6000万円だけで、借金はありません。母は先に亡くなっていて、子は長女ひとりです。父の遺言には、こう書いてありました。「全財産を、長年世話をしてくれた友人に遺贈する」。問いです。長女は、何も受け取れないのでしょうか。遺言者の意思を尊重すべきだという感覚と、子に何も残らないのはおかしいという感覚。この2つのぶつかり合いが、今日の入口です。前の章の最後に、扶養の義務を超えて親の世話を続けた人は、親が亡くなったあとに報われるのか、という問いを置きました。この友人は、まさにその立場にいます。先に答えの形だけ言います。遺言は有効です。それでも長女は、何も受け取れないわけではありません。お金で、一定の額を求められます。なぜそうなるのかを、相続法の全体の形から確かめます。今日は、遺言と法定相続と遺留分の関係、相続がいつ始まるか、そして、誰が先に亡くなったかで結論が変わる、同時存在の原則までを扱います。
相続法とは何か 5つの用語
図:相続法の定義と5語
- 相続法=死亡した者の財産を、一定の者に承継させる仕組み(民法第5編)
- 被相続人=亡くなった人/相続人=法律の定めで承継する人/遺言=亡くなったときの財産の行き先などを、生前に書き残した意思表示/遺贈=遺言で財産を与える処分/受遺者=遺贈を受ける人
- 親族法=生きている間の関係/相続法=死亡の瞬間から先の財産の行き先
まず、相続法とは何かです。相続法とは、亡くなった人の財産を、一定の人に引き継がせる仕組みです。民法でいえば第5編にあたります。第7章までの親族法は、夫婦や親子など、生きている間の関係を扱ってきました。相続法は、死亡の瞬間から先、その人の財産がどこへ行くのかを扱います。ここで、5つの用語を確定させます。1つ目、被相続人。財産を残して亡くなった人です。設例では父です。2つ目、相続人。法律の定めによって、被相続人の財産を引き継ぐ人です。設例では長女です。3つ目、遺言。亡くなったあとの財産の行き先などを、生きているうちに書き残す意思表示です。4つ目、遺贈。遺言によって、他人に財産を与えることです。5つ目、受遺者。遺贈を受ける人で、設例では友人です。
決め手は、財産をもらう根拠です。相続人は、法律が定めた関係にある人が、自動的にその地位に就きます。受遺者は、遺言に書かれたことによって、はじめて財産を受ける人です。友人は、どれほど親しくても、相続人にはなりません。遺言があってはじめて、財産を受け取る立場になります。
相続法の三層 遺言・法定相続・遺留分
図:相続法の三層
- ①遺言=原則(亡くなった人の意思どおりに財産の行き先が決まる)→②法定相続=遺言が無いときの補充(民法のルールで相続人が承継)→③遺留分=遺言の自由の限界(一定の相続人の最低限の取り分)
- 矢印=遺言が原則/ただし遺留分による制限
今日の核心は、相続法が三層でできていることです。軸は1つ、何が原則で、何が補充で、何が限界か、です。この3つを取り違えないことが、相続法全体の見通しになります。1層目は、遺言が原則です。亡くなった人の意思どおりに、財産の行き先が決まります。なぜ本人の意思が先に来るのか。生きている間、自分の財産は、売るのも人にあげるのも自由でした。その自由の延長として、亡くなったあとの行き先も、本人が決められるのです。遺言で財産を与える処分が、遺贈です。条文を見ます。
条文民法964条
民法第964条(包括遺贈及び特定遺贈) 遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。
包括は、財産の3分の1のように割合で与える形、特定は、この土地のように物を決めて与える形です。重要なのは「全部又は一部」です。全財産を誰かに与えることも、一部だけを与えることもできます。法律が決めた相続のルールとは違う内容の遺言であっても、有効です。一部の例を見ます。「1000万円を友人に遺贈する」という遺言なら、1000万円は友人へ行きます。残りの5000万円は、遺言で決められていないので、相続人が受け取ります。2層目は、法定相続です。遺言が無いとき、あるいは遺言が財産の一部しか決めていないとき、その決められていない部分について、民法のルールで相続人が引き継ぎます。つまり、法定相続は、遺言に対する補充として働きます。法定相続の中身、つまり誰が相続人で、いくらずつ受け取るのかは、あとの回で詳しく扱います。
図:補充という位置づけと憲法の一言
- 法定相続分の定め=遺言による相続分の指定等が無い場合に補充的に機能する規定
- それでも、嫡出でない子の相続分を嫡出子の2分の1とする民法900条4号ただし書前段の規定は、憲法14条1項に違反していた(補充的であることは、合理性判断で重要性を有しないとされた)
- 現行900条4号は、この区別をしない
- (最大決平25・9・4 民集67巻6号1320頁)
補充であることに関して、憲法との関係を一言だけ触れます。法定相続分の定めは、遺言で動かせる補充的な規定です。ただ、遺言を残さずに亡くなる人は多く、そのときは、この規定がそのまま結論を決めます。そして最高裁の大法廷は、補充的だからといって区別が許されるわけではない、として、嫡出でない子の相続分を嫡出子の半分とする規定を、憲法14条1項違反と判断しました。現在の民法は、この区別をしていません。詳しくは、憲法の講義で扱っています。3層目は、遺留分です。遺言の自由には限界があります。なぜか。亡くなった人の財産で暮らしてきた家族が、遺言1本で、いきなり生活の土台を失うことがありうるからです。そこで、本人の自由と、遺された家族の生活とをはかりにかけ、一定の相続人に、最低限の取り分だけは保障しました。これが遺留分です。
遺留分を侵害する遺言も、無効にはなりません。遺言は有効のままです。侵害された相続人が、受遺者などに対して、侵害された額に相当するお金の支払いを請求できる、という形で調整されます。条文です。
条文民法1046条1項
民法第1046条(遺留分侵害額の請求)第1項 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
読み取るのは3点です。1つ目、請求する人は遺留分権利者です。2つ目、請求の相手は受遺者などです。かっこの中は、遺言で特定の財産や多めの取り分を与えられた相続人も、相手に含めるという意味です。受贈者は、生前に贈与を受けた人です。そして3つ目、請求できるのは、金銭の支払です。近年の改正で、物そのものを返せという形ではなく、お金の請求になりました。物を取り戻す形だと、遺贈された家や会社の株が、受遺者と相続人の共有になり、使い方や売り方でもめ続けます。お金の請求にすれば、物は遺言どおり受遺者の手に残し、取り分の差だけを清算できます。たとえば、自宅の不動産が遺贈されたとしても、不動産を返せとは言えず、侵害額に相当するお金を請求します。請求の期限にも触れておきます。相続の開始と、遺留分を侵害する遺贈などがあったことを知った時から1年、相続開始から10年で、請求権は消えます。そもそも、請求しなければ何も生じません。計算の仕方を含めて、詳細は遺留分の回で扱います。
図:遺留分を持つ人と割合
- 1042条1項=遺留分権利者は「兄弟姉妹以外の相続人」
- 割合=直系尊属のみが相続人→3分の1/それ以外→2分の1
- 子(長女)には遺留分がある
- 兄弟姉妹には遺留分が無い
遺留分を持つ人の範囲も、結論だけ押さえます。1042条1項は、遺留分を持つ人を「兄弟姉妹以外の相続人」としています。子には遺留分があります。ところが、兄弟姉妹にはありません。そのため、被相続人に子も親もおらず、兄弟姉妹だけが相続人になる場面で、遺言が全財産を他人に与えていたら、兄弟姉妹は何も請求できません。割合は、親などの直系尊属だけが相続人なら3分の1、それ以外なら2分の1です。
冒頭の答え 友人と長女
図:冒頭設例の答え
- A(父)=遺贈=B(友人)
- C(長女)→B:遺留分侵害額請求(金銭)
- 遺言は有効
- 友人は6000万円の遺贈を受けるが、長女の遺留分=6000万円×2分の1=3000万円
- 長女が請求すれば、実際の取り分=友人3000万円/長女3000万円(金銭)
- 比較=「1000万円を友人に」なら長女の残りは5000万円(遺留分3000万円以上)→侵害なし
冒頭の設例に戻ります。三層に当てはめます。まず1層目。遺言は有効です。友人は、6000万円の遺贈を受ける立場にあります。ここに、3層目が働きます。子のみが相続人のときの遺留分は、2分の1です。6000万円の2分の1で、長女の遺留分は3000万円です。この2分の1は、遺産全体に対する割合です。子が2人なら、それを2人で分けて、1人1500万円ずつになります。したがって、長女は友人に対して、3000万円の支払を請求できます。請求の結果、実際の取り分は、友人が3000万円、長女も同じく3000万円になります。物を取り戻すのではなく、お金の請求です。
「1000万円を友人に」という遺言だった場合は、長女は請求できません。友人に1000万円が行っても、長女の手元には5000万円が残ります。遺留分は3000万円ですから、それを上回っていて、侵害がないからです。境界線は、遺言のあとに残る額が、遺留分に届くかどうかにあります。兄弟姉妹の例と並べると、もう1段はっきりします。同じ「全財産を友人に」という遺言でも、相続人が子なら、請求できます。兄弟姉妹なら、遺留分が無いので請求できません。最後に、友人の位置づけです。友人は、相続人ではないので、法定相続という補充は、友人には働きません。また、世話をした人に報いる、特別の寄与という制度がありますが、これは被相続人の親族だけが対象です。友人は親族ではありません。ですから、友人に財産を渡す道は、遺言、つまり遺贈だけです。相続人自身が、財産を増やしたり守ったりするのに特別に貢献したときは、寄与分という別の制度で報われます。寄与分と特別の寄与は、あとの回で扱います。冒頭の問いの答えは、こうでした。長女は、何も受け取れないわけではありません。遺言は有効のまま、遺留分侵害額請求権によって、3000万円の支払を求められます。
第8章の地図
図:第8章 相続の地図
- 順序=法定相続(誰が・いくら)→遺言→遺留分
- ブロック=相続人の範囲/承認と放棄・相続財産/相続分/遺産共有と遺産分割・対抗要件/配偶者の居住の保護/相続回復請求権・財産分離・相続人の不存在/遺言/遺留分
- 三層の流れ(遺言の原則→補充→限界)に重ねる
ここで、第8章全体の地図を引きます。学ぶ順序は、法定相続、遺言、遺留分です。先ほどの三層とは並べ方が逆に見えますが、理由があります。誰が相続人なのかを知らなければ、遺言で何を外せるのかも、遺留分が誰にあるのかも、語れないからです。前半は、法定相続です。まず、誰が相続人になるのか、その範囲。次に、相続を受けるか断るかという、承認と放棄、そして相続財産とは何か。続いて、相続分、つまりいくらずつ受け取るのか。さらに、遺産を共有している状態から、分け合って解消する遺産分割と、第三者に対する対抗要件。配偶者の居住を守る仕組み。最後に、遺産を不当に押さえている人から、本当の相続人が取り戻す、相続回復請求権。亡くなった人の財産と相続人自身の財産を分けて、債権者を守る、財産分離。そして、相続人がいない場合の扱いです。後半は、遺言です。その方式や効力を扱います。そして最後に、遺留分です。今日見た、金銭の請求の詳細が、ここで出てきます。今日の残りは、この地図の入口にあたる、相続の開始と同時存在の原則です。
相続の開始 882条・883条
図:相続の開始
- 882条=相続は、死亡によって開始する
- 開始原因は死亡だけ(生前の相続は無い)
- 開始は、その瞬間に当然に
- 死亡=権利能力の終了→同じ瞬間に財産が承継される(896条)
- 時点が基準になるもの=相続人の確定/遺留分の基礎財産(1043条1項)
- 883条=開始の場所=被相続人の住所(家庭裁判所の管轄の基準・家事事件手続法191条1項)
相続は、いつ、何をきっかけに始まるのか。条文を見ます。
条文民法882条
民法第882条(相続開始の原因) 相続は、死亡によって開始する。
読み取る点は2つです。1つ目、開始の原因は死亡だけです。生きているうちに、自分の財産を相続させる、ということはできません。生前の財産の移し方は、贈与や売買など、別の仕組みの役割です。2つ目、開始は、死亡の瞬間に、当然に起こります。誰かの申し出や手続を待つ必要はありません。相続の開始とは、手続の始まりではなく、この死亡の瞬間そのものを指します。権利能力の回で見たとおり、人は死亡すると、権利能力を失います。その瞬間に、財産が相続人へ移ります。この財産の承継そのものは、896条が「相続開始の時から」と定めていて、別の回で扱います。ここで押さえるのは、時点が基準になる、という点です。
死亡の時点は大事です。相続の多くの判断が、この時点を基準にするからです。たとえば、誰が相続人かは、相続開始の時に決まります。遺留分の計算のもとになる財産も、相続開始の時の財産です。1043条1項です。ですから、死亡の時点がずれると、結論が変わりうるのです。もう1つ、883条です。相続は、被相続人の住所において開始する、と定められています。この場所は、遺産分割など相続に関する審判を、どこの家庭裁判所が扱うかを決める基準になります。家事事件手続法191条1項です。
相続の開始と失踪宣告・認定死亡
図:「死亡」には失踪宣告・認定死亡も含まれる
- 失踪宣告(31条)=普通失踪は期間(7年)が満了した時/危難失踪(特別失踪)は危難が去った時に、死亡したものとみなす(宣告の時ではない)
- 開始の時点も同じ
- 認定死亡(戸籍法89条)=戸籍上、死亡として扱われる(推定)
以前の回の復習です。失踪宣告の回で見たとおり、失踪宣告は、生死の分からない人を、家庭裁判所が死亡したものとして扱う制度でした。普通失踪は7年間、危難失踪は、戦争や船の沈没などの危難に遭い、危難が去った後1年間、生死が分からない場合です。では、死亡とみなされる時点は、普通失踪と危難失踪で、それぞれいつだったでしょうか?普通失踪は期間が満了した時で、危難失踪は危難が去った時だったと思います。条文で確かめます。
条文民法31条
民法第31条(失踪の宣告の効力) 前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。
注意すべきは、宣告を受けた時ではない、という点です。死亡とみなされる時点は、普通失踪なら7年の期間が満了した時、危難失踪なら危難が去った時です。相続の開始の時点も、これと同じ時点になります。
図:失踪宣告と相続人の確定の時系列
- P(父・行方不明):行方不明から7年満了=Pは死亡とみなされる時点 → その3か月後にS(長男)が死亡 → さらに2年後に家庭裁判所の宣告
- 問い=SはPの相続人か
- 答え=相続人になる(Pの死亡とみなされる満了時に、Sは生きていた)
当てはめます。行方不明の父Pがいます。7年が過ぎ、期間が満了しました。その3か月後に、長男Sが亡くなりました。家庭裁判所の宣告が出たのは、その2年後です。問いです。長男Sは、父Pの相続人になるでしょうか?Sは、父Pの相続人になります。決め手は、基準が宣告の時ではないことです。Pは、7年の期間が満了した時に死亡したものとみなされます。その時点で、Sはまだ生きていました。ですから、Sは、Pの相続人としての地位を得ています。Sの死亡が宣告よりも前でも、関係ありません。ちなみに、のちに失踪宣告が取り消されると、宣告による死亡とみなす効果は、初めからなかったことになります。相続も、初めからなかったことになる、という方向に働きます。次に、同時死亡の回で見た認定死亡です。水難や火災などで、死亡がほぼ確実なのに、遺体が見つからない場合があります。そのとき、取り調べた官公署の報告にもとづいて、戸籍に死亡の記載がされます。戸籍法89条です。これが、認定死亡です。認定死亡は、戸籍の上で、死亡として扱われるという制度です。ただし、推定にとどまります。推定は、反対の事実が証明されれば覆ります。失踪宣告の「みなし」は、本人が生きていても、家庭裁判所の取消しがあるまで覆りません。ですから、認定死亡は、本人が生きて現れれば、取消しを待たずに、当然に覆ります。相続の側から言うと、戸籍上、死亡とされれば相続の手続は進みますが、実際に生きていたなら、相続は開始していなかった、ということです。
同時存在の原則
図:同時存在の原則
- 定義=被相続人の財産が相続人に移転するには、相続開始の時(被相続人が死亡した時)に、相続人が存在していなければならない
- 効果=①先に死亡した者は相続しない②同時に死亡した者は互いに相続しない
- バトンのたとえ=受け取る走者が、渡す瞬間に走路にいなければ受け取れない
ここから、同時存在の原則です。定義を言います。被相続人の財産が相続人に移るためには、相続開始の時、つまり被相続人が死亡した時に、相続人が存在していなければならない。これが同時存在の原則です。たとえで言うと、相続は、死亡の瞬間に渡されるバトンです。受け取る走者が、渡される瞬間に走路にいなければ、受け取れません。ですから、被相続人より先に亡くなった人は、相続しません。同時に亡くなった人も、お互いの死亡の瞬間に相手が存在しないので、互いに相続しません。先に亡くなった子の代わりに、その子の子が受け取ることはあります。それは、のちほど見る代襲という別の仕組みです。まず、順番によって何が変わるのかを、具体的な家族で確かめます。
図:同時存在の時系列3本
- X(祖父・遺産は現金4000万円・妻は先に他界・他に子も親もなし)、A(長男・Xの子)、W(Aの妻)、C(Aの子・Xの孫)
- ①AがXの死亡後に死亡→AがXの4000万円を相続→Aの死亡でWとCが半々(W 2000万円・C 2000万円)
- ②AがXより先に死亡→AはXを相続しない→CがAを代襲して4000万円・W 0円
- ③先後不明の同時死亡の推定→XとAは互いに相続しない→Cが代襲して4000万円・W 0円
設例です。祖父Xが亡くなりました。遺産は現金4000万円で、妻は先に亡くなっています。ほかに子も親もいません。Xの子は長男Aだけです。Aには妻のWと、子のCがいます。つまりCは、Xの孫です。1つ目の場合。AがXの死亡の後に亡くなった。XがAより先に亡くなった時点で、Aは存在しています。ですからAが、Xの4000万円を相続します。そのあとAが亡くなると、Aの財産は、妻のWと子のCが、半分ずつ引き継ぎます。妻と子が相続人のときは、民法がそれぞれ2分の1と定めています。900条1号です。Wは2000万円です。2つ目の場合。AがXより先に亡くなった。Xの死亡の瞬間に、Aは存在しません。ですから、AはXを相続しません。ただし、Aの子のCが、Aに代わって、Xの4000万円を受け取ります。これが代襲相続です。Wは、Xの相続人ではないので、0円です。3つ目の場合。XとAが同じ事故で亡くなり、どちらが先だったのか分かりません。これが、同時死亡の回でも見た32条の2の場面です。まず条文です。
条文民法32条の2
民法第32条の2(同時死亡の推定) 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
ここでも「推定する」です。認定死亡と同じく、推定はどうすれば覆りましたか?反対の事実を証明すれば、覆せます。ですから、一方が他方の死亡後になお生きていたと証明されれば、推定は覆り、先後に基づく結論に戻ります。証明できないままなら、同時に亡くなったものとして扱います。先後が分かっているときは、この条文は使いません。3つ目の場合に戻ります。XとAは同時死亡と推定されるので、互いに相続しません。Xの死亡時にAは存在していないので、AはXを相続しませんし、Aの死亡時にXは存在していないので、XもAを相続しません。結論として、Xの4000万円はCに行き、Wは0円です。3本を並べると、同じ家族でも、順番だけで結論が変わることが分かります。Aが後に亡くなれば、Wは2000万円です。Aが先でも、先後が不明でも、Wは0円です。
図:問い
- XとAが同時死亡と推定された
- 互いに相続しない
- ではAの子Cは何も受け取れないか
- 答え=受け取れる(代襲)
- 887条2項=被相続人の子が相続の開始「以前」に死亡したとき→その者の子が代襲して相続人となる(同時を含む)
- ただし書=被相続人の直系卑属でない者は代襲しない
問いです。XとAが同時死亡と推定されました。2人は互いに相続しません。では、Aの子のCは、何も受け取れないのでしょうか?受け取れる、と思います。3本目で、Cが4000万円を受け取っていました。理由は条文にあります。
条文民法887条2項
民法第887条(子及びその代襲者等の相続権)第2項 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
注目するのは「以前」です。相続の開始より前の死亡だけでなく、同時の死亡も含みます。「互いに相続しない」ことと、「孫が代襲して受け取る」ことは、別の話です。Aは、Xを相続しません。しかし、Aが相続の開始以前に亡くなっている以上、Aの子のCは、Aに代わって相続人になります。なお、代襲は、死亡のほかに、たとえば被相続人を故意に死亡させて刑に処せられたり、遺言書を偽造したりして資格を失う欠格、つまり891条の場合と、虐待などを理由に家庭裁判所が相続人から外す廃除の場合にも起きます。ただし書は、被相続人の直系卑属でない者は代襲しない、というものです。直系卑属とは、子や孫のように、本人から真っすぐ下に続く血族のことです。たとえば養子の回で見た、縁組の前に生まれていた養子の子は、被相続人とは血族の関係がありません。被相続人の直系卑属ではないので、代襲しません。代襲相続の要件の細部は、次の回で詳しく扱います。同じ原則は、遺言の側にも働きます。遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が亡くなったとき、効力を生じません。994条1項です。冒頭の設例で、友人が父より先に亡くなっていたら、遺贈は効力を生じません。受遺者も、遺言者が亡くなった時に存在していなければならないのです。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図(保存版)
- ①三層=遺言が原則
- 法定相続は補充
- 遺留分は遺言の限界(効果は金銭の請求)②相続の開始=死亡(失踪宣告は普通失踪=期間満了時・危難失踪=危難が去った時/認定死亡は戸籍上の扱い・推定)③同時存在の原則=相続開始の時に存在していること
- 先後不明は同時死亡の推定で互いに相続しない
- ただし代襲は生じる。
まとめます。冒頭の問いの答えです。「全財産を友人に」という遺言は有効で、友人は遺贈を受けます。しかし、長女には遺留分があります。6000万円の2分の1、3000万円を、お金として請求できます。兄弟姉妹なら、遺留分が無く、請求できません。地図を3つに整理します。1つ目、相続法の三層です。遺言が原則、法定相続はその補充、遺留分は遺言の自由の限界です。2つ目、相続は死亡で開始します。失踪宣告なら期間満了の時、危難失踪なら危難が去った時が基準です。認定死亡は、戸籍上の扱いにとどまり、生きていれば覆ります。3つ目、同時存在の原則です。相続開始の時に存在していなければ相続できません。先後が分からなければ、同時死亡の推定で互いに相続しませんが、代襲は別に生じます。
友人に財産を渡せるのは、遺言だけだった、というのも大事ですね。相続人でも親族でもない人に財産を渡す道は、遺言だけでした。次は、誰が相続人になるのか、その範囲を見ます。代襲相続も、そこで本格的に扱います。
参照条文
- 民法964条
- 民法1046条1項
- 民法882条
- 民法31条
- 民法32条の2
- 民法887条2項