相続回復請求権
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第8章 相続 #375/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
兄は、期間が過ぎたと言えるか
図:冒頭の設例
- A=被相続人(父・死亡)/B=兄/C=弟
- A→B・C 相続(相続人は2人)
- B→土地を単独名義に(Cが相続人だと知りながら)
- C→B「持分を返せ」(25年後)
- B→「期間が過ぎた」
兄は、弟が相続人であることを知りながら、父の遺産の土地を、全部自分の名義にしました。そのまま、25年間、使い続けてきました。弟が、今になって言います。土地の持分を返せ。兄は、相続回復請求権の期間が過ぎた、と言えるでしょうか。時間の感覚と、公平の感覚。どちらも大切です。ただ、先に範囲を切ります。今日の問いは、884条の期間が過ぎたと言えるか、だけです。25年も使っているので、取得時効では、と気づいた人もいると思います。取得時効そのものは、第1章で見ました。ただ、それは、884条の期間とは別の道具です。結論を先に言うと、兄は、期間が過ぎたとは言えません。弟の請求は、期間が過ぎても、消えません。なぜそうなるのかを、条文と判例で見ます。
図:地図
道筋は6つです。1つ目、相続回復請求権とは何か、期間は何年か。2つ目、その期間の性質。3つ目、この権利を、どういうものと見るか。4つ目、誰が誰に使うのか。5つ目、兄弟のような共同相続人の間でも使えるのか。ここで、冒頭の答えを出します。6つ目、期間を使えるかどうかの判定を、事例で練習します。
相続回復請求権と、884条の期間
図:定義の板
1つ目です。相続人ではないのに、相続人のような顔をして、遺産を占有している人がいます。たとえば、戸籍の上では子とされているけれど、実は養子縁組が無効だった人です。こうした人を、表見相続人と呼びます。表見とは、見かけの上では、という意味です。これに対して、本当の相続人を、真正相続人と呼びます。真正相続人が、表見相続人に対して、相続財産を取り戻す。この権利が、相続回復請求権です。特別なのは、期間です。この権利を直接定めた条文はなく、884条が、権利の存在を前提に、期間を定めています。条文を読みます。
条文民法884条
民法第八百八十四条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。
期間は2つあります。1つ目は、相続人又は法定代理人が、相続権を侵害された事実を知った時から、5年です。知った時とは、自分が相続人であること、そして、自分が相続から除外されていることを、知った時です。2つ目は、相続開始の時から、20年です。こちらは、知っているかどうかを問いません。相続が始まった時から数えます。趣旨は、相続権が誰に帰属するか、そして、それに伴う法律関係を、早く、最終的に確定することです。表見相続人との関係を、いつまでも不安定にしておかない、ということです。たとえば、さっきの、縁組が無効だった人が、遺産の家に何十年も住み続けたとします。期間の定めがなければ、いつ本当の相続人が現れて、全部返せ、と言われるか分かりません。884条は、こうした居座りの既成事実に、どこかで区切りをつける柵のようなものです。この人は、ふつう、自分こそ相続人だと信じて住んでいます。884条が区切りをつけて守ろうとしているのは、こういう人です。
5年を過ぎるか、20年を過ぎるか、どちらかが先に来れば、請求権は消えます。問いです。相続回復請求権は、何年で消えるのでしたか。期間は2つあります。
5年と20年は、どんな期間か
図:5年・20年の対比板
- 5年=起算点:侵害の事実を知った時/性質:消滅時効(条文が「時効によって消滅する」)
- 20年=起算点:相続開始の時/性質:多数説は除斥期間・判例は消滅時効
- 判例:最判昭23・11・6
2つ目です。この5年と20年は、時効なのか、除斥期間なのか。以前、期間の回で、884条は名前と数字だけ、と言いました。その借りを、ここで返します。思い出してください。消滅時効と除斥期間の違いのうち、援用が要るのは、どちらでしたか?消滅時効です。除斥期間は、援用しなくても、期間が満了すれば当然に権利が消えます。援用とは、期間が過ぎたことを、自分の利益のために持ち出して主張することでした。持ち出さなければ、裁判所は、時効で権利が消えたとは扱いません。今日の結論は、この援用ができるかどうかにかかっています。では、884条です。5年のほうは、条文が、時効によって消滅する、と書いています。期間の回で並べた126条の取消権は、同じ書き方なのに、除斥期間と読まれる例でした。884条の5年は、そう読み替えません。文言どおり、消滅時効です。問題は、20年です。第2文は、同様とする、としか書いていません。ここで見解が分かれます。多数説は、除斥期間と解します。20年は、知っているかどうかを問わず、相続開始から機械的に数える期間なので、と説明されます。期間の回で見た、法律関係を早く確定させる除斥期間の形に、よく似ています。判例は、消滅時効と解しています。条文の文言に沿うのは、こちらです。第2文の、同様とする、は、前の文の、時効によって消滅する、を受けているからです。
判例の立場、消滅時効で書いてください。答案でも、判例は消滅時効、と一行で触れれば足ります。そして、判例が消滅時効だと考えていることの、有力な手がかりがあります。後で見る判例では、相続開始から20年が過ぎた、という主張に対して、消滅時効を援用できるか、が問題にされています。除斥期間なら、援用は要らないので、この問いは立ちません。ここで、次の問いが生まれます。誰が、その消滅時効を援用できるのか。これが、冒頭の答えにつながります。
独立権利説と集合権利説
図:独立権利説と集合権利説の対比板
- 独立権利説=個々の請求権とは別の独立の権利・包括的に回復・884条は期間制限に加え、対象を特定せず訴訟・執行ができる趣旨
- 集合権利説=個別の請求権の集合体(総称)・884条は期間制限の趣旨
- 検討=集合権利説
3つ目です。相続回復請求権は、そもそも、どういう権利なのか。2つの説があります。独立権利説は、土地を返せ、建物を返せ、という個々の請求権とは別に、相続財産を包括的に取り戻す、独立の権利がある、と考えます。そして884条は、期間制限だけでなく、請求の対象を特定しないで訴えを起こし、強制執行をすることも可能にする規定だ、と理解します。集合権利説は、相続回復請求権は、個々の財産についての個別の請求権の集合体、つまり総称だ、と考えます。884条は、権利関係を早く安定させるための、期間制限の規定だ、と理解します。
具体例で見ます。父が、絵画と自動車を残して亡くなりました。相続人は長女です。遺言書を偽造して相続欠格になった次女が、絵画と自動車を持ち去っています。長女は、絵画の返還を求める請求権と、自動車の返還を求める請求権を持ちます。これらは、別々の個別の請求権です。集合権利説では、相続回復請求権は、この2つとは別に生まれるものではなく、2つを合わせた呼び名にすぎません。独立権利説なら、絵画、自動車と1つずつ挙げなくても、遺産を返せ、の1本で取り戻せる、という発想になります。検討です。現在の訴訟や強制執行は、請求の対象を特定せずに起こすことも、執行することも認めません。独立権利説が言う、特定しない回復は、そもそもできないのです。だから、集合権利説が妥当です。判例も、かつては独立権利説でしたが、現在は集合権利説を基本としている、と理解されています。
図:884条の働き
- 所有権に基づく物権的請求権は、消滅時効にかからない(物権の効力が外に現れたもの・物権と運命をともにする)
- 884条=時効にかからないはずのその請求権についても、期間の制限をかけた規定
- 冒頭の弟の請求=土地の持分に基づく個別の請求権(兄の単独名義の登記を直させる=妨害排除)
ここで、前に見た話がつながります。所有権に基づく物権的請求権は、消滅時効にかかりません。物権の効力が外に現れたものなので、物権と運命をともにするのでした。集合権利説に立つと、884条は、時効にかからないはずの物権的請求権についても、期間の制限をかけた規定だ、と位置づけられます。冒頭の弟の請求は、土地の持分に基づく個別の請求です。兄の単独名義の登記を直させる請求で、妨害排除請求にあたります。その請求が、884条の期間に服するのかどうか。それを、5つ目で問います。集合権利説では、相続回復請求権は、個別の請求権を束ねた総称でした。なお、ここでいう消滅時効は、他人が占有して所有権を手に入れる、取得時効とは別物です。混ぜないでください。
請求権者と相手方
図:誰が誰に
- 請求権者(真正相続人・法定代理人・相続分の譲受人・包括受遺者・遺言執行者)→相手方(表見相続人・その相続人)
- ×特定承継人・転得者は請求権者・相手方にならない
4つ目です。誰が、誰に対して、884条を使うのか。請求権者は、相続権を侵害されている真正相続人、またはその法定代理人です。これに加えて、真正相続人から相続分を譲り受けた人、包括受遺者、遺言執行者も、請求権者にあたります。一方、真正相続人から個別の財産だけを譲り受けた人、つまり特定承継人は、請求権者ではありません。その人の請求は、884条の期間制限に服さないとされています。相手方は、表見相続人です。表見相続人の相続人も、相手方になります。ところが、表見相続人から土地を買った人、つまり転得者は、相手方ではない、とされています。
884条は、相続という、包括承継の筋にいる当事者だけを、短い期間で区切る制度だ、と整理すると分かりやすいです。請求する側で言えば、相続分を譲り受けた人や包括受遺者は、遺産分割の当事者の回で見たとおり、遺産を割合でまとめて引き継いだ人です。だから、筋の中にいます。遺言執行者も、遺言を実現するために遺産を管理する人として、筋の中に立ちます。これに対して、個別の財産だけを取得した人は、相続の筋の外にいます。請求する側の特定承継人も、相手方の側の転得者も、同じ理由で外れます。この人たちは、884条の請求権者にも相手方にもならない、とされています。問いです。表見相続人から土地を買った人は、884条の相手方でしょうか。
相手方ではありません。個別の財産を取得した人だからです。
共同相続人の間でも、884条は使えるか
図:冒頭の設例の関係図
- A=被相続人(父・死亡)/B=兄(土地を単独名義に・弟が相続人だと知っていた)/C=弟
- A→B・C 相続/B→土地 単独名義/C→B「持分を返せ」/B→「期間が過ぎた」
- 兄の占有のうち、弟の持分にあたる部分が問題
5つ目です。ここが今日の中心です。884条は、もともと、相続人でない人、つまり表見相続人を想定した制度です。では、冒頭の兄のように、共同相続人の1人が、自分の相続分を超えて、遺産を占有している場合にも、使えるのでしょうか。兄の持分は2分の1です。土地全部を占有していれば、弟の持分にあたる部分は、本来の持分を超えた部分です。その部分については、兄は、いわば表見相続人の立場になります。前回、共有者は全部を使える、と見ました。遺産分割の前に、兄が土地全部を使っているだけなら、それは249条の話で、持分を超えて使った分の対価を払う問題です。冒頭の兄は、それとは違います。弟の相続権そのものを否定して、弟の分まで自分の持分だと言い、名義も自分にしています。884条の問題になるのは、この場面です。
判例は、使える、と答えます。理由は、趣旨です。相続権の帰属と、それに伴う法律関係を、早く最終的に確定する必要は、共同相続人の間でも同じだからです。ただし、例外があります。判旨を読みます。
判例最判平11・7・19 民集53巻6号1138頁(最大判昭53・12・20 の判旨を再録)
共同相続人間にも884条は適用されるが、悪意の者は消滅時効を援用できない 共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分を超える部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合にも民法八八四条は適用される。しかし、真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうち自己の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合には当たらず、相続回復請求権の消滅時効を援用して真正共同相続人からの侵害の排除の請求を拒むことはできない。
長い一文ですが、前半と後半に分けると単純です。前半は、共同相続人が、本来の持分を超える部分を占有している場合にも、884条は適用される、という結論です。後半が例外です。他に共同相続人がいることを知りながら、その部分も自分の持分だと称している者。または、自分に持分があると信じるべき合理的な事由がないのに、そう称している者。こうした者は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合に当たりません。だから、消滅時効を援用して、侵害の排除の請求を拒むことはできません。この規範の出どころは、大法廷の判例です。この判決の判旨と同じ趣旨が、再び述べられています。
⭐ 論文で書く規範:【規範(判例で立てる)】共同相続人が884条の消滅時効を援用できるのは、相続権侵害の開始時点で、他に共同相続人がいることを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由がある場合に限られる。援用しようとする者が、これを主張立証しなければならない。 (解釈で立てる規範(出どころ=判例)。条文は共同相続人間の争いに884条が適用されるかを定めていない。手がかり=制度の趣旨は共同相続人にも妥当する一方、他の共同相続人を知りながら独り占めした者や、合理的な事由のない者は、もともと制度の適用が予定されていない。論文で論点になりうる)
カードの言葉を確認します。他に共同相続人がいることを知らない、というのは、善意、ということです。合理的な事由とは、知らなかったことに、無理がないと言える理由のことです。
図:基準時と立証責任
- 判旨の後段:善意かつ合理的事由の有無は、相続権侵害の開始時点を基準に判断
- 援用しようとする者が、侵害の開始時点で、他に共同相続人がいることを知らず、かつ知らなかったことに合理的な事由があったことを主張立証する
- 問われるのは、他に共同相続人がいることを知っていたか
判例最判平11・7・19 民集53巻6号1138頁
善意かつ合理的事由の判断時期と立証責任 真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が他に共同相続人がいることを知っていたかどうか及び本来の持分を超える部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があったかどうかは、当該相続権侵害の開始時点を基準として判断すべきである。そして、相続回復請求権の消滅時効を援用しようとする者は、真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が、右の相続権侵害の開始時点において、他に共同相続人がいることを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があったこと(以下「善意かつ合理的事由の存在」という。)を主張立証しなければならないと解すべきである。
同じ判決の、続きです。決まりは2つです。1つ目、善意かつ合理的事由があったかどうかは、相続権侵害が始まった時点を基準に判断します。その後に知っても、始まった時点で善意かつ合理的事由があれば足ります。2つ目、立証責任は、援用しようとする側にあります。つまり、時効を使いたい者が、自分は善意かつ合理的事由があった、と証明しなければなりません。ここで問われるのは、他に共同相続人がいることを知っていたか、です。自分が他人の分まで占有している、と気づいていたかどうか、ではありません。判旨は、この理由を2つとも述べていませんが、基準が侵害の始まりなのは、柵の内側に入れるかが、占有を始めたときの信じ方で決まるから、立証責任が援用する側にあるのは、援用が期間で得をする側の主張だから、と整理できます。
図:冒頭の兄へのあてはめ
- B(兄)=侵害が始まった時点で悪意(Cが相続人だと知りながら単独名義)→884条の適用が予定されていない→消滅時効を援用できない→Cの持分に基づく請求が残る(消滅時効にかからない)
- 冒頭の答え=言えない
兄は、弟が相続人であることを知りながら、名義を自分に変えました。侵害が始まった時点で、悪意です。だから、もともと884条の適用が予定されている場合に当たりません。5年や20年が過ぎていても、消滅時効を援用して、弟の請求を拒むことはできません。冒頭の答えは、言えない、です。分かっていて取った者を、時間の経過で守らない。この発想は、前に見た信義則と同じ方向です。相手の正当な期待を裏切るな、という考え方でした。ただし、判旨自体の理由づけは、信義則ではなく、制度の適用が予定されていない、というものです。答案では、判旨の言い方で書いてください。では、なぜ、知っていた兄は外れるのか。最初に見た柵を思い出してください。884条が期間で区切って守るのは、自分こそ相続人だと信じて、遺産を管理してきた人です。最初の、縁組が無効だった人は、ふつう、そう信じています。ところが、共同相続人は、ほかに誰が相続人かを知っているのが普通ですから、本当に信じていたのかが、実際に問われます。弟がいると知りながら独り占めした兄は、信じていたのではなく、分かっていて取っています。柵の内側に入る理由がありません。だから、弟の請求は、ふつうの持分に基づく請求のまま残ります。3つ目で見たとおり、それは消滅時効にかかりません。
図:逆の場合と合理的事由
- X・Y=Zの存在を全く知らない(Zは他人夫婦の実子として届出・父の戸籍に載っていない)→善意かつ合理的事由を主張立証できれば援用できる
- ×父の戸籍を取り寄せればすぐ分かった=合理的事由なし→援用できない
- 悪意の共同相続人から譲り受けた第三者も援用できない
逆の場合を考えます。父が亡くなり、相続人は、XとYの2人だと思われていました。ところが、Zは、生まれてすぐ、他人夫婦の実子として届けられていて、父の子だと知られていませんでした。XとYは、Zの存在を全く知らず、2人の名義に登記しました。数年後、Zが父の子だと判明しました。この場合は、XとYが、善意かつ合理的な事由を主張立証できれば、期間が過ぎたあとは、援用できます。問いです。兄が悪意でなく、XとYのようにZを全く知らなかったなら、どうなりますか。そして、立証責任は、どちらにありますか。善意かつ合理的な事由があれば、援用できます。立証責任は、援用する側にあります。ただし、さきほど見たとおり、共同相続人は、範囲を知っているのが普通です。善意かつ合理的事由が認められるのは、このような、ごく特殊な場合に限られます。知らなかっただけでは足りません。たとえば、兄が弟の存在を本当に知らなかったとしても、父の戸籍を取り寄せれば、弟がすぐ分かったとします。調べずに独り占めした人まで守ると、柵の意味がなくなります。この場合は、知らなかったことに無理がないとは言いにくいでしょう。Zは、父の戸籍に載っていなかったので、知らなかったことに無理がない、と言いやすいのです。もう1つ、補足です。さきほど、転得者は相手方ではない、と言いました。それでも、買った人が、売主の側の消滅時効を、自分のために持ち出せるか、という問いは残ります。悪意などで援用できない共同相続人から、不動産を譲り受けた第三者は、それもできません。売主が使えない時効を、買主だけが使える理由はないからです。
冒頭の問いに戻ります。弟を知りながら名義を変えた兄は、25年たっても、884条の期間が過ぎたとは言えません。884条の期間を使えるのは、他の共同相続人を知らず、知らなかったことに無理がない人だけです。
論文の型
図:論証の流れ
答案の流れを、まとめます。問題提起は、共同相続人の1人が相続分を超えて占有している場合にも、884条の期間制限が適用されるか、弟の請求は5年も20年も過ぎている、というものです。次に規範です。884条の趣旨は、相続権の帰属とそれに伴う法律関係の早期の確定にあり、共同相続人にも妥当するので、884条は適用される。もっとも、他に共同相続人がいることを知っていた者や、知らなかったことに合理的な事由のない者には、もともと制度の適用が予定されていない。そこで、侵害の開始時点で、他に共同相続人がいることを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由がある場合に限り、援用できる。援用しようとする者が、これを主張立証する。あてはめは、兄は弟が相続人だと知っていたので、悪意であり、援用できない。この順で書きます。
節目の弁別:884条を援用できるか
図:判定フロー
- Q1 相手は表見相続人(または本来の持分を超えて占有する共同相続人)か→いいえ=884条の問題ではない
- Q2 援用する者は、自分に相続権があると信じ、そう信じる合理的な事由があったか(共同相続人なら、侵害の開始時点で、他に共同相続人がいることを知らず、知らなかったことに合理的な事由があったか=援用する側が立証)→いいえ=援用できない
- Q3 5年(知った時)または20年(相続開始)が経過しているか→はい=消滅時効を援用して拒める/いいえ=請求は通る
6つ目です。判定の順番は3段です。まず、相手は誰か。表見相続人、または、持分を超えて占有している共同相続人なら、884条の問題です。相手が、表見相続人でも共同相続人でもない、ただの無権利者なら、884条の問題ではありません。次に、援用しようとする人は、自分に相続権があると信じ、そう信じる合理的な事由があったか。自分が相続人でないと知りながら称していた表見相続人も、信じる合理的な事由がなかった表見相続人も、援用できません。共同相続人なら、侵害が始まった時点で、他に共同相続人がいることを知らず、知らなかったことに合理的な事由があったかを、援用する側が主張立証します。認められなければ、期間は問題になりません。最後に、5年か20年が過ぎているか。過ぎていれば、判例は消滅時効なので、援用して請求を拒めます。事例を3つ解いてください。先に答えを考えてから聞いてください。事例Aです。戸籍の上は子とされていたが、縁組が無効だった者が、親の死後、本人も周りも戸籍どおりと信じたまま、遺産を相続人として占有してきました。真の相続人が侵害を知って、7年後に請求しました。
表見相続人なので、884条の問題です。本人も周りも戸籍どおりと信じていて、そう信じる事情もあったので、884条が想定している、信じて管理してきた人です。侵害を知ってから5年を過ぎているので、消滅時効を援用して、請求を拒めます。事例Bです。先ほどの、XとYが、他人夫婦の実子として届けられたZの存在を全く知らず、2人の名義にしていた事例です。共同相続人なので、善意かつ合理的事由を、XとYが主張立証できるかが先です。できれば、5年が過ぎたあとは援用できます。できなければ、期間は問題になりません。事例Cです。冒頭の兄です。変形も付けます。兄が、登記を自分の名義に変えた、そのあとで、弟の存在を初めて知ったとします。
事例Cで見るのは、名義を変えた瞬間です。そして、証明するのは兄の側です。なお、25年も使い続けた者が取得時効を主張できるか、という問題は、884条とは別にあります。
図:取り違えやすい境目
取り違えやすい境目を、6つ確認します。1つ目、5年は知った時から、20年は相続開始からです。2つ目、20年の性質は、判例は消滅時効で、援用が要ります。3つ目、共同相続人の間にも884条は適用されますが、悪意と、合理的事由のない者は援用できません。4つ目、共同相続人の善意と合理的事由は、援用する側が立証します。5つ目、その基準時は、相続権侵害の開始時点です。6つ目、特定承継人と転得者は、884条の請求権者にも相手方にもなりません。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
5つ確認します。1つ目、884条は、知った時から5年、相続開始から20年です。5年は消滅時効、20年は、判例は消滅時効、多数説は除斥期間です。2つ目、相続回復請求権は、集合権利説で、個別の請求権の集合体と見ます。3つ目、請求権者と相手方は、相続の筋にいる当事者で、特定承継人と転得者は請求権者にも相手方にもなりません。4つ目、共同相続人の間にも884条は適用されます。ただし、援用できるのは、善意かつ合理的事由がある者だけです。基準時は侵害の開始時点、立証責任は援用する側です。5つ目、冒頭の答えです。兄は、弟を知りながら名義を変えたので、25年たっても、期間が過ぎたとは言えません。
参照条文
- 民法884条