遺言の撤回と非復活主義
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第8章 相続 #379/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
自宅を売った父の遺言はどうなる
図:冒頭の設例
- 父は5年前の遺言で「自宅は長男に」、去年の遺言で「自宅は長女に」と書いた
- その後、亡くなる前に自宅を売却した
- 父の死亡後、自宅について遺言はどうなるか
父が、5年前に遺言を書きました。自宅は長男に、です。去年、新しい遺言を書きました。自宅は長女に、です。ところが、亡くなる前に、父は自宅を人に売ってしまいました。父が亡くなったとき、自宅について、遺言はどうなるでしょうか。新しい遺言が優先するのは確かです。家がなければ渡しようがないのも確かです。どちらの考えにも、半分ずつ正しいところがあります。ただ、もう1つ見落としやすい問いがあります。新しい遺言が消えたとき、古い遺言は生き返るのでしょうか。答えは、最後に、時系列の板を使って出します。遺言の方式は、前回までで見ました。今回は、遺言を後から変えたり、なかったことにしたりするルール、つまり撤回を見ます。先に一言だけ。遺言の方式を見直す改正法が成立していますが、施行はこれからです。1024条の文言も、将来は一部変わる予定です。今回は、今の条文で覚えます。復習です。前回見た共同遺言、つまり2人が1枚の証書でする遺言は、有効でしょうか?
禁止で、無効です。一方の撤回の自由が、他方に縛られるのを避けるためでした。それほど、撤回の自由は大切にされています。
図:今日の地図
道筋は5つです。1つ目、撤回の自由と、その方式です。2つ目、本人が何も言わなくても、撤回したことになる場面です。後の遺言と食い違うとき、遺言のあとの生前処分と食い違うとき、遺言書や遺贈の目的物を故意に壊したときを見ます。3つ目、撤回を撤回したらどうなるか。4つ目、撤回しないという約束はできないこと。5つ目が、冒頭の答えです。
遺言の撤回の自由と方式
図:撤回の自由と方式
- 1022条
- いつでも・遺言の方式に従って・全部または一部を撤回できる。理由=遺言は死亡の時まで効力がない(985条)。方式の理由=撤回の意思が真意で明確であること。撤回する遺言は前の遺言と同じ方式でなくてよい。
遺言は、死亡の時に初めて効力を生じます。それまでは何の効力もないので、本人は何度でも考えを変えてかまいません。遺言の撤回は、前に見た遺言事項の1つでした。
条文民法1022条
民法第1022条(遺言の撤回) 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
遺言者は、いつでも、遺言の全部も一部も、撤回できます。遺言者の最後の意思を尊重するためです。ただし、方式があります。撤回の意思が、本人の真意で、はっきりしていることを確かめるためです。方法は、後の遺言で、前の遺言を撤回する、と書くことです。条文は、遺言の方式に従って、と定めています。前の遺言と同じ方式である必要はありません。どの方式でも、遺言として成立する形を備えていれば、撤回の意思が真意で明確だと扱われます。例です。祖母が、公証役場で、公正証書遺言を作りました。預金は長男に、です。のちに考えが変わり、自宅で便箋に、全文を自分で書きました。前の遺言のうち、預金の部分を撤回する、という内容です。日付と氏名も書いて、押印しました。この自筆証書遺言で、公正証書遺言の預金の部分は撤回されます。撤回だけを書いた遺言でも、一部だけの撤回でもかまいません。前回見た加除変更との違いも、ここで確認します。一部を書き換えるのは、方式が厳しい。だから、新しい遺言で撤回して、書き直すほうが確実です。撤回は、明示がなくても成立する場面があります。法律が、撤回をしたものとみなす場面です。方式の厳しい遺言なのに、なぜ黙っていても撤回になるのか。本人が、前の遺言と両立しないことを自分でしたなら、気持ちが変わったと読めるからです。後の遺言なら、それ自体が遺言の方式を通っています。次の節で、順に見ます。
撤回の擬制 前の遺言と後の遺言・生前処分
図:撤回の擬制4類型
撤回したものとみなされる場面は、4つあります。まず、1023条です。
条文民法1023条
民法第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等) 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
1項です。前の遺言が後の遺言と食い違うなら、食い違う部分は、後の遺言で撤回されたことになります。抵触するとは、両立しないことです。食い違う部分だけが撤回されるので、食い違わない部分は、生きたままです。例です。前の遺言は、自宅は長男に、預金は二女に。後の遺言は、自宅は長女に。自宅だけが、後の遺言に入れ替わります。預金は、前の遺言のまま、二女に行きます。どちらが前で、どちらが後かは、日付で決まります。以前、日付は成立の先後を決める、と言いました。その続きがここです。問いです。前の遺言は、自宅は長男に。後の遺言は、自宅は長女に。どちらが効くでしょうか。2つの遺言の前後を分けるのは何でしょう。
後の遺言が効きます。前後は、遺言書の日付で決まります。ただし、後の遺言が有効であることが前提です。後の遺言が方式違反で無効なら、前の遺言を撤回できません。撤回も、遺言の方式に従わなければならないからです。2項です。遺言のあとにした、生前処分や法律行為と食い違うときも、同じです。例です。遺言に、自宅は長女に、と書いたあとで、父が自宅を人に売りました。遺言の自宅の部分は、撤回されたことになります。ただし、どんな生前処分でもよいわけではありません。判例を読みます。
判例最判昭43・12・24 民集22巻13号3270頁
生前処分が遺言に抵触するには、確定的に法律効果が生じていることを要する 遺言と生前処分が抵触するかどうかは、慎重に決せられるべきで、単に生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によつて確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当である。すなわち、遺言後に遺言者がした生前処分がその内容において遺言に抵触するものであつても、それが無効であり、または詐欺もしくは強迫を理由として有効に取り消されたときは、その生前処分は、はじめから法律行為としての本来の効力を生ぜず、または生じなかつたことになるのであるから、その生前処分は遺言に抵触したものということはできない(民法一〇二五条但書参照)。
決め手は、有効に成立していない生前処分は、初めから効力がなかったことになる点です。事案は、財団法人の設立をめぐり、後の生前の行為が、必要な許可を得ていない場面でした。境界を、例で確かめます。自宅を売ったとして、売買が有効に成立していれば、遺言と抵触して、遺言は撤回されたことになります。売買が詐欺を理由に取り消されたり、そもそも無効だったり、条件がまだ成就していなかったりすれば、抵触しません。遺言は、そのまま生きます。売却の話が出ただけでは足りず、確定的に効力が生じていることが要るのです。
撤回の擬制 故意の破棄
図:故意の破棄(1024条)
- 遺言書を故意に破棄→破棄した部分は撤回とみなす
- 遺贈の目的物を故意に破棄→撤回とみなす。故意が必要(うっかり捨てた・誤って壊した場合は撤回にならない)。遺言書の文面全体に赤色ボールペンで斜線=破棄。
条文民法1024条
民法第1024条(遺言書又は遺贈の目的物の破棄) 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
3つ目と4つ目は、1024条です。遺言者が故意に遺言書を破棄したら、破棄した部分について、撤回したものとみなします。遺贈の目的物を故意に破棄したときも、同じです。故意が要るので、うっかり捨てた、誤って壊した、では撤回になりません。遺言書を破いた、燃やした、が1つ目の型です。遺贈するつもりだった絵画を、自分で壊した、が2つ目の型です。判例があります。
判例最判平27・11・20 民集69巻7号2021頁
遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、遺言書の破棄にあたる 本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから、その行為の効力について、一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。 以上によれば、本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は、民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり、これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。
事案は、自筆証書の遺言書の文面全体に、赤色のボールペンで1本の斜線が引かれたものです。元の文字は読めました。原審は、元の文字が読める以上、一部を線で消して方式を欠いたときと同じく、元の記載が残るとして、破棄にあたらないとしました。最高裁は、破棄にあたると判断しました。決め手は、文面全体への斜線が、遺言書全体を不要とする意思の表れだからです。対比を押さえます。判旨が、一部の抹消と同じには判断できない、と言うのはここです。一部だけ消すのは書き換えなので、加除変更の方式が要り、欠ければ元の記載が残ります。文面全体への斜線は、書き換えではなく、遺言書全体を不要とする行為なので、破棄です。ここで、相続の欠格との対比もします。1024条は、遺言者本人が破棄する場面で、撤回になります。相続欠格は、他人である相続人が遺言書を破棄する場面で、不当な利益を目的とした二重の故意が要りました。もう1つ。公正証書遺言は、原本が公証役場にあります。手元にある写し、つまり正本や謄本を破っても、原本は残るので、撤回にはなりません。
非復活主義
図:非復活主義
- 1025条
- 最初の遺言を2番目の遺言が撤回→3番目の遺言が2番目を撤回→最初の遺言は復活しない(原則)。例外①撤回の行為が錯誤・詐欺・強迫による場合は復活。例外②遺言書の記載から原遺言の復活希望が明らかなときは復活(判例)。
次は、撤回を撤回したら、どうなるか。冒頭で残した問いです。考える手がかりは、本人の意思です。2番目の遺言を撤回した本人は、本当に最初の遺言に戻したいのでしょうか。条文を読みます。
条文民法1025条
民法第1025条(撤回された遺言の効力) 前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。
原則は、回復しません。例です。最初の遺言は、自宅は長男に。2番目の遺言は、自宅は長女に。これで、最初の遺言は撤回されます。3番目の遺言で、2番目の遺言を撤回する、と書きました。最初の遺言は、復活しません。自宅について、遺言の効力はなくなります。撤回した遺言を撤回すれば、最初の遺言に戻る。そう考えたくなりますが、条文は逆です。2番目を撤回した本人が、最初の遺言を戻したいとは限りません。2番目も最初も、いらなくなったのかもしれません。だから、戻さないのが原則です。例外は、2つあります。1つ目は、条文のただし書です。撤回の行為が、錯誤、詐欺または強迫による場合です。例です。長女が、父をだまして、2番目の遺言を書かせました。あとで詐欺により取り消されたなら、最初の遺言が復活します。だまされた父は、最初の遺言を戻したいはずだからです。2つ目は、判例です。
判例最判平9・11・13 民集51巻10号4144頁
遺言書の記載から原遺言の復活の希望が明らかなときは、原遺言の効力が復活する ところで、遺言(以下「原遺言」という。)を遺言の方式に従って撤回した遺言者が、更に右撤回遺言を遺言の方式に従って撤回した場合において、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が原遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、民法一〇二五条ただし書の法意にかんがみ、遺言者の真意を尊重して原遺言の効力の復活を認めるのが相当と解される。
事案です。最初の遺言は、遺産の大半を、ある人に相続させるものでした。2番目の遺言で、その人に相続させる遺産を減らし、以前の遺言は取り消す、と末尾に書きました。3番目の遺言で、2番目の遺言を無効とし、最初の遺言を有効とする、という趣旨のことを書きました。最高裁は、最初の遺言の復活を認めた原審の判断を、是認しました。決め手は、遺言書の記載から、復活の希望が明らかだったことです。1025条が戻さないのは、本人が最初の遺言を戻したいとは限らないからでした。戻したいことが記載から明らかなら、その理由は当てはまりません。軸は、2つです。撤回の行為が錯誤、詐欺、強迫によるか。遺言書の記載から、原遺言の復活を望んでいることが明らかか。どちらにも当たらなければ、復活しません。ここは、論文でも論点になりうる場所です。問いです。遺言Aを遺言Bで撤回し、さらに遺言Cで、Bを撤回する、とだけ書きました。Aは復活するでしょうか。
復活しません。ただし書にも判例にも、当たらないからです。
撤回権の放棄の禁止
図:撤回権の放棄の禁止
- 1026条
- ①遺言書に「この遺言は撤回しない」と書いても無効②受遺者との間で「撤回しない」と合意しても無効。趣旨=撤回の自由(1022条)を貫徹。
条文民法1026条
民法第1026条(遺言の撤回権の放棄の禁止) 遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。
最後の条文です。撤回する権利は、放棄できません。1022条の、いつでも撤回できる自由を、貫くためです。撤回しないと約束できてしまうと、あとで気持ちが変わっても、最後の意思を遺言に残せなくなります。冒頭で復習した共同遺言の禁止と、同じ発想です。例です。父が、長男あての念書に、この遺言は絶対に変えない、と書いて渡しました。のちに、父が遺言を書き直しました。念書があっても、書き直した遺言は有効です。念書の意思表示は無効だからです。長男と、変えない、と約束を交わしていたとしても、その合意は無効です。遺言者は、いつでも撤回できます。
冒頭の答えとまとめ
図:時系列板
- ①5年前の遺言(自宅は長男に)→②去年の遺言(自宅は長女に)→③自宅を売却→④死亡
- ②が①を撤回(1023条1項)
- ③が②を撤回(1023条2項・売買が有効に成立している前提)
- ②の撤回は①を復活させない(1025条本文)→自宅について、どちらの遺言も効力を生じない
冒頭の答えを出します。時系列で追います。5年前の遺言は、自宅は長男に。去年の遺言は、自宅は長女に。去年の遺言は、5年前の遺言と、自宅の部分で食い違います。日付が新しいのは去年の遺言なので、5年前の遺言の自宅の部分は、撤回されたものとみなされます。1023条1項です。次に、自宅の売却です。売買が有効に成立しているなら、去年の遺言の自宅の部分と抵触します。去年の遺言の自宅の部分も、撤回されたものとみなされます。1023条2項です。では、5年前の遺言は、復活するのか。去年の遺言が撤回された、といっても、これは1023条による撤回です。撤回の行為が、錯誤、詐欺、強迫によるわけでもありません。遺言書の記載から復活の希望が明らかな、という判例の場面でもありません。だから、1025条の本文が働いて、復活しません。結論です。自宅について、長男にも長女にも、遺言の効力は生じません。売った自宅は、遺産に残らないからです。売却代金は、遺言に書かれたものではないので、遺言の対象にはなりません。
取り消された売買は、初めから無効だったことになるので、遺言と抵触しません。その場合は去年の遺言が生きて、自宅は長女のものになります。売買が有効かどうかが、分かれ目です。どの条文が働くか、判定の型をまとめます。新しい遺言が前と食い違う。1023条1項です。遺言のあとに売る、贈る。1023条2項で、確定的な効力が生じているかを見ます。遺言書や遺贈の目的物を壊した。1024条で、故意が要ります。撤回を撤回した。1025条で、原則は復活しません。3つ確認します。1つ目、撤回は、いつでも、遺言の方式でできます。前の遺言と同じ方式でなくてかまいません。2つ目、後の遺言との抵触、遺言後の生前処分との抵触、遺言書の故意の破棄、遺贈の目的物の故意の破棄で、撤回とみなされます。3つ目、撤回の撤回では、原則復活せず、撤回の権利は放棄できません。遺贈は、その次の回です。
参照条文
- 民法1022条
- 民法1023条
- 民法1024条
- 民法1025条
- 民法1026条